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2006.09.30

WHO、DDT解禁?

 やや旧聞になってしまったが、一五日、世界保健機関(WHO)は三〇年以上も禁止されていた有機塩素化合物の殺虫剤DDT(World Health Organisation:C14H9Cl5)の利用を薦めるアナウンスを出した、とだけ書くと誤解されやすい。一六日付け読売新聞記事”マラリア制圧へ、DDT復権を…WHO”(参照)ではこう伝えていた。


 世界保健機関(WHO)は15日、ワシントンで記者会見を開き、「マラリア制圧のため、DDTの屋内噴霧を進めるべきだ」と発表した。
 DDTは、生態系に深刻な悪影響を及ぼすとして1980年代に各国で使用が禁止された殺虫剤だが、WHOは「適切に使用すれば人間にも野生動物にも有害でないことが明らかになっている」と強調、DDTの“復権”に力を入れる方針を示した。

 つまり、マラリア制圧にとっては効率的だというのが一つのポイントだ。そういえば、過去このブログでもマラリアについて二年前「極東ブログ: 天高くマラリアなどを思う秋」(参照)触れたことがある。
 ポイントのもう一つは屋内使用に限定されることだ。

 WHOマラリア対策本部長の古知新(こちあらた)博士は「科学的データに基づいた対策が必要。安全な屋内噴霧剤としてWHOが認めた薬剤の中で、最も効果的なのがDDTだ」と説明した。WHOによると、10か国でDDTの屋内残留噴霧が行われている。

 読売新聞記事ではわかりづらいのだが、DDTといえばレイチェル・カーソンの「沈黙の春」(参照)だ、と私より上の世代は脊髄反射してしまうほどで、問題点は自然界への残留にあった。その後、近年では環境ホルモンとしても騒がれていた。
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沈黙の春
レイチェル・カーソン
 私より上の世代は「沈黙の春」に脊髄反射してしまうと書いたものの、今の三〇代くらいの世代はDDTという言葉にあまり実体感はないのかもしれない。私などが子供のころは新築の家の土台工事の後で白蟻避けだと思うがよくDDTを撒いているのを見かけた。あの白い粉である。私より上の世代というか私の親、GHQ経験の世代だと、虱退治に頭から白い粉を被ったものである。DDTはお馴染み感があるので逆に「沈黙の春」では驚いたものでもあった。また、「生と死の妙薬」と呼ばれていたなど、この本の出版のいきさつなどもいろいろ聞かされたものだった。
 アマゾンの素人評を見ると、意外に冷やっとしたコメントもある。

★★☆☆☆ 害虫駆除, 2006/8/1
レビュアー: 理系の文系 (秋田県秋田市) - レビューをすべて見る
 この本を通じて語られていることはそれなりに正しいのだろう.しかし如何にもアメリカ的というか何と言うか・・・
 化学薬品を用いた害虫駆除を散々批判してはいるがその薬品のもたらした恩恵には一切触れていない.また,自然を支配するなどおこがましいと解きながら,害虫対策として成された提案が生物を遺伝子的に組み替えるだの,天敵を導入して害虫を駆除すれば良いとだのとは恐れ入った.生態系の破壊については一切考慮されていない.本当に科学者の言葉だろうか.
 短絡的で人間本位な結論としか私には感じなかった.自然との共存.容易ではないだろうが,それ以外に人間が地球で生き残るすべは無い.

 私も現在「沈黙の春」を再読すれば似たような感想を持つような気がする。
 DDTの毒性だが、殺虫剤なのでもちろん毒性はある。食品添加物みたいなものでもはない。人間への害は発癌性が疑われていたが、現状ではないといってよさそうだ。ウィキペディアに書いてあるかなと気になって確認したら、ちゃんと書いてあった。

発癌性
一時期、極めて危険な発癌物質であると評価されていたが最新の研究では発癌性が否定されている。国際がん研究機関発がん性評価では当初はグループ2Bの「人に対して発がん性が有るかもしれない物質」に分類されていたが、その後の追試験によってグループ3の「発がん性の評価ができない物質」へ変更された。

 同項目には「喪われた化合物の名誉のために(1)~DDT~」(参照)というページへのリンクもあり読むとなかなか面白い。

 こうして抹殺されたDDTですが、最近の研究によって少なくともヒトに対しては発癌性がないことがわかっています。また環境残存性に関しても、普通の土壌では細菌によって2週間で消化され、海水中でも1ヶ月で9割が分解されることがわかっています。危険性を訴える研究に比べ、こうした結果は大きく扱われることはほとんどないため、あまり知られてはいませんが……。

