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2006.09.16

出産について聞いたこと

 先日文仁親王妃が出産を終え宮邸にお帰りになるというニュースがあったが、こうしたことは庶民の出産でも同じで、病気というわけではないが母親は産後一週間ほど入院する。別段どうという話でもないのだが、先日ラジオ深夜便でオーストラリアの出産事情について興味深い話を聞いた。出産後の入院だが出産後四日もすると病院ではなく高級ホテルに移ることもあるというのだ。もちろん夫も休暇を取り、三、四日、妻と新生児と過ごす。お祝いのシャンペンとかも出るらしい。病院とホテルでも連携はできているらしく、ホテルには常勤の看護師もいるとのこと。
 話を聞いてこれはいいんじゃないかと思ったし、日本とかでもやればできそうな気がするが、実際にはいろいろ規制があってだめなのだろう。

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笑う出産〈2〉
 そういえば以前まついなつきの「笑う出産〈2〉やっぱり2人目もおもしろい」(参照)を読んだおり(この本はもう手元にはないので記憶によるだが)、二人目の出産はいろいろ面倒見のいいホテルっぽい感じの病院を選んでよかったというのがあった。台湾でも出版された前作ベストセラー「笑う出産―やっぱり産むのはおもしろい」(参照)の印税でたぶん生活も潤っていたからリッチな選択もできたのだろうが、産後の母親の心理というのを知るのに面白かった。余談だが、まついなつきのこのシリーズは三男の「アトピー息子―笑う出産スペシャル」(参照)と続くのだが、大団円は「愛はめんどくさい」(参照)と見たい。連続して四冊読むとすごい感動する。
 オーストラリアの出産事情の話に戻ると日本と違うのは無痛分娩が多いというのもあった。けっこう安全に下半身だけの麻酔ができるようだ。そういえば以前米人の女性と話したとき、日本の出産は信じられないと彼女はいろいろまくしたてていたことがあったな。概ね彼女の言っていることが正しいのだろうと思った。
 文仁親王妃の出産は帝王切開だったが、そういえば沖縄暮らしのとき知人のシビリアンの妻も二子目は帝王切開ということになった。オリオンビールを飲み刺身を食いながら、手術では内臓を一旦全部出してという話を聞いていたのだが、その手の話がすげー苦手の私はちと吐きそうになった。が、彼は帝王切開なんてフツーだよという感じであった。
 彼からもひとくされ米国の出産事情を聞いたのだが、その話のなかにへその緒のカットをするのは父親の役割だというのがあった。血まみれの赤ちゃんが出てきて、ずるっとくっついているチューブをきらりと光るハサミを夫が持って切るというのだ……うっぷす思い出してまた吐きそうになった。
 そういえば、オーストラリアの出産事情でも夫は出産にずっと立ち会うのだそうだ。日本でも今ではそうなのか? 知らない。シビリアンの出産話では男子誕生の場合、ついでにちょんと割礼もするとか言っていた。ほんとかね。

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2006.09.15

韓国の戦時指揮権問題

 日本時間一五日未明米韓首脳会談が終わり、日本国内のニュースサイトをざっと眺めるがあまり取り上げられていない。特に想定外のこともないからとも言えるが、今日に至るニュースでもこの会談についてはあまり触れられていないようだ。しかし、この会談で扱われる韓国の戦時指揮権問題は日本にとっても重要ではないかと思うので簡単にブログしておきたい。
 韓国の戦時指揮権問題は簡単にいえば韓国での有事の際に、その戦争の指揮権にどのように米軍が関与するかという問題で現状では米韓合同司令部が担っている。が、盧武鉉大統領は韓国の主権確立という名目で米軍の関与を排除しようとして、一二年までに戦時指揮権の返還を米国に求めていたところ、米側は前倒しに〇九年でよいという流れになってきた。盧武鉉政権としてはこの返還により韓国に対する米軍の支援が薄くなるわけではないと表明しているようだが、実際に米軍の関与は薄くなることに加え、後で触れる大きな問題が発生する可能性がある。韓国国内では指揮権の早期返還について軍関係者や識者の反対が強いが、韓国オーマイニュースなどから見る市民の意見は盧武鉉支持が多いようだ。
 共同ニュース”盧武鉉大統領、北朝鮮追加制裁に反対 米韓に溝”(参照)では標題のとおり、北朝鮮制裁として話題が仕立て上げられ、そのおまけのように指揮権移管問題について触れている。


