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2006.04.08

ユダの福音書

 昨日キリスト教に関するトリビアみたいなニュースが日本でもちょっと話題になった。例えば、読売新聞”ユダ裏切ってない?1700年前の「福音書」写本解読”(参照)。


 米国の科学教育団体「ナショナルジオグラフィック協会」は6日、1700年前の幻の「ユダの福音書」の写本を解読したと発表した。
 イエス・キリストの弟子ユダがローマの官憲に師を引き渡したのは、イエスの言いつけに従ったからとの内容が記されていたという。
 解読したロドルフ・カッセル元ジュネーブ大学教授(文献学)は「真実ならば、ユダの行為は裏切りでないことになる」としており、内容や解釈について世界的に大きな論争を巻き起こしそうだ。

 とのことだが、多少聖書学を学んだことがある私の印象としては「真実ならば」というのはありえないと思う。というか、それ以前に、ユダの裏切りとされている行為そのものが史学的には確立してないと思うのだが、昨今のこのあたりの新説を追っていないのでよくわからないといえばわからない。
 福音書が伝えるイエス像については史実という点では現状でも皆目わかってないのではないか。かろうじてイエスは実在したと言えそうだということと、それがローマの政治犯だったという二点以上にはなにも史学的にわかってないはずだ。その意味で、福音書が描くイエス像は基本的には神話であるし、ブルトマン(参照)の非神話化というのは、ありゃ神話でしょというのが前提になっているし、そのあたりの学問成果が崩れることはないだろう。
 というかこのユダの福音書という文書はキリスト教の史実やその神学という文脈より、グノーシス主義(参照)の研究資料というのが基本だろう。
 報道の元になっているナショナル ジオグラフィックの日本語のネットソースは”1700年前のパピルス文書『ユダの福音書』を修復・公開 ユダに関する新説を提示”(参照)である。
 この手の物に関心を持つ人間としては、まずナグ・ハマディ写本(参照)を連想する。ナショナル ジオグラフィックのサイトでもこの点への言及がある。多少引用が長いが。

 写本の文章は、古代エジプトの言語であるコプト語のサイード方言で書かれています。その記述内容と言語的な構造を調べた著名な研究者は、写本の宗教的概念と言語学的特徴はナグ・ハマディ文書にそっくりだと指摘しています。1945年にエジプトで発見されたナグ・ハマディ文書も、やはり初期キリスト教時代に作られたコプト語の古文書群です。チャップマン大学聖書・キリスト教研究所(カリフォルニア州オレンジ郡)のマービン・マイヤー教授とドイツ・ミュンスター大学のコプト語研究者スティーブン・エメル教授は、写本の文章には紀元2世紀に流行したグノーシス派特有の思想が色濃く反映されていると語ります。後にコプト語に翻訳された『ユダの福音書』のギリシャ語の原典が作られたのも、ちょうどそのころです。
 古文書学による筆跡の分析でも、この写本とナグ・ハマディ文書はきわめて近い関係にあることがわかったとエメルは言います。「研究者として何百ものパピルス写本を見てきましたが、これは間違いなく、典型的な古代コプト語の文書です。100パーセントの確信があります」
 専門家はこの5種類の鑑定結果から、問題の文書は紀元300年ごろに作られた写本であると結論づけました。

 つまり、今回の発表が写本ということでそれ以前にオリジナルがありそうな含みを感じる人もあるだろうが、ある程度のこの分野に関心を持つ人間としては「写本の文章には紀元2世紀に流行したグノーシス派特有の思想が色濃く反映されている」というあたりから成立年代はイエス時代からかなり離れていると感じるだろう。
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トマスによる福音書
 この手の話は日本ではそれほど関心もたれてないと言っていいのかも、とこんなのそれほど日本社会が関心を持つような古典ではないのかも。
 ナグ・ハマディ写本ということでは、「トマスによる福音書(講談社学術文庫)」(参照)が有名だ。というかこれこそ世紀の大発見だったし、ここからキリスト教とグノーシス主義の関連(さらにマニ教との関連)の研究が進んだ。今回の「ユダの福音書」はその文脈からは副次的なものではないかと思う。もっとも写本復元の技術としては重要というのは別のことだが。
 「トマスによる福音書」についてはウィッキペディアの日本語の項目がある(参照)。

