高校必修逃れ騒ぎは誰が得するのだろうか
高校の世界史履修漏れ問題だが、私にはよくわからない問題だし、すでに「極東ブログ: 高校の世界史履修漏れ雑感」(参照)でも書いた以上はないと思っていたのだが、どうも、率直にいうとムカつく。なにがムカつくかというと「救済」という表現だ。なんでこんな問題にいちいち「救済」というのだろうか。知らぬ高校生は被害者なので、被害者救済ということなのだろうか。確かに、学校側が組織的に行なったもので高校生は被害者だというのはわかる。しかし、結局履修時間を五十時間にするということが「救済」なんだろうか。というか、被害というのは、表面的には卒業できない被害の可能性ということなのだろうが、実際には入試前にそんなのやってられるかよ被害ということなのだろう。私の感覚では、こうした議論がどうも感覚的に受け入れられない。が、所詮、私の個人的な感覚というだけで、社会的に合意するなら、そして私の利害に関係しないのだから、どうでもいいことではあるのだろう。
だが。どうも腑に落ちない。いったいこの問題はなんなのだろう? 現時点で突然そんなに大きな騒ぎになることなのだろうか。気になって過去の関連ニュースを先日調べてみたのだが、例えば九九年にこういう事件があった。 読売新聞”県立高での必修未履修 「再発防止へ強く指導」 県教育長が議会で陳謝=熊本”(1999.6.23)より。
熊本市内と菊池郡内の県立高校二校で世界史など必修科目を未履修のまま生徒を卒業させていた問題で、佐々木正典・県教育長は二十二日、県議会文教治安常任委員会で「あってはならないことで、心配と迷惑をおかけした」と陳謝した。
今月上旬、熊本市内の私立高校で三年間にわたって世界史を未履修のままにしていたことが表面化。その後、県立高校でも同様に必修科目を履修させていなかったことが相次いで分かった。
世界史について組織的な履修漏れが「相次いで分かった」とある。もう一例、これは〇一年。読売新聞”必修科目の未履修問題 13高校でも判明 受験に不必要で外す?=広島”(2001.9.15)より。記事が短く重要なのであえて全文を引用する。
県立海田高で学習指導要領で必修科目になっている世界史の代わりに日本史を履修させ、生徒の調査書などでは世界史を履修したと偽って記載していた問題で、県教委は十四日、別の県立高十三校でも必修の世界史、倫理などの未履修があり、海田高と同様の処理がされていたと発表した。県教委は、卒業までに履修するよう指導した。
県教委によると、新たに判明したのは広島皆実、呉宮原、三原、尾道東、尾道北、福山葦陽、廿日市、世羅、府中、庄原格致、高陽、広島井口、安芸南の各校。必修科目を履修していない生徒は、延べ二千九百十四人に上るという。必修になっていても受験に必要でない科目を授業から外したとみられる。
この時の規模は「延べ二千九百十四人に上る」という。しかもこれは特定の高校だけのことではない。しかし、この時もそれ以上問題にならない。
これでこの問題は収束したと考えるべきだろうか。むしろ、その後は、事実上公然の黙認だったと見るほうが妥当だと思える。
今回の事態は富山県立高岡南高校の高校側からの声がきっかけとされている。読売新聞”3年生197人卒業ピンチ 必修「地理・歴史」全員履修漏れ/富山県立高岡南高”(2006.10.24)より。
富山県立高岡南高校(篠田伸雅校長、生徒数557)で、3年生の全生徒197人が、2年時に世界史など地理歴史教科の必修科目を履修していなかったことが24日、わかった。生徒の要望に応じ、大学受験に特化した授業を行ったためで、年度内に補習授業を行わないと卒業できない事態となっている。同校は同日、県教委に報告し、対応を検討している。
規模的にはたかだか二百名といったことであり、しかも一校に限定されている。なぜ、それがこんな日本全国馬鹿騒ぎになったのだろうか?