 残留の問題もそれほどではないようだ。
 以下の発言は化学的な関心を持つ人にはけっこう常識っぽい話だが、なかなか社会的には通じづらい。

 DDTの問題は我々に多くの教訓を残しました。現代の殺虫剤、農薬はDDTの時代とは比較にならないほどの厳しい安全基準を要求されています。かつての農薬は水銀、ヒ素などを含んだ、今考えると恐ろしいほどの毒物だったのですが、現在市販されているある種の農薬などは茶碗に一杯「食べても」大丈夫というほどに安全になっています。虫に毒だから人にも毒だろう、というような単純な話ではなくなっているのです。素早く分解されて環境に残留しない農薬の開発も進んでいます。
 農薬だから、化学製品だからと毛嫌いするのは簡単だし、ある程度無理もないことです。しかし化学は失敗を教訓として、常に前進を続けています。そして一般の目に触れないところで、少しでも安心して使える製品を作り出すべく、日夜研究を続けている化学者たちがいることを忘れないでいていただきたいと思います。

 環境ホルモンについては、同ページでは毒性からしか見てないが、読売新聞”DDTは環境ホルモン 環境省、メダカ試験で確認”(2005.10.02)によると内容は標題に反してどうやら人間にはあまり関係なさそうである。

 DDTは、第2次世界大戦後、蚊やシラミ退治などのため、大量に使用。毒性の強さなどが問題となり、1971年に農薬としての販売が禁止され、81年には輸入、製造も禁止となった。
 人間への影響を評価するため、同じ哺乳(ほにゅう)類であるネズミを使った試験も実施しているが、4物質とも内分泌かく乱作用は認められていない。

 WHOの今回のDDTについての判断は妥当なところだし、今回のDDT推進はマラリア問題がない日本のようないわゆる先進国にはあまり関係ないのだが、いろいろ議論は起きている。日本での報道は見かけないようだが。
 一例としてダルフール問題などをワッチするのに見ることが多いが、allAfrica.comの”Experts Oppose Chemical War On Malaria”(参照)など読むと、DDTについての危険を訴える動きもある。

Participants at the Intergovernmental Forum on Chemical Safety (IFCS) conference who staged the protest underlined the detrimental effects on human health caused by DDT, such as reproductive disorders, neurological effects, reduced breast milk production and increased risk of breast cancer.

 日本の情報環境にいるとこのあたりの問題というかバランスについて、なかなか見えてこないし、問題意識みたいのにもなってこないようだが。

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2006.09.29

エスプレッソ雑話

 時たまエスプレッソをいれる。このところいれることが多い。イタリア製の直火式のエスプレッソ・メーカーを使う。クレマはほとんど立たないのだがけっこうおいしい。というか、手前味噌ならぬ手前コーヒーの類だろうが、自分でいれたエスプレッソよりおいしいエスプレッソを飲んだことはない、と思う。レストランとかで飲むエスプレッソでおいしいと思ったことはないような。鼻に抜ける独特のツンとした香りがくせになるのにあれがあまりない。それほど経験がないからのだろうとも思うが、手前エスプレッソはスタバのエスプレッソよりはおいしい。

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 不思議なのだが、スタバのエスプレッソは店によって日によって出来が違うように感じられる。同じ豆で同じマシンで同じように作っているのだろうが、主観的にはとても違う。なんとなくだがいれる人によって違う気がする。もうちょっと言うと、店員の雰囲気を見ていて、あ、この人はハズレかなと思うとたいていハズレる。
 エスプレッソ・マシンで思い出すのだが、以前職場の同僚でどの機種を買うべきか悩んでいる話を延々と聞いたことがある。もう二十年以上も前ことか。欧州暮らしの経験があるからか、エスプレッソに凝っていたようだ。というか、もう日本のエスプレッソには我慢できないと言うのだった。私はそれほどコーヒー好きでもないしエスプレッソも飲まないのだが、彼女の怒りのようなものはわからないでもなかった。話のなかで、いろいろマシンの違いとかなんたらが出てきたのだが忘れた。ただわかったことは当時の価格で五万円くらいするし、けっこう図体も大きい感じだった。業務用だったんだろう。
 そういえば沖縄で暮らしているとき知人の知人がレストランをやっていて、偉そうなエスプレッソ・マシンを導入した。一応操作はできるようになったらしいので一杯いただいのだが、論外だった。マシンの使い方に上手い下手があるのか。豆のせいなのか。
 こう言っていいのかわからないのだが、偉そうなエスプレッソ・マシンでいれたエスプレッソでそれほどうまいと思ったことがない。そこそこにはうまいというのはある。スタバ並かなとか。そのせいかどうもエスプレッソ・マシンを買う気がしない。それほど飲まないせいもあるが。
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Coffe percolator moka
 エスプレッソをいれるのに、私が使っているように直火式でいいのかというと、そこでも不思議に思う。直火式というとなぜかみなさん八角形のポットみたいの(macchinetta)を使っているのだが、あれでいれたのでおいしいエスプレッソを飲んだことがない。よくわからないが、歴史的にはあれがエスプレッソをいれるための原型的な道具なんじゃないかと思うのだが、うまく機能しないのか。
 自分がエスプレッソをいれる経験からすると、火のコントロールが間違っているのではないかと思う。経験的になのだが、火は弱火で、できるだけ炎がばらけないようにするのがコツなのではないか。ゆっくり沸騰させると熱湯も我慢に我慢を重ねてぶふぁっと出てくるようだ。それと私が使っているように上からぶしゅっと叩き出すタイプほうが内部の気圧が上がるのではないだろうか。
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カフェチコ・シルバー

