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2006.03.16

媽祖廟

 明日十七日横浜中華街で媽祖廟の分霊式(開眼式)が行われるそうだ(参照)。関帝廟があるのだから、次は媽祖廟だろうなとも以前から思っていた。あそこからそれほど遠くない地域に以前住んでいたことがある。懐かしい思いがする。近いうちに行ってみるか。
 媽祖については現在の日本ではそれほどには知られてないように思えるがどうだろう。ウィッキペディアには一通りの説明があった(参照)。


媽祖(まそ、ピンインMazu)は航海・漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神。特に台湾省・福建省・広東省で強い信仰を集め、日本でもオトタチバナヒメ信仰と混淆しつつ広まった。親しみをこめて媽祖婆・阿媽などと呼ぶ場合もある。


中国大陸における媽祖信仰
媽祖は当初、航海など海に携わる事柄に利益があるとされ、福建省、広東省など中国南部の沿岸地方で特に信仰を集めていたが、時代が下るにつれ、次第に万物に利益がある神と考えられるようになった。歴代の皇帝からも媽祖は信奉され、元世祖の代(1281年)には護國明著天妃に、清代康熙23年(1684年)には天后に封じられた。媽祖を祀った廟が「天妃宮」、「天后宮」などとも呼ばれるのはこれが由縁である。

 現在でもこの地域では媽祖信仰が篤い。江戸時代の歴史風土の記憶を忘れることにした近代日本人からすると呆れるほどでもある。私なども、基本は海難除けであろうかと思うくらいだが。
 ウィッキペディアに天妃とあるように、また、横浜中華街媽祖廟のホームページでも説明があるように、沖縄(琉球)を日本史に含めるなら、日本初の媽祖廟は那覇にある(参照)。

 日本で最も早く祀られたのは那覇市で明の永楽二二年(一四二四)に当時の琉球王国の唐栄(営)が最古とされており、下天妃宮と呼ばれています。また、14世紀頃、中国との朝貢貿易始まった頃、福建よりもたらされた「上天妃宮」が一層古いという説もある。現在、那覇至聖廟内に天妃宮として祀られています。那覇市久米の上天妃廟跡は石門だけが保存されており、石門に続く石垣は布積みとあいかた積みから成る。天妃小学校の敷地内にある。
 http://www.geocities.jp/ryuuko5/210kumetenpi.html
 なお、久米島にも媽祖廟が祀られています。

 「天妃小学校」からもわかるように「天妃」は地名、天妃町であった。今は小学校名とバス停に名残を残すだけ(たぶん)。引用にある下天妃宮と上天妃宮にはいろいろ歴史の謎があるがここでは立ち入らない。現在の地名久米からわかるように、また那覇ハーリーでもわかるように久米の人たちの地域というのが歴史的な背景ではある。この話も長くなるので立ち入らない。
 同ページにはまた面白い指摘がある。

● 青森県大間町大間稲荷神社は元禄9年(1699年)に水戸から遷座したのが発祥という説もあり、現在も大間町の稲荷神社には天妃様が祀られていて、平成8年から毎年7月20日には天妃様行列が実施されています。http://www.jomon.ne.jp/~oomas/

● 茨城県北茨城市磯原天妃山
(参考)http://www.geocities.jp/gotos_room/_geo_contents_/tenpisan.html


 青森へなぜ水戸から遷座したのか、また茨城に天妃の名残があるのか、歴史を学ぶものにはピンとくるものがあるだろう。弟橘媛などもこのあたりの歴史に根を持っていそうだ。ネットを見たらこういう話に関心を持つ人もいるようだ(参照)。
 もう一点。

●鹿児島県笠沙町の野間神社は、廃仏毀釈以前は野間権現と呼ばれ、近世初頭には娘媽神が合祀されていたことから娘媽権現とも呼ばれています。
http://tabetabe.hp.infoseek.co.jp/kasasakikou2-3.htm

 このあたりも近代日本人が忘れた面白い歴史でもある。基本的に日本では近代以前は神宮寺からもわかるように、神仏は分離していない。いわゆる神道というのは江戸時代に再構成した宗教であろう。近代日本人がナショナリズムの神話として読む古事記も漢文で書かれているものであり、これを祝詞のような和文に仕立て直した本居宣長の創作をその後の日本人の多くは古代の言葉だと思っている。もっとも、宣長の言語学的な知識を考慮すればすべてが創作とは言い難い。いかん、話が逸れた。
 媽祖信仰は台南に盛んだ。四百くらいあると記憶している。ウィッキペディアはこう記している。

台湾における媽祖信仰
 台湾には大陸から移住した中国系の開拓民が多数存在した。これらの移民は媽祖を祀って航海中の安全を祈り、無事に台湾島へ到着した事を感謝し台湾島内に媽祖の廟祠を建てた。このため台湾では媽祖が広く信奉され、もっとも台湾で親しまれている神と評される事も多い。
 台湾最初の「天后宮」は台南市にある祀典台南大天后宮。
 この媽祖信仰は日本統治時代に台湾総督府の方針によって一時規制された。なお台北最大規模だった「天后宮」は台湾総督府により撤去され、かわりに博物館(現在の台湾国立博物館)が建てられた。

 この台南だが、八年ほど前だったか、私が媽祖信仰に関心があるのを面白がってか、では最大の神社を見せてあげようということで台南のかたに鹿耳門天后宮(参照)に連れて行ってもらったことがある。いや、ぶったまげた。東洋最大の寺院とかいうのも嘘ではないなというか、空中楼閣というか、なんだこのパワーはと思った。こんなのよく作るよなと呆れるあたりが、江原啓之で小じんまりする現代日本人には向いてないのかも。

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コメント

媽祖は女神なのにひげ生やしてるってホントですか?
前に何かの本で読んだんですけども・・・

投稿: 葵 留美 | 2006.03.19 10:27

天妃の名は饅頭に残っております。

http://www.google.com/search?hs=XUN&hl=ja&client=opera&rls=en&q=%E3%81%A6%E3%82%93%E3%81%B4%E3%81%AC%E3%82%81%E3%83%BC%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%85%E3%81%86&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

投稿: zu2 | 2006.03.20 04:16

かなり前から、「媽祖信仰」は、中台関係、両岸関係の駆け引きに利用されています。
「媽祖信仰」は大陸サイドと台湾に広くあるので。
それを利用して、台湾から「お伊勢参り」よろしく、訪中団が組織されたり。
長栄グループの中国乗り入れ=船舶・旅客機の狙いのためか?
「旅客機のファーストクラスに「媽祖」(像)に座ってもらい、メインランド・チャイナにお連れした」といったことが、確か?あったと思います。
中台間のバックドアーとして、「媽祖信仰」は重要な役割をになっているようですよ。

投稿: 媽祖信仰 | 2006.03.20 07:28

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