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2005.12.17

みずほ証券によるジェイコム株の誤発注問題は「美しくない」

 みずほ証券によるジェイコム株の誤発注問題についてブログに特に書くこともないかなと思っていたのだが、世相のログ(記録)でもあり、また昨今の新聞社説などを読むに違和感もあるので、簡単に書いておこう。
 違和感が一番強いのは、与謝野馨金融・経済財政担当相の「美しくない」発言への反発だ。私は与謝野の感性と発言が、とりあえずまっとうなものだと思っている。「とりあえず」と留保した部分については後述する。反発の典型例は昨日の毎日新聞社説”利益返上 「美しい」株取引って何だ?”(参照)などがよいだろうか。


 先回りして大もうけすることは、証券会社にとって美徳のはずだ。しかし、それが「美しくない」と言われてしまった。別に美しくなりたいとは思ってはいないだろうが、風向きをよむのも時には必要だとして、もうけをはき出すことにした。

 私も下品な文章を書く品性の劣った人間だが、新聞社説がかくまで下品な切り出しをするとはあきれた。私の感性では、証券会社というのは一義に株取引を適性に円滑に行うことで社会に寄与することであり、取引の儲けとはその株によって産業が興隆することにある。マネーゲームが美徳だと抜かす神経がわからん。ということで読み進めるに…。

 しかし、「美しくない」のは、今回に限ったことではない。株式分割を繰り返して株式時価総額を膨らませ、さらに時間外取引でニッポン放送の買収を仕掛けたライブドアや、転換社債を通じて阪神電鉄株を大量取得した村上ファンドの行動も、違法ではないものの、美しいとはいえない。

 というくだりでブッチ切れ。それとこれとは話が違うだろと、つぶやいたものの、さて、ぶくまのコメントで終わるならそれもまたよしだが、普通に言うには補足が必要だろう。というあたりで少し雑感を補足する。
 今回の事件の直接の発端は言うまでもなく、みずほ証券のおばか、である。余談だが、昨日の朝日新聞社説”利益返上 「美しさ」と危うさと”(参照)はみずほ証券を「みずほ」と略しているが、みずほの本体の証券屋はインベスターズのほうである。私が塩漬け鮭を預けている証券屋でもある。

 事の起こりは株数と金額を逆に注文したみずほのお粗末さにある。東証の取引システムにも不備があり、誤りを救済できなかった。
 そのすきをついて他の証券会社が一瞬にして巨額の利益を得た。そのことに国民は驚き、メディアも大きく報道した。
 みずほが出した売り注文は、対象銘柄の株式総数の42倍に達する。いくら生き馬の目を抜く株式市場であっても、明らかな間違いに乗じた証券会社への反発がひろがった。