by 楽天アフィリエイト
 愚考していて思い出したのだが、ポットタイプの使っている人、よく「エスプレッソ、お代わりあるけど」とか親切に言ってくれるのはいいのだけど、あのですね、最初に水を計量してましたかぁ?

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2006.09.28

スイスの難民規制

 予想通りといえばそうなのだが、二四日スイスで難民審査厳格化と移民規制強化の是非を問う国民投票が行われ、多数で可決した。難民審査厳格化賛成は六七・七パーセント、移民規制強化賛成は六八パーセント。いずれも反対に対してダブルスコアとなった。
 CNN”難民と移民の受け入れを厳格化へ、スイス”(参照)ではこう伝えている。


永世中立国のスイスで24日、移民の規制強化と難民審査の厳格化を定める法律改正案の国民投票が実施され、賛成多数で可決した。この結果、欧州連合(EU)と欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国以外からスイスへ入国して滞在できる労働者は、専門技術をもつ人に限定されるほか、難民申請者については、正当な理由がなく身分証明書を提示しない場合、申請を却下するなど、厳しい内容となっている。

 さすがCNNは日本国内ニュースと違い「永世中立国のスイス」と切り出してしまったが、これは単なる間違いで、スイスは二〇〇二年九月の国民投票で一九〇番目の国連加盟国となり、永世中立国ではなくなっている。
 今回の国民投票の結果、難民法と外国人法を改正され、難民申請時の身分証提示義務が厳格化される。正規旅券を四八時間以内に提示できない申請者は、原則的にその場で申請が却下され強制退去となるようだ。また、従来の申請却下者に支給された生活給付金も停止となる。
 これらの規制は欧州ではもっとも厳しい。スイスはEUには加盟してないので、こういうのもありなのかもしれない。が、この六月に実施されたEU域内での国境審査を廃止するシェンゲン協定と難民情報の共有などを定めたダブリン協定への加盟の是非を問う国民投票では、賛成五四・六パーセントということで、EU志向が無くなっているわけでもない。
 今回の国民投票で感慨深いのは、四年前(〇二年一一月)の同法の国民投票との差だ。あのおりは、賛成四九・九パーセントに対して、反対五〇・一パーセントと僅差での否決だったのが、この間に大きく右旋回した。当時は、「移民排斥などの過激発言で極右と言われるクリストフ・ブロッハー議員」と呼ばれていたものだが、現在では過激でもなく普通に定着してしまったようにも見える。
 余談だが、スイスについてはこのブログでは過去、「極東ブログ: [書評]スイス探訪(国松孝次)」(参照)で少し触れた。

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2006.09.27

ハンガリー騒乱

 ハンガリー動乱(参照)、とつい口を滑ってしまいそうになるが、先日のブダペストの状況は、CNN”「最も長く、暗い夜」 ハンガリー騒乱で首相が会見”(参照)の標題のように騒乱という程度であろう。あるいは狂想曲か。とはいえ、プミポン国王のような偉大な王なきハンガリー共和国では放送局の襲撃は洒落にならない面もある。


首相によると、暴徒が同市内の公共放送マジャール・テレビ(MTV)の本部を襲撃したことは、警察にとって予想外だった。騒乱による負傷者は、警官102人を含む150人に上っている。警官隊を監督するペトレーテイ法相は、騒乱の責任を取るとして辞表を提出したが、首相はこれを却下した。

 騒乱の原因について同記事では簡単にこう触れているがわかりにくい。

ハンガリーでは17日、首相が「われわれは国民にうそをついてきた」などと話している録音テープが公共放送のラジオで流され、これがデモの引き金となった。MTV本部には警官隊が出動し、放水車で暴徒を鎮圧した。