ナグ・ハマディ写本は、カトリックから異端とされたグノーシス主義の文書群を多く含み、「トマスによる福音書」にもグノーシス主義的な編集の跡が見られる。「トマスによる福音書」を四福音書など他の資料と合わせて研究することで聖書成立史を解く鍵になるという見解や、語録という形式はQ資料として想定されていたものと共通であり本来のイエスの言葉をよく伝えているという見解などがある。また、オクシリンコス・パピルスの中からも「トマスによる福音書」に共通する内容の文書が見つかっている。

 私などがトマス福音書に関心をもったのは、私がQ(参照)に関心を持っていることがある。そのあたりの話は長くなりそうだし、死海文書写本について愉快な話とか、P・K・ディック(参照)のヘンテコな思想とかもまた何かの機会があれば書くかも。

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2006.04.07

小沢民主党

 民主党代表選について特に予想も書かなかったので後出しジャンケン的になるが、小沢だろうとは思っていた。菅では新味がない。鳩山も代表選はやるだけ無駄だと思っていたようだし、民主党にくっついている立場に立てば一度小沢を立ててみようというのはあるだろう。ただ、票差はそれほどつかないのではないかとも思ったし、菅が代表になるという線がまるでないわけでもないだろうとも思っていた(小沢本人の意思ならそうするだろう)。結果は、小沢百十九票、菅七十二票。意外と開いたなという感じはする。
 小沢支持ゆえに民主党支持の私だが、前回の衆院選は郵政民営化問題について民主党の政策を支持できず異例として小泉を支持した。このブログでも明確に支持を打ち出した。おかげで下品な罵倒や小泉信者だのとも言われた。小泉を支持したらこれで終わりだなとかも言われたが、時が明白にしてくれた部分は大きい。
 ポスト小泉には私はあまり関心ない。メンツでいえば谷垣が妥当だろうし、福田の線でもいいと思う(参照)。安倍や麻生は支持しない。なにより、私は小沢民主党を支持するだろう。民営化問題でも小沢は郵便事業以外は民営化を明確にしていたし、実際のところ小泉路線でも郵便事業は事実上国が保証するので小沢の主張ともそう変わることはなかった。なぜ、あのとき民主党は小沢の声を出さなかったのか。
 というあたりで、この時期になってから小沢も難儀な局面で立つことになったのだなと感慨深く思う。西郷どんの田原坂にならなければいいが。しかし、運というものはある。歴史が過ぎ去ればそれが天命ということになるかもしれない。

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民は愚かに保て
日本/官僚、大新聞の本音
 私が小沢を支持するのは単純に彼自身の言葉を聞き続けたからだ。外野や雑音は多いが彼の直接のメッセージはいつも単純でスジが通っていた。そういう政治家が日本に向くかどうかはわからない。マスメディアはさらに小沢に攻撃をしかけるだろうし、文春ジャーナリズムは田中角栄を潰した強迫からいっそうそうなるだろう。煽動的なきっこのブログみたいなものも小泉バッシングから小沢バッシングに切り替えるだろうか。うへぇと思うが、各種の小沢攻撃は予想される。
 私はウォルフレンの「民は愚かに保て 日本/官僚、大新聞の本音」(参照)を思い出す。細川政権時代のことなので当のウォルフレンも今では考えが違うのかもしれないが。

 私が一番気がかりなのは、舞台裏の調整役としてのキープレーヤーである小沢が、この重要な役割を演じ続けらえるかどうかである。その理由は、彼は責任ある政治家として重要な政治的決定を下さなければならない立場にあることを隠そうとしないために、多くの強力なグループの怒りを買うことになるだろうからである。小沢は政治家として並々ならぬ器量才覚を有している。それゆえに反対しそうな者に対して強い姿勢で臨むため、日本の政治風土のなかでは傷つきやすい。
 たとえばスキャンダルを用いて彼を貶めることだってできる。このような攻撃を仕掛けることは、そう困難ではない。読者も覚えているだろうが、私は、日本の新聞と検察がこの武器を用いて特定の政治家を選び出して、政治生命を絶ったり傷つけたりしていることを批判したことがある。なぜかといえばこのやり方は恣意的であり、誠実さに欠けるからだ。政治家ならほとんど誰でも、いつなりとスキャンダルで連座させることが可能なのである。

