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2006.08.20

イスラエル兵に志願した移民の若者

 こんな話を書くと「おまえの本心は?」批判とか印象操作とかとか言われるのだろうか。しかたないか。それでも私は今回のイスラエルの軍事行動がよいとは思わないととりあえず断り書きしてから、心に引っかかっているこの話をちょこっとだけ書いておこう。
 先日ラジオでオーストラリアのユダヤ系移民の青年がイスラエル兵となり今回のイスラエル・レバノン紛争で戦死したというニュースを聞き、心に重くひっかかっていた。
 戦死したオーストラリアのユダヤ系移民の青年、エイザフ・ネイマー(Asaf Namer)君のニュースは、ネットを通して見るとそのガールフレンドと一緒の写真と報道されていて、いっそう痛ましさを覚える。ジ・エイジ”'Perfect son' dies at war in Lebanon”(参照)の冒頭を引用する。試訳を添えておく。


"THE moment he said he was going to Lebanon I knew I would not be seeing my boy any more."
(息子がレバノンに行くと言ったとき、この子をもう見ることがないかもしれないと思った。)

So spoke Tzahi Namer yesterday after learning that his son Assaf was the first Australian to die in the conflict in Lebanon.
(ザヒ・ネイマーは昨日、息子のエイザフがレバノンでの紛争で死んだ最初のオーストラリア人であると聞いて、そう語った。)

Assaf Namer, 26, a volunteer with the Israeli army, was killed in a battle with Hezbollah. He was a month short of finishing his army service.
(エイザフ・ネイマー二十六歳は、イスラエル志願兵となり、ヒズボラとの戦闘で戦死した。軍隊勤務終了を1か月余すばかりだった。)


 エイザフ青年はイスラエルに生まれ、十二歳のおり母とシドニー郊外に移住したが、二年前イスラエルに戻り志願兵となっていた。
 米国やオーストラリアなど各国にいるユダヤ人移民の子供がイスラエル兵となるというのはそう珍しいことでもない。
 恐らく話はトリビアの類だろうが、米国関連でも類似のニュースがあった。”Local Jews feel called to serve as Israeli army battles Hezbollah”(参照)。若者の名前はヨーニー・ゲラー(Yoni Geller)。

Yoni Geller told his parents in January of his decision. Over time, they came to accept it. But Israel was at peace.
(ヨーニー・ゲラーは一月に自分の決心を両親に話した。しばらくして、両親はそれを認めた。イスラエルはまだ平和な時期であった。)

The plane carrying their 19-year-old son toward his goal was in flight July 13 when Eddie Geller and Esti Gumpertz watched the first explosions of war flash across the television in their Beachwood home.
(十九歳の若者を乗せた飛行機が目的についたのは七月十三日。その日、エディー・ゲラーとエスティ・ガンパーツはビーチウッドの自宅で最初の戦火をテレビで見た。)

Their son called two days later from Haifa, a city in panic. Air-raid sirens had shut down the recruiting office before he could sign up, he said. That's when his mom pitched her plea. Come home, Gumpertz said. Don't do it. This is a war.
(二日後騒動のあったハイファから彼らの息子は電話をかけてきた。なんとか志願登録したら、空襲警報で徴兵事務所が閉鎖したんだと息子は言った。母親のガンパーツは息子に、家に帰りないさい、そんなことしてはだめ、戦争なの、と懇願した。)


 ヨーニー君がイスラエルの志願兵となったのは平時だが、両親も戦争に加わることを望んでいなかった。
 各国にいるユダヤ人移民の子供がイスラエル兵となるのは、その経験を通して移民の若者が学ぶことや、同胞という連帯感や友情を培う機会となるからでもあるようだ。

With its strong ties to Israel, Greater Cleveland's Jewish community has always sent a handful of young men and women each year into Israel's armed forces. But most enlisted when the Jewish state was at peace - or at least not in the throes of war.
(イスラエルとの強い連帯感から、グレーター・クリーブランド・ジューイッシュ・コミュニティは毎年イスラエル軍に男女若者を数名送っている。しかし、たいていはイスラエルの平時に限定される。テロと戦いの時期ではけしてない。)

