WHO、DDT解禁?
やや旧聞になってしまったが、一五日、世界保健機関(WHO)は三〇年以上も禁止されていた有機塩素化合物の殺虫剤DDT(World Health Organisation:C14H9Cl5)の利用を薦めるアナウンスを出した、とだけ書くと誤解されやすい。一六日付け読売新聞記事”マラリア制圧へ、DDT復権を…WHO”(参照)ではこう伝えていた。
世界保健機関(WHO)は15日、ワシントンで記者会見を開き、「マラリア制圧のため、DDTの屋内噴霧を進めるべきだ」と発表した。
DDTは、生態系に深刻な悪影響を及ぼすとして1980年代に各国で使用が禁止された殺虫剤だが、WHOは「適切に使用すれば人間にも野生動物にも有害でないことが明らかになっている」と強調、DDTの“復権”に力を入れる方針を示した。
つまり、マラリア制圧にとっては効率的だというのが一つのポイントだ。そういえば、過去このブログでもマラリアについて二年前「極東ブログ: 天高くマラリアなどを思う秋」(参照)触れたことがある。
ポイントのもう一つは屋内使用に限定されることだ。
WHOマラリア対策本部長の古知新(こちあらた)博士は「科学的データに基づいた対策が必要。安全な屋内噴霧剤としてWHOが認めた薬剤の中で、最も効果的なのがDDTだ」と説明した。WHOによると、10か国でDDTの屋内残留噴霧が行われている。
読売新聞記事ではわかりづらいのだが、DDTといえばレイチェル・カーソンの「沈黙の春」(参照)だ、と私より上の世代は脊髄反射してしまうほどで、問題点は自然界への残留にあった。その後、近年では環境ホルモンとしても騒がれていた。
![]() 沈黙の春 レイチェル・カーソン |
アマゾンの素人評を見ると、意外に冷やっとしたコメントもある。
★★☆☆☆ 害虫駆除, 2006/8/1
レビュアー: 理系の文系 (秋田県秋田市) - レビューをすべて見る
この本を通じて語られていることはそれなりに正しいのだろう.しかし如何にもアメリカ的というか何と言うか・・・
化学薬品を用いた害虫駆除を散々批判してはいるがその薬品のもたらした恩恵には一切触れていない.また,自然を支配するなどおこがましいと解きながら,害虫対策として成された提案が生物を遺伝子的に組み替えるだの,天敵を導入して害虫を駆除すれば良いとだのとは恐れ入った.生態系の破壊については一切考慮されていない.本当に科学者の言葉だろうか.
短絡的で人間本位な結論としか私には感じなかった.自然との共存.容易ではないだろうが,それ以外に人間が地球で生き残るすべは無い.
私も現在「沈黙の春」を再読すれば似たような感想を持つような気がする。
DDTの毒性だが、殺虫剤なのでもちろん毒性はある。食品添加物みたいなものでもはない。人間への害は発癌性が疑われていたが、現状ではないといってよさそうだ。ウィキペディアに書いてあるかなと気になって確認したら、ちゃんと書いてあった。
発癌性
一時期、極めて危険な発癌物質であると評価されていたが最新の研究では発癌性が否定されている。国際がん研究機関発がん性評価では当初はグループ2Bの「人に対して発がん性が有るかもしれない物質」に分類されていたが、その後の追試験によってグループ3の「発がん性の評価ができない物質」へ変更された。
同項目には「喪われた化合物の名誉のために(1)~DDT~」(参照)というページへのリンクもあり読むとなかなか面白い。
こうして抹殺されたDDTですが、最近の研究によって少なくともヒトに対しては発癌性がないことがわかっています。また環境残存性に関しても、普通の土壌では細菌によって2週間で消化され、海水中でも1ヶ月で9割が分解されることがわかっています。危険性を訴える研究に比べ、こうした結果は大きく扱われることはほとんどないため、あまり知られてはいませんが……。
残留の問題もそれほどではないようだ。
以下の発言は化学的な関心を持つ人にはけっこう常識っぽい話だが、なかなか社会的には通じづらい。
DDTの問題は我々に多くの教訓を残しました。現代の殺虫剤、農薬はDDTの時代とは比較にならないほどの厳しい安全基準を要求されています。かつての農薬は水銀、ヒ素などを含んだ、今考えると恐ろしいほどの毒物だったのですが、現在市販されているある種の農薬などは茶碗に一杯「食べても」大丈夫というほどに安全になっています。虫に毒だから人にも毒だろう、というような単純な話ではなくなっているのです。素早く分解されて環境に残留しない農薬の開発も進んでいます。
農薬だから、化学製品だからと毛嫌いするのは簡単だし、ある程度無理もないことです。しかし化学は失敗を教訓として、常に前進を続けています。そして一般の目に触れないところで、少しでも安心して使える製品を作り出すべく、日夜研究を続けている化学者たちがいることを忘れないでいていただきたいと思います。
環境ホルモンについては、同ページでは毒性からしか見てないが、読売新聞”DDTは環境ホルモン 環境省、メダカ試験で確認”(2005.10.02)によると内容は標題に反してどうやら人間にはあまり関係なさそうである。
DDTは、第2次世界大戦後、蚊やシラミ退治などのため、大量に使用。毒性の強さなどが問題となり、1971年に農薬としての販売が禁止され、81年には輸入、製造も禁止となった。
人間への影響を評価するため、同じ哺乳(ほにゅう)類であるネズミを使った試験も実施しているが、4物質とも内分泌かく乱作用は認められていない。
WHOの今回のDDTについての判断は妥当なところだし、今回のDDT推進はマラリア問題がない日本のようないわゆる先進国にはあまり関係ないのだが、いろいろ議論は起きている。日本での報道は見かけないようだが。
一例としてダルフール問題などをワッチするのに見ることが多いが、allAfrica.comの”Experts Oppose Chemical War On Malaria”(参照)など読むと、DDTについての危険を訴える動きもある。
Participants at the Intergovernmental Forum on Chemical Safety (IFCS) conference who staged the protest underlined the detrimental effects on human health caused by DDT, such as reproductive disorders, neurological effects, reduced breast milk production and increased risk of breast cancer.
日本の情報環境にいるとこのあたりの問題というかバランスについて、なかなか見えてこないし、問題意識みたいのにもなってこないようだが。
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