 みずほ証券なんだから略して「みずほ」だよってな言い分もあるだろうか。だが、インベスターズがあるのだから、こんな省略するもんじゃないし、そのことで悪意すら臭う。しかし、無知で荒っぽい社説を書き飛ばしているとすれば、一面のトバシと同じで劣化の構図ではないのか。
 話を戻す。みずほ証券の今回の失態は、おばかという言葉が正確に使えるような事態であるが、人間というのはおばかなものなので、私も片鱗システム屋でもあったことがあるので言うのだが、システム屋というのはそうしたヒューマンエラーを想定しなくてはいけない。なので、おばかという評は一義にはシステム屋に向けるべきだろうと事件発端時に思った。しかし、システムはおばか警告を出していたのにおばかどもは警告を無視しておばかなことをしでかしたとの続報があり、一晩寝たら、東証もダメダメだったというあたりで、オマエらぁ~とつぶやいた自分の声に、いや構図が違うなと、ギロロみたいな私のダイモンが答えた。
 めんどくさいので記憶に頼るので子細が違っているかもしれないが、お上相手の公務員みたいな日本興業銀行(参照)傘下興銀証券もといみずほ証券が六十一万株を一円でバーゲンしたとき、警告音が鳴った。おばかさんはこれを無視したのだが、おばかだったからでしょというのはトートロジーに過ぎない。違うのではないか。無視するのが通常業務なので、つい、と。それに東証のシステムが反応したのも実はシステム的に正しい反応だったのではないか。
 みずほ証券のおばかさんは、やべと一円で取り消ししようとしたが、操作ミス。取り消すなら五十七万円なんぼでなくてはいけなかった。というあたりに、おまえら素人だろやっぱし、なのだし、ここがよくわからないのだが、東証側システムも五十七万円なんぼなら通常通り取り消せたのではないか。
 世の中の反応を見ていると、一円の株ならわたしも買えたのにと誤解している人がいるが、実際には一株あたりで六十万円くらいだから、儲けを出すにはかなりのタマを持っているやつに限られる。風聞だがなんでも二十代の若造で今回の事件でボロ儲けをしたのがいるというが、それってフツーじゃないってばさ。
 話が少し混乱してきたので整理するが、一円で売り出したというから、ほぇ~ばかで~とネタになるのだが、問題はそうことではなくて、むしろありもしない六十一万株が出せるシステムだったよね、やっぱしね、のほうだ。
 しかも、取り消し操作なるものは米国の証券市場ならそもそもありえねーシロモノである。つまり、そういうのが正常なシステムだったということ。むしろ、みずほ証券のおばかさんは愚を装ってタオを明らかにしたのである。塞翁が馬である。
 でだ。儲けたやつら、プロですよ。プロっていうのはどういうことかというと、裏を知っているということ。こういうシステムの裏を知っていたということ。っていうか、こんなの株を少しやっていた人間なら裏でもない常識だよ。新聞にだって四年前にちゃんと書いてあったのだ。”「電通、16円で61万株売り」 UBSウォーバーグ証券が注文ミス ”(読売新聞2001.12.01)より。

 三十日に東証一部に新規上場した広告最大手・電通の株価は、公募価格と同じ四二万円の初値をつけた後、証券会社の注文ミスで乱高下する波乱の幕開けとなった。この日は結局、公募価格を五万円上回る四七万円の「ストップ高・買い気配」で取引を終えたが、大量の買い注文が宙に浮いた。
 混乱は、欧州系のUBSウォーバーグ証券が取引開始直後に、「六一万円で十六株の売り」とするところを「一六円で六十一万株の売り」と誤って注文を出したためと見られ、UBSも注文ミスの事実を認めている。
 UBSはミスに気づいて注文を取り消したが、約六万五千株分の売買が成立してしまい、電通株は一時、四〇万五〇〇〇円まで下落した。

 女体の仕組みじゃないけど、こういうふうになっているのだよ。
 さて、ここからちょっと陰謀論濃度を上げるので、ご注意。
 やつらが裏を知っていたということは、だから、たぶん、蜘蛛の糸みたいなワッチシステムを張って、まぬけな蝶々さんが来るのを待っていたのだ。でだ、普通はそうしたまぬけ蝶々をひっかけていたのが、今回ひっかかったのは、みやこ蝶々さんくらいでかすぎ。買ったやつらも、やっべー、マジ?、買っちゃったよ、とか、ラッキーゲロ儲けとはしゃぐ三十代社員を前に四十五歳過ぎのおっさんが、だめだこりゃ、とつぶやいたに違いない(恐竜の着ぐるみで)。っていうか、判断停止? 外資系なんかだと、しかたないから外人上司様にお伺い…「…なわけで、うちのおばかな若造がこんなんで糞儲けしたんだけど、どないしょ」と英語で言う(実際にどういう英語の表現になるのかわからん)。すると外人さん曰く「あきまへんな、もともと日本の市場はこうなっているからカモネギやおまへんか。バレたら地味な儲けが出まへんがな」と英語でいう(実際にどういう英語の表現になるのかわからん)。かくして伝言ゲームが政府にまで伝わったので、与謝野晶子の孫が「美しくないよ」と宣って、終了。
 と、ここで陰謀論濃度を下げる。
 陰謀的な話はさておき、こうしたシステムが普通だったし、マジでこのシステムを改善する動向はなさげなので、「美しくない」で納めておくということだろう。それはそれなりにまっとうでもあるし、しかしなぁでもある。
 つまりだな、個人投資家は持ち株しか出せないけど、大口プレーヤーならありもしない株がかんがん出せるという普通のシステムは変わらないということだ。なぜ変わらないかについては、ちょこし陰謀論濃度を上げる必要もあるのだけど、今日はもういいや。

