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2006.11.26

バブルという時代を思い出す

 日経新聞のコラム春秋の今日の話題がバブル時代のことだった(参照)。枕はホイチョイ・プロダクションズの来春の映画「バブルへGO!!~タイムマシンはドラム式~」(参照)である。


 800兆円まで膨れ上がった債務に悩む財務省が秘策の発動を決断した。極秘裏に完成させたタイムマシンで1990年の日本に女性工作員を送り込み、バブル崩壊を阻止するという。しかし好景気にわく東京を初体験した彼女は浮かれ気分に取り込まれ……。

 公式サイトの釣りはこう。
 街中が浮かれ、踊っていたバブルの絶頂、狂乱の1990年3月の東京を舞台に、当時のファッション、文化、風俗を満載!
 人類史上最もハイテンションだった時代の男女が織りなす、底抜けに明るくノー天気で、恋愛あり、活劇あり、親子の絆ありの、グッとくる王道エンターテインメントを壮大なスケールで、笑いいっぱいに描きます!!

 あの時代を映像で見るだけでもなんかすごいものがありそうだ。面白い映画になるかもしれない。
 春秋はこんな話で締めていた。

若い人から「バブルって、いい時代だったそうですね」と真顔で聞かれたことがある。不況しか知らない世代に、あの時代の空気を説明するのは意外に難しい。喧噪(けんそう)に紛れ見えなくなったもの。消えた街。人生を狂わせた人々。崩壊後の混乱。「バブル」という言葉につきまとう苦さも、きちんと伝えていきたい。

 私も最近バブルを知らないと言う三十歳過ぎの人に遭遇した。え?とか思ってしまう私は来年五十歳。ちょっと考えなおすと、今の三五歳以下の人は大人になって世の中に出てからバブルというのを見たことはないのだ。あれから随分時が経ったか。
 ウィキペディアの「バブル景気」(参照)を見るとバブルの時代は年代的にはこうらしい。

バブル景気(ばぶるけいき)とは日本の経済史上で1980年代後半~1990年代初頭にかけてみられた好景気である。指標の取りかたにもよるが、概ね、1986年12月から1991年2月までの4年3か月間を指すのが通説となっている。

 当時私も株少し持っていたので覚えているが、「日経平均株価は1989年の大納会(12月29日)に最高値38,915円87銭」が印象的だった。あれはすごい光景だったな。長谷川慶太郎が、これから日経平均五万円時代だとか息巻いていたし。
 九一年にはバブルは崩壊しはじめたのだが、と自分の歳と関連つけて思い出すと、三四歳か。会社を潰しにかかるころでバブルに踊っていたという感じでもない。その前、三十歳を超えた当たりで父親が死に、堰を切ったように身近な災難がやって来た。バブルがちょうど潰れたあたりではなんだか人生から解放されたような感じでよく旅をした。あれから遅れてITバブルがやって来た。立ち話でン万円貰えた時代だ。もう少しうまい立ち回りもあったかもしれないとも思うがすべて過ぎ去ってしまった。
 二十代の終わり、八〇年代後半、よい思い出があるかというと、若造なのであまり銭もないせいかしょぼかった。が、マッキントッシュに百万円。引っ越し一度に百万円だったな。
 仕事にかまけてよく夜の都心で食い歩いたか。六本木とかで外人と遊んでいたのはまだバブルが始まる前だったので地味といえば地味だった。その後、コンサルめいてバブルの片隅を覗いたこともあるが巻き込まれはしなかった。
cover
ウォルフレン教授の
やさしい日本経済
 総じて、バブル時代というがそれほど庶民には関係なかった。バブルは基本的に不動産に限定されていたわけで、「ウォルフレン教授のやさしい日本経済」(参照)が指摘するようによく統制されたものだった。
 不動産関係のオヤジはぎらっとして若い女性と遊んでいたので、あの時代に青春だったお嬢さんたちが今の負け犬世代なのではないか。私より十歳下の世代。来年からは彼女たちも四十代になる。
 ネットを見ていたら「教えて!goo バブルの時代というのは」(参照)というのがあり、読んでいるといろいろ思い出す。

