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2005.07.30

世界で最も影響力を持つ100人の女性

 これは悪い冗談だろ。フォーブス"The 100 Most Powerful Women(最も影響力を持つ100人の女性)"(参照)である。「パワフル」という言葉は、「恣意的な権力が行使できる」と訳したいくらいだ。あるいは、フォーブスの編集って…(言葉を濁す)。
 なにはとももあれ、リストをご覧あれ。


  1. ライス米国務長官 Condoleezza Rice (こりゃ間違いないな)
  2. 呉儀副首相 Wu Yi (あの無礼なドタキャン婆さんだよ)
  3. ティモシェンコ首相 Yulia Tymoshenko (⇒極東ブログ: 美人だろうが民主化だろうが、私はチモシェンコ(Tymoshenko)が嫌い)
  4. アロヨ大統領 Gloria Arroyo (メガワティ前大統領と同じく不正まみれ)
  5. マーガレット・ウィットマン、eBay CEO Margaret (Meg) Whitman (現在オークション・サイト)
  6. アン・マルケイヒー、ゼロックスCEO Anne Mulcahy (フィオリーナ前HP会長と違う?)
  7. サリー・クロウチェック、シティグループ最高財務責任者 Sallie Krawcheck (39歳!)
  8. ブレンダ・バーンズ、サラ・リーCEO Brenda Barnes (子供三人 マーサ風味?)
  9. オプラ・ウィンフリー、Oprah Winfrey (そうきたか、芸人。日本だと誰?)。
  10. ゲイツ夫人 Melinda Gates (文句なく偉い!)

 五位からはフォーブス風味ってことか。つまり、なにかとCEOとか。それに、政治家っていうか首相とか大統領、女王様とかなら入れとけ、と。芸人もな、と。そのあたりをごちゃごちゃとまぜてみました、というリストだね。
 それにしても、上位は悪い洒落だろ感はある。というか、ごちゃごちゃ感がいかんのかもしれないが、実直なビジネス・ウーマンでは記事にならないのかもしれない。
 ちなみに、日本人女性は一人。林文子ダイエーCEOはわからないでもないけど、ダイエーをわざとらに持ってくるあたりやはり悪い洒落感はある。なにより日本人から一人くらいは入れておかないとな感が漂う。
 さて、他の国はというと、まずアメリカは半数は占めているでしょと目の子で数えたら六四人。だめだこりゃ。
 英国が五人。フランスが四人。ふーんてなものだが、ドイツが一人。イタリアが一人。おんどりゃまだ連合国の絆は深いですかそうですか。
 ところでドイツはアンゲラ・メルケル(Angela Merkel)でしょと思ったら違いました。そこまでドイツが嫌いですか連合軍。中国が三人。あ、中国も連合軍ですか。