 また嫌な光景を見ることになるのかという懸念はある。
 旧社会党系の隠れ蓑としての民主党の勢力は実質反小沢に流れ込むのだろうか。そのあたりはよくわからない。ただ、小沢の本当の敵も動きだすだろうなと思う。というあたりで政治というものへの気力が萎えてくる。
 小沢が潜んでいたこの年月、彼は意外と外交的な活動もしていたようだ。そのあたりの動向が彼を支援するようにシフトするかどうかも気になる。

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2006.04.05

[書評]人生ごめんなさい(半村良)

 書棚を整理していたら、半村良の人生相談「人生ごめんなさい」が出てきて、しばし読みふけった。一九八三年から半年弱週刊プレイボーイに連載されていたものだ。たしか、今東光の人生相談の続編企画かなという記憶がある。
 私は半村良のファンでもあるし、小説に描かれている人情話や人生訓みたいのが、この連載にコンデンスされて出ているように思え、そのためだけに週刊プレイボーイを買って読んでいた(若干嘘もあるか)。たぶん、収録されていないコラムもあるなという感じもしていたが、今では確かめようがない。

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人生ごめんなさい
 この本も何度も読み返し、ついには自分の人生観の一部になってしまった。たぶん、今の若い人が読んでも面白いだろう。すでに絶版のようだが、古書で入手が難しいわけでもなくプレミアもついていない。
 読みながら、そういえば昨今こんな愚問をよく見かけるなというのがあった。いや、愚問でもないか。「なぜ人を殺してはいけないか」というあれだ。半村への相談の視点は少し違うが、「動物を殺して食べても罪にならないのに、なぜ人を殺すと罪に!!」というものだった。それでも昨今の問題と重なる部分はある。
 半村の回答は冒頭いきなりこうくる。

 人を殺すことについて、殺していい場合と、悪い場合があるとしか言いようはありません。

 そうだ。この愚問の回答が迷走するのは、なんとか「人を殺してはいけない理由」をでっちあげようとレトリックを駆使してドツボるからだ。半村はただまず現実を見ている。

 たとえば極悪非道、冷酷無惨な奴が通り魔的に君の家を襲って、兄弟や母親を殺し始めた時、君は相手を殺さずに済むでしょうか。さらにその考えを拡大して、おし進めていくと戦争に突き当たります。つまり殺人というのは、自分や自分たちを守るための防衛行為なのです。だからその集団の外にある人を殺した場合、罪にならないのです。これが戦争でしょう。

 世の中、防衛の戦争も戦争であり戦争はなんたらというわけのわかんない議論もあるが、そんなのはさておき、半村のこの考え方の道筋にはなにか心にひっかかるものがある。引用が長くなるが、こう続く。

 ただしその場合に自分たちと同じグループか、あるいは殺してもいい他のグループか、という判断を自分で出さなくてはいけません。その判断は、人生の中での理性や教養から培われてくるものです。その認識いかんで、卑劣な犯罪者になったり、英雄になったりするのです。

 言われてみれば当たり前のことしか半村は言ってないのだが、これには深みがある。よくある「なぜ人を殺してはいけないか」という問いに対して、それが「それはおまえさんの理性と教養が答えることなんだよ」という明白な構図では昨今は語られないように見える。
 半村がすごいのは、この回答をこう結んでいる点だ。

 人間、敵ならみんな殺していいと言っても過言ではありません。ただし、それをどんどん考えていき、全部自分の味方じゃないかというところまでいったら、しめたものです。

 私は、まったく半村先生がいうように、人生ごめんなさい的な存在ではあるが、若い日にこういう言葉に出会えてよかったなと思う。人が理性を持ち教養を持つというのは、こうした思索を進めていき、全部自分の味方じゃないかと言えるかどうかが問われるものだ。
 半村のこの考え方の道筋に私は吉本隆明と似たものを感じている。さらにいえば、両者のように本当は大衆のなかでひっそり隠れている人間の知恵というものを感じる。人は世間のなかで思索を深め、戦争やそれを回避する深い思想を貯めていることもある。

