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2006.07.30

 晩飯に冷凍食品の中華でもと買いに出てスーパーの入り口に立つ。またお盆用品が並んでいる。新暦盆の後は月遅れであろうか。それにしては早い。旧盆はというとまだまだ先。いやいやようやく明日が七夕である。墓掃除しろよ。
 いつになく人が多い。人に囲まれると私は魔法にかけられたように呆然とすることがあるが、スーパーの入り口でちょっと我を忘れ、盆花の、こう言ってはいけないのだが、神社裏の色町のような、きつい彩りを見ていた。
 遠い死者を祀るときはこんな彩りが良かろう、と下段を見ると常緑樹が切りそろえて売られている。まさか、よもや、と思ってみると、疑念を持つまでもない、榊である。榊の葉なんてものが売られているのかとまた呆然とした。

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 榊を買う人がいるのか。いるのだろう。盆花を買う人もいるのだ(盆花といっても禊萩ではない)。アパート、マンション暮らしとなれば榊を庭に植えるわけにもいかない。当たり前のことだ。が私は驚いた。
 売られている榊の葉を見ながら実家の庭の榊のことを思った。秋には紫の実がなり、鳥がついばみに来る。子供の頃あの実の紫を紙に染ませて乾かし、リトマス紙のように使ったことがある。連想がいろいろ沸く。そういえば二上山にも榊があったな。二度登った。夕暮れ時にあの山に一人残されると霊気漂う感じだった。
 榊は言うまでもなく神木である。字を見てもわかる。木に神で榊だ。日本語のサカキは……と自分の記憶を辿る前に字引を引いて、ほぉと思う。大辞林には「栄える木の意」とある。ほんとか。広辞苑を引くと「境木の意か」とある。異界の境の木というのも奇妙に穿った釈に思える。私はというと、単純に、源氏物語ではないが、賢木と読み下していた。賢き木である。あなかしこ。ゆえに神木という理解であった。
 榊が神木というのは元々は常緑樹であるからなのだろう。日本の山は、一部の地域を除けば、広葉樹林であり、そのなかで常緑樹の榊は目立つので貴ばれたのではないだろうか。

大伴坂上郎女、神を祭る歌一首 並に短歌(万葉3・379)

ひさかたの天の原ゆ
生れ来たる神の命
奥山の榊の枝に
白香つけ木綿とりつけて
斎瓮を斎ひ掘りすゑ
竹玉を繁に貫き垂り
鹿猪じもの膝折り伏せ

手弱女の襲取り懸けかくだにも吾は祈ひなむ君に逢はじかも


 榊の生うるのは万葉の時代から奥山なのだと改めて思うのだが、奥山とは、とここでもまた辞書を引いてみたが、人里離れた山、奥深い山、深山と詰まらぬ釈しかないが、これは超えるべき有為の奥山でもあろう。有為は有為転変に原義を残すが無常の尽きるところでもあるのだろう。となれば、榊とは境の木か。
 盆の起源はそれが盂蘭盆の略であるように仏教というよりは粟特人(参照)の風習であろう。異界観もそれに近いものだったのだろう。榊に担われる常緑樹の信仰は何に由来するのだろうか。
 そういえばとウィキペディアをひいてみたら榊の項があり(参照)、意外な話があった。

近年、店頭に並ぶ神棚用のサカキは、日本の業者が中国で栽培し輸入したヒサカキが大半をしめている。

 そうなのか。
 スーパーのもヒサカキだったか。

店頭に並んでいるサカキとヒサカキを見分けるポイントは葉のふちで、葉が小さく、ふちがギザギザならヒサカキ、表面がツルツルしていて、ふちがぎざぎざしていない全縁ならサカキである。

 縁にギザのないのがサカキらしい。「極東ブログ: カネは天下の回りもの」(参照)みたいな話だな。

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コメント

http://www.kyukaen.com/sakaki.html
此処に榊の写真と商品配送なども掲載されています。記事をよく読んでお店で買う時に参考にすると便利です。ところで今日30日に
以前(極東ブログ)さんの記事で紹介されていた、アフリカのコンンゴの選挙がニュースに放映されました。http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2005/10/post_cc76.html (極東ブログ)≪ アフリカ貧困問題に関連する人口増加と不埒な余談です。全く資源があるゆえの悲劇ですね。外国が国内紛争を起こして内戦続きの悲劇を演じた。旧ザイール、コンゴ共和国と国名を変えて来た。日本もレバノンのようにヒズボラが内部でエイリアンとなって今回のイスラエルと紛争してるように、国内の媚中派が中国共産党や北朝鮮を引き入れる危険が無いとは言えませんねー。国論を二分して、其処へ引き込むのが国家転覆の常套手段だと言う認識が無いのが不安です。

投稿: ようちゃん | 2006.07.30 20:44

 榊はウチでもよく売ってるけど。
 まあ、団地とかマンション住まいとか、土地に縁の無い人がよく買いに来るよ。
 こっちは山入ってテキトーにうろついたらナンボでも採れるから生えすぎウザいくらいにしか思わないけど、採れない人には金出すほどのモンなんでしょう。