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2005.07.29

メイドさんの話

 メイドさんの話、というと、「え、マジっすか?」と、はてなブックマークされそうな懸念もあるかもだが(ないよ)、このエントリの話のメイドは、実際のメイドさん、つまり、女中さんということだが、「女中」と書いた途端にATOKが「注意:不快用語等」とコーションを出してきた。で、どうせいと? と変換候補を選ぶと、「お手伝いさん」だそうだ。なるほどね。ついでに気になるのだが、「メイド」じゃなくて「メード」だったんじゃないかと字引を確認するとそのようだ。しかし、ここでは時流に合わせて「メイド」としておこう。さらにずっこけるが、「メール」を「メイル」とかワザトラに書く人が世の中にはいるが、英語の発音は「メール」。
 先日朝のラジオでシンガポール日本人会のかたがシンガポールの外国人メイド事情を語っていて面白かった。
 伝え聞くファクツだが、シンガーポールでは外国人のメイドが十五万人。その外国は、というと、マレーシア、フィリピン、タイ、インドネシア、ミャンマー、スリランカといったところだが、フィリピンとインドネシアの二国で九〇%を占めるらしい。
 出身国によって賃金が違う傾向があり、月額で、フィリピン人が三二〇ドル、インドネシア人が二八〇ドルとのこと。フィリピン人が高いのは英語ができるせいらしい。が、家庭的で穏やかなインドネシア人のメイドの人気も高くなっているそうだ。
 話を聞いていると、総じてメイドの出費は月額二万円というので、あれ?と思って、これってシンガポールドルかと、最近インプルメントされたグーグルの通貨計算機能を使ってみると、"300 SGD in Yen"のアンサーは"300 Singapore dollars = 20 233.7975 Japanese yen"と出る。なるほど、二万円だから、話は、シンガポールドルということのようだ。
 しかし月額二万円で済むわけでもないと話は続く。これに渡航費、食費、医療費が上乗せなり、総じて月額で割ると七万円ということらしい。ふと日本だとどうかなと思うのだが、「じゃ、月額七万円で」とはいかないだろう。住み込みなので専用の部屋が必要になる。住宅事情最悪の日本ではそこでまず無理か。
 メイドの規制もかなりしっかりしているようだ。メイド税みたいなものもあるらしい。外国人メイドは二年に一度は帰省させなくてはいけないという規制もある。
 メイドの側も条件がある。八年の義務教育を受けていること、二十三歳以上、さらに英語で行う試験もあり、買い物の計算、時計の読み方、安全について(交通安全なども)が試されるとのこと。
 私が話を聞いていて、おやっと思ったのは、六か月に一度血液検査が義務づけられていることだ。妊娠とエイズが重視されているらしい。関連するのか、外国人メイドは、シンガポール永住権のある人との結婚は禁止されているらしく、違反は本国送還というのだが、私はもうちょっとその実態に関心を持った。
 現状、シンガポールでは全世帯百万戸の一〇%がメイドを雇っているとのこと。多いと見るべきなのだろう。
 話はそんなところだが、いろいろ考えさせられた。
 なにか思い出すなと思ったら、香港に旅行していたときだが、香港島の広場で夕方ぼんやりしていると、わしわしフィリピン女性がストリートに集まりだした。なんだろと思ったら、メイドの集会らしいというのだ。すごい賑わいだった。一〇年も前の話だが現在はどうだろう。外国人メイドが生活に浸透するということは、こういう集会も必要になるということなのだろう。
 もう一つこれも旅だが、バリのウブドに半月ステイしたことがあるのだが、コテージを借りたらメイド付きだった。朝食の用意はしてくれるし、洗濯はしてくれる。それほど頻繁に話をするということでもなかったが、心根の優しげな少女で、一度だったか、洗濯を頼んだジーンズはどこと訊くと、まだ乾いてないのと深刻に私の眼を見つめて話かけてきて、ちょっとくらっときた。やべ。いやいやなんもなかったですよ。
 日本に女中さんがそれほど見あたらなくなったのはいつのことだっただろう? 私の記憶にある昭和三〇年代の風景でもまだ米人宅で働く日本人メイドさんとかも見かけたものだったが。
 シンガポールでメイドさんが必要になるのは、六割の女性の社会進出とも関係するだろうが、日本社会もいずれそうなるとして、さて、このシャドーワークの部分に外国人メイドが入ってくるのだろうか。という問い以前に、この問題は、社会全体がそうした人を受け入れる体制の変化も伴うものなのだろう。
 それでも子供のいなくなった部屋にメイドを住まわせる富裕な老人というのを、近未来によく見かけるようになるようにも思う。

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2005.07.28

ロレンツォのオイル

 少し古いネタになるのだが、七月十一日付で各種の報道で「ロレンツォのオイル」が有効であるとして話題となっていた。ちょっと感慨があった。

cover
ロレンツォのオイル 命の詩
 「ロレンツォのオイル」は十年ほど前、事実に基づいて難病を扱い、話題なった映画作品のタイトルでもある。
 映画の紹介を兼ねて、現在千円で販売されている同DVDの釣りを引用するとこうだ。

 オーグスト(ニック・ノルティ)とミケーラ(スーザン・サランドン)のひとり息子ロレンツォが難病の副腎白質筋ジストロフィーに冒されてしまった。専門医(ピーター・ユスチノフ)にも見放されたわが子の命を救うため、夫婦は何の医学的知識も持たないにもかかわらず必死の努力の末、ついに新薬“ロレンツォのオイル”を生み出していく…。

