« 日銀福井総裁の村上ファンド投資問題、只管傍観 | トップページ | 恋は四十過ぎからの時代へかも »

2006.06.16

貧乏について

 雑談。このところ、時折貧乏について思う。貧乏といっても、世代によってすごく感受が異なるのではないか。私は昭和三十二年生まれなので、ある意味で上の世代のすさまじい貧乏を知らないと同時に、下の世代のように、おや?この人たちは貧乏というのを知らないかと思うこともある。もっとも貧乏は世代の問題じゃないというのもあるだろうが、世代の問題というのもある。床屋談義に向いている。
 私はたぶん最古参のネットワーカーだと思うがネットに触れたとき、ほぉ文学なんて恥ずかしいものを読んでいる人が広い世間にはやっぱりいるのだと思った。身近な周りにはいなかったし、というか世界って広いもんだ、東京には出てみるべさ的な感じがした。そうした中で十歳も上の世代の人の交流もありいろいろ伺ったが、なんというかなにかと貧乏だな、この人たちと思った。けっこう中流家庭の人でもなんか世代的な貧乏なのである。コッペパンにマーガリンを薄く塗ってジャムを塗って食うという話になんの意味があるのかとか思ったが、その意味の空間に歴史があるのだろう。吉本隆明の料理にほうれん草のおひたしに醤油をかけるというのがあるのだが、その前に味の素を振る、えっ? リキッドアミノでしょとか洒落はさておき、なんつうか貧乏臭ぇとか思った。世代的な感性でしょうね。
 じゃ、おまえさんの貧乏じゃないってどうよ、なのだが、先日、人とクリスマスケーキの話をした。私が時間待ちに料理の本を読んでいると、なによ?と言うのだ、イギリス料理と答える。イギリス料理って何よ?というので、いろいろあるがスコーンとかクリスマスケーキとかいうところで写真を見せる。不味そうなんだよねこのクリスマスケーキと私が言うと、これって本当に食べるのかしらと答える。意味がわからないので聞くと、一か月くらい熟成させるというのだ。え?みたいな話から昔の話に移るのだが、私にしてみると五十年代から六十年代のアメリカの消費生活が貧乏じゃないという無意識の象徴のようだ。つまり、私も歴史の無意識のなかにいる。
 昨今勝ち組負け組とか、格差とかよく言われるのだが、私はあまりピンとこない。ここだけの話こっそり言うのだが、日本社会というのは格差以前に家の品格というものがあって、特に縁談システムに機能していた。あの家は貧乏だが家柄は良いとかいうのである。もちろん、民主主義日本にとっていいことじゃないしおおっぴらに言えるこっちゃない。それと私が子供の頃には「世が世なら」みたいな話はよく聞いたし、曾祖父近衛兵の私もその感じはちょっとわかる。貧しても品があるみたいなものだった。それもすべて敗戦という歴史の無意識のなかにいたということなのだろう。
 私の父母たちは貯金ということが生活様式になっていた。ピギーバンクといってもいっても米国みたいなもんじゃないエースコックの貯金箱とかが子供にも普通にあった。今考えると、貯金といっても最終的に国家の投資に回っているのだから、もっと利回りのいい民間部門が使えそうなものだが、いずれそういうチョイスはなかった。で話だが、子供のころから無駄遣いはしない、貯金はするという生活様式は私にも少し浸透していたので、あるいは家の気風というのもあるのかもしれないが、世の中に出てから人の金遣いの荒いのに驚いた。カネがあって金遣いが荒い人もいれば、カネがなくても金遣いが荒い人がいた。世の中というのは面白いものだなとは思った。
 若い頃勤めていた会社で財形と社債があるのを知ってするっと買った。会社の人にえらく褒められたがピンとこない。貯金の延長の感じでいるだけ。その会社を辞めるときは、それなりの額になった。サラリーマンの収入が安定しているというのは支出も安定しているということかもしれないが、少しづつセーブしてかつ金利が高い社会なら、じっと我慢の十年くらいでお家を建てられるように世の中というのはできているものだなと思ったし、そういうことができればお嫁さんも貰えるのであろう。「おうち」とか「およめさん」とかレトロな響きがするな。
 今月の文藝春秋に橘玲の「55歳から金持ちになる方法」という面白い記事があった。いや、ごく普通のことが書いてある凡庸な記事というべきかもしれない。ま、私には面白かった。エピソードのなかに、金利がまともな社会で夫婦働きで貯蓄をすれば自然に億万長者になるという話があった。そうなのだろう。普通に億万長者にならなくても、それなりに貧乏にはならない、今のような日本であっても、と思う。
 ぼんやり考えた。二十代後半から五十に手が届きそうなくらい娑婆の空気を吸ってみて、自分の馬鹿でどれだけ損したかな。貯蓄心があるとか言ったわりに、顧みると、ところどころで大きな損をしている。総額で一千万円くらいか、もっとか。馬鹿だったな俺とか思うのだが、世間を見渡してみると、マクロ経済学的にと言うべきか(洒落ね)、普通の人でも娑婆に出て四半世紀していると一千万円くらいドジな損をしている。普通の人っていうか庶民ってそんなものなんだろう。計画通りにいかないとか、不運があるとか、騙されたりとか。もっと多いのは、小銭を垂れ流してビンボダンスか。逆に言えば、世の動きに聡い人、好機のある人、騙す人、小銭をマジで締めるられる人というのは金持ちになるだろう。
 うまくいけば、四十代後半で一千万円くらいの余剰ができそうなものだが、見渡すにそんな人は見かけないっていうか不動産化しているのだろう。「金持ち父さん貧乏父さん」(参照)のいう負債だな。あはは。起きて半畳寝て一畳。一畳も安くない。

