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2006.11.11

ソルゴー

 田畑の見える風景を散歩するのが好きで、電車やバスを乗り継いで見に行く。いくつか気に入った道順があり天気などに合わせて気の向くままに選ぶのだが、先日キャベツ畑の収穫を見かけた。初夏のころだったか、この畑には黍が植わっていたのを思い出した。
 あるいは高梁だっただろうか。芽吹いた春頃はなにか麦の一種かと思った。大麦若葉は健康食品にもなるそうだし。だがそうでもない。麦といえば、麦踏みというのは最近はないのだろうなとか思いながらその畑を通り過ぎた。
 しばらくして次に見たときは小学生一年生くらいの背丈に伸びつつあり、高梁かと思った。高梁など植えるものだろうか。そういうニーズがあるのだろうか。昔父が高梁をどうやって食うか、酸味をどう抜くかと熱心に話してくれたことがあった。高梁といえば、私が三十代の前半一時期高梁酒に凝ってこともあった。頭を空にする散歩には向いた空虚な思いがいろいろよぎった。
 高梁のようなその植物には小さな穂も見えた。いずれ収穫するのだろうと奇妙な期待を抱いたのだが、その次の機会には無惨に刈り取られていた。およそ収穫というふうはない。ただ刈り散らかしてある。何事か。次の作物の作付け時期に間に合わなかったのだろうか。そのうちキャベツ畑になった。
 この機にキャベツを収穫している農家の人に訊いてみた。以前この畑で植えていた黍のような作物はなんだったのですか、と。すぐに答えが貰えた、ソルゴーというのですよと。あれは肥やしにするために植えるのですとも説明してくれた。
 そういう農法があるのか。農家や農業のことは普通の都会人より知っていたつもりだった自分だがまったく知らない。最近の農法だろうかと疑問に思いつつ、帰宅してからネットで検索した。ソルゴーについてはいろいろ情報があった。
 読売新聞記事にずばりのものがあった。”春レタス収穫ピーク JA岩井の農家500世帯が生産=茨城”(2000.4.16)より。


 JA岩井市園芸部所属の農家約六百世帯のうち、五百世帯がレタスを生産しており、作付け面積は二百八十ヘクタールに及ぶ。昨年度のレタスの販売実績は三十一億三千万円。春レタスでそのほぼ半分を占める。
 春レタスの収穫が終わると、農家は畑の地力を回復するためにソルゴーという飼料作物を栽培するなどして、秋レタスの栽培に備える。

 キャベツでも同じなのであろう。ここではソルゴーは飼料作物とあるが、元来は家畜の飼料であったのだろう、とすればこうした農法は外国から広まったものだろうか。
 こうした植物の利用法を総合して緑肥と呼ぶらしい。ルーラル電子図書館の同項目より(参照)。

緑肥作物としては、クローバ、ソルゴー、イタリアンライグラス、エンバク、小麦、ライムギなどがあげられる。田んぼのレンゲや菜の花、畑のキカラシなど、景観作物を兼ねた活用も広がっている。マリーゴールド、エビスグサ、クロタラリアなどのセンチュウ対抗植物も、すき込んで緑肥として利用される。

 クローバーやレンゲを挙げて緑肥というのはわかりやすい。たしか季語に紫雲英田というのがあった。奈良当麻寺のお練りのころのレンゲソウの田んぼは浄土を思わせるものだった。
 同項目には緑肥として以外の効能についても言及がある。

 おもな効果は土壌有機質の増加、土壌物理性の改善、雑草抑制で、減農薬・減化学肥料をはかることにあるが、最近は、バンカープランツとして天敵をふやす効果も期待されている

 気になっていろいろネットを見ていくと、ソルゴーで茄子の畑を囲んだら害虫が付かなかったという話もあった。
 沖縄で赤土流出を防ぐのにもソルゴーを使うという話もあった。考えてみれば、野生化したウージ(サトウキビ)もそんな役に立っていることもあるだろうな。

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2006.11.09

ラムちゃん、バイっちゃ

 ラムズフェルド国防長官が辞任することになった。中間選挙で共和党が敗北したことによる事実上の解任である。事ここに至ると、ブッシュ大統領もというかチェイニー副大統領もラムズフェルドをかばいきれないというのはあるだろうし、この成り行きは想定外というほどでもないだろう。中間選挙とはこういう傾向を持つものだし、与党敗北についてもともと米政府と議会の関係が伝統に戻ったというか平時に戻ったわけで、してみるとこれまでの議会の状態が事実上戦時だったのだなと再確認する。
 朝日新聞の社説などでは早々に大義なきイラク戦争そのものが間違いであり、米軍はイラクから撤退せよというふうな論調で飛ばしていたが、実際のところ米民主党もこれまでみたいになんでもフカシの状態から政治責任の主体となったわけで、イラク問題への対処にそう大きな変更はないだろうというか、アフガニスタン統治のミスをベタに繰り返すわけもない。
 民主党寄りに見えるニューヨーク・タイムズはなにか言うかなと思って社説を眺めてみると、”Rumsfeld's Departure”(参照)があり、標題を私の世代の言葉で訳すと……「ラムちゃん、バイっちゃ」といったところか。
 それほど刺激的な内容ではないが、なかなかよい社説だった。というか、ラムズフェルドというレスラー(それは若いころ確かに)をよくとらえていた。彼は冷戦時の軍をいかに縮小すべきかということに心を砕いた男だった。が、もちろん、失敗はしたのだが。


