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2006.05.29

多分、胡錦濤の屈辱

 中国とバチカンの争いについて少し書いておきたい。まず前提となるのは中国における宗教の扱いだが、ざっくりと言えば信教の自由はない(憲法上はあることになっているが)。というのも宗教活動は中国政府の公認を必要とするからである。日本人などの考えからすれば、まず宗教団体がありそれが政府に公認を求めるといった図を描きがちだが、そのあたりの宗教団体側の主体性というものがまず根底から否定されていると見ていいだろう。
 中国のカトリックは、国家公認の「天主教愛国会」と「天主教主教団」がある。後者のほうがより中国に批判的ではないと言われているが、その違いについては私はわからない。昨今の話題としては天主教愛国会になる。同会は四月三十日と今月三日、雲南省昆明教区と安徽省蕪湖教区について新司教の任命式典を開催した。多少世界史というか西洋史に関心がある人ならバチカン側からの命令と考えたくなるが、この任命(人選)は天主教愛国会が独自に行い、事後バチカンに報告した。が、バチカンはこれを承認せず、さらに、任命式を催行した司教と新司教二名は破門となるとの表明が出た(正式な破門なのかよくわからない点があるが)。
 天主教愛国会の独自性は中国政府への迎合でもあるし、また歴史の結果でもある。一九五一年に共産党中国はバチカンと断交し、以降は天主教愛国会がカトリック信者を支え、結果百七十人以上の司教を任命してきた。中国側からすれば、そういうものだろうという思いこみはある。なお、よく知られていることだが、バチカンは台湾(中華民国)と正式の外交を持っている。
 中国側の甘さには背景がある。昨年四月新ローマ法王ベネディクト十六世が就任し、これを機にバチカンは外相にあたるラヨロ外務局長が中国の外務省当局者と会談した。その直接的な結果かどうかわわからないが、その後天主教愛国会が独自に任命した司教二名をバチカン側が追認したといわれている(文匯報)。
 今回のバチカン側の破門の通告に対して応答したのは当然中国政府、その国家宗教事務局であり、応答内容は人選は民主的だったというものだ。バチカンの組織に民主的などありえないということも中国はまるでわかっていないか、毎度の俺様外交が通じる相手だと思っているのか。中国としてはそれなりに裏交渉をしていたという自負もあったようなので、総じて見ればむしろ今回の事態はバチカン側が強行に出ているという印象がある。
 しかし現実的に強行に出たかに見えるのは中国だろう。十四日天主教愛国会は三人目の福建省閩東教区の司教任命を敢行した。これでバチカンと中国の関係は事実上最悪の事態になったと言っていいだろう。そのあたり、中国様はわかってないかもなというガクブル感を、ラプスーチン佐藤(優)が”FujiSankei Business i. ラスプーチンと呼ばれた男 佐藤優の地球を斬る/胡錦濤政権へのシグナル”(参照)で指摘している。


 バチカンにとって司教の任命権は譲ることのできない原則であり、現在、中国政府以外の国でこの問題をめぐってバチカンともめている国は一つもない。中国はバチカンの底力を見誤っている。カトリック教会が七八年にポーランド人司教を法王(ヨハネ・パウロ二世)に選出したのも、ソ連・東欧社会主義体制を崩す大戦略に基づくものだった。
 バチカンが本気になって中国人カトリック教徒の二重忠誠を利用するならば、ポラード事件とは比較にならない規模のインテリジェンス活動を中国政府の中枢で行うこともできる。今回、ローマ法王ベネディクト十六世の「天主教愛国会」関係者の破門は、バチカンが胡錦濤政権に対して「カトリック教会をなめてかかるとソ連・東欧の二の舞になるぞ」というシグナルなのであるが、どうも中国政府はそれを正確に読み取れていないようだ。

 私もそう思う。
 ここで重要なのはセンセーショナルなお話よりも、「司教の任命権」つまり叙任権だ。このあたりは世界史の「カノッサの屈辱」(参照)を思い出すといい。

ハインリヒ4世は北イタリアにおける影響力を増すべく自分の子飼いの司祭たちをミラノ大司教、フェルモやスポレトの司教などに次々と任命していった。教皇は司教の任命権(叙任権)は王でなく教会にあることを通達し、対立司教の擁立中止を求めたがハインリヒは聞き入れなかった(これを叙任権闘争という)。