|

« 日銀福井総裁の村上ファンド投資問題、只管傍観 | トップページ | 恋は四十過ぎからの時代へかも »

「生活」カテゴリの記事

コメント

子供の頃には、味の素はよく使っていたような気がします。
うどんの国の人なので、半ドンの土曜日はうどんに醤油と味の素で昼ごはんだったり。
自分はfinalvent氏から更に一回り下の世代なのですが、吉本隆明と同じようなことをやっているのはきっと親(戦前生まれ)の影響でしょうね。

投稿: さんだぁ | 2006.06.16 12:23

同年代でもあるしこっそりコメントするわけだが、高校卒業するまで日本海側の片田舎に住んで、「あの家は貧乏だが家柄がいい」という事例が思い浮かばない。「家柄がいい」は常に「裕福」とつながってなかったか?そもそも貧乏という段階で家柄がいいとはいわなかったような…

投稿: runbini | 2006.06.16 12:23

>「あの家は貧乏だが家柄がいい」
おそらく地域差もあると思われ。
欧米ではもっとでしょうね

投稿: 俺 | 2006.06.16 12:44

「あの家は貧乏だが家柄がいい」それをいっているのは、ほとんどが家柄がいい立場の人でしょう。家柄悪けりゃ、あたしもあなたも皆貧乏、どこが違うのよっていうことで。

投稿: ryuzin | 2006.06.16 13:26

キヨサキ先生が最近言うことを変えてるみたいで興味深いです。借金して不動産買えと言っています。
目利きが出来れば問題ないそうです。それが出来れば貧乏な訳が無いのですが。
そろそろ米の不動産熱が醒めるそうですがそのときにはなんて言うんでしょう。
原資の必要な商売はやめて金持ちになるセミナーを開け、でしょうか。

投稿: papepo | 2006.06.16 13:42

あの家は金持ちで家柄がいい状態
 ↓
没落
 ↓
あの家は貧乏だが家柄がいい状態

普通はこんな過程を経るんでしょう。
没落の事例は、大都市(特に東京)ではざらに見られるけど、「日本海側の片田舎」じゃあんまし無いんでしょうね。
田舎で没落すると都会に出てっちゃって地元に残らないし。

自分は40代だけど、亡親は何にでも味の素をかけてたな~
おひたし、焼き魚、冷や奴etc
吉行淳之介のエッセーに、昭和30年代に田舎出の小娘をお手伝いさんに雇っていたが、その小娘をが辞めるときに味の素の大缶を盗んでいった、というハナシがありました。
当時は味の素が盗むに足る商品だった訳ですね。