 副腎白質ジストロフィーは、映画でも略記されているが一般的にALDと呼ばれる。ネットを探すと日本にも患者の組織があるようだ。
 このアマゾンの釣り文句だが、映画の筋の紹介としては間違っているわけではない。が、登場する専門医は、日本だと珍しいかなというくらい患者よりの立場に立っており、見放したというほどでもない。
 というわけで、実は、私も気になっていたこの映画を見てみた。
 薄っぺらな感動を描いてないのが好ましいのと、この世界の一端を私も知っていることもあり、ディテールの含みにはいろいろ考えさせられた。たぶん、そうした世界を見た人だとこの映画のインパクトはかなり違うのではないか。
 加えて、随所にきちんと医学的な配慮がされているように思えた。医学といっても、この難病は多岐にわたるので、各種の専門家の視点もあるかと思うが、かなりよくできていたと言えるだろう。
 映画としては、イタリア系の人々の生き様がよく描かれていたり、音楽も私好みなのでその点もよかった。普通の人間ドラマとしても十分に見応えがある。
 専門家でもない銀行マンの父親が必死に医学文献を探るようすだが、現代のインターネットなら概要サーチは随分手間が省けるだろう。が、現実の日本では実際に該当の医学論文などは簡素にアクセスすることは少し難しいように思ったりもした。
 些細なことだが、私も多少脂肪酸代謝に関心を持っていることもあり、後半、エルカ酸が出てくる映画のシーンでは、どっちらかというと反対する医者の立場に立ってしまった。詳しくはわからないのだが、トリグリセリドにすることで有毒性は緩和されるのだろうか。この脂肪酸の精製をしている化学者がなかなかいい味出しているなと思ったが、どうやら実際の化学者本人らしい。
 ところでこの映画のエンディングはどちらかというと、これで奇蹟の薬ができたという印象を与える。しかし、この十年間、ロレンツォのオイルについてはあまり定評を聞かないようにも思えた。私も、ありがちな民間薬かなという印象ももっていたので、今回のニュースには驚いた次第だ。
 たとえば、最新医学のスタンダートともいえるメルクマニュアルにも、ロレンツォのオイルについての言及は表面的にはない。

 副腎白質ジストロフィおよび副腎脊髄神経障害は,副腎機能不全と神経系の広範囲の脱髄を特徴とするまれなX染色体性劣性代謝性障害である。副腎白質ジストロフィは男児に;副腎脊髄神経障害は青年期に発症する。痴呆,痙縮,失明が起こることがある。副腎白質ジストロフィは例外なく死を招く。食事療法と免疫調節薬療法が現在研究中である。

 しかし、今回の報道で、少なくとも、映画の元になったアドーネ夫妻の息子さんは二十七歳の現在も存命との話も聞いた。その意味で、美しい「例外」とはなった。そして、もしかすると、ロレンツォのオイルは広義に食事療法に含まれているのかもしれない。
 今回の報道だが、まだネットに残っているニュースとしてはUSA Today”Study: Lorenzo's Oil protects against ailment”(参照)やUPIの”Lorenzo's oil may prevent brain disease”(参照)などがある。日本語で読める記事としては短いが”「ロレンツォのオイル」の後日談”(参照)があった。

University of Washingtonなどの研究者が、X連鎖型副腎白質萎縮症(ALD)患者に対する脂肪酸投与治療法(Lorenzo’s oil療法、以下LO療法)には、ALDに由来する全身の衰弱リスクを減らす効果があると結論した。2005年7月11日にArchives of Neurology誌に発表した。

 ここに記載されているようにオリジナルは七月のArchives of Neurologyにあり、該当の"Lorenzo’s Oil: Advances in the Treatment of Neurometabolic Disorders "(参照)はネットで読むことができる。
 今回の報道などを見渡してみて思うのだが、もちろんと言っていいだろうが、ロレンツォのオイルはALDの万能薬ではないだろう。しかし、かなり有望な(特に初期段階で)治療法とはなるように思えた。
 それと、今回の報道で気になったのだが、映画でも問題になっていたが、昨今流行のエヴィデンス・ベースト・メディスン(EBM: Evidence Based Medicine)の立場からすると、有効な治療法の確立には全二重盲で偽薬の対照群を必要とするのだが、今回の発表報道をみると、偽薬投与の患者はなかったようだ。いろいろなケースがあるだろうが、今回は偽薬を用いないという倫理が優先されてよかった。
 話が逸れるが、脂肪酸代謝は非常に難しい問題が多い。トランス脂肪酸なども、それに毒性があるかと言えば、現在の毒性の概念からすれば、ないということになる。認知症傾向の人向けにアラキドン酸のサプリメントなども存在し効果をあげているようだが、私などにはやはり違和感は覚える。

