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2006.03.02

リチャード・プール、享年八六

 昨今なにかと天皇家に関する議論がネットで盛んだが、法的に見れば日本では戦前も戦後も一貫して天皇は国家の機関であった。そのことは昭和天皇もよく理解していた。中野学校でもきちんと教えていた。天皇という存在は憲法に従属するものであり、憲法を見ればわかる。最新版の日本の憲法を見ればそれは「象徴」ということだ。つまり、バッチだ。スケバン刑事リメークもきっと桜の大門を見せてくるだろうが、象徴というのはそういうものだ。
 最新版日本国憲法を作ったのは日本人ではない。米人たちである。GHQ(連合国軍総司令部)である。その民政局の憲法起草委員会たちの、今で言えば「はてな」で日記とか書いたりWeb2.0と見ると脊髄反射的にブックマークしていそうな若造である。
 二十六歳だったのだろう、リチャード・プールはその時。なぜ、僕が?とプールは思った。そりゃ、君の誕生日が理由さ、日本の天皇と同じく四月二十九日だからね、と。もちろん、気の利いた洒落というだけの話。彼は、大学で国際法や憲法学も学んでいた。なにより、横浜生まれ、そして六歳まで日本で育ったということで、日本の伝統などについて、当時のメンツのなかではよく知っていると思われた。もっとも六歳の子が日本の文化や言葉の深い陰影を知るすべもない。

cover
日本国憲法を生んだ
密室の九日間
 プール青年が悩んだのは、敗戦国日本の「天皇」をどう憲法に位置づけるかということだけではなかった。そんな大それたことを青年の一存で決められるものでもない。ケーディス大佐を長とする委員会で検討を重ねた結果だった。問題は、すべてのジョブがそうであるように、納期である。日本国憲法をでっちあげるまでの期間はわずか十日。十日もあれば世界を震撼させることもできるのかもしれないが、それを描く歴史書が実際の歴史の評価に絶えないように、日本国憲法もその後の歴史に耐えるものであるのか、プール青年は不安に思った。後に彼は当時を思い出し、「米国憲法でも草案作りに何か月も要しているのに、短期間の指示にとても驚いた」と述べた(「憲法五十周年記念フォーラム」1997)。
 こんなん出ましたけどみたいな草案が出来た。気になったのは九条である。読売新聞記事”改憲の是非、議論必要 憲法議連主催の憲法50周年記念フォーラム開く”(1997.11.19)で、老いたかつての軍人リチャード・プールはこう述べている。

一九四六年二月、マッカーサー元帥がホイットニー民政局長に「一週間で憲法を改正する草案を準備しろ」と指示したことに驚いた。米国の憲法は、何か月も費やして初めて起草されていたからだ。私は天皇についての起草にあたった。象徴天皇制について内閣にいろんな意見があったが、国会に対して天皇が支持する旨を伝えてくれた。玉音放送、人間宣言と同じぐらい重要なことだ。
 九条の草案を見たときに「永遠に軍事力の保持を放棄せよということは理にかなっていない。原理原則を言うのならば、本文でなく前文で言うほうがより適切でないか」という私見をケーディス大佐(運営委員会のチーフ)に述べたが、彼は「マッカーサー元帥がそう言った」と明かした。
 私は九条の改正は正当化されると思う。日本は国際問題において主要先進国と同じような役割を担うべきだ。紛争を解決する手段としては戦争は放棄すべきだが、国際的な平和維持、人道的な活動のためには防衛力を保持してしかるべきだ。

 そういう意見もあるだろう。クリエーターの心情としても一般的にもそういうものだ。自分の作品に対する後悔の念というものはクリエーターがすべて共有するものでもある。例外は糸井重里のマザーくらいのものかもしれない。
 リチャード・プール、享年八六。亡くなったのは二月二十六日。バージニア州の自宅にて(参照)。
 その親族の歴史(参照)には、日本の敗戦時に関わる、なにかまだ大きな歴史の謎が秘められているようにも思うが、よくわからない。

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世の天才に思う。 そこまで卓越した能力を神に借り受けてこなければ、 あなたはこの現世に生まれ、 生きて行くことができなかったのかと。 [続きを読む]

受信: 2006.03.03 00:42

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