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2006.02.11

パートタイマーの労働組合

 ラジオを聞いていたらイトーヨーカドーのパートタイマー一万五千人が労働組合に加入したという話があり、えっと思ってその背景はどうなのだろうかとネットを見たのだが、よくわからない。年末「極東ブログ: セブン・ミレニアム統合メモ」(参照)を書いてから、この関連の問題が気になっていた。
 現状ネットのリソースとして、「イトーヨーカドー 社会的責任CSR パートタイマーへの配慮」(参照)を見ると、二〇〇五年度の報告ということもあるが、その兆候への示唆は読みづらい。


 現在、イトーヨーカドーのパートタイマーは労働組合に加盟していませんが、パートタイマーへの評価制度や店舗閉店時の対応などについては、労使双方による確認を行っています。
 また、労働組合では「パートタイマーがやりがい・働きがいをもてる環境づくりが当社の発展に不可欠」という考えのもと、パートタイマーとの懇談会や支部交流会などを実施しているほか、労働組合が開催している支部レクレーションにも参加していただいています。また、パートタイマーの労働組合への加入についても継続して取り組んでいます。

 大量のパートタイマーの労組加入はイトーヨーカドー経営側の支援があったのだろうか。そしてそれは例の合併などと関連があるのだろうか。
 この話が気になっているのは、先日のイオンの労組のことが念頭にあったからだ。先月三十日共同”イオン労組、パート8割に 新たに4万4000人加入”(参照)では表題のとおり多数のパート労働者の労組加入を伝えていた。

 スーパー業界最大の労組「イオン労働組合」(新妻健治委員長、組合員約3万人)が、今夏までに組合員の加入対象を勤務時間月120時間未満のパート社員約4万4000人にまで新たに拡大する方針であることが30日、分かった。

 既加入パート労働者一万六千人(勤務時間月百二十時間以上)と今回の大量加入でイオン労働組合の八割がパート労働者になる。ということは、事実上、パート労働者の組合といってもいいものができあがる。
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ノーマ・レイ
 率直な印象を言えば、喝采といったところだ。ノーマ・レイではないが、“UNION”である。階級社会を打破するみたいなイデオロギーにまみれながら実質押しやられてきた底辺の労働者こそ連帯しなければならないと思う。
 こんなことを言えばまたぞろ左翼とか言われるのだろうが、自分も流しのプログラマーをやっていた経験から労組がいかに実際の労働者の声を聴かなかったについて私は一生払拭しない恨みをもっている。労組を労働者が打ち倒す時が来ればいいのにと思っていた。
 現在ですらサラリーマンの八割には労組はない。その構造が大きく変わるのだろうか、昨今のパート労働者の労組加入はそういうことか……と妄想から覚めれば、たぶんそうでもないのだろう。
 労組側の現在の課題は組織率ではないだろうか。労組の衰退は激しい。それが、今回のイオン労組の場合はこれで組織率が二五%から六〇%にあがる。こうした変動が全体に及べば票田にすらなるかもしれない。まあ、それだけで、うへぇというものでもないだろう。労働者のための政治運動は、それ自体では否定されるべきものではない。
 この傾向は潮流となるのだろうか。
 昨年の厚生労働省発表勤労統計調査結果ではパートの労組組織率は三・三%となきに等しい。たぶん、今年の発表でもまだ大きな変化はないだろう。
 まとまったリソースはないかと探していると、「日本労働研究機構」(参照)「第7回 JIL労働政策フォーラム 労働組合は今後とも労働者の代表たりうるか? -雇用形態の多様化と労使関係-」(参照)というのがあった。でも、二〇〇二年ということもあってか、なんかリアリティは感じられなかった。

