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2006.04.01

温家宝のオセアニア歴訪の裏面

 中国のなりふりかまわぬ資源外交というとまず石油やレアメタルが思い浮かぶが、その一環にはウランも含まれている。現状のまま中国が石油・石炭など化石エネルギーへの依存を続けていけば深刻な環境問題を引き起こすこともだが、地球環境保護を名目とした国際外交のカードに対しても弱くなる。世界戦略において弱みを見せるということは中国にとっては耐え難い。もはやエネルギーの需給において原子力の比重を高めることは中国の避けがたい国策となっている。
 今日四月一日にちなんで実施される温家宝のオセアニアを歴訪の主眼も、端的に言えば世界最大の埋蔵量を持つとされるオーストラリアのウラン獲得が主目的であり、その先にはオーストラリアという国家を今後どのように籠絡するかという構想さえも垣間見られる。サンケイ・ビジネスi”温家宝首相、オセアニア歴訪 豪とウラン鉱開発協議”(参照)より。


中国の温家宝首相は四月一日からオセアニアを歴訪する。オーストラリアでは、原子力発電向けのウラン鉱山の共同開発プロジェクトで協議するほか、フィジーでは、中国の呼びかけによる初めての「太平洋島嶼(しょ)国経済発展協力フォーラム」を開催する。

 共同開発プロジェクトというのは実際にはウランの独占的な獲得のことであり、こうした外交からオーストラリアという国のグリップを握ることが目論まれている。

 オーストラリアのハワード首相が首都キャンベラの記者会見で明らかにしたところによると、温首相の訪問時にウラン鉱山の共同開発とウランの対中輸出で協議し、契約調印を行う見通しだ。
 中国はエネルギー需要増と調達源の多様化戦略の一環として原子力発電の増強を進めており、世界のウラン資源の40%が集中するオーストラリアとの関係強化を急ぐ。
 米CNNテレビによるとハワード首相が昨年四月に訪中した際、オーストラリアは平和利用目的のウラン対中輸出を認める核技術関連の協定を両国で策定することで合意しており、ダウナー外相も昨年八月、原子力分野で中国に協力する計画の存在を確認している。

 温家宝の訪問から中豪間の急速な関係改善を見る人もいるかもしれない。が、従来親米的に見えたオーストラリアは徐々に米国から中国へ比重を高める大きな外交の変化が進行していた。理由は、単純に言えば、オーストラリアはこのまま米国と共倒れになるわけにはいかないという認識が豪政府内に高まったことだ。現在の米国の経済状況は、先月八日のフィナンシャル・タイムズ”America's looming fiscal iceberg”(参照)が沈みゆくタイタニック号に喩えたように、すでに非常に危機的なレベルにある。スノー米財務省長官も、国債発行限度額引き上げを議会が承認しなければ利払いの国債追加発行ができず、米国債は債務不履行に陥ると述べ、議会にその緊迫感を伝えているほどだ。オーストラリアはこの危険性、つまりアメリカ経済の破綻から連鎖的に発生する世界不況(参照)というリスクのヘッジとして中国重視政策に大きく舵を切った。もともとオーストラリアは台湾同様総人口で二千万人程度の移民国家であり、経済発展を継続し十四億人を擁する中国に飲み込まれていくのは歴史の必然的な過程であるというのが、中国政府の独自のビジョンでもある。さらに、アジア・オセアニア地域でオーストラリアを飲み込めば、親米国家として際だつ台湾と日本も共に自然に折れ、原子力開発を含め各種の技術も容易く安価に得られるだろうという思惑もある。
 対する米国はというと、東アジア(日本・台湾)とオセアニア地域(オーストラリア)にはすでに見切りを付け、代わりに中国と並ぶ未来の超大国インドを重視してきている。そのことが明白になったのは、先日の、NPT(核拡散防止条約)を無視した異例の核容認というインドへの特別な米国の配慮であった。
 米国はイラク戦争時点の英豪日をコアとした有志連合による世界戦略をすでに棄却し、インドを核大国に育て上げることを目論んでいる。さらに、インドのエネルギー政策全体を原子力中心にシフトさせることで、中国の原子力利用の志向そのものに自然と対立させようと仕組んでいる。こうした米国の新しい中国囲い込みの国家戦略については、キッシンジャーによる”Anatomy of a partnership”(参照)が詳しい。
 しかし、中国にしてみると米国の新世界戦略は早々に挫折している。インドに対する米国の肩入れもすでに中国の手の内にあるからだ。これ関連して、国際ジャーナリスト田中宇”自滅したがるアメリカ ”(参照)の指摘が中国の本音を示唆するようで興味深い。

