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2006.01.01

門松は死と再生のゲートかも

 あけましておめでとうございます。ま、そゆことで、今年も。っていうか、今年いっぱい続くだろうかと懸念しつつ、ブログ足かけ四年目を迎える。
 話は正月ネタの雑談。少し思うことあって、その下調べメモがてらの話をなんとなく書いておく、という以上の意味はない。きっかけはとりあえず、正月でもあり門松としておく。
 ウィッキ先生が何か言っているかとみると、まあありがちな話が書いてある(参照)。


 門松(かどまつ)とは、正月に家の門の前などに立てられる松や竹で作った飾りのこと。松飾りとも言う。
 古くは、木の梢に神が宿ると考えられていたことから、門松は年神を家に迎え入れるための依代という意味合いがある。かつては松に限らず榊、椿、楢などの常緑樹なら何でも良かった。鎌倉時代から竹が一緒に飾られるようになった。
 平安時代に中国から伝わり、室町時代に現在の様式が決まったという門松。

 マイペディアはもうちょっと含蓄のある話にしてある。

 正月門口に立てる松。門木,お松様とも。本来は年神を迎えるための依代で,ナラ,ツバキ,トチノキ,スギ,竹,ホオノキ,ミズキ等も用いられる。12月13日に山から採ってくるのを松迎えという。期間は7日や小正月までとされ,小正月にこれを焼く風も広く行なわれている。

 いずれも年神の依代説であり、手元の『日本を知る小辞典』(世界思想社)でも概ねその説としているが、明治以降にできた近代的な民俗学的な定説なのではないか。同書には、門松が普及したのは、明治時代の文部省唱歌によるのだろうと推測している。実証は難しいだろうが、そのあたりが真相ではないか。とすれば、現在日本の門松の風習というのは天皇制や君が代、日の丸と同様に西洋文化遭遇による近代化反応の偽物の一つでもあるだろう。しかし、その話にはそれ以上踏み込まない。
 気になっているのは、松の象徴である。先に引用した一般的な解説例ではどちらも、常緑樹ならよしということで松の特定性はないとしている。しかし、これは民俗学もまた近代偽物である悪影響のように思える。
 兼好法師も徒然草に松はよいものだとしているように、松は日本人の趣向にも会うし、中華的な趣向にも会うだろう。確か琉球の儀間真常も松の移植などをしていた。が、松の象徴性はもっと日本の中世文化というか呪術的世界にとって決定的なものではなかったか。
 そう思わせるのはまず歌舞伎の松羽目物の連想がある。話を端折るが、松羽目物は能・狂言のオマージュであり、起源は当然に能になる。そしてこの能の舞台、というか、能の劇的世界は「松」の象徴によって成立しているととりあえず言えるだろう。話が短絡するが、元旦の門(ゲート)の象徴がこの能と同じ世界であるということの意味がとりあえず課題として浮かんでくる。
 ここで松の象徴に対応するもう一方の極が「正月」という時間のシンボリズムである。では、正月とは何か? この象徴性を日本の伝統の文脈で問うなら一義に十二直となるだろう。ウィキを引く(参照)。

 十二直(じゅうにちょく)とは暦注の一つで、建・除・満・平・定・執・破・危・成・納・開・閉のことである。
 暦の中段に記載されているため、「中段」「中段十二直」とも呼ばれる。「直」には「当たる」という意味があり、よく当たる暦注だと信じられていたと考えられる。

由来
 北斗七星は古代から畏敬の念を持って見られた星座の一つであるが、この星の動きを吉凶判断に用いたのが十二直である。
 昭和初期までは、十二直が暦注の中でも最重視されていたが、最近では六曜や九星を重視する人が多くなり、以前ほどは使われなくなっている。


 なかなかこれはよい指摘で、現代日本人は細木数子だかなんだか知らないが、近代以前の占術と暦法を六曜や九星がメインだと勘違いしている人が多くなってきているが、そうではなく、十二直が重要になる。
 十二直では北斗七星の動きが重要になる。

 柄杓の形をした北斗七星の柄に当たる部分(斗柄)が北極星を中心にして天球上を回転することから、これに十二支による方位と組み合せて十二直を配当する。


 冬至の頃には斗柄が北(子)を指す(建(おざ)す)ので、冬至を含む月を「建子の月」という。

 ウィキにはこの件についてこれ以上記さず、わかりにくい。もう少しまともなリソースはないかと見ると、「国立国会図書館 「日本の暦」―暦の中のことば 中段」(参照)がよい。