【男性】当時一番景気がよかったのが、不動産(地上げ屋)さんで、のちに「バブル紳士」と呼ばれる。
スーツ・・・アルマーニ Vゾーン広めのダブル(日本人にはムリ)
ネクタイ・・・ヴェルサーチ まっ黄色、まっ青の柄物それも大柄
小物・・・金ムクのロレックス ダイヤがまぶしい
特徴・・・ゴルフ焼けでまっ黒だが、左手だけ白い(手袋で)

【女性】 バブル前期
洋服・・・体にピタピタの金ボタン付きスーツなど
化粧・・・太い眉毛に青みがかった濃いピンクの口紅
髪型・・・ワンレングス
小物・・・スカーフ・太いベルト・チェーンベルトなど
特徴・・・アッシーくん(足=運転)、メッシーくん(飯=ごはん)、ミツグくん(貢=プレゼント)を自在に操る
前期に流行ったディスコは、マハラジャやトゥーリアあたり。
後期にはジュリ扇ギャルが出現しました。(ジュリアナのお立ち台で羽扇子片手に踊り狂う)


 あのころ深夜近い時刻だったが新宿ワシントンホテル前にぞろっとアッシー君が並んでいたのを思い出す。自分はすでに三十歳のオッサンになっていたので、随分若い子たちだなと横目で見て、もらったタクシー券を握りながらタクシーを捕まえるのに難儀していた。

私はその頃まだお子ちゃまでしたが、バブルといったら女子大生がすごかったですね(>_<)

ワンレンにボディコンに毛皮を着て、ブランド品に身を固めた女子大生自体がブランドのような!
ものすごいチヤホヤされてたような…(髪型はソバージュも流行りました。)


 飯を食うのに髪を抑えているのをX攻撃とか言うのだったか。
 バブルとは関係ないが、あの頃を境にいつのまにか日本人女性の美人が瓜実顔ではなくなったような感じがする。
 バブルが終わってしばらくしてオウム事件の時代になった。私は本土を遁走してしまった。流れた先の沖縄ではそれはそれで熱い時代が始まっていた。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

バブルの頃に、やっと大正時代に贅沢してた連中の話がわかるようになったとか、むしろ貧しい昭和を経たからこそ、高度成長もバブルも輝いて見えたのではないか、とか。

投稿: ■□ Neon / himorogi □■ | 2006.11.26 21:53

89年に祖父が死んだときに、実家兼店舗(地方都市の商業地)の100坪強の土地を十ウン億で売ってくれという話があったときは、イナバウアー化したもんだなあ。結局たくさんの相続税を払って父が相続し(その代わりそれ以外の土地は全部処分したけど)、2年前に自分が相続したときは、相続税は基礎控除額内で収まってしまってた。ズザー。ていうか、ありゃなんだったのだか。当時東京(+大阪、名古屋まで?)にいなかった庶民には、こういう土地の値段の話と多少の株式投資で儲けた(特にNTT株)、近所のあの人がシーマを買った、程度の話しかなかったんですよねえ。結局。

投稿: ふみ | 2006.11.26 22:53

 バブルかあ・・・。私はそのまっ最中、こんな馬鹿なことはないと主張して友達から馬鹿にされていた。

 「いつまでもこんなことが続くものか。そのうち暴落して大恐慌になってしまう」と言った。そんなこと何年も言い続けていたから、大勢あった友人も一人去り二人去り・・・、とうとういなくなってしまった。私も最後はさすがに自信がなくなりかけていた頃やっと破裂した。

 当時、大恐慌が起こった1930年前後の歴史を一生懸命調べていたっけか。

 儲け損なったが損もしなかった。現在、かつての友達が一人だけお付きしていただけるようになった。その友達にだけは尊敬されている。くすぐったい話だ。

投稿: 旅人 | 2006.11.26 23:42

 今日の添削

>来年からは彼女たちも四十台になる。
→来年からは彼女たちも四十代になる。
※車じゃないので増えません。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.26 23:55

「マッキントッシュに百万円」という所は私と共通してますね。
最近社内でもバブルを知らない世代が中心となって、リゾートだ、ホテルだと騒いでおります。
私の様な世代は「羮に懲りて膾を吹く」といった感じで、とても手を出そうという気にはなりませんけどね。

投稿: durian | 2006.11.26 23:58

 バブルってさ。結局、今までは2,3000万円かそこらの物件を「カネじゃ売らないよ」って言ってたヤツに、どこぞの筋もんが5,6億持って来てほっぺ叩いたところから全てが始まってるんよね。
 そこで、あくまで「俺は売らねえつってんだろう!」って突っぱねてりゃ、ああは成らなかった。どっかで挫けるわけですよ。負けるわけですよ。人として。

