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2006.12.24

finalvent's Christmas Story

 KFFサンタクロース協会に奇妙な裏の顔があることを知ったのは数年前のことだった。退職した老人たちを集めて、途上国の貧しい子供たちに些細なプレゼントを渡すありがちなキリスト教慈善団体と思っていたし、その行事につきあった五年間は、この世界の圧倒的な貧しさも実感したが、どのような境遇に生まれても子供たちというのはすばらしいものだと確信できたことで、とてもよい思い出となった。
 数年前協会から突然の再依頼があったときは、もう歳だからということで断った。しかし、特命の任務だという。話を聞いて驚いた。世界でも有数の大富豪の家に行ってほしいというのだ。トナカイのソリというわけにはいかないが、飛行機も自動車も用意するという。身なりはもちろん世間のイメージ通りのサンタクロース。
 その格好がこの季節一番不審に思われないでしょう、とマリーは言った。上品なおばあさんのようでいて、彼女は協会の最高幹部の一人だった。特命について少し説明したいとのことだったが、マリーから詳しい話はなかった。そんな富豪の子供に何をあげるっていうんですかときいてみたが、マリーは少し含み笑いをして、ボブ、その袋にいっぱい入っているじゃないのと答えた。
 袋のなかにはがらくたが入っていた。腐ってしまいそうなものは除いたが、砂漠の風土に咲く花なのだろうか、いくつか自然にドライフラワーのようになっている。貧しい国の子供たちにプレゼントをすると、子供たちは数人、お礼にということでいろんながらくたを私にくれた。いや、がらくじゃない。それはとても大切なものだ。だから私はサンタクロース袋のなかに入れて大事にしていたのだ。
 それが大切なものだと大富豪の子供にわかるものだろうか。そう疑問を口にしたが、マリーは微笑むだけだった。そんなこと問うまでもないでしょという自信に満ちていたようだった。
 実際問うまでもないことだった。昨年と一昨年訪問した大富豪の子供は、こう言うのも皮肉に聞こえるかもしれないが、恐ろしく賢かった。親たちの社会的な意味と自分たちの未来と、そして世界の苦しむ姿も知っていた。普通の子供と違うのは、不思議な孤独を抱えていることくらいだ。
 「マリー、その仕事は引き受けてもいいのです。でも、この仕事は私でなくてもいいし、私は金持ちの人間というのがあまり好きではないのです。」
 「ボブ、あなたの言うことはわかります。これは私からあなたへのプレゼントの仕事なのだと受け取ってください。」
 私は難しいことは信じないが、マリーのいうことは信じることにした。昨年訪問した富豪の家庭は巨額な資金を抱える慈善団体を持っているのだが、その富豪の死後五〇年以内に財団の財産をすべて寄付するというニュースを先日聞いた。私にはその意味がよくわからなかったが、マリーには何か思うところがあったのだろう。
 シアトル空港を後にして、二時間ほど車に乗せられた。アシスタントスタッフは私の安全か何かの秘密を守るためか青年らしく緊張しながら黙っていた。こういうのは苦手だな。人の良さそうな中年の運転手に、私の格好は滑稽でしょと話しかけてみた。運転手は、大変、ご苦労様ですと答えた。心の底からそう答えているのがわかって。私は冗談を続ける機会を失った。
 富豪の家のゲートに着いた。ここもゲートから玄関までが長い。自動車の窓の外を見る。遠くの丘から少し明かりが漏れているくらいで本当に今日はクリスマスイブなのだろうか。暗く静かな夜だった。
 「サンタクロースさん、ようこそ。」
 明るい声に、用意された部屋に入る。背格好から見るに、十歳くらい女の子が私を受け入れてくれた。ブルーのドレスを着ていた。似合わないわけではない。可愛い女の子には違いない。
 「ハッピー・ホリデーズ! もう寝ているかと思ったよ。本当のサンタクロースは煙突からこっそり入ってプレゼントを置いていくものだしね、お嬢さん、お名前は?」
 「マーサです。メリー・クリスマス! 本当のサンタクロースは、でもそんな格好はしないんですよ。」
 「そうなの。マーサは本当のサンタクロースというのを知っているのかな。」
 「本当のサンタクロースというのは、私たち人類の無意識が生み出した願望のようなもの。歴史的には現在のトルコのミラに実在した司教がモデルになっているのよ。」
 「難しいことを知っているんだね。」
 マーサの話ぶりは大人そのものだった。そういう一群の子供たちがいる。
 「私が知っていることはそういうことばかり。そして私が大人になるために知らなくてはいけないこともそういうことばかり。」
 「本当にそうかな。」
 「本当は違うわ。」
 「そう。本当は違う。本当のこと学ぶためには笑ったり泣いたりしないといけない。」
 「ええ、サンタクロースさん。あなたがそうして学んだことはどんなことか少し話してださい。」
 私は、お安いご用だけど、それでいいのかなというと彼女は微笑んだ。齢は六十歳以上も違うのに、マリーのように老成した子供だ。私の上司という貫禄だ。話を始めると、彼女は、私の体験談のなかから政治的な核心となる要素に関心を持っていることがわかった。私はせいいっぱい話した。考えようによっては難しい話にもなる。だが真摯に傾聴している。その姿勢にしかし彼女はまだ子供なのにと少し哀れにも思った。いや子供だからそうした純粋さのような持っているのだろう。それを人はいつまで持っていられるだろうか。くじけそうな心を何が支えてくれるだろうか。
 時間は限られていたので、話を切り上げると、彼女もそれを心得ているかのようだった。この子はスケジュール管理のようなこともできるのだ。
 「お話はこのくらいにして」と私がゆっくり言う。
 「プレゼントをくださる時間ね」と彼女がいたずらしたように笑いながら答える。
 「本当は私が選んであげるべきなんだろけど、よくわからないんだよ。その袋のなかから一つ選んでくれるかな。ただし、その袋のなかに何が入っていても……」
 「笑ったりなんかしませんよ……」
 彼女は興味深そうに袋のなかを覗いた。もしかするとそこには彼女にとって本当の世界に近い何かがあるのかもしれない。
 「これをください」と彼女は星形の金具のようなものを選んだ。
 「アルミの板でできた星の飾りだね」と私が言うと、マーサは「あら、ご存じないの」と言って少し沈黙し、「本当の価値がわかることが富豪の能力なのよ」と笑った。
 「そうだね。そういう能力を与えられている人は少ない。ところでそれは何なんの?」
 「クッキー型よ。」
 「なるほど、そういえばそうだ。」
 「それでクッキーを作るのかい?」
 「もちろん。でも、大人になったら。」
 彼女は玄関まで見送ってくれた。寒い外で私を待っているスタッフが少しほっとしたようだった。
 「おやすみ、マーサ。プレゼントは気に入ったかい。」
 「ええ、サンタクロースさん。これからの私を支えてくれる大切な秘密になるわ。」
 空港に向かう自動車に乗りながら、少し眠気にとらわれながら、私が死んだ後の世界で、大人になった彼女がクッキーを焼いている姿を想像した。