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2006.04.04

ドミノピザあれこれ

 宅配ピザで有名なドミノピザ創始者トーマス・S・モナハン(Thomas Stephen Monaghan)による構想・資金提供で、フロリダ州に厳格なカトリック教徒の街「アベ・マリア」ができるという話(参照)だが、まあ、日本人にしてみると、ふーん、やればぁ、というくらいの反応だろう。米国の社会に詳しい人なら、ああ、またアレか(参照)と思うだろう。ま、そういうことだ。
 「アベ・マリア」はフロリダ州ネープルズの東方約四〇キロの地域にできる。領域は二千ヘクタールほど。すでに着工され来年の夏くらいからは人が住み始めるらしい。十年後には三万人を超える街になるという話もあるそうだ。街のシンボルはカトリック系アベ・マリア大学。教会はもちろんある。ここに全米一の高さの、といっても二十メートルほどらしいが、十字架を立てるそうだ。もちろん、反対者も多くすったもんだはあるかもしれない。
 話はモナハンなのだが、私はなんとく孤児だと聞いていて、そう思っていた。そしてカトリックの孤児院で育ったから井上ひさしのように敬虔なカトリック教徒になったのだと思っていた。あ、いや事実誤認があるな。
 モナハンだが英語のウィッキペディアの説明が興味深い(参照)。


After his father died, Monaghan's mother had difficulties as a single mother, and Monaghan ended up in a Catholic orphanage. The nuns there inspired his devotion to the Catholic faith and he eventually entered a minor seminary, with the desire to eventually become a priest. He was eventually expelled from the seminary for a series of disciplinary infractions (starting a pillow fight, talking in study hall, arriving late for chapel, etc.).

 四歳のときに父に死なれ母一人で育てきれないということでカトリック系の孤児院に預けられ、若い頃は聖職を志したようではあるが、私ことアリョーシャ・カラマーゾフ五世のように、でもないか、挫折したようだ。当初から敬虔というわけでもないかったということだ。
 え?と思ったのは今日の彼に至るコンヴァージョンは人生の半ばであり、きっかけはC.S.ルイスの著作だというのだ。そりゃナルニア国ものがたり「ライオンと魔女」(参照)じゃないかと私のように思う人もいるだろうが、ちょっと違う。

After reading Mere Christianity by Christian author C.S. Lewis in 1989, Monaghan was shaken by what he considered his sinful pride and ego. He took two years off from Domino's to examine his life and explore religious goals.

 つうわけで、「キリスト教の精髄」(参照)を読んで人生の転機、そして、軌道に乗っていたドミノ・ピザの経営からも二年ほど離れたというのだ。
 でだ、まったくもって恥ずかしい話なのだが、私も若いころ「キリスト教の精髄」は読んだのだよ。さっぱりわかんなかったというか、退屈きわまる書籍で現在内容についてなんの記憶もない。私としてはちょっとお勧めできないのだけど、私の周りの人はけっこう感動してたみたいだから云々。
 話は、だから、ドミノ・ピザだ。英語だと、Domino's Pizza。ドミノのピザ? なんでドミノのピザなのかっていうか、ドミノって人の名前か、と。答えは、ウィッキペディアにあった(参照)。

The origins of Domino's Pizza began in 1960 when Tom Monaghan and his brother James bought a local pizzeria in Ypsilanti, Michigan named Dominick's Pizza. The deal was secured by a $75 down payment and the brothers borrowed $500 to pay for the store. Eight months later, James quit the partnership and traded his half of the business to Tom for a used Volkswagen Beetle. With Tom Monaghan as sole owner of the company, Dominick's Pizza became Domino's Pizza.

 ビジネスの発端は、イプシランティにあるドミニックのピザという店を買い取ったことらしい。それでドミニックがドミノになったというのだが、ま、そういうことらしい。フランチャイズで大きくなって昨年時点で五十五か国七千八七五店舗。この分野全米二位。マスコット戦略がよかったらしいというのだが、ノイド(参照)とか知ってる?
 日本に上陸したのは一九八五年らしい。日本法人のサイトにはこうある(参照)。

A1 日本で最初の宅配ピザはドミノって本当?
いまでは日常的となった宅配ピザですが、日本での歴史は1985年9月にドミノ・ピザ恵比寿店がオープンした時に始まりました。以来およそ20年に渡って多くの宅配ピザチェーン店で利用されているシステムや厨房機器のほとんどが、ドミノによって導入されたものなのです。

