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2006.03.25

PSEマーク問題雑感

 PSEマーク問題にはそれほど私は関心がない。中古家電品と自分の生活の関わりがあまりないためだ。中古品市場に何か売ることもなければ、そういう市場から家電品を買うこともない。しいていえば十五年くらい前に販売されていた遠赤外線焼き芋焼き器がもう一機欲しいかなくらいのもの。その程度の認識の人間がこのエントリを書く。詳しい話はわからんということ。
 PSEマークとはなにかついての基本の話は省略。その基本の解釈がいびつになったゆえに問題化したした側面があるにせよ。
 この問題を聞いたとき、というか、ネットに反対運動が展開されたり、煽りかなと思えるようなエントリをいくつか目にしたとき、私が思ったことは、省エネタイプでない家電と世界基準の安全性のない家電はアファーマティブにリニューされてよいということだった。
 そう思った最大の理由だが……。私は過去十五年間、何回引っ越ししたかな、よく引っ越しをして、その都度エアコンなどを買い換えた。こうしたおり、日本の家電はこの間、私の印象では省エネ技術と安全性の技術がどんどん進展していているのがわかった。これはすごいなと思った。エアコンについては十年ものにさっさとリニューを促す条例でもあれば省エネにいいのにとすら思ったほどだ。安全性についても同じ。グローバリゼーションというとネットではなんとなく批判の対象のようだが、家電品の安全性はグローバリゼーションで向上したように思えた。
 まあ、そんなふうに思っているので、メモがてらの公開日記に「省エネタイプでない家電と世界基準の安全性のない家電はアファーマティブにリニューされてよい」と書いたら、いきなり匿名の批判コメントをもらった。もちろん公開日記だし、ある程度コメント制限はあるにせよコメントは公開しているのだから反論コメントがあってもいいのだけど、そのいきなりという感じと、理由なしで反意を私に向けてくることに、すごく違和感を持った。
 というか、ああ、これか、と思った。PSE問題で、谷みどり経済産業省消費経済部長のブログが炎上したという噂も聞いていたが、これはきっと、ネットのなかでのPSE発言をチェックしまわる工作部隊のようなものがあるのかもしれないなと思ったのだ。私はそういうネットの活動が甚だ不愉快なので、宇多田ヒカルのKeep Trin'の「どうせなら標的になって泥に飛び込んで~♪」やろかいとも思ったが、率直に言って冒頭ふれたようにPSEマーク問題の重要性がわからん。へたれとこ。
 こうした個人的なネットでの経緯もあって、今回のPSE問題はなんだか反対者がうさんくさいなと感じていた。なんかぜんぜん違う利権の背景があるんじゃないのかと疑問にすら思った。
 昨日たまたまNHKのニュースを見ていたらこの問題についての経済産業省の最新アナウンスと解説があり、私の理解では、これってすっかりザル法というかナンセンスになった。関連のネットソースとして、読売新聞”PSEなし中古家電の販売、事実上容認”(参照)より。


 電気用品安全法の安全基準を満たしたことを示す「PSEマーク」のない家電製品(259品目)が4月から販売禁止になる問題で、経済産業省は24日、マークのない中古家電について、当面の間、同法の対象外となっているレンタル扱いにすることで事実上、販売を容認する見解を表明した。
 中古品販売業者が顧客に商品を一定期間レンタルした後に無償譲渡することを認める。中古品販売業者から猛反発を受けたための措置だが、安全対策そのものが骨抜きになる恐れもある。

 この問題の一つの側面は、その「安全対策」である。サイト「市民のための環境学ガイド」の記事”電気用品安全法は悪法か”(参照)ではこう触れている。

安全を追求することによる消費者保護。検査を必要とすることによるコスト上昇。さらには、製品の廃棄を促進する可能性も皆無ではない。いずれにしても、こんな意味でのトレードオフが明確に見える法律だ。実害はそれほどでないと思われるので、まあ、トレードオフというものの存在を認識するには、良い練習問題のように思える。