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コメント

>実際問うまでもないことだった。大富豪の子供たちは、こう言うのも皮肉に聞こえるかもしれないが、恐ろしく賢かった。親たちの社会的な意味と自分たちの未来と、そして世界の苦しむ姿も知っていた。普通の子供と違うのは、不思議な孤独を抱えていることくらいだ。

大富豪の金持ちだからといって全ての人が賢人であるわけではない。それをあなたは富豪の人間は生まれながらに(もしくは家庭内の環境で自然に)philanthropyの精神に満ち溢れた人物になるのだ、といいくるめようとしている。

http://www1.e-hon.ne.jp/content/photo_4796651454_01.html

あるいは、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E9%99%BD%E5%AD%A6%E5%9C%92

実際にはそうではなく、上記にあるように教育機関によって人工的につくられるものである。但し、その精神はエリート教育と表裏一体になっている。つまり格差を固定化し、格差の上位にいる人間が永久に上にいることができる社会になる危険性がある。

言っておくが、私はphilanthropyに批判的なのではない。今回のエントリーに出てくるビル・ゲイツの財団構想は偉大なことだと思うし、私が一番尊敬できる経営者はウォーレン・バフェットである。
しかし、彼らのphilanthropy思想は上の出典の精神とは全く違うものである。エリート教育から形作られたものではなく、むしろ貧困から脱出させるために「全ての財産」をという思想は自分達の立場を危うくさせると言う点でこれまでの上流階級のphilanthropyの思想とは全く異質なものである。

「マリー」のような子どもが成長したのがバフェットであり、ゲイツなのであるが、日本では次世代のバフェットやゲイツのような人間が、彼らと同様の高潔な志を持っているとはどうしても思えない。逆に堀江を代表するヒルズ族のようにアメリカの悪い精神をまねてしまったように思える。


