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2006.08.05

ヴェトミンに参加した日本兵

 先日朝のラジオでヴェトミン(参照)の軍事指導に当たった残留日本兵の話をしていた。今頃なんでこんな話が出てくるのだろうと奇妙に思ったのだが、クヮンガイ省に出来た士官学校の六十周年記念ということだった。この士官学校は現在はなく、軍敷地内に記念碑を残すだけだが、この機にもっと立派な記念碑を建てる計画があるそうだ。
 この話は秘史ということではない。ウィキペディアのベトナム(参照)にも記されている。


戦後、フランスが再び進駐してくると、それに対するベトナム国民の抵抗戦争(第一次インドシナ戦争)が始まったが、この戦争には日本軍兵士が多数参加した。当時、ベトナムには766人の日本兵がとどまっており、1954年のジュネーブ協定成立までに47人が戦病死した。なかには、陸軍士官学校を創設して、約200人のベトミン士官を養成した者もおり、1986年には8人の元日本兵がベトナム政府から表彰を受けた。なお、ジュネーブ協定によって150人が日本へ帰国したが、その他はベトナムに留まり続けた模様である。

 ラジオでの話によれば、日本人教官は四名で、うち一名は齢九十を超えて都下に住んでいるとのこと。
 六十周年記念では日本兵教官から学びヴェトミンの軍事中核となったヴェトナム人が二十名ほど集った。歳はすでに八十歳を超えている。彼らは軍事の基礎を日本人に学ぶことでフランスや後のアメリカと戦うことができたと語っていたとのこと。以上がラジオでの話。
 日本兵とヴェトミンの関わりについては近年研究が進んでいる。日本では元・朝日新聞記者で、サイゴン支局長としてサイゴン陥落にも立ち会った、現大阪経済法科大井川一久客員教授もこの歴史発掘に関わっているらしい。
 ネットを見ると、”Japanese soldiers with the Viet Minh”(参照)に比較的詳しい話があり、フランス側の資料からも研究が進んでいるようだ。このあたりの研究を日本語でまとめたものはないだろうか。小松清研究などにあるのだろうか。
 ウィキペディアの記事と相違があるが、井川教授によれば、ヴェトミンに参加した日本兵は六百人に及び、その半数が抗仏戦争で戦死・病死したらしい(ふとこの人々は靖国神社に祀られているのだろうかと疑問に思う。)
 読売新聞”ベトミンの英雄、旧日本兵の墓 ホチミン市西北に2つ見つかる”(1987.05.05 )には抗仏戦争で戦死した日本兵の墓の話があった。

 ベトナムの小さな村で日本人の墓が二つ見つかった。発見したのは、旧日本軍の足跡などを追っているアジア現代史家の吉沢南さん(43)(埼玉県富士見市関沢)。日本の敗戦直後に現地で軍を離れ、統一戦線組織「ベトミン」に参加、フランス軍と戦って戦死した旧日本兵の墓らしい。村人たちは今でも二人を英雄として敬い、墓を大事に守っている。だが、この墓に眠っているのが、どこのだれかわからない。戦後四十二年。吉沢さんは、異国に眠るこの二人が、村人たちの心の中と同じように、遺族の胸の中にも生き続けているはず、と関係者を懸命に捜している。

 生き残った元日本兵三百名だが、一九五四年ジュネーブ協定締結で抗仏戦争が終結し、その半数の百五十名は帰国した。
 単純な引き算であと百五十名はどうなったのかということだが、ベトナム人になったのだろう。「新ベトナム人」と呼ばれていたらしい。
 当然の類推だが、彼らは現地で妻を娶り子供なしただろうから、その子孫はどれほどになっているのか、その実態を知りたいと思う。フィリピンの例でもそうだが、父が日本人である場合、その子孫は日本国から見れば同胞の日本人である。

追記
コメントにてよい資料を教えてもらった。ありがとう。

井川一久(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授)の報告書
PDF:「日越関係発展の方途を探る研究 ヴェトナム独立戦争参加日本人―その実態と日越両国にとっての歴史的意味― 」
PDF:「ベトナム独立戦争参加日本人の事跡に基づく日越のあり方に関する研究」