 このニュースが一九日のもので、翌日は”首相発言への抗議デモ続く ハンガリー”(参照)と一万人デモ。日本国内ではこのニュースは少ないようだが、二四日共同”反政府デモに2万人 ハンガリー”(参照)と二万人。日経”ハンガリー、首相辞任求め4万人デモ”(参照)では四万人。
 それから数日経つが騒乱としての現状はよくわからない。沈静化しているのだろう。ただ、このまま一時期の騒乱で終わるかというと、CSM”Bitterly divisive politics fuel Budapest unrest”(参照)が指摘するように十月一日の地方選まで潜在的に危険な状況は続くのだろう。

While the violence has abated, smaller-scale protests are set to continue until crucial local elections on Oct. 1. Should the government suffer a crushing defeat, however, demonstrations could grow again.
(暴力的な状況は沈静化したものの、十月一日の地方選までは小規模の反対運動は継続するだろう。政府が壊滅的な敗北を喫すれば、デモは再発するだろう。)

 で、なにが問題だったのか。一九日のCNNニュースでは首相が国民に嘘をついていたのがばれて国民が怒ったというくらいにしか読めない。一九日産経系”反政府デモが暴徒化、ハンガリーで首相退陣求める”(参照)では次のように説明しているが理解できるだろうか。。

 首相は4月の総選挙で勝つために「朝から晩までウソをつき続けてきた」と発言。また、「経済を維持できるのは世界の有り余るキャッシュと数百のトリックのおかげだ。欧州でこれだけろくでもない経済政策をとった国はない」と語った。

 先の共同ではこう説明しているが、これも理解しにくいのではないか。

 4月の選挙で続投を決めた首相は、公約に反し、財政赤字対策として増税を打ち出すなどしたが、与党社会党の会議で国民を欺いてきたと発言したことが地元メディアで報じられ、デモにつながった。

 私自身もこの問題に詳しいわけではないが、外信の説明は不十分だし、なにか問題の核心を避けているかのような印象を受ける。国連疑惑や中国人権問題のようにまた日本のジャーナリズムでは触れてはいけない領域なのだろうか、あるいは問題が複雑で外信では十分に報道されていないのだろうか。単に、ハンガリーの問題は日本にとって些細なことか。存外にオーマイニュースとかに記事があったりして。
 今回の事態が起きなくても、経済構造から背景は理解できる。「大和投資信託/タイムリーレポート(2006年3月30日)」(参照PDF)が比較的詳しい。もっとも、その結論は現状となるといかがなものかの風情はあるにせよ。

なぜ財政赤字が拡大したのか
旧社会主義国であったハンガリーは、西欧諸国と比べると社会公共インフラが整備されておらず、道路建設など財政支出がどうしても膨らんでしまうことが、財政赤字が拡大しやすい理由として挙げられます。これに加えて、2002 年に行なわれた選挙において、財政支出を伴う選挙公約が乱発されたことも、財政赤字を悪化させた要因となりました。

2006 年は選挙の年
同国の選挙は4 年に1 度行なわれ、今年はその年にあたります。最近の世論調査によると、与野党の支持はほぼ伯仲しており、そのため現政権は選挙対策の一環として減税などの政策を打ち出しています。こうした政策が将来のさらなる財政赤字拡大につながる、と心配する声も出ています。


 単純に言えば、大衆迎合のばらまき政治をやり続け、しかも財政問題を国民に隠蔽しつづけていたのだが、その一旦が今回首相の口からぽろっと出てしまったということのようだ。ぽろっと出るものはもっと別のものであって欲しいものだが。
 大和投資信託の見通しは奇妙に明るい。

財政悪化による負の連鎖がはたらく可能性は小さい
今後は、ハンガリー政府が社会保障制度改革など実効性のある財政改善計画を打ち出し、それを実行に移せるかどうかが注目されます。しかし、前述したように、ユーロ導入に向けて後戻りのできない同国が、野放図な財政支出を続けることは考えにくく、財政赤字拡大→格下げ→さらなる財政悪化という負の連鎖がはたらき格下げが続く可能性は小さいとみられます。

 「野放図な財政支出を続けることは考えにくく」というが、そうなのか、と。そのあたりがよくわからない。今回のデモはもうバックレが効かなくなり、痛みを伴う改革に乗り出した矢先の反発だと言えないこともない。
 結局どうなるのかというと、先ほど見たBBC”EU backs Hungary's budget plans ”(参照)の記事だと、EUが支援に乗り出すという雰囲気だが、依然ハンガリー国内では増税・歳出削減というのに変わりはない。痛いぜ。ということで、このBBCの記事も後半のトーンは暗い。
 ハンガリーの現状の国際的な状況については”カワセミの世界情勢ブログ: ハンガリー動乱から50年”(参照)で六月時点の状況をまとめているが、率直なところ米国のスタンスが微妙だ。