 ヨーニー・ゲラー(Yoni Geller)という名前が気になったが、両親は別姓でEddie GellerとEsti Gumpertz。ゲラーは父系の名前だ。母系の名前を継ぐわけでもないのかと、以前書いたエントリ「極東ブログ: ユダヤ人」(参照)のことを感慨深く思い出した。

Gumpertz, a soft-spoken dermatologist, understands why her son went.
(穏やかな声の皮膚科医でもある母カンパーツは息子がイスラエルに行った理由を理解していた。)

His grandparents are Holocaust survivors. One of his grandfathers fought in Israel's 1948 war of independence. A bit ruefully, she says she raised him to know when to stand and fight.
(彼の祖父母はホロコーストの生き残りである。祖父の一人は一九四八年のイスラエル独立戦争で戦った。彼女は少し悲しげにではあったが息子に立つべきときと戦うべきとき知るように育てた。)


 第二次世界大戦後日本に生まれた私としてはこうした話を聞くと複雑な気持ちになる。

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コメント

人を勝手に殺さないでください。まだ彼は生きていますよ。
MR Yoni Gellerは、本年八月一日をもってイスラエル陸軍に入隊したばかりの新兵であり、未だ体力トレーニングの段階で、武器の習熟訓練も行なっていません。彼は本人が言っているように、未だ「歩兵として登録」されていない「新兵」であり、彼が前線に派遣されるにはまだかなり長い時間がかかります。

投稿: F.Nakajima | 2006.08.20 11:57

F.Nakajimaさん、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。

投稿: finalvent | 2006.08.20 12:15

RSSタイトル見てきたらこんな顛末…

つか、こんなのイスラエルじゃ普通にある話ですよ。
ユダヤ人の民族意識高揚記事に釣られるとは…

投稿: えーっ | 2006.08.20 12:26

ここでもう一つ添削を。

>今回のイスラエルの戦闘に志願した米国の若者についてだ。

「義勇軍」としていったわけではなく、単に「軍役を志願」しただけですからこの表現は不適切だと思います。

投稿: F.Nakajima | 2006.08.20 12:29

F.Nakajimaさん、ご指摘ありがとうございます。誤解されやすい表現だと思いました。訂正しました。

投稿: finalvent | 2006.08.20 12:36

>第二次世界大戦後日本に生まれた私としてはこうした話を聞くと複雑な気持ちになる。

 それならいっそ祖国に戻ってそこから考えてみるのも面白いかもしれませんな。立場が変われば視点も変わるかと。

投稿: ハナ毛 | 2006.08.20 20:36

ユダヤ人がユダヤ人としてのアイデンティティをどうやって維持していくかの一例ですね。なるほどこうやるのかと納得します。但し、同時に自分の居住国を仮の住まいとせざるを得ない民だからこそ。だともいえるでしょうが。

ここで逆の例として考えてみたいのが米国第442連隊の例です。彼らは民族のアイデンティティより、アメリカこそわが祖国とすることを誓い、血を流すことによりそのことを証しました。

私には日本人は、血の結束によって動かない国民だと思っています。では日本人を動かすにはどうすればよいか?
日本人が動くのは「義」によってのみです。少なくとも私はそう思っています。

投稿: F.Nakajima | 2006.08.20 23:01

醜い戦争だったのにね。

投稿: cyberbob:-) | 2006.08.21 06:26

戦争に醜いも美しいも無いよ。

投稿: ふんにゃか | 2006.08.22 02:07

 米国の選挙で在外投票する人がやたら多いのもイスラエルでしたね。大統領選だと、何千だか何万の単位だったような記憶が。

http://www.newsmax.com/archives/articles/2004/8/16/112451.shtml

「2000年にブッシュが当選したのはイスラエルからの票のおかげ」だと。

 しかし、ヨニー君の育ったミッドウエストあたりだと、周辺にはレバノン系とかアラブ系とかムスリムの人も結構いそうだけど、近所付き合いとかはどうするんでしょうね。そういや、M*A*S*Hに出てくるクリンガー伍長(オハイオ州トレド出身)もレバノン系だったんじゃないかな。

 アメリカ以外だと、ヒズボラへの志願兵も、増えてそうだなあ。

 あと、細かいですけど、

>グレーター・クリーブランド・ジューイッシュ・コミュニティ
 「クリーブランド周辺のユダヤ人社会」?

