[書評]人生ごめんなさい(半村良)
書棚を整理していたら、半村良の人生相談「人生ごめんなさい」が出てきて、しばし読みふけった。一九八三年から半年弱週刊プレイボーイに連載されていたものだ。たしか、今東光の人生相談の続編企画かなという記憶がある。
私は半村良のファンでもあるし、小説に描かれている人情話や人生訓みたいのが、この連載にコンデンスされて出ているように思え、そのためだけに週刊プレイボーイを買って読んでいた(若干嘘もあるか)。たぶん、収録されていないコラムもあるなという感じもしていたが、今では確かめようがない。
人生ごめんなさい |
読みながら、そういえば昨今こんな愚問をよく見かけるなというのがあった。いや、愚問でもないか。「なぜ人を殺してはいけないか」というあれだ。半村への相談の視点は少し違うが、「動物を殺して食べても罪にならないのに、なぜ人を殺すと罪に!!」というものだった。それでも昨今の問題と重なる部分はある。
半村の回答は冒頭いきなりこうくる。
人を殺すことについて、殺していい場合と、悪い場合があるとしか言いようはありません。
そうだ。この愚問の回答が迷走するのは、なんとか「人を殺してはいけない理由」をでっちあげようとレトリックを駆使してドツボるからだ。半村はただまず現実を見ている。
たとえば極悪非道、冷酷無惨な奴が通り魔的に君の家を襲って、兄弟や母親を殺し始めた時、君は相手を殺さずに済むでしょうか。さらにその考えを拡大して、おし進めていくと戦争に突き当たります。つまり殺人というのは、自分や自分たちを守るための防衛行為なのです。だからその集団の外にある人を殺した場合、罪にならないのです。これが戦争でしょう。
世の中、防衛の戦争も戦争であり戦争はなんたらというわけのわかんない議論もあるが、そんなのはさておき、半村のこの考え方の道筋にはなにか心にひっかかるものがある。引用が長くなるが、こう続く。
ただしその場合に自分たちと同じグループか、あるいは殺してもいい他のグループか、という判断を自分で出さなくてはいけません。その判断は、人生の中での理性や教養から培われてくるものです。その認識いかんで、卑劣な犯罪者になったり、英雄になったりするのです。
言われてみれば当たり前のことしか半村は言ってないのだが、これには深みがある。よくある「なぜ人を殺してはいけないか」という問いに対して、それが「それはおまえさんの理性と教養が答えることなんだよ」という明白な構図では昨今は語られないように見える。
半村がすごいのは、この回答をこう結んでいる点だ。
人間、敵ならみんな殺していいと言っても過言ではありません。ただし、それをどんどん考えていき、全部自分の味方じゃないかというところまでいったら、しめたものです。
私は、まったく半村先生がいうように、人生ごめんなさい的な存在ではあるが、若い日にこういう言葉に出会えてよかったなと思う。人が理性を持ち教養を持つというのは、こうした思索を進めていき、全部自分の味方じゃないかと言えるかどうかが問われるものだ。
半村のこの考え方の道筋に私は吉本隆明と似たものを感じている。さらにいえば、両者のように本当は大衆のなかでひっそり隠れている人間の知恵というものを感じる。人は世間のなかで思索を深め、戦争やそれを回避する深い思想を貯めていることもある。
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コメント
わたしも半村良のファンでした。16、17の高校時代に
読み漁りました。吉本隆明は大学時代に、はまったことが
あります。吉本がコムデ着た頃です。ドラッカーや栗本も
そのころ読んでました。ちなみにわたしは現在30台後半
ですが、同時代認識としての最年少かな?
finalventさんの書くものに共感できる部分が多いのは、
培った下地にあるのかなとも
投稿: 葛餅 | 2006.04.05 22:46
今東光、柴田練三郎、岡本太郎…懐かしいです、プレイボーイの人生相談。自分も、半村良の人生相談で切り取って残したページがあるのを思い出しました。ある質問に対して「市井の暮らしに徹すれば、風雅またおのずから生ずるものであります。市井は広し。市井に生きることです」と答えているもの。それから、ネクラ(死語)について述べているもの。「『ネクラ』、これは私の人生や小説の永遠のテーマです。ネクラって本当に素晴らしいですね!」「青春はネクラです。ネクラを上手に、誰にも分からないようにして生きていくのが、最高です」等々。このエントリが読み返す機会になりました。感謝。
投稿: donald | 2006.04.05 23:20
アイタタタ、消化不良を起こしてしまいました。
疑問その1.
あなたは犬、猫を殺して食べることができますか。中国人は人を殺して食べる伝統があるようですが、そんな中国人に対してあなたはどう思いますか。
疑問その2.
》人生の中での理性や教養から培われてくるものです。
本当でしょうか。理性や教養ではなく、やっぱ、愛情でしょう。「国家の品格」ではありませんが、論理よりも情緒が優先する典型例ではありませんか。
疑問その3.
》ただし、それをどんどん考えていき、全部自分の味方じゃないかというところまでいったら、しめたものです。
あ、ここを読み違えておりました。全部自分の敵じゃないか、と(汗)。でも、やっぱり、しっくりとはきません。敵と味方という二元論では収まりがつかないように思いますし、そこを抜け出て愛するということへ思索を展開することこそが、理性や教養に結びついていくのではありませぬか。中抜きしているようで、なんとも具合が悪いのです。
投稿: へべれけ大王 | 2006.04.06 11:22
こちらの記事を拝見して、近所の図書館で探したら閉架にあったので読んでみました。とても面白かったので、書評をトラックバックさせて頂きました。ありがとうございました。
ではでは。
投稿: Dora | 2006.04.08 19:29
ところがこの中古本、結構高いんです。
が、あなたの記事を読んであらためて探したら、Kindle化されているじゃあないですか。
これでやっと読む事ができます。感謝。
投稿: toppo | 2015.03.27 10:37