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2006.02.10

男の子はなぜ女の子より劣るのかってそりゃ

 今週の日本版ニューズウィークのカバーは「男の子はなぜ女の子より劣るのか」である。さて、男の子はなぜ女の子より劣るのかって問われるなら、私は即答できる。そりゃ女の子が男の子より優れているからだよ。私なんか幼稚園から大学……そして社会に出てからも痛感していることだ。こんなことに疑問をもつやつがいることが不思議……とまでは言い過ぎかもしれないが、知能という点では総じて女のほうが男より頭がいいとしていいのではないか。少なくとも私なんかそういう前提で生きている。
 ただ現実の社会の場になるとある種の一般的な男のバカと一般的な女のバカの一般的特性というのが強くなって、そこを超える知的に優秀な人とそうでもない私のような人という差異のほうが大きくなる。ほかにも権力のシステムがあったりするので、社会ではあまり一般的な知性の男女差というのは問題にならなくなる。
 問題になるのはやっぱり学校だろう。平均的なサンプリングをしたら女子が知的に優れているのは圧倒的なんじゃないかと私などは思うのだが、と言いつつ、たぶん日本の調査とかだとそういう結果は出て無くて、だもんでブログの批判にありがちなんだけど、事実に基づかないことケロケロ書くじゃないゴルァとか言われてそういう統計を見せつけられるのでしょう。でも、そういう統計があってもあんまり信じられないと思うのだが、その先の議論は、当然、しづらい。
 ということろで今週のニューズウィークのカバーストーリーなんだが、いや痛快。統計的にも女子が知的に優勢。誤差の範囲とかじゃない。しかも、それが事実ということでこれってどうよと議論が発展し、やっぱ脳が違うでしょということになってきた。脳だよ、脳。知性とかの議論で脳が出てきちゃったらFA(ファイナル・アンサー)でしょ。


 30年前、「男らしさ」は社会的な産物だとフェミニストは論じたが、最近の科学者は脳内の化学物質の影響が大きいと考えている。男の胎児は受胎後3カ月のうちに男性ホルモンの生産を開始。それ以後、脳は胎内でテストステロンの影響を受ける。
 「脳の男女差が生じるのは、そのせいだ」と言うのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のアーサー・アーノルド教授。だが、詳しいメカニズムはわかっていない。

 メカニズムがわかったらどうするのだろう。わかるってことがありうるのだろうか。いずれにしても、なんか議論はマジでも洒落でも袋小路になっている。
 ニューズウィークの記事も後半では、やけくそみたいに気質や家庭環境も考えようというのだが、気質っていうのはおそらく脳に還元されるのではないか。じゃ、家庭環境?
 というあたりで、記事にふーんという話があった。米国でということなのかもう少し地域が限定されているのかちとわかりかねるのだが。

離婚家庭やシングルマザーの増加で実の父親が身近にいない環境で育つ男の子は増える一方。その数は今や4割にのぼる。
 「父親」を持たない思春期の少年は、地図をもたない探検家のようなものだと、心理学者は指摘する。家庭が貧しかったり、学業になやんでいる場合はとくにそうだ。

 四割ってことはあるのか。ほんとならすごいもんだなと古風な私は思う。
 日本ではどうだろう一割に満たないのではないか。そして、米国では初等教育の教師ってイコール女性でしょ。もうなんていうか女の王国に少年がとらわれているかのごとき状況か……違うかもだけどね。
 なんつうかあれだ、仮面ライダー鼾じゃないけど、少年よぉ♪的な状況では、知性がどうのいう以前の問題だな、まあ、ロバート・パーカーの「初秋(ハヤカワ・ミステリ文庫)」(参照)でも読めや的気分になってくるがその点は日本は違う……そうかな。
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妻の王国
家庭内“校則”に
縛られる夫たち
 日本でも少年の置かれている状況は依然「妻の王国―家庭内“校則”に縛られる夫たち(文春文庫)」(参照)的状況ではないだろうか。少年よぉ♪旅立つ前に立ち小※だ♪みたいなことが重要ってこともないだろうか。ないのだろう。そういう問題じゃない、と。
 じゃ、どういう問題なのかというとよくわからんが現代社会で求められる知性自体が男女差を捨象した前提となっているので議論はカテゴリカル・エラーを出すばかりなのだろう。つまり、男女差じゃないよ、個々人の差だよというなんかちょっとイデオロギーっぽい感じのだな。
 実際のところ、米国で知性の明確な男女差が出てもまだ社会システムの問題とまでされていないし、それ以前に実質的な階級差の問題に消えてしまうだろう。また、家庭に父親象がないという問題は知性よりもっと深刻な別の問題ではあるのだろう。