 安全とのトレードオフという課題が原理的には残ると言えるのだろう。
 ただ、現実問題として中古家電品がどれほどの危険性を孕んでいるかというとそうでもないだろう。このあたりは先日話題になっていた松下ファンヒーターなどの問題とも関連する面はあるだろうが、いずれにせよ、リスク評価を日本社会がどう受容するのかということで、ま、現状でええんでないということであれば、ザル法でもいいということはあるだろうし、トレードオフということは、些細なリスクを捨ててもいいじゃんということでもあるだろう。
 NHKのニュースの後でぼんやり思ったのだが、今回の電気用品安全法は、そう騒がずとも最初から経産省の不備でダメだったんじゃないか。
 日本の官僚システムは業界団体を牛耳ることで権威を維持しているわけだが、今回のこの分野では該当業界を掌握できてなかったのだろう。やはり、きちんとした行政には、官僚の天下りを含めた強い利権の構造で業界を掌握するという前提が必要になるものだ。

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2006.03.24

ローンボール(Lawn Bowls)

 外信を眺めていると、WBCよりコモンウェルス・ゲーム(英連邦大会)の話題をちらほら見かけたように思う。日本には関係ない話なので国内報道はあるかと検索すると、”エリザベス英女王、英連邦スポーツ大会の開会を宣言”(参照)など多少ある。


英連邦国からアスリートが集結して4年に1度開催されるスポーツイベント、第18回コモンウェルス・ゲーム(英連邦大会)が15日、オーストラリアのメルボルンで開幕した。

 簡単にいうと、英国の旧植民地など七十一の国や領土の人が集まってオリンピックのサブセットみたいなことをする。いつからやってのかと調べると、一九三〇年、カナダのハミルトンらしい。第二次大戦で中断したが、一九五〇年に再開したらしい(参照)。
 「コモンウェルス・ゲーム Commonwealth Games」(参照)というページでは、一九九四年の大会の話だがこうある。

 コモンウェルス・ゲームと言っても日本では馴染みが薄いですが、英連邦に属する国や植民地が参加して4年毎に行われるアジア大会みたいなものです。日本で報道されたかどうかは知りませんが、それが1994年8月中旬にカナダで開催されました。60近いチームが参加しましたが、オーストラリアももちろんその中の一つです(オーストラリアはアジア大会のメンパーではない)。今時エリザベス女王がカナダまで出かけて開会宣言をするあたり、いささか時代錯誤の感もありぎすが、まあ今では同窓会のようなものと言った方がいいでしょう。南アフリカが久方振りに出場を認められたり、香港にとっては最後の大会だったりと、良し悪しは別にして過去にイギリスが何処で何をして来たかを見るにはいい機会とも言えます。参加チームの内独立国で旗の中に未だにユニオンジャックを残しているのは3ヶ国だけだったそうで、植民地などの旗と並んでたてられただけに、恥ずかしく感じたオーストラリア人も多かったようです。

 大東亜共栄圏があれば似たようなことになっただろうかというのは言うまでもなく悪い洒落なので無用なご批判はなしと。引用したのは、香港はこの時が最後の参加だったらしいというのでへぇと思ったからだ。確かインドは現在でも大会に参加しているはずだし、参加の単位は国・領土とあるがスコットランド、ウェールズといった区分なので、香港も参加したらいいのにというのも言うまでもなく以下略。
 いろいろ思うことはあるのだが、コモンウェルス・ゲームに私がかそけき関心を持つのは、実施されるスポーツが大変によろしいからだ。で、ローンボール。
 ローンボール(Lawn Bowls)とはなにか。Google様にずばり見せてもらうといい(参照)。ああ、あれかと思う人もいるだろう。芝生(lawn)の上でやるボーリング(Bowl)だが、ピンを倒すのではなく、チームで分けて複数のボールを使い、相手のボールをはじき出す。これってなんかに似ているでしょ。そうカーリングだ。実際カーリングのように転がる玉の前で一生懸命熊手で芝生を掻きむしりさわやかな汗を流すのが醍醐味らしい。
 ローンボールって変なスポーツだなと思う人も当然いるだろうが、これが氷に閉ざされた国に移ってカーリングの起源となり、室内ゲーム用で玉をでかくしてできたがいわゆるボーリングだ。意外に知られてないのだが、ボールを転がすなんてめんどくさいから投げちゃえ、投げるなら鉄の玉がいいやということで古代ギリシアに伝わってできたスポーツが砲丸投げだ。フットボール(サッカー)からラグビーが出来たようにスポーツというのはこういう歴史的な起源を持つものなのだ。ま、若干説明が大雑把だったかもしれないが。
 Australian History Databaseのローン・ボーリング(ローンボール)(参照)の説明によるとローンボールはオーストラリアで特に盛んなようだ。オーストラリアでのローンボールの歴史の話が面白い。

