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2006.02.05

東横イン社長と司馬温公

 東横インの不正改造問題にはそれほど関心が向かなかった。以前からわかっていたことをこの時期におもてにしたのではないか、誰が今回のプロデュースをしたのだろうか。耐震偽装のように死者も想定されるという問題ではないが、それでもこうした問題はさっさと対処すべきだろう。そのくらいの関心だったのだが、たまたまニュースで西田憲正東横イン社長の談話の映像を見た。かなりの人が見たのだろうと思うが、「認識はあったが、行政指導で終わると思っていた。時速60キロで走るところを67、68キロで走っていいと思っていたのは事実」「身障者利用客室は年間1、2人しか利用がない。駐車場があると見栄えが悪く、使い勝手も悪いと思った。やってしまったことは仕方ない」という映像である。あきれた人だなと思うより、よくこんな見識で世間を渡ってきたものだ、それまで幸運でしたね、しかし、その世間を舐めた幸運を世間が許すわけもないでしょうと思った。そして、私はふと司馬温公を思った。
 西田社長は司馬温公を知らないだろうか。西田社長の歳は五十九。今年もまだ二月初旬であるからおそらく昭和二十三年生まれであろう。つまり、戦後の世代だ。ギブミーチョコレート世代ではないが、都会で育ったなら少年期は闇市の雰囲気の残る時代であり、戦前からの伝統的な道徳が廃れ始めた世代でもある。学問をしたこともない人であろうから、司馬温公も知らないかもしれない。

cover
だれが中国を
つくったか
 司馬温公がその時連想されたのは、たまたま日記で中国の歴史とは歴史の体裁をしたイデオロギーに過ぎず、漢民族とやらの歴史が始まったのは明代以降のことであると放言をしたものの、はてなブックマークだったか別のリンクだったかで、根拠はなんだという疑問を見かけた。確かに通説ではないのだから、説明が必要か。必要だとすればなにから説明すればいいか。重要なのは資治通鑑であるが資治通鑑の意味と元時代、朱元璋といった説明するのは難儀なことだな思ってぼんやりしていた。本朝通鑑や林羅山と連想して脱力してくる。それ以前に現代日本人は司馬温公のことを知っているだろうか。
 グーグルをひいてみた。これはなんかの間違いではないかと思うのだが、司馬温公のキーワードでひっかかるのは八件であり、だぶりを除くと五件。やはり間違いではないかと思い、今度は司馬光で検索すると八百五十五件。多いと言えば多いがそれでも少ない気がする。追記:コメント欄で指摘していただいた。司馬温光で検索していたため。
 司馬温公より司馬光の時代かもしれない。その違いには万感の思いがある。歴史学は進歩したのかもしれないが、歴史の感覚は変化していく。西田憲正社長を責められるものではないな。いや、歴史の感覚というのはそいう個別の知識の問題でもないから、普通の世間知があればいいだけかもしれないが。
 なぜ司馬光ではなく司馬温公なのか。字引を見たら、「司馬光の異名」「司馬光の尊称」とのみありすげない。マイペディアには次のように説明している。

中国,北宋の政治家,学者。字は君実,諡は文正公,通称を司馬温公。進士に合格後,約20年間地方官を歴任。のち中央に進出したが,王安石が神宗の庇護の下で新法を断行したのに反対し,一時中央から退いた。以来15年,神宗の後援で資治通鑑の編集に専念し,政治に介入することがなかった。哲宗即位後,旧法党の首領として中央政府に再登場し,旧法を復活させたが,数ヵ月で没した。

 人は司馬光とは呼ばない。司馬温公と呼んだ。彼の徳を慕ったからである。皮肉に見れば資治通鑑というイデオロギーの大成者でもあったが、民衆はそう考えていたわけではない。司馬温公という語感には必ず、破甕救児がつきまとう。江戸時代の庶民はあらゆるところで破甕救児を見た。陽明門「唐子遊び」にも含まれている(参照)。
 破甕救児をグーグル先生に訊いてみる。六件。うち「司馬光・破甕救児文様【うまか陶】」(参照

 司馬光が幼時、多くの子供と遊んでいた時、ひとりの子供が水の入った大甕に落ちて溺れそうになった。
 多くの子供は驚いて、いっせいに逃げ散った。司馬光はその時、あわてずに石をもって甕を撃った。すると甕から水がほとばしり出て、落ちた子供は死なずにすんだ、というお話し。

 絵柄としては「一口法話:司馬温公のかめ割り図-黒羽山 大雄寺」(参照)のほうがわかりやすいかもしれない。
 破甕救児図柄の皿などはなんらかの呪術であったかもしれないし、このイメージ自体イデオロギー的な背景は本朝通鑑に通じるものがあるがゆえ近代に廃れたかもしれない。
 それでも、為政者は破甕救児を掲げた。金持ちはその絵柄を尊んだ。あえて損をしても幼き者・弱き者たちの命を優先して守るということの表明であった。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

司馬温光・司馬温公

投稿: | 2006.02.05 11:59

誤記、ご指摘ありがとうございました。これこそ恥ずかしい間違いでした。

投稿: finalvent | 2006.02.05 12:14

司馬温公、誰や、それと思ったら、なんだ、小学校 3年生の国語の教科書に載ってた人じゃない(笑)(小生、1959年生まれ、1968年度の 小三)。

投稿: splash heart | 2006.02.05 18:57

障害をもった方が東横インを利用するというライフスタイル(ニーズ)が存在するかどうかという話では。
社長がいっているのはそういう話ですよね。

投稿: neoki | 2006.02.06 08:12

おれ個人的に東横インみたいなのあってもいいかなーなんて。
そもそもすべての宿泊施設に障害者用の施設が欲しいのかどうか。
それ用の融資、援助を受けてたら論外だけど。

