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2006.08.09

明石順三のこと

 中学生のころ読んだ岩波新書でその後ずっと自分の人生観の根っこのころに沈んでいるのは、今読み返したら愉快かもの「キューバ:一つの革命の解剖」ではなく、「兵役を拒否した日本人 灯台社の戦時下抵抗」(参照)だ。先日書棚を整理して中学生のころ書いた日記なんかと一緒に発見したが、その後見つからない。間違って処分してしまったのだろうか。
 アマゾンの古書で安く買えるならまた買ってもいいけど、そもそもリストなんか載ってないだろうと思ったらそうでもなかった。紹介がてらに釣り書きを引用したい。


昭和14年、ほぼ時を同じくして3人の兵士が上官に兵役拒否を申し出た。彼らが所属するキリスト教集団灯台社は、以後苛酷な弾圧にさらされる。兵役を拒否し、信仰を貫くという行為に直面して、戦争への道を疾走しはじめていた軍隊や国家は、どのような本質を露呈したか。関係者の証言や新資料により、抵抗者たちの生き方を描く。

 明石順三はその灯台社のリーダーだった。
 私はこの本を読んで良心的兵役拒否というものを知った。中学生ながらに、世の中を平和にする・戦争を無くするというなら、みんな自分の良心から兵役を拒否すればいいのではないかと単純に考えた。そして、この思想の背景からクェーカーについて関心を持った。私はクェーカーの信仰は持たないがそうしたことを思っていると、人生にはちょっとした出会いのようなことはあった。
cover
良心的兵役拒否の潮流
日本と世界の非戦の系譜
 昔の読書記憶に頼るのだが、明石順三ら灯台社の人々は、良心的兵役拒否の考えに従ったというより、ごく単純に彼らのキリスト教信仰に従ったようにしか見えなかった。そういう人の生き方というのはなんなのだろうとも思った。平和・反戦が先にあったわけではない。後に私はマザー・テレサについても関心を持ち、カルカッタにも行ったくらいだが(現地の人に阻まれたが)、彼女の人道的な立場もまるで人道の概念に寄ったものではなく、ただの彼女の信仰の延長だった。しかも、その信仰はどうやら一般に理解されているものとはかなり違うことを知って驚いたことがある。
 明石順三について、私はいわゆる平和運動の人から話を聞いたことがない。ちょっとその方面に話を向けると嫌がられるというか間違った思想であるかのような対応を受けた。今思うと、平和運動というのは平和教とでもいうべき信仰の形態に近いので宗教的な対立でもあったのか、あるいは、いわゆる戦時下の反戦運動や一般的なキリスト教徒にはなにか、突かれたくない問題があるようにも思えた。
 灯台社は現在のものみの塔だと理解されている。ウィキペディアの兵(日本軍)(参照)の項目にはこうある。

兵役拒否
 兵役拒否は兵営で、あるいは一般社会で公然と兵役に付かない意思表示をすることである。
 「兵役に付かない意思表示」と一言でいっても、実行には信念と勇気が必要とされ、ひとたび意思表示をすれば、厳しい徴兵令(後に兵役法)違反として処罰された。兵役拒否にものみの塔(エホバの証人)など信仰、宗教上の信念に基づいて行ったものなどいくつかの例があるが、日本では兵役拒否についてあまり知られていないのが実情である。
 註:戦時にものみの塔代表だった明石順三は、アメリカ合衆国のものみの塔(Watch Tower)が戦争に協力したことに異議を唱え、敗戦後にものみの塔を離れている。

 日本で兵役拒否がその歴史とともにあまり知られない理由には、明石順三の評価が関係しているようにも思うが、それはさておき、この記述だと、平和信念の人明石順三が、あたかも日共に対立した筆坂秀世のように、米国本部と対立したかのようだが……そうとも言えないこともないか……確か事情は違っていて、明石順三だけではなく彼に従った人も自然に米本部から離れていったようで、戦前・戦中の灯台社と戦後のものみの塔とは人的にはつながっていないようだ。
 明石順三については反戦運動家や一般的なキリスト教徒が触れたくないような印象を持つのはそれが平和運動でもなく、また所謂異端キリスト教だったからだろう。
 この問題は私が高校生になってからも奇妙に心を離れなかった。というのは私の記憶だが確かあのころ、ものみの塔信者の輸血拒否が問題になっていたこともあるが、どうやら自分の高校で信者による体育の武道拒否者が出たようだ。私はこのことが気になって、幾人か先生に聞いたが、そんなことに首を突っ込むんじゃねー的な対応を受けた。
 そういえば以前暮らしてていた町でよくものみの塔の信者がやってくるので明石順三のことを聞いたことがある。どういう対応だったか忘れたが、彼らは私を覚えていていろいろ内部資料を持ってきてくれた。ある意味で貴重なものなのでファイリングしていたが、これも無くしてしまった。記憶によるのだが、米国のワッチタワーの本部としては、なにかの理由で明石順三は契約を裏切ったということになっていた。もちろん、訪問の信者はそんなことにはあまり関心を持ってないようだった。
 ウィキペディアの「日本の宗教家一覧」(参照)にはその筆頭に「明石順三」があり、彼をリストに含めた人の見識を評価するが、項目は書かれていない。
 明石順三は後年万葉集など日本の古典に魂の慰みを見つけたようで、その人柄や生涯の全体から考えてみたいと思うが、それでも、これまでの私の人生に彼が投げかけた一番大きな問いかけは、「狂信者にしか見えない人が私の良心である可能性がある」ということだ。考えてみたら、パウロもそのように見られていたな。
 ただの連想なのだが、先日胡錦涛訪米のおり、オープンのプレスで王文怡女医が胡錦涛の面前で法輪功迫害を止めよと叫び騒動になったことを思い出す。
 ワシントンポスト”Overreacting to Protest”(参照)によると、彼女はその後六ヶ月の禁固刑を食らったようで、同紙はそんなに重罰なのかと疑問を投げかけていた。私もそんなものかなとは思っていた。
 だが私は問題を勘違いしていたのかもしれない。三日付けのクリスチャン・サイエンスモニター”Organ harvesting and China's openness”(参照)を読んでぞっとし、よもやと思い返した。同記事は法輪功信者が臓器提供の対象となっているもので、これまでアングラ情報とされてきたものだ。