 最近ほほーと思うのが、世代的にfinalventたんとかそれ以上・・・定年以降世代の連中がよく買うかなってことか。若い衆が親に言われてしぶしぶ買いにくるとか、そういう光景は、ありそうで無い。街に住んだまま里帰りくらいでしか田舎に来なさそうな風体の年寄りが(山に逝って採ってくる)手間ひま惜しんで買いに寄るってスタンスがほとんど。
 買って貰う身であるゆえ大きくは言えんけど、普通そういう年頃の連中は「自分ちの周辺で採って来る」「田舎に帰ってから採りに逝く」「榊に依らず他の献花をする」あたりだったんだけどね。昔・・・10年くらい前までか。
 ケチらないというか金で済ますというか手間ひま惜しむというか楽しいというか。そんな感じで見受ける。

 都市部の相場は知らんけど、私んちだと一束50~100円(品質による)くらいかね。こないだデパート逝ったら198円だったから、ボッてるなぁと思ったけど。まあ、商売だとそんなもんかと。

 ちなみに昔は、近所の若い衆が田舎に帰って榊欲しいとか言い出したら、ご近所の山に(許可とって)入って採っても、それほど文句は出んかったんよ。
 でもね。
 居るでしょ。
 挨拶に来るのがヤダとか、頭下げるのがヤダとか、知らない人に会いたくないとか、入りゃ入ったで地主が頭抱えるほどたくさん採り尽くすヤツとか、ゴミ捨てて帰る馬鹿とか。
 そういうのが積もり積もって、お前ら来るないい加減にしろって流れになってみたりして。
 やんないヤツはやんないけど、やるやつはトコトン。で。逆鱗。追放。でも必要。商売。買うほうが楽。手抜き。面倒。やんねえ。とりあえず金。

 そんな感じかなーと思ってみる。全国的にどういう傾向かは知らんけどさ。

投稿: 私 | 2006.07.31 00:48

>榊の生うるのは万葉の時代から奥山なのだと改めて思うのだが

 ウチの山はそれほど奥山でもないよ? っていうか外周1km程度のボタ山でも余裕で採れる。奥山のほうが自生しやすいのは事実だから奥山の木のイメージがあるのかもしらんが。
 榊は日差しの強い場所だとそんなに(都合よく)育たない。周辺に大きな木が生えてたり日陰に成り易いところに多く自生する。んだから奥山のイメージなのかと。

>有為は有為転変に原義を残すが無常の尽きるところでもあるのだろう。となれば、榊とは境の木か。

 まとめとしては不必要に高雅だなって気も。「榊とは境の木」は、大ピンポン。「か」じゃなくて「だ」でもいいよ。別に。境に植える木の意味もあるんだよ。山の境界線とか植えて所有権を主張したりするのに使う。榊の木は不必要に大きくならず、それでいて目立つから。

>榊に担われる常緑樹の信仰は何に由来するのだろうか。

 生まれ変わり信仰とか再生信仰じゃないですかね?
 ちなみにウチの山にはサカキもヒサカキも両方ありますが。何か?


 信心・信仰面での切り口だったんで、そういう見方もあるね(ウチでも信心・信仰面については似たような見解)って感じだけど、別に信心だけが世の中を切り盛りしてるわけでもないんで・・・至って現実的な・・・その利用法いいね? 的な即物感で動いてる場合も。

投稿: 私 | 2006.07.31 01:03

 書いてる途中でふと思ったんで序で書き。

>有為は有為転変に原義を残すが無常の尽きるところでもあるのだろう。となれば、榊とは境の木か。
>境に植える木の意味もあるんだよ。山の境界線とか植えて所有権を主張したりするのに使う。

 境に植える木→境界線や領土主張→墓所確保の意思表示、という面も。主張しなきゃいじられる可能性って否定できんわけだわ。今時そんな馬鹿まず居ないんだけどさ。居るとこには居るから安心はできん。

 榊の木って日持ちがいいから、供えて1週間くらいは美しさを保ってる。
 そういうのがわざわざ植えられるってことは、墓守りの意思がある・・・所有権や尊厳の主張をしている・・・という風に周辺から看做される。健在ですよ、と。木が語る。
 逆に言うと、榊の木が無いと、仮に子々孫々健在でも所有権を放棄したものと看做される。生きてりゃいいってもんでもないんだ。
 そんな効果も考慮されたし。

 日本人は奥ゆかしいとか不必要に自己主張しないとか一般的に言うけど、必ずしもそういう訳でなく、結構断乎とした意思表示をすることも、ある。
 むしろ墓守りには棘のある木を植えるほうが普通でさぁ。


 あと。今はやんないけど。昔の人ってパンツにまで名前書いてたでしょ。そういう時代の空気っていうか、むしろ数百年単位でそっち感覚のほうが主流でわ? ってな感覚も必要。

投稿: 私 | 2006.07.31 01:39

こんにちは。
我が家に自生してのさばっている木がどうやら榊らしいと気づき、ぐぐって、こちらにたどり着きました。

愛知県でも、榊、いっぱい売っていますよ。
ス-パーで210円くらいですね。
うちも、買っていました。

確かに榊って奥山にあるイメージだったので、まさか、我が家の狭い庭に二本も住み着いているとは……

この子達は、根元から斬っても、新しい枝を伸ばして生き伸びています。
生命力強いんでしょうか……

投稿: maki kuzuha | 2006.08.07 18:33

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