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2005.12.16

[書評]老人と棕櫚の木(林秀彦)

 「老人と棕櫚の木」(参照)は林秀彦六十八歳の小説。短編集ではない。長編とも言えない。ジャンルとしては私小説に近いのかもしれない。本人の自問によると「…それにしてもいま私は、この”物語”とも随想とも日記ともつかぬ文章を借りて、一体何を書きのこそうとしているのだろうか」とある。フィクションの仮面なくして表現しづらいことが描かれている。が、私小説のように受け取ってもいいのだろう。

cover
老人と棕櫚の木
 おそらくこの作品は、私がここでちょうど一か月前に書いた「極東ブログ: [書評]女と別れた男たち(林秀彦)」(参照)の「P.S. I Love You...」の二十年後ということになるのだろう。
 五十を前にした林は女優の妻と八歳ほどの娘を捨てて、二十八歳の女の元に走り、そして異国に出奔。二十年後、その女に捨てられた。「老人と棕櫚の木」の主題は、七十歳を前にした男が五十歳を前にした女に人生ともども捨てられた惨めさと未練である。
 二十歳も年下の妻を持つというのはどういうことなのだろう。私はそれほどドリフターズのファンではなかったが、時代ということでスターである彼らの話はよく聞いたものだが、彼らはみなと言っていいほど奇妙なほど若い妻をもっていた。少年の私は不思議に思ったものだ。
 そういえば昨今でもとある社会学者が二十歳も年下の嫁をもろたはずとか思い出すが書かぬがよかろう。代わりといってはなんだが、川崎長太郎はどうだったか。書架の「鳳仙花(講談社文芸文庫)」(参照)の巻末年表を見ると、結婚六十一歳。そのおり「やもめ爺と三十後家の結婚」とあるから妻千代子との歳差は三十歳くらいであろうか。記憶の写真でもそんな感じがした。現代日本語で言えば、「喪男最終形態とバツイチ女は三十から」とかなるのだろうか。すまん、下品なことを書いてしまったな。
 川崎長太郎となると俗極まって聖人のごとしだが、五十歳手前の男(今の私でもあるが)は、ちょっとまだ三十歳そこそこの女とやっていけそうな気がするものかもしれない。ちょい悪オヤジとかそういう幻想にどっぷり浸かっているだろうし、それに三十歳ほどの女は人間存在というものの味わいを知るころでもあろうし云々。だが、いずれ男は七十歳となり女は五十歳のままだ。男が捨てられるのが普通だろう。
 そうでなくても、もう人生終わりというところで、女に捨てられるというのは、こういうものかと「老人と棕櫚の木」で知る。なるほど地獄が何層にあるというのは人類の知恵であることよ。というわけで、私はこの小説を呻きながら震撼しながら読んだ。

 今の私の孤独は鬱を生み続け、日々の不安は身の置き所をも失うほどに強烈である。窪んだ両眼を閉じる勇気もなく、何度も夜具を跳ね除け半身を起こし、幽鬼を漂わせて去り行く時間の一秒一秒を瞳を凝らして戦慄するのである。
 だがそこには、心の闇以外の色彩はない。
 老醜の翳りは鈍な闇よりも濃い。朱色もあるのになぜ闇が黒い漆に譬えられるのかが実感で納得できるような闇である。濃いのである。ねっとりとした、容易には砕け散らない黒色なのである。それが老醜の孤独と恐怖の色なのだ。

 ふとこんな英詩を思い出す(参照)。

Ice blue silver sky
Fades into grey
To a grey hope that oh years to be
Starless and Bible black

