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2006.01.29

小田和正、小林よしのり、川上弘美

 春節。しかし、その話も今年は書かない。世事についてもいろいろ思うが思いがまとまらない。というかある種うんざり感がある。世界情勢の主要な話題についてはあらためて言及することもないかなと思ったり、私が言及すべきことでもないかと思ったり。かくもネタのないときはブログなんて書かなくてもいいじゃないかとも思うが、もうしばらく日々なんか書いてみよう。そういうのもログ(記録)ではあるのだろうし。
 このところぼんやり考えている三人のこと。
 小田和正。先日DVRの録画リストを見ているとの彼のドキュメンタリーみたいなものがあった。いつ予約したのかしかと覚えていない。私はNHKが好きで雑誌「ステラ」が配送されるとその場で気になる番組の予約をDVRにつっこんでおき後で適当に見る。
 ドキュメンタリーは五十七歳になる小田和正のツアー。テーマはある意味で「老い」ということ。それと団塊の世代としての彼の人生の今といったものだ。久しぶりに映像で見る小田和正は、なんだか江戸切り子職人の老人みたいな印象だった。つまり、老人だった。彼が歌っている映像というのは案外初めて見るのかもしれないが、随分と身体を絞るように声を出しているのがちょっと痛ましい感じだったし、なによりそこかしこの仕草に老人のそれがあった。
 彼は昭和二十二年生まれ。私とちょうど十年の差。私は今思うと背伸びしていのかフォークルとか岡林信康とか高田渡とかとかとか聞いていた世代に属する。オフコースはよく知らない。その後、なんとなくユーミンのファンとなり、そしてユーミンが紅雀あたりでドツボっていたころ、その旦那が彼女に小田和正のようにやればいいじゃんとアドバイスしたとかで、ふーんと思って、それを機にいくつか小田和正のアルバムを買って聞いた。心に残らない。そういえば年末二度ほどユーミンの映像を見た。一つは浜崎あゆみとの対談。そしてなぜか紅白歌合戦の彼女の場面だけ見た。紅白では演歌歌手みたいだったし対談では荒井のおばさまといった雰囲気だった。あまり老いとは感じなかったが。そこにはおばさまがいた。
 小田和正が老人に見えたというのは揶揄ではない。私はあと十年生きているのだろうかと思うし、神のお慈悲あるとてその頃の老人さ具合は彼の比ではあるまいなと素直に思う。三十八歳がついこないだのような感じからすれば、五十八歳の時はすぐに訪れるだろう。
 小田和正は昔のラブソングに合わせ、この十年の作でもある新しい歌を走りながら歌ったのだが、その歌は番組の言葉を借りれば団塊の仲間に伝えるというものでもあった。私は知らなかったのだが、彼は東北大学工学部建築学科卒業でその仲間たちとの交流を今も大切にしているということだ。年末の会合では耐震偽装問題も話題になったとのこと。その仲間たちは、そう退職の時期を迎える。
 ウィッキペディアを見たらけっこう詳しい話がある(参照)。


近所の保育園を出(現在もある)関東学院六浦小学校-市立八景小-聖光学院中学校・高等学校-東北大学 工学部 建築学科卒業。早稲田大学大学院 理工学研究科修士課程修了。生粋のインテリミュージシャンである。建築家で東大教授の藤森照信とは学部時代からの友人。1982年9月3日、新井恵子と結婚。子供はない。

 ふーんと思うのと、へぇ結婚したのは三十五歳の時かとも思った。子供がないというのは、晩婚とかの理由よりもある種偶然なのではないかという感じがする。が、結果的に子供はない。あれば青年であろうに。
 小林よしのり。彼についてはいつからかとんと関心がなくなった。ワシズムが出たころは数巻買っていたような記憶があるので、そのころ関心が薄れたのだろう。SAPIOの連載も読まない。戦争論は二巻読んだが、率直にいうと凡庸だった。沖縄論については気取るわけではないが凡庸だった。彼の政治的な立場にあまり共感できなくなったというのもあるが、それ以前に彼が問題視している問題に問題性というのを感じられなくなってしまった。もうちょっと下品にいうと、反米のバックラッシュで普通の左翼と同じポジションにいるような感じがする。
 が、たまたま今週号かなSAPIOの連載を読んだ。彼の父の死と葬儀の話だ。今までご存命でよかったんじゃないかちょっとうらやましいなというふうに私などは思う。いずれにせよ、父親の死というのは男の人生にあるくっきりとした限界を描く。彼も漫画のなかで自身の死の線を引いて見せていた。満足に仕事ができるのは十年だろうと言う。そして彼も子がなく、残るカネがあれば寄付して終わるというものだった。
 ウィッキペディアをみると(参照)、「本名:小林善範、1953年8月31日-)は日本の漫画家、社会評論家。福岡県福岡市出身」とあり、台湾で販売されている台湾論の著者名小林善範は本名だったのか。私より五歳年上だったのか。すごい仕事量だな、偉いものだなと思う。と同時に、非難する意図はまるでないのだが、彼の政治漫画のあるマンネリ感のようなものは「老い」の一つの陰影なのかもしれない。老いていくということは他者の老いに実はあまり関心を持たなくなることでもあろう。
 川上弘美。彼女については私は最初からまるで関心がない。いや「蛇を踏む」(参照)を読んだことはある。その程度。なのに、今月の文藝春秋に「天にまします吾らが父ヨ、世界人類ガ、幸福デ、ありますヨウニ」というショートショートのちょっと長目みたいな短編があり、広告でも眺めるように読むともなく読んで奇妙な後味に苦しんだ。
 話の仕掛けは、川上を彷彿させる四十七歳の女性作家の独白というもので、ネタは二十年前の恋人と再会するというもの。主人公も昔の恋人も離婚していてという設定になっているが、川上弘美ってそうだったけとふと思う。ま、そんなことは作品とは直接関係ないだろうし、いやむしろ、それもネット用語でいう「釣り」ってやつかな。文藝春秋を読む世代も私(四十八歳)になってきたので、そのあたりが釣れるかなと。「センセイの鞄」(参照)で爺さんが釣れたように。
 昭和五十年ころの恋愛っていうのは……という話で、それなりにほいとおセックスというものではなかったみたいな話があり、では二十年後の再会でそのあたりは、ほいとおセックスとあいなるかというのがネタなのだが、なんつうか、四十七歳の男女のおセックスがむふふというのありかよというあたりで、はてな世代にドン引きとかタグられそうだ。でも、率直に言って、そのあたりの私の世代の幻想をうまく突いているなという感じがした。私のように五十歳を前にした男でも……むふふ……みたいなすげえ勘違い。
 小説で面白かったのは、四十七歳の女性の心情として、若い日の淡い恋心でマスターベーションするととても気持ちいいというあたりだ。そうか? 思わず、そうかそうかと電話でもしまくりたくなる感じだが。しかしそうしたことを含めて、これもまた「老い」というものの兆候なのだろう。
 天人五衰(参照)が象徴するようにこの世から三島由紀夫が消えたのは四十五歳のとき。彼はかすかな老いに耐え難いというのはあったのだろうが、普通の人はそこをやすやすと超え、そして気づかずあるいは再定義しつつ老いを生きていくことになる。