どうにも解せない。
二日の読売新聞社説”[必修逃れ救済]“騒動”で見えた高校教育の課題”(参照)でもこう指摘がある。
今回の騒動は一体何だったのか。その検証作業が必要だ。
必修逃れは5年ほど前にも広島、兵庫などの高校で発覚した。文科省は各教委の担当者を集めた会議で口頭指導するだけで、全国調査などは行わなかった。
必修逃れは、多くの高校で「公然の秘密」として次年度に引き継がれ、教委には虚偽の履修届が提出されて来た。
その教委も「知らなかった」では済まされまい。必修逃れの高校の校長が後に教育長になったところもある。
つまり、事実上公然の黙認だったわけだろう。
とすればなぜ富山県立高岡南高校の報道からこの騒ぎが発生したのだろうか。富山県立高岡南高校で何が起きていたのだろうか。いや、履修漏れについてではなくどのようにこれがメディアに伝搬したのかということだ。先の記事によるとこうらしい。
同校によると、昨年度の授業内容を決める際、生徒から「受験に必要な科目以外は勉強したくない」との声が出たため、各教科代表の教諭でつくる会議で相談。篠田校長も了承し生徒に地理歴史教科の履修科目を選択させたところ、197人のうち165人が世界史を選択せず、残る32人は世界史A・Bのみを履修した。
まず、履修漏れの原因は、生徒である(”救済”対象の生徒だな)。そして教員会議で民主的に決定し、校長が承諾し、布告したところ、生徒も大歓迎。
なんかこの構図って近代日本のアレと似てねーかとも思うが。
そして、発覚の経緯だが、わからない。何かがあって、それから同校は「県教委に報告し、対応を検討した」という事態から一応マスコミに漏れていく。しかし、マスコミに漏れてもかつての例では問題にもならない。地方のベタ記事で終わった。
何があったのだろうか。
初期の報道に関わると見てよさそうな北日本新聞社の二五日の記事”虚偽の教育課程編成表を提出 高岡南高校”(参照)によると、「今回のようなケースは過去にはなく、現在の二年生からは一部の教員から「おかしい」との声が出て要領通りに戻ったという」とのことだ。
つまり、一部教員が発火点なのだろう。民主的な決定に違和感を持っていたということだ。
そして、ここからもわかるし関連の記事を追ってもわかるが、富山県立高岡南高校は今年だけの措置だったようだ。
履修漏れカリキュラムが出来た由来は、生徒側としては、他校のようにしてほしいと意識表明だったのだろう。学校運営側については、この履修漏れカリキュラムは前校長が作成したもので、現篠田校長の赴任は平成一七年四月なので、意識のズレがあったかもしれない。
いずれにせよ、いったいなぜそんな薄いところから全国規模で発火したのだろうか。
産経新聞”地理歴史履修1科目…授業70回分不足 富山の県立高校3年生卒業ピンチ”(2006.10.25)には気になることが書かれている。
高岡南高校のケースについて文科省では「学校運営に問題がある学校の典型」として県教委を通じて指導している。
関連事実がよくわからないで、少し大胆な推論をしてみる。違っている可能性も高いが。
富山県立高岡南高校の履修漏れカリキュラムは、他校並にして欲しいという生徒からの要望で、いわばそれが地方の進学校なら当たり前の空気で教員たちも民主的に合意、御前会議でも、校長は諾とした。たぶん、この民主主義的な合意には威圧感もあったのではないか。ところがそこへ兎がやってきてじゃない新校長がやってきて、なんだコレ?というところに一部の教員もようやくおかしいと声を出せるようになり、教育委員会に持ち上げた。普通なら、ここでつぶすはずだが、それがさらに上に持ち上がり、文科省に届いた。文科省はこれを「学校運営に問題がある学校の典型」、つまり、ティピカルケースというか、日本権力的に言えば、見せしめケースに決定した。で、まず地方からマスコミに着火させ、数年前の事件や教育現場を知らなそうなマスコミに焚きつけ、うまい具合に炎上させた……ということではないか。
問題は炎上のメカニズムの推測より、このネタが文科省にいつ届いたかという点ではないか。この時期さえわかれば、今回の馬鹿騒ぎのからくりがかなりわかる。つまり、文科省がどのように時期をみて関与したかだ。
推論でしか言えないが、おそらく着火者は文科省だろう。文科省にはどのような意図があったのか。簡単に推論でつながるのは、自分たちが決めた教育要領を地方の分際で無にしやがってくぉのぉ怒り、そして、軽いところで見せしめ、ということだが。
が、そんだけだろうか。どうも時期的に安倍政権とその官邸側の教育再生会議との権力構図に関係があるとしか思えない。ここでも問題は文科省がいつこのティピカルケースを認識したかにかかっている。
難問事件を解くには、刑事コロンボの公理がよく適用できる、こんなふうに。「私はバカだから単純に事件というものを考えるのですよ。犯人の意図はなんだろう、とね。」
高校必修逃れ騒ぎは、いったい誰が得しただろうかというあたりから、構図を描き出すべきかもしれない。公明党のあたふたの図もどうも利害に関係しそうなのだが、そのあたりの話もあまり見かけないように思う。
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コメント
ゆとり教育で現代社会とか理科1が導入される
導入した文部省(当時)の役人が左遷
現役進学率を気にする県(長野などの教育先進県と言われているところ)の進学率を看板に掲げる進学校(新設校多し)がブッチ
(現役進学率の低いところ≒教育委員会の頭が固い→弾力的な運用(偽装)を認めない→現役生の受験勉強の時間が少ない)
世界史必修化・情報新設などどたばたと科目が変わる
受験に必要なのと不要なのとに分けて、不要なのはやらなければいいじゃん
教育関係いじりたいなぁ・・・<????黒幕????
