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2005.10.29

国連スキャンダルは終わったのか

 これで話が終わりというわけでもないが、ヴォルカー調査の終わりで一つの区切りはついたということで、「石油・食糧交換プログラム」を巡る国連不正についてもう一度触れておきたい。私にしてみれば、日本のメディアはこの問題を必死に隠蔽しようとしたかのように思えたものだ。
 話は二十八日付毎日新聞”イラク不正:「国連の腐敗とずさんな監査体制」浮き彫り”(参照)が詳しい。


1年半にわたる調査で浮き彫りになったのは、想像を超える「国連の腐敗とずさんな監査体制」だった。同プログラムを悪用する形で、国連経済制裁下、「旧フセイン政権が“延命”」した事実も露呈した。
 今回の報告書で、新たに英国のギャロウェー下院議員が「1800万バレル分以上の石油割り当てを受け、数百万ドルの水増し利益を得た」と指摘された。またフランスのメリミー元国連大使(91~95年)が「200万バレルの石油割り当てを受け、販売手数料として約16万5000ドル(約1900万円)を得た」とされたほか、ロシアの極右政治家ジリノフスキー氏が「7300万バレルの石油割り当てを受け、うち6200万バレル分の処分で水増し利益を得た」との指摘もあった。


いずれも「経済制裁反対や制裁早期解除に動いた」とされる人物ばかりで、今回の報告書は、アジズ・イラク元副首相が中心となり、「石油割り当て」という“武器”を利用し、66カ国2200以上の企業から18億ドル(約2070億円)の不当利益を得たからくりも白日の下にさらした。

 そのあたりがとりあえずの不正の実態であるが、一番重要なことはこの記事には書かれていない。
 二十八日付共同”ロシア企業の受注が最大 イラク石油疑惑、大物暗躍”(参照)にヒントがある。

 事業をめぐる不正事件を調べていた国連独立調査委員会(ボルカー委員長)の最終報告書が指摘した。ロシアは国連の対イラク経済制裁解除に前向きだったが、イラク側がこうした国に優先的に販売枠を割り当てていた実態が裏付けられた。

 今となってはこう言ってもそれほどトンデモ視もされないだろうが、イラク戦争反対の少なからぬ勢力がこの構図のなかにあった。そしてなにより国連が汚れていた。
 しかし、概ね終わった話のようにも見える。共同の表現を借りればこういうことか(参照)。

 独立調査委は昨年4月の安全保障理事会決議を受けて発足、「国連史上最大のスキャンダル」にメスを入れた活動はこれで終了した。

 国連史上最大のスキャンダルは終わったのか。
 私はまったくそう思わない。もっとひどい国連スキャンダルがあるではないか。と、そのとおりの標題の記事”The Worse U.N. Scandal”(参照)が二十四日付けのワシントンポストの社説にあった。

Nothing discredits the United Nations more than the continuing sexual abuse of women and girls by soldiers belonging to its international peacekeeping missions. And yet almost a year after shocking disclosures about such crimes in Congo, far too little has been done to end the culture of impunity, exploitation and sexual chauvinism that permits them to go on.

 国連のコンゴ監視団はコンゴの少女や女性に性的虐待を加えていた。すでにメディアでのニュースはネットにはないが、ブログでは「Blog for Japan」”国連コンゴ監視団が卵や牛乳と引き換えに性的虐待・買春”(参照)に当時の話が残っている。
 その後どうなったか。忘れた? ワシントンポストの記事は後日譚をこう語る。

But six months later there has been disappointingly little change in the attitudes that feed such abuse. That was the finding of a new report by Refugees International, an advocacy group that recently visited peacekeepers in Haiti and Liberia. A similar view comes from Prince Zeid, who rightly faults member states for not taking the issue seriously.

 つまり、特に変化なしという状態のままなのだ。そんなことがあっていいのだろうか。
 国際政治という視点で見れば、日本にとっても国連安保理改革ということが課題ではあるのだろう。しかし、私は、こういう問題が放置されているなら安保理改革なんてどうでもいいやとすら思う。

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2005.10.28

アフリカ貧困問題に関連する人口増加と不埒な余談

 最近アフリカの貧困に関するNHKの番組を見たが番組名を忘れた。私はテレビをリアルタイムに見ることはあまりない。HDRに貯まっているのを見ることが多く、特にどの番組というのも気にしていない。クローズアップ現代ではなかったように思う。話は凶作とエイズ禍に苦しむ人々というものだった。
 そういえば、クローズアップ現代でもこの話題は見たっけ、とサーチすると、七月四日”アフリカの貧困をどう救うのか”(参照)があり、確かにこれは見た記憶がある。