 19世紀初頭に、オーストラリアのローンボールは発展した。その担い手は、商人、政治家、上級公務員など、主に男性の植民地エリートであった。イギリスと同じく、オーストラリアでも「公衆用」のグリーン(競技場)は、ホテルや宿屋の近くにつくられた。こういった場所は、素手によるボクシング(bare-knuckle pugilism)、闘鶏(cock-fihgts)、猟犬によるウサギ追いレース(greyhound-coursing)、ハト撃ち(pigion-shooting)、徒競争(foot-races)などの「荒っぽい」活動の開催地と近かったため、初期オーストラリアのローンボール主催者は、わざわざその格式高さを強調していた。「公衆用」グリーンは、ホテルの用地に作られ、成功していったが、荒っぽい連中を締め出すために会費制が導入された。一方、「私有」のグリーンの設立者たちも、オーストラリアの初期のローンボールの特徴の1つである。もっとも有名なものは、おそらく1878年にジョン・ヤング卿によってつくられたものである。

 いやその、面白いのは、正直に言おう、次の種目だ。

  • 素手によるボクシング(bare-knuckle pugilism)
  • 闘鶏(cock-fihgts)
  • 猟犬によるウサギ追いレース(greyhound-coursing)
  • ハト撃ち(pigion-shooting)
  • 徒競争(foot-races)

 スポーツにまるで関心のない私なのに、なんかこういうスポーツはとても関心が向く。素手によるボクシングとか徒競争とか、なんか、わくわくする。

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2006.03.23

生鮮コンビニ

 生鮮食品を売るコンビニを生鮮コンビニと言うのだそうだ。そういうのがあるというのは、昨年だったかニュースで聞いた。ローソンとかが始めたのだったか。だが、生鮮コンビニという言葉が時代のキーワードになっているとは知らなかった。先日のニュースによると、昨年五月に生鮮コンビニを開始したローソンが現状の三十五店舗から今年は百店舗に拡大。サンクスは先月この分野に参入し、同じく今年首都圏に百店舗。am/pmが首都圏に六十店舗ということらしい。いくら首都圏が広いといっても今年あたりから、生鮮コンビニが世の中の風景に目立つようになるのだろう。
 うまく言葉になってこないのだが、私は町の風景の変化というのが不思議でならない。以前ならそれがなかった。なのに今はある。そういう違いがうまく受け止められない。現在では沖縄でもスタバはあるが、五年くらい前だったか東京に出るたびにスタバが街に増えて不思議な気がした。それを言うなら、十五年前には携帯電話を持っているのは私だけでまわりにはいなかった。重たいのは当然だけど充電が面倒臭かった。逆に、以前は普通にあって今はないもの。昨年の一月「極東ブログ: 街中のタバコの広告」(参照)であの時眼前に見た巨大なタバコの広告が半年後に消えることを知って奇妙に思った。


あのでかいタバコの広告はもうすぐ私たちの街の光景から消える。人にもよるのだろうが、こうした光景について、なにが加わる変化より、何かが消える効果のほうが、弱いものの、鈍く長く残る違和感になるような気がする。

 最近、駅のフォームなどで、以前ここにタバコの広告があったなというところを眺めている。そこに、ない。別のなにかがあるのだけど、組織的に消えてしまったものへの違和感が強い。
 生鮮コンビニの話に戻る。私はローソンの生鮮コンビニに行ったことはないが、近所に99ショップというのか、ネットを見るとSHOP99か、があって、以前二週間くらいちょこちょこ買い物をした。小分けの生鮮食料品が便利に思えたのである。実際の価格は百円をちょっと超えていた。生ハムとかも小分けで売っていたし、冷凍食品は便利に思えた。でも、使わなくなった。理由は単純で口に合わないのだ。そんなに贅沢な物が食いたいわけではないけど、完成品に近い食品ほど味が決まってきて、つまり外食に近くなって、そういえば私はやけくそ的に食う以外はあまり外食が好きではない。
 その二週間くらいの間に、SHOP99でいろいろな人を見掛けたように思う。いろいろというのはスーパーやコンビニとは違った客層ということだ。夕刻は仕事帰りの人々、また若い人が多かったように思う。私がよく通っていた時期にレジが改変されていて光学式の読み取りになった。みな同じ値段なのにデータを取るというのは売れ筋をPOSで管理しているのだろう、けっこう情報産業だなこれはと思った。
 生鮮コンビニが近所で出来たら行くか? 行くと思う。私はけっこうすでにコンビニの人だし。以前、セブンイレブンで生鮮野菜の宅配をやっていてなかなかよかった記憶がある。とはいえ、セブンイレブンは生鮮コンビニには出てこないようだ。
 ネットを見ると、「100円生鮮コンビニ戦争勃発!参入各社の勝算とは」(参照)といった昨年の時点での詳しい話がある。ただ、あまりピンとこない。生鮮コンビニとは別分野なのか、ローソンでナチュラルローソン(参照)というのもあるらしい。街の社員食堂みたいなものか。店舗一覧(参照)を見ると、なんかそれっぽい地域がばかりのように思える。というころで、要するに、生鮮コンビニなどは都会の特定地域の生活の風景のようでもあるのだろう。単純に言って、こうした存在は現代人に向いているし、なんだかんだ言っても、あっという間に風景を変えてしまうのだろう。
 個人的には台湾都市郊外の夜市みたいなのがあったら楽しいのだが、そうはならないのだろう、日本は。

