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2006.08.12

[書評]日本人と中国人(イザヤ・ベンダサン)

 「日本人と中国人」(イザヤ・ベンダサン)(参照)についてこのブログで取り上げることはないだろうと思っていた。分かり切った無用な議論はしたくない。だが、昨日のエントリでいただいた「うんこ」さんのコメント「かっこつけて間違ってたことを誤魔化そうとするから何年経っても進歩がないんだよ」に触発されて、あっ違った、もとうんこさんこと現「私」さんからのコメントで、この本のことを思い出した。


 倭寇の時代の物語など考察されると、今後10~20年程度の行く末が見えるんでないかと。>最終弁当(finalvent)

 氏が倭寇の時代の物語にどう謎を掛けているのか、よくわからないので、その応えということではない。思い出したのは、同書に描かれている日本と中国と倭寇の関係である。
 先日蒋介石国民党関連の資料を見ていたら「倭寇」とあって、いつまでたっても日本人は倭寇かよ、しかし歴史上の倭寇は日本人とは言えないぜと苦笑しつつ、しかしどっちにしても中国人にしてみれば日本人はイコール倭寇か、とさらに苦笑した。確かに日本はひどいものだった、というのは、いわゆる倭寇とされる略奪のことではない。日本は当時、日本刀という武器輸出国だったことである。
 足利義満の死後、義持は中国の礼を尽くした対応を無視して日中断行を決した。微笑外交がうまくいかなければ怒ってみせるのが中国(明)というものである。しかし日本はさらに無視した。この時代、中国が困惑していたのは倭寇であった。

彼が対中断行をしたのは、当然それなりの理由があった。しかしこの問題は、日本側からだけ眺めては不公平で、日中双方の問題点を調べねばならない。問題は倭寇にあった。倭寇は本質的は商人で、いわば私貿易業者というべきものであっただろう。というのは、中国側が自由貿易を認めれば自然に消滅するからである。

 そして自由貿易ができなくなると武装化する。余談だが、このようすは琉球もからんでいて面白いのだが先を進める。

では「政教分離」で自由貿易を許可しておけばよいではないか、なぜ、中国側は自由貿易を禁ずるのか、日本側は自由放任だから、中国側も自由放任にすればよいではないか、と考えたくなるが、そうはいかない理由が中国側にはあった。

 イザヤ・ベンダサンはそれを日本刀という武器輸出の問題と見ていた。

 この日本刀がどれだけ輸出されたか明らかではないが、一四五一年から一五〇〇年までの半世紀間(足利義成<政>-義高<澄>の間)、記録に残るものの総計だけでなんと約九万本になる。


 といって貿易を禁ずれば、相手はたちまち海賊に早がわりする。といって貿易を許せば、何しろ輸出品は日本刀しかないも同様だから、ずんずんと民間や地方豪族の手元に武器が流れ込んでしまう。倭寇といってもその主体は中国人である、ということは多くの資料が証明しているが、彼らの持つ武器がメイド・イン・ジャパンであったことは想像にかたくない。従って、倭寇にとっては、武器を売って民需品を購入してもいいし、武器を沿岸中国人に与え、その代償に民需品を掠奪させてそれを日本に持ち帰ってもいいわけだから、貿易を許可すれば途端に倭寇は静まる。しかしそれでは、武器の中国への自由流入を認めることになってしまう。中国側から見れば、当時の日本とはまことに始末の悪い対象であって、中国にとって、おそらくはじめて経験した奇妙な状態であったろう。

 現代日本は武器輸出をしない国家になってので、すべては過ぎ去った歴史と見ることもできるが、同様に困った別の物をだらだら現在も輸出しづけている国家と見えないこともないかもしれない。
cover
日本人と中国人
 倭寇の歴史は前期後期に分けれらるので、倭寇は単純に中国人とは言い切れない。「中世倭人伝(村井章介)」(参照)で描かれているように、日本人とも朝鮮人ともつかない集団という側面もあった。そしてこの集団は明朝崩壊から清朝成立に関わっており、今日の東アジア世界の基本のフレームワークを形成していく。
 話を本書の「日本人と中国人」に戻す。私はこの本を月刊文藝春秋掲載時から背伸びして読み返してきた。いつか単行本にならないものかと思ったがそうなるには長い月日が経った。山本七平ライブラリーで収録されそして現在は単行本となった。三十年以上の年月が経ったが今現在読み返しても新しいなにかが読み取れるだろう。
 本書の中心的な価値の一つは、南京攻略がなぜ行われたのかという難問への一つの回答である。その不可解さを理解する試みは、現在の日本人にも難しい。ただ、この問題はこれ以上触れない。