 物語はそれから、愛のない妻とフランス旅行へ。そして標題のシンボルへとつながる。絶望というのはこういうものだという情況で、小文字のmの出現の暗示をもって一部が終わる。二部はmの示唆から、勇気と希望に転じていく。mは神に近い。ファウストの連想もあるのだろうと思うがその言及はない。いや、 Mはドゥイノの悲歌だったか。
 率直に言うのだが、二部の希望への転換のストーリーは読んでいて白々しい思いがした。また別の二十代の女へと心を向けていくのだが、それこそ醜悪の極みのようにも私は思う。だが、それは私があと二十年生きたときの醜さの指標であるかもしれない。
 若いときには死は近いものに思えたし、五十歳を過ぎていくと、歯の欠けた櫛のようにまわりにぼそぼそと死者が増えていく。四十歳まで生きるわけもないと思いこんだ青年がまだ生きているし、生きていたいものだとすら思う。であれば、林のように七十歳まで生きるかもしれない。そう想像するだけで、ぐえぇとなにか巨大な烏賊の骨のようなものを吐き出したいような気持ちにもなる。
 ところで、林は本当に日本に帰ってきたのだ。前回のエントリのコメントで教えて貰って「諸君」の十一月号の手記を読んだ。彼のいる大分県の地名をたどって地図を開くと老人保護センターがあった。彼は今そこにいるのだろう。会いに行って教えを受けたいような気持ちもする。

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2005.12.15

マレーシアの国産車プロトン関連の話

 クアラルンプールで十三日に開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)と日本との首脳会議だが、日本でのニュースをなんとなく聞いていると、奇妙に日中関係のテーマがクローズアップされていたように思う。とはいえ確かに会議では冒頭マレーシアのアブドラ首相による日中関係についての懸念表明はあった。現在のマレーシアの立ち位置や日本とマレーシアの関係はどうなのだろうか。露骨に言ってしまえば、華僑をシンガポールに分離したマレーシアが親中国ということはないだろうと思っていた。
 中韓問題などどうでもいいので関連ニュースをざっと見ているなか、日経”日本とマレーシアのFTA、来秋発効へ・両首相が署名”(参照)の記事にプロトンの名前を見て、しばらく考えこんだ。プロトンはマレーシアの国産車である。


 04年1月の交渉開始以来、自動車の扱いが最大の焦点だった。マレーシアは乗用車「プロトン」などを育成する国民車構想を打ち出しており、自動車関税は最大で200%に達していた。マレーシア側に配慮して10年間の猶予期間を設定することで妥結に至ったが、スピード感に欠ける印象は否めない。

 今回の日本・マレーシア間の自由貿易協定(FTA)を支える経済連携協定によって、今後十年以内にマレーシアは、自動車を含め、鉄鋼などの鉱工業品の関税を段階的に撤廃することになる。この自動車がプロトンである。
 マレーシアはマハティール首相時代の八三年に、国策として国産車の育成につとめることにした。ゼロから出発はできないので、現地資本と日本の三菱自動車が提携してプロトンと立ち上げた。さらにその十年後、小型車をメインのターゲットとして、日本のダイハツ工業が資本・技術提携したプロドゥアができた。
 先の日経の記事にもあるように、マレーシアはプロトン保護のために大きな関税をかけてきたのだが、現在の世界では、こうした保護政策はもはや立ち行かない。関税撤廃の潮流もだが、マレーシアが現状のスタンスのままでいるなら、自動車産業への投資はタイに流れていくばかりだし、さらにマレーシアの富裕層はこの関税でも外車を購入しはじめている。先日のラジオで聞いた話では、プロトンのシェアも往時六〇パーセントから現状四十四パーセントまで落ち、今年の四・六月期の決算では赤字に転落した。マレーシアとしても単純な保護政策ではだめということで、十月に国民車構想を転換したようだが、その実態は研究補助というくらいしかわからない。
 プロトンの基礎を作った三菱自動車はすでに昨年提携を解消した。この六月からは、三菱商事と提携しその現地販売社を通じて販路を広げるようだ。このあたりのマレーシアと三菱自動車・三菱商事の関係については私は知らない。技術供与は当面継続しているようだが、それほど良好とはいえないのではないかとなんとなく思う。
 プロトンとしては代わりに昨年フォルクスワーゲンとの提携に合意し、当時の話では今年末までにフォルクスワーゲンの自動車を生産するとのことだったが、どうもこの話もうまく進んでいないようだ。マレーシアが国産車にこだわるあまり、フォルクスワーゲンに経営を握られるのが恐いようでもある。
 この分野についてよくわからないのだが、近代国家というのは自動車産業を持ちたがるものなのだろう。が、それに成功したのは日本だけではないだろうか。いや、韓国の現代(ヒュンダイ)はどうか。そういえば、現代も、七五年の韓国初純国産車「ポニー」は三菱自動車との提携でできたものだった(参照)。マレーシアは時代に遅れたということだろうか。
 そのあたりで、「極東ブログ: 国家の適正サイズ」(参照)を思い出したが、国家のスケールとしては、マレーシアと韓国では倍の開きがあり、案外そのあたりの要因が大きいのかもしれない。
 近代国家とアジアの自動車産業ということでは、タイと中国を加えるとどういう図柄になるのか気になる。そのあたりが、アブドラ首相の日中関係懸念表明に影を落としているような気もする。が、よくわからない。勉強が足りないというだけだが。

