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2006.07.08

消費税一%引き下げ、でもカナダ

 七月一日からカナダでは消費税が一%引き下げになった。そう、下げ。消費税っていうは一度上げたら上がり続けるものかと思ったが、そうでもないってことがあるのだなとちょっと奇妙な感じがした。日本国内のニュースではあまり伝えられていないようだが、どうなのだろうか。もっとも、この話、多少留保が付く。
 一%なんかたいしたことないじゃんというのはあるかもしれない。24 Hours Vancouveというサイトの”News: Tax cuts sell, but who's buying?”(参照)を読んでいるとこれって些細だよねという感じ。


Perhaps you saved a few pennies on a coffee and doughnut at Tim Horton's today.
(たぶん、今日からティム・ホートンズのコーヒーとドーナッツで数ペニー分倹約できる。)

 たいした税の引き下げではない("So much for taxes going down.")とも言えるかもしれない。余談だが、ティム・ホートンズ(参照)っていうのはカナダだよなと思う。日本から見ているとカナダが独立していてしかも通貨が米国と異なるのはなんでしょとか思うが、こんなところに意外といってはいけないかお国柄というものはある。
 今回の消費税引き下げは、カナダの保守化の影響かもしれないと思っていると、こうもあった。

Welcome to the new Conservative Correctness, where a favoured lifestyle gets you the big breaks.
(新しい保守派の政治的に正しい世界へようこそ。ここでは優遇された生活様式があなたに大きな変化をもたらします。)

 苦笑するところだが、こうした保守派の政治的に正しい世界というのがじわっと先進諸国には広がりつつあるようにも思える。
 今回の消費税引き下げについては、記事としてはざっと見たところ、The Vancouve Sun”Conservatives' tax relief insignificant for most”(参照)がわかりやすい。気になる人は英文だが読んでおくといいかもしれない。話としては、たいしたことないよねということではあるが。
 それにしても、これから日本は最低でも二%ほど消費税が上がることになるだろうし、それはたいしたことないとはたぶん言えないだろう。
 ここまでざっくりと消費税と書いてきたのだが、カナダの消費税の仕組みは日本とはかなり違う。MapleTownの”消費税は2種類!”(参照)がわかりやすい。

カナダにおいては日本の消費税に相当する税金として、カナダ連邦政府の物品サービス税(GST)と州税(各州によって異なる)の2種類がある。それぞれ物品や食事、サービス、宿泊料等について課税される。

 今回引き下げになったのはGSTのほうだ。これとは別にPST(州税)というものがあるので、一%でも僅かな引き下げがさらに霞んでしまう。
 それでもカナダは偉いなと思うのは、このページにもあるが、生活の最低限の部分には適用されない。

GSTとして課税されないものもある。
  • 野菜類や基本的な食材
  • 処方箋の薬、風邪薬などの医療品
  • 医療、歯科、健康などのサービス
  • アパートの賃貸など居住費
  • 中古住宅の購入費 (新築には課税される)
  • 市内交通機関のバス、スカイトレイン、フェリー
  • 法律補助関係
  • 銀行のサービス
  • 教育費 (ほとんどの大学やESLの授業料など)


 さらに、税の一部を払い戻すリベート制度がある。
 日本の政府税調もこうしたことを知らないわけではなく、考慮はしているらしい。でも、たぶん無意味でしょう。
 ところで、ティム・ホートンズで倹約できる数ペニーというのはいくらかなと思い、そういえばペニーとか使っているのかとも思った。英辞郎を見るとこんな例文もある。

【名-4】 〈米・豪・NZ・カナダなど〉1セント銅貨{どうか}◆【略】p.
・ A penny is worth one cent. 1ペニーは1セントに値する。

