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2006.12.14

漱石のこと

 先日十二月九日は漱石の忌日であった。新聞のコラムにも漱石忌にちなんだ話があり、そういえば漱石の胃潰瘍の原因は飯の食い過ぎかなどと先達に諭されもした。その晩だったか、妙に気鬱で寝付かれず、寝間着のまま閑散とした食卓でグリューワインを飲みながら、よもやと虚空を睨んだ。黴菌マンのような微細な悪魔がはひふへほ~と不吉に笑うのを聞いたようでもあった。十万ボルトを浴びたように事典を引くと案の定。夏目漱石、一八六七~一九一六。引き算をする。一九一六マイナス一八六七イコール四九。え? 四九? 享年五〇とばかり思っていた。我ながら自分の愚かさに泣き俯した。享年というのは満年齢だ。漱石先生は一月五日生まれ(新暦二月九日)。やはり四九。この無精髭の眠れぬ愚物よ、お前は何歳だ。四九。外天に飽満したか、餡パンマン。お顔が濡れて力が出ない。
 己はついに漱石先生の今生の日数を超えるのか。そんな日が来るのか。冷え切った身体からさらに冷や汗が滲む。三島由紀夫や太宰治の享年を超えたときも奇妙に心に引っかかる物があったが、超えてみると彼らが奇妙に若い文学者のように思えてきたものだし、実際に彼らの文学は若かった。漱石先生の文学はそうは行くまい。
 「こころ」(参照)が描かれたのは一九一四年というから、漱石四七くらいであろうか。物語の先生は何歳に設定されていたか。明治大帝に殉じるとしていたのだから、四七の漱石よりそう年上の設定でもないだろう。先生の心の動きはまさに漱石四七歳の心の動きでもあったことだろう。妙に鋭敏な心の動きだ。
 そう書きながら、漱石の千六百七十七万七千二百十六分の一にも及ばぬ自分でも、昨今さてここまで身体が老いてきても心というのもそう老いないものだという珍妙な感じがしていたのだが、漱石先生四七の感性には及びもしないな。「こころ」はかつて「私」の視点から読んだ。今度は「先生」の視点から読まなくてならないだろう。


『こころ』は漱石文学の入門書であるという。ただその構成と描写があまりに明晰で図式的であり、従ってその印象は強烈だが、主題が先にあってそれに従って作品が人為的に作られたという印象を与えるがゆえに、漱石の最高作とは言いかねる、というのが多くの文芸批評家の意見と思われる。私はこの意見に賛成しかねる考え方をもっているが、今はただ私にとっては、もしそうならその方が好都合であり、それなるが故にこの作品は、私にとって最も興味深いとだけのべておこう。

 そうイザヤ・ベンダサンは言った(「ベンダサン氏の日本歴史」・参照)が、彼は山本七平より二歳ほど年上であったから四九歳くらいであっただろうか。
 私にとって漱石が人生のなかで決定的な意味を持つようになってしまったのは、「それから」に描かれる代助とよく似た境遇に置かれたことがあったからだ。二五歳だった。この物語のなかで、三千代はある些細なそれでいて決定的な素振りを何げなく代助に見せるのだが、代助はそれに圧倒された。女というのはこういうことをする。こういうことをされたら男はもう進むか自滅するしかあるまい。代助や私のような人間は自滅しかない。あるいは自滅クラスから何げない資質負ったインスタンス。方式としては人生ここまで。デッドポイント。ランズエンド。
 その後、「行人」は避け「門」(参照)を読み、「道草」(参照)で呻いた。人生というのはこういうものなのであろう。健三のように大学教師とはなれもしなかったが人生の重荷は迫るように思えた。何もかもよく分からなくなったが……自分語りはもうよかろう。このまま「明暗」を読むには自分の経験というものが足りないように思えた。
 しくじったものだな。のうのうとそのままやり過ごしたとはな。もう四九か。
cover
思い出す事など
他七篇
 なぜか二年前、私は携帯電話のなかに「思い出す事など」(参照)入れた。私は目が悪くなったせいもあるが、外出先に本を持つことが嫌になった。もちろん何でもいいから活字さえ読んでいればいいという狂気というか恐怖も未だあるのだが、そんな時ほど週刊誌などが読めるものではない。携帯電話の中の「思い出す事など」は一種のお守りのようなものだった。
 漱石先生四三歳。修善寺の大患のこと。

