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2006.12.21

ある心中推察

 少し暇になるか。自分から望んだとはいえ、四年続いた、大阪と東京の往復生活には無理があった。当初はひどいものだった。政府とやらに乗り込んだら、指揮命令系統すらはっきりしていない。金融相、議員、事務方の情報伝達機能もなかった。やるべきことはやったとも言えないがもはや命運尽きる。大阪に帰ろう。堂島川と土佐堀川に挟まれた中州の辺りを散歩して東洋陶磁美術館でも覗いたら、北新地で一杯やるか、昔のように。
 北海道で生まれた。一九四四年。戦後とともに育った。都会というものも知らず、海辺の町を転々と移り住んだ。父親が水産高校の校長だった。都会を知ったのは大阪大学に入ってからだ。そして大阪はふるさとになった。
 ふるさとは寂れた。先日ホームレスの人を眺めながら、自分はなぜ公共経済学に志したのかと問うた。胸に少し熱いものがこみ上げた。
 公共のために寄付をしたり、ボランティア活動を行ったりする社会貢献の経済活動をフィランソロピー(philanthropy)と呼ぶ。語源は「人類愛」である。もう十年以上も前のことだが、欧米の企業財団やコミュニティー財団を対象にフィランソロピーの調査をした。最初は学問的な関心が勝っていたが、そこで出会うスタッフの熱意に打たれた。
 福祉、教育、健康、環境、人権、文化。こうした公共の領域の問題は、政府に任せておくのではなく、草の根のレベルで何ができるのか市民が取り組まなくてはならない。日本人は何をなくしてしまったのか、戦後の日々に。
 日本の復興は、しかたがないとはいえ、官による許認可、通達、行政指導に基づく一元主義によるものだった。公共的意思決定も官に従った。企業と個人はそのがんじがらめのシステムのなかで日本国の発展のため、生産者として生産活動に努めた。結果は悪いものではない。繁栄した。総合すれば幸福になったと言える。人々が公益的な活動も政府に任せておけば良しと思っても不思議ではない。官民ともに「御上一任」こそが全体の幸せを定義していた。
 それでいいのか。二十年前のあの日の小さな怒りを思い出す。中曽根内閣による税制改革の時だった。政府は、不公平税制是正の一環として公益法人に対する課税強化を進めていた。違うのではないか。今こそ公益法人を足がかりに日本社会を変えていくべきではないのか。
 そしてあの日思ったのだ、自分の経済学の知識を社会に活かすことも貢献ではないのか。
 日本の高齢化の速度は速い。これ以上国債を発行し続ければその償還のために税負担を上げざるを得なくなる。未来の日本人に重荷を負わせることになる。だが日本ではなかなか財政赤字削減は政治課題にならない。財政赤字は国際間で日本国政府の信頼度を下げ、それが為替レートに連動し、輸出入価格を左右する。この仕組みが緩衝となり、財政が苦しくても為替や物価に直接は響かない。危機感は行き渡らない。日本は資産大国でもあり、貯蓄率も高い。
 そうしてじり貧になった。現在の日本では所得のある人の四人に一人が所得税を払っていない。企業の七割は赤字ということで法人税を納めていない。これが人々が支え合う共生社会だろうか。これで日本が立ち行けるだろうか。
 現状利益を上げている企業が日本の経済活力の源泉であることは疑えない。これに重税をかければ、また生産拠点を海外に移すことになる。雇用の減少にもなる。企業を優遇するような施策も今はやむをえない。構造改革を進めれば、財政運営の効率化や、特殊法人向けの歳出削減などの成果が出てくるが、国民に痛みだけを求めるのは無理だということもわかる。
 しかし、やられたのか。脇が甘すぎたか。地方を殺すのかとも言われた。だが、日本の政府支出全体の六四%が地方で支出されるのに、地方が集める税金は全体の四五%。単純な算数だ。維持できるわけがない。それでも地方が自主的に運営ができるようにしたかった。何? 補助率を下げただけで国の強い関与が残っただけじゃないか、と。
 改革はこれで終わったのではない。各自治体の歳入を保障する簡素な財政調整機能と、山間地や離島など特別な地域へ加算する機能と、災害が起きたら各地に支出する保険のような機能の三つに再構成する必要がある。そう必要があるのだ、誰が責任者であれ。

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「経済」カテゴリの記事

コメント

 今日のプチ整形

>政府は、不公平税制の是正の一環として公益法人に対して課税を強化を進めていた。
→政府は、不公平税制是正の一環として公益法人に対する課税強化を進めていた。

※「てにをは」は2回続けない。1文で2回やったら、微細な過ちでもアウト。全体については、それでいいと思います。仰せのままに。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.21 22:51

今回の作文は良かった。
台詞じゃなく独白風というのが、ストイックで効果的だ。
で、結局官僚にはめられたんだろうか?