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2005.12.14

小田急高架化訴訟が例証する改正行政事件訴訟法の意味

 小田急高架化訴訟について、ネタとしては少し出遅れ気味ではあるし、深くつっこむ余裕もないのだが、日本社会の変化の目印としても重要なのでブログに記しておきたい。
 訴訟内容は、東京都世田谷区の小田急線高架化事業に反対する沿線住民四十人が、都の都市計画事業を国が認可したのは違法として処分取り消しを求めたもの。七日はその上告審が最高裁大法廷で開かれ、町田顕最高裁長官は「騒音や振動で、健康や生活環境に著しい被害を直接受けるおそれがある者は原告適格がある」として原告適格を認めた。今後裁判が進展する。
 重要なのは、高架事業云々ではなく、同裁判について一九九九年最高裁判例では、原告適格を「事業地の地権者」に限定し、沿線住民四十人の原告は高架化事業地の地権者ではないため原告適格を認めなかったのに、今回逆転したという点だ。最高裁大法廷が開かれたのは、判例を大きく変更するという司法の意思表示である。
 繰り返すが、高架事業の可否については、率直に言えば、裁判のルールに従って勝手にやってくれ、直接的な利害関係にない私にはどうでもいい。ただ、こうした訴訟が特定の地域住民のエゴの拡大になりはしないかという懸念を今回の判断は引き起こしたこともあり、八日産経新聞社説”小田急高架訴訟 重たい「原告適格」の判断”(参照)などはそのあたりを論点としてこう主張した。


 原告適格の範囲が拡大されたことで、住民への説明が不十分なまま工事を強行すれば、行政訴訟の続発のおそれがある。
 さらに場合によると、住民エゴがまかり通る結果にもなりかねない。行政の停滞などを招くことによって住民が不利益を被っては本末転倒だ。鉄道や道路建設などでは、付近住民への説明責任がより重要となるが、社会全体の公益も考えなくてはなるまい。

 これはお門違いな議論。社会全体の公益そのものを司法が判断するという時代になったのがまるでわかっていない。余談だが、この問題について、左派的な色の濃い朝日新聞と毎日新聞が社説では特に言及してなかったように記憶しているがなにか裏でもあるのだろうか。
 同日日経新聞社説”行政訴訟の門戸を広げた最高裁判決”(参照)は、正論といえば正論だが、やや斜め上を見ている。

 ただし原告適格を広げるだけで行政訴訟制度は本当に使いやすくはならない。裁判所には行政のチェック機能を果たす積極的な姿勢が要るし、行政側は従来の「門前払い判決を狙う」訴訟戦術を改めるべきだ。弁護士も国民の権利・利益を守るために訴訟制度を活用する法技術を磨く必要がある。改正訴訟法の付則は、施行状況の検討を政府に義務づけた。改正法に不十分な部分があれば、再改正もためらうべきではない。

 議論の急所をわかりやすく押さえていたのは同日読売新聞社説”[小田急高架判決]「行政訴訟の門戸を広げた最高裁」”(参照)である。

 行政訴訟の件数はドイツの250分の1程度だ。昨年の件数も約2700件で裁判で原告の主張が認められたのは約14%に過ぎず、却下や棄却は約61%だ。
 背景には、原告適格の門が狭かったことや、行政の裁量に対し、司法の判断が揺れたり、消極的だったことがある。