 ペニーというとポンドに対応するように思っていたので、ちょっとあれ?という感じがするが、一セントということでいいのだろうか。ウィキペディアにも「1セント(penny) 」とある。
 ということろで、カナダドル(参照)の現在はどうなっているのかGoogle先生に聞いてみると「1 Canadian dollar = 0.898796 U.S. dollars」ということで、おやま、加一ドルがいつのまにか、米九〇セントにまでなっているわけか。ついでに豪州はと見ると「1 Australian dollar = 0.743 U.S. dollars」という感じ。
 さらについでに英国は「1 British pound = 1.83600 U.S. dollars」というか、「1 British pound = 211.89277 Japanese yen」ということ。先日英国にシャンプーを注文したとき、二百円を随分超えたなと思った(ポンド貯金もちょっとあるのだけど僅かなのですっかり忘れていた)。

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2006.07.07

[書評]心の探究(佐々木孝次)

 佐々木孝次「心の探究」(せりか書房)はアマゾンではもう見かけなかった。文庫本化していることもないと思う。初版は一九八〇年なのでそう古い本でもなく、古書店などでは比較的容易に見つかるだろう。サブタイトルに「精神分析の日記」とあるように、ラカン派の著者がフランスでラカン派の精神分析を七十二回に渡り受けていた足かけ二年を扱っている。
 私は折に触れてこの本を読み続けてきた。そうしなければならない内的な理由があるからだ。この本以外では出会うことのない恐ろしいインサイトに自分の精神を晒さなくてはならなかった。気が付くと、今の自分が佐々木が分析を受けていた年齢を超えている。
 精神分析とは、単純に言ってしまえば、疑似科学であろう。そこで終わりとなればいいのだが先日のニューズウィークに蘇るフロイトの記事があったが(それはそれなりに浅薄なものだったが)、フロイトはそう容易く葬り去られはしない。理由はある意味で明解である。


なるほど、精神分析の理論についても、それはつまるところ、人間のこころについての気のきいた話の体系であって、そこで言われていることが本当であるかどうかはけして検証できない、こう言う人もいる。けれども、分析の言葉には少なくとも約束があって、概念相互の関係を確定していこうとする共同の努力がある。

 本書はまさにその努力をそのまま、ほとんどむき出しに近いかたちで見せている。理論と実践はどのような関係にあるのか。

 面接者は、私がフロイトやラカンやその他の分析家の書物を読んでいて、理論に通じていると言う。私の方では、自分の貧弱な知識をすっかり忘れてしまうことこそ大切だと思う、と言うと、面接者は、そういうことは必要ないし、できるわけもないと言う。そして、知識から現実への移し換え(la transposition)が、この分析の大きな課題のひとつである、と言う。

 問題はこの移し換えられた現実とはなにかということと、移し換えられない知識を生きている状態とはなにかということだ。この変調(transposition)には当然有名なラカンのテーマがある。がそれを言うだけでは虚しいのだが。

 妻は私に対して、あなたには何かがかけている、と言うことがある。私には、感じが良いとか悪いとか、自分の感じ以外にものを判断する基準がない、と言うのである。私は長いあいだこのことについて考えていたが、最近になって自分に欠けているのは、つまるところ父であろう、と考えるようになった。これは、自分には現実の、生身の父がいないのとは少し意味が違う、人間のこころのなかに当然あるべきひとつの働きである。もう少し抽象的に言うなら、それはこころのなかに内面化された掟の働きだと言ってもよいし、さらに大文字のPを持つ父(Pere)だと言ってよい。自分のこころは、この父との関係が希薄であるために、その場その場の感じ以外に頼るべきものがない。

 こうした問題を日本人論に結びつけるのは安易だろうし、また日本人については本書でラカンが非常に難しい命題を突きつけている。が、この部分の引用を続けたい。

別の言い方をすると、感じを支配して、自分の判断を統一的に構成する働きがこころに生じてこないのである。私は、自分のこのような傾向の危険性について、ますます強く感じてきている。それはつまるところ、快と不快の波に何の抵抗もなく身を任せることであり、快に向かおうとする傾向に、ただ盲目的に従いながら、それに対してこころのなかには何の歯止めもない。あらゆることが自分の環境しだいで、許されれば快、許されなければ不快で、自分の不快の全てを周囲の他人のせいにする。しかしこれは、出口のない堂々めぐりである。