グローバル化による価格競争に巻き込まれ、アフリカの貧困化は進み、サハラ砂漠以南では、2人に1人が、1日1ドル以下という生活を強いられている。都市ではスラムが拡がり、エイズで親を失った「エイズ孤児」がストリートチルドレンとなっている。今回、先進各国はアフリカに対する債権放棄や、新たな資金援助を行う方針だが、こうした援助が貧困解消につながるかどうかは未知数だ。

 ホワイトバンドとかいう変なもののおかげで、今年はこの手の話になんだかこってり付き合ったような気がする。しかし、振り返ってみるとなんか変だなという感じはしていた。重要な論点を忘れているような気がしていた。
 とそんな矢先、二十四日付けロイター”High fertility hampers African anti-poverty drive”(参照)を読み、ああ、そうだっけなとしばし物思いに沈んだ。この記事に対応しているのか対応は別なのかわからないが、二十五日付で日本語のロイターに”人口増加がアフリカの貧困撲滅の障害に=英研究者チーム”(参照)が掲載された。日本語で読みやすいので引用する。

 ボツワナや南アフリカといった一部の国では人口はほぼ横ばいか減少傾向にあるが、その一方で、マリやソマリアなどでは、人口が今世紀半ばまでに現在の3倍にあたる4000万人に到達するとみられている。
 研究者の1人、ジョン・クレランド氏は、「人口急増が、ほとんどのアフリカ諸国で、貧困削減にとってエイズよりも深刻な障害となっている」と指摘している。

 話の要点はそういうことだ。が、なぜこんな端折った記事なのだろうか。先の英語の記事では、特徴的なアフリカの国を分けてこう説明していた。

In some African countries such as Botswana, Lesotho, South Africa, Swaziland and Zimbabwe, populations are expected to remain static or fall.

But the number of people living in Burkina Faso, Mali, Niger and Somalia could treble to 40 million each by the middle of this century.

In Uganda, the population could soar from 29 million to 127 million.


 ほっとけない世界の貧しさとかだったかなんだか忘れたが貧困のアフリカなどとしてメディアで取り上げらがちな国と実際に問題(多様ではあるが)を抱える国とは奇妙なずれがあるが、ここでもそういう印象を受ける。
 総合するとこうなるらしい。

In Asia and Latin America, family planning has reduced population growth and is credited with helping to improve prosperity. But since 1960 the number of Africans has risen from 225 million to 751 million. By 2050 it could hit 1.69 billion.

 アジアやラテン・アメリカでは人口増加と貧困の問題は収束しつつあるが、アフリカの人口増加は際立っているとのことだ。が、総人口で十七億増ということなのだろうか。
 そして、この段落の先で、貧困について、エイズ問題と人口増加は深く関係していると、研究者のジョン・クレランドは言う。

"Integration of programmes for HIV prevention and family planning could produce better outcomes than either endeavour could yield alone, thus, providing a promising solution to the problems of HIV/AIDS, high birth rates, and poverty that have affected so many African countries," the researchers added.

 ちなみに詳細は、ランセント”What would Malthus say about AIDS in Africa?”(参照・要登録)。
 話は以上で、以下はちょっと不埒とも受け止められるかもの雑談だが、ジョン・クレランド(John Cleland)っていう名前はマジかよとちょっと思った。というのは、多少この手の文学を囓った人なら、「ファニー・ヒル(河出文庫)」(参照)を連想するだろう。アマゾンを見たら、「新訳ファニー・ヒル宝島社文庫」(参照)なんてものもあった。釣りが可笑しい。

1750年ロンドンで地下出版され、
2世紀以上を経た今も、
いまだに発禁処分にされている国もある
世界的ベストセラー。

 書かれたのは1750年頃のロンドン。
 以後、250年以上にわたって世界中で読み継がれてきた古典エロチカの傑作中の傑作『ファニー・ヒル』。
 「男と女がやることなんてファニー・ヒルの昔から何も変わってないよ」と日常的に使われるほどの世界的ベストセラー。いまだなお、その性表現が輝きを放ち続ける人類最初のメジャーなエロチック小説が、読みやすくスピード感のある超現代語訳でここによみがえる。


 そういえば、サミュエル・ピープスって同時代だっけと確認したら百年違ってますね。ご関心あるかたは、「ピープス氏の秘められた日記―17世紀イギリス紳士の生活(岩波新書 黄版 206)」(参照)あたりから、「サミュエル・ピープスの日記 第1巻 1660年 (1)サミュエル・ピープスの日記」(参照)へどうぞ。
 ああ、連想が止まらない。「我が秘密の生涯(田村隆一訳)」(参照または参照)は十九世紀か。ローマは一日してならずだが、大英帝国のスケベは五百年くらいのものか。いやそれなら日本だって以下略。