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2006.08.04

ビーフン

 都会の朝が静かな季節になるので、のんびり寝ていたら来客あり。なんだと訊くと、飯は済んだかという。これからだと答えると食いに行くかという。嫌なこった。用はそれだけらしい。か・え・れ。と、もう八時か。湯を沸かし、フォーでも食うかと棚を覗くと切れている。いやあるじゃんと手にしたら上海白湯ビーフンだった。こんなの買ったっけ? 間違って買ったか。記憶が定かではない。が、これでもいいや。
 冷蔵庫を開けると芫荽がない。パクチーというべきか。ドクダミでも刻むかとも思うがさすがにな。卵もない。っていうか、ゆで卵にしたらするっと剥けそうなのが一個ある。これはな。ゆでた鶏肉とかはもちろんない。チャーシューの残りはある。チャーハンにもラーメンにも便利だし……しかし味の系統が違うしな。ネギは? ちょっとあるので刻む。レモンの汁でも入れるかとちと悩むがやめとく。

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 味の素のアジアめんシリーズはそれなりに美味しい。GIGAZINEみたいにうまうまとは書かないし、本場の味がどうたらとかもどうでもいいや。おまえ味の素食うのかよと突っ込まれそうだが、味の素の食品はまさに味の素の効かせ方が絶妙なんでそんなに舌がしびれないぜ。アフィリエイトのリンクでも貼ったれと思ったがソースがない。ロングテールとか言われるが単価の低いものはまだまだアフィリエイトには向かない。そういえば昨日だったか、アマゾンがビタミン剤とか扱うようになった。石鹸にいいのがあるかと覗いたけど、なかった。
 ビーフンが好きだ。なぜかよくわからん。麺食いなのでその一環かもしれないし、ビーフンはどれがいいのかもよくわからん。台湾物は歯ごたえと切れがポイントか。沖縄で暮らしていたころ台湾人の知人が新竹のこれがうまいと教えてくれた。溶けるやつはダメなんだよと言ってた。よくわからんが、同じように見えて値段の違うパッケージを示して教えてくれた。ちなみに素麺ならうまいのがわかるので、私はずぶずぶの日本人ということか。そういえば気のせいか華僑の店には同じように見えるけど値段の違うもの置いてあって、なんでしょ、日本人なら妥当な売れ筋のを一つしか置かないのにと疑問だったが、ふと今思ったのだが店のほうでこういうのから客の質を見ているのかな。
 ビーフンは汁にするか焼く(炒める)かだ。汁ビーフンは以前東京の下町で暮らしてころ近所の店の福建人の作るのがうまかった。あらかたメニューを食い尽くしたころ、汁ビーフンがないよと思って、日本語もたどたどしいお姉さんに訊くと調理人の旦那に聞いてくるという。できるらしい。じゃそれお願いということで作ってもらったのが旨かった。海鮮がよく効いているんだよ。他にもあれはできないのとか料理を作ってもらった。店は今でもあるが調理人は変わった。
 焼きビーフンは台南のあるご家庭でいただいたのが絶品だった。海老が旨かった。私は海老は嫌いとは言わないが好きではないが、海老の味が香ばしというか。海老自体がぜんぜん違うのかもしれない。料理もたいしたものだった。
 沖縄で暮らしているころ馴染みのタイ料理屋があって、そこでもビーフンをよく食った。そこそこ旨い。汁ビーフンは牛ダシの薄味のスープに載せた空心菜がしゃきっとしてうまかった。東京に戻って、なつかしくていくつかタイ料理屋に入ったけど、もう諦めた。
 朝飯の上海白湯ビーフンとやらを食って、なんか忘れているなと心に引っかかっていたのだが、そうだ、肉味噌だ。私は政治信条が合わないせいかアグネスチャンが好きではないが、彼女が肉味噌を作っているをテレビで見たことがある。あれはうまそうだったな。

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2006.08.03

スワンナプーム空港

 先月二一日バンコクの新空港スワンナプーム国際空港が報道陣に公開された。東南アジアにまた一つ産まれる大きなハブ空港である。予定では利用者は年間四五〇〇万人、広さは成田空港の三倍。四〇〇〇メートル級の滑走路も二本。さらにもう一本追加の予定もある。開港予定は九月二八日。オーマイニュースが軌道に乗るとするとその一ヶ月後くらいかな。現在のドンムアン空港は貨物用になるらしい。
 開港は当初予定からすると一年ほどの遅れであり、今回の九月も無理じゃないのという声も聞かれるが、タクシン首相は期日を強調している。とはいえ、アナウンスでは開港には多少のトラブルもあるかもとしているらしい。他の類例からしてもトラブルはあるだろう。newsclip.beの記事”スワンナプーム空港、国際機関が安全性に疑問符”(参照)は安全性についてこう伝えている。