 相続税やら何やらべら棒に掛かって来てやっとれんから売っちゃったみたいなのが周辺に居ると、幾ら強気なヤツでも状況が追い詰めちゃうから、売らざるを得なくなる。今で言うところの「場の空気」ですか。「空気嫁」ですか。そういうの。
 んだから、踊っちゃったんでしょ。堅実にやってれば踊る必要なんかないし。ま、ご苦労さん、と。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.27 00:04

 最近局所的に流行ってるプチバブルとかは、基本的に「昔のバブルの大衆化」でしょ。昔は銀行と土建屋がグルになって大金動かしてたから庶民じゃ考えられない現象も起きたけど、今だとなけなしの退職金抱えたジジババやオレオレ詐欺で小遣い稼ぎした若造さんやエリートサラリーマンという名のブロイラーさんが小銭ためてちょいリッチ、みたいな。そういうのが、わーっと群がって数の論理で急造市場を構築しちゃう。

 そういうの「バブル」とは言わない…よね? と。バブル野郎を子供ながらに見た私は思うわけですが。
 だってさ。やむにやまれぬ、みたいな追い詰められ感が無いでしょ。「バブル」のときは、一方で踊り狂う馬鹿も居たけど、かなーり追い詰められてアレなことになってる人もイパーイ居たもん。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.27 00:11

 売り手市場のときは「バブル」、買い手市場のときは「詐欺」って言うですよ。
 大衆化の落とし穴ですな。とか言って。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.27 00:19

>2年前に自分が相続したときは、相続税は基礎控除額内で収まってしまってた。

 金持ちも貧乏人も三代続かないのが日本の税制っていうか古来よりそんなもんでしょ。三代以上続けたければプロフェッショナル化するか(私んちみたいに)完全永遠趣味地帯で生きるか、どっちかしかないんですよね。あ、あとヤクザになる。コレだ。とか言って。どっちにも走れなければ、自ずと身の程に合わせて生きるしかなくないっつうか。立って半畳寝て一畳っつうか。そのへんが身の程。
 一畳以上は全て欲ですよ。なんつって。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.27 00:31

子供だったから・・・ヤクザが下町のおばぁちゃんいじめてた記憶しかない・・・。

投稿: | 2006.11.27 00:36

 100坪そこらで10数億円つうのも羨ましい話ですけど、そんなもん、売買益を得たところで税金ゴッソリ持って逝かれるだけでしょ。ま、んだから売値釣り上げて「税金払ってもソコソコ銭が残る」程度に堅実だったんでしょうけど。それがさ、本人堅実なつもりでも周囲の目は「何それ?」だったりするもんで。そのへんもバブル。

 うちは家が200坪×5万で1000万、田んぼが7反(約2000坪)×5000円で1000万、山林が3,4反(約1000坪)×5000円で500万、足して2500万といったところ。底値でこんなもんだから、いざ売ると成ったら桁をひとつ増やすか、最低でも億に乗せなきゃダメよ。当然、代替地の用意も周辺地域への地ならしも問題ないようにして貰わんとね。
 そういう手続きキチンと踏んで問題無いようにして、尚且つ税金払っても「売ったなりの」銭が残るよう算段するとなると…やっぱ、1億ぽっちじゃ間に合わんかもね。3億は要る。できれば5億。なんだったら10億。大負けに負けて15億寄越せと。んでさ、現金だけ玄関先に置いて土下座してさっさと帰って帰りに事故って死んでくれれば言うこと無いわけですよ。とりあえず警察届けて半年待って引き取ればいいわけだから。っていうか速攻ネコババする。
 ん~、夢が広がる♪ディスクシステム♪ そんな詰まらん夢は市ねって感じ。

 山が3億(ダム建設で)土地捨てて5億、程度の話だったらうちの近所にナンボでもある。今でもバブル予備軍はうじゃうじゃ居るよ。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.27 01:33