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2005.10.27

普天間飛行場の移転交渉決着

 米海兵隊普天間飛行場の移転先についての日米交渉がとりあえず決着した。大きな話題である。BBCも”US agrees Okinawa air base move ”(参照)として伝えた。この話題に反対意見以外を言えばとばっちりを受けることになるのだろう。しかし、率直な私の印象を言えば、良かったと思う。
 人事異動を繰り返しその場しのぎの無責任な対応を繰り返してきた日本の官僚たちが、今回はよく尽力したものだ。普天間飛行場という市街地の中心に居座る危険極まりない爆弾のようなものは、なんとしても撤去することを第一義に考えなくてはならない。
 もちろん地元でも本土でも今回の決着への反対はあるし、反対の理由もスジが通らないものではない。端的なところ、沖縄に米海兵隊基地はまったく無用だからだ。
 軍拡を続ける中国に近い地域に米軍の空白は云々という意見もあるが、間違っている。海兵隊の実動には佐世保の揚陸艦を必要とするからだ。沖縄の海兵隊は北九州にに移したほうが効率がよい。グアムに置いてもオーストラリアに置いても、現代ではそれほど大きな差はでない。沖縄に海兵隊がいるのは、低賃金の若者軍人のリゾートの延長に熱帯地の訓練という名目がついているだけのことだ。訓練なら亜熱帯の沖縄を選ぶ必要もない。
 米軍基地の賛成派も反対派も四軍のことをわかってないことがあるが、沖縄で重要なのは嘉手納基地の空軍だけである。嘉手納基地の返還運動などというのはよほど名目的な反対を運動を除けば、存在しない。米国としても多大な被害を出した大東亜戦争の戦勝メモリアルの島を完全に明け渡すわけもないし、アジア地域の国々の本音は米軍が日本という国家の安全弁となることだ。名目の弁は隣接の地域につけておくがほうがいいし、実質の弁は首都東京を取り巻く米軍基地の存在からもわかるだろう。
 すでにこのブログでも触れたが普天間飛行場は当初嘉手納基地に統合されるものであり、今回のケースでもそのあたりが妥当な線だと見られていた。私もそうするしかないだろうと思っていた。問題の本質は米国内の空軍と海兵隊の争いにあると考えていたからだ。
 読みが外れたのは滑走路長が関係している。今回の移転でできる滑走路は一五二〇メートルになる(参照)。当初は、二〇〇〇メートルを超える滑走路を持つ海上基地を作るという、ありえない話がフカされていた。現行の普天間飛行場の滑走路は二七〇〇メートルあり、その規模から私はこの問題を考えていたので、シュワブ陸上案で一五〇〇メートルという案が出たとき驚いた。そこまで米国を譲歩させることができるのだろうか。そしてその延長で今回の妥協案ができた。
 今回の普天間飛行場移転問題で実際のところ一番大きな米軍の意図は、オスプレイの配備だろう。オスプレイについては六日付け沖縄タイムス社説”オスプレイ12年配備/普天間飛行場”(参照)が詳しい。


海兵隊が強化計画/CH46と入れ替え・ハワイより先に
 米海兵隊が、次期主力機となる垂直離着陸機「MV22オスプレイ」を二〇一二年に、普天間飛行場に配備する計画を進めていることが五日までに分かった。同飛行場に配備されている主力のCH46E中型ヘリ二十四機は一三年までに、すべて入れ替える。CH46を航続距離や速度、輸送能力で大幅に上回る同機の導入で在沖海兵隊航空部隊の機能は強化される。一方、安全性への不安もぬぐいきれず、地元の反発は必至。同飛行場の移設論議に影響を与えそうだ。

 「移設論議」と書いているももの二〇一二年まで現行の普天間飛行場が保持される前提で話が進んでいるあたりに、うちなーんちゅの複雑な思いを汲んでもらいたいのだが、端的に言えば、あんな市街地にオスプレイを配備できるわけがなく、米軍の尻にも火がついていた。
 オスプレイについては、沖縄への配備予定のMV-22は海兵隊型だが、同じくV-22の、空軍型CV-22について触れた「航空の現代」”再確認の飛行試験完了”(参照)が参考になるだろう。さらに、ブログ「大石英司の代替空港」”オスプレイ”(参照)の話が現状の本音に近いのではないか。「ネイビーファイル」というドラマについての言及だが。

 凄いですよね。ドラマにまでオスプレイの欠陥ネタが披露される。実際に番組中、オスプレイは、こんな問題を抱えていると、アナリストが暴露するシーンまである。
 実は私は先週、いろんな所でオスプレイの話をしました。最新の航空雑誌では、いかにもうまく行っているみたいなレポートもありますが、正直、私の感触では、「使い物にならんなぁ……」という評価です。
 ただ、一つオスプレイに関して、不幸なことは、最終的に海兵隊が侵攻作戦に用いるということで、もの凄くシビアなスペックを求められたわけです。それこそ、これ以上、過酷な条件下で使われることは無かろうというほどの要求が課せられた。ああいう新しい装備に関して、それはどうだったんだろうなぁ、と思いますね。これがスペースシャトルなら、一点ものということで、強引にものにできるだろうけれど、あれはちょっと無理があった。

