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2006.10.14

ダイエーゲットがイオンの野望か知らんがメモ

 昨日一三日ダイエー再生に向けて同じくスーパーのイオンが資本・業務提携の交渉に入ることで合意した。イオンはたしか産業再生機構からの売却のときにも手を上げていたのでようやくその野望を達したということなのか、資本の関係もよくわからないので、ちとニュースを追ってみたメモメモ。
 ダイエーはこの間、産業再生機構の主導でリストラを進め、再建にめどがついたとして、丸紅に株式を売却していた。今回どうなるのか。朝日新聞”丸紅・ダイエーがイオンとの提携交渉開始へ、マルエツ株の譲渡も”(参照)によると資本提携はこう。


資本提携の交渉は、丸紅が保有するダイエーの発行済み株式の約15%と、ダイエーが保有するマルエツ<8178.T>の発行済み株式の約20%程度について、イオンに売却することを検討する。丸紅はダイエーの筆頭株主で44.6%を出資している。また、ダイエーはマルエツ株を37.8%を保有する筆頭株主。イオンにダイエー株が譲渡されれば、丸紅の出資比率は29.6%程度になり、マルエツ株が譲渡されれば、ダイエーの出資比率は17.82%程度に下がることになる。

 ダイエーについては丸紅とイオンの株の比率は二対一。というか、丸紅が三分の一の株を売るということになる。この記事でもよくわからないし他でもよくわからなかったのだが、これでイオンはダイエー株の第三位というのだが、第二位って誰? と調べると投資ファンドのアドバンテッジパートナーズというらしい。似たような名前のなんとかパートナーズがあったがそれじゃない、と。でそれは何か、と、読売新聞”[戦略を聞く]アドバンテッジパートナーズ・笹沼泰助、フォルソム両代表”(2006.7.5)より。

アドバンテッジパートナーズ
 1992年設立で、日本の企業買収ファンドの先駆け的存在。これまで1号(30億円)、2号(180億円)、3号(465億円)の各ファンドを設立し、計19件の投資を行った。2005年9月、株式会社から、利益の配分などが柔軟にできる有限責任事業組合(LLP)に組織変更した。本社・東京都千代田区。

 記事を読むと村上ファンドとは違うと強調されている。また、フォルソム氏は「ファンドは最初の3~4年は投資を行い、10年以内に回収するのが原則だ。2~3年経過して、どう展開するかが見えてくる」と言っている。十年を長期というべきかよくわからないが、そのくらいで回収にかかるということなのだろう。ということは、売・る・ぜ、ということだ。
 今の流れだと、イオンが、買・う・ぜ、となるのだろう。ビジョンとしては、丸紅を超して、ダイエー、ゲットだぜ、となると見ていいのだろう、大筋としては。もちろん、うまくいくとの話なんだろうが。
 今回丸紅が、わてら小売はわかりゃしまへん的に音を上げたということでもあるのだろう。そこにイオンとウォルマートが手を上げて、じゃイオンってことでというのが背景か、先の大筋を考えると、ちとわからん。それはそれとしてウォルマートはかなりへこんだということになるだろう。つまり、西友は何処へ?
 この音を上げたとたぶん関係があるのか、今日の日経社説”ダイエー再生を流通業進化に”(参照)にもあるが、再建は食品中心でとかいう話の変化だ。

 今回の提携が実現するのは半年後になる。商品の共同開発など効果が表れるのはさらに先だ。丸紅、イオン、当事者であるダイエーの3社は真剣かつ迅速に再生に取り組み、今度こそ一連の混乱に終止符を打ってほしい。従来の「食品中心による再建」という構想に対し、今月就任した丸紅出身の新社長は衣料品や日用品にも力を入れるとしている。柱となる方針の擦り合わせは急務だ。