スワンナプーム空港の安全性については、国際民間航空機関(ICAO)が行った調査で、全93項目のチェックリストのうち、「高い危険」が29項目、「中程度の危険」が43項目に上った。

 大きな問題とならないといいが。
 いすれにせよ、そう遠くなくスワンナプーム空港の運営も軌道に乗るだろう。運用の印象は先のnewsclip.beでは試乗記”新空港、初フライトに試乗”(参照)も参考になる。記事には言及がないが、スワンナプーム空港はアクセスの便もよい。高速道路でバンコクから三〇分ほど。バンコクに向けた電車も開通予定とのこと。
 ウィキペディアを覗くとすでに項目があり(参照)、名称についての面白い話も載っている。ちなみに英語表記はSuvarnabhumi Airportである。

英語表記はサンスクリット語によるローマナイゼーションを利用しているので実際の発音とは相容れないが、英語表記をそのまま読み下して、スヴァルナプーミー空港とも、またノーングーハオ町にあるため、ノーングーハオ空港、あるいは単に新バンコク国際空港(NBIA)とも言われる。

 そういえば、アテネ空港は英語だと「アスンズ」と聞こえて最初ちょっと戸惑ったことを思い出した。
 ウィキペディアでは開発経緯の話も比較的詳しい。

1973年(タイ仏暦2516年)にタノーム政権時に用地買収が完了した。しかし同年に発生した10月14日政変によりタノーム首相が辞任し、計画がお蔵入りした。その後何度かこの計画が現れては消えたが、1996年(タイ仏暦2539年)に再び計画が現実味を増しバンコク新空港株式会社が設置され、計画が日の目を見ることになった。しかし、翌年アジア通貨危機に見まわれ、またもやお蔵入りになった。その後、建設費用取得のための円の租借交渉で多少の問題が起きたものの、空港会社設立から6年後ようやく建設が開始された。

 一度頓挫しかけたのは九七年のアジア通貨危機であり、これが克服できたのは日本からの有償資金援助である。別ソースだが工費の半額を占めているそうだ。「スワンナプーム」という言葉は「黄金の土地」を意味するらしいが、ジパングの援助をかけた、わけではない。
 日本から恩を着せがましいこというのも下品なことだが、スワンナプーム国際空港は日本の投資なくしてはできなかったのだろう。というあたりで、先日読んだ本を思い出す。「極東ブログ: [書評]藤巻健史の5年後にお金持ちになる「資産運用」入門」(参照)で触れた。

 みなさんは、「いま日本という国が、どうやって食べているのか」ということを考えたことがありますか?
 モノを作り貿易して、日本は食べることができている、そういった昔のイメージを持っているかもしれません。貿易立国というわけですね。しかしいまの日本は、けっしてそうではない。日本のモノの取引などの黒字幅は減ってきているのです。
 細かい数字は省きますが、どういうところで日本は食べているかというと、投資の収益が非常に大きくなっているのです。


モノとサービスの収支を合わせたよりも、いまは所得収支のほうが大きくなってきているのです。
 所得収支とは何か? モノを海外に売ったりサービスを海外に提供して黒字を貯めますよね。その黒字を海外に投資して、海外の株や債権を買ったりします。その配当金や利息が入ってきます。それが所得収支です。日本はいまそれで生きているのです。モノを作り輸出して食べている国から、投資をして儲かっている国に変わっている。
 ですから、投資が悪いとかディーリングがいけないとかいうとことになると、日本が生きている道を否定することになるのです。

 スワンナプーム空港の援助が直接日本の利益に結びつくのかどうかはわからないが、そういう投資をアジアに向けて行なっていくことが日本が生きる道だというのは間違いないだろう。

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2006.08.02

韓国カルト「摂理」問題、雑感

 韓国カルトという刺激的な呼称を使っていいのかためらうが、七月二八日付け朝日新聞” 韓国カルト、日本で2千人 若者勧誘、教祖が性的暴行”(参照)の標題にならうことにする。教団については次のように報じられている。