 訴訟の乱発は好ましくはないが、行政訴訟を活性化し、機能させることは必要だ。「身近な司法」を目指している司法改革の重要課題ともなっている。

 もうひとつ、読売は重要な点を記している。

 だが、原告適格について新たな規定を加えた改正行政事件訴訟法が4月に施行された。改正前は原告適格について、「法律上の利益を有する者」という規定しかなかった。
 改正法は、「この規定の文言のみによることなく、関係法令の目的や趣旨も考慮し被害の態様や程度をも勘案すべき」という規定を新たな指針として加えた。大法廷判決は、追加規定の適用の具体的な基準を初めて示したものだ。

 つまり、問題の根幹は、この四月に施行された改正行政事件訴訟法であり、「この規定の文言のみによることなく、関係法令の目的や趣旨も考慮し被害の態様や程度をも勘案すべき」が今回の裁判で明確になったということだ。
 引用が多く読みづらくなったが、これからの日本社会では、行政への訴訟に対して、「法律上の利益を有する者」の枠が広がった。これはもう引き返せない歴史の進展である。
 改正行政事件訴訟法については、さらに行政への司法側からの指示が可能になっていることや、在外日本人の投票権問題で見えつつある、権利確認の訴えなども関連している。
 少し言い過ぎのきらいはあるが、こうした司法を介した行政に対する市民側の運動はもう引き返せないという構造が日本社会にできた。なので、小田急高架のように個々の問題は個々に議論するべきだが、個々の問題から日本社会のあり方を問うパス(小径)はもうない。そのあたりで、小泉政権の強化に伴う従来型右派の迷走が深まっていくような印象も世間の空気から受ける。

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2005.12.13

NHK日曜日朝「経済羅針盤」にソニー中鉢社長が出ていた

 NHK日曜日朝「経済羅針盤」にソニーの中鉢社長が出ていた。といって私はこの番組を見ていたわけではなく、ハードディスクのファイルリストにエンコードミスの音声ログが残っていたので再エンコードがてらiPodで聞いてみたというだけだが、聞いてみて興味深いというのか脱力したというか、ソニーの悪口を言いたいわけではないがちょっと風流を感じるものがあった。この昨今のソニーというネタは他所でいろいろ議論されているし、私に新ネタがあるわけでもないし、「極東ブログ: ソニー経営陣刷新、ふーん」(参照)といったくらいの認識であるが、ただ長いことソニーファンだったし、少しメモ。
 中鉢社長の話を聞いていて、へぇ、というか、え?、というか思ったのだが、ソニー復活はこの年末商戦のテレビに賭けるというのだ。野球でいえば三対二の二。九回裏ランナー二塁だそうだ。背水の陣とも言っていた。そうなのか。そうなのだろう。中鉢社長自らヤマダ電機の社長にトップセールをかけていた。と、そのくだりでぼんやりとエンコーダーの具合を聞いていた私も、え゛と目を覚まして内容に耳を傾けた。考えてみたら、考えてみなくても、ソニーの製品を売るというのはヤマダ電機なんだよな。いやヤマダ電機と限らずそういう量販店だ。ソニーのテレビはもう価格支配力なんてないよな。そうだよな(繰り返し)という感じである。
 とすれば、当然そんなところから利益が出せるわけもないじゃんというのは、「さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学(光文社新書)」(参照)を読むまでもない。NHKの番組司会者もそのあたりにツッコミだが、対する中鉢社長の回答が私の印象では要領を得なかった。大丈夫っす、儲けは出ます、〇七年までに四パーセントの営業利益ガチっす……とはいかなかった。いくわけもないだろうが、いろいろ品質や技術面で価格は理解していただけるはず、という技術畑上がりらしい冷静な回答があった。大丈夫か。
 それにしてもなんでテレビ?というのは私にはよくわからなかった。サムスンとの合弁で液晶パネルの会社を作り量産に賭けたというのはわからないではない。規模も大きいことはわかる。でも、と思うのは、そこで出来たパネルを別途ファブリケートすればソニーの目はないのではと素人がてらに思う。そういう疑問を織り込んだのか、部品技術と回路技術でソニーらしさが出せると強調していた。信じる?
 番組はそれから工場と経営陣のコミュニケーションという日本人の好きそうな流れになっていて、そうだこれで経営と工場が一丸となって頑張ればソニーは立ち直るという盛り上げであった。がんばってくれと呟きたい。
 新製品にも賭けるというというくだりではiPod対向の新型ウォークマンが出てきたのですまん一気に関心を失った。どんな話だったか忘れた。よい製品なら売れるでしょう。きっと。
 ソニーの未来については…私などが言うことではないが、一つ気になったのは、ハイビジョンの時代になるのでしょうかね、ということ。そしてそれがソニーなどAV家電の会社を盛り立てる大きな流れを形成するのか、映像に関心のない私にはまるでわからない。テレビ見ないし。