投稿: SM | 2006.06.16 14:28

>うまくいけば、四十代後半で一千万円くらいの余剰ができそうなものだが、見渡すにそんな人は見かけないっていうか不動産化しているのだろう。「金持ち父さん貧乏父さん」(参照)のいう負債だな。あはは。起きて半畳寝て一畳。一畳も安くない。

一畳も安くない。というよりは一畳が安くないのでしょう。
住居関連の出費をどれだけ抑えられるか。ということがお金をためられるか否かということに繋がっていくのでは。
そこそこの一流企業に勤めて、実家に住んでいるか何かで、住居費を限りなく0に近づければ5~6年働いて1000万円貯めることが可能らしい、です。

投稿: キングフラダンス | 2006.06.16 17:58

「金持ちだが家柄が悪い」というのはよくありますね(笑)。以前私の姉に見合い話があったとき、パチンコ屋の息子とか土建屋の息子とかは、うちの両親はすぐ却下していました(笑)。

投稿: ken | 2006.06.16 21:17

金持ちかどうかは知りませんが、
あんな品格のない人間が日銀の総裁なんかを
務めてしまっていいものなのでしょうか?
白洲次郎的にはプリンシプルと言ってもいいでしょう。
村上ファンドなんて味の素以下ですよ、あんなの。
品格のある人はそれが分かるはずです。
ルールの明確化以前の問題ですよ、あんなの。

貧乏人は昔から貧乏人のままです。
貧しくなったのはエリートたちです。

投稿: 貧乏人 | 2006.06.16 23:49

>そこそこの一流企業に勤めて、実家に住んでいるか何かで、住居費を限りなく0に近づければ5~6年働いて1000万円貯めることが可能らしい、です。

 年収180~240万円の分際で「7,8年で1000万円くらい貯められるんじゃない?」とか言ってるフザけた生命体がやってきましたよ?

投稿: 私 | 2006.06.17 08:28

 私とかかなりフザけたキャラやってるんで誰も信用しないと思うけど、そこそこいい家柄(笑)の人間ですよ? 何だかんだで500年続いてますしw
 そこそこの小金もちになる条件を伝授しましょ。

※無駄金を使わない
 →ここで言う「無駄金」は、変な投資や霊感布団みたいな怪しげな商品を買わないってこと。日常生活から異常に切り詰めても、意味無い。そういう方面に目が向く人は、貧乏性。

※お金を使うときは、どんな些細なことでも見返りを得る
 →私の場合だと、コンビニで買い物したらお店の人と雑談して笑いを得るとか、情報を得るとか。お得意さん扱いされると微妙に値引きされたりする(コンビニなのにw)。他にも、近所でやってる出店・屋台の人とか相手に散財してるね。んで、仲良くなってる。「仲良くなるために金を使う」という感覚、重要。

※見栄を張らず交際費を極力抑える
 →交際費がいっちゃん金遣う。友人関係は自分にとって絶対に重要なごく一部に留めて吉。但し、一旦人間関係を構築したら、そういう連中への支援や贈物は怠らない。毎月とか年がら年中とか、そこまで言わなくていいから、気が向いたらなんかやるとか。そういう部分で繋がりを作っておくの重要。

※物保ちをよくする
 →私んち(旧宅)だと、江戸時代の財布とか寛永通宝とか天保通宝とか、納屋にフツーに転がってました。美品状態で。あとまあ「物保ち」ではありませんが、父ちゃんは廃材や家電の廃棄品を拾って修理して使うのが趣味で、私は野良犬や縁日の金魚を拾って自宅で育てて大きくするのが趣味。先日、わんたん三代目が生まれました。親子孫3代飼ってます。

※「蓄財」という観念を持たない
 →10年ほど前に旧宅から新宅へ引っ越したんですけど、その際旧宅を買い取ってくれる方に、それまで地道に溜め込んだ家財を一切合切売り飛ばしました。しかも超廉価で。私とか「勿体ぬー」なんて思いましたが。新宅を買い取ってくださった方、「なんか大正時代の時計があるんですけどw」とか言って凄く喜んでくれましたね。壊れてたんで使って無かったですけど、新宅居住者が修理して使ってるらしいです。