 よく読めないのだが、ようするに「食品中心による再建」はダメでしたぁ、二年間は本当は回り道の無駄でしたぁ、というのがイオンと結びついているのだろう。
 NHKの解説だと、雑貨関係ではこれでイオンが市場の十パーセントという価格決定権の水準を超えると言っていたが、話はむしろ逆で、イオンがこの分野で強くなるように、やっぱりダイエーをこっちむけほいだったのではないか。
 ついでにそのNHKの解説では今後の最大の課題は、誰が主導者か、とあまりに率直に述べていたが、そういうことなんだろう。
 イオンに目を向けるとこれで小売りの規模としては六兆円を超えて、セブン&アイ・ホールディングスを抜くらしい。
 イオン側のメリットとしてはやはり規模の拡大で、NHKの解説員は「イオンがマルエツの二百店舗を手に入れる」と言ってから「一気に取り込む」とあわてて言い直しただけで撮り直し編集なしだったので、実は狙ったわかりやすい表現だった。それと関連して、「極東ブログ: 改正中心市街地活性化法施行、雑感」(参照)でもちとふれたけど、イオンが得意としてきた郊外型の発展は規制が強くなったので今後都市へと展開したいのだろう。
 庶民の私としてはどうでもいいよ感もある話だが、結局税を投入したわりに、うっすら、なんかおかしくね感があり、すっきりしない。

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2006.10.12

[書評]世界史のなかの満洲帝国(宮脇淳子)

 「世界史のなかの満洲帝国(宮脇淳子)」(参照)は書名通り、満洲帝国を世界史に位置づけようとした試みの本だが、その試みが成功しているか妥当な評価は難しい。いわゆる左翼的な史学からすれば本書は、珍妙な古代史論と偽満州へのトンデモ本とされかねないところがある。史学学会的には概ね無視ということになるだろうが、おそらく日本には本書をカバーできる史学者は存在していないのではないかと私は思う。

cover
世界史のなかの満洲帝国
 一般読書人にとって新書としての本書はどうかというと、率直に言えば、有無を言わず買って書棚に置いておけ絶対に役立つとは言える。各種の事典的情報がコンサイスにまとまっているので便利だ。ブログに書評を書いてブックオフへGO!という本ではない。ただ、読みやすさと読みづらさが入り交じる奇妙な読書体験を強いられるかもしれない。
 言うまでもなくと言いたいところだが、宮脇淳子は岡田英弘の妻であり、その史学の後継者である。岡田英弘は、私は彼の史学の心酔者なので(直に教わったこともあるし)偏見でいうのだが、日本国が二世紀後、三世紀後に存在しているのなら、この史学こそ日本国民のナショナルアイデンティティになると確信している。日本人が中国に飲み込まれずに存在しているなら、中国を対象化する学恩となるだろう。それをもっともよく理解しているのが宮脇淳子だろう。「最後の遊牧帝国 ― ジューンガル部の興亡」(参照)も興味深い書籍だが、「あとがき」は胸熱くなるものがあった。

 岡田の学問は、『世界史の誕生』(ちくまライブラリー一九九二)で示されているように、全く独自である。日本の東洋史学会では孤立した存在だった。しかし、中国史に関する岡田の講義をはじめて聞いた時、東洋史を専攻して以来わだかまっていた私の疑問は氷解した。そのうえ、私の志したモンゴル史については、世界中を見ても、岡田ほどふさわしい指導者はいなかった。学位の取得や就職へのコースからはずれようと、岡田について学問する以外に、私の選択の余地はなかった。

 岡田はかなり厳しく宮脇を指導したようだ。
 その後彼らは結婚する。年の差は二〇歳。どうでもいいが、あのころ、私は銀座で闊歩するご夫妻を見かけたことがある。
 もう一カ所引用したい、本書において筆者の内的な部分に関わるだろうから。

 最後に、寺の長男に生まれたのに理系を選び、満鉄に入社して依託学生として在学中に終戦で大陸雄飛がかなわなかった父、宮脇俊と、私を自分の母方の祖母の生まれ変わりと信じて、三代の女の夢を託して私を応援し続けた母、宮脇久子に、これまでの私への信頼と支援を感謝することも許していただきたい。