Before he presided over the Iraq invasion, Mr. Rumsfeld promised that as secretary of defense he was going to transform America’s military so it was prepared to fight the conflicts of the 21st century. Mr. Bush has cited the progress being made on that front as one of the reasons he wants Mr. Rumsfeld to stay. But -- in a familiar pattern for this administration -- the changes have been more rhetorical than real.
(試訳)
イラクに侵攻する前のことだが、ラムズフェルド氏は国防長官として、米軍を再編成し、二十一世紀型紛争に対応できるようにしようとした。ブッシュ氏はラムズフェルドが閣僚に残る理由としてその進展を掲げていたものだった。しかし、この政府の常として、変化というのは現実的というより言葉の上だけのことに過ぎなかった。


Truly transforming the military would have meant trading in expensive cold war weaponry, like attack submarines and stealth fighters, for pilotless drones, swifter ships and lighter, more mobile ground forces. Mr. Rumsfeld never had the interest -- or the political will -- to take on that fight. Instead, he bought peace with Congress and the military brass by holding down the size of ground forces in order to continue paying the ballooning cost of unnecessary weaponry. He created a smaller, more mobile force that was too small to successfully pacify Iraq
(試訳)
軍再編成が本来意味していたものは、冷戦時の過剰な軍費をやめることだった。例えば、攻撃用潜水艦やステルス戦闘機といったものを、無人飛行機、高速船、軽量で動きやすい陸上兵器といったものに変えることだった。ラムズフェルド氏はそのための政争には関心を持たないか、政治的な意志を持たなかった。代わりに、議会や軍官僚と協調し、不必要ともいえるほど軍費を膨張させ続けるために地上部隊を縮小した。彼は小規模で機動力の高い軍を作ろうとしたが、小さくなりすぎて、イラク統治を成功させることができなかった。

 そういうことだよな、ラムちゃん、と思う。
 日本のジャーナリズムの多くは、イラク戦争自体が間違っていたからイラクの混乱が今日ありその原因はラムズフェルドという軍事の責任者にあるのだとしているが、米国の世論はむしろイラク統治のまずさを問題にしている。というか、統治における米兵の死を問題としている。そして、なぜイラク統治がまずかったかといえば、ニューヨークタイムズは、地上軍が小規模過ぎたからだというのだ。
 昨今の経済学では軍需によって景気回復はしないということになっているのだったか。ただ、ラムズフェルドが冷戦後の軍産共同体と向き合ったとき、彼のビジョンはある説得力を持っていたのだろうし、ファースト・トライアルのケースが最悪だったのかもしれないともちょっと好意的には思う。というのは、イラク統治以外にも、冷戦後世界と軍事には残された問題があり、それにはなんらかのビジョンが必要になることは確かだから。

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2006.11.08

イラク・フセイン元大統領死刑判決について大手紙社説への違和感

 イラクのフセイン元大統領への死刑判決が五日に出たことで、昨日は日本の大手紙もそれぞれ社説で扱っていたが、産経新聞社説を除いて奇妙な印象を持った。
 まず事実関係の確認からだが、今回の判決は、通称「ドゥジャイル事件」と呼ばれている、一九八二年にドゥジャイルで起きたシーア派住民一四八人を虐殺したとされる事件についてだ。問われている裁判判決の最初のものでしかも一審に過ぎないのだが、各紙社説は死刑判決が出たことでこれで裁判は終わったかのような論調を示していたように思われた。
 朝日新聞社説”フセイン判決 疑問はぬぐえない”(参照)では事実認識に決定的な間違いはないが、次の文脈からはこの裁判の限定性また裁判というものをよく理解してないように思われた。


 もう一つの大きな疑問は、ほかにも問われるべきことがあるのではないかということだ。住民らの弾圧、虐殺などの罪を問うのは当然としても、元大統領の最も大きな罪は対イラン戦争やクウェート侵攻、そして今回のイラク戦争を招き、多くの命を失わせたことだ。
 大量破壊兵器の開発に走り、近隣国を侵攻した引き金は何だったのか。背後にどのような国際的駆け引きがあり、どこで判断を誤ったのか。イラク国民にとっても、国際社会にとっても、この責任をこそ問いたいのではないか。