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コメント

>昨日のエントリでいただいた「うんこ」さんのコメント(中略)こと現「私」さんからのコメントで、この本のことを思い出した。

 よく分かりませんが、私がここにコメントを書くときはメールアドレスを記入しています。そうでない状態で何か書かれた場合、他人の発言ですので、お構いなきよう。

 私を文中に滑り込ませないようにねって言ったのに滑り込ませたのでポッコポコに殴ります。いい歳こいてポッコポコです。

投稿: 私 | 2006.08.13 06:10

>何しろ輸出品は日本刀しかないも同様だから、ずんずんと民間や地方豪族の手元に武器が流れ込んでしまう。

 たしか昔の日本では忍者の育成その他で「大麻」を使用しておりましたね?
 戦国武将・地方豪族の中には薬剤販売から財を成した者もあったでしょう。代表例では播磨黒田家(黒田孝高)とか摂津小西家(小西行長)とか。

 薬剤って何? とか。朝鮮交易で高麗人参ゲットしただけで財は成さんでしょ? とか。なんか混ぜ物したんじゃないの? とか。今回のエントリーとそのへんの戯言を兼ね合わせて考えてみると、ふつふつと面白いんですけど。

 極道が大手振って歩いてませんか? とか。何ゆえ歴史上の偉人ですかチャンチャラおかしいんですけど、とか。とかとか。トカチェフ。

投稿: 私 | 2006.08.13 06:18

いや、日本刀はたいしたことはない。当時の日本の硬貨は明銭(と宋銭)だったわけで、経済規模考えても数万本程度の刀ではあまりにも少なすぎる。
しかも、実際のところ買う相手も倭寇(商人)でしょうし。つうか豪族なんかいたの?

私は日明貿易とは銀(と金)を売って銅貨を買う流れだったと思う。
明は銀本位性だったにもかかわらず、昔から中国は銀の生産量が少ないため、外国からの輸入に頼らなければならなかった。
そして、明から見ると自由貿易とは政府の管理の届かない通貨が流通することで、(あるいは大量の偽造通貨が流通する感覚か)しかも勝手にインフレを巻き起こすため、黙認できなかったのではないかと。

投稿: たあくん | 2006.08.13 16:13

>経済規模考えても数万本程度の刀ではあまりにも少なすぎる。

 記録に残る(正規の流通ルートを通ったであろう)商品が50年で9万本って、微妙に「多い」と思いますけど。今で言うところの密輸拳銃みたいなもんですから。毎年1万8000丁押収されたら、なんでやねん、くらいに思うでしょ。「少ない」って見方は、ちょい見下し気味かと。


 ↑金銀銅の話にしてもそうだけど、要は昔の日本って国ぐるみで経済ヤクザ状態だったってことで、相手(中国?)の事情なんざお構い無しで自分らのやりたい放題やってるから、そこがヤバかったってことでしょ。昂じて朝鮮戦争しかけるし。

 今時の日本人が朝鮮人(テレビ的に北鮮人か)を蔑視・敵視・軽視する感覚と、昔の中国人・朝鮮人が倭人を野蛮視する見方が、被ってるんじゃないんかな?

投稿: 私 | 2006.08.13 22:55

>たしか昔の日本では忍者の育成その他で「大麻」を使用しておりましたね?