 この快について、仮に動物化というなら、佐々木の思いから少しそれる。この快は、母的なものと結びつきいわば幼児としての全能感に関連付けられている。その全能感が、成人して性的な関係のなかで反復するという問題でもある。
 佐々木は、後のいわゆるラカン学の解説書ではあまり触れなくなったが、本書では、この母的な問題のなかに恐ろしい権力の構図の可能性を思い描いているのだが、このエントリではこれ以上に触れない。
 精神分析は心の問題を解くというものでもない。佐々木はきちんと後期フロイトの死の衝動の重要性を認識している(彼は「死の本能」と記しているが)。

フロイトが、それほどうまく理論化することができないのに、どうしてもこれを捨てることができなかった反復強迫や死の本能の現象は、そのような、だれにも明らかに見てとれながら、しかもきわめて頑固で、最終的には謎にも満ちた事態を指しているのだろう。ヒステリーにしても、強迫症にしても、分析が成功したさいに取り除かれる症状は、それ自身はごく部分的、表面的なものである。

 おそらくかつての米国的なフロイト理解はこの後期フロイト的なペシミズムをうまく受容できなかったか、あるいは心の問題に還元することで人生の課題、つまり死がその衝動として現れるまさに死というものに向き合うことを避けるようなトリックに陥っていってしまった。
 本書については、もしかするともう一つエントリを書くかもしれない、いつか。

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2006.07.06

罪深いという感じ

 エンロンの元最高経営責任者ケネス・レイが五日に死んだ。六十四歳。心臓発作である。うっ、という感じで苦しみながら、そのまま死んでしまったのだろう。過酷な米国のビジネスマンにありがちな末路とも言えるのだが、これだけの悪業をされるとなんだか天罰下るみたいな印象もある。もっとも人生というのはそういうものでもないし、まして「鏡の法則」なんてカルトまがいの知恵でどうとなるものでもない。
 それでも、ケネス・レイの死に様を見ると、なんとも、こう言うのは品のないことなのだが、罪深いという感じがする。罪といっても、クライム(crime)じゃなくて、ギルト(guilt)よりも、スィン(sin)という宗教的というか西欧キリスト教的な罪だ。

cover
罪物語
STORY OF SIN
 クリントン元大統領がれいの問題で追及された映像をたまたま見ていたときも、私は、ああ、罪深いと思った。世の中には悪人はたんといるし、私なんかもそれに数える人だっているだろう。だが、悪人というのと、罪深いというのはちょっと違う。なんと言っていいのかわからないが、その人の存在からじわ~っと罪の匂いがする。しかし、日本人だとあまりそういう感じがする人はいないように思う。きっこのブログとかで諸悪の根源とか叩かれている面々を思い浮かべても、それほど罪深いという感じはしない。
 うまく言えないが、西洋人特有のものなんだろうか。随分以前のことだが、私もしらばらくマクロバイオティックスをやっていて、ついでにというか桜沢如一のフランス紀行みたいなエッセイなども読んでいたのだが、彼は、西洋人を称して、実に罪深い人間だ、心の奥に業が貯まっているみたいに言っていた。もっとも桜沢のことだから、その原因は肉食とずばり切ってしまうだけなのだが、私もちょっと欧米人の内面を覗く機会があったが、そうだね、肉食やめたらとか言いそうになってしまいそうだった。
 罪深いっていうのはそう西洋人限定というものでもないようにも思う。なんというのだろうか、男も女もある種のセクシーさを維持している人からは同時に麝香の匂いのような罪の匂いがじわっとすることがある。塩野七生だったか、人を殺したことのないような男や女はセクシーじゃないと言ってのけていたことがあったかと思うが、そんな感じだ。
 別段日本人論がしたいわけではないのだが、罪の懊悩というのを抱えて生きている日本人の大人というのはあまりいないような気がする。
 と、森有正を思い出す。私は高校生時代森有正のファンでもあって、彼に一度会いたいと強く思ったことがある。と、思ったころに亡くなられた。森有正の相貌も文章も、日本人には珍しく、じわーっと罪がにじみ出ている。彼の晩年書いたものというか説教集だったか、人が死に際して一番の障碍は罪だと言っていた。罪があるから心安く死ねないのだとも。まあ、キリスト教的な枠のなかでの言及にすぎないのだが、そういうものを抱えて生きていくってことがあるんだろうなとは思った。逆に、渡辺一夫もよく読んだが、あまり罪という感じはしなかった。どさくさで言ってしまうけど、悪を気取っていた澁澤龍彦にも、連想が続くが花田清輝にもそんな感じはしなかった。
 もっと私が強く影響を受けた人たちの相貌をいろいろ思い出すと、しかし、どことなく罪の匂いがあるような気がする。