 両首脳はまた、米軍が保持する有事における韓国軍の作戦統制権を韓国に移管する協議を積極的に推進する方針を確認。米側が2009年、韓国側が12年を主張する移管時期をめぐる調整については、ロードマップを作成する10月の米韓定例安保協議に委ねることになった。

 結局、指揮権移管が〇九年に決定したのかわからない。YONHAP NEWS”韓米「包括的接近案」協議に着手、6カ国協議問題”(参照)ではこう伝えている。

 戦時作戦統制権の韓国移管問題については、移管時期を含む具体的事項は来月行われる定例韓米定例安保協議会(SCM)で合意するとしている。ブッシュ大統領が政治的問題となることに懸念を示したが、宋室長はこれに対し「両首脳は基本的に安保と軍事問題が、合理性の欠如した政治的要素により決定されてはならないとの認識を同じくしている」と説明した。軍事当局間での実務的協議を経て立場を定めることが望ましいとの見解で一致したという。

 私の印象では盧武鉉独走がだいぶセーブされているという印象はもつ。韓国世論の影響もあるかもしれない。朝鮮日報”【統制権】韓国人「単独行使に反対」66% ”(参照)ではこの問題の世論調査を公開している。

 朝鮮日報と韓国ギャロップが11日、全国の成人611人を対象に行った電話世論調査によると、「アメリカと共同行使している戦時統制権を韓国軍が単独行使する」という政府の方針について「安保を不安にし、時期尚早なので反対する」という回答が66.3%と最も多いことが分かった。「主権に関わる問題で、自主国防能力があるから賛成する」という回答は29.4%にとどまった。「分からない・無回答」は4.3%だった。
 また、統制権を韓国が単独行使する場合、韓国の安保が「不安だ」(71.3%)という意見が、「不安ではない」(25.6%)という意見を大幅に上回った。このため「現政権では統制権単独行使に関する論議を中止し、次の政権で論議するべき」という意見についても賛成(71.3%)が反対(23%)を圧倒した。

 朝鮮日報だけの調査であればフカシがあるかとも思うが、韓国ギャロップを含めているのでそれほど外してはいないだろう。簡単に言えば韓国民の本音は戦時指揮権の移管について不安を抱いている。
 しかし、実際には、全体の米軍のシフトから考えて〇九年の指揮権返還となるだろうと思われるし、韓国もこれに対応していなかくてはならなくなるだろう。という意味はなにかというと、単純に言えば、韓国は自主的に軍事増強をしつつ(米国から武器購入を進めなくてはならない)、かつその反面で太陽政策を推進せざえるを得ないという矛盾を抱え込むことになる。
 しかし一番重要なことは、NHKの報道解説にあったが、現在の米韓合同司令部体制の場合、実際には米軍がトップに立つとはいえ、条約上米軍の活動は韓国政府の合意を必要とする点だ。これは、ある意味「統帥権」の歯止めのようなものでもあり、実際に米国クリントン政権の際の北爆決定について歯止めとなった経緯もある。が、指揮権の移管により、合同指令部は解体され、米軍は実際にはフリーハンドを手に入れることになる。悪く言えば、米軍は韓国を守る必要はなくなり米軍の都合で朝鮮半島で軍事活動が可能になった。あまり言うべきではないが米側の空気を読んでいると、在韓米軍はできるだけ朝鮮有事に受動的に巻き込まれる可能性を減らし米兵の損失を避けたいようでもある。
 余談のようだが関連のニュースを読んでいてネットとジャーナリズムの関係で興味深い話があった。朝鮮日報”【統制権】「12年前に朝鮮日報も賛成した」のか? ”(参照)より。

 今回の大統領発言より前から、大統領府と与党からは「過去には賛成していたメディアが、今になって反対している」との主張が上がっていた。
 盧武鉉政権寄りのインターネットメディアであるオーマイニュースも先月5日、「朝鮮日報は金泳三政権当時、社説などで戦時作戦統制権を還收する必要があると主張していたにもかかわらず、12年後に正反対の主張を行っている」と報じた。
 しかしこれは記事の一部分のみを取り上げ、全体の論旨を無視した解釈だ。