 言うまでもなくこんなものがあの美しい海域を去来するとなれば、よほど軍事オタのジュゴンでもないかぎり、カヌチャの夕陽も索漠たるものになるのだろう……という言い方に他人事感があるかもしれない。もちろん悪い冗談だが、大半のうちなーんちゅにとって、あの地域は、やんばるでしょ、というふうに総括されてしまう地域でもある。
 今回の普天間飛行場移転に関連して各種の米軍施設が移転となる。具体的なまとめは朝日新聞”地元沖縄は蚊帳の外、政府説明これから 「普天間」合意”(参照)の図がわかりやすい。要するに、嘉手納基地以南から米軍基地が消えたかのようになる。多くの沖縄県民が暮らす中部、南部の風景からは大幅に米軍が消えることになる。
 同時に、その空白をどう開発していくのかという大きな課題が沖縄県民に突きつけられることになる。長い時間を要した天久や美浜の開発に等しい問題が起きることになる。
 政治的に割り切って見るなら、それがとてつもなく大きな問題だということを関係者は知っているはずだ。

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2005.10.26

高齢者虐待防止法案成立への雑感

 高齢者虐待防止法案が成立する見通しとなった。組織的犯罪処罰法改正のように見送りとなるかとも思われていたが、昨日の自民党厚生労働部会で了承された。背景は、朝日新聞”高齢者虐待防止法案 一転、成立へ”(参照)によると、「法案の先送りに対し、超党派での提出を目指してきた公明党や民主党、法案の早期成立を求める関係者から強い反発が出ていた」とのことだ。
 この法案について私がどう考えるかというと、ビミョーである。まず当の問題と法案を巡る政治の力関係が今ひとつわからないせいだ。
 一般的には、当の問題、高齢者虐待については、読売新聞の二十四日付記事”殴るける、年金使い込む…高齢者虐待防げ!”(参照)のように理解されていることだろう。


 殴るける、年金を無断で使うなどの高齢者への虐待。老後生活の安心を奪うそれらの行為の防止に取り組む自治体が増えている。「高齢者虐待防止法案」の立法化の動きもあり、実効性ある対策づくりへの期待が高まっている。

 総論だけ聞いた感じではよい法律ではないかと思われるのだが、反対勢力の言い分も考慮してみたい。見送りと見られていた十八日時点の朝日新聞記事”高齢者虐待防止法案、自民が提出見送り 民主は反発”(参照)では次のように書かれていた。

 法案は、高齢者に身体への暴行や放置、財産の不当処分などの虐待が行われている場合、市町村長による自宅などへの立ち入り調査ができるほか、施設職員らに通報義務を課すといった内容。
 同日の自民党厚生労働部会では、法案の対象が介護型の施設に限られていることや市町村の施設に首長が立ち入りする矛盾などに議論が集中し、とりまとめができなかった。

 ここが私にはよくわからないのだが、「法案の対象が介護型の施設に限られている」のなら「自宅などへの立ち入り調査」とは矛盾するように思える。私の無理解かもしれないが、自宅内で進行している高齢者虐待は今回の法律の範囲外なのではないか。別の言い方をすると、今回の法案は、きわめて施設をターゲットにしたものではないだろうか。
 同記事には、目が逝ってるよ民主党前原党首による次のコメントも掲載されていた。

 民主党の前原代表は同日、「自民党の施設を運営する方(議員)から横やりが入ったと聞いている」と述べた。民主党は今国会に単独で法案を提出する方針だ。

 実際、今回自民党厚生労働部会ですりあわせができたのは、共同だと思われるが四国新聞社の二十五日付け記事”虐待防止法成立の運び/介護施設に配慮し修正”(参照)にあるこれがポイントだったのだろう。

 自民、公明、民主3党は与野党案を一本化して国会に提出することで合意していたが、18日の自民党厚生労働部会で、介護施設などに不安があるとの理由で関係議員らが反対し、いったん提出が見送られた。反対を受け、施設職員の通報義務については「虚偽、過失によるものを除く」などと修正することになった。

 以上のスジをそれなりにまとめると、高齢者虐待防止法案は対象が施設に限定されているがゆえに施設関係者がびびって政治家のケツをツンとやっていたということだろう。常識的な判断だと思われるが、施設の実態はかなりやばいというかスレスレなのだろう。
 で、だ。そう見ると、高齢者虐待という点でこの法案や政治の対処というのは意味があるのだろうかと疑問になる。
 先の読売新聞の記事のこのエピソードが気になる。