 この集団は、キリスト教の聖書を独自に解釈する教義を掲げ、韓国で80年ごろ設立された。当初は「モーニングスター(MS)」、現在は「摂理」と呼ばれている。教祖の鄭明析(チョン・ミョンソク)氏(61)は、女性信者への性的暴行が韓国で社会問題化した99年、国外に脱出。ソウル地検などから強姦(ごうかん)容疑で指名手配され、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配されたが、逃亡を続けている。
 集団の内部資料などによると、日本側の信者は、全国の国立大学や有名私立大学の学生や卒業生がほとんど。女性が約6割を占める。東京、大阪、名古屋、福岡、札幌など40カ所前後に「教会」と呼ぶ拠点がある。集合住宅の一室の場合が多く、一部の信者はここで数人単位の共同生活を送っている。

 ウィキペディアの項目”摂理 (宗教団体)”(参照)には経時的にもう少し詳しい解説がある。朝日記事では設立の経緯を次のように書いている。

 鄭教祖は、「摂理」を設立する以前の70年代に、世界基督教統一神霊協会(統一教会)でも活動していた。
 統一教会広報部は「鄭氏が2年間ほど、韓国の統一教会に在籍した事実はあるが、当教会と摂理と呼ばれる集団とは一切関係ない」と話している。

 現統一教会(原理教)と現摂理の関係はないのだろう。が、教義や活動などは統一教会を模していたと見られてもしかたあるまい。
 統一教会については……とウィキペディアをひこうと思ったらなにやら項目がない。困ったことだなと思うが、さて、日本社会がこの問題に警戒感を持つのは、一九九二年の統一教会問題の記憶があるからだ。
 と言いながら桜田淳子さんの結婚が話題になったころからもう十五年近い年月が経つ。三十歳以上でないと当時の日本の空気の記憶はない。これについて生きた歴史の記憶のない世代に今回の「摂理」が襲ってきたような印象も受ける。
 昨今は非婚の時代と言われるがこういう宗教を契機に結婚する人がそう少なくもないように見える日本の社会の実態はどうなのだろうかと奇妙に思う。十五年前と変わっていないからなのか。そうした部分がなかなか見えづらいだけなのだろうか。
 今回の事件では表立った報道ではないが、ゲンダイネット”セックス教団 広告塔は有名漫画家”(参照)という話もある。「純粋な愛」漫画の影響というなら、そういうものへの希求のベースのようなものが日本社会の若い層にあるのだろう。ブログ「豪一郎がゆく」のエントリ”鏡の法則(ハンカチを用意して読め!)”(参照)にコピペされたナイーブな都市伝説に感動する若い世代の層も存在しているし、他にも巧妙なかたちでブログの世界に手を伸ばす旧カルト勢力の影も感じられる。困ったものだと思うし、途方に暮れる。
 今回の事件だが、性犯罪の側面が強く、なぜ韓国系の宗教にこうしたものが絡み込むのかという疑問も日本社会にはあるようだ。私はこれは道教の影響ではないかと考えている。
 韓国を含め朝鮮では、中国が”異民族”王朝の清代の時代だが、李王朝において、両班制度を含め、むしろ本来の中華文化を嗣いだという自負のようなものを持っていた(変形した形で日本もそれを持っていたが)。その中華文化の本質ともいえるのが秘密結社であり、さらに秘密結社の根幹が、現代日本人には違和感のある奇妙な性儀礼である。それを韓国カルトは嗣いでいるのだろう。日本ではこれに類する立川密教が中世において現在の歴史観からはなかなかわからないほど全国的に普及したが、それでも本貫といった制度が日本の家制度に和さないことや、別種の家系システム(例えば安倍晋三の家系を見ても閨閥であることがわかる)があることから、その後の日本では、対抗する集団組織としての、中華的な秘密結社というのは根付かなかった。
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中国意外史
 中華秘密結社が性儀礼を持つことについて史学者岡田英弘は「中国意外史」(参照)でこう示唆している。なお、同書は「やはり奇妙な中国の常識」(参照)で改題改訂されているが基本的に同じ書籍である。

 しかしこれは考えて見れば、別段不可解なことではない。中国に限らず、どこの社会でも、社会を構成する基本的な関係は、親子でなければ夫婦である。つまり言いかえれば、いずれも性的な関係である。男女のセックスがあってはじめて社会が構成される。漢代に農村の同族部落からはみ出して、大都市に集中した貧困階級としては、血縁関係ではない同志的結合を求めるのは、最初は困難であったに違いない。
 そこで利用されたのが、男女の性的な関係による擬似的な血縁関係・同族組織であり、これによって教団の統一が可能になったのではないか。単なる淫祠邪教のしわざと片づけたのでは、この特異な現象は説明がつかない。