投稿: F.Nakajima | 2006.12.24 10:57

>(これまでボブが会ったことのある)大富豪の子供たちは・・・
と読めば、それほど問題ではないですよね

投稿: p | 2006.12.24 11:26

願望混じりの寓話。
出来は中。
一息に書き下したにしては悪くはない。

世界の背負うかも知れない彼らには、色々願わずにはおれないのよ、爺は。

投稿: トリル | 2006.12.24 15:55

>(これまでボブが会ったことのある)大富豪の子供たちは・・・
と読めば、それほど問題ではないですよね

残念ながら。今日のエントリーは昨日の延長です。ここで文脈を(全ての)大富豪の子供たちあるいは百歩譲って(大多数の)大富豪の子供たちとし、大富豪の子供たち(の中には)とすると昨日の主張の説得力がなくなります。

投稿: F.Nakajima | 2006.12.24 15:55

ちっとも、民主主義的でないお話だわ。

投稿: うみおくれクラブ | 2006.12.24 23:32

 ベリー苦しみますの 惨多苦労す ってところでしょ。実際に訪れるのは。赤は血塗れ、ですよ。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.24 23:57

大富豪の子供は庶民のコントロール下に無いんだから、
ぐだぐだ言っても仕方ないでしょう。
願望を持つくらいしかできない。

もしくは、自分が大富豪になって子供を養成する?

投稿: 通りすがり | 2006.12.25 08:46

>F.Nakajimaさん

>それをあなたは富豪の人間は生まれながらに(もしくは家庭内の環境で自然に)philanthropyの精神に満ち溢れた人物になるのだ、といいくるめようとしている

 そうでしょうか。

>恐ろしく賢かった。親たちの社会的な意味と自分たちの未来と、そして世界の苦しむ姿も知っていた。普通の子供と違うのは、不思議な孤独を抱えていることくらいだ

 と、"philanthropyの精神"は、全く同じものというわけではないと思います(どちらが良いということではなく)。

>但し、その精神はエリート教育と表裏一体になっている。つまり格差を固定化し、格差の上位にいる人間が永久に上にいることができる社会になる危険性がある。

 "エリート教育"の内容が、実態としてそのような社会を目指すものであるのかは疑問です。国によっても違うでしょう。

投稿: 左近 | 2006.12.25 11:40

 まあ、今ん処の世相なんか応仁大乱前の室町時代みたいなもんで、小泉さんとかは差し詰め足利義宣くらいでしょ。無事大任を全うなさいましたが。後の、後。もう2,30年くらい経って、本格的に成るですよ。
 そのうち、織田信長みたいな容赦呵責無しが出てきますよ。

 そうなったときに世の中がどう変わるのか。そこを予め見てればいいんでね。弁当おじちゃんとか私とかは、もう間違いなくその時代を見ることは叶わないんですから。せいぜい一休さんか一遍さんにでも成ってれば、いいんですよ。

 いいの、いいの。別に。どっちでも。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.25 20:07

 ネットで世間を見ると、世の中目まぐるしいなってつくづく思いますね。そういうのあんま気にしないで、いっそネットなんか辞めて世間でのた打ち回ってたほうが、なんぼかマシじゃないんですかね?
 っていうか今は次なるバブルに備えた胎動期ですから。私みたいに「弾けるなら無駄」に徹して適度に発散しつつ、次、次へと進んだほうがいいんじゃないかと思いますが。どうですか。とか言って破壊僧。

 今のところ有り勝ちな「不幸な家庭」「母子家庭」あたりが、どういった動きを見せるのか。そこんところを注視すると「次」が見えてきますよ。世の中、まだまだそう簡単には変わらない。てのが、私の結論。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.25 20:12

 賢い母ちゃんが居る家庭ってのは、なかなか滅びませんよ。
 賢い父ちゃんが居る家庭は、往々にして滅びますけど。
 母ちゃん重要です。生きてるうちは、何が何でも守って吉。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.25 20:16

薀蓄あり! って、含蓄だっけ? 自分で添削、乙!
現世相が教育でなおると思ってんの。 ここはひとつ親父の背中を
見せる時期ではないのかな。日銀総裁とか税調会長とか萎びた背中が
多すぎ。(自分で添削、○大杉)

投稿: たま | 2006.12.26 00:00

願望は二つ。

「ググれば分かることは知ってて欲しい」
「ググっても分からない、例えばクッキー型を手作りした人を取り巻くような現実への想像力」

さらに言えば、それらを有機的に結びつけて人間らしい喜怒哀楽を持ってインスピレーションと行動を取れる人になって欲しいね。

投稿: トリル | 2006.12.26 04:19

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