 「息子がご飯をくれない」という母親からの訴えを聞いた近所の人が、民生委員に連絡。だが、息子は、母親がぼけていると主張して世話の放棄を認めない。間もなく体調を崩した母親が入院し、その際、息子が母親の年金を使い込んでいたことが発覚。話し合いの結果、年金を母親の手に取り戻すことができた。
 「家庭内の虐待は、密室で複雑な人間関係もあり、発見が難しい。虐待の知識がある保健師が日ごろから訪問し、問題に気づいたら、関係者と連携して対応する方法が有効では」と小池さんは提案する。

 高齢者虐待の問題は家庭という密室に本質があるのではないか。だとすると、今回の高齢者虐待防止法案はどれほどの意味があるのだろうか。
 朝日新聞記事”高齢者虐待の「加害者」、3割が息子 厚労省調査 ”(2004.4.20)では家庭内の高齢者虐待実態について医療経済研究機構の調査を紹介していた。

 厚労省が、医療経済研究機構(東京都千代田区)に調査を委託。訪問介護事業所など約1万7000カ所を対象に03年10月までの1年間に家庭内で家族が虐待したとみられる事例を調べた。このうち、在宅介護支援センターと居宅介護支援事業所のケアマネジャーが回答した65歳以上の1991人についてケースを分析した。
 1991人のうち、75歳以上85歳未満が43%を占めた。最も虐待が深刻だった時点でみると、2人に1人が「心身の健康に悪影響がある状態」で、「生命にかかわる危険な状態」も10人に1人いた。
 虐待している人で最も多いのは息子で32%。次いで、息子の妻が21%、高齢者本人の配偶者が20%(夫12%、妻8%)、娘が16%。

 これは家庭内の実態ということなので、施設内と家庭内がどのような比率になっているかについては触れていない。なので、ここからは家庭内の高齢者虐待のほうが問題だとはいえない。
 そのあたりの広い実態と法案の適用後の社会がどうなるのか見えてこない。
 家庭内の高齢者虐待についてはある意味で延長された家族の問題であり、日本社会では家族が崩壊しているのだから、そうした部分を社会つまり国家統制側に回して取り扱うという方向性が暗示されている、ということだろうか。

【追記(2005.10.28)】
 エントリアップ後、コメント欄にて「法案には家庭内虐待も含まれている」との情報をいただく。この点について重要だと思うので、追加インフォがあれば、この問題に関心のある人に便宜になると思う。もちろん、トラックバックでもいいし、そうして議論を広げるほうがいいと思う。

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2005.10.25

上司がアホだと寿命が縮む

 上司がアホだと寿命が縮む…そりゃそーだ。あったりまえだろ以下略みたいな話ではあるが、それに正確に言うとちょっと違うが、ま、大筋でそういうこったで済ますネタをド真面目に研究した成果が発表された。
 ネタもとはアーカイブ・オブ・インターナル・メディスンとかいう内科では世界的に権威のある医学誌である。標題を意訳すると「仕事に不公平がなければ雇用者の心臓病は減る」という感じか。オリジナルは”Justice at Work and Reduced Risk of Coronary Heart Disease Among Employees”(参照)ということで、 Coronary Heart Disease (CHD)は冠状動脈性心臓病だが、大別して冠動脈疾患(参照)。いわゆる心臓発作というか心筋梗塞ということで、気になるかたはメルクマニュアルの同項目(参照)をご覧あれ。

cover
上司は思いつきで
ものを言う
 いずれにせよ、不公平な職場にいると、恋の病でもないのに、むむむ胸が苦しいということになり、寿命も縮むわな。
 この話、欧米ではけっこうなネタになっており、ABCはロイター通信系で”Unfair boss could shorten your life: study”(参照)と伝えている。こちらは、「不公平な上司のおかげで寿命が縮む」とずばりというか気を引くように書いている。
 研究を行ったのはフィンランドの医学チームで研究対象となったのは、英国公務員男性六千四百四十二人。三十五歳から五十五歳まで。規模の大きいコホート研究ということで、本来はおちゃらけにするネタではない。公正な職場での疾患のリスクはというとロイターの記事では三〇パーセント低いとのこと。
 でもそれって所詮外国と考えがちだし、実際日本でやると違うかもだが、日本でも冠動脈疾患の患者は増えているので、それほど欧米と日本で違うというものでもないだろう。
 このエントリの標題では、不公正な職場というより、「上司がアホだと」としたが、日本人の職場の実感としてはそんなかなと思うがどうだろう。ちょっと違うか。
 話はずっこけるが、そういえば先日BMJ(British Medical Journal)だったかに、早期退職者の寿命は短いみたいな研究があった。あ、これだ。”Age at retirement and long term survival of an industrial population: prospective cohort study ”(参照)。シェル石油に勤めていた人の長期の調査で、ようするに早期退職者のほうが寿命が短かったというのだ。タイムズ紙には「きつい仕事で長生きさ、でも楽しいわけじゃない(Work harder, live longer - but don't expect to enjoy it)」(参照)みたいな記事もあった。そうなんだろうかね。こちらもコホート研究。
 ま、なんとなく職場と長生きについては思うこともあるのだが、とりあえずこうした研究をみるとちゃんとした職場で長く働くというのがよさげではある。