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コメント

その昔、TBSだったかの特番で小田和正がコンサートで歌う姿を見ましたが、そん時(結婚直前だっけか)も「身体を絞るように声を出し」てました。記憶が正しければ「言葉にできない」でしたが、客が感動し圧倒されているように演出されてました。

「老人」と言われてみれば、その頃から小田和正には老いの臭いがありました。題名忘れましたが老境の恋の歌なんてのも30前後で歌ってましたし。

小林よしのりの「変節」後には死の臭いがあります。そこが決定的に左翼とは違っているように思います。

投稿: Sundaland | 2006.01.29 18:43

人間老い易く学成り難し

投稿: | 2006.01.31 09:09

小林よしのり氏は、反米云々より日本の「韓流ブーム」を日本人の社会現象として解説した時点で「あ~あ駄目だコリア」って思いました。
よしりんには精神じゃなくて情報を提供して欲しかったのに、さいきんはもう・・・

投稿: あぁ | 2006.02.05 15:07

世の中にはいろんなものの見方があるんだなぁとおもいます。だって読んでみると、その書き込みをしている人の考え方そのものが“老人”臭さいからです。あーあ感性がないなーとも思った。ハ~(;_;)/~~~

投稿: | 2006.02.18 00:10

小田和正は、30代で白髪が出ていましたし
老いは見えてましたよ。

もしかしたら、あなたの目が、老いに目を向けるようになったのかも知れませんね。

投稿: とおりすがり | 2007.01.15 01:28

小田さんは老人なんかではありません。
小田さんは今年もツアーをして大きなアリーナ会場の端から端まで駆け巡っています。

たぶん。。。あなたよりはずっと若いです。
一度小田さんのライブを見てほしです。

多くの男性のファンの方もいて、皆、小田さんのようになりたいと、あんな風になりたいと願っています。
ちなみに私は30代ですが、同じ30代の男性よりも小田和正さんがかっこよくて好きです。

投稿: みやび | 2008.07.21 01:46


私の中学時代はオフコースに影響され 小林よしのりの戦争論に影響され、いまだに愛読者ですので、老いたから…どうした??って感じです。何を彼らに求めたいのかわかりません。

投稿: さおり | 2008.10.28 11:32

川上弘美さんは・・・。一時期、読み込んだけれども、母の家出(注・ちなみに、私が、させたようなもの)から、ばたりと読まなくなりました。なんでしょうかね、一種の「永遠の母と娘」の縁みたいなものが、ぷつっと切れたから。
女と言うのは、男と違ってそれでもいいのかなって時々思うけれども、「蛇を踏む」が、一般に受けるのは、あれが日本人の基本心性だから(???)かなって思いました。自分の祈りとは違いますが。ちなみに、私が毎日ぶつぶつ唱えている祈りと言うのはこれです。
「私の母とは、だれの事か。私の兄弟とは、誰の事か。天にいます、私の父のみこころを行う者は、誰でも、私の姉妹であり、兄弟であり、また母なのである。」

投稿: ジュリア | 2010.01.24 17:31

小田さんは『自分は結婚もしないかなぁ〜』って昔、話していました。(小田さん兄も)→こんな世の中に生まれたら可哀想)

その頃から『子供が欲しい?』の問に『自分の事として考えられない』と返事していましたねぇ〜あまりよく知らない人の事はコメントしない方が良いかもしれませんね。

投稿: 通りすがり | 2010.07.09 23:19

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