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2006.02.09

社会と国家とイスラム法

 イスタンブル郊外を車の窓から見ていて随分荒れた住居、スラムが多いなと思ったはもう十年も前のこと。現状は知らないが、こうした地域でイスラム原理主義が活発なのだという話を聞いて当時関心をもった。この地域のイスラム原理主義は、昨今メディアの伝える過激なものではなく、互助的な社会原理らしい。こうした関心から、パレスチナのハマスにもそういう側面があることも私はある程度納得できる。
 イスラム教圏が近代化の立ち後れ状態にあるとき、あるいは国家の福祉的な施策の立ち後れがある場合、その社会はそのまさに社会機能の必要性から、こうした復古的な原理主義に立ち返らざるを得ないところがある。しかたがないと言えるのだが、問題ははたしてそうは言ったものの、「近代化の立ち後れ」なのかは考えるとむずかしい。
 イスラム教圏を国家という区切りで見るとその最大の領域はインドネシアである。中東やアフリカの諸国でもなく、ましてイスラム教徒移民が多いとされる昨今の欧州の諸国でもない。そして、その福祉的なイスラム原理主義の活動の特徴はインドネシアに見られるのだが、そこで民主化と経済的な発展がどうやらねじれた兆候を示しだしているようだ。
 ソースを示して丁寧に議論すべきなのだが、メモ的に話を簡単にする。
 民主化と経済発展が地域に振興することでその地方自治制が高まる。それは原則としてはよいことなのだが、結果、その地域社会にイスラム法が復権してしまうらしい。
 日本人などからするとイスラム圏の社会にイスラム法があっても文化の選択なのだからそれでもいいのではないかと考えがちだし、直接日本への利害の問題もない。だが、考えようによってはいくつか困った兆候がこうしたインドネシアの社会に見られるようだ。例えば、女性のスカーフが法による義務となり、キリスト教会は排除される。特にキリスト教会の排除については、実際にはそれまでも非認可だったらしく、従来どおりの法規制でも排除せざるをえないのだが、そこはやはりアジア的というかある種の伝統的な融通性があり、また軍政ということでの近代化を遂げていたインドネシアでもあり、事実上の国法的な保護が暗黙の了解であった。そのあたりが地域社会の興隆で揺らぎだしているようだ。
 話を単純にするのだが、例えば、ある女性がスカーフは嫌だ、といった場合、その地域社会の掟は彼女を守らないことがありうる。なにが彼女を守るのか? これは国家の法でなくてはならず、国家がまさに社会と対立して市民を保護しなくてはならない。
 ここで近代国家の法の公義というものが、ある意味で原理主義的に顔を出す。というか、その顔を出さなくては近代国家たりえない。そして、それは社会=イスラム法、に原理的に対立するしかない。
 別の言い方をすれば、社会=イスラム法が国家=イスラム法になるということを、近代国家という原理主義が許さないということでもある。
 現実の個々の社会問題の局面では、当然それらはすべて社会という場で行われるので、社会のルールに妥協することになるのだが、その個人を社会にすべて帰属させるのではない近代国家をどう問い出すかということは本質面で妥協を許さないところがある。