 中国とインドは、冷戦時代の対立関係を2002年ごろから劇的に好転させ、中印にロシアを加えた3大国で、ユーラシア大陸の新しい安全保障体制を構築し始めている。インドは、中国やロシアと戦略的な関係を築くとともに、アメリカとも友好関係を維持するという、両立ての戦略を採っている。アメリカは今回の核協定に至る交渉の中で、インドに対し、中国との関係見直しを促すような要求を何も行っていない。そもそも最近のブッシュ政権は、台湾の陳水扁政権の独立傾向を批判したりして、全体的に中国に対して腰が引けている。「中国包囲網」は口だけである。

 つまり、米国が中国と対立した国家戦略を維持できるという発想そのものが間違いである。さらに国際ジャーナリスト田中宇は、「世界中で反米が扇動され、アメリカは自滅し、世界が多極化していく」という全体の動向がシンクロナイズし始めていると主張している(参照)。ロケット団(参照)的なやな感じーと呼べるものが進行しているというのだ。
 中国が国際的なプレザンスを高め、同時に世界中で反米が扇動されるという状況の認識は、今回の極東ブログのエントリを含め四月馬鹿に限定されるべきネタとして今後の評価を待ちたい。

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コメント

2段落目、2行目、「世界最大の埋蔵量を持つとされるオーストリアのウラン獲得が」
ラ、が抜けてると思います。

投稿: ななし | 2006.04.01 10:43

ななしさん、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。コメントをもって履歴に代えます。

投稿: finalvent | 2006.04.01 11:34

なるほど、finalventさんが田中ウをやってみたわけですね。w

投稿: Baatarism | 2006.04.01 12:26

面白いけど、もう少しバレにくいネタのほうが:-)
南米あたりだとすっかり騙される人もいるかもしれんし。

投稿: カワセミ | 2006.04.01 12:49

>中国の原理力利用の志向そのものに

???

投稿: ■□ Neon / himorogi □■ | 2006.04.01 13:15

Neonさん、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。コメントをもって履歴に代えます。

投稿: finalvent | 2006.04.01 15:22

カワセミさん、こんにちは(一周年記念おめでとう)。なるほど南米にもってくる手がありましたね。

投稿: finalvent | 2006.04.01 15:23

こんにちは。
オーストラリアとは、また微妙な線を行かれましたね。
しかし南米だと、チャベスがネタのようなことまで本当にやってますから、逆に四月馬鹿ネタにはならないんじゃと思います(笑)

投稿: ereni | 2006.04.01 19:05

日本国内の報道だと、中国のオセアニア進攻、モトヘ、親交外交は台湾牽制が動機とばかり報道されてますが、オーストラリアからみればインド洋~東南アジア~太平洋という進駐、モトヘ親中ブロックの形成という悪夢でもあるわけで、故に日本が中国進出に浮かれていた90年代後半からオーストラリアは対中警戒路線だったわけですが、そういう中国の筋の悪さ、柄の悪さは認識しつつも、昨今の中国の資源逼迫、食料逼迫で、商機に沸いてるのも事実のようですねぇ。

まぁ、オーストラリアが天秤にかけるのは米・中だけではなく日・中、日・米それぞれも含むのではないかと。

投稿: ■□ Neon / himorogi □■ | 2006.04.02 10:19

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