あ、自分たちも通ってきた手頃なネタがあるジャン
着火@富山
発火@全国&マスコミ
対策発表 ←今ここ
これから今回の事件を受けて抜本的な対応が出てくるはず。そこに注目ですかな
投稿: | 2006.11.03 14:32
>まず、履修漏れの原因は、生徒である
生徒が学習指導要綱を無視してまで受験に必要ない教科は外してくれなんて言わないと思うけど。
しかし、なんで頑張れば履修できる一番最悪な時期に出て来たんだろうね。
文科省だけならもうちょっと時期を考えそうなもんだけどって考え方は甘いかな。
投稿: うps | 2006.11.03 19:42
救済と言う言葉に違和感があるというのはうなづきました。
そういえば、これまで払わずに勝手に作っていた苺や椎茸のロイヤリティを払わなければならない事を被害といっていた国もありましたし・・・
投稿: かぼちゃ魔法師 | 2006.11.03 19:58
>私はバカだから単純に事件というものを考えるのですよ。
この精神重要ですよ。頭いい人ほど自分の頭よさに溺れて自分が分かる範疇でしか物事を見ようとしない。
そもそも言えば、「自分が分かる範疇」であるところの「自分」は悪さしてない「自分」なんだから、幾ら考えても悪さする世界のことなんか分かるわけネーじゃねぇかって、ね。
そういう単純で基本的な部分から、見落としというのは始まる。世間を疑い自分を疑う、常識を疑い非常識を疑う、そういう感性重要ですね。
んで、つまり何がどうだと言いたいわけ? >弁当おじさん
投稿: ハナ毛 | 2006.11.04 01:50
誰が得するのかどうかは知らんけど、少なくとも誰かを潰そうとするときは損得抜きになることが多いでしょ。自分が10損しても相手が100損すればそれでよし、といった判断があってもいい。
チンピラさん複数を相手に喧嘩するときは、とにかくリーダー格のひとりに的を絞ってそいつだけ集中的にボコッて吉でしょ。どうせ周囲の有象無象は(能力的にリーダーを上回っても)気持ちの上で負けてるからリーダーやってないわけだから。
頭潰して首取ったぁ! って言えば、収まるもんかと。
あとは、自分らに「10損してもいい」覚悟があるかないか。で、勝つと思わず負けて上等と思って10損しなくても100損でもいいし完敗討ち死にでも本望だよーん、で突っ込むなら、尚吉。
喧嘩ってそういうもん。ある意味死んだモン勝ち。
投稿: ハナ毛 | 2006.11.04 02:53
「高校履修問題の陰には、教育基本法改正をもくろむ文部科学省が煽動した可能性がある」という指摘を読み、昨年の耐震強度偽装事件を連想しました。昨年の事件は、実はアネハ事件を契機に民間確認と行政責任の関係を修正する建築基準法の改正(とおまけにイーホームズの排除)をもくろんだ国土交通省が主導したものだと考えています。最もその後の展開は、国土交通省の思惑から大きく離れ、結果的に思っても見なかった法の改悪をせざるを得ない状況になり、かつ藤田氏からの反撃も続いていますが。
今後、この事件が文部科学省の思惑どおりに進むのか。今後、きちんとした議論が必要です。
投稿: Toshi-shi | 2006.11.04 09:14
"事実上公然の黙認" というのが日本社会の中からあとどれくらいでてくるのでしょうかね? 一番最初に頭に浮かぶのは 「パチンコ」かなやっぱり。 最初に叩かれる人は本当に痛いものだと思いますよ。 家は米屋でした。戦後、祖父が始めましたが 米屋も酒屋も当時からある一時期まで税金など払わなかった部分があった訳でだから凄く儲かったのですが、急にお前とお前 はい脱税、 税金を払いなさいときたもんだからそれは祖父も父も大変な思いをしたそうです。その時捕まらなかった人たちはラッキーでしたが。 運不運はありますね。 時代が変わろうとしている時は。
投稿: Chadのオヤジ | 2006.11.04 10:02
誰が得するのか、じゃなくて誰が最小被害で済むのか、を基準に考えてみるのも面白いかと。10人揃って全員被害者で、傍目にはこいつら全員悪くない? くらいに思ってたら「被害を受けたヤツの(少ないほうから)2,3人くらいが共謀してた」なんてこた、珍しくもなんともない。