 ちなみに私の父もまた宮脇と同じ境遇だったので、顔見知りだったかもしれない。
 本書に戻る。
 宮脇自身に満州の歴史が関わっていた。私もそうだ。日本人にとって満州国とは日本人の生活史からそぎ落とせるものではない。ではそれはどのように理解すべきなのか、その大きな問いかけが本書の根幹にある。
 その答えが簡素に十分に本書で答えられているかどうかは読者によって異なるだろうし、おそらく一部の日本人知識人にとっては本書は忌まわしい代物かもしれない。
 本書の帯には、「日中韓の歴史認識問題を知るための必読書」とあるが、それはそうなのだが、その受け止め方は多様だろう。それでも、本書の次の結語はある問題意識を持っている人には共通の痛みではないが痛みに近い感覚をもたらすだろう。そしてこのつぶやきは岡田の声でもあるだろう。ここでいう「東北」とは「満州」の意味である。

 毛沢東はかつて、「仮にすべての根拠地を失っても、東北さえあれば社会主義革命を成功させることができる」と語った。実際、戦後の満州は中国重工業生産の九割を占めた。東北地方は国有企業が中心で、たとえば大慶油田は純収益の九〇パーセントを政府に上納、売上高の六〇パーセントが税金というふうに搾取されていた。これは「東北現象」と呼ばれる。
 満州帝国の遺産を食いつぶしたのちはじめられたのが、改革開放路線であったのである。、

 この問題の別の陰影については、ふざけたトーンで「極東ブログ: 遼寧省の鳥インフルエンザ発生からよからぬ洒落を考える」(参照)で言及したことがある。
 脇道ばかりの話になったし、当初このエントリは本書との関連で、北朝鮮の古代史と満州の関わりあたりを、「極東ブログ: 朝鮮民族の起源を考える」(参照)の続きを兼ねて書こうかと思っていた。関連では、「極東ブログ: 韓国の歴史は五千年かぁ(嘆息)」(参照)、「極東ブログ: 乙支文徳」(参照)、「極東ブログ: 新羅・しらぎ・しんら・シルラ」(参照)もある。
 尻切れトンボだがまたの機会に。

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2006.10.11

フィナンシャルタイムズが暗示する朝鮮半島の未来

 北朝鮮核実験についてのその後。まず、実験の規模が小さく失敗ではなかったかという話がちらほら出ているが、依然確たるものではない。韓国の言い分はさておき米国がこの件に発言をしないのはなんらかの思惑があるからなのだろう。公表されている日本の地震観測のデータからは洒落にならない推測ができそうなものなのでお茶の間の話題になっているのだろうか。日本の観測は意外にナイーブに科学的にこんなの出ましたけど的なことをするので、日本政府の思惑は入ってないかもしれない。
 日本の新聞社はというと、昨日はのんびり新聞休刊日のわりに号外を戸配していた。ご苦労様。各紙社説は今朝になって読めるのだが、朝日新聞がなにをどう勘違いしたかブッシュ叩きのユーモアで笑いを取っていた他、どうという主張もなかった。実際どうという話でもないのかもしれないのだが。
 前エントリで紹介したテレグラフは、その後”China must rein in North Korea”(参照)で中国がなんとかしろよと宣っていた。まあ、そんなものか。余談の類だが、記事中"Mr Kim, 64 or 65 depending on which version of his biography you believe,(キムさん、お歳は六四歳か六五歳か読者のお好みの自伝で違うのだけど)"という皮肉がおかしかった。ちなみに、キムさんのお名前は実はユーリ・イルセノビッチ・キムでソ連人として生まれたようなんですけど。
 テレグラフは保守的な新聞なんで保守でも意見はそのくらいかと思ったし、穏健なフィナンシャルタイムズも五日付”Kim's challenge”(参照)、社説ではないが九日付け”orth Korean nuclear crisis - Analysis: North Korea test a sign of weakness”(参照)なども、それほどぱっとしなかった。朝日新聞社説みたいなユーモアもない。例えばこんな感じ。


Yet the test is more a sign of weakness than of strength. Though analysing what goes on at the top of the isolationist regime is difficult, some analysts have speculated that Kim Jong Il is under internal pressure.