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2005.07.27

OECD次期事務総長人事についてお笑いを一席

 ブログのネタ帳のようなものを見ていると、OECD(経済協力開発機構)次期事務総長人事について書いてなかったなと気が付く。書かなかった理由はあまりこの問題に気乗りしないこともだし、知識が足りないせいもある。メモ書き程度に触れておきたい。
 現ドナルド・J・ジョンストン事務総長は来年五月で任期を終える(参照)。人事選考の概要は、二〇日付のOECDのニュース"事務総長後継:Six candidates put forward for the post of OECD Secretary-General"(参照)がわかりやすい。候補は以下の通り。


  • ポーランド マレク・ベルカ(首相)
  • オーストラリア アラン・フェルス (オーストラリア競争・消費者委員会会長)
  • メキシコ アンヘル・グリア(前財務相)
  • 韓国 韓昇洙(元外交通商相)
  • フランス アラン・マドラン(自由民主党党首)
  • 日本 竹内佐和子(世界銀行エコノミスト)

 選考は、ヘドロが歌う「世界金持ちクラブ」を聞きながら、三〇か国による話し合いの合議で一二月一日までに決める。
 問題は誰に決まるかということ。候補者リストを見れば日本人なら誰もが違和感とまでも言えないまでも、韓国必死だなを読むと思うが、そのあたりは、”OECD次期事務総長、韓日の争いか”(参照)が笑える。

 これまでのところ、競合候補はポーランドのマレク・ベルカ首相、メキシコのアンヘル・グリア前財務相の2人で、ここに日本の候補がダークホースとして浮上している。
 外交通商部通商交渉本部の関係者は14日、「日本が候補を擁立する見通しで、韓国との激しい競争が予想される」と述べた。
 日本の候補としては川口順子前外相と世界銀行エコノミストの竹内佐和子氏ら女性の名前が挙がっている。さらに重量級の人物が出馬するとの見方も出ている。立候補の締め切りは15日。

 結局、日本は竹内佐和子を出した(参照)。というわけで、日本では、竹内佐和子祭でつか状態になっている。朝日新聞も舞い上がって、「ジョンストン事務総長は後任事務総長の出身国について、日本が有力で、女性が望ましいとの考えを示してきた。」(参照)とか言っている。そのあたりのノリがたまりませんの人は「FujiSankei Business i.BLOG|歳川隆雄のコンフィデンシャルi.」”“後出しジャンケン”で勝機!?”(参照)が面白いのだろうか。ちょっとこの感性に、私はついてけんが。
 さて、実際の世界の空気はどうよということなのだが、フィナンシャルタイムズあたりが指標になるかなと思ってワッチしていたところ、二〇日付”A think-tank revamp”(参照)が扱っていた。冒頭から、ハリポッターの校長先生のような説教がちんたら続くので読みづらいがそのあたりに英国流の皮肉な伏線があるのだろうとは感じる。というあたりで、日本へのほのめかしはねーなとも感じる。そして、だ、ここにも中国様のご威光がぁ。

As an organisation, then, the OECD is clearly still relevant and distinctive. But if it is to remain so, its membership and internal structures need to be reviewed. On an increasing number of issues, big emerging markets such as China and India can no longer be left out of credible discussions. Where such countries cannot be incorporated as members because they fail to meet one or both OECD criteria of pluralist democracy and a market economy, flexible additional participation may provide a way forward. China, for example, is set to join the OECD's influential Working Party No.3 in September.

 つまり、ぶっちゃけ言えば、OECDの未来っていうのは、中国問題(プラス・インド)だよ、と。
 そして、結局どうよ、フィナンシャルタイムズさんということだが、皮肉がきつい。

In order to tackle these reforms and address the fact that the OECD is currently under-utilised at the political level, the new secretary-general will require political clout as well as intellectual authority. Nationality should be irrelevant in choosing Mr Johnston's successor. Far-fetched as it may sound, OECD members must avoid settling for a second-rate candidate with the least objectionable passport.

