タミフルと大淀病院問題と報道
ちょっと散漫なエントリを書く。考えがまとまらないからだ。というか、このままこの話題は書かずに済まそうかなとも思っていた。まず、枕の話。タミフル。
一年近く前になるが、タミフルと報道について「極東ブログ: タミフル副作用報道雑感」(参照)というエントリを書いた。参照リンクは当然切れている。
該当の毎日新聞記事は十二日付け「インフルエンザ薬:タミフル問題、学会でも論議」(参照)である。ざっとメディアの情報の流れを見ると、この毎日新聞の記事が発端となり、共同で増幅という印象を受ける。そのせいか、毎日新聞では十五日社説「タミフル 副作用の可能性十分伝えよ」(参照)で他紙社説並びネタではなく取り上げている。
当時の報道の流れを見ていると毎日新聞がなぜと思ったものだった。
先日厚労省研究班がタミフルについての報告書をまとめた。あえて毎日新聞の記事”タミフル:服用と異常言動に関連性ない 厚労省研究班”(参照)を引用する。昨日付で一点ネットにあった。まず概要はこうだ。
インフルエンザ治療薬のタミフル(一般名オセルタミビル)の服用と、インフルエンザの子供が起こす理由なくおびえる、笑うなどの「異常言動」との関連について、厚生労働省の研究班(班長・横田俊平横浜市大教授)が「明らかな有意性はなかった」とする報告書をまとめた。研究班は明確な結論を導くため、この冬も詳細に調査するという。
毎日新聞的なまとめはこうなっている。
タミフルでは、マンションからの飛び降りなどの「異常行動」が副作用で起きるおそれがあると問題になっていた。これに対し、今回調べたのは「ニヤリと笑う」なども含めた「異常言動」の率だった。研究班は「異常行動」が広く報道されたため、うわ言などまで「異常言動」として報告され高い率が出た可能性があるとみており、今冬も調査を続けることにした。
単純な疑問がある。厚生労働省研究班は昨年の騒ぎについて、異常行動が広く報道されたことに疑義を投げている。これに報道社は答えなくていいのだろうか。もっと単純な話、昨年のタミフル報道について検証する必要はないのだろうか。
話を変える。本当はこちらの話がこの間気になっていた。奈良県大淀町の町立大淀病院で重体の妊婦が多数の病院に搬送を断られて死亡したとされる問題だ。
まず、報道の端緒を簡単に確認しておきたい。報道は共同通信としては十月十七日だったようだ。徳島新聞の記事”処置遅れて出産後に死亡 奈良の妊婦、転送拒否続き ”(参照)より。
奈良県大淀町立大淀病院で分娩中に意識不明になった奈良県の妊婦(32)が、受け入れ先の病院に次々断られ、大阪府の病院に収容されるまでに約6時間かかっていたことが17日、分かった。妊婦は転送先で緊急手術を受け出産したが、約1週間後に死亡した。
県福祉部によると、奈良県では緊急、高度な医療が必要な妊婦の約3割が県外に転送されており、態勢の不備が問われそうだ。
として十七日の時点で「態勢の不備」として報道されている。
問題自体の発生は八月のことだった。
大淀病院によると、妊婦は今年8月7日、分娩のため同病院に入院。8日午前零時すぎに頭痛を訴えて意識不明になった。主治医は分娩中にけいれんを起こす発作と判断し、県立医大病院(橿原市)に受け入れを打診したが満床を理由に断られた。
ちなみに同日の朝日新聞記事”奈良の妊婦が死亡 18病院が転送拒否”も類似で、報道の経緯は書かれていない。八月七日から共同の報道の十七日までの間の報道社はどうしていたのだろうか。
発表時間の経緯をネットから見ると、内容の詳しさや署名記事という点から”分べん中意識不明:18病院が受け入れ拒否…出産…死亡”(参照)が詳しく、また、同紙二二日”支局長からの手紙:遺族と医師の間で /奈良”(参照)から察するに毎日新聞のスクープから共同へと伝搬したようだ。毎日新聞かと思ってそういえばタミフルのことを私は思い出したのがエントリの冒頭である。
今年8月、大淀町立大淀病院に入院した五條市の高崎実香さん(32)が容体急変後、搬送先探しに手間取り大阪府内の転送先で男児を出産後、脳内出血のため亡くなりました。
結果的には本紙のスクープになったのですが、第一報の原稿を本社に放した後、背筋を伸ばされるような思いに駆られました。
これをそのまま受け取れば毎日新聞奈良支社が報道の発端ということにも思える。
この先が重要なのでもう少し引用する。
