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2006.03.13

ユダヤ人

 それほど多いわけではないが、昔幾人かユダヤ人の知り合いがいた。ユダヤ人といっても、イスラエル国籍ではなく米人であったり英国人であったりする。名前からベン・バーナンキのようにベタにわかる名前もあるが、米人なら普通にわかっても日本人にはわからないユダヤ人名もある。
 なぜ彼らがユダヤ人であると知ったかというと、二つの契機がある。他の人が、彼はね、彼女はね、となんとなく伝えてくれるのである。そんなこと伝えてもらってもねみたいだが、うまくいえないのだが、その、なんというか奇妙に絶妙に軽くふっと伝えるのである。伝えられてどうかというと、よくわからない。そういえば、ユダヤ教会(日赤の裏)でよくいろんな会合とか企画があったのだけど、なぜそこかって考えてみたらわかるよな。でも、当時私はよくわかってなかった。
 もう一つは、僕はあたしはユダヤ人なんだというふうに打ち明けられる場合。これにも二つある。何かの話題で、そうそうユダヤ人はこうやるんだ、そうそう、僕は、あたしは、ユダヤ人なんだ、という感じ。やー、ハッピーハヌカー、この巻きずしはコシャーだよ。
 そして、心に残るのは、そっと打ち明けられた場合だ。記憶のディテールは書かないが、ある男性だったが、そう自身から伝えてくれた。私のリアクションは今思うと滑稽なのだが、ユダヤ教を信じているのか?といったものだった。どう見ても彼は無神論者にしか見えないし、コシャーを食っているふうではなかった。自分が信仰とかで自己規定しないなら、国籍的も米国人なら、ユダヤ人であるかどうかということはあまり意味がないのではないか……とそんなことを思っていた。
 彼の答えは簡単だった。母がユダヤ人だったから。言われて、なんて私は馬鹿なんだと自分を呪い沈黙したことを思い出す。
 そうだった。母親がユダヤ人だと子どもはユダヤ人ということになる。それはどういうことなのか、と考える以前に、重たい歴史のようなものを感じた。ユダヤ人であることは、母と子の関係の歴史でもあるのだろう。
 うまく言えないのだが、彼は母親が好きでなかったようだ。それがユダヤ人であることに関係するのかどうかはわからない。いや、こういう問題は、知的にわからないと言ってすますにわけにはいかない何かがある。
 ユダヤ人の歴史がすべて母と子の歴史というものでもないだろうが、それが実際の西洋史にどのような陰影を残すのか、時折考える。
 マデレーン・オルブライト(参照)についてウィッキペディアを覗いてみる。


チェコスロバキアのプラハ生まれ。出自的にはユダヤ系であるが、本人は成人するまでその出自を知らなかった(ローマ・カトリック教徒として育ったため、ユダヤ人ではない)。 第二次世界大戦中は、ユーゴスラビアに避難し、ナチスの人種理論によるホロコーストを免れた。戦後チェコスロヴァキアが共産化したため、1950年、米国に移住。ジョンズ・ホプキンス大学やコロンビア大学で学ぶ。

 間違った記述とは言えないだろう。「ローマ・カトリック教徒として育ったため、ユダヤ人ではない」も正しいのだろう。しかし、とここで、ある何かがまた心を去来する。彼女がその出自を知ったのはまさに彼女が公務にあった時期であり、いろいろと彼女の思いを巡る文章を私も読んだことがある。
 英語のほうには少し陰影がある。

In 1996, Albright discovered that her grandparents had been murdered at Auschwitz and Terezin. Albright has stated that she did not know she was Jewish until she was an adult.

 成人してから、自分がどの人種かを知るということがある。そこでいう人種とは歴史でもあり、まさに肉親を巻き込んだ質感と重みのある歴史だ。こうした側面の問題については日本にも関わりがあるし、私も実際に知人との関係で考え込んだことがある。
 人というのは歴史的存在である。そして、その歴史的存在であるという限定は常にある思弁とそれゆえの正義を希求しがちだ。しかし、歴史の質感というものは、そうした思弁に抗う何かをもっている。オルブライトはカトリック教徒だろう。だから、ユダヤ人ではないというのは間違いではない。彼女の思いがそれで割り切れるわけではないことを知るには、人は実際に多様な人に出会って、その関係性の距離において、その人が担ってきた歴史の質感を知らなくてはならないのだろうと思う。