※他人には親切に
 →旧宅を買い取ってくださった方が、農地を借りて無農薬農法とかやってるんですけど、私んちもよく手伝いに逝ったり、寄り道したときにお話したりします。んで、さりげなく支援。
 人間関係を安易に切らない。重要。

※権利関係に執着すべし
 →先祖伝来の土地は売らない、に集約されます。権利は持って吉。貸して中吉。売って凶。
 働いてお金貯めて土地財物等「権利関係の発生するもの」を購入し、権利を欲しがる人間に「貸す」。これが、財を増やす秘訣かと。
 あとは、荒稼ぎをしないこと。家賃収入だけで生きるとか、そんな真似したら不平不満が溜まるに決まってる。そういう面で貧乏人の神経を逆撫でしてもしょうがないんですな。
 権利? 持ってるよ? 不労所得? あるよ? でも頼ってねえ。自分の収入は自分で働いて確保するよ? って感じ。
 だいたい年収の5%くらいですかね。不労所得の占める割合は。その程度に収めて吉。欲を張らんことですな。

※自分一代で何かしようと思わないこと
 →じいちゃんケチ父ちゃんドケチ俺ハイパーケチ、みたいに3代くらい使ってなんかやろう、みたいな気長さが必要。自分一代で何かやったことに関しては、恬淡とすべし。
 私の父ちゃんは「自分が買った土地や財物は自分の判断で売買していいけど、じいちゃんに譲って貰ったものは勝手に売ったら申し訳ない」という気構えでいます。私も同様。

 そういう感覚でいると、必然的に財が貯まるんですな。

 血統も、何代も続くと馬鹿や阿呆が必ず出るんですな。そういうとき困らないように(下手なことやって血筋が絶えないようにするために)財物を蓄えておく、みたいな感覚か。
 なにかやってやろう、自分の人生をより豊かにしてやろう、みたいな「自己中心的感覚」で財産を蓄えようとすると、無理が来ます。で。無理したら遠からず潰れます。
 そのへんは、避けて吉。べつに、偉くならなくていいんですよ。そんな感じ。

投稿: 私 | 2006.06.17 09:08

>「自分が買った土地や財物は自分の判断で売買していいけど、じいちゃんに譲って貰ったものは勝手に売ったら申し訳ない」という気構え

 自己レスですが。↑的感覚、すんごい重要なんですな。人のもの勝手に売っちゃうようなヤツは、「自他の区別が付かない」「何でも自分判断が通ると思ってる」「俺のものは俺のもの、他人のものも俺のもの」感覚で居るって証拠。そういうヤツは、貯めるときは人の何倍も貯めるかもしれませんけど、散財するときは限度考えないで使いますからな。破産に近い系統の人なんですな。要注意。避けて吉。
 物を大事に。人から物を借りたら返すときは借りる前より綺麗にして返す。日本古来の教えです。

投稿: 私 | 2006.06.17 09:17

 「自宅」という感覚が、そもそも良くないんですな。
 ご先祖様からの授かり物って感覚、重要。
 なんで、「家賃払わなきゃらならんのだろけど払い先が物故して払わなくていいから」「とりあえずとっとく」「私が物故したらそんとき払う」って感覚か。
 蓄財と申しましても所詮そういう感覚なんで、自分のために貯めてるって感覚は殆ど無し。

 人様に生かされているから今が在る。

投稿: 私 | 2006.06.17 09:45

 だいたいな。貧乏とか言うからアレなんだ。

 ビ(ー)ム棒、とか言ってしまえば宇宙まで飛べるぜって感じ。

 お前ら好きだろ。いい歳して。うわ臭っせえ。

投稿: 私 | 2006.06.17 16:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 貧乏について:

« 日銀福井総裁の村上ファンド投資問題、只管傍観 | トップページ | 恋は四十過ぎからの時代へかも »