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2006.01.02

[書評]シリウスの都 飛鳥 日本古代王権の経済人類学的研究(栗本慎一郎)

 最初におことわりしておくべきだが、栗本慎一郎「シリウスの都 飛鳥 日本古代王権の経済人類学的研究」(参照)についてはこのエントリではあまり触れない。どう評価していいかわからないからだ。

cover
シリウスの都 飛鳥
日本古代王権の
経済人類学的研究
 アカデミックに見れば、トンデモ本の類であろう。またごく一般書として見ても議論も文体も整理されていない駄本といった印象も受ける(編者はパーソナルな洒落を削除すべきだった)。しかし、本書で描かれている指摘について、総じてトンデモ説として看過するには、あまりその代償が大きいかもしれない。少なくとも、三の論点がある。副題のように、日本古代王権の経済人類学的研究という経済人類学のアプリケーションの課題、加えて、シリウス信仰以前と以降の二つである。いずれにせよ、これらをどう扱っていいのかは方法論的にもやっかいだし、対象の措定ですらあまりに難しすぎる。シリウス信仰という限定はないが、三点目の問題は、渡辺豊和「扶桑国王蘇我一族の真実―飛鳥ゾロアスター教伝来秘史」(参照)のほうがわかりやすい。ただし、ゾロアスター教とミトラ教の考察は栗本のほうが優れている。
 いずれにせよ、そういう次第で、このエントリは昨日の「極東ブログ: 門松は死と再生のゲートかも」(参照)の続きのメモとでもいうべきものであり、そこに同書の、ごくわずかな関連を記しておきたいというくらいである。
 「シリウスの都 飛鳥」では神殿方位が真北から二〇度西に傾くという問題を、シリウス信仰として見ている。ペルセポリスなど古代ペルシャの神殿位置について論じるにあたり、前段でシリウス信仰と暦についてこう言及している。

冬至のペルシャでは、新年は冬至の真夜中、今で言う十二時に迎えた。
 ペルシャの国教は、ゾロアスターが創始したアフラマズダーを崇拝する三アフラ教(アフラマズダーのほかに二つのアフラ神がある)及びマズダ教だったが、基本は太陽信仰ということでありながら、その宗教はしばしば折衷的で、暦はシリウスの観測を軸にしつつ「副太陽」であるシリウスをも、崇拝の対象にしていた。儀礼もそうである。副太陽という意味は、昼間の一番明るい星は太陽なのだが、夜間で最も明るい星がシリウスということである。シリウスは太陽系から8・7光年の距離にある新しい星で、古代日本でもオオボシ(大星)と言われていた。ゾロアスター教以前からあるミトラ教の諸派では最高神アフラマズダーに次ぐティシュトリア神とはシリウスのことである。何よりも、暦はシリウス暦だった。その意味で、人は「光」の根源を太陽よりシリウスに感じていたのだ。

 このあたりの詳細について知らないのだが、所謂中華的な世界観からは出てこないものがあり、栗本が指摘しているように、大陸=中国と捕らわれないほうがいいだろう。
 神殿位置についてだが。

 紀元前五百年頃、ペルセポリス(北緯29度57分、東経52度22分)の冬至の真夜中、今でいう十二時にシリウスは真南から20度東に傾いた方向に煌々と輝いた。この方向に向かって、新年を告げるシリウスを遙拝するとすると、遙拝する者の真後ろ(後ろの正面)は真北から20度西に傾くことになる。

 このあたりのシリウス信仰だが、栗本はこれが後代、妙光、妙見信仰となり、さらに阿弥陀信仰、弥勒信仰に結合していくと見ている。
 私も、栗本ではないが、二十代から三十代にかけて奈良・紀州・近江などをあてどなく彷徨って古代・中世の遺物を見てまわったが、私は、妙見信仰が日本に深く隠されているという印象を強くもった。
 問題は、妙見菩薩が北斗七星の神格化でよいとすれば、また北辰菩薩ともいうなら、北極星ないし現在のこぐま座の北極星つまりポラリスを指すというのならわかる。が、なぜシリウスなのか。そこが今ひとつわからない。
 ところでこのエントリを記そうとしたのは、北から西へ二十度ではなく東へ二十度の問題である。つまり、昨日のエントリで触れた丑寅の意味だ。これについて、栗本は奇妙な印象だけを本書に記している。蘇我馬子の墓とされている遺跡について触れ、その破壊についてこう述べている。