 ちなみに、花見会場がわかればそこへの配達してくれるのだそうだ。
 日本の代表はヒガ・アーネスト・マツオ(参照

 1985年に日本でドミノ・ピザビジネスを始めようとしたとき、今日の大成功を誰も予想していなかったでしょう。しかし、私には確信がありました。人と同じことをしていては成功できない。ユニークな発想、ユニークなシステムこそが、21世紀の成功を収めるためのキーワードだと。
 経済の急成長という追い風にも乗って、宅配ピザというユニークなビジネスは、その利便性とスピーディなサービスが時代の要求と人々のライフスタイルの変化に見事に適合し、予想を上回る急成長を遂げました。

 ヒガさんはハワイ生まれ日系三世とのこと(参照)だが、名前から想像するにウチナーンチュでしょう。どこの門中なんだろか。
 そういえば、沖縄で暮らしていたころはよくピザを食べました。ドミノじゃないです。Anthony's Pizzaですよ。

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2006.04.03

[書評]純情きらり(NHK朝ドラ)

 いつまで見続けるかまるでわからないが、NHKの朝ドラ、「純情きらり」(参照)を見ることにした。朝ドラを見るのは沖縄で見ていた「ちゅらさん」以来になる、といって、これもけっこう歯抜けのように見ていたが。で、なぜ、純情きらり?
 いくつかウィークな理由が重なって、ま、見るかなということ。一つ、浅野妙子(参照)が脚本だから。極東ブログ: [書評]秋日子かく語りき(大島弓子)(参照)の「ちょっと待って、神様」がよかったのと、それと「アイ'ム ホーム」がよかったから。四十歳を超えないとわかりづらい人間の哀しみみたいのが現代なのによく描ける希有な作家に思える。

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火の山 山猿記
 それと、津島佑子(参照)の作品だから。彼女の作品は一時期まできちんと読んでいた。初期の作品のほうがある意味でニューヨーカーとかに載せてもおかしくない技巧性があるように思えたが、だんだんその父の力みたいなのが突出して不思議に思った。そのせいか、気になっているわりになんとなく避けていた。
 三つ目は、時代。先日、山本七平「昭和東京ものがたり」、「静かなる細き声 山本七平ライブラリー」収録(参照)を読んで昭和初期の時代をもっと庶民的なアングル(風俗とか当時の気風の中)で考えたいと思ったこと。なんつうか、日中十五年戦争史観とでもいうようなものと、素っ頓狂な日本懐古みたいな両極端のなかで、父の時代を見直してみたいなというのがある。
 それで第一回をとりあえず見た。特にどってことはない。さりげなく死の視線とでもいうものが入っていくような予感はある。ま、興味が続くかどうか。
 原作の「火の山 山猿記」()はドラマの展開に合わせて読むかもしれない。
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楡家の人びと
 ふと、そういえば、と思い出す。昔銀河テレビとかだったドラマで「楡家の人びと」()を見ながら原作も読んだ。これは読んでおいて、後にいろいろとよかったものだった。

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2006.04.02

民主党の深い闇

 昨日の朝日新聞社説”民主党 迷走の果ての総退陣”(参照)は冒頭「偽メールをめぐる民主党の迷走がようやく決着した。前原代表ら執行部が総退陣し、永田寿康衆院議員は議員を辞める」と切り出したのだが、これで「決着」なのだろうか。朝日新聞は戦前からそうだが事実と意見が混同される傾向がありこれもその一例で、ようするに「決着したい」という意見だけかもしれない。
 事態が急展開したのは三月三十一日。翌日だったらその卓越したユーモアセンスに世間が爆笑して次は何?ということになりかねないのを懸念したのかもしれない。とりあえず単純に考えると同日公表された民主党の調査報告を見れば、前原代表ら執行部の総退陣以外はなかっただろう。”民主党 「メール」問題検証チーム報告書 ”(参照PDF)で注目されるべきは一千万円で西澤孝から情報を買い取ろうとした部分だ。少し長いが重要なので引用する。