 興味深く思えたのは、オーマイニュースについてで、韓国の場合、オーマイニュースが報道社としての主張を持つのかという点だ。日本の場合、朝日新聞でも産経新聞でも社説があり社としての主張を持つのだが、オーマイニュースも同様なのかということは知らなかった。というのも日本のオーマイニュースを見ていると、設立時の田代砲の祝砲が消えてからアクセスは激減しており(参照)、「転電」と称して他報道機関のニュースを事実上コピペ(ただコピーして貼り付けるだけ)スペースというのと、ネラーとプロ市民の遊び場というふうな印象しか受けないからだ。
 と思って久しぶりにオーマイニュースを見たら多少改善しつつあるようだ。”「オーマイ速報」休止のお知らせ ”(参照)より。

 この度、オーマイニュースでは、「オーマイ速報」を休止することにいたしました。
 これまで「オーマイ速報」では、新聞各紙、テレビ各局など様々なメディアが報道するニュースを編集部でウォッチし、オーマイニュース読者の皆さまにお伝えしてきました。 
 しかし、今後速報ニュースをより良い形でお届けするため、9月13日22時30分をもって「オーマイ速報」をいったん休止し、一新することにいたしました。

 とかあるのだが、実際はさすがに「転電」というコピペはさすがにまずいでしょという背景があると思うので、そのあたりを記事していただけるといいのだが。
 というわけで、日本版オーマイニュースの「転電」と称するコピペ問題は解消に向かうとして、それで日本のオーマイニュースって何が残るのだろうとも少し思った。韓国オーマイニュースのように社としての主張が出てくるようになるのだろうか。その際は、是非韓国での戦時指揮権問題にも触れてもらいたい。

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2006.09.14

[書評]田中角栄と毛沢東(青木直人)

 「田中角栄と毛沢東―日中外交暗闘の30年(青木直人)」(参照)という本がまさに題名の問題にとってどれほど重要な情報を提供しているのかよくわからないが、この問題について近年扱った書籍としては類書がないようだ。小学館あたりから出版されているならSAPIOみたいなものかと思うがちょっと左がかった講談社から出ている。が、それほどイデオロギー臭がするわけでもない。読書人なり歴史に関心を持つ人に特にお勧めというほどの本ではないものの、今朝の朝日新聞社説”歴史認識 政治家が語れぬとは ”(参照)を読みながらこの本のことを思い出した。話のきっかけは日中国交正常化について触れた朝日新聞社説のこのくだりである。


 外交とは、水面には見えない交渉が下支えしている。国交正常化の際、中国側はこの理屈で、まだ反日感情の強く残る国民を納得させ、賠償を放棄した。日本はそれに乗って国交回復を実現させた。

 朝日新聞はさも日本人だれもが共通理解を持っているかのように、日中国交正常化を下支えした交渉の存在を語っているのだが、それはそれほど自明なことだろうか。中国共産党政府による対日賠償放棄についても同じだ。なにより、「日本はそれに乗って国交回復」という背景についてどのように考えるべきなのだろうか。朝日新聞社説執筆子にはある強固な歴史解釈がありそれは明言しなくても日本国民はわかれ、というような印象だけをここから受ける。
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田中角栄と毛沢東
 「田中角栄と毛沢東」を読まなくても、まず対日賠償放棄の歴史的な背景は台湾問題とのバーターであったことは理解できるだろう。その一点だけでも、朝日新聞社説執筆子の史観には整合していないのではないか。すでに蒋介石は対日賠償を米国側の要請により放棄していた。あの時中共が対日賠償を蒸し返せばそうでなくても危ない橋を渡っていた田中角栄はどうなっていただろうか。いや、後の田中角栄の末路が早まっただけとも言えるかもしれないが。また、後の対中援助は実質的には賠償金の意味合いを持っていた。
 この背景について同書はこう触れている。

周は首脳会議で、国交正常化の見返りに日本側の懸案だった賠償金請求権を放棄すると示唆した。中国が最大のカードを切った目的は、日本と台湾の間に楔を打ち込むことだった。周は「内部講話」で、対日賠償請求権を放棄して日本に恩を売り、台湾との関係を切らせるのだ、と演説している。賠償は「友好」の美名のために放棄されたのではなかった。それは日本が台湾を見捨てることを引き換えにした取引だったのである。

