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2006.11.30

カラーテレビの思い出(ずっこけ)

 自民党復党議員問題を書こうかどうか考えてやめた。復党議員に投票した有権者はどう思っているのだろうか。政策じゃなくて人柄で選んだんですからということか。で、ぼんやりカラーテレビのことを思い出した。
 このところいざなぎ景気(参照)を超えたという話をよく聞く。いざなぎ景気は、一九六五年から七〇年にかけて五年近く続いた好景気のことで、ちょうど私の小学生時代に相当する。ああ、あれが発展途上国の好景気というものなのかとなつかしく思い出す。好景気というわりには、今の生活水準からすると貧しいものだったなという思い出もあるし、それでいてなんか毎年のごとく家を改築してたような記憶もある。
 三種の神器(参照)の話はもううんざりなので先に進めるとして、いざなぎ景気のころは、3Cというのがあった。カラーテレビ、クーラー、カーである。と、ふと英語でこれをなんて言うのかとまどった。カーは Carでいいだろう。cdr のわけはない。クーラーは、coolerのわけはない。和製英語なのか当時の米語とかにあったのだろうか。air conditioner にはなにか口語があったか。カレーテレビは、color television set だろうか。意味的にはそうだが、米語ではどう呼んでいただろうか。もっとも今では、そんなふうに「カラー」と呼ぶわけもない。
 ウィキペディアを覗いてみた(参照)。歴史的な記述はあまりない。


カラーテレビとは、映像に色がついているテレビ放送あるいはそれに対応した受像器のことである。日本で登場したばかりのころは「総天然色テレビジョン」と呼ばれていた。

 「総天然色」という言葉は懐かしい。真実の色というわけでもないが。

カラーテレビ放送の搬送波では輝度と色差の信号が送られ、受像器で両者を合成しカラー画像を作る。輝度の信号はそれまでの白黒放送に相当する。白黒テレビの受像器でも色は付かないものの映像を見ることができ、下位互換性を保っている。

 このあたりの技術を最近の技術者たちは知っているだろうかとちと思う。これはなかなか面白い。最近のデジタル技術というのがよくわからないのだが、HTMLなどはRGB色空間だが、カラーテレビの色空間はYCbCr色空間というのを使う。
 YCbCrというのは、輝度信号がY、色信号の青味成分がCb、赤味成分がCrで、この三成分を合成する。ということは、Yだけ取り出すと白黒テレビになる。日本が採用しているNTSC方式だと、輝度信号の副搬送波に色信号を変調させている。懐かしいなぁ、CCITT。
 で、これをRGBに変換するには、次の式を使う(8ビット表現のときは色に+128)。

Y = 0.29900 × R + 0.58700 × G + 0.11400 × B
Cb = -0.16874 × R -0.33126 × G + 0.50000 × B
Cr = 0.50000 × R -0.41869 × G - 0.08131 × B

 まあ、式自体はとりあえずどうでもいいんだが、このなんとも微妙な係数がどっから出てきたかというと、人間の色知覚は輝度変化に敏感だが色変化には鈍感という心理学的な特徴をもっているからで、そのあたりの実験値からこの係数が出てきている。実験をなんども繰り返して、こんな塩梅ではなかろうかというのが技術であり科学でありCCITTだったというわけで、なんか私はそんな歴史の空間のなかに技術屋の父親とすごした少年だった。
 この手の話はもう切り上げようと思うのだが、ついでなんで、この近似値は次のようになる。

7 × Y = (2 × R + 4 × G + B)

 つまり、人間の目というのは、緑色が青色より四倍明るく感じ、赤い色が青色より二倍明るく感じるようになっている。なので、基本ソフトが落ちたときはブルースクリーンにするし、ブログの背景には緑色を使うんじゃないよということがW3Cで決められている。
 こんな技術もうどうでもいいでしょとか思っていたのだが、この色空間はJEPGにも採用されているので、工学というのは無駄にならないものだなと思う。
 これに反して、カラー印刷の世界は昔は、色分解の天才的な職人がいて、今ならNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」とかに出演してうんたら言いそうなんだけど、こちらの技術はほぼ完全に廃れてしまった。神業的な技術でも跡形もなく消えてしまう技術がある。そういえば、植字工などはどうだろうか。
 そういえばで思い出すのだが、二十代のころだが、たまたま私がアスキーを持っていたらどっかのオヤジさんが、そいつらには泣かされたねという話をしてくれた。常識破りのデザイン持ってきて刷れっていうのだというのだ。愚痴かと思ったら、そうではなくて、そういう熱気に負けてチャレンジしてみたくなったよ、おまえもがんばりなという話であった。
 あー、カラーテレビの思い出の話でも書こうと思ったのだが、話がずっこけ(死語)てしまった。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

ちわ。
>ブログの背景には緑色を使うんじゃないよということ
ということは切隊さんは工学の基本が分かってないのか。
確信犯か、学校の黒板へのオマージュか。
って、ここに書いてどう汁w