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2005.10.24

朝鮮半島有事における戦時作戦統制権が韓国へ返還される予定

 まだ結論は出ていないので読み筋を間違えているかもしれないが、朝鮮半島有事における戦時作戦統制権について、近未来に米軍から韓国軍への返還ということになりそうだ。もっとも実際の返還や体制整備には当然時間はかかる。
 二十一日にソウルで開催された、ラムズフェルド米国防長官と尹光雄韓国国防相を中心とする米韓軍事当局者が出席した第三十七回米韓年次安保協議(SCM)後の共同声明では、戦時作戦統制権の委譲協議について「適切に加速化」(appropriately accelerate)とした。日本語で読める記事としては二十一日付読売新聞”「戦時作戦統制権」返還を…韓国側、米国防長官に提案”(参照)などがあり、背景について次のように簡単にふれている。


 韓国は朝鮮戦争(1950~53年)ぼっ発の際、韓国軍に対する作戦統制権を米軍に移譲。94年に平時の作戦統制権が返還されたが、戦時の作戦統制権は今も在韓米軍司令官が兼任する米韓連合司令官が握っている。

 朝鮮戦争については、ネットを眺めるに、日本人の若者に大東亜戦争を知らないという層があるように、若い世代の韓国人も知らないという層がありそうだ。が、事実として、あらためて言及するまでもないが、朝鮮戦争は事実上停戦はしているものの、戦争が終結しているわけではない。ちなみにWikipedeiaの「朝鮮戦争」の項目(参照)を見たら、「結局、スターリン死後の1953年7月27日、板門店で北朝鮮・中国と国連軍の間で休戦協定が結ばれ、3年間続いた戦争は終結した。」とあるが誤記である。
 Wikipediaの同項目には、関連して、「なお、韓国はその後、30数年の開発独裁(朴政権等)を経て民主化に成功したが、北朝鮮は今なお当時の臨戦態勢のまま、世襲による一党独裁(朝鮮労働党以外にも政党はあるものの分家のような存在)が続いている。」ともあり誤解を招きやすい表現だが、現実には、韓国もある意味で臨戦状態になっており、その象徴ともいえるのが、「国家保安法」の存在だ。
 国家保安法について、話題が斜めに流れるようだが、最近韓国で話題になっている。今年七月末姜禎求(カン・ジョング)東国大学教授がインターネット新聞のコラムで「統一戦争であった韓国戦争に米国が介入しなかったら、戦争は一か月で終わったはずであり、殺戮と破壊の悲劇は起こらなかったはず」と記し、さらに九月三十日ソウル大学シンポジウムで次のように発言したことなどで、北朝鮮の賞讃を禁じた国家保安法違反に問われた。”「韓米同盟は反民族的」…姜禎求教授発言で波紋 ”(参照)より。

 姜教授は、「韓米関係の批判的検討と新しい再編」と題したテーマ発表を通じて「韓米同盟と在韓米軍のため、韓半島は絶え間なく戦争の危機に追い込まれているので、韓米同盟を撤廃して在韓米軍を全面的に撤退させなければならない」と主張した。
 姜教授は1946年、米軍政による世論調査の結果、共産・社会主義に対する支持勢力が77%だった点を例に上げ、「共産主義であれ、アナーキズムであれ、当時の大多数の朝鮮人が希望することなら、当然その体制を選ぶのが当たり前だ」と主張した。

 こうした主張は言論の自由が確保されている日本国内では取り分けどうということもなく見られるもので、韓国でそれが国家保安法違反に問われることは日本人の感覚としては、過剰な統制に見える。が、先にもふれたように朝鮮半島は現状戦時下に置かれることを考慮すると単純に割り切れる問題ではない。
 国家保安法違反容疑を受けた姜禎求東国教授は、検察が取り調べのため身柄を拘束することになったが、そこで千正培(チョン・ジョンベ)法務部長官が異例の捜査指揮権発動し、在宅捜査に切り替わった。法務部長官の命令なので検察側も従わざるをえないのだが、金鍾彬(キム・ジョンビン)検事総長はこれに反意を示す形で辞任した。経緯は朝鮮日報”「韓米同盟は反民族的」…姜禎求教授発言で波紋 ”(参照)から読める。
 話を朝鮮半島有事における戦時作戦統制権に戻すと、姜禎求東国教授の意見は突出したかのように見えるが、ウリ党の有力者でもあり盧武鉉大統領の側近でもある千正培法務部長官がこれを保護しているという点で、盧武鉉政権の考え方に近いのだろう。
 戦時作戦統制権返還後の韓国の情勢の軍事面の変化について、朝鮮日報”【戦時作戦統制権の返還推進】連合司令部解体時は戦力に「穴」 ”(参照)では次のように指摘している。