 対日賠償放棄の問題は当初の日本側の最大懸念であったとはいえるかもしれないし、中国側の応答には水面下の交渉でも見えない部分はあったのかもしれない。だが、それは単純に友好を目指した水面下の交渉でなかった。
 中国の意図はどこにあったのだろうか。将来の中国の経済的な発展だっだだろうか。もちろん、それはある。だが、おそらく大枠は冷戦構造にあり、さらに中国とソ連の緊張関係にあっただろう。同書では毛沢東が田中角栄に次のように語っていたと伝える。

「あなた方がこうして北京にやってきたので、どうなるかと、世界中が戦々恐々として見ています。なかでも、ソ連とアメリカは気にしているでしょう。彼らはけっして安心はしていません。あなた方がここで何をもくろんでいるかがわかっているからです。」


「ニクソンはこの二月、中国に来ましたが、国交の樹立まではできませんでした。田中先生は国交を正常化したいと言いました。
 つまりアメリカは後からきた日本に追い抜かれてしまったというわけです。ニクソンやキッシンジャーの胸にはどのみち気分の良くないものがあるのです。」

 本当にそんなことを毛沢東は告げていたのだろうか。仮にそうであれば、毛沢東の意図は、対ソ・対米に日本を大きく使うということだった。そして、同書では毛沢東は中国の敵は中国の中にあるとまで言っているが、内政的な権力問題も関連した。
 田中角栄は、中国のある勢力にとってその表向きの失脚後も重要な意味を持ちづけた。中国の要人たちは目白詣を繰り返した。中国的な義の倫理行動でもあっただろうが、単純にそう見るだけで済むわけもない。そしてその交流を小沢一郎がじっと継いできた。
 田中の失脚にまつわる歴史にはオモテの歴史からは見えない部分が多い。だが、単純に考えれば胡耀邦の路線は日本の田中角栄から小沢に流れている。今朝の朝日新聞社説はちょっと読むと中国様が後ろでぷうぷうしているようにも見えるが、たぶん、胡耀邦を継いだ胡錦涛中国の思惑はそんなところにはないだろうし、むしろあの時の毛沢東の戦略に近いもののように思える。

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2006.09.13

レインハットとレインスティック

 小雨。秋霖。天気図を見るに秋霖前線といった感じだがそうは呼ばないか。週間予報では日本列島、来週も雨模様。長雨は秋の季語であったはず。秋湿りともいう言葉もあったか。忘れたな。
 夕飯に、そうだなママ・スパゲティでも食うかとなぜか思い、スーパーまで雨の中ちと歩くことにする。レインハットを被る。もうちょっと機能的なレインハットがいいのだがなといつも思う。気に入ったものが見つからない。機能的過ぎてダサ過ぎたりする。昔の西洋の映画に出てきそうな鐔広ものが欲しいのだが見かけない。フローグルとかで洋物を検索してもないみたいだ。スナフキンの帽子みたいのでもいいのだが……そうえばハロウィン用のがあったが実用的じゃないか。
 レインハットを使うのは傘が苦手だというのもある。傘の風情も嫌いではないし、傘そものが嫌いというのではない。好きなほうだ。私は若い頃少し気取った傘を大事に十年くらい使っていた。大切にしていたので紛失もしなかったのだが最後には無くした。悲しかった。そのころもう街中はビニール傘の時代になっていた。十五年くらい前だろうか。ビニール傘くらいでしのげる小雨ならレインハットでいいのではないか。と言いつつ便利なのでビニール傘を使うこともあるが、なんか奇妙にみじめな気分になる。
 レインハットは被るがレインコートは着ない。防水加工のウィンドブレーカーみたいのがあるのでそれを着る。けっこう派手な色彩なので自転車とか比較的避けてくれるような気がする。そういえばポンチョっていうものいいなと思う。昔ラテンなバックグランドを持つ知人がよく着ていた。今ネットを見るとポンチョって女性物なのか。どうなってんだ世の中。
 レインハットの連想でレインスティックのことを思い出した。私はレインスティックが好きで大きめのを持っている。
 レインスティックというのは雨音に似た音を出す木の棒。楽器なんだろう、これ。で、本当は木じゃなくてサボテンらしい。長さ一メートル、直径十センチくらい。棒の中には小石が適当な数入っていて水平に持ち傾けると、ざざざぁーっと、さささぁーっと、雨音のような音がする。中に入っている小石が空洞をころげて雨音のような音を出す。急速に傾けると土砂降り。その降りたる様や猫と犬。ゆっくり傾けると小雨。夜中とかに部屋を暗くして私は静かにレインスティックを傾ける。できるだけ長引くようにゆっくりゆっくり傾ける。異教の雨の神様にでもなったような気持ちになって。
 ネットを見るとレインスティックはいろいろ売ってるみたいだ。竹製のアジア物もあるが音はどうだろう。フェアトレードとかでも売っている。あまり安物は買わないほうがいいと思う、もしレインスティックが好きになりそうなら。