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コメント

>どう見ても彼は無視論者にしか見えないし

どう見てもこれは「無視」論者にしか見えません

投稿: | 2006.03.14 02:10

↑小人閑居して不善を為す

投稿: 私 | 2006.03.14 04:35

誤字、ご指摘ありがとうございました。コメントをもって修正歴に代えます。

投稿: finalvent | 2006.03.14 06:58

面白く読ませていただきました。私の感じは、ユダヤ人はアラブと同じでヘブライ語を使うので区別されると認識していました。問題はユダヤ教がユダヤの選民思想に繋がっているのでヨーロッパで嫌われたのだと聞きました。しかし、イスラエルは立派な国だし、アメリカだって第二のユダヤ国家という人もいますが!
私達はユダヤ人をむしろ尊敬しています。イスラエルを今の状態に追い込んだ遠因も厳格なキリスト教徒の国イギリスでしょう。

投稿: hontino | 2006.03.14 09:52

日本語のウィッキペディアはJewish の誤訳じゃないですか?

ユダヤ人→ユダヤ教徒

>ローマ・カトリック教徒として育ったため、ユダヤ人ではない

→ローマ・カトリック教徒として育ったため、ユダヤ教徒ではない

英語のウィッキペディアで見ると、ブッシュに敗れた民主党のケリー(の父親の項)も似たような境遇ですね。

投稿: Prometheus2006 | 2006.03.14 11:22

以前知り合ったアメリカ人が、自分はユダヤ系だと言ってくれたんだけど、無知からくる無神経な発言をしちゃって、いまだに後悔してます。
まさかユダヤ人ちゅーのが本人にとってそんな重いことだったと知らず、ほんと悪いことしたなー・・と。

当時の自分はユダヤ=頭が良くて芸術の才能があって金儲けが上手い国を持たない人々、くらいのイメージでしたから、ほんとに無神経でした。
彼が傷ついてなければいいけど、もし不快におもってたら、謝りたい。

投稿: 無知で鈍感で図々しい日本人 | 2006.03.15 12:27

ユダヤのことを思うと
アシュケナジムたちが自分たちはハザール人の末裔だと認識したとき、どんな気持ちになるのかが気になります。
なんというか、あんまりだろ、それはって思いますw。
それは可哀想だろうと、ツキの無さはまさにユダヤなんですがw。

ユダヤと日本神道の共通点とか、ヘブライ語で例の赤く塗られた門を「トリイ」と言うとか、このへんのトンデモは大好きですw。

投稿: marco11 | 2006.12.18 10:34

わたしはユダヤ人です。母の家は日本神道の神官で妻の母の家も神官でした。わたしがなぜユダヤ人(ユダヤ人と言うよりも神のイスラエル、レムナント、エフライム)かというと、答えは神がそう語られたからです。あなたはわたしの僕イスラエルである。あなたはわたしの栄光を現すべきである。あなたはわたしの秘蔵の子エフライムである、と。この言葉のためにどれだけ苦しめられ、悩み、迫害されてきたか、計り知れない。神がご存知である。ユダヤ人であるかどうか、イスラエルであるかどうかは、神と本人だけが知っているのである。日本にも多くのユダヤ人、イスラエルがいる。しかし彼らはそれをまだ自覚していないのかもしれない。神のイスラエルに守りがありますように。

投稿: えふらひむ・まさや | 2007.06.14 07:30

 天皇や皇室はいくら金があっても殆ど個人的に自由に使えないから、もしもっていても一般人のような見方にはなりにくいだろうな。そもそも一般人のほうが金という概念に侵されてしまっていることを気づき、隣人愛をベースにした地域通貨なんてものもいいんじゃないかと思う。それを嫌うのはユダヤ系の国際金融家。今金融の世界はドタバタ劇を繰り返し世界的な信用失墜に至っている。原発問題も日本人は目覚めてしまった。
アメリカの低迷の後はユーロだろと思っていたけど洗脳ばっかで、スイス銀行などは国際不正銀行として国連で可決し、昔から漏れ聞こえる巨額の不正である巨悪の実態を世にさらすべきだと思う。バンカーとはゴルフでもドツボだが英語で銀行家をバンカーと呼ぶ。信用創造とか中央銀行の独立性だとか、ほとんど民主政体をナメルような発言が金融にあるのだから徹底して金融理論改革をしてもらいたいものだ。付け加えだがノーベル賞の学者もロスチャイルド系が多く人類の進歩のバロメーターか?なんて思ってしまう。

投稿: ロイター | 2011.09.16 22:35

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