投稿: 選択 | 2006.02.06 22:10

東横イン自体の問題もさることながら、これは福祉行政の失態であり、監督官庁並びに横浜市の失政と捉えた方が正しい気がします。
公共的な福祉事業がどうあるべきかを定義するのは行政であり、その規定がまっとうなものかどうかという議論は置き去りにしたまま、面倒ごとを民業に投げてみましたでは、東横インにも同情の余地はあるし、関係役人並びに議員さん達は、仕事をしていないただの税金泥棒ですよ。
どうでもいいヒモ付き公共事業は補助金付けにして、こういうところは各自の自費でお願いしますでは、横浜市は怒る資格は無いですし、中田市長は大馬鹿者ですよ。

投稿: くれふ | 2006.02.06 22:23

福祉行政ではなく建築行政の問題だと思います。「どうあるべきか」という定義が法律で定まっている以上、守らないといけないのですが、知っての通り建築基準法は完全なザル法で、建築行政なんてそんなもんだという意識が官民共に深く浸透しているので、行政側はほとんど野放し、事業者側もルール違反が常態化しているのでしょう。
中田市長も、怒るぐらいなら違法建築物にはどんどん取り壊し命令を出せばいいのですが、そのためには世論のバックアップと判例の蓄積が必要かなぁと思います。

投稿: KC | 2006.02.06 23:16

 こういった事件が問題視される程度に、民情が殺伐としてるってことですかね? 女子供老人(クソ生意気を除く)を労わるのは基本中の基本だと思ってたんですけどね。
 私とか、自分で言うのもナニですけど、そのへんに関しては余人の追随を許さぬ程度に親切なんで、横 浜 は 馬 鹿 ば っ か り としか思えませんなぁ。

 恥ずかしっ

投稿: 私 | 2006.02.06 23:35

んー、ルールだから守らなければいけないのではなく、守りたい要件をルール化して守らせる訳ですよ。
そこには一定の社会的賛同が必要なわけですが、それには私氏のような「子供老人(クソ生意気を除く)を労わるのは基本中の基本」という道徳が潜んでいてのルールでなければならないわけです。
とすると社会全体でそういうのを保護しましょうよとなれば、それは一定の公共政策により「特定の誰かにだけ強制させる」ルールではなく、広く負担するシステムを構築しなければならないわけで。
それには福祉政策として、税徴収・税配分によるマターとしての一定の財政出動が適切に行われなければなりませんし、そこを欠いての東横イン批判は意味を成さないわけですよ。
少なくともそれは福祉じゃないですねという話で。
ルールを破ったという東横インの問題と、福祉事業としての行政側の失態は、切り離して考えないと危険ですよ。

投稿: くれふ | 2006.02.07 15:14

財政出動というのは端的に言えば補助金なり税の免除ということだと思いますが、必ずしもそれは必要ないと思います。ホテルや会館のような多くの人が集まる施設には公共性があるので、そういう施設を作ろうとする者は一定の負担をしなければならないということです。一定規模以上の企業は障害者を雇用しなければならないのと似たような話です。
ハートビル法も建築基準法も一応国会の議決を経て成立しているので、社会的賛同を得たルールということになります。また、前者の法律は障害者福祉という"道徳的な"考え方から成り立っているのは自明なことと思います。
で、それがホテル業者にとって過度な負担というのであれば見直すべきですが、今回の件はそういう話ではなく、単純に「金にならないことはやりたくないよ」ということだと思います。
東横イン社長の発言には呆れましたが、あんなに馬鹿正直な人は本当の悪人ではないような気がします。いやもちろん馬○だと思いますが。

投稿: KC | 2006.02.07 23:16

 諸外国はいざ知らず、日本では悪=やりすぎ、のことかと思われますので、過度の馬鹿は悪人で宜しいんじゃないかと。
 個人的には憎めないんですけどね、ああいうタイプは。ただまあ、凡人・庶民ならともかく、社会に一定の影響を及ぼす人物がアレやっちゃいかんでしょっつーか、そんな感じ。
 それ以上のことは、とくに言うべきこともないような気がします。

投稿: 私 | 2006.02.08 22:41

>それ用の融資、援助を受けてたら論外だけど。
今回の問題はまさにそれです。意外かもしれませんが、ホテルは別に福祉施設に体操していなくてもよいんですよ。(カプセルホテルなんかがよい例。アレは未対応)
ただ、建築基準法第52条に障害者に対応させることで容積率の緩和という運営上のメリットを受けられます。(具体的に言うと、2階ほどホテルとして使える部屋の量が増える。本来10階建てにしなければいけないホテルが12階建てにできるわけです。)
http://www.houko.com/00/01/S25/201.HTM#s3.4
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/kensetu.files/hbl/01gaiyou.pdf
今回問題になっているのは、容積率の緩和を受けておきながら福祉施設を削ったためです。だから横浜市長は、緩和していた容積の分の部屋を使うな、とか言い出しているわけで。話としては一応筋が通っています。条例レベルで福祉対策を強制していることに関しては知りませんが。

投稿: うみゅ | 2006.02.10 09:44

はじめまして失礼します。

温に封ぜられたから温公なんじゃありませんでしたっけ
ホントに慕ってるなら司馬文正公と呼ぶ方が相応しいんじゃないでしょうか、相手は故人なんですしね。

投稿: 臨川庵 | 2006.02.15 06:04

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