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2006.09.12

改正中心市街地活性化法施行、雑感

 先月二二日、改正中心市街地活性化法が施行された。まあ、施行されたからどうよっていうことであまり時事ネタでもないし、むしろ話題としては参院本会議で可決・成立した五月三一日のころだろ、などと考えているうちにさらにブログに書く時を逸する。
 そういえばこの話題、R30さんとこで読んだよなと検索すると、これだ、”郊外出店規制じゃなくて、中心市街地商店廃業強化が必要じゃね?”(参照)。え、昨年一二月? と読み直すと、大型店出店規制のまちづくり三法改正案のほうなので、ちと勘違い。とはいえ関連ない話でもない。
 まちづくり三法は、都市計画法、中心市街地活性化法、大規模小売店舗立地法ということで、いまいちよくわかんないのだが、地方の中核都市の活動をさまたげるかもの郊外型大店舗はだめよん、ということらしい。ほいで改正中心市街地活性化法ではさらに、中心市街地を活性化させる、イコール、シャッター街を復活ということ? ん? ま、とりあえず。で、こうした施策をコンパクト・シティというのだそうだ。
 先のR30さんとこの結論だと大型店出店規制については二点。(一)幹線道路沿いの方が商業集積として便利だから規制したから中心市街地に客が戻ってくることはない、(二)流通デベロッパーが中心市街地を開発しようと思わない。
 エントリを読むに、これに、(三)日本の地方は自動車しか移動手段がないが中心市街地はその自動車を吸収できない、というのも足していいかもしれない。
 オチはこう。


今市街地活性化のために本当に必要なのは、郊外の出店規制を再び強化することよりも、実は中心市街地にはびこる既得権益を取り除き、市街地での競争を激化させることのほうだと思う。

 ま、そうかなと思ったのがこのエントリが長く心にひっかかっていた理由なのだが。
 が、ちと問題の構図が違うのかなとなんとなくこの夏、あちこち歩いていて思った。
 それほど地方というわけでもないのだが、駅前近くというか駅ビルに病院とか歯医者が多いんでないかと思うことがなんどかあった。医者っていうのもこれからはもっともっとビジネスだから、当然中心街に出てくるんだよな。と考えていてさらに思ったのだが、コンパクト・シティというのは、店舗やシャッター街とかいう商業地域の問題というより、けっこう死活問題だよなの都市機能をコンパクトに集約するしかないだろ、ということだ。
 つうことで、今回の改正中心市街地活性化法だが、そういう公共リソース(病院とか集会所とか)を中心市街地に集約させるための補助というわけなのだろうが、現実、それ以外にしかたないんじゃないかという感じがする。実際には役場とその食堂と文具屋あたりから移動するんではないか。それにデイケアを移動すればかなり完成に近いか。
 町興しとかいうよりも、農村的な地域社会の再生は諦めて、さっさと中心街に人を移動させろっていうことなのか。特に若い世帯を中心街に連れてくるなりしないと学校システムも維持できないのだろうし。

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2006.09.10

阿部謹也の死で思った

 阿部謹也(参照)の訃報を聞いた。七一歳だったとのことなので、報道通り急性心不全なのだろう。書架を見ると「ハーメルンの笛吹き男」(参照)も「中世を旅する人びと」(参照)もない。ニューアカ関連の本と一緒にごそっと捨ててしまったか何度かの引っ越しでこの手の本はがさばるから処分したか。自分はアカデミックな人生を歩むことはなかったが、今の歳になって読み返すといろいろ思うことはあるかとぼんやり思った。

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ハーメルンの笛吹き男
伝説とその世界
 と、書架の新書のところに阿部謹也の文字があった。「いま「ヨーロッパ」が崩壊する―殺し合いが「市民」を生んだ」(参照)である。阿部の講演部分を読み返した。昨晩なんとなく読んでいた別の本との連想で少し物思いにふけった。