投稿: 挨拶専用85 | 2006.11.30 17:42

テレビが人間の網膜感度を再現してるというのは分かった。
それでは犬用のテレビとか昆虫用のテレビというのは有るのだろうか?
むかしWYSWYG(what you see what you get) という画像表示装置
と画像印刷装置間の色調整ソフトがあったが、各個人の色感度って同じなのだろうか?と気になった事がある。ひょっとして背の高さの違い(約20%)くらいの差は有るのでは無いのだろうか。

投稿: たま | 2006.11.30 22:22

>ブログの背景には緑色を使うんじゃないよということ
>ということは切隊さんは工学の基本が分かってないのか。

 逆に考えてみ?

>緑色が青色より四倍明るく感じ、赤い色が青色より二倍明るく感じるようになっている。

 暗い部屋で見るなら緑がより明るく見える、とも解釈可能だべ。そこから何がどう派生するか知らんし狙ってやったかどーかも知らんけど。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.30 22:31

 モノの考え方を展開するとき「0」を基準にしない人が多いよね。
 0、1、2、3…と数えないっつうか。1、2、3、て数えてる。その感覚のままで物事考えるから、一旦流れ(空気)が変わって貶めモードに入ったときに歯止め無く罵るんだろ。

 歳を数えるとき、昔は数え年で良かったけど、今は満年齢で数えるやん。通常、相手の年齢を認識するときは満年齢で承知するやん。それと同じように、なぜゆかぬ。不思議であるぞ。どおでもええが。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.30 22:37

 1から10まで数えろって言われて「1,2,3,4,5…10」と数えるのは、まあ普通。誰でもそうする。
 「10まで数えろ」って言われて「1,2,3,4,5…10」と数えるのも、まあ普通。誰でもそうする。

 んでもな。「0、1,2,3,4,5…10」と数えても、問題ないわけよ。そこでわざわざ「0」を入れる人は、多分少数派なんだろけど。

 0入れて物事考えるようになれれば、見方って随分変わるぜ。それが出来る人を、理系・理知的つうですな。意識的か無意識的かは知らんが。
 出来ねえヤツは…文系? んなわけねえ。只のアホだ。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.30 22:43

>各個人の色感度って同じなのだろうか?と気になった事がある。ひょっとして背の高さの違い(約20%)くらいの差は有るのでは無


仕向地によってTVの画質の調整を変えることもありますから、
人種間-虹彩の色なんか-でも変わるのかもしれませんね。

投稿: nya | 2006.11.30 22:55

 色感度の差異もそうだけど、

>本屋逝って少女コミック棚見てみ? 昔の本とか特に、白帯に赤字ばっかりやん。最近になって(とくに小学館系が)帯の部分にも色付けるようになったけど、ちょい前のヤツとか全部紅白。小学館も集英社も講談社も白泉社も、判で捺したように皆紅白。あれさぁ。ずーっと見てると目ェ痛くなるんですけど。吐きそうなんですけど。

>そおゆう現場で何の違和感も無く立ち読みできる精神性ってのが、まず分からんですよ。私なんかは。気持ち悪いだろっつうセンスが無いんかと色盲かと牛かと。
(R30ブログより引用)

 このへんも、不思議に感じます。センスって人それぞれ。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.30 23:19

>神業的な技術でも跡形もなく消えてしまう技術がある。

 昔、テレビゲームのコントローラーを上下左右逆さまに操作してゲーム攻略してましたな。今だと、パソコンのキーボードを逆さまにするようなもんか。友達には不気味がられたけど、自分では何ともなかった。そおゆうのも、ある種特技なんかと。
 その技、中学までは出来たけど高校入ったら途端に出来なくなったんよね。生命の神秘。単に元から才能無いか枯渇したかどちらかかと思いますが。

 いい歳こいたおっさんになってその種の特技をキープしてる人って、素敵ですよね。ご存知の方が居られれば、技の有り様を伝えるのも又吉。どっかの誰かが不意に再現したりするかもしれませぬ。

 後生畏るべし。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.30 23:43

インド人もビックリ! ってハナゲの文章感度にはときどき「ほおっ!」と思うこともあるが、その性格の黒さは直らんのだろうね。ま、連投癖は注意すれば矯正されるのだろうが。

投稿: たま | 2006.11.30 23:55

↑「ほおっ!」と思った部分が白で、それ以外が黒なんでしょ。ヒューマンデジタル。

投稿: ハナ毛 | 2006.11.30 23:57

 ピュアに生きるのは難しい。なんつって自画自賛。
 若い身空でピュアに死ぬヤツはナンボでもおるのにな。
 黒く生きようぜ。とか言って。

投稿: ハナ毛 | 2006.12.01 00:00

久々にCCITTという単語を見た気が。

投稿: ぽ | 2006.12.08 18:16

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