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2006.03.22

トラスト・スクールについてちょっと

 トラスト・スクール(trust school)の定訳語を知らないのだが、財団学校、基金学校とでもなるのだろうか。現在、英国でこの新しい学校システムについて、もめているようだ。まだ、法案は通っていない。
 制度的には、公立と私立の二区分に加え、新しい区分としてトラスト・スクールができることになる。というあたりで理解しづらい。親たちや企業が基金を作り学校を運営するという。そう聞けば、私立ではないかという印象を受ける。
 トラスト・スクールについて、日本語でのネットのリソースはあまり見かけなかった。探し方がまずいのかもしれない。そんななかブログ「シェフィールド便り」”School Reform Law”(参照)が詳しい。BBCのソースをまとめたもののようだ。


1、目的
トニー・ブレア首相の言によれば「学校に更なる自由を」というもの。具体的には、イギリスのセカンダリースクール(日本で言う中学校、高校レベル)レベルで新たにトラストスクールという形式の学校を設立しこの形式をイギリス国内に広める。トラストスクールの特徴として①学校が独自に自校の校舎や敷地をどの場所に立てるかもしくは購入するかについての選択権がある。②学校が独自にそのスタッフを雇い入れることができる。③入学選考基準について学校が独自に設定、管理をすることができる。

 引用がやや長くなるが。

2、インディペンデントスクールとの違いについて
インディペンデントスクール(財源が国から独立しているという意味で、日本の私立と同じであると考えていいと思う)がトラストスクールの手本になっているのは間違いない。しかし、トラストスクールは①授業料を課すことができない②利益を求めることができない③必要以上の資金を受け取ることができない、などの制約がある。

 手短によくまとまっているのだが、今回の英国のトラスト・スクールの位置づけは基本的には公立であるようだ。そのあたりが、私も理解しにくい点である。
 公立に近いものでありながら、企業からの出資を受け入れ、その企業が運営に参加できる、ということで、それは学校としていかがなものかといった問題はおきている。BBC”Who will run 'trust' schools? ”(参照)がそうした問題をやや皮肉にまとめている。たばこ会社やファーストフード会社が学校運営?といったトーンだ。

Would a tobacco company be acceptable? What about a big fast-food brand taking over a school? Or a company that did not recognise trade unions?

The prime minister's response to this was to say that the proposed new schools commissioner would be a filter, deciding which outside organisations were suitable to be school partners.

Mr Blair added that he had "not come across the Big Mac Academy concept".


 この問題の全貌がよくわからないのではずしているかもしれないが、米国の例を考えると、こうした経営はそれほど違和感はない。確か、チョコレートのハーシーは巨大な慈善団体を持ち、学校も運営していたかと思う。また、米国の通常の州運営の学校でも、食品会社から資金を受け、その事実上の見返りにスナックを子どもたちに食べさせている。もっとも、この点はいろいろと問題が起きた。
 話を戻して、なぜトラスト・スクールという考えが出てきたかというと、基本的には教育費の問題が背景あるのだろう。誰が学校運営のゼニを担うかということだ。そして教育費の問題は事実上教育水準にも関係する。日本でも公共教育の費用が問題になれば、トラスト・スクール的な発想は出てくるだろうか……とちょっとそれは勇み過ぎか。
 トラスト・スクールの法案はまだ可決していない。ブレア首相が教育改革の目玉として意気込んで推進しているのだが、ブレア自身の労働党与党内で反対者が多く、むしろ野党保守党が賛成している。現状を合算すると保守党の賛成によって法案は可決されるようだが、ブレアとしてはそれでいいのかという問題は残る。そのあたり、ガーディアン”Focus on trust schools, Blair tells councils ”(参照)から少し伺える。ブレア自身の発言はこんな感じ。