 ジェームス教授の訃に接したのは長与院長の死を耳にした明日の朝である。新着の外国雑誌を手にして、五六頁繰って行くうちに、ふと教授の名前が眼にとまったので、また新らしい著書でも公けにしたのか知らんと思いながら読んで見ると、意外にもそれが永眠の報道であった。その雑誌は九月初めのもので、項中には去る日曜日に六十九歳をもって逝かるとあるから、指を折って勘定して見ると、ちょうど院長の容体がしだいに悪い方へ傾いて、傍のものが昼夜眉を顰めている頃である。また余が多量の血を一度に失って、死生の境に彷徨していた頃である。思うに教授の呼息を引き取ったのは、おそらく余の命が、瘠せこけた手頸に、有るとも無いとも片付かない脈を打たして、看護の人をはらはらさせていた日であろう。

 ジェームス教授はウィリアム・ジェームズである(言うまでもなく弟はヘンリー・ジェームズである)。漱石のジェームズの死への思いには、奇妙な含みがある。

 多元的宇宙は約半分ほど残っていたのを、三日ばかりで面白く読み了った。ことに文学者たる自分の立場から見て、教授が何事によらず具体的の事実を土台として、類推で哲学の領分に切り込んで行く所を面白く読み了った。余はあながちに弁証法(ダイアレクチック)を嫌うものではない。また妄りに理知主義(インテレクチュアリズム)を厭いもしない。ただ自分の平生文学上に抱いている意見と、教授の哲学について主張するところの考とが、親しい気脈を通じて彼此相倚るような心持がしたのを愉快に思ったのである。ことに教授が仏蘭西の学者ベルグソンの説を紹介する辺りを、坂に車を転がすような勢で馳け抜けたのは、まだ血液の充分に通いもせぬ余の頭に取って、どのくらい嬉しかったか分らない。余が教授の文章にいたく推服したのはこの時である。

 ジェームスはプラグマティズムとして今日紹介されることが多い。漱石も「教授が何事によらず具体的の事実を土台として」と述べているのもそれに関連するのだが、他方「仏蘭西の学者ベルグソンの説を紹介する」とあるようにベルクソン哲学にも近いものがあり、漱石はそこに「自分の平生文学上に抱いている意見」を重ねていた。

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コメント

>>世紀末救世主弁当閣下
 お疲れさんです。すっかりパワーアップしとるやないですか。誤字脱字も無い(認識できない?)し、音韻も独特のふいんき(←字は読めるけど漢字が書けない)が出て味わい深う御座います。面白い文章でした。

 難を言うなら、

>黴菌マンのような微細な悪魔がはははのは~と不吉に笑うのを聞いたようでもあった。
↑「マン」とか安易に剽窃すなや。とか言って。ネットウィルス(何にでも取り付くけど何の意味も無いw)・ハナ毛の戯言でしたとさ。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.14 21:58

初コメントです

漱石は高校の時に現代文の教科書で触れて以来
自分の中でトップクラスに君臨する文学小説で
夏目漱石の人物像を知る文章を読めて
勉強になりました

漱石がプラグマティズムのジェームズのことを
書いた文があることをはじめて知りました
今まで日本近代の漱石と
西洋近代のジェームズが頭の中で
別々に考えられていたのが
今回リンクしました
これこそ俺なりな愉快なことです

投稿: breeze | 2006.12.14 23:48

>breeze さん
高校の教科書から入ったのであればこれ読んでおいた方がいいかもです。
http://www.amazon.co.jp/本気で作家になりたければ漱石に学べ-―小説テクニック特訓講座中級者編-渡部-直己/dp/4872333128/sr=8-7/qid=1166110061/ref=sr_1_7/250-5956858-8559464?ie=UTF8&s=books