①2 月19 日(日)、永田議員は、野田国対委員長に対し、「未明に西澤氏から電話連絡があった。珍しく『情報提供者』から西澤氏に電話があり、高飛びも考えているような状況なので、場合によっては『情報提供者』が持っている様々な情報が入力されているハードディスクやメールの電磁的データをコピーしたハードディスクを売ってもいいと言っている」と報告し、「西澤氏を通じて『情報提供者』と具体的な交渉に入っていいか」と相談した。
②これに対し、野田国対委員長は、金銭の話が出てきたことをいぶかしんだが、「『メール』の信憑性の立証が困難を極めるなか、それが『情報提供者』の存在を確認できる唯一の手段ならば、瀬踏みを掛けても交渉の余地は残した方がいい」と考え、永田議員に対し、「西澤氏と『情報提供者』とハードディスクを保護下に置くことが最優先」であり、「西澤氏と『情報提供者』を職員として雇用して生活を保障することも考える」、「『情報提供者』との交渉には自分が出向く」と述べた。
③また、永田議員は、野田国対委員長に対し、「自分で1,000 万円程度は用意できる」と述べた。これに対し、野田国対委員長は、「必要なら、党でそれくらいは何とか用意できる」と述べた。
④永田議員は、西澤氏に対し、その条件で「情報提供者」と交渉に入りたい旨を伝えた。これに対し、永田議員によると、西澤氏は、「永田議員に経済的に迷惑をかけるわけにはいかない。民主党ならば少しは気が楽だが、それでも受けるわけにはいかない。経済的な負担は自分で賄うから心配するな」と述べた。
⑤西澤氏から金銭の話が出てきたことを受け、野田国対委員長は、原口議員に対し、改めて西澤氏の身辺を徹底的に洗うよう指示した。午後遅く、原口予算委員は、野田国対委員長に「西澤氏の評判がすこぶる悪い」と報告した。それを受け、野田国対委員長は、永田議員に対し、独自の判断と行動は慎み、西澤氏や「情報提供者」とのやりとりは逐次報告して判断を仰ぐよう指示した。
⑥その夜、野田国対委員長は、顧問弁護士から、「偽情報に金銭を支払うことになれば、相手が詐欺罪を構成するので、情報を買うようなことはすべきでない」との助言を受け、交渉を通じた「情報提供者」の存在の確認を断念した。

 報告書では一千万円の授受はなかったとされるが、その真偽が十分検証されたわけでもない。経緯を見ても西澤のカネに対する振る舞いにはやや異様な印象を受ける。特に、西澤からカネの話が切り出されたのに「民主党ならば少しは気が楽だが、それでも受けるわけにはいかない。経済的な負担は自分で賄うから心配するな」という部分は、こうした商売をする人の世界であれば、その埋め合わせは、必ずあるか、すでにあった、という意味だろう。そう考えると納得のいくように思えることが他にもあるが、ここではその問題には触れない。
 カネの授受もだがメール作成の経緯もこれで隠蔽されたことになる。それで済むわけもないので、前原代表ら執行部の総退陣は政治的な「決着」というか代償としてはやもうえない線だったのだろう。
 結局この決着とは何だったか? 大手紙の社説では昨日の毎日新聞社説”前原代表辞任 「未熟だった」ではすまない”(参照)だけがさらっと言及していた。

 永田氏の辞職で懲罰委員会の処分は必要なくなり、メールを仲介したとされる元週刊誌記者の証人喚問は取りやめとなる。民主党の報告書によると、永田氏らは巨額な情報提供料を用意する話もしていたという。このため、この日の決断は「証人喚問を避けたかったのではないか」との疑問も残る。

 なんとしても西澤孝をオモテに出すわけにはいかないというのが、民主党の深い闇に関わっていたのだろう。そこを自民党は見抜いていたわけでもあったし、そこをきちんと突いたわけだが、恐らく自民党してはやりすぎだったのではないか。
 今回のどたばたを見ていて別の面で面白かったのは、民主党を支える地方の動向である。メディアからははっきり見えないのだが、前原じゃ選挙できないというのが痛切な地方の声だったようだ。このことは民主党と限らずどの政党でもそうだが、中枢部のごにょごにょが少し時間的に遅れたかたちで地方で大きな運動になることがある。
 つまらないオチだが、政党の運営というのは大変なものだなというがよくわかる一例でもあった。

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