投稿: トリル | 2006.12.22 06:06

ハナ毛さん、こんにちは。ご示唆ありがとう。ところでハナ毛さんを囲む会は残念ながら参加できません。江戸の師走風情が楽しめるといいですね。

投稿: finalvent | 2006.12.22 08:56

田勢康弘の書いた政治小説風で非常に面白く読みました。素晴らしい文章に感銘を受けました。最高です。

投稿: 参考になりました | 2006.12.22 11:24

お疲れ様でした。いろいろあったと思いますが、今までおご活躍を振り返りながら、その課程で考えていたことをブログに発表されるのもいいのでは。気分転換をかねて時間をたっぷり取って独自の経済哲学を発表してください。日本人の図太い経済哲学を聞きたいものです。
嫉妬を煽り足を引く奴らが多すぎる。奴らから一歩身を引き、再度別な面から攻め入るのも良いのでは。その日を楽しみに待っています。

投稿: 寄稿人 | 2006.12.22 14:01

重化 → 重荷

ですかね。

投稿: ハミ毛 | 2006.12.22 17:42

>ハナ毛を囲む会

 そんなものは元より無いので、お気遣い無く。弁当おじちゃん律儀ですなあ。放っときゃいいのに。
 久々に浅草観光したくなっただけですわ。

 でも多分、ハナ毛を包囲後射殺する会だったら全力参加でしょ?

投稿: ハナ毛 | 2006.12.22 18:11

 予定なんか狂えば狂ったで幾らでも修正は利くので、そんな律儀マンなふりしなくていいですよ? とか言って。軽く愚弄。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.22 18:14

ハナ毛さん=nonekoさん説を学会に発表しようと思っていた矢先なんですが、終風先生の不参加で立証は困難になりました。ああ学問はひとつわかるともうひとつ謎が。
ところでこのエントリは実際の役人さんかなんかのことなんですか?

投稿: 天魔 | 2006.12.22 22:08

 ↑ごっこ遊びの好きなタダの馬鹿ですよ。誰でもない、タダの暇人。
 あとさあ。誰も参加しないと思うよ? それに浅草見物だけで終わるから、まあ一応24時間うろつくことはうろつくけど、それ以上のことは無いと思うなぁ…。あったら俺が引くっての。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.22 22:22

管理人さんへ
ハナ毛のIPブロックしてもらえませんか?ウザくてたまりません。つまんないし。

投稿: | 2006.12.22 23:17

別の心中推察
「忙しくなってしまった。愛知県から東京まで教育問題の会議に出かけるのは、ノーベル賞以前からやっていたので慣れているつもりだったが、看板背負わされてやるのは神経が疲れる。事務局は官僚出身者で固められ、事務局長である総理補佐官の指揮命令系統がきいているのかすらはっきりしない。…
 兵庫県で生まれた。1938年。神戸の野山をかけまわるガキ大将だった。父親が化学企業の研究者だった。…
 しかし、やられたのか。脇は固めているつもりだったが、灘高校時代にまでさかのぼられて、必修単位が未履修だったとか難癖をつけられ、… 」

投稿: pepetio | 2006.12.23 06:49

わたしも極端にウザイ奴だと思っていたが、けっこういいとこも有りそう。さて、雷門へ行ってみるかな。バカボンのパパみたいに鉢巻をしててくれればすぐに見分けが付くんだが。ほんとは気の弱い大人しい人だったりして。コメント番長?