 余談だが(あまり雑駁にメモ書きするのもなんだが)、現代中国共産党も実は秘密結社から発生している。そこに性儀礼を見るかについては表向き異論も多いだろうが、当時の共産党の実態を知ると驚くことも多い。共産党が結社法輪功を敵視しているのも類縁の匂いがあるからかもしれない。蛇足ついでに、「気功」と呼ばれているものは文革時の造語でこれは本来仙術の一部であり、仙術の大きな部分には「極東ブログ: [書評]戦国武将の養生訓(山崎光夫)」(参照)でも触れたようなものがあり、日本に入ってもいた。

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2006.08.01

小二女児プール死亡事故に思う

 小二女児プール死亡事故は痛ましいかった、で、済む話というわけでもない。ブログ、「大石英司の代替空港」のエントリ”業務委託と供に責任も丸投げ ”(参照)に共感する部分は多い。


 私が親だったら、8連装ミサイル・ポッド付きレールキャノンで……、いやここはやはりアプサラス3で焼き尽くすか、それは痛みを感じないし、やはりビグザムのクローで市の担当者を踏み潰すね。4、5人に責任取って貰いますね。まさか子供が遊ぶプールで、そんな危険な状況が放置されているなんて思いもよらないですよ。

 大石先生の華麗な修辞の先には、責任追及と背景にある無責任な社会構造への批判がある。ただ「そんな危険な状況が放置されているなんて思いもよらないですよ」なのかというと、そうとばかりも言い切れない。
 昨年の読売新聞記事”学校プールの安全対策 排水口は大丈夫?”(2005.07.03)では、学校プールについてではあるが、排水口の危険性について紙面を割いて扱っていた。

 学校のプールで排水口に子どもが足を吸い込まれる事故が毎年のように発生している。ところが、安全管理が不十分なまま排水口が放置されているケースの多いことが最近の調査でわかった。関係機関はプールの管理者に対して「排水口のふたはボルトやネジでしっかりとめてほしい」と呼びかけている。
 プールの排水口は、通常、格子状のふたで覆われている。しかし、何らかの原因でこのふたがはずれ、子どもの足などが吸い込まれると、水圧がかかって引き抜くことが困難になる。危険を知らない子どもたちがふたを外して遊んだりするケースもあるとみられる。

 この記事では主に学校のプールを話題としているので排水口も小さいと想定されているのだが、危険性が低いわけではない。

 同協会のまとめでは、1966年から昨年までの間に、全国のプールで約60件の吸い込み事故が発生し、事故に巻き込まれた子どもの多くは死亡している。昨年は新潟県内の町営プールで小学生が死亡したほか、茨城県内の高校でも生徒が一時重体になる事故があった。

 排水口の構造の問題などもある。また古いプールで事故が発生しやすいようだ。学校のプールについては、排水口の実態調査に加え一九九六年に当時の文部省の通達があり、危険性についてはそれなりによく知られているようだ。公共プールについては文部省管轄ではないだろうから管理面はどうだっただろうか。
 ざっくりと過去の同種の事件を見直すと、排水口による事故は少なくはない。気分が重くなってくるような記事がいくつもある。
 先日二十日の読売新聞”旧横越の小6プール死 地検は控訴せず=新潟”(2006.07.20)では、二〇〇四年のプール排水口事故の裁判を扱っていた。

 旧横越町(新潟市)の町民プールで2004年7月、遊泳中の小学6年男児(当時12歳)がふたのはずれた排水口に吸い込まれて死亡した事故を巡る裁判で、新潟地検は19日、業務上過失致死罪に問われた当時の町職員2被告に対する新潟地裁判決(罰金50万円)について、控訴しないことを決めた。

 この裁判の過程を簡単に眺めてみたが評価に苦しむ。この事件での排水口の吸引力はそれほど大きなものでもなかったようだが、排水口が小さく、その吸引力が弱いとしても、溺死誘因の危険性は大きい。

