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2006.03.18

[書評]幸福否定の構造(笠原敏雄)

 「幸福否定の構造(笠原敏雄)」(参照)は以前から読んでみてはと勧められていた本だが、結果からすると私はこの著者を別の青年心理の専門家と勘違いしていたことや、なんとなくという敬遠する気分から、まだ読む時期ではないような気がしていた。が、ふと、今読むべきだと思って読んでみた。その直感はある意味で正しかった。というのは、私は最近密かにベルクソニアンを深めつつあり、その背景からより深く読み込めた部分がある。

cover
幸福否定の構造
 さて、ここで言うのは少し気が引けるのだが、本書は、一般向け書籍ということを考慮しても、精神医学の分野の書籍としてはトンデモ本だろう。おそらくこの分野に関心があり、所定の基礎知識を持っている人には受け付けないだろうとも思う。
 では、この本は、いわゆるトンデモ本のように笑い飛ばすことが目的かというと、そうではない。そうではないのは、この本で開陳されている理論はおそらくかなりの実効性を持つだろうと思われることだ。つまり、通常「統合失調症」とされさらに治療の効果がかなり期待できない対象にもある程度有効性を持つだろう。つまり、有効性という点に確信が持てるならこの理論の価値は高いとも言える。
 本書の主要命題は、帯を引用するが、こういうことだ。

「うれしいこと」の否定が心身症・精神病の原因となる。30年に及ぶ豊富な臨床経験から、人間の心の奥底に秘められた驚くべき仕組みを明らかにする。現行の人間観を覆す異色の理論。

 つまり、標題のように、幸福を否定することが心身症・精神病を作り出すというある意味で奇妙な理論でもある。もっとも、後期フロイトには死の欲動というテーマがあり、私は当初それに関連するかという予断を持っていた。それは違った。
 本書が掲載する、幸福否定のケースはそれなりに説得力を持つ。問題は、むしろ「幸福」の定義による。あえて引用しないが、笠原は、幸福と快感を区別している(その区別のためにベルクソンを援用している)。が、その区別は私には理解できなかった。という意味で私の了解だけの問題だけなのかもしれない。
 それでも、オウム事件における林郁夫を例とし、人は反省することによってより人格を高め幸福になるが、そうした幸福を否定することが精神的な病理をもたらすという展開には疑問を覚えた。私はこの分野ではラカンくらい古典的なフロイディアンなので、幸福に快感以上の意味を付与しない。余談だが、マズローやアドラーといった人々は幸福などの価値性を無前提に理論に導入するので同じように私には受け入れがたい。
 「幸福」がいわば括弧付きの超越的な道徳・倫理概念になっているなら、それは「善」と言い換えてもよく、そうなれば、幸福否定が問題というより、人間の本来的な善性の否定という構図になってしまう。ほとんど宗教の領域になる。
cover
平気でうそをつく人たち
虚偽と邪悪の心理学
 ただ、この問題はだから終わりとも言い難い。日本でもなぜかベストセラーになった「平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学」(参照)だが、これは標題やまたベストセラー時に多かった感想とは異なり、本質は、「悪」の心理学、というものだった。スコット・ペックの主張をよく読めば、それが神学的な領域に至ることへの方法論的な自覚もあった。
 実際の人生経験からすると、私も半世紀近くこの世にいるのだが、こうした善と悪の問題はそれほど抽象的なものではない。本書、「幸福否定の構造」でも注目している統合失調症(分裂病)患者特有の印象というものに近いある種の対人的な印象というものは、世間を生きるなかでも感受され、世間知に融合する。どんなに身の潔白を説いても、それがとりあえず表面的に辻褄が合っても、こいつは変だという感覚を人は対人判断に優先するようになる。もちろん、そこには個人差がある。
 本書の価値は、その実践的な有効性にあるだろうと先にふれたが、この関連で、本書で語られている小坂英世医師の理論形成史は私にはとても興味深いものだった。小坂が最終的に漢方医になってしまう点には、筆者笠原と同様に落胆するものを当初感じたのだが、読後しらばらくすると、この小坂の生き様には重要な意味があるようにも思えた。無意識というのは身体であるというテーゼを加えるなら、漢方医と東洋宗教的な解脱の融合は、同じ根の問題へのアプローチとしてありうるのかもしれない。
 他にもディテールにおいてとても興味深いことがいろいろあった。個別には見当識(参照)のとらえ方を変更する必要があるかもしれないとも思った。それら含めて、笠原の理論をどう自分の考えに受け入れていくかは多分私の課題になるだろう。その意味で、本書はたぶん、今後も何度も読み返す本にはなるだろうし、そうした経緯のなかで、評価を大きく変えるかもしれない。

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コメント

私としては、幸福とはバカである。
なんだけど…

最近読んだ本で、すごくびっくりした。
「うそつき病」がはびこるアメリカ デービット・カラハン
これを、オススメする。

投稿: noneco | 2006.03.19 18:43

ようやく読了しました。内容の深さが”と”へと接続したすごい内容ですね。のめり込まされました。
あっさり大脳=意識と間脳(視床)=身体=本心のインターフェイスが内心であるとして、身体の快感(本心)を様々に否定(内心)した表層が意識、という脳構造への読み替えで行けそうにも思いました。でも、こうなるとせっかくの”と”への接続が死んでしまうわけで、まあ読めてないだけなんでしょうが。

投稿: Sundaland | 2006.07.21 17:52

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