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2005.12.12

学習塾小六女児殺害事件雑感

 京都府宇治市の学習塾「京進」で十二歳の少女を二十三歳の同志社大学生講師が殺害した事件について、私はテレビを見ないので、いわゆる世間がどういう話題にしているのか知らない。代わりに、ネットのニュースはよく拾うほうなので刻々と報道されるニュースはなんとなく見ている。よくわからないというのが一番の思いだが、それは二十三歳の男は十二歳の少女を殺してはならぬという無意識の掟のようなものに私の心が支配されているからだろう。

cover
誕生日の子どもたち
 社会的に見るなら、真相がわからないので間違っているかもしれないが、大筋では塾の経営の問題のようにも思う。今回のケースはさすがに特例だが、人が集まる組織には殺してやりたいといった怨念は籠もるものなので、多少なり世間の苦労をした大人はそうした関係に風を通すなり、時には泥をかぶる必要があるものだ。
 この事件についてはそれ以上言うべきことはないのだろうし、エントリに書くほどでもないがと冬枯れの町を歩き、通りがかりの天やで天丼かっこみながら、そうしたせいか若いころを思い出した。自分も二十三歳の大学生だったし十三歳くらいの少女の家庭教師をしたこともあった。が、そうした経験から類推されるものはなにもない。
 無意識にひっかかっているものは、ある文学的な印象のようなもので、ふと、そうだ、ミス・ボビットだと思い出す。カポーティの「誕生日の子どもたち」(参照)である。確か「冬の樹」という邦題で訳されていたように記憶するがそれは見つからず、村上春樹の新訳があった。私はこの短編をあの頃英語で読んだ。追記(12.18):コメント欄にて「夜の樹(新潮文庫)」であると教えてもらった。
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せつない話〈第2集〉
 アマゾンをなんとなく見ていると、山田詠美編「せつない話〈第2集〉(光文社文庫)」(参照)にも収録されていた。誰の訳であろうか。詠美がこれを選んだ気持ちはなんとなくわかった。せつないというより、ある種人間の心にひりひりさせるような何かがあるからだ。村上春樹もたぶんそうした何かを感じただろう。
 ストーリーは要約するようなものでもないし、私にはうまくできそうにもないので、アマゾンの読者評(水水酔)を引用する。

「誕生日の子どもたち」の語り手は、アメリカの田舎町に住む少年である。きのうの夕方、ミス・ボビットがバスに轢かれた、という文章で小説は始まる。少女は、ちょうど1年前、やはり同じ6時のバスで、母親とともにこの町にやってきた。映画でいえばここがファーストシーンだ。やせっぽちの10歳の女の子ながら、もう大人のコケットリーをもっている彼女は、母親をしたがえて、バスが巻き上げていった土埃のなかから姿をあらわす。遊んでいた少年や少女たちは、このミス・ボビットの風変わりなようすに度肝をぬかれて、言葉もなく見守っている。

 町の人々が十歳のミス・ボビットに魅了されていくカポーティの筆致はその幻惑性をよく示していたと思う。
 私はここで躊躇う。私は十歳の少女にはミス・ボビットのような幻惑の力がありうるとまでは言ってもいいかもしれない…が、この事件の文脈で語ることはできない。
 私は四十八歳の男であり、社会的な存在としては殺された少女の父に近い。私がその場なら狂わんばかりだろう。ただ、事件のおそらく語られにくい部分には世間的には語りがたい幻惑のような何かがあったのかもしれないとは思う。
 そういえば先日、実母を毒殺しようとしたされる少女の事件についてエントリ「極東ブログ: 母親毒殺未遂高一少女事件の印象」(参照)を書いたとき、ブログでいくつか、そんな文学やら疑似精神医学で考えるとはなんて馬鹿だろうこいつはという感じの嘲りを受けた。なるほど世の中には理解不能な事件は多いし、理解しようとする必要もあるまい。しかし私はそう思っていない、言うまでもなく。

