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2006.12.25

アーヴィング・バーリンのこと

 アーヴィング・バーリン(Irving Berlin, May 11, 1888 ~ September 22, 1989)はホワイト・クリスマスの作詞作曲家だ。


I'm dreaming of a white Christmas
Just like the ones I used to know
Where the treetops glisten,
and children listen
To hear sleigh bells in the snow

 曲想はバーリンが別の作曲仕事の徹夜明けに思いついたものらしく、冒頭「夢見る」にはリアリティがありそう。彼は早朝オフィスに着くや秘書に楽譜として書き留めさせたという。一九四〇年のこと。大ヒットは、ビング・クロスビー(Bing Crosby)による一九四二年のミュージカル映画「ホリデー・イン」の歌だ。時代背景もあった。前年の十二月七日(米国時間)に米国は真珠湾攻撃を受けた。戦争の最中であり、兵士たちは望郷の思いで口ずさんだと言う。嗚呼南国に雪が降るの趣きもあっただろう。
cover
ゴッド・ブレス・アメリカ
セリーヌ・ディオン
 バーリンには有名な歌が多いが、自然とナショナリズムの文脈が見えてくるのも興味深い。「ゴッド・ブレス・アメリカ(God Bless America)」は事実上の国歌のようになった。セプテンバー・イレブンで歌われたのもある程度は自然な成り行きに近いのだろう(参照)。歴史家は皮肉なコメントを残すだろうが、民衆に自然な愛国心があれば国の歌を生み出してしまうものかもしれない。作曲されたのは一九一八年というから第一次世界大戦の終結年ではあるが、これもやはり時代的な背景を考えざるをえない。
 バーリンは愛国主義的な作曲家と見られることもあるが米国生まれではなく、移民の子であった。ユダヤ人の家庭に生まれたと書かれることが多く、ユダヤ人であると書かれることはないようだが、それでも祖父はユダヤ教会の牧師とも言えるラビであったので、家族は深くユダヤ教に関わっている。バーリン自身も生まれたときの名前は、あえて米語風に記すと「イズラエル・イジドア・バリン(Israel Isidore Baline)」となる。イズラエルと聞くと国名を連想する人が多いが、旧約聖書にあるようにイサクの子ヤコブを意味する。イスラエルという国名もヤコブの子孫という含みがある。バーリンは米国社会に合わせてイスラエルという名前を捨てた。BalineがBerlinとなったのは最初に出版した曲「Marie From Sunny Italy」の楽譜に "I.Berlin"とミスプリントされたことによる。彼はそれをそのまま生涯受け入れた。
 バーリンが生まれたのは一八八八年五月一一日。日本では明治二一年。同年生まれの日本人には九鬼周造、菊池寛、梅原龍三郎がいる。T・S・エリオットも同年の生まれなのが興味深いと言えば興味深い。生まれた場所は、ラプスーチンと同じくロシア連邦シベリア西部の都市チュメニであるとされているが、現ベラルーシの都市モギリョフという説もある。米国に家族が移民したのは、一八九三年(九一年説有り)。バーリンは五歳といったところなので彼自身にはロシアの記憶は少ないだろうが、彼は八人の兄弟姉妹の末子でもありファミリーの歴史はよく聞かされたことだろう。移民のきっかけはポグロムであると言われている。ポグロムはユダヤ人に対する集団的な襲撃・破壊・虐殺で、ロシアで特に一八八〇年代以降激しくなった。ポグロムについては一九〇三年キシナウ・ポグロムが有名だが、日本ではあまり語られることがないように思える。
 移民後家族は同じく貧しい移民ユダヤ人の多いニューヨークで暮らしていたが、彼が八歳のとき父親が死去。兄弟たちに加わってこの時から働き出すようになる。現在の感覚からすると子供への労働として厳しすぎるようにも思えるが、そうした街の文化に関わることで音楽での生計を見いだしていった。
cover
アーヴィング・バーリン
ソングブック
 著名な音楽家でありながら彼自身はピアノの黒鍵しか扱えなかったとも言う。猫ふんじゃったばかりではない。移調ピアノというのを使っていたとも言われる。いずれにせよ曲想の才能は楽器には拘束されないものがあったのだろう。
 一九六二年ミュージカル「ミスター・プレジデント(Mister President)」の興業失敗をもって引退とした。死んだのは一九八九年というから、百歳を超えた。

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コメント

アービング・バーリンが真珠湾攻撃について恨みに思っていて、ホワイトクリスマスの日本語訳歌詞の作成を許さなかったことを記すべきだと思います。

投稿: スポンタ | 2006.12.26 07:35

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