 まず、戦時作戦統制権が韓国軍に返還されれば有事の際、韓米両国軍を指揮する韓米連合司令部は解体されるほかない。米軍が他国軍の指揮を受けた前例がほとんどないという点を考慮すれば、解体は不可欠といわれる。
 連合司令部の解体は、在韓米軍の大規模な撤退へとつながる可能性もある。韓米連合防衛態勢が、韓国軍主導に切り替わって、多数の在韓米軍が駐屯する名分が無くなるためだ。在韓米軍は2008年までにおよそ3万7000人から2万4500人余に削減される予定だが、戦時作戦統制権が返還されれば、それより遥かに少ない兵力が残る見通しだ。

 韓国軍がこれを契機により独自の軍事活動ができるということは日本にとって脅威となりうるのかもしれないが、それ以前に朝鮮半島からの米軍の撤退がなにをもたらすかということが日本には先決の課題となるだろう。

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2005.10.23

結核というトトロ

 もう一昔前になる。宮崎駿のアニメについてポストモダンだかなんだか知らないが七面倒臭い議論をしているやつが同席していた。話が「となりのトトロ」(参照)に及んだので、ちと聞いてみた。作中、お母さんの病気は何だか知っているか? 頓珍漢な応答だったので、結核だよ、とのみ答え、なんだこの馬鹿、という続きを呑み込んだ。「千と千尋の神隠し」(参照)が遊女というテーマを覆っているように、「となりのトトロ」は結核を覆った物語である。
 結核といえば、医事評論家水野肇「クスリ社会を生きる」(参照)が興味深い。プロローグは「昔の結核、今の結核」という題で始まる。


結核体験
 私は昭和一ケタ生まれである。この時代に生まれた人の共通項のひとつに「結核」がある。私もご多分に漏れず、肺門淋巴腺炎(結核の一種)になり、小学校の五年と六年は半分しか学校に行けなかった。

 その後、幸いに回復し中学校にも進学でき、その後再発はないと言う。しかし、そうした結核とつきあいというのが昭和という時代そのものでもあった。私の母も従姉妹を何人も結核で亡くした。
 その時代を水野はこう語る。

 結核が全盛をきわめていたのは、日本では紡績などの産業が起こり、多数の工場労働者が誕生した明治の中ごろ以降、大正、昭和にかけてで、日本では長い間、死因では結核が一位だった。”亡国病”といわれ、特に戦時中は、結核は淘汰すべき第一の目標とされた。私たちの年代では、小学校のとき「ツベルクリン反応」を強制され、ツベルクリンが陰性(マイナス)の生徒はBCGを接種された。このBCGの評価は戦後になって有効説と無効説が対立したが、戦時中の厚生省は自信を持っていたという。

 続く段落で水野はBCGをそれなりに評価しているが、その有効性という点ではない。

 それともうひとつ、このツベルクリン反応→BCG接種という考え方は、公衆衛生学(当時は衛生学)を基礎とした厚生行政の手法として日本に定着したということがある。このことは、当時としては先進的であったが、戦後行われた公衆衛生行政の大半は、この結核の手法の焼き直しであった。


 いずれにしても、厚生省技官OBと話をしてみると、古い人ほど結核への思い入れは深い。それというのも、医学部を出て内科の教室で結核を勉強して保健所に入り、そこから厚生技官になるというケースを辿った人も多く、自分の人生と結核を切り離すことができない人が多かった。保健所所長をしていても、結核の検診のフィルムを読影しないと飯がまずいという人さえいた。

 つまり、がん検診など戦後の公衆衛生行政はすべてこの結核対処の仮説の上に成り立っていた。水野は言わないが、つまり、それは日本経済の構造と同じように、戦時体制を継いだものだったのである。大蔵省・通産省と同じように厚生省も戦後の行政に勝利したと思いこんでいる点も同じである。
 昭和三十年代後半には、結核は過去の病気となっていった。昭和三十二年生まれの私はその変わりゆく風景の一端を知っている。
 結核はどのように克服されたのか。
 水野によれば、克服の理由について、厚生省、つまり現在の厚労省の官吏たちは、こうした体制に加え、ストレプトマイシンなどの特効薬ができたことによると考えている。しかし、水野はそれがまったく別の要因、つまり国民の栄養の向上によるものだという仮説を知り、それが真相であろうと確信していく。