 あー、つまりだな、頭がいいとかは全然関係ねーよ、と。求められるのは政治力だよ、と。
 どの国から出たなんてことは問題にするべきにあらずと言っておくということは、そこが問題だよ、あとからぐちゃぐちゃ言うなと。
 さて、これで、候補者六人のツラを見るに、誰ざんしょ。どう見ても、竹内佐和子は落ちでしょ。韓国やメキシコは論外でしょ。いや、中国様の線で韓国を拾う? 注目は著名なベルカでしょかという線だけど、ランカー様は乗り気でない、と。マドランが出るにはサルコジがまだまだか、と。で、消去法で残ったのは誰? アラン・フェルス、え? それって誰? しかし、フィナンシャルタイムズも"a second-rate candidate"を懸念していることだし、ジョンストンもカナダだったし、コモンウエルスっていうのは、対中国対EUには、よ・さ・げ、かと奥さん。
 というわけで、おちゃらけになった。ので、それほど予想というものでもない。

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2005.07.26

最近の新華社と孔子学院

 中国のメディアでなにかが進行しているのだろうか。中国ウォッチャーというわけでもないが、ご時世でもあり、中国のニュースを読む機会が多いのだが、新華社系で気になる動向が少しある。中国といえば他国のメディアまでご威光で屈服させてしまうほどなので、ほとんど報道なんてものはありえないというふうに思いがちだが、なんとなく当局批判が増えているのかもしれないとそんな気がしていた。
 というところで、昨日付の中国情報局にちょっと興味深い記事があった。”新華社:目立つ当局批判、衛生当局と警察にノー”(参照)である。


中国で最近相次いでいる社会不安に対して、新華社が辛らつな当局批判を展開している。「中国製ビールの95%に有害物質であるホルムアルデヒドが添加されている」と報道された問題では衛生当局に「謝罪か引責辞任を」と激しい口調で迫り、作業員83人が死亡した新疆ウイグル自治区の神龍炭鉱で起きたガス爆発事故では取材制限を行う現地警察に対して「知る権利を」と訴える。こうした新華社の報道の背景にあるものは何だろうか?

 以前からそうだったと言えないこともないのだろうが、それでもそういう疑念の印象は持つ。
 これに対して、同記事では、二つの仮説を出している。一つは、政府挙げての不正撲滅キャンペーンの一環だろうということ。もう一つは、読者獲得のためのしたたかな経営戦略だろうというもの。
 後者であれば、とても喜ばしいことではあるし、日本経済新聞などはそのあたりの色目で中国様々になっている。フィナンシャルタイムズも類似の傾向が見られるともいうが、朝日、毎日、日経といった日本の新聞ほどひどくはない。ただ、そういう傾向だと考えるのはやはり無理があるだろう。
 するとどっちか選べというなら、前者ということになる。その可能性は高いのかもしれない。外部から見ていても軍に根を持たない現在の胡錦濤政権は弱そうだし、その側面での強化に大衆を直結させるのは、ある意味でありがちな政治手法でもある。
 裏付けするかのように、今日付の共同”中国、汚職で約4万人摘発 腐敗の深刻さ浮き彫り”(参照)の記事が読める。

中国の最高人民検察院(最高検)は26日、2000年から今年6月までの約5年半で公務員の汚職事件3万4685件を捜査、3万8554人を摘発したと発表した。摘発分だけで中国経済への損害は約480億元(約6600億円)に上るという。新華社が伝えた。

 実際のところ、中国という国は裏のシステムがなければ動くわけもないと思うので、こうした明白な正義とメディアの結託は、気まぐれ的なガス抜きということがあるだろう。懸念されるのは、これが、昔の壁新聞運動みたいなものになっていくかだが、そのあたりはどうなのだろうか。
 新華社の動向と併せて、私が気になるのは、先日北京で開かれた「第1回世界漢語大会」という薄気味悪い大会だ。この薄気味悪さはお小姓の朝日新聞が全開でもある。”国内外の政府関係者ら、「孔子学院」を絶賛”(参照)より。