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2006.09.26

小泉純一郎がやり残したこと

 小泉純一郎首相についてはなぜかあまりご苦労様という感じはしないが、これからはもう政治を離れて好きなオペラなど楽しまれたらいいだろうと思う。長い首相在任期間だったが、後悔といったものはなかったものだろうか。日刊スポーツ”「後悔なし」小泉首相最後のインタビュー”(参照)も訊いていた。


官邸で首相として受ける最後の報道各社インタビューで、記者団から対中韓関係の現状について「後悔の念はないか」と質問されたのに対し答えた。また、自民党内の反対を押し切って郵政民営化関連法を成立させたことについて「非情と言われるかもしれないが、国民全体にとって必要な改革だった」と述べた。

 いかにも小泉節というところだが、自身のありかたを「非情」と見ていたのか。私が小泉純一郎が好きでない理由は女を捨て子を捨てという非情さがなじめないからだ。政治というのは非情なものだといえばそうだが、そういうふうに政治を割り切ることはなかなかできない。
 そういえば、先日の「極東ブログ: [書評]郵政省解体論(小泉純一郎・梶原一明)」(参照)には彼が郵政民営化とならんでやりたいかったことが描かれていた。遷都である。まじかよ。

梶原 いま、ビジネスチャンスが非常に少なくてなっています。それだけに郵政省を民営化するとなれば、あらゆる企業が注目することは間違いなし、決定的な景気浮揚策となる可能性が高いでしょう。
小泉 それとあわせて遷都をすればいいんですよ。過疎地に首都を持っていくというね。

 なんだかすごい会話の展開になり、この先梶原はちょっとびびって、話だけですよねみたいな与太にもっていくのだが、どうも小泉はマジ臭い。

梶原 (中略)小泉さんがおっしゃった遷都でも、あるいはデノミにしても同じです。実際に実行できるかどうかは別としても、それをぶちあげて提案し方向を示す。それをマスコミ報道に乗せていくというようなことが、政治家に求められるのではないですか。
小泉 いまいちばん大事なのは、まさにその方向を示すということです。
梶原 実現がどうのこうのいうことは、この際二の次でいい。私は公約というのは、実現を前提するものと、ぶち上げるものと二つあると思います。
小泉 ただね、いまはそういう公約だけでは駄目なんですよ。やはりある程度の実現可能性を示さないとすぐに化けの皮が剥がれてしまう。
梶原 でも、一種の方向性を示すということは……。
小泉 それはもとより大事なのですが、その方向に向かっているな、というように国民が感じないと駄目なんです。口だけだと、公約だけだと、いままで政治があまりにも嘘をいってきたから、国民は信じない。

 小泉政治については国民を騙すという批判も多いが、そういう批判が成り立つほど、小泉を信じるという機運も大きかったのだろう。ただ、郵政民営化については捨てなかったが、遷都については捨ててしまったのだろう。

小泉 それはそうです。ただ、日本はオーストラリアとかブラジルと違って、首都を替えるのは、案外、一瞬でしょう。おそらく、どんな過疎地に首都を移しても、すぐに百万都市ができますよ。だから私は東京から離れても心配ないと思う。
 日本の場合、官依存が強いから、全官庁が移るといったら、もうあっという間に都市ができて、国際空港もできるでしょう。


小泉 (中略)ただ、私は”転都”では駄目だといっているんです。
 つまり、東京を活用したいが、その機能を少し分散させるために、東京の近くに首都を移すというのでは意味がない。中途半端になる。遷都をやるなら、思い切って東京から離れた過疎地にすべきです。
 東京にしても、それによって人口が百万人か二百万人減れば、かなり快適になるでしょう。かといって、これだけの大都市はすたれませんよ。

 こいつ大法螺吹きだなと笑いたくなるが、転写しながら、このしょーもない壮大な情熱はいったいどこから生まれたのだろうかと少し感動してくる。こんな馬鹿な政治家がまた日本に現れないなら日本の活力なんてものはないだろう。この気質はやはり祖父譲りなのだろうか。
 祖父小泉又次郎は慶応元トビ職の息子に生まれた。ウィキペディアにもあるが(参照)、軍人になりたくも家業のためにトビ職人となる決心として全身に昇り龍を彫った。芸者だった綾部直子と結婚した。軍人にはなれないが政治家になった。

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2006.09.25

日の丸についてのトンデモ私説

 最初にお断りしておくが、以下はトンデモない話であって、きちんと主張しているわけではない。いつかきちんと主張したいと思っていたが、関心も薄く成りつつあり、関連蔵書は処分したし、貯めていた資料ももう散失してしまった。もう自分の人生で展開する機会もない。ただ、余興みたいにブログに書いておくくらいはいいだろう。
 日の丸とは蛇の目(ジャノメ)である。それが私が日の丸について二十代の後半に考えた推論で、大筋では吉野裕子の学説と絵巻の史学的な考証でなんとかなるかなと思ったが、その後の民俗学の動向を見ていると吉野裕子学説はあまり顧みられているふうでもない。が、アマゾンを見ると復刻は多く、読者は少なくはないのだろう。