 毎日新聞社説”フセイン判決 歴史の評価に堪える審理を”(参照)も朝日新聞と同じ論調なのだが、この裁判の限定性をもう少し理解しているようだし、論調の基本部分の矛盾について次のように多少自覚的だ。

 今回の判決は、82年にバグダッド北方のドジャイルで起きたシーア派虐殺事件(犠牲者約150人)に関するものだ。2審で判決が覆らなければ元大統領は絞首刑になる。起訴された案件ごとに判決を出す方式だが、既に死刑判決が出たため、他の裁判の審理や起訴に至っていない事件調査が形がい化する可能性もあるという。

 裁判が形骸化するかどうかは可能性として見るのではなく、具体的な報道で追っていかなくてはならない。別の裁判は継続中だ。
 読売新聞社説”[フセイン判決]宗派間抗争をあおりはしないか”(参照)も基本線では朝日新聞や毎日新聞の社説と変わりないのだが、次の点について私は具体的なことを知りたいと思った。

 気がかりなのは、判決が早々と確定した場合のことである。刑が確定すれば、大統領評議会の承認を経て30日以内に刑が執行されることになる。
 フセインの罪状は、イラン・イラク戦争中のクルド人虐殺のほか、化学兵器使用や90年のクウェート侵攻・併合など多岐にわたる。早期処刑が行われた場合、これら歴史の真相が十分に究明されないままになる恐れがある。

 この解説はどこまで正しいのだろうか。というのは、私が読んだなかでこの件の社説で評価できる産経新聞社説”フセイン死刑判決 一日も早く「法の支配」を”(参照)では次のように説明している。

 イラク高等法廷は2審制で、無期懲役以上は自動的に控訴審での審理が行われるため、フセイン被告の刑の確定は先のことになる。また訴追対象事件が10以上にも上るため、同被告の刑の最終確定はさらに先に延び、すべての司法手続きが終了するまでには何年かかるかも不明だ。

 私の印象では産経新聞のこの指摘が正しいように思われる。
 ところで私が今回の判決にそれほど関心を持たないのは、現在進行中の「アンファル作戦」の裁判のほうにより関心を持つからだ。VAO”Saddam Back in Court for Genocide Trial”(参照)より。

Dressed in his now familiar black suit and white shirt, Saddam sat in silence as a series of witnesses described the alleged atrocities during the so-called Anfal campaign that prosecutors say killed more than 180,000 Iraqi Kurds in 1987 and '88.

アンファル作戦とよばれる虐殺疑惑の証言が続く中、お馴染みの白いワイシャツと黒いスーツを着て、サダムは黙って座っていた。検察によれば、一九八七年から八八年にかけて一八万人ものイラク・クルド人が殺害されたとされている。


 イラク・フセイン元大統領によるとされる二十万人近い虐殺を問う裁判が、現在進行している。
 「アンファル作戦」の裁判については八月二二日産経新聞記事”クルド人大量虐殺事件の初公判 フセイン被告 人定質問拒否”(参照)では次のように伝えていた。

 検察側は、1100人にのぼる証人を準備しているとされ、全員が法廷で証言すると裁判は相当長期化するとみられる。

 ネットを見渡すと毎日新聞記事”フセイン判決:刑確定時期は不透明 政治的な駆け引きに”(参照)が同日の社説とややそぐわずに詳しい。

 88年2月から8月にかけてイラク軍が北部クルド人居住区で実施したこの作戦では18万人が殺害されたとされる。クルド人勢力にとって、旧政権による犯罪を立証することは民族の悲願とも言え、アンファル作戦の審理を終えないままでの早期の死刑執行には消極的とみられる。

 新聞各紙社説も、表層的な状況論から今回のドゥジャイル事件の判決を見るのではなく、より大きな規模の「アンファル作戦」裁判との関連でこの問題を論じるべきではなかったか。

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2006.11.07

386スパイ事件メモ

 この問題をブログで取り上げるべきか少し悩んだ。特に私なりの見解というのはないことと、国際的な文脈でどのようなニュースになるかという位置づけがよくわからないからだ。しかし奇妙に心に引っかかってくるので簡単に記しておこう。日本国内では一部「韓国政界スパイ事件」と呼ばれているが、韓国では「386スパイ事件」という呼称が定着しそうだ。先月末に韓国で話題となった。
 比較的当初の報道である朝鮮日報”【386スパイ】民主労働党幹部2名逮捕、3名拘束 ”(参照)による話を引用したい。いきなり386世代というキーワードで始まる。