多くの技官は、ツベルクリン反応→BCGの接種とストマイの発明によって結核に勝ったと思っていた。それも保健所を中心とした結核行政と結核予防会との総合戦略で勝ったのだと思っていた。そういう考えの持ち主が結核予防会に多くいた。そこへ「結核患者が激減した理由は食生活の改善だ」というルネ・デュポスの問題提起は、日本の結核学者や厚生省にとっては、真偽を確かめることより、”信じたくない”と思わせるものだったにちがいない。もしも食生活の改善が結核を追放したというなら、日本の厚生省がやってきた公衆衛生行政は全面否定されることになるからである。
 私は同様のデュポス博士の発言を当時の厚生技官の幹部二、三人にも話したが、一顧だにされなかった。それはそうかもしれない。デュポス博士の考え方は、自分の人生を否定さえるようなものであったというべきだろう。

 水野はそこまで語った。それ以上は語らない。武士の情けである。古い日本人の人情でもある。でも、真実はといえば、日本の厚生省がやってきた公衆衛生行政は全面否定されるということだ。もちろん、結核は治療できるようになった。死病ではなくなった。しかし、その公衆衛生行政はナンセンスだったのである。
 結核の風景を知る私の世代が死に絶えたとき、こうした物語はただ失敗の歴史となるだろう。しかし、それまでは亡霊は生き延びる。トトロは生き延びてしまうのだ。それどころか、ただ亡霊としてのみ再生するかもしれない。
cover
クスリ社会を生きる
エッセンシャル・ドラッグ
の時代
 戦後の栄養向上というのは、端的に言えばたんぱく質をしっかり摂ることだ。もっと端的に言えば、朝食に卵を一個食べるということでもある(アレルギー問題はとりあえず捨象)。だから、国家が富裕であるということは安価な卵が供給できるということだ。私はマクロ経済など知らないが、国家経済の運営者がそれを知っているか知ってないかだけは見極めるようにしている。
 しかし、歴史には逆行というのが常にある。裏トトロは復活するし、伝統和食が健康食だなどいう馬鹿げた話が横行する。それでも、まだまだ日本は富裕であり、栄養は行き渡る。卵だって高価ではない。
 とすると、長寿社会になる。今の老人というのは、吉本隆明のように大正生まれの気骨もいるが概ね昭和一桁になってきた。若い頃結核を患った水野肇の世代であり、つ・ま・り、その少なからぬ人が結核菌の保菌者である。平時はなんともないが、加齢やその他の疾患で身体が弱れば結核菌が活躍しはじめる。ということは菌が出るということだ。結核検査の対象の高齢者を増やせば結核統計を変えることもできるし、産経新聞などに結核予防会の爺さんたちがぷっと吹き込んで今朝の社説”結核予防法 廃止論は唐突すぎないか”(参照)みたいなものもできる。いや、厚労省はさすがにトトロの呪縛から離れようとしているのだ。
 結核についての最新の統計は見てないが、”平成15年結核発生動向調査年報集計結果(概況)”(参照)をみるかぎり、なにが危機なのか私はわからない。むしろ結核の問題は多剤耐性菌ではないのか。そうであればその対応は質的な転換も必要になる。でも、そういう方向性は見えない。
 この問題はこれ以上踏み込むべきではないようにも思うが、Wikipediaの「結核」の項目(参照)はやや混乱した印象をうけるが、関連してBCGの問題も指摘していた。

予防策として日本ではBCGが行われているが、アメリカでは行われていない。フランスなどのヨーロッパ諸国では継続して行われている国も、中止に到った国もある。BCGを行うことのメリットは、小児の結核性髄膜炎と粟粒結核の頻度を有意に減少させることにある(有効性80%)。しかし、成人の結核症を減少させるというエビデンスはない(有効性50%)。いっぽうデメリットとしては、ツベルクリン反応を陽性化させてしまうため結核の診断が遅れることにある。結核菌の頻度が低い地域ではBCGを行うデメリットが大きいと思われる。BCGを中止したスウェーデン、旧東ドイツ、チェコスロバキア等では、中止後小児結核が増加した。残念ながら結核菌の頻度が高い(特に家族間感染が多い)日本などの地域では今後もBCGは行われてゆくだろう。

 重要なのは、BCGによって実際に結核が集団感染したとき診断や感染経路の特定が難しくなることだ。そのデメリットが大きくクローズアップされるような事態にならないといいと思う。
 この関連事項だが、日本の子どもが先進国にいくとBCGのおかげで結核患者の待遇を受けることがある。”在外事務官情報 アメリカ合衆国(ニューヨーク)”(参照)より。

当地では、ツベルクリン反応陽性者は結核感染者として取り扱われます。しかし、邦人の中には去に受けたBCG接種の影響で反応が陽性となったと思われる方も稀ではなく、これら陽性者(結核感染による陽性かBCG接種による反応か)の取り扱いが度々問題となっています。

 この問題が気になる人は海外赴任医療Q&A<FamiNet””(参照)も見ておくといいだろう。

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