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2006.06.22

秋田小一男児殺害事件、妄想かもの印象

 秋田小一男児殺害事件についてあまり関心はなくなんとなく耳にする程度の情報しかないのだが、世相としてみると話題は依然続いており、世相のログとしてちょっとだけ印象を書いておいてもいいかもしれない。もっとも一部で馬鹿呼ばわりされている当ブログにさらにこんなことを書くのもなとも思うが。いずれにせよ、今回のエントリはあまり考えたものではなく素直に自分の印象だけだ。なお、この話題について週刊誌的な記事は事件発生前後に少し目を通したが、その後は関心がなくほとんど読んでもいない。基本的なところで私は事件を勘違いしているかもしれない。
 まず目下の秋田小一男児殺害事件だが、米山豪憲君(七)の死体遺棄容疑で逮捕された畠山鈴香容疑者(三十三)が犯人だという印象は私の心の中では少しぼんやりとしている。が、犯罪に関わっていたことはほぼ間違いないのではないかとは思うし、死体遺棄については確かだろう。
 犯罪に関わった畠山容疑者の動機だが、そこがわからないと言えばわからないのだが、なんとなく印象として思うことはある。それを言うには、畠山容疑者の長女彩香ちゃん(九)の死についての印象が先立つ。この事件は彩香ちゃんの死との関連があるだろう、どのような関連かは明確にはなっていないとしても。
 昨年の彩香ちゃんの死は警察の扱いでは事故死ということになっている。この点について、畠山容疑者は事故死ではなくなんらかの犯罪があったのではと疑念を抱き、警察に違和感をもっていたようだ。また彼女自身もそうした意図の背景からビラなどを作っていたらしい。このあたりの話は私はなんとくメディアで知った。
 畠山容疑者が、娘彩香ちゃんの死が事故死ではないと疑念を持ち、表明していたのはなぜだろうか。
 事故にしては不自然だからという思いがあったと考えるのが一番素直な推論だが、考えようによっては、それが事故死ではないことを彼女が知っており、またそれを警察に明らかにして欲しいという意図があったのかもしれない。
 彩香ちゃんについては保険がかけられていたという話がある。噂として聞く程度で報道を通して事実の確認はできない。そうした噂が出るのは、彩香ちゃんの死からの一連の事件が保険金目当ての殺人というストーリーを付けたいからだろう。私はその発想はあながち違うとも思えない。ただわからないのは、彩香ちゃんに保険金がかけられていたかという事実性もだが、仮にそうであるとして事故であることと事件であることの差で、保険金に差があったのだろうかということだ。あるとすると事件であることへのインセンティブが働くかもしれないとは思う。
 話を端折る。彩香ちゃんの死について目下世間の関心は畠山容疑者が関わっていたかということだろう。私は、特になんの根拠もない印象なのだが、関わりがあるだろうが、殺人ということはないだろうと思う。母は子供を殺さないものだという信念から思うのではない。そんな信念はない。畠山容疑者は非情な親であるかのように報道されているが、私がなんとなく見聞きした印象ではこの人は自分の子供を殺す人ではないと思う。
 という前提に立ち、彩香ちゃんの死が事故死でないなら、そしてそれが事件性を持つなら別のストーリーが要求される。
 豪憲君の死に戻る。私は、畠山容疑者が殺人犯であるとしても、豪憲君に対する直接的な関係性はなかったのではないかと思う。つまり、豪憲君への憎しみとかなんらかの口封じとかいうことではないだろうと。では、なぜ? 
 私は怒りではないかと思う。あるいは理不尽な状況に対する心理的な補償、バランスを求めたのではないか。自分の娘が理不尽に殺されたのに、なぜこの子は生きているのかといったものではないか。殺意というより、理不尽な状況に対する自己憐憫からの反抗なり、あるいはそれ自体が誰かへ憎しみのメッセージといったものではないかと思う。
 と、そこまで書いて、別になんか真相をほのめかすというわけでもないが、これ以上書くことができないし、その必要もないだろう。なにより、以上の話はただの妄想と言われてもしかたがないものだ。ただ、もしこの妄想が真相の一部であるなら、畠山容疑者が娘の死の事件性を問うていたとき、警察は答えるべきだったということになるだろうし、警察に悲劇の責任の一端があることになる。
 私の心象のなかでは、畠山容疑者はとても哀れな、そして愚かな人間に見える。悪人には、現状では、見えない。