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2006.02.08

駆け落ちは恋の花道とか

 シャッター通りというほどでもないが、実家に向かう昔懐かしい町のあちこちを歩くと小さな商店はほとんどなくなっている。しかたないのだろう。懐かしさに思い出に沈んでいると、かつての商店にいた人たちの顔なども鮮明に思い出す。いい顔があったな。美人の奥さんや肉体労働で鍛えた旦那もいた。今の自分の歳よりも若かったのか、あの人たちは、と思っているうちに、ふと彼らの少なからぬ人たちが駆け落ちだったんじゃないかと思った。そう思ってみると、彼らは奇妙に色っぽいというかセクシーな人たちであった。そうか、駆け落ちか。駆け落ちはよいな。恋の花道っていうものがあるとすれば駆け落ちか……さて。
 林秀彦のテレビドラマ「名門私立女子高校」の脇役で落ちぶれた老人の教師がいたが、彼が人生の思い出の最良のものは女房を担ぎだして駆け落ちしたことであった……とかだったか、そんな話だった。駆け落ちが人生の誇りではあった。担ぎ出すあたり伊勢物語のようでもあるな。
 そういえばトルコだったか別のユーラシアの部族だか、これと決めた女を担ぎ出して駆け落ちするのが正しい婚礼というの風習があるらしい。もちろん伝統的な行為らしく数日して戻ってきて集落の祝福を受けるのだそうだ。
 恋の行動様式にはそういう駆け落ちみたいな原型のようなものがあるのかもしれないが、日本の歴史でいうなら、駆け落ちは戦後の風景だったのではないだろうか。そう考えるとあのセクシーな人たちの時代と辻褄が合う。女房を担ぎ出してというほどではないとしても、気分としては同じようなものだった人たちも多かっただろうし、昭和三十年代都市近郊に流れ込んだ若夫婦の大半にはそうした思いに共感したものがあったのだろう。言い方を変えれば恋が、駆け落ちが、必要な時代だった。
 今は時代が違う。駆け落ちなんてものをとんと聞かない……あるのか。大学のときに女友だちがアイルランドに駆け落ちしたがどうしているやら。現代では駆け落ちがあっても物語になるだろうか。まずもって結婚は許さんとかいう役柄が無理無理のようでもあるし、いや……とここで考え込むのだが、現代の晩婚化というかその気風の背景にあるのは、彼や彼女たちの心のなかのなにかが結婚は許さんと言っているんじゃないか……どうだろう。
 いろいろ理屈はつくのだろうが、人というのは案外無意識の心に縛られているものだし、なにかの禁忌の行為というのは、それを心が禁じているものだ。洒落でいうのだが、無意識のなかのなにかが結婚は許さんというとき、その心を蹴って駆け落ちみたいなことはできないのか。どうも話があさってに向いてきたな。話を変える。
 きっこ様、ちがった、紀子様、ご懐妊のこと。お目出度い話という他はない。実家によったおりちと母と茶飲み話をした。私が言うに、三十九歳でお子様とはたいしたものだが、それって世間の言葉で※かきっ子って言うのじゃないか、といきなり母に叱られた。しかし四十の※かきっ子って言うじゃないか。なお叱られた。叱る者がいるうちは私も日本人の道を踏み外さないのであろう。
 テレビドラマ「肝っ玉かあさん」こと大正庵の女将の名はいさ子とかで五十三歳の娘というのだったと記憶しているが、はてそれはその母親の歳だっただろうか。もしかして父親の歳か、というあたりで歩きつつ昔の町を見ながらまた風景を見つつ、そういえば老人の男に色っぽいおかみさんみたいな夫婦というのがいくつかあった。友だちの家もそうだった。お父さんそれともお爺さんとか子どもながらに聞いてはいけない雰囲気があった。

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2006.02.07

「新たな食料・農業・農村基本計画」は何処へ

 農政のニュースがなかなか見えづらいように思うが、「新たな食料・農業・農村基本計画」(参照)が今年に入ってじりじりと動き出している気配を感じるので、この時点でのメモをしておきたい。この大枠のタイムテーブルは次のように五カ年計画みたいに見える。


 今後の政策推進の指針となる食料・農業・農村基本計画については、食料・農業・農村基本法において、食料・農業・農村をめぐる情勢の変化、施策の効果に関する評価を踏まえ、おおむね5年ごとに見直すこととされています。
 この基本計画については、前回策定時(平成12年3月)からおおむね5年が経過すること、また、農業の構造改革の立ち遅れなど危機的な状況が深まってきていることから、平成15年8月、新たな基本計画の策定に向けた作業に着手し、同年12月には、農林水産大臣から、食料・農業・農村政策審議会に対して、このための諮問が行われました。

