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2006.10.12

[書評]世界史のなかの満洲帝国(宮脇淳子)

 「世界史のなかの満洲帝国(宮脇淳子)」(参照)は書名通り、満洲帝国を世界史に位置づけようとした試みの本だが、その試みが成功しているか妥当な評価は難しい。いわゆる左翼的な史学からすれば本書は、珍妙な古代史論と偽満州へのトンデモ本とされかねないところがある。史学学会的には概ね無視ということになるだろうが、おそらく日本には本書をカバーできる史学者は存在していないのではないかと私は思う。

cover
世界史のなかの満洲帝国
 一般読書人にとって新書としての本書はどうかというと、率直に言えば、有無を言わず買って書棚に置いておけ絶対に役立つとは言える。各種の事典的情報がコンサイスにまとまっているので便利だ。ブログに書評を書いてブックオフへGO!という本ではない。ただ、読みやすさと読みづらさが入り交じる奇妙な読書体験を強いられるかもしれない。
 言うまでもなくと言いたいところだが、宮脇淳子は岡田英弘の妻であり、その史学の後継者である。岡田英弘は、私は彼の史学の心酔者なので(直に教わったこともあるし)偏見でいうのだが、日本国が二世紀後、三世紀後に存在しているのなら、この史学こそ日本国民のナショナルアイデンティティになると確信している。日本人が中国に飲み込まれずに存在しているなら、中国を対象化する学恩となるだろう。それをもっともよく理解しているのが宮脇淳子だろう。「最後の遊牧帝国 ― ジューンガル部の興亡」(参照)も興味深い書籍だが、「あとがき」は胸熱くなるものがあった。

 岡田の学問は、『世界史の誕生』(ちくまライブラリー一九九二)で示されているように、全く独自である。日本の東洋史学会では孤立した存在だった。しかし、中国史に関する岡田の講義をはじめて聞いた時、東洋史を専攻して以来わだかまっていた私の疑問は氷解した。そのうえ、私の志したモンゴル史については、世界中を見ても、岡田ほどふさわしい指導者はいなかった。学位の取得や就職へのコースからはずれようと、岡田について学問する以外に、私の選択の余地はなかった。

 岡田はかなり厳しく宮脇を指導したようだ。
 その後彼らは結婚する。年の差は二〇歳。どうでもいいが、あのころ、私は銀座で闊歩するご夫妻を見かけたことがある。
 もう一カ所引用したい、本書において筆者の内的な部分に関わるだろうから。

 最後に、寺の長男に生まれたのに理系を選び、満鉄に入社して依託学生として在学中に終戦で大陸雄飛がかなわなかった父、宮脇俊と、私を自分の母方の祖母の生まれ変わりと信じて、三代の女の夢を託して私を応援し続けた母、宮脇久子に、これまでの私への信頼と支援を感謝することも許していただきたい。

 ちなみに私の父もまた宮脇と同じ境遇だったので、顔見知りだったかもしれない。
 本書に戻る。
 宮脇自身に満州の歴史が関わっていた。私もそうだ。日本人にとって満州国とは日本人の生活史からそぎ落とせるものではない。ではそれはどのように理解すべきなのか、その大きな問いかけが本書の根幹にある。
 その答えが簡素に十分に本書で答えられているかどうかは読者によって異なるだろうし、おそらく一部の日本人知識人にとっては本書は忌まわしい代物かもしれない。
 本書の帯には、「日中韓の歴史認識問題を知るための必読書」とあるが、それはそうなのだが、その受け止め方は多様だろう。それでも、本書の次の結語はある問題意識を持っている人には共通の痛みではないが痛みに近い感覚をもたらすだろう。そしてこのつぶやきは岡田の声でもあるだろう。ここでいう「東北」とは「満州」の意味である。

 毛沢東はかつて、「仮にすべての根拠地を失っても、東北さえあれば社会主義革命を成功させることができる」と語った。実際、戦後の満州は中国重工業生産の九割を占めた。東北地方は国有企業が中心で、たとえば大慶油田は純収益の九〇パーセントを政府に上納、売上高の六〇パーセントが税金というふうに搾取されていた。これは「東北現象」と呼ばれる。
 満州帝国の遺産を食いつぶしたのちはじめられたのが、改革開放路線であったのである。、

 この問題の別の陰影については、ふざけたトーンで「極東ブログ: 遼寧省の鳥インフルエンザ発生からよからぬ洒落を考える」(参照)で言及したことがある。
 脇道ばかりの話になったし、当初このエントリは本書との関連で、北朝鮮の古代史と満州の関わりあたりを、「極東ブログ: 朝鮮民族の起源を考える」(参照)の続きを兼ねて書こうかと思っていた。関連では、「極東ブログ: 韓国の歴史は五千年かぁ(嘆息)」(参照)、「極東ブログ: 乙支文徳」(参照)、「極東ブログ: 新羅・しらぎ・しんら・シルラ」(参照)もある。
 尻切れトンボだがまたの機会に。

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コメント

私もちょうど買ったばかりでした(まだちゃんと読んでないけど)。
満州国ネタはなるべく買ってるのだけど、例えば「キメラ―満洲国の肖像」にはどうしても違和感を感じます。例えば中国人から土地を奪ったと言うけど、彼らはそもそも不法流入民だったわけで。
それに比べるともっと普遍的な視点というか、ニュートラルかな、と、これはざっと飛ばし読みした印象。

投稿: ■□ Neon / himorogi □■ | 2006.10.12 22:02

 万里の長城以北は遊牧民の土地ですからな。
 以南の人間の感性で捉えちゃ駄目でしょ。

投稿: ハナ毛 | 2006.10.13 11:59

> 岡田英弘

岡田氏の歴史観は、古くは宮崎市定、近くは杉山正明など京都系の歴史家の見方に近いと思うんですが、どうでしょうか?
素人なりに概括すると、“正史の相対化”“世界史への位置付け”“制度史の重視”というところでしょうか。
ただ、岡田氏の書き方は肩に力が入り過ぎていて、ちょっと読み難い気がします。
それが岡田史学の特徴なのか、それとも新書など一般向けの著書に限られるのか、私には判断ができませんが・・・

投稿: 木星人 | 2006.10.14 05:25

私もこの本を買って興味深く読み、ある点では参考になり、また同感するところもありました。ただ満州帝国?の表題には異論をとなえますが、当時の満州に育ち、情報を共有したものとして、良く書かれておられると思います。
北朝鮮の歴史について、日本から見た観点とはまた違う朝鮮の〉方の歴史も参考にしたいとおもっていますが。まだどれが歴史に忠実であるか資料が少ないのがおしまれます。

投稿: カコちゃん | 2006.11.26 23:23

冒頭にある、中国には歴史がなく、あるのは政治である。
非常に的を得た言葉だと思う。歴史があるが文化、哲学、音楽など感性を感じさせる物は中国にはない。20世紀になり標準語が確率したとあり納得した。
中国に関心がある方には読むべき価値がある一冊だと思う。

投稿: saudade0222 | 2008.05.21 15:53

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