 古くから中国では、一定の位置にあって動かない北極星を中心に1日1回転する北斗七星に興味を示していました。そして、北斗七星のひしゃくの部分(斗柄、剣先星)が夕方どの方角を向いているかをその方位の十二支に当てはめて各月の名を決め、暦に記しました。これを月建(げっけん)といいます。冬至(旧暦11月)には、斗柄が真北(十二支の子の方角)を指す(建(おざ)す)ため、建子の月と名づけ、同じように、十二月は丑、正月は寅…という要領で各月を名づけました。
 そして、その節月と同じ十二支を持つ最初の日を建とし、以後順に、除、満…と配していきます。例えば1月の月建は寅なので、1月節(立春)後の最初の寅の日が建となり、次の卯の日には除、辰の日には満…と順に配当します。原則として十二直は12のサイクルですが、毎月の節入りの日のみ、その前日と同じ十二直を配しています。

 とりあえず重要なのは、一二月が丑、そして、正月が寅、ということだ。
 当然、門松は、丑から寅の遷移のゲートに立つことになる。その意味で、門松のコスモロジックな意味は、「丑寅」であるということはできる。
 加えて、冬至が太陽の死と再生の象徴でもあることから、「極東ブログ: サンタクロース雑談」(参照)で多少触れたが、クリスマスは太陽信仰のミトラ教によるもので、その死と再生から後の救世主の誕生に擬された。これを、同じコスモロジーを共有する十二直の世界観に置き換えれば、「丑寅」は死と再生の意味を持つはずだ。
 本論に戻ると、むしろ話は逆で、「丑寅」がなぜ「松」なのか、ということになる。というか、ここでようやく、門松の意味が問えることになる。そして、そこには、死と再生のシンボリズムが関連していることだろう。話が粗くなるのだが、恐らく、松羽目の元になる能の松の空間とは死から生への、劇ゆえのたまさかの、再生の空間なのだろう。余談だが、橋懸かりは死から再生へのブリッジであろう。
 とすれば、正月とはまさに、能の空間に擬されているために、松がゲートに配されていると見てよいのだが、問題はなぜそれが松なのか依然わからないことだ。
 この問題の解については、吉野裕子が「カミナリさまはなぜヘソをねらうのか」(参照)で、松の旧字が、木偏に八白と書くことで、八白の木と解され、九星の八白の方位が丑寅であるという説を上げている。
 そうなのだろうか。私には、よくわからない。松の旧字は、私には「木偏に八白」ではなく、木偏に八口ではないかと思える。あるいは俗字か。
 しかし、吉野説の松が八白の木であるなら、その呪術の体系が中世以前に存在していただろうし、その呪術の体系は、「極東ブログ: キトラ古墳の被葬者は天皇である」(参照)でも少し触れたように、日本の王家の呪術に関係してくることになる。

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コメント

斗柄と十二直の関係は2000年くらい前ならその通りだったのですが、現在では地球の歳差運動の関係でかなりズレてしまいました。残念です。
私見ですが松が採用されたのは、真冬にあってなお緑である樹木の一つだったからじゃないでしょうか。

投稿: 北斗柄 | 2006.01.01 19:23

少々、論理的に無理があるかと。
能の鏡板の松の起源を考えた場合、「春日大社の向影の松」をかたどったという説が検索をかけた場合、相当引っかかります。これを単なる後世に作成された「伝説」であるというにしても能と神社との間には相当の関わりがあります。
能の場合、神前で奉納のために演じられることが世阿弥の昔から記録があり、実際に熊野大社には世阿弥が奉納した旨が面の裏に記された、室町時代と推定される翁の面が今に残っています。

ここで能などの松の象徴=「死と再生のシンボル」というのに最大の障害となるのが「神社は死のケガレを最も嫌う」ということです。神社を見ればわかるようにそこには死も再生も連想させるものは何一つとしてないのです。

では門松とは何かについては、
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/card5013.html
故に、門松=依代説の方が有力であると私は主張します。

投稿: F.Nakajima | 2006.01.02 12:38

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