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2006.08.05

ヴェトミンに参加した日本兵

 先日朝のラジオでヴェトミン(参照)の軍事指導に当たった残留日本兵の話をしていた。今頃なんでこんな話が出てくるのだろうと奇妙に思ったのだが、クヮンガイ省に出来た士官学校の六十周年記念ということだった。この士官学校は現在はなく、軍敷地内に記念碑を残すだけだが、この機にもっと立派な記念碑を建てる計画があるそうだ。
 この話は秘史ということではない。ウィキペディアのベトナム(参照)にも記されている。


戦後、フランスが再び進駐してくると、それに対するベトナム国民の抵抗戦争(第一次インドシナ戦争)が始まったが、この戦争には日本軍兵士が多数参加した。当時、ベトナムには766人の日本兵がとどまっており、1954年のジュネーブ協定成立までに47人が戦病死した。なかには、陸軍士官学校を創設して、約200人のベトミン士官を養成した者もおり、1986年には8人の元日本兵がベトナム政府から表彰を受けた。なお、ジュネーブ協定によって150人が日本へ帰国したが、その他はベトナムに留まり続けた模様である。

 ラジオでの話によれば、日本人教官は四名で、うち一名は齢九十を超えて都下に住んでいるとのこと。
 六十周年記念では日本兵教官から学びヴェトミンの軍事中核となったヴェトナム人が二十名ほど集った。歳はすでに八十歳を超えている。彼らは軍事の基礎を日本人に学ぶことでフランスや後のアメリカと戦うことができたと語っていたとのこと。以上がラジオでの話。
 日本兵とヴェトミンの関わりについては近年研究が進んでいる。日本では元・朝日新聞記者で、サイゴン支局長としてサイゴン陥落にも立ち会った、現大阪経済法科大井川一久客員教授もこの歴史発掘に関わっているらしい。
 ネットを見ると、”Japanese soldiers with the Viet Minh”(参照)に比較的詳しい話があり、フランス側の資料からも研究が進んでいるようだ。このあたりの研究を日本語でまとめたものはないだろうか。小松清研究などにあるのだろうか。
 ウィキペディアの記事と相違があるが、井川教授によれば、ヴェトミンに参加した日本兵は六百人に及び、その半数が抗仏戦争で戦死・病死したらしい(ふとこの人々は靖国神社に祀られているのだろうかと疑問に思う。)
 読売新聞”ベトミンの英雄、旧日本兵の墓 ホチミン市西北に2つ見つかる”(1987.05.05 )には抗仏戦争で戦死した日本兵の墓の話があった。

 ベトナムの小さな村で日本人の墓が二つ見つかった。発見したのは、旧日本軍の足跡などを追っているアジア現代史家の吉沢南さん(43)(埼玉県富士見市関沢)。日本の敗戦直後に現地で軍を離れ、統一戦線組織「ベトミン」に参加、フランス軍と戦って戦死した旧日本兵の墓らしい。村人たちは今でも二人を英雄として敬い、墓を大事に守っている。だが、この墓に眠っているのが、どこのだれかわからない。戦後四十二年。吉沢さんは、異国に眠るこの二人が、村人たちの心の中と同じように、遺族の胸の中にも生き続けているはず、と関係者を懸命に捜している。

 生き残った元日本兵三百名だが、一九五四年ジュネーブ協定締結で抗仏戦争が終結し、その半数の百五十名は帰国した。
 単純な引き算であと百五十名はどうなったのかということだが、ベトナム人になったのだろう。「新ベトナム人」と呼ばれていたらしい。
 当然の類推だが、彼らは現地で妻を娶り子供なしただろうから、その子孫はどれほどになっているのか、その実態を知りたいと思う。フィリピンの例でもそうだが、父が日本人である場合、その子孫は日本国から見れば同胞の日本人である。

追記
コメントにてよい資料を教えてもらった。ありがとう。

井川一久(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授)の報告書
PDF:「日越関係発展の方途を探る研究 ヴェトナム独立戦争参加日本人―その実態と日越両国にとっての歴史的意味― 」
PDF:「ベトナム独立戦争参加日本人の事跡に基づく日越のあり方に関する研究」

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コメント

司馬遼太郎のベトナム戦争ルポ「人間の集団について」中で、現地に残った旧軍人のひとりが彼の国の紹介者として司馬氏のまえに現れたことを思い出しました。

うろ覚えですが南ベトナムの日本商社の通訳・折衝など現地法人に就き、また日本からの留学生の世話をするなど(筆致からは)わりと恵まれた環境のなかで人生をエンジョイされていたような書き方でしたね。