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コメント

「男連れ込んで窓開けたままセクロスするから、あはんあはんうるさくて周囲から浮いた存在」と語る地元のおばちゃんの声色聞いて、秋田世界はリアル2ちゃんねるかと思ったくらいで別にどうでもいい。
30代準ニート民の親殺し連鎖の方がよっぽど気になる。

投稿: | 2006.06.22 19:15

 秋田県警のずさんな捜査はいただけませんね、しっかり捜査していれば第2の犠牲者はなかった。

 そういう警察批判をマスコミには期待できないか。なんせ警察とずぶずぶだから。

 

投稿: ソクラテス | 2006.06.22 19:47

また、肝心な部分をボヤかした、後からどのようにも解釈できる
後出しジャンケン作戦ですか? どーせ愚民は理解力がありませんから。
最後の一文はなかなか素敵なフカシですね。

投稿: 貧乏人 | 2006.06.22 21:52

>私の心象のなかでは、畠山容疑者はとても哀れな、そして愚かな人間に見える。悪人には、現状では、見えない。

 べつにそれは やってようがやってまいが どっちでも同じ見解になるだろ。

 と、言ってみる。

投稿: 私 | 2006.06.22 22:04

「玄関で殺した」ところすら作文だ、という見解なのかな。
玄関で殺ったのが本当なら、普通に悪人に見えるけど。
目の前のリンゴが赤く見えるのと同じ意味で。

投稿: 私2.0 | 2006.06.22 22:10

あと、関係ないけど、警察の落としどころがなくなって、
弁護士と警察で協力して(またはあうんの呼吸で)あたり
さわりのないシナリオを書くってことは、なくはない
ことなの?

野口の件いらい、何を聞いてもおどろかないから、
ほんとのことおせーてよ。

投稿: 私3.0 | 2006.06.22 22:14

音羽事件では犯人の女に幾ばくかの同情を寄せたものだが、今回の秋田の事件については露程もそういった感情は湧きません。自分の娘が不慮の事故か事件かわかりませんが死んだ事実に直面して、それをネタに、自らテレビ局に売り込むその心情がまったく理解できない。ゴウケン君の事件依頼、報道のスポッライトを集中的に浴びた彼女の表情はどこか嬉々としていた。もちろん、わたしの主観でいい加減なものですが、彼女にとって人生で一番輝いた一時ではなかったのかなと。

投稿: ネコ目男 | 2006.06.23 01:51

 真相はあくまで謎 と言ってみる。
 ゆえに 人は事象に対して 思い思いの言を吐く。

 当たるも八卦 当たらぬも八卦

 事象を「知った」という前提で判断せず
「いずれにしてもヤバい件に絡んじゃう人なんだねえ」
 あたりでエンガチョ切っとくのが 凡人的に普通。

 そして 私は凡人。

投稿: 私 | 2006.06.23 02:58

>私の心象のなかでは、畠山容疑者はとても哀れな、そして愚
>かな人間に見える。悪人には、現状では、見えない。

とはいえ、「悪人」というのも大抵は巨悪というより、哀れで、愚かで、ずるくて、卑怯で、悲しい。という属性を持つものです。
そして悪魔というのは、哀れで愚かでずるくて卑怯で悲しい人間をプロファイリングでもするかのように見つけ出して、耳元でそっとささやいたり、心の中に入り込んだりするものと考えています。

鈴香容疑者が、実の娘に手をかけたかどうかは五分五分の割合くらいだと思っています。
しかし、彼女が彩香ちゃんの水死事件を何としても「事件」にして、マスコミの注目を集めるような行動をわざと取らざるを得なかった、という事情があるのは一連の報道を見て思います。
この事件も、おそらく本当のところの「真相」が語られることはないでしょう。

投稿: 笹原更紗 | 2006.06.23 08:11

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