 内容については「新たな食料・農業・農村基本計画」にまとまっているのだがざっと読んだ感じでは問題がつかみづらい。特に大臣談話が要領を得ない(参照)。日本語を学べとは言わない。日本語の問題ではなく論理とか情報整理とかプレゼンテーションとかの問題だからだ。しかし、このあたり問題についてメディアというかジャーナリズムというかいまいち仕事してなげな雰囲気は感じる。
 粗っぽい言い方になるのだが、背景にあるのはまずウルグアイラウンド(参照)。ここで農産物の貿易規制は関税のみということになる。これにWTO(参照)で関税にも規制がかかり、ほぼ間違いなく上限設定ということに向かう。コメの関税率七八〇%というのはもうありえないでしょう、と。
 いわばこの外圧で農政が抜本的に変化しなくてはならないのだが、ここでいう農政とはなにかというと、これも粗っぽい言い方になるのだが、農家への補助金の撒き方ということだ。従来なら国際市場を事実上遮断していたことや米の買い上げなどがあり、システムとしてカネが農家に流れ込むようになっていた。しかし、このシステムはもう終わり。しかし、農家にカネを流さなくてはならないのは、東の空から朝日がのぼるのと同じくらい自明なことなので、さてどうカネを農家に渡すか……ということでみなさん知恵を絞った結果、外国から四の五の言われないいい方法を思いついた。カネ、直接あげればいいじゃん、そんだけ。
 価格支持政策から所得支持政策とも言う。で、そのプランが「経営所得安定対策等」(参照)ということなのだが、これがまたよくわからない。要するに、カネを直接農家にあげるんだけど、カネが足りないということらしい。なので、あげる農家を選別ということになる……わけにもいかない。そんなタブーに触れようものならホリエモンはホリのなか、ブログには糞米到来となってしまう。タブーに触れちゃいけない。というわけで、こーゆー時は農家のみなさんに考えて結論を出していただく方式にするわけでこれで揉め事が局所化される……のかな。揉め事なんて滅相もない。タブーはタブーである。ところで農家のみなさんといってもマレー貘としすぎなので、集落営農ということにして、こうなる(参照)。

ひとつの農家では解決できない地域の農業のいろいろな
問題を集落のみんなの知恵と力を合わせて解決し、
農家も集落もみんなが良くなる農業を進めていくこと、
そしてより豊かな集落づくりにつなげていくこと、
それが集落営農です。

 いいなぁ農村の和やかさ。しかし、ニュース的に取り上げるとちょっと娑婆の香りになる。例えば、陸奥新報WWW-NEWS「県選出国会議員と農業者が意見交換会/青森 約140人が参加、与党議員らが集落営農取り組み促す」(参照)はこう。

 自民党県連会長で元農水相の大島理森衆院議員は「価格維持政策は、もはや世界的には認められない」とし、直接支払い制度に移行する経営所得安定対策の狙いを説明。「最大のカギは(対象となる)集落営農づくりだ」と取り組みを促した。
 一方、民主党の横山北斗衆院議員は「小泉内閣は農業者をも、勝ち組と負け組に色分けしようとしている」と批判。共産党の高橋千鶴子衆院議員は「(同対策には)基本的に反対」とし、「価格と所得補償の二本柱で予算を組むべきだ」と主張した。

 ここはそれ諸悪の根源は小泉政権とか自民党とかいうことでひとつ……というのはブログ的な世界とか言っちゃうわけにもいかない。しかし、問題はようするにカネだという本筋をとらえ、無い袖は振れないとか言わないで、袖にたんまりカネを入れることを考えていくのもよろしいのではないか、というのが農政問題だったら……。
 ニュースでもブログとかでもこの話題あまり見かけないような気がすること自体気になるようなならないような。