投稿: たま | 2006.12.23 11:59

 いま、浅草着いたべ? これから待つ。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.23 14:55

philanthropyについて、青臭い理想論をぶっこいてるのを、なぜ皆さんが拍手喝采しているのか私にはさっぱり理解できないんですが。

「日本人は何をなくしてしまったのか、戦後の日々に。」って日本社会の構造にはそんな精神なんぞ戦前戦後どころか神武以来全くない。相当甘くみて明治維新以来の近代社会を調べてみても事例は出てこない。例えば米国の著名なカーネギー財団のような事例を三菱住友三井などの日本での同様の財閥が手がけた事例なない。
また、教育を例に挙げたい。philanthropyといえばアメリカの私立大学がよい例だが、日本に目を転じるとかなりの大学がキリスト教団を起源としており、日本人起源のphilanthoropyを元にした教育機関といえるのは私の知っている限り東京工大の事例ぐらいしか知らない。

にもかかわらず、皆さんは財務省の謀略だと決め付けた段階で正義=本間 悪の組織=財務省等の官僚だという条件反射で動いている。彼の経済理論であるばりばりのアメリカ直訳の新自由主義は日本社会でうまくいくとは私にはどうしても思えない。少なくとも上げ潮理論の類似例であるレーガノミクスな壮大な失敗に終わり、同じ(いや、状況的にはより、)危険性があることをエコノミストも含めて誰も指摘しない。

あと、最後の数行については私は論評のしようがない。その誰かさんとやらは財政的な裏づけと運用できる組織とおかしな方向(少なくとも裏金などの)へ行かないチェック機能をどのようにしたら整備できるのかお聞きしたいものだ。

投稿: F.Nakajima | 2006.12.23 23:42

↑頑張れ! 負けるな! でも自分見解を差し挟むと良いと思った。by知好楽

投稿: ハナ毛 | 2006.12.24 01:03

ありふれて、申し訳ありませんが
人は諦めて、初めて諦められない人生が始まる。

メリークリスマス、新地でドンチャン騒ぎがしたいです。

投稿: テツ | 2006.12.24 02:28

>F.Nakajimaさん

いや~適度に青臭いから読み物として良くできてると、ね。
謀略と決めつけてる訳でもないでしょうよ。
タレ込んだからといってこうなるとは限らない訳ですし(笑)

そういや「ハナ毛」さんを囲む会は盛況でしたかいの?

投稿: トリル | 2006.12.24 03:59

>福祉、教育、健康、環境、人権、文化。こうした公共の領域の問題は、政府に任せておくのではなく、草の根のレベルで何ができるのか市民が取り組まなくてはならない。日本人は何をなくしてしまったのか、戦後の日々に。

私はこういう論理は間違っていると思っています。

政府がだらしないから、草の根市民がやらなければならない。などと言っている人たち(プロ市民)に限って、権力を得ると堕落するものです。

そもそも、戦後に日本人が変わってしまったという論理は間違っている。
三島由紀夫は、その流れを止めるために自決したのですが、いま思えば、それは犬死ににすぎない。
日本人という集団は、敗戦という大きなことが起きたとしても、そんな20年足らずのことで大転換するような軽薄な民族ではない。

では、戦後に何が起きたのかといえば、社会の中で陽の目を見る部分集合が変わったということです。いまも明治人のような気骨物にいるし、無私の精神のものたちは沢山いる。ただ、そういうものたちに活躍の場を与えられない。雷オヤジはいまもいるが、それが批判されるので、できぬだけ。
いまは、利己主義者や経済至上主義者にフォーカスが当たっているのであって、要は、フォーカスを当てる人たちが恣意的なだけ…。

そういう時代をひっぱってきたメディアの感情的・感傷的な恣意性がP2Pの時代により変わっていくのが、これからの30年。
(毎日新聞奈良支局の報道が、奈良県南の産科医療を全滅にしたことはターニングポイントとなる可能性を秘めています。)

草の根を草の根のままま社会に提言していく。それがネットであり、ブログ。

アルファブロガーという文脈は、そういうものに掉さしている感じがしております。

自説開帳失礼しました。


追記:
けろやんさんが、コメントできぬと不平を述べられていますが、コメント排除の基準は何なのでしょうか…?

投稿: スポンタ | 2006.12.24 09:07

>草の根を草の根のままま社会に提言していく。それがネットであり、ブログ。

集団知も、個々の発言に対してあまり責任を取らなくても構わない様ですが…。
本当にフラットになればいいですよね(棒読み)。

投稿: 無粋な人 | 2006.12.25 09:12

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