世界の政府関係者、研究者、専門家などが中国語(ここでは漢語=漢族の言葉=を指す)教育をめぐって話しあう「第1回世界漢語大会」(開催地:北京)が22日に終了した。今大会は、「多元文化の枠組みにおける中国語の発展」がテーマ。世界67の国・地域から訪れた政府関係者、中国研究者、中国語教師など600人近くが出席した。各国の政府関係者らは閉幕式で、中国政府が海外に設置した中国語学校「孔子学院」の役割を評価した。

 「多元文化の枠組みにおける中国語の発展」というのだから、自国に併合した吐蕃を初めとした各種の民族の言語を中国という国家の枠組みから解放していく試み…というのじゃ全然ない。世界六七か国を招くというあたりから察せられるように、中国内部は漢語という金太郎飴状態が前提になっているのだ。
 全国人民代表大会(全人代)常務委員会の許嘉ロ副委員長の言っていることがまことに中国語でわかりづらい。

人類史の経験が早くから証明している通り、世界には言語的な多様性、文化の多元性があり、異なる言語・文化間の交流がスムーズに進んではじめて、世界の安定と平和を語ることができるようになる。言語は昔から、民族または国家間が連絡を持ち、心を通わせるための懸け橋だった。

 日本語に訳すと、それは中国の内部を単一国家に単一言語で封じ込ませますよということなのだ。次の発言をよく読めばわかるでしょ。

中国語は中華民族と外部の世界との意思疎通を図る上での強力な手段であり、同時に空前のプレッシャー・試練にも直面している。

 中国っていう国はこういう言葉を掲げているときは実際にやっていることを見るほうがいい。そして中国語的に考えるといい。するとすぐわかる。北京で開かれた「第1回世界漢語大会」というだけで、普通語とされる北京官話の押し付けであることぐらい中国人なら無意識でもわかる。そしてすぐに脊髄反射で、上海との対立だなぐらいはわかるだろう。そう、上海から上海語を撲滅するのが「第1回世界漢語大会」ということだ。広東語も撲滅してしまえである。
cover
野火・春風
 とだけ書くと妄想であるかのように思われるかもしれない。そしてそれは本当に妄想かなとも思う、とちょっと洒落のめしておく。ついでに、台湾が先日、先住民族を対象としたアジア初の公共の専門テレビ局「原住民電視(iTV)」(参照)を開局したようなできごとが、大陸に起きないものかと夢想したい。

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2005.07.25

さよなら、杉浦日向子さん

 杉浦日向子さんが亡くなった。ニュースが信じられなかった。嘘でしょと思わず呟いた。死因は下咽頭がん。享年四十六。亡くなったのは二十二日とのこと。親族だけで葬儀・告別式も済ませたともあった。
 彼女の誕生日は十一月三十日。生年は一九五八年。私より一つ年下、私より一学年下。ほぼ同世代。私は同級生のように彼女のことを思っていた。
 ニュースで年代を照合しつつ書くのだが、「通言室乃梅」で漫画家としてデビューしたのは一九八〇年。私が学部を出たのが八一年。彼女は大学を出ていなかったはずとあらためて調べると日本大学芸術学部中退らしい。世に出る才能の開花が早かった。時代考証学はその後、稲垣史生に学んだというから、そこいらの学者さんでも歯が立たなかったのではないか。
 記憶ではなんとなく日本女子大学文学部史学科だったような気がしていたが、調べてみると違った。私と同じ歳の高橋留美子と混同していたようだ。そういえば高野文子も五七年生まれ。日本大学芸術学部といえば、吉本ばなながそうだが、東京オリンピックの歳に生まれた吉本の世代はもう私には自然に共感できる部分は少ない。
 毎日読ませていただく散人先生のブログの昨年五月のエントリ”NHK「お江戸でござる」、杉浦日向子先生がいなくなってしまった! ”(参照)にもあったが、私も変だなという感じはしていた。


 なんか、最後にお年寄りの男の先生が解説していた。番組は、テンポが速くなって、けっこう楽しめたんだけれど、肝腎の杉浦日向子先生が出てこないではないか! いったいどうなったんだろう? 日向子先生は病気なのだろうか?