今回の実験は強さより弱さの兆候を示している。孤立した政権のトップでなにが進行しているのか分析するのは難しいにせよ、金正日が政権内の圧力の元に置かれていると見るむきもある。


 が、十日付け”Pyongyang's act of irresponsibility”(参照)は、えっと思うくらい痛快だ。こっちのほうが中国様の本音かもと思ってしまったほどだ。まず現状認識はこう。

China is the key to resolving this nuclear crisis, and it is time for Beijing to put serious pressure on the North Korean regime, even if that means undermining Mr Kim and setting the two Koreas on the path to reunification. For too long, China has baulked at "destabilising" North Korea for fear of an exodus of Koreans seeking refuge in China and the eventual creation of a united Korea allied to the US.

中国は今回の核危機を解決するための重要な位置にあり、中国政府は北朝鮮に重大な圧力をかける時期にきている。たとえその圧力の結果、分裂している朝鮮半島国家の再統合を金正日が模索することになろうとも実施すべきだ。中国政府は、長期に渡り、北朝鮮からの難民と、米国と同盟した韓国連邦が実質的に成立してしまうのを恐れるあまり、北朝鮮情勢の不安定化を避けてきた。


 つまり、難民が出てもしかたないじゃないか、統一朝鮮もしかたないじゃないかという含みがある。そう言わせる背景は経済かもしれない。フィナンシャルタイムズはここでは言及してないが、近年北朝鮮への中国からの投資も大きい。
 痛快なのはその先。

Chinese leaders must now accept that Mr Kim's regime, especially when armed with nuclear weapons, is itself unstable, as well as being a destabilising force in the region. South Korea, meanwhile, is already moving out of the US orbit into the embrace of an economically powerful China. It will be an expensive and tumultuous time, but if the dysfunctional North Korean government collapses peacefully a de facto takeover of the north by the developed south will be as inevitable as west Germany's absorption of the east in 1990.

中国指導部は、もはや核化した金正日体制自体が不安定要因なのだと現状を受けれるべきだ。また、この地域の不安定的な軍事力についても同じだ。この間すでに韓国は米国が敷いた軌道を脱し経済大国としての中国に取り込まれてきている。朝鮮半島統一までの時代には損失も多く混乱もあるだろうが、統制不能になった北朝鮮政府が平和裏に解体すれば、発展を遂げた韓国に事実上併合されることは、一九九〇年代ドイツが東地域を併合したのと同じく、避けがたいことなのだ。


 そこまで言うか。
 多少曖昧に書かれている部分もあるが、要するに、韓国はすでに経済的に中国の下に入った。中国様はその韓国に北朝鮮を併合させなさい、ということだ。
 日本としては、二つ懸念があるだろう。まず、金正日の核兵器はどうなるの?だが、この文脈だと統一朝鮮に保持されるようでもある。フィナンシャルタイムズはこう補足している。

But the government of a united Korea might see the sense in abandoning the expense and the awesome responsibility of nuclear weapons, just as South Africa and Ukraine did after their own revolutionary upheavals at the end of the cold war.