A report from two respected Canadian human rights activists, featured in today's Monitor and widely elsewhere, charges China with putting to death "a large but unknown number of Falun Gong prisoners of conscience" since 1999 and selling their organs - hearts, kidneys, livers, corneas - at high prices to foreigners. China quickly dismissed the charges.

The report's evidence is circumstantial, but persuasive. It includes a sharp rise in transplants that parallels massive arrests of Falun Gong members, websites listing organs for sale, officials at Chinese hospitals and clinics admitting by phone that they have Falun Gong organs on hand, and a shocking secondhand account from the wife of a transplant surgeon.


 やはりそうだったのかと思ったのはその事実ではなく、王文怡女医についてだ。ソースの信用性はよくわからないだが、カンザス・シティ・インフォジーン”Public Forum: Harvesting Organs from Living Falun Gong Practitioners for Transplant in China”(参照)にこうあった。

On April 20, Dr. Wang cried out at the ceremony for Chinese leader Hu Jintao on the South Lawn of the White House. Dr. Wang called out to Mr. Hu and President Bush to stop the organ harvesting from live Falun Gong practitioners in China's labor camps and end the 7-year persecution of Falun Gong

 これが本当なら私は彼女の叫びを聞いていなかったことになる。
 彼女は法輪功信者なのではないかと思うし、私にしてみると、奇妙な宗教の狂信者の類である。だが、もしかして、「狂信者にしか見えない人が私の良心である可能性がある」ということだったのではないか。
 この問題はよくわからない。情報源があまりに不確かだし、今考えると、ワシントンポストの扱いもあえてこの問題に触れてないようだ。たしかに、あまり考えたくもない問題でもある。人は本当の良心というものにあまり向き合いたくないものだ。

追記
 エントリ執筆後、次のページを知った。この情報が確かなら、明石順三は戦後、戦前の灯台社を再興したのち、一九四七年彼の本部質問状ゆえに除名となり、ここで灯台社と戦後のものみの塔は分断した。

ものみの塔日本支部の基本財産(参照

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コメント

↑そーゆー人々が『一夢庵風流記』とか読んだら発狂するんじゃないの? と言ってみるテスト。

 生きざま、人それぞれ。

投稿: 私 | 2006.08.10 00:13

明石順三の名前をどこかで聞いたことがあると思って少し考えたら、学生時代のゼミのテキストだった『戦時期日本の精神史』に載ってたことを思い出した。灯台社という名前からは宗教団体を意識しなかったこともおぼえています。水平社とか同種の政治的運動体と思ってたはずです。

投稿: ゾフィ | 2006.08.13 02:15

時々拝見しています。灯台社についてですが、下記のページで当時の様子が書いてありました。明石氏の奥様も大変な人生だったことが分かります。
http://www1.tst.ne.jp/fact/
http://www.geocities.jp/todai_sha/

投稿: zot | 2006.08.18 10:22

>ものみの塔日本支部の基本財産

そのページは消されているようです。グーグルのキャッシュは残っているようですが(8/27 午前0:27時点)。

投稿: | 2007.08.27 00:52

 サヴォナローラもアレクサンデル6世を批判して、火あぶりで殺されました。彼は「キリスト以外を主としてはならない。教会もキリストの主ではない。真理以外を主とするな。」といってローマ教会から破門され、惨殺されました。どちらに真理があるのでしょうか、明らかでしょう。キリストは福音書の中で、「この世は私の真理をもつことができない。」とはっきり述べています。カトリック信者より。

投稿: 大原邦清 | 2009.11.10 16:08


この記事面白かったです。

昔のエホバの証人は明石順三のことを覚えていたようですが。

家庭に伝道するときも資料を渡してくれたのは昔の話。

今は明石順三は裏切り者らしいです。

ホーリネス教団や日本共産党も明石順三のことは覚えてたのか?と思います。

記事にともかく感謝。良かったです。

投稿: 証 順三 | 2013.10.14 12:18

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