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2006.07.05

テポど~ん

 このエントリを書いている時点ではテポドン二号であるかどうかの確認は取れていない。たぶん、そうらしいということ。そしてそうだとしたら、最初からスカッド、ちゃう、スカなミサイルであったのではないか。燃料入れちゃったから日本海に廃棄しちゃえ、と。
 他数発はスカッドとノドンらしい。スカッドは中華圏では欠かせない爆竹の類として、ノドンはまじで飛ばすと日本の大都市に安らぎの木陰を提供している公園くらいは吹っ飛ばせる。当たるとやだよねという感じ。
 要点は米国がどのくらい予知していたか、また北朝鮮にどのくらいの認可を与えていたかということだが、実態が上に書いたようなおちゃらけに近いなら、北朝鮮と米国、うふふ、お二人って仲がよいのね、ということなのだろう。米国がお招きしたウッキーなお客さんも帰ったわけで面々のメンツもちゃんと守ったし。
 これで日本の世論が多少なりともキィィとかお怒りになると、仲のよろしいお二人とか、とりあえず当面は中国様とかそしてたぶん韓国さんとかの国益にも合致するということだろうか。みんなパーティの席にすわりましょうよ、と。
 ただ、日本人として相当にむかつくのは、テポドン二号は米国まで飛ばないからぁというので、じゃ米国でもOKというとき、ノドンが間違って日本にどんと当たって最悪数百人くらい死んでもしかたないかという前提的な了解はあったのだろうな、というあたり。無防備マンでは日本は防衛できないし。この手の暴発の危険性に日本は絶えず晒されるという時代にはなったのだろう。現実ってやつですかね。
 ある国が他国から見て、どう合理的に考えても変だというような行為をしているときは、その国の内政の問題を他国が勘違いしているだけということが多いものだが、今回はどうか? 金正日体制に問題があるか、ということだが、過去の経緯を見ていると、チキンな金さんは事があるたびに行方をくらますのだが、今回はそういう兆候もないようだ。北朝鮮国内的に対外的にも目に付くような奇っ怪な事件が起きているわけでもない。金正日体制にはそれほど問題はないのだろう。まあ楽観かもしれないが急性アノミーのような事態が発生がするよりはましだろう。余談にそれがちだが、金王朝的には焦眉の課題は次王朝をどうするかということ。三世にどう継ぐか、いやもっとちゃんと言うと、正男君をどう復権させるかということで、たぶん中国様の鼻息ふんが重要だろう。ただ、三世といってもこの王朝は世代間の軋轢がかなりありそうだし、どうもよくある権力の委譲というスキームにはならないような雰囲気。
 今後の動向だが日本は依然打つ手なし。しいていえばこれ以上ミサイル部品を輸出させないことか。米国はさして困ってもいない。韓国は……少し冷静になってくださいな、と。ロシアは面々の顔色伺い。で、中国様。
 中国様としては、対米的な手前、北朝鮮にこれ以上ミサイル商売をさせたくはないだろう。内心ふざけんなという感じではないか。そのあたりをうまくツンツンとできる外交力が日本にあればいいのだけど、難しいか。北朝鮮も韓国も東北部の第四省にはなりたくないだろうし、存亡をかけた必死の工作が、今、広大な宇宙に始まろうとしている。