しかし統一朝鮮国家は、南アフリカやウクライナが冷戦後の動乱期に合理的に判断したように、核兵器保有の出費と重い責務を放棄したほうが良いとする理性を持ち合わせる可能性だってないとは言えない。


 英国風のユーモアですかね。
 次に、統一までのごたごた時代に日本は影響受けるだろうかだが、フィナンシャルタイムズは言及してない。そりゃ、言いたくないよね。

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2006.10.09

北朝鮮核実験実施

 このところ英紙テレグラフでの報道を見ていると、慎重でありながらも、現地報道員や米国やロシアの情報を元に、核実験が近いことを報道していた。日本政府もこの情報はかなり正確に把握していたようなので、政府側としても驚きはないだろう。
 五日付けの”US spy satellites detect N Korea's nuclear moves ”(参照)によれば米人工衛星で察知されていたようだし、六日付の”North Korea 'could test bomb this weekend'”(参照)では近々の実験について、谷内正太郎外務事務次官の発言をソースとしている。国内ソースを見ると例えば朝日新聞の”北朝鮮の核実験、「今週末にも」 谷内外務次官”(参照)があるにはあるが、記事の弱いトーンが印象的だ。
 私も今日の実験は予想できなかった。もうちょっと中国がなんとかするだろうし、意外と米国は交渉にねばり強いところがあるので、外部から見ていると、そこまで北朝鮮は追い詰められていたかなという感じがする。もっとも、昨年四月”極東ブログ: 北朝鮮核化の新動向”(参照)でこう書いていた。


 現実の問題として、日本ではこの北朝鮮核搭載ミサイル可能性の問題をどう受け止めていいのかは難しい。社会パニックになることは避けたいし、頓珍漢な予想みたいのはしたいわけではないのだが、このまま北朝鮮を追いつめていけば、核実験を行うしかなくなるだろう。そうなってから、日本の世論なりの立て直しが可能かというと、よくわからない。ある程度関心をもつ人が、現状では、できるだけ細かくニュースを追っていく必要はあるだろう。

 今日以降の日本の世論がどうなるか気にはなるが、現状の一報後のようすを見ていると社会パニックのような状態にはなりそうにない。というか、依然、遠い他国の出来事のような非現実感が覆っているのかもしれない。
 事実確認にちとウィキペディアを参照したところ、意外に優れた記事があった。”北朝鮮核問題”(参照)より。

北朝鮮の核開発に関しては事実上、完了していると見られている。これまで起爆装置の製造には欠かせない高爆実験を140回程度行ったとされる。公式には核実験そのものは確認されていない。しかし、1998年にパキスタンが行った核実験は当時のパキスタンの核開発にはあり得ないはずのプルトニウム爆縮原爆の痕跡があり、北朝鮮の核技術者も核実験場に居た事から、少なくともパキスタンの核実験のうち一回は北朝鮮の核の代理実験だったのではないかという疑惑も浮上している。

 現在から振り返ると、「少なくともパキスタンの核実験のうち一回は北朝鮮の核の代理実験だったのではないか」というのはほぼガチといっていいだろう。そしてこの情報はすでに米国側では昨年二月二十七日付ニューヨーク・タイムズの報道(一九九八年パキスタンの核実験後現場付近に派遣された米軍機が大気中からプルトニウムの痕跡を検出していた)でしっかりおさえられていたものだが、日本での報道ではブッシュ叩きの空気もあってか妄想に近い扱いではなかったか。
 現状では完全に核実験が確認されたわけではなく、米国側から「あれは違うってことひとつ」となるかもしれないが、想定された範囲で、具体的に今回の実験がどれほどの危険性を持っているかについては、先と同じくテレグラフだが予想している。”N Korea's bomb 'would kill 200,000'”(参照)より。

The nuclear weapon that North Korea intends to detonate in an underground test is big enough to kill up to 200,000 people were it ever to be used against a city such as Seoul or Tokyo, Russian military experts have revealed.

北朝鮮が今回地下実験を試みようとしている核兵器は、ソウルや東京といった都市を対象とするなら、二十万人程度殺害できる能力があるとロシア軍専門家は明らかにした。


 東京大空襲の二倍の惨事が想定されるということで青ざめるが、これは東京というより北朝鮮に近隣の大都市の例というだけのことだ。

They say that the weapon, with the same 20-kiloton yield as the bomb dropped on Nagasaki, is about 10ft long and weighs four tons. It is too big to fit on to any missile Kim Jong Il's regime currently possesses but if it were detonated above ground it could destroy everything within five square miles.
 