"I believe it will make schools stronger, improve standards and offer better opportunities to young people. These reforms to raise standards and expand opportunities in schools, along with reforms in health and other public services, are delivering on our commitment to make our public services safe for a generation," Mr Blair added.

 トラスト・スクールの法案が最終的な形になるまでまだ紆余曲折はあるようだが、この間、興味深かったのは、入試での面接の禁止だ。日本だと人柄を重視するとかいって面接にあまり抵抗はなさそうだが、公的であるといことは面接の禁止に及ぶのものなのだなと私は印象深く思った。正義の女神はブラインドであるし。

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2006.03.20

東京の私立中学受験が厳しいのだそうだ

 先日の朝のラジオの話だが、東京の私立中学受験が厳しいのだそうだ。そんなこと言われても寝ぼけた私の頭なんかにはふーんなのだが、数字を聞いているうちに、えっと目が覚めた。今の小学生は東京だと二八パーセントもが私立中学受験をするというのだ。二八パーセントって四人に一人か。受験だけ? いわゆる居住者の多い地域だと三人に一人は私立中学に受験しているってことか
 そういえば、先日転勤になる知人と飲みながら聞いたのだが、彼の娘さんが公立中高一貫校を受験するというのだ。そんなのがあるということは、ちらというくらいしか聞いたことがない。私立も受験するらしい。知人は私より五歳くらい年下か。いやもっとか。私の世代だと男も二十五歳くらいで結婚しているのがいるので、今頃は子どもが大学を終えている……おっとぉ。彼は晩婚だったのか、なんか数字が合わなくなってきたが。
 シーンその二。近所の話。私より一回りくらい若い奥さんが、息子を進学塾に送らなきゃというので、何年生かと聞いたら、四年生だそうだ(このシーンを深読みしないように)。で、話を聞くに、けっこうそうよ、ということらしい。どうなってんだ。
 ラジオの話は文化女子大学野原明教授という人だった。ネットをちらと覗くと、文化女子大学附属杉並中学・高等学校の校長先生とかもしていたようだ。まさに専門家。
 私立中学は全国に七二〇校。うち、四割が首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)。私立中学受験が盛んになったのは二〇〇〇年からということで、れいのゆとりの「新しい学習要領」とかの余波でもあるようだ。つまり、公立中学じゃ、学力下がるでしょ、と。
 他の理由としてあげられていたのは、公立学校が荒れているから。うっぷす。そうか。あまりこの問題は立ち入らないほうがよさげ。そして、三つめは、公立の中高一貫校が刺激になったというのだがよくわからない。ちなみに、公立の中高一貫校は昨年一校、今年四校だそうだ。来年も増えるのかについての話はなかった。
 現在の私立中学校の学費は平均年間八十九万円。ざっとなべて年間百万円。中高一貫っていうと大学前に六百万円か。子ども二人で千二百万円。そうみると、安いじゃん、な、わけないよな。
 格差社会がどうたらというのはあまり私は関心がないのだが、アルファーブロガーきっこの言う諸悪の根源小泉がこうした傾向の原因なのか。ちと違うような。冗談はさておき、なにが起きているのだ。っていうか、みんな格差好きなんじゃないのか。話が違う?
 そのスジのテクニカルな観点でいうと、建前上、公立の中学には学力試験はないということになっているのだそうだ。よくわかんないが、建前がきれいだと実態はひどいよねというのが世の常で、平和主義者のブログほどバッシングのきついこと……これは話が違う。いずれにせよ、なんか不透明な審級システムがじわっと小学生にまで波及しているというところで、さっきの奥さんの話の現状なのだろう。よく知らないが、内申書とかでも生徒会長なら何点とポイント制になっているらしい。うへぇ。
 現状としては、こうした動向が実際に大学受験にどう結びつくかはまだ見えてないそうだ。あと二年くらいで傾向が出てくるのだろう。予想は付くな。大学といっても普通の大学はもう桂三枝のいらっしゃい状態なので大学受験が意味を持つのは特定の大学だけになるのだろう。
 なんだかよくわかんないけど、五年先くらいになんかけっこう変な社会になってそうな気がしてくる。格差社会とかじゃないなんか変な。