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2006.07.04

進展する世界の大都市化

 ネタとしてはちょっと古いが先月発表された国連ハビタットの人間居住委員会による”State of the World Cities 2006/7”(参照)関連の話を少し。話を端折るために、ティップス的にまとめたマーキュリーニューズ・コム”Most of the world will live in cities by 2007, U.N. says”(参照)からネタを適当につまみ食い。
 現在(〇五年)時点世界の人口は六十四億五千万人。内、ほぼ半数の三十一億七千万人が都市に暮らしている。来年には都市人口がその他の人口を上回るらしい。こうしたことは人類史始まって以来のことなので、現代という時代の本質は、都市化がグローバル化するということなのかもしれない。
 一千万人を越える巨大都市は二十を越えるが、都市巨大化の進展の速いセクターは五十万人から五百万人くらいのところ。
 こうした都市化の傾向が続けば二〇三〇年には世界人口は八十一億人となり、さらにその三分の二の五十億人が都市居住者となると予想されている。またこの時点では、全ヨーロッパの人口(六億八千五百万人)はアフリカの都市人口(七億四千八百万人)に凌駕される。
 簡単に想像付くことがだ、こうした拡大を支えているセクターはアフリカとアジアである。と同時にそこからさらに想像しやすいことだが、そこでの都市というのは先進国のそれではなく、水道や下水道が十分に整備されていない状態が前提になる。さらに劣悪な巨大スラムが出現するだろう。国連ハビタットの人間居住委員会は特にそのあたりを警告している。現状でも都市での若年層の病死者は地方より多いらしい。
 なぜ都市化が進むのかだが、基本的にそういうものだというのに加え、アフリカなどでは農業の失敗というのも挙げられている。確かに農業が持続できれば都市への流入は少ないのかもしれないのだが、現実的にはそうではない施策が私などには想像も付かない。
 日本のネットの風景を眺めていると、テロとの戦いはいかれたブッシュの妄想だ的な議論が目に付くが、テロとの戦いというのは必然的に都市化の問題と関連している。だが、そのあたりの考察というのはあまり見かけたことがない。
 いずれにせよ、こうした巨大な動向というのは、政治的な力でどうなるというものでもないのだろう。人類の半数が都市人になるということは、本質的に国家の意味も変えることになるので、まだまだ歴史の終焉というのはないのかも。私が生きて見る世界ではないのだろうが。

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2006.07.03

ベトナムで期待されている新しいバイオ・エネルギー

 ベトナムで期待されている新しいバイオ・エネルギー、それは、ナ・マ・ズ、らしい。ナマズというのは、アレだ、ブログなんかの検索によく使われるやつ……じゃなくて、漢字で「鮎」と書くやつ……でもなく、「鯰」である。英語でいうと、catfrogである。学名は、Silurus asotus。伝統的な捕獲法では瓢箪を使う。だが、昨今では養殖しているらしい。

cover
世界のナマズ
 メコン川流域で養殖し、その近在で加工し、ヨーロッパやアメリカに送る。アメリカでは鯰といったら有名な御馳走である。英語のことわざに、There are no eyes in a catfish but barbs(ナマズには目がないが、ひげがある)と言われるほどだ。この南部の伝統料理は明治維新の志士たちが伝えたものらしい。
 で、話は、ナマズ・バイオ・エナジーだが、今日付のロイター”Firm to make biofuel from catfish fat”(参照)に詳しい。

HANOI (Reuters) - Vietnamese catfish processor and exporter Agifish plans to turn catfish fat into fuel to run diesel engines, a company official said on Monday.
(ハノイ・ロイター ベトナムのナマズ加工輸出会社アジフィッシュは、ナマズ脂をディーゼル・エンジンを駆動する燃料に転用する計画をもっていると、同社役員は月曜日に語った。)

 二〇〇七年には年間一万トンものマナズ・オイルをベトナム国内向けに生成するとのこと。自国で石油が産出するのにもかかわらず、地球に優しいナマズ・オイルに着目している先見性は世界各国から注目を浴びている。
 中近東産油国で支持を受けるアルジャジーラも今日、”Catfish power for diesels
”(参照)として報道。その試みに強い関心を持っているようだ。背景には、現在の石油産油国といえどもナマズ・オイルに人類の環境に優しいエネルギーへの期待を抱いているからなのであろう。
 ナマズ・オイル開発の経緯については、コラコラコラム: ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース第62号(参照)が詳しい。