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2005.12.11

iPodが学習ツールとして普及すればいいのに

 「キャンパスはiPod革命前夜」という記事が今週のニューズウィーク日本版があった。話は大学の講義がアイポッド用に配信されるというのだ。そりゃそうだろうなと前から思っていたので、現状の確認という感じで記事を読んだ。すでに始まっている大学もあるようだが、概ねこれかららしい。そのあたりが邦題の「革命前夜」であろう。原題は "Professor in Your Pocket"でオリジナルはMSNBCのサイト(参照)で読める。
 米国は以前からオーディオブックの文化でもあり(特に啓蒙書の音読を通勤に聞くというのが多いようだ)、大学の講義などもそうなるだろうとは思った。が、実際の米国の講義というのはディスカッションや演習が多いので、アイポッドで聞く講義の部分はリーディング・アサインメントの延長のようなものでもあるのだろう。日本の一般的な大学の講義のほうがアイポッドに向いているのかもしれない。と書いたところで、すでにその傾向は進んでいるのだろうか。ニューズウィークの記事は大学がオーソライズした講義だが、日本ではこっそり録音とか。ああ、そういうのは昔もあったか。
 すでに他所でも話したが(参照)、私はNHKラジオをMP3に落として聞くことが多い。使い初めて一年くらいになる。当初は、少しは勉強しなくちゃなと講義っぽい内容のものも聞いていたが、続かない。歳かな。いやこれが実際に優れた先生の講義とかだとそうでもないだろうから、ぬぼーっと聞いていることになにか抵抗感があるのだろう。
 ということで経験的になんとなくわかってきたのだが、集中して聞けるのはせいぜい二十分といったところ。四十五分ものだと二回にわけたほうがいいのでしおり機能のあるM4B(ブック形式)にエンコードし直したほうがいのだが、それもめんどくさい。寝れない夜が一番聞く上でコンディションがよい。三時間くらい集中して聞いていられる、が健康にいいことではないな。追記:コメントで教えてもったので確認した。MP3でもしおり機能が使える。
 テレビソースの音声は、実際に画面を見ていると見ている必要もないと思うのだが、音声だけを聞く段になると意外と聞きづらい。ラジオソースのほうがいい。情報の構成に関係があるようだ。それと、話のうまい人というか講演みたいのは意外とだめなものだ。聞きづらい。情報が少ないことが多くて、つらい。アイポッドで聞くというのは、人にもよるのだろうが、情報量が経時的に増加していかないとつらい。などなど。
 アイチューズのストアなどを見ると、日本でもアイポッドコンテンツとしてのオーディオブックに人気がありそうだが、市場的にはまだまだうまくいってない。個人的には松平定知の声色による藤沢周平も色気があっていいのだが、なんかこうもっとよさげな色気のコンテンツがあるといい。中年女性の落ち着いた声の音読がよいが…話がずっこけた。
 アイポッドと限らないのだろうが、社会人再勉強ツールのニーズは高いだろう。三十半ばくらいだろうか、もっと勉強しときゃよかったと各種入門書などを読み出すという人は多いと思う。が、読んでいるだけでは、なにかいまひとつ達成感も薄いのではないだろうか。
 アイポッドによる教育マテリアルでも類似に思える。なので、ポータブルなアチーブメントテストがバインドされているといい(メモツールも欲しい)。ということは、アイポッドの画面にそういう機能を担わせるといいのだろうが。
 今年の話題の言葉にポッドキャスティングがあるが、音声コンテンツをただエンコードしてRSSベースで配信というだけでは面白くもないだろう。アチーブメント的な補助と内容についてのインデクシングのような機構がうまく統合されるとよいのだが…そのあたり米国からまたなにか出てくるだろうか。

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