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2006.02.06

ムハンマド風刺画騒動雑感

 ムハンマド風刺画騒動にもあまり関心が向かなかったのだが、基本的にこの手の風刺漫画自体に関心がなくなったこともあるかもしれない。
 いや関心を持っていた時期はあって、というか、当初ハヤカワで出ていた「進化した猿たち(新潮文庫)」(参照)は全巻読んでいた。高校生くらいの時だっただろうか。その後、自分自身英語圏の文化との関わりのなかに置かれたとき、こうした一コマ漫画のコアのイメージというのがいろいろと文化の理解に役立った。文化の背後にある思考法・フレームのようなものをよく示していた。
 森田拳次(参照)の作品もよく読んでいた。この人のセンスは国際レベルだなと思っていた。最近の森田拳次の作品といえば「マンガ・ぼくの満洲」(参照)だろうか。個人的には「丸出だめ夫」(参照)が好きだったが再読してみるとどうだろうか。関係ないが、「がんばれロボコン」(参照)は石森章太郎か。なんか時代だな。
 ムハンマド風刺画騒動を国際問題として見た場合、日本人はどう考えるべきかというと、「カワセミの世界情勢ブログ: 欧州とイスラム世界のムハンマド風刺画騒動」(参照)の、特に追記に尽くされている感があり、付け足すこともないように思えた。


実際に今回は小国デンマークの一新聞が発端であるに過ぎない。それをゼロもしくはそれに近い状況にしようと試みるには、法規制以外の方法はない。欧州の多くのメディアがそれに危惧を抱くのは当然過ぎるほど当然だろう。

 ふと気になるのは、ソースを持ってくるのが面倒なので記憶によるだが、最近英国で特定宗教を侮蔑することを禁じる法律ができたはずなので、そのあたりの関連はどうだろうか。
 ついでにぶっちゃけ的に言うと、現在反感を持って騒いでいるイスラム教徒たちにどうすることもできないのだろうし、そのことがやはりイスラム教の本質的な部分に関わっているのではないかと思える。まあ、それ以前に多分に、インターネットのメディアというもの興隆と欧州における移民の問題はあるのだろう。
 カワセミさんの指摘のなかで、「比喩が難しいが、日本人としては皇室に対する態度に重ねてそのような発言になっているのではないだろうか」というくだりがあり、そのあたりの比喩的な理解というのは実にやっかいだ。私の好きなミスター・ビーンのコントに壁に貼った英国皇太子チャールズの写真を壁ごと切り取るという不謹慎きわまるネタがあり、あれを爆笑につつむ英国民のセンスは実に高度なものだと思う。が、それを日本の皇室でやられたらと思うと私の感性としては許容できない。もっとも、外国人が日本の皇室を愚弄する漫画などいろいろあるし、それはそういうものかと思うだけだが。
 話が散漫になるが、日本版ニューズウィークには日本をからかう一コマ漫画がよく掲載されるが、その出典のほうが逆に笑えることが多い。お里が知れるというやつ。総じて、アジアの新聞社の一コマ漫画というのはなんとも言えない微妙なものがある。例えば、「第7回アジア漫画展>出展作家紹介」(参照)などを見るとそれ自体がアートの文脈のようでもあり、苦笑とまで言わないがリアクションに難儀する。
 このリスト中に「ナデロ先生」(参照)の李泓雨があり一九四九年生まれとある。もうちょっと年上の人かと思った。この手の独自の笑いの境地にある日本の代表といえば植田まさし(参照)だが、一九四七年生まれ。まあ、そんなものなのか。ちなみに、この機にウィッキ先生を読むと、一九六九年中央大学文学部哲学科卒業とある。意外といってはいけないのだろうが、その哲学と青春記を読んでみたい気がする。すでにあるのだろうか。

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2006.02.05

東横イン社長と司馬温公

 東横インの不正改造問題にはそれほど関心が向かなかった。以前からわかっていたことをこの時期におもてにしたのではないか、誰が今回のプロデュースをしたのだろうか。耐震偽装のように死者も想定されるという問題ではないが、それでもこうした問題はさっさと対処すべきだろう。そのくらいの関心だったのだが、たまたまニュースで西田憲正東横イン社長の談話の映像を見た。かなりの人が見たのだろうと思うが、「認識はあったが、行政指導で終わると思っていた。時速60キロで走るところを67、68キロで走っていいと思っていたのは事実」「身障者利用客室は年間1、2人しか利用がない。駐車場があると見栄えが悪く、使い勝手も悪いと思った。やってしまったことは仕方ない」という映像である。あきれた人だなと思うより、よくこんな見識で世間を渡ってきたものだ、それまで幸運でしたね、しかし、その世間を舐めた幸運を世間が許すわけもないでしょうと思った。そして、私はふと司馬温公を思った。
 西田社長は司馬温公を知らないだろうか。西田社長の歳は五十九。今年もまだ二月初旬であるからおそらく昭和二十三年生まれであろう。つまり、戦後の世代だ。ギブミーチョコレート世代ではないが、都会で育ったなら少年期は闇市の雰囲気の残る時代であり、戦前からの伝統的な道徳が廃れ始めた世代でもある。学問をしたこともない人であろうから、司馬温公も知らないかもしれない。