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日本の蛇信仰
 蛇の目というからには蛇の古代信仰に関連する。ということで「日本人の死生観―蛇・転生する祖先神」(参照)や「蛇―日本の蛇信仰」(参照)が主要著作になる。これらは詳細にはいろいろ問題があるだろうが、大筋ではこれでいいのではないかと私は思う。さらに吉野学の源流近くには「隠された神々―古代信仰と陰陽五行」(参照)という衝撃的な書籍がある。近年復刻された。高校生にも読める書籍なので知識人なら一読を勧めたいものだが。
 日の丸は字義通りに太陽信仰とも受け取れるわけで、トンデモ蛇の目(ジャノメ)説はそれを否定しているかのようだが、そうではなく、吉野が蛇について議論しているように、元は太陽であるが太陽とはコスモス的な蛇の目であるということだ。つまり日輪から日の丸に直結しているのではなく、蛇の目を経由しているということ、直接的には蛇の目が起源であるということだ。蛇の目は猫の目のように反射光によって光ることもあるからなのだろう。
 蛇の目は一旦神物として鏡に転じる。古代において鏡はコスモス蛇の目であった。神物の鏡は太陽の反射光を持つことが重要であって、物を写すことは日本の古代呪術においては二義的なものである。駄洒落のようだが、吉野も指摘しているが、「かがみ」とは蛇を示す「かが」の「み」であろう。あるいは「かがの目」かもしれない。「かが」が蛇を示すことは「やまかが」の語に残っている。
 吉野はさらにこのコスモス蛇信仰とその目としての「鏡」の信仰を三輪山に結びつけている。三輪山自体を巨大な蛇とみなしているのだ。たしかに、あれは蛇がとぐろを巻いているように見えるものだと私も現地になんども行って思った。
 三輪山の信仰は現代の古代史的な研究からははっきりしてこないが、これが実際に飛鳥や河内を起点とした場合、海から太陽=コスモス蛇が出現するのは、伊勢にあたる。おそらく伊勢神というのも三輪山信仰に関連する蛇神の系列なのだろう。吉野はさらに額田王がそうした神官に関連しているとも示唆していた。その後、いわゆる天皇家に統合された神話からすると鏡は三種の神器の一つとなるのだが、おそらく三種の統合になんらかの意味があったのだろう。
 余談だが、天皇については近代的には万世一系の血統とかいう輩が多いが、南北朝の歴史などを見ればわかるように、天皇の正統性は三種の神器にある。昭和天皇の語録などを見ても彼自身も三種神器を非常に重視していることがわかる。なぜ、天皇の正統性が三種神器という「物」なのかについて私はきちんとした議論を読んだことがないが古代史にその理由が隠されているのだろう。
 トンデモのついでに放言すれば、天武天皇時代に天武天皇という特殊な王の出目と正統性から出来た仕組みではないかとも思う。兄とされる天智天皇はおそらく初代の天皇であろう。昭和天皇自身の発言にも天皇家の起源を彼が七世紀であると認識していたが、合理主義の彼は合理的に理解していたのだろう。天智天皇は先に触れた額田王=鏡神官と関連があり、天武天皇はその権威も統合的に掌握したという象徴ではなかったか。剣は実質神道を創作した中臣家の関連であろうか。
 吉野裕子は、日本の古代信仰であるコスモス蛇と鏡については論じているが、そこから蛇の目起源としての日の丸については考察していない。彼女が想定しえないわけもないので、口をつぐんでいるか否定しているかであろう。冷静に考えれば否定しているのだろうと思うのだが、それにしては中世における日の丸の基本が金色であり、コスモス蛇の目=鏡以外には見えない。
 ウィキペディアの日章旗(日本の国旗)(参照)でも紅色への変化について触れているが、日の丸の原型は金の丸である。

世界的に太陽が赤で描かれることは珍しく(太陽は黄色、また月は白で現すのが一般的である)、日本でも古代から赤い真円で太陽を表すことが一般的であったというわけではない。例えば高松塚古墳、キトラ古墳には東西の壁に日象・月象が描かれているが、共に日象は金、月象は銀の真円で表されている。また711年(大宝元年)の文武天皇の即位以来、宮中の重要儀式では三足烏をかたどった銅烏幢に日月を象徴する日像幢と月像幢を伴って飾っていたことが知られるが、神宮文庫の『文安御即位調度之図』(文安元年記録)の写本からは、この日像幢が丸い金銅の地に赤く烏を描いたものであったことが確認されている。これは世俗的にも共通した表現であったようであり、『平家物語』などの記述などからも平安末期の頃までの日輪の表現は通常赤地に金丸であったと考えられている。