>ヨーニー君がイスラエルの志願兵となったのは平時
 すでに指摘がありますが、7月13日にイスラエルに向かう機中で、8月1日に基礎訓練開始なら、「戦時」の入隊かな?

>テロと戦いの時期
 in the throes of warは「戦争のただ中」くらいじゃないでしょうか。

 以上、お邪魔さまです。

投稿: harmoniker | 2006.08.25 14:45

最近イスラエルから帰国しました。
偶然このサイトをみつけ、丁度帰ったばかりなので書き込みさせて頂きます。

昨年のイスラエル対レバノンで多くの犠牲者の出た、イスラエルの北へ思いがけずに行く機会がありました。
その場所は現在イスラエルで行ける最北の土地といえるでしょう。
今は戦いが起きていないので、その街はとても静かなリゾート地といったところでしょうか。
山間の町にはたくさんのペンションがあり、イスラエルの人々は週末の休日を過ごすために訪れます。

山間の町からもう少し北へ登ると、その場所がありました。
石碑に刻まれたたくさんの人の名前、写真に花が手向けられキャンドルが置かれていました。
石碑の前にはレバノンから発射され、そこに落ちたミサイルの破片が置かれていました。
アスファルトには黒く焼けた跡がかすかに見て取れました。

私の友人はまだ23歳ですが、その戦争に出ていて当時既に彼女の下には何十人もの部下がいました。
彼女は写真の人物について1人ずつ説明してくれました。

彼女がその場を離れ下へ向かい走り出した何秒後かに、後ろから大きな音が聞こえ振り返るとそこには友人がミサイルの爆風で体が宙に浮いているところだったこと。

彼女が持ち場を離れその場所に行ったのは、その場に忘れていた携帯電話を取りに行きたかった。
そして、急いで持ち場に戻ったからその何秒かの差で、今彼女ががここ存在しているということ。

ミサイルを潜り抜けながらジグザグに運転をしなければいけないぐらいの戦闘がこの町で起こっていたこと。

この場に立たされた私は何も発言することができませんでした。
それはあまりにリアルなのにも関わらず、私には何の関係性も見つからなかったからかもしれません。
ちょっとしたブラックアウトに襲われた私の脳は、彼女の肩をさすってあげることすらさせてくれませんでした。

車内の張り詰めた空気をよそに、車は家路に向かい走り続けました。

こんな現実がある一方、中心の街は賑やかに人々は人生を生きていました。
テルアビブにあるムスリムの街へ人々はケバブサンドイッチを買いに車を走らせます。
しかし、心の中では友達とは呼びたくないと思っているようです。

それぞれの立場と思惑が絡み合い、微妙なバランスをとりながら危険な綱渡りをしている感じでした。

今回で2回目となるイスラエル訪問でしたが、初めての時に抱いていた疑問。
どうして分かり合えないのだろう?
これに関しては色々と考え、現地の人たちと話合いましたが結論は出ませんでした。
立場が違えば、視点が変わる。
本当にこの言葉につきます。

今現在、私たちにできる事があるとすれば、正しい知識を身につけ、正しい判断をくだせる人格を形成し、自由に意見を交換し合える環境をつくること。
正しいという意味は、他人を傷つけることのなく、自分に背くことなくということは含みます。
小さな努力ではあると思いますが、人は人からしか育たないので私たちが次の世代へ誇りを持って引き継げる環境をつくりたいですね。

投稿: cheechan | 2007.06.10 21:09

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