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だれが中国を
つくったか
 司馬温公がその時連想されたのは、たまたま日記で中国の歴史とは歴史の体裁をしたイデオロギーに過ぎず、漢民族とやらの歴史が始まったのは明代以降のことであると放言をしたものの、はてなブックマークだったか別のリンクだったかで、根拠はなんだという疑問を見かけた。確かに通説ではないのだから、説明が必要か。必要だとすればなにから説明すればいいか。重要なのは資治通鑑であるが資治通鑑の意味と元時代、朱元璋といった説明するのは難儀なことだな思ってぼんやりしていた。本朝通鑑や林羅山と連想して脱力してくる。それ以前に現代日本人は司馬温公のことを知っているだろうか。
 グーグルをひいてみた。これはなんかの間違いではないかと思うのだが、司馬温公のキーワードでひっかかるのは八件であり、だぶりを除くと五件。やはり間違いではないかと思い、今度は司馬光で検索すると八百五十五件。多いと言えば多いがそれでも少ない気がする。追記:コメント欄で指摘していただいた。司馬温光で検索していたため。
 司馬温公より司馬光の時代かもしれない。その違いには万感の思いがある。歴史学は進歩したのかもしれないが、歴史の感覚は変化していく。西田憲正社長を責められるものではないな。いや、歴史の感覚というのはそいう個別の知識の問題でもないから、普通の世間知があればいいだけかもしれないが。
 なぜ司馬光ではなく司馬温公なのか。字引を見たら、「司馬光の異名」「司馬光の尊称」とのみありすげない。マイペディアには次のように説明している。

中国,北宋の政治家,学者。字は君実,諡は文正公,通称を司馬温公。進士に合格後,約20年間地方官を歴任。のち中央に進出したが,王安石が神宗の庇護の下で新法を断行したのに反対し,一時中央から退いた。以来15年,神宗の後援で資治通鑑の編集に専念し,政治に介入することがなかった。哲宗即位後,旧法党の首領として中央政府に再登場し,旧法を復活させたが,数ヵ月で没した。

 人は司馬光とは呼ばない。司馬温公と呼んだ。彼の徳を慕ったからである。皮肉に見れば資治通鑑というイデオロギーの大成者でもあったが、民衆はそう考えていたわけではない。司馬温公という語感には必ず、破甕救児がつきまとう。江戸時代の庶民はあらゆるところで破甕救児を見た。陽明門「唐子遊び」にも含まれている(参照)。
 破甕救児をグーグル先生に訊いてみる。六件。うち「司馬光・破甕救児文様【うまか陶】」(参照

 司馬光が幼時、多くの子供と遊んでいた時、ひとりの子供が水の入った大甕に落ちて溺れそうになった。
 多くの子供は驚いて、いっせいに逃げ散った。司馬光はその時、あわてずに石をもって甕を撃った。すると甕から水がほとばしり出て、落ちた子供は死なずにすんだ、というお話し。

 絵柄としては「一口法話:司馬温公のかめ割り図-黒羽山 大雄寺」(参照)のほうがわかりやすいかもしれない。
 破甕救児図柄の皿などはなんらかの呪術であったかもしれないし、このイメージ自体イデオロギー的な背景は本朝通鑑に通じるものがあるがゆえ近代に廃れたかもしれない。
 それでも、為政者は破甕救児を掲げた。金持ちはその絵柄を尊んだ。あえて損をしても幼き者・弱き者たちの命を優先して守るということの表明であった。

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