 ラッキーストライク的な赤玉になることについてはこう説明している。

対して赤い真円で太陽を表現する系譜は、中国漢時代の帛画に遡る(上の日像幢と同様に内側に黒い烏を配するものである)。日本での古い例としては、法隆寺の玉虫の厨子の背面の須弥山図に、赤い真円で表された日象が確認される。また平安時代においても密教図像などに見出される表現であり、中国から仏教とともにもたらされた慣習であると推測される。こうした表現が原型となり、白地赤丸の日章旗が生まれたと考えるのが妥当であろう。

 いずれにせよ白地赤丸の出現と変化には別の理由があるのだろう。あるいは水平線に登る朝の陽が赤く見えるからだろうか。
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古代フェニキア船
船の目に注目
 私はこれは難避けの呪札のようなものではなかったかと考えている。そして、何の難避けかといえば、海難であろう。このあたりの変化の史料をいろいろ旅して探したものだったが確定的なことは言えない。
 船には難避けの呪物が欠かせない。そのなかで、船に付ける目はけっこう典型的な呪物であり、この呪物は太古の地中海からインド洋へと広がっているようだ。その系統がどこかで日本につながったのではないかと思う。
 近代の日章旗の起源は公的には島津にある。

また江戸時代後期には薩摩藩の船印として用いられており、開国後は幕府が日本国共通の船舶旗(船印)を制定する必要が生じたときに、薩摩藩からの進言(進言したのは薩摩藩主、島津斉彬だといわれる)で日章旗を用いることになった。一般的に日本を象徴する旗として公式に用いられるようになったのはこれが最初であるとされるが、戊辰戦争時には官軍が菊花旗、幕府側が日章旗を用いており、国旗として扱われるようになったのは明治以降である。

 ここでなぜ薩摩藩が日章旗を船印としたかについてだが、これは琉球絵巻などを見れば誰でもわかることだが、すでに琉球が日章旗を船印として利用していた。もともと薩摩の富は琉球からの、広義の搾取と言ってよいだろうし、文化的には薩摩の文化は琉球の下位にあったと私は考えている。
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琉球八曲屏風より
日章旗と船の蛇の目
 簡単にいえば、日章旗というのは、琉球の旗なのである。もともと日本国は、琉球国を併合しているので、昔の東欧風にいえば、国号は日本琉球国となるべきものであるが、そうはならずとも琉球の旗が日本に嗣がれているのは興味深い……というあたりは現状ではトンデモ説であるが。
 では、琉球の旗はどこに起源を持つのか?
 この調査もいろいろやって懐かしいが確たることが言えない。概ね、倭寇の文化が起源であろうとは思う。もともと琉球の王朝は倭寇の権力にフェイクとして中国的な文化をかぶせたものだろうと長年沖縄に暮らしながら考えていた。現在の沖縄ではある意味で琉球的なアイデンティティが観光産業にも合うことからいろいろ擬古的に復権しているが、華僑の覆いを除くと、室町時代というか倭寇の時代の文化が見えてくる。舜天源為朝落胤伝説はもちろん伝説ではあろうが、その伝説が生まれる核たるものは後の徳川政府・薩摩政府による併合のための下準備であったとは考えづらい。すでに沖縄本島には日本中世の時代に各種の神社ができていることや、阿弥陀信仰が行き渡っていることからも同じ歴史文化的なものだろう。
 日章旗が倭寇に起源を持つなど、公的に言えばトンデモ説だろうとわかっているが、私は密かに倭寇の呪物が嫌いではない。日本は江戸時代海に隔てられて鎖国であったというのが近代日本による日本の史観であるが、そうではないのだ。海こそがダイレクトに人々を結びつけるものだった。日本は海に囲まれていたからこそアジアのなかに開いていたのである。
 古代においてもなぜ伊勢の太陽信仰があるかといえば、あれは伊勢の地の古代水軍の名残であろう。おそらく壬申の乱まではあそこに水軍があったに違いない。大津皇子が伊勢に出奔するのも父のように水軍を動かしたかったからではないか。いずれにしても、海の人として開かれた日本人だから日の丸があるのだろう。伊勢の神の好物も海産物である。