植物性オイルは既に世界各地で古くからバイオ燃料として使われてきているが、Thienさんはイギリス・オックスフォード大学大学院で学ぶ子息から、ナマズの脂肪で転用できないかと勧められ、研究に入ったそうだ。「元々、製品に関する膨大な知識と、それに息子が提供してくれた資料によって今回のナマズ脂肪の軽油への転化が成功したのです」とThienさん。

しかしながら、研究初期段階では思いもよらぬハプニングの連続で複雑な仕組みであった為、実験道具を自らいくつもこさえ実験に実験を重ねたのだという。又、彼の下で働く開発チームの技術者Vu Tran Quocさん、An Giang大学の農学博士Vo Thi Dao Chiさん、そしてChi博士の愛弟子Nguyen Quynh Nhuさんなどから開発協力を得、産学連携チームとなって研究を追い求めた。


 プロジェクトXベトナム編があれば、感動を呼ぶことは間違いない。こんな感じだろうか。

 カンボジア国境近くのメコン川のほとり。
 チエンさんはじっと夕日の沈む西を見つめた。
 私の人生はナマズに始まり、ナマズに終わる。
 一日一六〇トンのナマズの加工中に出る一〇トンの油は
 家畜肥料に売っていた。
 最近は売れ行きが悪い。
 「とうちゃん、これをバイオ燃料として売るんだ」
 オックスフォード大学に学ぶチエンさんの息子は言った。

 うーん、続かない。

追記(翌日)
翻訳ニュースが出てました。
ナマズの脂肪を生物燃料に ベトナム | Excite エキサイト : ニュース
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081151942797.html

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2006.07.02

夕張市自治体破綻、雑感

 今朝方、メロンを貰った。これは夕張市についてエントリを書けというなんかの神様の思し召しであろうか。しかし、夕張市自治体破綻については、話がどうも腑に落ちない。わけわかんないという感じだ。ま、それでもブログってみる。
 報道などを見るに問題は、基本的には、予算書に記載しない一時借入金が三百億円に達し、これを自転車操業にしていたのが原因である。それはわかる。夕張市の標準財政規模は四十五億円なのだからどう考えても異常な事態だ。
 わからないのは、これだけの額がチェックできなかったのだろうかということ。それはありえないとしか思えない。北海道庁と総務省はわかっていたのだろう。特に北海道庁は夕張市がむちゃな地方債発行をしているとわかっていて認可した経緯がある。
 そう考えると、北海道庁と総務省はどうするつもりだったのだろうか。いや、それが今回の結果ということなのだろうか。
 こうした隠れ借金は夕張市だけではないのではないかと思うが、そのあたりの後続の報道はあまり見かけない。こんなものちょいと2ちゃんねるに書けば一斉に火がつくと思うが、そんなこともないのだろうか。
 私事だが以前沖縄で暮らしていたころ、地域の財政にちょっとだけ関心をもったことがあり、そういえばと思い、財政難の地方団体のリストがあるはずと調べると、昨年十一月九日の読売新聞記事”[どうする地方](2)財政再建への道 危機続く、自治体破綻”に「全国の財政難の市 ワースト23」というリストがあった。