(蘇我氏にとって)後年、日本において後に東北の方向、つまり艮が、不吉な方向になっていくことと関係はないだろうか。それとも、艮はこれ以前から不吉な方位だったのだろうか。おそらく、これ以後からと思えるが、今のところ、私には分からない。
 別の考えかたもある。東に方位を振ること自体にも(逆に)聖なる意味があるということだ。広い意味では蘇我氏に繋がる奥州藤原氏の四代のミイラが納められた毛越寺の金色堂が、真北から20度東に傾斜した方位で建立されているからだ。ただ、これもミイラの収納所だから、死の世界と関わっているのかもしれない。

 昨日のエントリを酔狂にも読まれていれば、艮(丑寅)が死と再生の方位であることはすでに触れたとおりなので、このあたりに栗本の日本史の欠落が感じられる。しかし、当の問題、つまり、真北から西に20度とそれに対するがごとき東20度の意味はわからない。
 あるいは、乾(戌亥)ということであろうか。
 これらを決するのは、コスモロジーの考古学とでもいうべき学問がタイポロジーとして成立していなくてはならない。さらに具体的に言うなら、中華的なコスモロジーと北魏的なコスモロジーが経時的にどういう構成になっているかということだ。
 ただし、方法論的には非常に難しい。古代遺物はそのマテリアルなのかアプリケーションなのかをどう区別していいかがわからないからだ。
 だが、この学問がありうるなら、古代王権というものの権力の実態であるその呪術性を明らかにするのだろうとは思うし、恐らく、日本中世の天皇制の再構築はこの呪術の産物であり、そしてさらに民衆側に起きた浄土信仰もおそらく、この呪術性の同一のシステムであったことだろう。
 アウトライン的には妙見信仰、光と影、死と再生、夏至冬至といった諸相から攻めることになるのだろうか。
 余談だが、日本はアジアにあって、唯一、妙見信仰・ミトラ教的な太陽のコスモロジーのなかで近代化を遂げた。なんとなくだが、その連関がすべて日本はアジアではないということを示唆しているのではないだろうか。

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コメント

前回エントリーともども興味深いです。人という刹那、四苦八苦というと仏教的?になってしまいますが、その救済を人々はどのように生きたのか・・・。

ペルシア世界→北魏→日本世界VS中国世界という対立軸という見方でいいのかどうか、さらに古いルーツ、それこそ黒海→スンダランド笑大陸棚移動VSマンモスの狩人移動(これってフィクションかも)みたいな腐れ縁的逃れられない幻想が隠れているのか。

何にせよ現代世界に生きる私たちには、様々な怨霊(無数の無に還った死者たち)がまとわりついているのでしょう。

投稿: Sundaland | 2006.01.02 18:54

前回の選挙では自民党を応援していただきありがとうございました。
次の選挙でも引き続き応援していただけると幸いです。
こうした神道につながるような古代の話も有用ですので、ガンガンやってくださいね。

投稿: 八木 | 2006.01.02 21:47

八木さん
どうなんでしょうね。死と生はひとつのものの両端。与えたものが奪うだけでしょう。産めない性が観念的にいくら攻めてもなんだかなぁーって時々思います。女性に今のシステムは嫌われていて、産まないことで反逆されているように見えませんか。支配される人口がいなくなったら移民誘うんですかね。まあ、千年でも万年でもがんばって生き抜いてくださいね。

投稿: 昭和生まれ | 2006.01.03 00:30

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受信: 2006.01.09 09:18

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