今回の核兵器は、長崎に落とされた原爆と同じ二〇キロトン出力で、長さ約一〇フィート、重さ約四トンである。この形状と重量は現在金正日が所有しているミサイルには装着できない。だが、地上爆破に成功すれば五マイル四方を破壊し尽くすだろう。

 ということで、東京にミサイルでどかんと一発禿頭ふうになることはない。というか、都民は直下型地震を恐れているだけで恐怖はまだまだ十分な状態だ。この核兵器の恐怖ということなら、すでに国境で小競り合いが見られるともいう地続きの韓国が心配になるかもしれないが、この点においても、盧武鉉大統領の太陽政策のもと韓国国民は同胞民族である北朝鮮の人々に恐れを抱く必要などありえないので、いくらソウルが地理的に北朝鮮に近いとはいえ、東京と同じく安心して暮らしていけるとの心情に間違いない。まして日本人が過剰に心配することでもない。
 今後北朝鮮の核実験がこれで終了かといえば、すでに保有しているプルトニウム量からすると、まだまだ数回はできるのであり、日本としてもこれからは、朝鮮労働党創建記念日の年中行事かというふうに見るようになるかもしれないが、あまり油断しないほうがいいだろう。
 ちなみに「極東ブログ: テポど~ん」(参照)で中国様の心境についてこう察した。

中国様としては、対米的な手前、北朝鮮にこれ以上ミサイル商売をさせたくはないだろう。内心ふざけんなという感じではないか。そのあたりをうまくツンツンとできる外交力が日本にあればいいのだけど、難しいか。北朝鮮も韓国も東北部の第四省にはなりたくないだろうし、存亡をかけた必死の工作が、今、広大な宇宙に始まろうとしている。

 ミサイルと核実験とはお商売がちと違うのだろうが、このあたり面々はいろいろご活躍なのだろうと思う。中国様や韓国様のお家のご事情というのもいろいろありそうだし。
 米国様は前回民主党政権下では北朝鮮の空爆を決定した経緯があるが、現米国政府はもうちょっと慎重なんじゃないかと思う。というか、胡錦涛を立てるように動くだろうと思うが、ちと読みが甘いか。

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2006.10.08

「MOON -月亮心-」(チェン・ミン)

 昨日も美しい月だったが、今日もまだ見た目には満月に見える。美しい。が、月の美しさというのに私は奇妙な違和感がいつもある。沖縄の人は、私がそうなのだが本土日本人とは違った月への思いというのがあり、長く暮らして、少しわかったように思えた。そして、中国、アジアの人の月への思いというのをときおり考える。理解が深まるほどに、違和感も深まる。