◇全国の財政難の市 ワースト23
(平成15年度 経常収支比率100以上)
1 北海道夕張市 109.8 炭鉱閉山による税収減と、閉山対策事業に伴う公債費増大
2 大阪府高石市 109.7 人件費比率が高く、下水道整備費もかさむ
3 福岡県山田市 107.6 炭鉱閉山以来の構造的な財源不足と、生活保護費など増
4 大阪府泉佐野市 106.6 関西空港関連事業による公債費増
5 大阪府守口市 106.1 施設職員数が多く人件費比率が高い。生活保護費なども増
6 奈良県御所市 105.6 景気低迷による税収減。人件費負担が大きい
7 大阪府摂津市 105.4 モノレール関連事業などで公債費増大。下水道整備費も。
8 和歌山県御坊市 104.9 火力発電所などの固定資産税減と、国からの地方交付税減
9 大阪府四條畷市 104.3 企業が少なく、税基盤がぜい弱。施設整備などで公債費増
10 高知県室戸市 103.5 主要産業の遠洋漁業の不振に伴う税収減
11 北海道三笠市 103.1 炭鉱閉山対策事業費による公債費増
12 大阪市 102.5 地価下落による固定資産税減と、生活保護費など急増
13 北海道歌志内市 102.2 炭鉱閉山事業による公債費増
〃 大阪府池田市 〃 税収減。施設職員多く、人件費比率が高い
〃 兵庫県芦屋市 〃 阪神大震災の復興事業費に伴う公債費増
16 鹿児島県阿久根市 101.7 漁業不振による税収減。地方交付税、補助金の減少
17 奈良県大和高田市 101.6 人口減少と高齢化に伴う税収減。ハコモノ建設で公債費増
18 大阪府豊中市 101.3 バブル以後の税収減が激しい人件費比率も高い
19 神戸市 100.9 阪神大震災の復興事業に伴う公債費などで3兆円超の市債
〃 大阪府泉南市 〃 関西空港関連事業による公債費増。人件費比率も高い
21 大阪府門真市 100.8 施設職員数が多く、人件費比率も高い。生活保護費など増
22 北海道赤平市 100.6 福祉施設直営による人件費負担と、炭鉱閉山対策事業
23 大阪府東大阪市 100.2 税収減が激しいうえ、生活保護費などが大幅増

 なーんだ、不正なんかしなくても夕張市が一位じゃん。
 と笑う場合でもない。ワーストのリストを見ていると団栗の背比べといった感じもあるので、不正規模によっては上位ランク外から次なる破産自治体は出てくるのだろう。その意味で、今回の問題はとりわけ夕張市固有の問題というのはあったのだろう。
 特に、夕張市にしてみると、それまで手厚い地方交付税が得られる元になっていた産炭地域振興臨時措置法が二〇〇一年に失効したことは大きな打撃だっただろう。予想できないことではないにせよ。
 さらにその元になったのは、産炭地として栄えていたのがさびれたから。現在は往時の人口の十分の一になったという話も聞く。老人の比率が高いとも聞くがと、ネットを見るとちと古いが、北海道の高齢化率の状況(参照)のデータがあった。

人口 高齢化率 高齢化伸び率
泊村 2,122 35.8 0.1
神恵内村 1,312 35.6 -0.7
積丹町 3,409 33.3 0.9
三笠市 14,323 32.7 1.3
夕張市 15,948 32.6 1.5

 夕張市は惜しくも高齢化率で五位だが、入賞の自治体は規模が小さく高齢化伸び率も小さい。ま、これは問題外の部類だろう。すると、ここでも実質最悪は夕張市ということになる。
 高齢化が進んでいる地方自治体が活気を取り戻すのは難しいものだなと、当初こうした表を見ていて思っていたのだが、エントリ書きながら、ちと考えが変わった。
 日経”夕張市の実質赤字288億円・昨年度分、道が中間報告”(参照)によると、「赤字の内訳を見ると普通会計が145億円、観光など公営事業会計で130億円など複数の会計にわたる」とのこと。それはあまりにむちゃくちゃ。なんでこんなむちゃが突っ走れたのか?
 これって、老人たちの暴走、なんじゃないのか?
 後藤健二市長についてちょっと調べてみると、二〇〇三年の統一地方選挙で初当選。助役から市長になった。市職員としての経歴は四十年にわたる。市行政は裏の裏まで知っている人物。
 とすると、今回の隠れ帳簿がいつ開始されたのか気になる。
 今回の問題の構造的な背景は、産炭地域振興臨時措置法をもとにした地方交付税が二〇〇一年同法の失効に伴い廃しされたことにある。隠れ帳簿がもし後藤健二市長が助役の時代に存在していたなら、その隠蔽としての市長選だったんじゃないか。そしてそのことをよーくわかっていた人々たちでことが進めめられていたのでは……陰謀論? ま、この隠れ帳簿の経緯を明らかにしてもらいたいもんだとは思う。

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