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2006.09.14

[書評]田中角栄と毛沢東(青木直人)

 「田中角栄と毛沢東―日中外交暗闘の30年(青木直人)」(参照)という本がまさに題名の問題にとってどれほど重要な情報を提供しているのかよくわからないが、この問題について近年扱った書籍としては類書がないようだ。小学館あたりから出版されているならSAPIOみたいなものかと思うがちょっと左がかった講談社から出ている。が、それほどイデオロギー臭がするわけでもない。読書人なり歴史に関心を持つ人に特にお勧めというほどの本ではないものの、今朝の朝日新聞社説”歴史認識 政治家が語れぬとは ”(参照)を読みながらこの本のことを思い出した。話のきっかけは日中国交正常化について触れた朝日新聞社説のこのくだりである。


 外交とは、水面には見えない交渉が下支えしている。国交正常化の際、中国側はこの理屈で、まだ反日感情の強く残る国民を納得させ、賠償を放棄した。日本はそれに乗って国交回復を実現させた。

 朝日新聞はさも日本人だれもが共通理解を持っているかのように、日中国交正常化を下支えした交渉の存在を語っているのだが、それはそれほど自明なことだろうか。中国共産党政府による対日賠償放棄についても同じだ。なにより、「日本はそれに乗って国交回復」という背景についてどのように考えるべきなのだろうか。朝日新聞社説執筆子にはある強固な歴史解釈がありそれは明言しなくても日本国民はわかれ、というような印象だけをここから受ける。
cover
田中角栄と毛沢東
 「田中角栄と毛沢東」を読まなくても、まず対日賠償放棄の歴史的な背景は台湾問題とのバーターであったことは理解できるだろう。その一点だけでも、朝日新聞社説執筆子の史観には整合していないのではないか。すでに蒋介石は対日賠償を米国側の要請により放棄していた。あの時中共が対日賠償を蒸し返せばそうでなくても危ない橋を渡っていた田中角栄はどうなっていただろうか。いや、後の田中角栄の末路が早まっただけとも言えるかもしれないが。また、後の対中援助は実質的には賠償金の意味合いを持っていた。
 この背景について同書はこう触れている。

周は首脳会議で、国交正常化の見返りに日本側の懸案だった賠償金請求権を放棄すると示唆した。中国が最大のカードを切った目的は、日本と台湾の間に楔を打ち込むことだった。周は「内部講話」で、対日賠償請求権を放棄して日本に恩を売り、台湾との関係を切らせるのだ、と演説している。賠償は「友好」の美名のために放棄されたのではなかった。それは日本が台湾を見捨てることを引き換えにした取引だったのである。

 対日賠償放棄の問題は当初の日本側の最大懸念であったとはいえるかもしれないし、中国側の応答には水面下の交渉でも見えない部分はあったのかもしれない。だが、それは単純に友好を目指した水面下の交渉でなかった。
 中国の意図はどこにあったのだろうか。将来の中国の経済的な発展だっだだろうか。もちろん、それはある。だが、おそらく大枠は冷戦構造にあり、さらに中国とソ連の緊張関係にあっただろう。同書では毛沢東が田中角栄に次のように語っていたと伝える。

「あなた方がこうして北京にやってきたので、どうなるかと、世界中が戦々恐々として見ています。なかでも、ソ連とアメリカは気にしているでしょう。彼らはけっして安心はしていません。あなた方がここで何をもくろんでいるかがわかっているからです。」


「ニクソンはこの二月、中国に来ましたが、国交の樹立まではできませんでした。田中先生は国交を正常化したいと言いました。
 つまりアメリカは後からきた日本に追い抜かれてしまったというわけです。ニクソンやキッシンジャーの胸にはどのみち気分の良くないものがあるのです。」

 本当にそんなことを毛沢東は告げていたのだろうか。仮にそうであれば、毛沢東の意図は、対ソ・対米に日本を大きく使うということだった。そして、同書では毛沢東は中国の敵は中国の中にあるとまで言っているが、内政的な権力問題も関連した。
 田中角栄は、中国のある勢力にとってその表向きの失脚後も重要な意味を持ちづけた。中国の要人たちは目白詣を繰り返した。中国的な義の倫理行動でもあっただろうが、単純にそう見るだけで済むわけもない。そしてその交流を小沢一郎がじっと継いできた。
 田中の失脚にまつわる歴史にはオモテの歴史からは見えない部分が多い。だが、単純に考えれば胡耀邦の路線は日本の田中角栄から小沢に流れている。今朝の朝日新聞社説はちょっと読むと中国様が後ろでぷうぷうしているようにも見えるが、たぶん、胡耀邦を継いだ胡錦涛中国の思惑はそんなところにはないだろうし、むしろあの時の毛沢東の戦略に近いもののように思える。

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コメント

上記の毛沢東と田中角栄の会話は、ほぼ正確だと思います。
加えるなら、中国側の事情はもっと複雑です。
日本の賠償問題関連は、中国側の事情はもっと複雑だと思います。
フルシチョフやホーチミンの死、そして林彪の死とか、中国側の事情に大きな影響を与える大小の事件が多数おこっている事からも、中国の内政事情が推測できると思います。
このあたりを、日本共産党、旧社会党の関係者は、コミンテルンやクレムリン、中南海、ハノイ、そしてルーマニアやモンゴルの事情を説明する歴史的義務があると思うのですが、彼らにはそんな気持ちは少しもないと思います。
香港経由で、英国、フランス、米国、日本に流れた胡散臭い資金は、どこへ行ったのでしょう?
外務省で、それに関わった人たちもいるはずなのに、全く口をふさいだまま次々と鬼籍にはいっていっています。
毛沢東・田中角栄の会談は、戦後の国際秩序があらたな秩序に変わるポイントでした。
現在の胡・政権の戦略は、毛沢東の戦略と似ているように感じるかもしれませんが、違います。
もっと複雑な状況があるので、同じ戦略は利用できません。

投稿: 田中 | 2006.09.14 18:00

 つまりアレですか? 中国シンパの大朝日さんは、今の日本があるのは中国様のお陰だよってことが言いたいわけですか?

投稿: ハナ毛 | 2006.09.15 00:13

 日本は現在の中国政府と戦争をしていない。それを賠償権放棄が論点であったなど、全くの歴史的無知であるばかりか、国際法の常識を無視した話である。周も毛もそれは百も承知であった。そこでこの本もこの書評もナンセンス

投稿: | 2007.08.06 11:26

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