っていうか、謀略(?)が我が身に跳ね返って痛い目見ることなんかしょっちゅうあるんだから、仕掛ける側は当然「自分らも相当痛い」ことくらい想定してるでしょ。
「肉を斬らせて骨を断つ」なんて言葉もあるくらいだし。
投稿: ハナ毛 | 2006.11.04 12:40
麻雀の勝負師やコンビ打ちで稼ぐ人とかは、ワンツーフィニッシュはしないですよね。1着3着も、やらない。1着4着とか2着3着とか微妙なところで「少しづつ勝つ」ことを目的にする。要は、最終的に勝てばいいわけだから。
んだから、いっちゃん負けてる奴ととりあえず勝ってるヤツが裏で繋がるなんて構図は、実 に よ く あ る こ と 。
投稿: ハナ毛 | 2006.11.04 12:44
猫も杓子も大学に行こうとするから、こうなるのかな?いろんな職業にも大卒並の頭脳を持った人が居てその道のプロが昔は沢山居たはず、変なのが無理して大学行くから世の中なにか変。
投稿: デコ | 2006.11.05 08:40
単純に教基法改正と日教組解体なんじゃないの?
なんでも陰謀論こねくり回せばいいというものでもないと思うけど。
投稿: う~ん | 2006.11.05 13:44
こういうときに「どうせ吹かしだから」と前置きしておくと、↑みたいな阿呆が出てこなくて済んだんですけどね。しょおがないですね。
・・・もしかして最終弁当たん、マジでそう思ってますか?
投稿: ハナ毛 | 2006.11.05 14:24
根っこが単純な話に限って、その単純さが信じられなくて深い話になってしまうことなんざ、よくあること。
っていうか深くても浅くても、どっちゃでもええんですよ。そんなの。
どおせ結果&行く末は見えてるわけだから。
投稿: ハナ毛 | 2006.11.05 14:26
>私はバカだから単純に事件というものを考えるのですよ。
根っこが単純な話を一席。
全てのコメントはハナ毛に繋がっている。
投稿: 無粋な人 | 2006.11.06 10:09
ハナ毛よー。いつも思うんだがお前しゃべりすぎだよ。1個にしろよ書くのを。
それ以上いっぱいしゃべりたかったらてめーのブログで書いてからTBしてこいよ。
ちゃんと面白かったら見に行ってやるから。
投稿: | 2006.11.07 09:42
↑最終弁当殿からその旨通告あれば、そりゃまあ仰せの通りにするでしょうな。主催者の意思は尊重するでしょ。
で、なんでわざわざアナタの言うこと聞かなきゃならんわけ?
わざわざ「行ってやるから」言わんでも、面白かろうが詰まらなかろうが見なくていいよ。
投稿: ハナ毛 | 2006.11.07 20:44
灘中高まで引っ張り出したことで教育再生会議議長の首に鈴付けたって陰謀論がありますなあ。灘の校長さん、『日経ビジネス』の"敗軍の将"になってるし。それが正解ならもうけたというか筋書き書いたのは文科省ってことで。
とりあえず教育は何かわかんねいけど問題あるって印象は付いたなあ。それで教基法改正になだれ込むぞと。
タウンミーティングやらせ問題は文科省のアリバイ作りだったり?? それはあまりにもうがち過ぎでしょうかも。
投稿: zoffy | 2006.11.20 15:48
交差点にあるコンビニの駐車場を通り人より先に行く、子供の時から人の道を教えずこの有様。インチキしてまで人より稼げか。頭は良くてもミラーマン・サワリーマン。変なのが日本の指導者になっていくのね。オーコワ!!
投稿: デコ | 2006.11.20 19:54
はじめまして。遅いレス失礼します。
自分は大学生で、卒業論文のネタ探しでネットをうろうろしていたら拝見しました。
自分は履修漏れが06年に限って大っぴらになったのは、教育基本法改正を通すために、国家に教育の中心があるということを国民に認識させるためだったんだと思います。
07年の福島・宮城での履修漏れも、政府の教育再生会議が高卒認定テストを導入するという答申を出す直前に問題になり、どうもこの問題は、他の教育政策のダシに使われている気がします。
投稿: tonari | 2008.10.22 12:47