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2006.07.31

[書評]沖縄ダークサイド

 宝島のムックで「別宝Real 沖縄ダークサイド」(参照)が出たのは二〇〇四年七月。沖縄で八年暮らしていた私としてはふーんという感じではあった。企画倒れということはないし、こういう本があるのはどっちかというといいことなんだが、ちと取材が甘いな薄いなという感じはした。執筆陣が微妙というのもあるし、書けないことも多いのだろう。

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沖縄ダークサイド
 沖縄の日差しは強く影も濃い。ダークサイドっつうなら「ランタナの花の咲く頃に(長堂英吉)」(参照)の世界や、一見ダークには見えないけど沖縄の言論界みたいのからから事実上シカトされているような「美麗島まで(与那原恵)」(参照)に描かれている人脈なども別の視点から描けないとか……しかしそんな話ではナイチ受けはしないか。
 このムックもこれで終わりかと思っていたら、二年後文庫本で「沖縄ダークサイド」(参照)が出たのだが、帯はこうある。

LD関連事件
野口英昭氏はなぜ沖縄で死なねばならなかったのか!? 「癒しの島」の欲望と打算に迫る!

 この間の話題として沖スロじゃなくて、野口英昭怪死事件の話が追加されていた。が、この事件について直接的に考察されているわけではないわりに、背景についてはしっかり書かれているので、ネットなどで飛び交っていた珍妙な説に対するリテラシーを養うことはできる。野口氏の投資組合に関連して”「癒しの島」の利権の構造”では。

さらに、同社設立時の出資者の中に、リキッドオーディオ・ジャパンの名があることも興味を引いた。リキッド社は、東証マザーズ上場第一号として脚光を浴びながら、暴力団絡みのスキャンダルに塗れて”ベンチャーバブルの闇”を象徴とする存在となった企業である。
 これらの情報をふまえ、例えば某週刊誌は二月一〇日号に次のように書いている。<沖縄では小泉内閣が推進する構造改革特別区の「情報通信特区」や「金融特区」の地域が指定されてIT企業の進出が相次いでいる。ライブドアは小泉改革を利用して沖縄での”闇ビジネス”を拡大したとみらられており(中略)事件の背景には、小泉政権下でふくれあがった巨額のIT政治利権の存在がクローズアップされてくる>

 という某週刊誌の話を示してから、こうきちんと批判ている。

 たしかに、沖縄には「情報通信特区」や「金融特区」に指定されている地域がある。しかし、小泉内閣がこれらの施策に力を入れているかのような書き方はいただけない。これらの特区は、米軍基地負担のインセンティブとして沖縄側が政府に要求したものであり、小泉内閣が特段の関心を示してきたものではない。野口氏が上場を手がけた件の企業のように、県外資本が特区に進出し、さまざまな優遇策を上手に利用している例はあるが、現状では必ずしも大きなうま味を生んでいるとは言えず、「巨額のIT政治利権」とはほど遠いのが本当のところだ。

 というわけでライブドアだからIT系といった薄っぺらなネタはさておき、とはいえ「沖縄利権」の問題がないわけでもなく、全体構図の要領よい説明のなかには示唆的な話も含まれていた。

 沖縄のカジノ予定地は、最初県南部の糸満市が浮上、続いて現在の浦添が有力になった経緯があるのだが、実は恩納村も、推進派内部で「第三候補」として名前が上がっていた事実はあまり知られていない。
 果たして、ライブドアに関わる諸々のウワサやUSENの動きの背景に、いま新たに生まれようとしている「カジノ・ビジネス」への思惑があるかどうか――その真相が見えてきた時、「沖縄利権」の新たなる姿が、われわれの前に現れてくるはずである。

 たぶん、というかかなり、そうなのだろう。
 利権に関連してダークでない部分ではこの十一月の県知事選が重要になる。すでに現地沖縄では琉球新報”県知事選で3氏、出馬に含み”(参照)で「11月の知事選で、民主党県連の喜納昌吉代表は」といった愉快な話はさておき、っつうか”候補7氏を確定 知事選野党代表者会議”(参照)。与党側でも”西銘氏、再び固辞 与党内に待望論根強く”(参照)のように混迷している。こうした構図にも「沖縄ダークサイド」はなかなかよいレファ本になる。
 ところでこのエントリ関連でネットを見てたら下地幹雄のミキオブログっていうのを発見。以下の二十二日のエントリ”若さの秘訣は・・・”(参照)はとてもグッドでした。