日本に自生しているのは薬効はありません。

投稿: F.Nakajima | 2006.08.14 19:48

私は山本七平氏の説は間違いだ。と考えます。

明代の海外政策の事を歴史的用語では「海禁政策」と呼びます。具体的内容はwikipediaに簡潔に纏められています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E7%A6%81

この文章の中で重要なのが、明が政策として朱子学及び農本抑商・自給自足体制・中華主義を取ったという一節です。つまり、中国は日本刀などの武器取引制限などというレベルではなく、国の基本政策レベルで、海禁政策を採ったのです。

なぜなら、貿易を行なえば、廉価な海外産品の流入により自給自足体制は崩壊し、卑しむべき商人に利を上げさせ、自由渡航を許せば朱子学の基本である朝貢主義が崩壊し、自由貿易は経済活動であり上下関係ではなく対等な相手同士による取引なのですから中華主義とは相容れません。

あと金融政策レベル、つまり銀本位制の話ですが、明は基本政策として重農主義を採っていたため、経済活動の中心は「米」です。日本で武士の給与を米の石高によって決めていたことを思い浮かべていただければ解りやすいと思います。

参考としてwikipediaの明の貨幣政策の項をご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E#.E8.B2.A8.E5.B9.A3.E6.94.BF.E7.AD.96

ところが、この記述を見ればわかるように、江戸時代の日本と同じように米→貨幣(銀)へ経済システムが変化してしまい、日本の幕藩体制と弱体化と同じことが明でも起こっています。日本の場合は薩長などの先鋭的な藩は貨幣中心主義へ経済を変化させましたが、明は結局最後まで適応できませんでした。

但し、銀の流入を止めていたらどうなっていたか、私は逆に明の経済は崩壊を早めただろう、と思います。なぜならその状態が続けば遅かれ早かれ貨幣不足によるハイパーインフレの発生は不可避でしたでしょうから。

投稿: F.Nakajima | 2006.08.14 21:07

間違えたー。ハイパーデフレですね。

投稿: F.Nakajima | 2006.08.14 22:33

>私さん
年1800本ですよ。一桁違います。
まあ、向こうからすればそれでも十分迷惑な話でしょうけどね。ほぼ全て倭寇(と、なりすまし)に使われたでしょうから。
でも、目くじらたてて禁輸するほどの量か?とも思う。

投稿: たあくん | 2006.08.15 01:34

「日本刀そのものではなく、いろいろ使い道の有る砂鉄を練成した質のいい鋼の塊」として明は輸入していたのではないか・・という説をどこかで聞いたことがあります

投稿: Gryphon | 2006.08.21 21:48

 最近、吉田松陰が話題になっていますが、山本七平の『日本人と中国人』には次のような一節があります。
 「確かに朱舜水以来の水戸学派の影響は大きいし、『日本こそ中国なり』の山鹿素行およびその門下が吉田松陰に与えた影響は、彼の一書簡に『中朝事実逐々研究、感激の至りに絶えず』とあるように決定的で、系統的に分ければ彼は素行学派に入る。そして彼が明治維新に与えた影響は、これまた決定的といわなければならない」
 つまり、吉田松陰を尊皇思想史の中に位置づけて理解することが極めて大切だということです。
 こうした山本七平の歴史認識の正鵠は、(期せずして)立花隆の『天皇と東大』(下)で実証(追認?)されているように思います。(「皇国史観」の平泉澄の、昭和の軍部(高官ならびに中堅将校)、宮中、近衛文麿首相、東条英機首相などの政治中枢に対する影響力がいかに決定的なものであったか、また、終戦阻止クーデタ計画は平泉門下生が中心をなしていたことなど)
 また、近刊の『東条英機歴史の証言』(渡部昇一)で紹介されている東条英機の東京裁判宣誓供述書を読むと、読売新聞が「昭和戦争」の最大の戦争責任者とした東条英機も、実は、平泉「皇国史観」に心酔した善意の大東亜解放者だったことがわかります。「日本人には中国と戦争した意識がない」という反省が敗戦直後にありましたが、この謎は、山本七平によってみごとに解読されました。
 豊臣秀吉の起こした「朝鮮の役」が「小東亜戦争」であったという驚くべき創見など、『日本人と中国人』は、私たちの意表をつく独創的で説得的な分析に満ちています。今後の日中、日韓(朝鮮)関係のあり方を考える上でも必読の書であると思います。とりわけ安倍氏にはご一読いただきたいものです。

投稿: 渡辺斉己 | 2006.08.26 16:07

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受信: 2006.08.14 11:37

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