>あの時代に青春だったお嬢さんたちが今の負け犬世代なのではないか。

 んじゃ、うちの姉ちゃんは勝ち猫組ですな。にゃーにゃー。しがない貧乏農家の小娘が「宝塚観たいから」程度の理由で尼崎に就職して看護婦やって750ccの免許取ってブイブイ云わせて大阪の資産家(笑)の次男坊に嫁いで、長男坊に子供居ないから将来的に息子(私の甥っ子)に跡目取らせて資産ゲットみたいな。そういう流れだって言ってたよ。ひとりアトピーが出て大変だったけどね。
 本人はそんなのどうでもいいみたいなんだけど。所詮平凡な農家の小娘ですから。淡々と生きてますよ。

 んでさ。ウチとか父5人母7人俺4人の兄弟持ちで大家族だし「親戚の親戚」まで含めると50家くらいはあるわけですよ。大概自営業者とか。霞ヶ関の人間も居るけどリーマンは少ないなぁ。学者とヤクザと政治家も居ないね。ああいうベクトルの人間はノーサンキューだ。生き様に「騙し」が入ってるからな。奴らは。
 とりあえず親族集まれば村が出来る程度にどうにかなるからさ、そんなに困らんのですよ。

 銭も重要だけど、人の繋がりが我が身を助けることって往々にあるだろ。そのへんに背を向けちゃったら、ダメよ。

 というわけで、貧乏庶民とか縁者貧民はミクシィでもやって擬似村構築してそこで助け合って生きてけって感じ。
 田舎モンは土地や資産が命綱だろうけど、街に住む人間は人のご縁で生きなきゃダメよ。住むトコなんか長屋で上等。下手な資産なんか持ったって首括るだけ、くらいに割り切って吉。
 んでまあ、最終的には世紀末弁当閣下みたいに無婚で絶滅? が望ましいと。なんつって。

 土地を捨てて銭に走った人間は、途中で如何なる事情があろうとも、そこに行き着くしかないでしょうよ。残念ながら。それが天命。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.27 01:59

Mixiなんて人付き合いに入らないよ!
でも、上の人達を見てると本当に人付き合いって大事だなって思える。

投稿: ワキ毛 | 2006.11.27 10:30

その頃の私は本当に無能で貧乏だったので自信が無いのですが、バブルは金回りが良かっただけで現実に豊かだったのは儲けは無いけど「失われた10年間」だったんじゃないかと。
トレンディドラマも今見りゃ韓流コントですし、NHKが深夜流す映像でバブルのリアルな映像は額のテカった野暮な男女が角パイプ家具の結婚式場みたいなところでブロイラーよろしく並んでフランス料理食ってるものでした。
ホイチョイもその辺に突っ込めたら面白いのですが多分同じ色のペンキを使うんでしょうね。

投稿: papepo | 2006.11.27 14:59

 バブル時に良く聞いた事

①貿易黒字による金余り→それは(やや嘘~大嘘)
②債権大国=リッチ→それは(嘘)
③ウォーターフロント→それは(大失敗)
④日本企業の貿易による利益→株価暴騰
⑤日本企業の貿易による利益→地価暴騰
⑥円高→輸出不振だからバブルで内需振興→地価暴騰
 したがって、これらの大がかりな事をやるためには、官財(マスコミも含む)政の三位一体の協力が必要。つまり、踊らされたのは大衆で、陰で仕組んだのは政官財のトリオ。そして、その命令を実行した暴力団。

上の意見はおかしいだろうか?

投稿: 旅人 | 2006.11.27 21:45

そうだよね。地上げとかの詐欺紛いの事も背後には銀行、大企業、政府官僚がいたものね。チンピラは単なる実行犯。その銀行がバブルの付けで傾いたら政府財界総出で救い上げるという救いがたい構図。ま、ビールの泡も、風呂で前後に別れる大泡もバブルには変わらないが、かほりが違います。って尾篭で欠礼。

投稿: たま | 2006.11.28 21:40

たま様
 そう言っていただくと嬉しいです。それにつけて不思議なことがあります。

 バブルがはじけた時、新聞は恥ずかしげもなく「あれはバブルだよ」と言いました。その時、なぜか一般大衆は、それをあまりにも素直に受け入れたことです。私は国民が「てめえ、マスコミ!コンニャロー、バアロー。今更あれバブルだとおー。ふざけやがってー。大嘘こきやがってー。」などと下品に騒ぐだろうと予想していたので拍子抜けです。

 あれほどあおっておいて「気がつけば嘘でした」。それで済ます国民も国民、マスコミもマスコミ。

投稿: 旅人 | 2006.11.29 12:01

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