 NHKでも田中角栄という人が訴えられたときとたんに、容疑者になりました。それまでは「前首相」とか「元首相」と言っていたのが「田中容疑者」と言いはじめた。
 日本語には「ミスター」とか「ミス」「ミセス」という言葉がありません。あるのは「さん」「君」あるいは「氏」なので、これらは何につくのかと言うと、ども世間のなかでの位置につくらしい。
 ここのところはきちんと分析する必要がありますが、これらの言葉は人格につくものではない。人格につくのなら「宮崎勤氏」とか「田中角栄氏」としなければならない。なんの犯罪も証明されていないし、最終的な判決を受けてもいないわけですから、いや、もし判決を受けて死刑囚になったとしても、人格はあるわけですから、やはり「氏」とか「さん」がつかなければならないと私は思います。

 これだけ読むとちょっと屁理屈みたいだし、阿部の著作に馴染んでいる人ならまたかの「世間」論ではあるだろう。「世間」というのはこんな感じ。西洋の旅では名前も聞かず市民の会話があるという文脈ではこう。

 しかし、日本の場合だとそれでは落ち着かないわけで、相手がどこの誰かを知りたい。「会社はどこですか?」とか、どうしても聞きたい。若い諸君は「大学はどこですか?」なんて野暮なことは聞かないと思いますが、やはり聞きたいという気持ちはどこかにあるでしょう。聞くと安心する。相手の素性が知れるからです。日本人は社会に住むことに慣れていないので、そういうことを聞かずにはいられないんです。

 この部分の最後の一部はちょっとネット論とかブログ論にも関係するかなと思ったがそこには突っ込まない、と。
 話を日本の「さん」「君」に戻す。昨晩「危機の日本人」(参照)の看羊録のところを別のことを考えながら読んでいて、奇妙に気になっていたことがあった。戦国時代日本の捕虜となった朝鮮人儒者姜沆は日本の社会についてこう言っている(訳文)。

「〔倭人は〕互いに号を称ぶのに、あるいは『様』といったり、あるいは『殿』といったりします。関白から庶人に至るまで、これを通用させております。夷狄〔倭〕の等威(上限の区別と威厳)のなさはこのようであります」

 これに山本七平はこう続けている。

 長たらしい称号は用いず、相手を名前で呼ぶことを失礼と考えたりせず、大体「様」「殿」だけですますのは秀吉の時代からつづいて来たわけで、これは現在でも同じだが、外国ではこういかない場合があり、「教授・博士」といって称号をつけないと非礼になる国もある。だが日本ではこの場合もすべてひっくるめて「先生」でよく、現在では「先生」「様」「殿」だけで十分である。まことに今も昔も「等威のなさ」は同じで、これは呼称の平等主義とでもいうべきかも知れぬ。
 姜沆はこれが実に奇妙に見えたらしい。

 阿部の指摘も姜沆の違和感も日本の内側からはあまり気が付かない日本の社会=世間の特徴ではあるのだろう。
 そういえば、このところ皇室の話題が多く、メディアのアナウンサーたちも訓練は受けているのだろうが、慣れない敬語を使っていて面白い。かく言う私も天皇家に関連する敬語はよくわからん。天皇家という言い方がすでに間違っているし、「天皇」とはそもそも諡で、庶民的な対比で言えば「居士」の部類だろう。「今上陛下」というのもちょっと違和感あるし、辞書に「今上天皇」の項目があるのもあれれではある。そもそも「今上」は「きんじょう」「きんしょう」「こんしょう」か。五家宝は「ごかぼう」が正しいが「ごかほう」でもいいのではないか云々。
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危機の日本人
 このあたりはあれだ、日本人は実際には血統なんかないのに血統意識を天皇家に投影するのと同じような仕組みで、敬語や尊称など実際はないのに天皇家に関しては美しい日本語を守りたいみたいなものなのだろう。そういうものが文化なんだろうし、そういう文化になにが潜むか阿部謹也は考えていた。
 ふと思い出したが、昔私はヨガを学んでいたが、インド人のお師匠さんから、本当のヨガを学ぶならインドの言葉も学びなさいと言われたことがある。はぁと答えるくらいの若造だったが、お師匠さんはそれから独り言のように、しかしインドの言葉は敬語が非常に難しい、と呟かれた。真のヨガを学ぶには聖者に跪いておみ足に接吻するだけの西洋人もどきではだめなのだろなと思った。

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