 結果、ハインリヒ4世はどうなったか。

ハインリヒは武器をすべて置き、修道士の服装(粗末な服に素足)に身をつつんで城の前で教皇にゆるしを求めた。三日間、真冬の城外でゆるしを請い続けたため、教皇は破門を解く旨を伝え、ローマへ戻っていった。

 洒落でなく、胡錦濤の屈辱がやってくると思うのだが、彼は呑気にダヴィンチ・コード(参照)の映画でも人民に見せておけばいいとまだ高を括っている。もう少し現実的に言えば、カノッサの屈辱のような絵に描いたような胡錦濤の屈辱にはならないのだろうが。

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コメント

 カノッサの屈辱には、続きがあって『後に勢いを盛り返したハインリヒ4世の手によってグレゴリウス7世はローマを追われ、サレルノで客死した』のでは、なかったでしょうか。
 支那共産党が、ハインリヒ4世のように勢いを盛り返すような事がなければよいと思います。私はバチカンと北京の権力闘争に関しては、ローマ法王とバチカンを応援しています。ミケ

投稿: 屋根の上のミケ | 2006.05.29 22:19

政治と宗教、為政者と宗教に関する、大陸の文政官たちの
一種の「感覚」なんじゃないでしょうかね
宗教については、彼らなりの価値観でよく勉強し、
周到に考えていると思いますよw
荒っぽいんですが、チベットや靖国に対する対応も、
なにか同根のものを感じます
蛇足ですが、比叡山を焼き討ちした信長を、彼らはどう評価
してるんでしょうね?(汗

投稿: ういうい。 | 2006.05.30 04:44

こんにちは。いつも読ませていただいております。

中国とバチカン対決。「未だに叙任権闘争ですか?」と失笑したのですが、中国の文脈も、バチカンの文脈も判るだけに判断が難しいところですね。個人的心情と自分の宗教的立場からは反日的な中国様よりバチカンを支持したいところですが、中国史の文脈を考えると無理もないかな?と。何故、ローマから自立した「国教会」にしないのかも不思議です。今更、カノッサの時代でもあるまいし。
ただ、台湾というカードをバチカンが所持しているので、その辺りがキモなのか?とは思います。中国が言う「内政干渉」の一つには「バチカンの台湾承認の解除への拒否」がありますね。

尚、アジア情勢は実のところバチカン的には2次的な問題で、ベネディクト16世が先日アウシュビッツを訪問しましたが、ユダヤ、イスラムとの問題が今は優先されているでしょうね。日本の司教などはアジア問題があまり重視されていないことを不満に思っているようです。

中国天主教主教団とは日本のカトリックでいえば、司教で構成される「中央協議会(司教協議会)」みたいなもんではないでしょうか?修道会などはそこには所属しません。(通常、修道会は教皇直轄なので)日本の場合は協力という形で修道会が教区の面倒をみていますが。
こちらは断片的な情報からですが、愛国会には地下教会の司教もいるということで、政府に完全に従順な司教と、多少距離を置いているが反抗的でもない司教といるようです。また信徒レベルでは地下教会と愛国会の区別がついてない人もいるようです。

投稿: あんとに庵 | 2006.05.30 09:27

あんとに庵さん、詳しい話ありがとうございます。今回はあえて地下教会問題と実は中共というのも宗教結社起源だよといった話は触れなかったのです。むずかしいので。日本人とは違い、中国史を見ていると宗教のパワーが炸裂すると手がつけられないという印象はもちます。

投稿: finalvent | 2006.05.30 09:34

finalvent様
この問題は西洋史と東洋史の出会いと衝突でもありますからねぇ。中共はマルクス・近代主義の文脈でもない東洋的な独自の存在でもあると思うのですね。で、中国史の文脈で中国は考えているだけにfinalventさんがおっしゃられる通り「王朝」以外の「宗教」という独自の思想集団は排除されねばならないという意識がどこかにあるのでしょうね。

ただプラグマティックスな中国様は利用出来るものは利用したいので、北京五倫に教皇を招きたかったとか色々あるみたいです。

投稿: あんとに庵 | 2006.05.30 09:54

いま「国家の罠」を読み始めたところなのですが、いきなり「宗教や哲学に詳しかったからソ連の共産主義ばりばりのエリートから珍重された」という記述があります。

たいした経験があるわけではないですが、中国の外交関係のエリートも宗教オンチではないかなという気が私もします。

投稿: ひでき | 2006.05.30 20:08

FACTAオンラインに和解したという話が出ています。
もし本当なら、どういう経緯があったのか、気になるところです。

投稿: Applood | 2007.01.22 21:35

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