 今日、マクドナルドで朝食を食べました。
 一緒に食べたメンバーは、平均年齢80歳、元気の秘訣はと聞くと「マック」ですと答えます。
 20年間毎日マックで朝食を取っているとのことであります。
 凄いとしか言いようがありません。
 普通ならば、朝は和食とおっしゃりそうな年齢であるはずなのに、マックが好きだということであります。
 若さの秘訣は、「既成概念にとらわれることなく、あらゆることにチャレンジすること」だともお話しされていました。

 アギジャビヨー。

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2006.07.30

 晩飯に冷凍食品の中華でもと買いに出てスーパーの入り口に立つ。またお盆用品が並んでいる。新暦盆の後は月遅れであろうか。それにしては早い。旧盆はというとまだまだ先。いやいやようやく明日が七夕である。墓掃除しろよ。
 いつになく人が多い。人に囲まれると私は魔法にかけられたように呆然とすることがあるが、スーパーの入り口でちょっと我を忘れ、盆花の、こう言ってはいけないのだが、神社裏の色町のような、きつい彩りを見ていた。
 遠い死者を祀るときはこんな彩りが良かろう、と下段を見ると常緑樹が切りそろえて売られている。まさか、よもや、と思ってみると、疑念を持つまでもない、榊である。榊の葉なんてものが売られているのかとまた呆然とした。

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 榊を買う人がいるのか。いるのだろう。盆花を買う人もいるのだ(盆花といっても禊萩ではない)。アパート、マンション暮らしとなれば榊を庭に植えるわけにもいかない。当たり前のことだ。が私は驚いた。
 売られている榊の葉を見ながら実家の庭の榊のことを思った。秋には紫の実がなり、鳥がついばみに来る。子供の頃あの実の紫を紙に染ませて乾かし、リトマス紙のように使ったことがある。連想がいろいろ沸く。そういえば二上山にも榊があったな。二度登った。夕暮れ時にあの山に一人残されると霊気漂う感じだった。
 榊は言うまでもなく神木である。字を見てもわかる。木に神で榊だ。日本語のサカキは……と自分の記憶を辿る前に字引を引いて、ほぉと思う。大辞林には「栄える木の意」とある。ほんとか。広辞苑を引くと「境木の意か」とある。異界の境の木というのも奇妙に穿った釈に思える。私はというと、単純に、源氏物語ではないが、賢木と読み下していた。賢き木である。あなかしこ。ゆえに神木という理解であった。
 榊が神木というのは元々は常緑樹であるからなのだろう。日本の山は、一部の地域を除けば、広葉樹林であり、そのなかで常緑樹の榊は目立つので貴ばれたのではないだろうか。

大伴坂上郎女、神を祭る歌一首 並に短歌(万葉3・379)

ひさかたの天の原ゆ
生れ来たる神の命
奥山の榊の枝に
白香つけ木綿とりつけて
斎瓮を斎ひ掘りすゑ
竹玉を繁に貫き垂り
鹿猪じもの膝折り伏せ

手弱女の襲取り懸けかくだにも吾は祈ひなむ君に逢はじかも


 榊の生うるのは万葉の時代から奥山なのだと改めて思うのだが、奥山とは、とここでもまた辞書を引いてみたが、人里離れた山、奥深い山、深山と詰まらぬ釈しかないが、これは超えるべき有為の奥山でもあろう。有為は有為転変に原義を残すが無常の尽きるところでもあるのだろう。となれば、榊とは境の木か。
 盆の起源はそれが盂蘭盆の略であるように仏教というよりは粟特人(参照)の風習であろう。異界観もそれに近いものだったのだろう。榊に担われる常緑樹の信仰は何に由来するのだろうか。
 そういえばとウィキペディアをひいてみたら榊の項があり(参照)、意外な話があった。

近年、店頭に並ぶ神棚用のサカキは、日本の業者が中国で栽培し輸入したヒサカキが大半をしめている。

 そうなのか。
 スーパーのもヒサカキだったか。

店頭に並んでいるサカキとヒサカキを見分けるポイントは葉のふちで、葉が小さく、ふちがギザギザならヒサカキ、表面がツルツルしていて、ふちがぎざぎざしていない全縁ならサカキである。

 縁にギザのないのがサカキらしい。「極東ブログ: カネは天下の回りもの」(参照)みたいな話だな。

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