投稿: くも | 2006.12.15 00:30

うちの父(昭和13~14年早生まれ)も同じことを申しておりましたw。そして60歳になるとまた、60歳の漱石もあるようで、漱石と鴎外は10年ごとに読んでいるそうです。現代人は幼い、とのことです。
あ、あと、本物のインテリはもう絶滅したそうですw。

投稿: marco11 | 2006.12.15 10:21

 早う成熟しさえすりゃええ、ゆぅもんでもないんじゃけどね。

 ウチとか代々墓見ると親子の年齢差が35~40歳程度離れてるのよ。江戸時代からずっと。跡継ぎに限るけど。姉・姉・妹・弟(跡取り)みたいな構成がずーっと続いてるんですけど。戦後になって早熟系のご家庭が激減して晩成系の家系に偏重してる、と思ったほうがいいのでは?

 あとね。早熟系の家庭は都市生活を希望する手合いが多いから、多けりゃいいってもんでもない。

 いろんな意味で、バランスの改善が必要ですな。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.15 19:59

はあ?finalventさんって、自分の私淑している人の没年を過ぎたら嘆息できるぐらい自分の潜在能力をかいかぶっていたんですか?それこそ笑わざるを得ません。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/10/post_5a10.html

このときfinalventさんはご覧の通り、「随聞記」を引用しましたが、そのとき私はふっと疑問に感じたことがあるのですが、これは人に訊くべきことではないと思いそのままにしておきました。それは道元に私淑する人が食物について引用するのなら「典座教訓」を引用するのが常であるのにもかかわらず、なぜ随聞記を引用してごまかしたか。私はこの質問を出さざるを得ませんが。

投稿: F.Nakajima | 2006.12.15 21:33

↑単なる思い付きか数字合わせでしょ。脊髄反射ですよ。
 笑うなら、むしろいい歳こいて脊髄反射で猫ピクピクしてしまう「若さを」こそでしょう。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.15 21:46

夏目漱石なら柄谷行人を思い出します。近代化にモガク明治人。苦悩を背負ったんでしょう。あの胃の痛みはナポレンに似てますね。日本の近代超克と戦争、マルクス、ニュウーアカフランス思想、アメリカグローバルエコノミー。そして、現代。いずれにせよ科学と社会を切らずに関係付ける力が多くの日本人には必要ですね。経済環境は他国に比肩をとらないくらい優位だし、出世なんぞの宦官のような世俗に拘泥されなければ考える生活はバッチグーよ。市場経済至上主義から新たな社会への遠近法を考えなくては。今の子供達は言葉ではなく感覚で知っていると思う。世の中や我々大人社会のいい加減さと幼稚さを。割礼せずに行為に至っても通過儀礼の痛みの印を知らない大人になれないのが現代人では。文化人類学の浅知恵ですかね?

投稿: アカギ | 2006.12.16 02:18

↑文章の意味がさっぱり理解できません。

>マルクス、ニュウーアカフランス思想、
をどうやら批判しているようですが、彼らと同じようにわざと難しく書いて中身がないのをごまかすという、彼らの文体と同様にしか私には見えないのですが。

投稿: F.Nakajima | 2006.12.16 08:13

↑↑いずれにせよ、以降は理解できますよ俺は

投稿: marco11 | 2006.12.16 15:37

 お前ら直球投げたらブチ殺すぞ。変化球で勝負せいよ?

投稿: ハナ毛 | 2006.12.16 16:35

>お前ら直球投げたらブチ殺すぞ。

いやいや、たまにはぶつけるくらいの内角球を全力で投げないとw

投稿: F.Nakajima | 2006.12.16 19:17

 バカタレ。勝負球は外角低めいっぱいのスライダー@松坂大輔に決まっとるやないけ。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.16 21:49

 っていうか勝負球は孫六ボールFULL MAX以外あり得んわい。
 打ってみさらせや。ボケが。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.16 21:51

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