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2006.03.19

ウイニー(Winny)事件雑感。とても散漫な雑感

 私は、ウイニーを使ったことがない。何が便利か皆目わからん。一度インストールしてソフトの動作をチェックして即外し。というか、もう三年以上も前のこと、二代前のパソコン。そういえば、2ちゃんねるも参加したことがない。考えてみると、五年くらい前から新しいIT技術やカルチャーについて行けなくなっている。

cover
Winnyの技術
 ウイニーについては聞きかじりくらいしか知らないが、昨今話題のウイルスって、「キンタマ」でしょ。ウイルス名は比較的オリジナル名が付くのに、キンタマって聞かない(Antinny.Gとか言っているか)。クローズアップ現代で国谷裕子キャスターが「今、日本全国でキンタマが猛威を振るっています」とか言うとちょっと萌え。「今日はITにお詳しい橋本米米さんをお招きしています。この、キンタマですが……」とか、いいなぁ。いきなり話が逸れてるけど。
 Google様でずばり「キンタマ」で検索したら、「Winnyウィルス(通称キンタマ)」(参照)が出てきた。さすがだね。ちなみに、ひらがねで「きんたま」とすると「苺きんたま」(参照)が出てきた。お前らなぁ。
 で、晒されたファイルは次のように表示され出まわるという。これはむふっな画像。

 [キンタマ] お前のデスクトップ 感染したパソコンのユーザー名 [感染した日付].jpg

 いや、私はよくわかんないのだが、昨今、急に世の中の話題になったのは、[キンタマ][キンタマ][キンタマ]ということだったのだろうか。ちょっとありえない感は漂う。なんで今頃世の中やたらと話題なのか。次なる民主党の追求ネタか。キンタマ。
 ウイニー流出ニュースのなかで一番感動したのが、十六日付け毎日新聞”愛媛県警:Nシステム情報流出か 車10万台ナンバー”(参照)だ。キンタマ、Nシステムの情報開示をしてくれたわけだね。


これに対し、Nシステムなど公的機関の行動監視に取り組む東京都渋谷区の市民団体「一矢(いっし)の会」の浜島望代表(73)は「裁判での証拠申請にも警察は提出に応じず、運用実態を示す資料が表面化するのは初めてのことだろう。しかし、なぜ一捜査員がデータを保管していたのか、国会などでの説明と実際の運用が違う可能性がある。警察は改めてシステムについて説明すべきだ」と語った。

 ここで「一捜査員がデータを保管していたのか」なのだが、ちょっとどの流出事件だったか忘れたが、会社だかお役所だかで私物のパソコンを使って、それを自宅に戻してそこでウイニーっていて漏れたというのがあった。これって、ウイニーで漏れたというより、そういうデータをたぶんコピーだろうけどパソコンに入れて持ち帰っていいのか?ってことだと思うが。
 などなど、昨今のウイニー騒ぎはどうも大半は私物パソコンの問題でもあり、なんで仕事で私物のパソコンを使ってるんだということでもだけど、言うだけ白々しいのは、だってねということではあるのだろう。そんなこと言ってもね。
 技術的には、ウイニーのトラヒックを遮断とかできそうだが、私物パソコンとかだとそれ以前の問題だし、たぶん、iPodとかによるデータの吸い出しとかもけっこうできるんじゃないのだろうか。
 作者の金子勇さんもなにかとウイニーの改良はできない世の中の掟になっているし。世の中ウイニー騒ぎにしてなんとなく撲滅を狙うのが次善か。
 まったく日本の情報管理はどうなっておるのか、とかお怒りの向きもあるだろうけど、私はよくわからない。このわからない感の根は、俺ウイニー使わないし、がある。
 ちょっと考えてみるのだが、ウイニーなんてそう簡単にパソコン素人さんが使えるソフトでもないし、なんというかそもそも日本のインターネットの活用ってワーキングタイムでの公私混同が基本だったのでは? ブログの閲覧とかそうだろうし。
 つまらんエントリなのでこれでお終い。あ、そうそう、ウイニーって使っているの日本だけだったんだよね。

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