その後統一ベトナムでの、紹介されていた方を含めた旧日本兵の暮らしようは不明だけど、みなご無事であればいいのだが。しかしまあサイゴン陥落から、もう30年以上経ているんだな。

投稿: お構と公子 | 2006.08.05 17:16

北朝鮮の軍部の指導に、特務機関の人間が入り込んでいるという噂を、きいた事があります。
アジアにはかなり広い範囲にわたって特務機関とかスパイとか、
彼の地に残った人達は、珍しくはありません。
日本の公式な戦闘ではないので、靖国には祀られません。
何らかの意志をもって(脱走兵とかを除いて)現地に残り、
現地の独立戦争に加わって死亡しても、靖国に祀られる資格はないんです。
しかし、戦後、行方不明者とかは、ほとんど戦死扱いにされて、戦死者の遺族に対して支払われる金銭があるので、指揮官は戦死扱いとして処理した方が多かったようです。遺族にお金頭割れるようにと。なので、そういった方は、多くは靖国に祀られテいると思います。中野学校出身者のような方に関しても、復員してこなかったものは、戦死扱いにされているようです。
中野で教育を受けた人は、たとえ靖国に祀られてなくても、手柄とか名声とかを突き抜けて境地に達しているので、そんなことを気にしないような偉大な方が多いようです。
国民党への戦争指導で、敗戦後に、台湾に渡った旧日本軍将校も多数いたのですが、そこで戦死された方は、もちろん靖国には祀られていません。本人も承知している事です。
アジア各国の独立運動とかに参加した日本人は、靖国とは別の方法で功績をたたえられるべきものです。
靖国は、維新政府以降の政府が公式に行った戦争の戦死者を祀るところです。

投稿: 匿名 | 2006.08.05 19:11

確か去年の今頃、NHK-BShi特集のドキュメンタリーで 「引き裂かれた家族 旧日本兵とベトナム の60年」という番組をやっていました。

投稿: きんぎんすなご | 2006.08.05 19:53

今『蟻の兵隊』なるドキュメンタリー映画が公開されていますが、国府軍ばかりでなく八路軍にも多くの将兵が加わって国共内戦を戦ってをります。『諸君!』‘90年4月号には、林彪の第四野戦軍に“配属”されて各地を転戦して回られた方の手記がありました(この方によれば国共内戦にて“戦死”した日本軍将兵は2万数千人に及ぶとのこと)さらに、朝鮮戦争にも投ぜられたという日本人の方の投書もありました。

投稿: t_f | 2006.08.05 20:16

ヴェトミン日本兵について日本語で書かれている文章でしたら、東京財団の研究報告書のページにあります。
実際に参加日本兵からの聞き取りした文書です。

http://www.tkfd.or.jp/publication/reserch/project_report.shtml
「日越関係発展の方途を探る研究
ヴェトナム独立戦争参加日本人―その実態と日越両国にとっての歴史的意味― 」
ご参考になれば幸いです。

投稿: くろねこ | 2006.08.06 21:54

くろねこさん、こんにちは。資料についてのご示唆、ありがとうございます。エントリに追記しました。

投稿: finalvent | 2006.08.07 08:07

私の父の部隊(海軍)はサイゴンで終戦を迎えましたが、その後でフランス軍にベトコンとの戦闘に強制的に駆り出されたそうです。具体的にはメコン川を遡っての水上輸送の護衛だったそうですが、第一陣はベトコンから攻撃を受けて戦死者が出たそうです。父は第二陣で、幸い攻撃を受けず死傷者もなかったそうです。そのお陰で復員は早くなったそうですが、それ以外は何の見返りもなかったとのこと。父は当時の記録は何もないと言っていますが、フランス政府にはひとこと文句を言ってやりたいところです。

投稿: 仏軍参加日本兵 | 2006.08.24 04:37

中国の八路軍側で、空軍建設に携わった方の従軍記です。参考まで。

http://chinachips.fc2web.com/repo4/049oosumi.html#10

投稿: 実松 | 2007.10.18 22:17

みんな、井川ベトナム宣伝屋にだまされないようしよう。

投稿: 井川ねつ造 | 2009.06.26 21:46

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http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/08/post_953a.html この話についてはNHKのドキュメンタリーで8−9ヶ月前に見た覚えがあります。そこでは、説明されたような話の後で、ソ連とベトナムの関係が軍事面で密接になるにつれて不要になった人達が日本に送り... [続きを読む]

受信: 2006.08.06 10:15

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