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2006.12.26

トルコのEU加盟問題近況メモ

 トルコのEU加盟問題のメモ書きをこの時点で残しておくべきか、確か来月に会議があるのでそれを待ってからにするか。しばしためらっていたところ、先日ぼんやりヴィデオレコーダーに貯まっているクローズアップ現代を見ていたら、二十一日付けで「遠ざかる融和 ~トルコ・EU加盟交渉凍結の波紋~」(参照)をやっていたのを知り、ざっと見た。

cover
トルコのものさし
日本のものさし
内藤正典
 内容はなんとも微妙。間違ってもいないのだが、ローマ教皇ベネディクト一六世のトルコ訪問がトルコのイスラム勢力の反発を買ったというあたりは、おいおいと突っ込みそうな自分に苦笑した。教皇のトルコ訪問の目的は正教との関係の問題であり、キリスト教対イスラム教といった枠組みは余波的な問題である。
 番組ではしばらくすると内藤正典が出てきてかなり正確な話をしていた。トルコ問題をごく簡単に言えば、これはEUがひどいでしょとなるかと思う。余談ぽくなるが、内藤正典の「トルコのものさし日本のものさし」(参照)はもう十年以上も前になるが、自分が見て感じたトルコをきちんと描いていて面白かった。面白いといえば、漫画「トルコで私も考えた」(参照)も面白いには面白い。
 トルコのEU加盟について、昨今の情勢の簡単なまとめとしては、InterPress Service”TURKEY: New Pitfalls on the Road to EU”(参照)あたりがあり、この記事の抄訳がJANJAN「世界・トルコ:EU加盟に新たな落とし穴」(参照)にある。

 EUは凍結の理由を、トルコがEU加盟国キプロスへの港湾、空港の開放を繰り返し拒否していることと説明している。1974年にトルコが北部を占領して以来、キプロスはギリシャ系とトルコ系で南北に分断されている。国際的には南を支配するギリシャ系政府が全土を統治する政府として承認され、北のトルコ系政府を認知しているのはトルコのみ。2004年にギリシャ系政府だけがEUに加盟した。

 この問題に関連して二年前だが「極東ブログ: キプロス問題雑感」(参照)を書いた。JANJAN抄訳では以下のようにトルコ側についてのみふれている。

 過去2年間でトルコにおけるEU好感度は78%から32%に急落し、およそ1年のうちに総選挙を迎えるなか愛国心の台頭が予想される。それでもトルコのエルドガン首相はドイツのメルケル首相が提唱した「特権的パートナーシップ」の地位に甘んずることなく、完全な加盟国となることを目指すとしている。

 このあたりの話は、クローズアップ現代の内藤の指摘のほうが公平で、EUが変わってしまったことの要因が大きい。余談だが、JANJANももう少し複眼的にこの問題が扱えないものかとも思う。
 EU側の表向きの問題はキプロス港湾だが、実際にはアルメニア人虐殺問題のほうが重要だと思われるし、ここはクローズアップ現代もきちんと取り上げていた。関連する内藤の指摘も正確だった。
 アルメニア人虐殺問題自体については「極東ブログ: アルメニア人虐殺から90年」(参照)でもふれた。今回の問題は、十月十二日フランス下院でアルメニア人大量虐殺否定は犯罪とする法案を可決したことで、シラク大統領はこの歴史認識をトルコのEU加盟の条件してしまった。
 同法案は〇一年成立のアルメニア人虐殺認定の法律を拡大すべく野党社会党が提案したものだが、同法成立にあたっては五〇万人もの仏在住アルメニア人社会を背景とするロビー活動も効果があった。結果、アルメニア人虐殺否定者は一年間の禁固刑または四万五千ユーロの罰金を科すとなった。この法案はすぐにわかるように、ユダヤ人大虐殺否定と似ている。ちなみにこちらの問題の関連は「極東ブログ: 親日家ブリュノ・ゴルニッシュ(Bruno Gollnisch)発言の波紋」(参照)でふれた。
 ざっくりと見ると、トルコのEU加盟は不可能と言っていいだろうが、それでいいのかEUもトルコも、といったところ。EUは歴史の大きな流れというか人口の推移からするとイスラム圏にならざるをえないし、一見原理主義化しているかに見えるトルコだが世俗化は止められない。どこかで合理的な均衡点を見いだすべきなのだが、どうもそうはいかない。この問題の枠組みは米国のラティーノ化問題にも似ている。
 クローズアップ現代ではトルコ内でのイスラム原理主義化を強調していた。この問題の関連は「極東ブログ: 幻想のクルディスタン、クルド人」(参照)で扱ったが、都市化にも関係しているだろう。イラク内に事実上クルド国家ができてしまったことから、さらにクルド人問題は潜在的に深刻化している。
 トルコ内での現状の軋轢は、軍部による一九九七年のイスラム主導連立政権エルバカン首相の辞任と同じような結末になる可能性がある。EUにそれがわからないわけがない。
 たまたまウィキペディアを見たら「トルコの政治」(参照)という項目があり、ある程度専門のかたが書いているのだろう。間違っているわけでもないのだが、どちらかというとトルコ軍部に批判的な印象を受ける。人権という観点から見れば、そういうストーリーになるのはわかるのだが、現状のEU側のトルコの追い詰め方はそう単純に割り切れないものを私などは感じる。

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