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2006.09.24

菊花紋章、雑談

 ブログなんで世間の話題は拾っておこうと思うのだが、昨今の国旗国歌問題は食傷気味。っていうかすでに「極東ブログ: 些細なことには首をすくめておけばいい」(参照)に書いた以上はない。でも昨今の騒ぎで三十年近く前の成人式のことを思い出した。日章旗を飾った壇上から「国歌斉唱ご起立」とか言われて一人立たなかったのは私です。でも萎えて立てなかっただけ。かったりぃとか思うふざけたただの若者でした。今は後悔している。
 このブログでは過去日章旗については「極東ブログ: 正しい日章旗の色について」(参照)、日の丸については「極東ブログ: 野國總管甘藷伝来四〇〇年」(参照)などで少し触れた。「君が代」についてはあまり触れていない。
 日本にはつい最近まで国歌も国旗もなかった。なくてもどってことなかったのだが、小渕総理ががんばって法制化した。とはいえそれほど関連して厳しい規制はないので、日本人が日本の国旗に対して侮辱的とも見えるかものパフォーマンスとかしても思想信条の表現ということになるのだろう。自由は大切だな、と。ただ多少変に思うのは、やっていいのは日本人が日本国旗に対してであって、他国の国旗にそれをすると外国国章損壊罪(参照)になる。


外国国章損壊罪(がいこくこくしょうそんかいざい)とは、日本の刑法92条に規定されている、外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他国章を損壊し、除去し、または汚損することによって成立する犯罪。法定刑は2年以下の懲役または20万円以下の罰金。親告罪。

 もっとも「侮辱を加える目的」というのがビミョー。もともとこれは「外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない」ので、洒落のわからない国には気をつけましょうということで、「なーんだ、日本国が一番、洒落が通じてるんじゃん」ってことかも。
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菊花紋
 それより話は菊花紋章。日本には国旗・国歌ができたのだが、国章というのがない。別になくてもいいし、広義に国旗が国章に含まれることもあるだろう。だが、単純に言えばない。じゃ、パスポートについてるアレはどうよ、と。ウィキペディアの国章の項目(参照)に説明があるとおり。

 日本では、法令上明確な国章は定められていない。その為、慣例的に天皇家の家紋であり、天皇の紋である十六弁八重表菊紋(菊花紋章)が、国章に準じた扱いを受けている。
 また、首相・政府(内閣)の慣例的な紋章である五七桐花紋も、国章に準じた扱いを受ける。
 なお、日本の旅券(パスポート)の表紙に用いられる「十六弁一重表菊紋」は、菊花紋章に似ているが、八重と一重の違いがある。

 というわけで、いわゆる桜の大門、ちがった、菊の御紋のデザインはパスポートのそれとは微妙に違っているのだが、どっちが本物というような国章規定もない。
 デザイン的には、パスポートの十六弁一重表菊紋が先にあるような気がするが、この菊花紋章(参照)が天皇家に入ったのはそう昔のことではない。

 鎌倉時代、後鳥羽上皇がことのほか菊を好み、自らの印として愛用したのが始まり。その後後深草天皇・亀山天皇・後宇多天皇が自らの印として継承し、慣例のうちに皇室の「紋」として定着した。

 というわけで鎌倉時代。それ以前にはない。宋学などと一緒に伝来したものなのだろうか、いずれ中国趣味ではあるのだろう。というところで図案の元になっている菊は御紋章菊こと一文字菊である。ネットを見ると「新宿御苑の菊花壇」(参照)に写真と解説がある。重要なのはこの花弁がフラットに十六ということ。
 この一文字菊の菊花紋章なのだが、私はサロニカの考古学博物館の展示物で見たことがあり、びっくらこいて一緒に見ていたギリシア人に「これって、日本の天皇家の紋章(エンブレム)ですよ、ほれ」とかパスポート見せたことがあった。ギリシア人は怪訝そうな顔していた。わけわかめ風。
 あれがネットにあるか探したのだがめっからない。「テッサロニキ/ギリシア - よしこのインターネット・ワールド・トリップ」(参照)に近いのがある。

 左がアレクサンダー大王の父、フィリッポス2世の骨が入っていたという黄金の小箱。蓋にはマケドニア王家の象徴、太陽の紋章(光線が16本)が刻印されています。王妃と見られる女性の骨が入っていた小箱も展示されていましたが(向かって右)こちらの太陽は光線が12。天皇家の菊のご紋章が16弁というところを見ると「16」という数字には何か意味がありそうですが、どなたかご存知?

 で、太陽紋章以外に菊花紋章もあったのだ。ちなみに、この骨、フィリッポス二世ではないです。
 よくトンデモ系の考古学でユダヤ教の遺跡で菊花紋章がある云々という話があるが、ヘレニズム・デザインなんじゃないかと思う。とはいえ、インド系のヘレニズム・デザインだと蓮花が原型かと思うのだが、このあたりのデザインの系譜はどうなっているのだろうか。

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