というのは、今回の一件はほとんど手掛かりがないところから取材を始め、かなり時間を費やして事のあらましをどうにかつかみました。当然ながら関係した病院のガードは固く、医師の口は重い。何度足を運んでもミスや責任を認めるコメントは取れませんでした。なにより肝心の遺族の氏名や所在が分からない。
「これ以上は無理」
「必要最低限の要素で、書こうか」
本社デスクと一時はそう考えました。
そこへ基礎取材を続けていた記者から「遺族が判明しました」の連絡。記者が取材の趣旨を説明に向かうと、それまでいくら調べても出てこなかった実香さんの症状、それに対する病院の対応が明らかになりました。それがないと関係者にいくつもの矛盾点を突く再取材へと展開しませんでした。
この話をそのまま受け取ると、当初最小限の記事となるはずが、遺族が判明したことで遺族側からの取材、遺族側から見た病院の対応というふうに記事がまとめられていったようだ。
支局の記者たちも、ジグソーパズルのピースを一つずつ集めるような作業のなかで、ぼやっとしていたニュースの輪郭がくっきりと見えた感覚があったに違いありません。手掛かりある限り、あきらめないで当事者に迫って直接取材するという基本がいかに大切で、記事の信頼性を支えるか。取材報告を読みながら、身にしみました。
毎日新聞としては記者お手柄スクープということなのだろうか、記者の視点を二六日に”記者の目:「次の実香さん」出さぬように=青木絵美(奈良支局)”(参照)として掲載している。
取材は8月中旬、高崎さん一家の所在も分からない中で始まった。産科担当医は取材拒否。容体の変化などを大淀病院事務局長に尋ねても、「医師から聞いていない。確認できない」。満床を理由に受け入れを断った県立医科大学付属病院(同県橿原市)も個人情報を盾に「一切答えられない」の一点張りだった。
記者の意識は次のようであったようだ。
報道以降、多数のファクスやメールが届いている。「医師の能力不足が事態を招いた印象を与え、一方的だ。医療現場の荒廃を助長する」という医師の声も少なくない。だが、記事化が必要だと思った一番の理由は、医師個人を問題にするのではなく、緊急かつ高度な治療が可能な病院に搬送するシステムが機能しない現状を、行政も医師も、そして私たちも直視すべきだと思ったからだ。居住地域によって、助かる命と失われる命があってはならない。
こういうまとめでいいのかわからないが、記者は今回の問題を、助かるはずの命が病院搬送システムの機能不全によって失われたとして捕らえられているのだろう。
ここでようやく原点の問題が浮かびあががるのだが、ようするに、そういう問題だったのだろうか?
十七日以降の報道の経緯のなかで、問題の構図についての疑問は、私の見る限りかろうじて二三日付け朝日新聞記事”奈良の妊婦死亡、産科医らに波紋 処置に賛否両論”に見られた。
奈良県内では3月にも、大和高田市立病院で出産直後の妊婦が大量出血で死亡し、産科医が同容疑で書類送検された。今回、妊婦の受け入れを打診されたが、満床を理由に断った病院の産科医は「担当医なりに一生懸命やった結果、立件されるようでは、ますます産科医をめざす若者がいなくなる」と漏らす。
死亡した妊婦は当初、頭痛を訴え、間もなく意識を失った。その1時間半後にけいれんを起こしたため、主治医だった常勤医は、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)によって起こる「子癇(しかん)」の発作と判断。脳の異常を疑わなかったとされる。「出産中に脳内出血を起こす例は1万人に1人程度。自分も子癇とみて治療を進めた可能性がある」と、奈良県内の50代の開業医は同情する。
今回の問題については、ブログ「天漢日乗」が”「マスコミたらい回し」とは? 医療現場で起きていること”(参照)以降一連のエントリで、ネット上の情報、特に、医師の側の本音ともいうべき匿名発言を多く掲載して興味深い。
だが、私のように非専門の立場や情報が限定されている立場からこの対処の是非については問えない。ただ、問題の構図は毎日新聞の当初のスクープの構図でよいのか、検証のプロセスが必要になっているのだろうとは思う。そしてそのことがジャーナリズムに問われていることだろうし、ブログにもし意味があるとすればその経緯の監視のわずかな機能を担うことだろう。
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