cover
MOON-月亮心-
チェン・ミン
 月への思いは、それをテーマにしたチェン・ミンの「MOON -月亮心-」(参照)にも感じられる。このところ季節がらというか、このアルバムをiPodでよく聞く。美しい曲が多いし、確かに月というものを強く感じさせる。
 チェン・ミンは素直にいうと苦手だ。美人過ぎるところに違和感を覚えるし、中国人に対してどうしてもアンビバレンスな思いもある。彼女の演奏や曲へのインサイトにはそうした見てくれなどどうでもよい純粋な部分もあるのだが、そこでもなにかがなじめない。女性だからということではないと思うが、ヨーヨー・マやユンディ・リなどには東洋的・中国的な身体的ともいえる感性があっても大枠で西洋音楽のなかで聞くことができるし、その音楽的な情感の作りもそうした安心感があるのだが、チェン・ミンには奇妙な不安感がつきまとう。
cover
魅惑の二胡
チェンミン
MOON 月亮心
(yueliang xin)
チェンミン監修
 「MOON-月亮心-」では「PHOENIX~ベートーベン「悲愴」より~(MOON Ver.) 」にそうした違和感が強い。どうしても受け入れられない。こうしたアレンジや演奏があってもいいし、むしろベートーベンを忘れてもいいと思うのだが、なかなかそうはいかない。奇妙なのは、坂本龍一作曲の「ラストエンペラー」だが、坂本龍一自身が関わった演奏では、言い方は悪いが、東洋趣味・中国趣味の西洋の偽物として安心して聞ける。そしてその情感は私には馴染みやすい。だが、チェンミンの演奏はむしろそうした坂本を忘れさせてしまうものがある。
 素人の当てずっぽうにすぎないのだが、二胡という楽器の魅力や能力は「万華鏡」によく現れているし彼女の純音楽的な才能はここに活かされているのだろうと思うし、ああ、これは中国人だと逆に距離感を置いて安心してしまう。
 そうした音楽外の情報を一切抜きにして、「feel the moon」はただ心を奪う音楽の力がある。曲想は日本的だし、クラッシック音楽とは違った西欧的な響きがある。その美しさにシンプルに圧倒される。作曲は月下團とあるが澤野弘之という人なのだろうか。いずれ、日本人的な印象を受ける。
 「feel the moon」には、チェン・ミン(陳敏)自筆の蘇軾の水調歌頭が添えてある。

人有悲歓離合
月有陰晴圓缺
此事古難全
但願人長久
千里共嬋娟

 訓ずるに。

人に悲歓、離合有り
月に陰晴、円缺有り
此事、古より全う難し
但願わくば、人、長久に
千里、嬋娟を共にせんことを

 試訳。

人には悲しみと喜びが別れと出会いにあるが
月に明暗と満ち欠けがあるのと同じことなのだ
このさだめは昔から避けがたい
人は永遠に憧れ
遠く離れてもこの月の美を共にしたいと願う

 この月への思いというのは、中国的な感性かなと思う。
 「feel the moon」での音楽的な美しさとは少し違うのだが、私がもっとも好きな曲は「恋雲」である。ベタに日本的と言ってよさそうな曲調だし日本人的な感情の動きがあるのだが、ところどころにこの人は外国人だな、チェン・ミンという異国人だなというフラッシュバックのような起立感と、日本の少し貧しい風景を含んだ、もう三十年以上前に感じていた若い日の恋のような感情を喚起させる。それでいてさらっと泣きに転じていない大人というか青春を過ぎた軽さが救いになっている。
 チェンミンが来日したのはこのアルバムから十三年前とある。九一年であろう。今から十五年前。読売新聞大阪”二胡奏者のチェン・ミン 異文化吸収し、表現力豊かに 3作目アルバム発表”(2001.06.28)ではこう伝えている。

 父は上海音楽学院の教授で二胡奏者、母は女優。幼いころから二胡を学び、上海の民族楽団で活躍する一方、テレビドラマにも主演した。順調な芸能生活だったが、十八歳の時、日本人の知人を頼って来日した。「毎日、同じ生活をしているのが嫌で、違う世界を体験してみたいと思ったんです」
 音楽で生計を立てるつもりだったが、言葉が通じないから、自分が二胡奏者であることがなかなか伝えられない。「ボロボロのアパートに住み、喫茶店でアルバイトをしながら、語学学校に通う毎日でした」
 その後、共立女子大に入学。サークルで二胡を弾いたのをきっかけに名前が知られるようになった。カルチャースクールで教え、演奏会で弾くようになった。一九九五年にデビュー。昨年、チェロ奏者のヨーヨー・マと共演したウイスキーのテレビCMは、清らかな美しさと二胡の穏やかな音色が印象的だった。

 女性の歳に関心を持つのはよい趣味ではないが、彼女は現在三三歳くらいだろうか。曲に現れるものからはもう少し成熟した印象を受けるが。
 それにしても、喫茶店でアルバイトしている十八歳のチェン・ミンの姿に「恋雲」が重なるような感じがしてならない。

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