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2006.02.16

[書評]夢のなか 連続幼女殺害事件被告の告白(宮崎勤)

 六日に幼女連続誘拐殺人事件で誘拐、殺人など六つの罪に問われた宮崎勤に死刑判決が確定した。初公判から数えるとこの終結まで十六年の月日が経った。長いようでもあり、自分も歳食ってきたせいか昨日の出来事のようにも思う。いや、そうではない。ある印象はビビッドであり別の印象はそれが思い出せないほどぼやけている。

cover
夢のなか
連続幼女殺害事件
被告の告白
 その判決の日から私はぼんやりと眺めるように彼の著書とされる「夢のなか 連続幼女殺害事件被告の告白」(参照)を机において見ていた。何か言えそうな気がしたけど、何も言えない。この本から考えるということが間違っているのかもしれないとも思ったが、では他にどういう思考の道があるのだろうか。確か、日垣隆だったかと思うが、このタイプの犯罪は結果によって処罰すべきだったという意見もあった。ちょっと考えるとそういう考えもありのようにも思うが、私はそれに与しない。罪とは人が意志をもって行うなにかであろうし、その意志を読み取ることが、礫の代用でもあるのだろう(参照)。
 わからないことばかりというのが率直な思いだが、いつか自然に捨象された思いもある。いわく、彼がスプラッタ趣味とかそういうメディアが作り出した像だ。いや、それは裁判の像でもあった。共同”宮崎勤被告の死刑が確定 初公判から16年”(参照)はこう伝えていた。

 1月17日に第3小法廷が言い渡した判決は、犯行時の宮崎被告に完全責任能力があったとする一、二審の判断を支持。「性的欲求や死体を撮影した珍しいビデオを持ちたいという収集欲に基づく自己中心的、非道な動機で、酌量の余地はない」と被告の上告を棄却した。

 いつの間にかそういう像は私の内部ではすっかり消えていたので、六日の刑確定のおりには、なんというかメディアや裁判のリアクションとの差異に奇妙なズレ感があった。そしてそのズレを可能な限り延長すれば、たぶん宮崎勤の世界認識にも近いのかもしれない。
 スポニチ”宮崎勤被告「そのうち無罪に」”(参照)の記事では判決後の宮崎をこう伝えている。

 宮崎被告は判決後、臨床心理士と面会、「何かの間違いです。そのうち無罪になります」と語ったという。

 彼の精神状態についてはいろいろと議論された。そのことはここで繰り返さない。本書は宮崎本人の著作とされているが、実際には各種のソースのアンソロジーといったもので精神科医の香山リカの解説文もあるのだが、率直にいって私には無意味に近い内容だった。同じく解説には大塚英志もあるのだが、これも私は皆目理解できなかった。私が凡庸すぎることもあるが、私の関心事にまるで触れてこないからだ……関心事……それはたった一つと言っていいかもしれない、今田勇子。
 こういう言い方をしていいのかわからないが、この犯罪はその意志という点でみれば、今田勇子の犯罪であった。しかし、そこはついに問われなかった。単純に言えばそこを問うことは裁判を虚構化しかねないものであり、そのある種のマイナスのリアライゼーションの力がむしろ世界の側をたわめていたかのように私は思う。
 本書では対談の芹沢俊介だけがそこをある程度指摘していた。

 告白文や犯行声明文が大事だという意味のひとつは今田勇子が宮崎勤であるという同定はできてないということなんです。裁判ではこの問題が見事に外されています。弁護側も検察側も触れていない。そこの部分が空白になっている。告白文や犯行声明文の緻密な分析が行われていません。とりわけ勤君イコール今田勇子を同定するための字体論や字体の検証がまったく行われていないのです。勤君は「あんな面倒っちいことはやらない」と言っているし、そこはとても気になっています。

 単純に考えればその先には冤罪説がある。しかし、それはこの月日のなかで明確な姿を見せなかった。その理由は本書に一端が触れてある。このエントリではしかし触れない。
 今日付の中国新聞のニュースだが”宮崎勤死刑囚が著書出版 最高裁判決に「あほか」”(参照)にこうある。

 幼女連続誘拐殺人事件で死刑判決が確定した宮崎勤死刑囚(43)が、拘置所から外部に出した手紙をまとめた形式の著書「夢のなか、いまも」(創出版)を18日に出版する。著書では、1月の最高裁判決を「『あほか』と思います」と批判し、判決が大きく報道されたことについて「やっぱり私は人気者だ」と感想を述べている。

 それもそうなのだろう。記事後半では本書の出版でもある創出版の話がある。創出版については知人の知人が編集に関わっていたことがあり、随分前だが死刑廃絶署名だったかしてくれと言われたことを思い出す。
 さて……とここで逡巡する。先の共同の記事には判決後の宮崎をこうも伝えていた。

決定は1日付。宮崎被告は1月17日の最高裁判決直前に共同通信に寄せた手紙で「無罪です」「良いことをしたと思います」などと主張。被害者や遺族には最後まで謝罪していなかった。

 この主張の関連は本書にもある。そしてその先に、今田勇子を私は思うのだが……うまく言葉になってきそうにない。出し惜しみメソッドとかではまるでなく、そもそもブログに書くことじゃないんじゃないかともいう思いもある。

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コメント

なんて言うか・・・結局、統合失調症の人間を法で裁けるのか、と言う問題に尽きるような気がします。医学によって「回復」させるのがBESTなんだけれど、しかし、実際にやっちゃった奴は、法で処罰するしかないでしょ、みたいな矛盾(?)というか。
・・・こういうのって、本当は「芸術」が担当すべき役割だと思うんだけれども、今現在、宮崎勤を、芸術で援護(?)するのは無理でしょう。けど、彼の心性は、もしfinalventさんの仮説が正しいならば、本居宣長と変わらないんじゃないかなとも思います。ま、難しい問題っすね。(ちなみに、ちょっと付け加えると、私は本居宣長について言及しなかった七平さんの気持ちは、なんとなく分かるような気がします。つまりこういう事だから。・・・個人的には、決して好きじゃないですこの事件。)

投稿: ジュリア | 2010.01.24 18:05

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