 386世代(1990年代に30歳代で80年代に大学に通った60年代生まれの世代)の元活動家ら3人のスパイ容疑事件を捜査している国家情報院と検察は26日、米国市民権保持者であるチャン・ミンホ容疑者(44、米国名マイケル・チャン)が1989年から93年の間に北朝鮮でスパイ教育を受け、忠誠の誓いとともに朝鮮労働党に入党した後、10年間にわたり固定スパイとして活動した容疑を確認した。
 国家情報院はチャン容疑者に取り込まれた民主労働党前中央委員のイ・ジョンフン容疑者(42)と事業家のソン・ジョンモク容疑者(42)が最近まで国家機密を収集し、北朝鮮の工作員などに提供していた容疑についても捜査している。

 私がこの事件で気になったのはこの米国籍のチャン・ミンホ(Chang Min-ho)容疑者についてだが、英米側のニュースソースからは特記すべき背景が読めなかった。なので、とりあえず粗方の関心は失った。
 日本国内のニュースでは産経新聞”民主労働党幹部、北のスパイ容疑で逮捕 韓国政界に衝撃”(参照)がやはり日本向けという感じがしないではない。

親北朝鮮で知られ韓国では唯一の社会主義政党、民主労働党の幹部らが北朝鮮のスパイ容疑で逮捕され、韓国社会に衝撃が走っている。学生運動出身で逮捕歴があるが、金大中、盧武鉉両政権下で“名誉回復”を果たし、補償金まで受け取っていた。幹部らは与野党のほか、青瓦台(大統領府)にも太い人脈を持っており、国家機密漏えいの容疑がかかっている。活動家出身の民主化勢力が多い盧政権だけに政界を巻き込んだ“スパイ事件”への拡大も懸念されている。

 後続の記事としては同じく産経新聞”韓国政界スパイ事件 北の地下組織「一心会」メンバー 大統領選挙介入狙う?”(参照)がある。

 これまでの捜査では、チャン容疑者は中国や東南アジアで北朝鮮工作機関「対外連絡部」の要員と13年間で十数回接触し、対南工作(韓国への政治工作)の指令を受け資金も提供された。民主労働党幹部には韓国与野党の個人情報や政界動向を、他の容疑者には韓国の市民団体情報の収集などを担当させていた。
 捜査当局は小型メモリーチップやコンピューターなどを押収、暗号で書かれた50近い北朝鮮への「報告文」の解読を進めている。この中には北朝鮮の核実験に関する韓国政界の情報を収集していた様子や保守系野党の大統領候補についての調査結果が含まれていた。報告書には5月末の韓国統一地方選で、野党候補を落選させる方策や市民団体を動員して「反米闘争」を拡大させる策謀も記載されているという。

 率直な印象を言えば、この米国籍人がノーマークであったとは思えない。
 この事件はどのように展開していくだろうかと注視したが、十日以上経過してもそれほどには大きな騒ぎになっていないような印象もある。
 この間の気になる展開は事件追及の要たる金昇圭国情院長の辞任だが、これは盧武鉉大統領による更迭のようだ。中央日報”386スパイ「逮捕から3日で…」金昇圭国情院長の退陣なぜ?”(参照)にはこうある。

「国情院長変われば捜査に影響」=特に国情院の核心関係者は「盧大統領との面談を青瓦台側で先に要請したものと聞いている」と伝えた。それで国情院側は自ら辞退というより更迭だと見ている。留任の可能性をほのめかした青瓦台がスパイ集団事件が政界全般に拡がる兆しを見せると金院長を呼んで辞意を表明する型式を踏むようにしたというのだ。盧大統領と金院長の面談は元々11月1日だった。

 事態にはいろいろ込み入った話もあるようだ。大筋では朝鮮日報コラム”「韓国はいつ崩壊してもおかしくない」”(参照)が正論のように思えるが、私の問題意識はそこにはないので引用は控えよう。
 話を冒頭に戻す。この事件というか事態が「386スパイ事件」というように、386世代をターゲットにしているという点がどうも心にひっかかる。386世代については先の朝鮮日報の記事にも解説があるが、六〇年代生まれの韓国人を指す。私は五七年生まれなので、やはり十年からの世代ギャップがあるので、同級生の在日や同級生の韓国人・朝鮮人のイメージからはうまく理解できない。同世代から上の韓国人・朝鮮人にはそれほど外国人的なイメージはないが、386世代からは単純に外国人という感じがする。(余談だが、昔の朝鮮語は漢字ハングル混じりだったように思う。そして日本語と朝鮮語は同じく膠着語なので、書き言葉についてはいわゆる「てにをは」を置き換えるだけでだいたい意味が通る。というか、父の世代の朝鮮人はみな日本語が事実上読めた。)
 確かオーマイニュースは韓国では386世代を中心とした政治運動的な性格をもっていたかと思う。そのあたりの動向がこうした、386世代に敵対する動きにどう対応しているのか、今ひとつわからない。日本版のオーマイニュースは現在でも存在しているのか検索したらあった。関連キーワードで記事を検索したがこのニュースは取り上げていないようだった。

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