 そういうことだったのだろうか。伊東四朗が出ていたころはあの番組を欠かさずといっていいほど見ていたが、その後は関心が薄れた。杉浦日向子も番組から消えていた。言葉に詰まる。
 本当に死んでしまったのだろうか。「百物語」の最後の話は最初から書かれるべきではないと知りながらも、なにか最後の一話がありそうな感じがしていた。そして、彼女は五十代を通して大著を書き上げるのではないかとなんとなく思っていた。それが確固とした未来として私にはあった。
 彼女の隠居宣言は九三年。若い隠居という感覚も、なんだかわかる感じがしていた。「お江戸でござる」の解説にも隠居として世間を見る視線があったように思う。
 こんな話は不謹慎なのかもしれないが、荒俣宏と結婚したのは八八年。「帝都物語」で荒俣が日本SF大賞をとったのがその前年。あのとき杉浦の結婚のニュースもよく覚えている。私は、同じく彼女が好きな知人と、延々とそんな話題で盛り上がっていた。半年後に離婚。その理由が気になって、いろいろ関連の記事も読んだ。荒俣は九三年にお見合いで日航パーサーだった現夫人と結婚。最近、ご夫妻の話をなんかの雑誌で読んだが、すべてが遠い昔の物語のように感じられた。
cover
ごくらくちんみ
 そういえば書架に「ごくらくちんみ」があったはずと思って探したが見つからなかった。なにか示し合わせて隠れてしまったような感じがした。

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2005.07.24

ロンドンのテロ再発とエジプト・シャルムエルシェイクのテロ

 ロンドンのテロが再発し、これに示し合わせたようにエジプトでも多数の死者を出すテロが発生したため、どうしてもまた「テロとの戦い」ということに関心が集まるようになった。どちらもテロも真相がわかっているわけではないし、私に特別な情報ソースがあるわけでもない。しかも、些末なソースから愉快な物語を仕立てる能力もないのだが、少し思うこともあるので記しておきたい。
 私が今回の二つのテロについてまず思うのは、この二つのテロをリンクしてはいけないということだ。むしろ、この二つのテロをリンクさせることが、シャルムエルシェイクでのテロの目的ではないかと思える。後者のテロについては、その場所からして、明確に反米の意図が伺われる。つまり、反米というスジに乗せられることがすでにテロへの屈服の一段階になる。その意味で、今朝の朝日新聞社説”中東テロ 何が憎しみを生むのか”(参照)はまんまと術中に陥ってしまった。


 テロ対策と中東民主化という二つの目的を追求するためには、もっと多面的なアプローチが必要だということだろう。答えは簡単ではないが、少なくとも軍事力に傾きがちな米国の対テロ戦略が見直しを迫られているのは間違いない。

 それこそがまさにシャルムエルシェイクのテロの目的でもある。
 朝日新聞は、米国の中東の民主化の進展がうまく進んでいないというが、この問題はそう単純ではない。むしろある側面で言うなら、大衆が民主化に進むことへの恐れがテロリストを駆り立ている側面もあるだろう。なにより、朝日新聞の稚拙さは世界認識への崩落があるように思える。冷戦時代まではイデオロギーが世界認識の代替たりえたが、その後はそう単純な世界はない。テロとイスラム原理の問題についていえば、より深刻な事態はむしろ中央アジア側にシフトしつつある。そして、テロ対策に「軍事力に傾きがち」なのはロシアと中国なのだ。ここでも中国様のご威光が朝日新聞などモデレートな左派勢力に思考停止を命じている。
 二つのテロのリンケージを緩めて見るとして、この二つのテロについて現状でどのようなことがわかるのか。最初のロンドン・テロについては、事件翌日の極東ブログ「ロンドン同時爆破テロについて」(参照)で示した予想がその後の事件の解明で粗方正しかったようだ。そして、今回の惨事に至らなかったテロだが、どちらかといえば前回のテロの延長ではなかったか。特に、大惨事を避けた理由だが、テレグラフの”What are the theories behind the explosions?”(参照)や”Bomb material deteriorates in 'just a few days'”(参照)の説に引き寄せられるのだが、自家製の過酸化アセトンが使用されていたことにあるようだ。しかも、今回のテロは、それゆえの爆薬の劣化ということが背景にありそうだ。この経緯を見るに取り敢えず今回のテログループの一端なりはある程度までは目星がつくだろう。が、小グループでしかも社会怨嗟が根にあれば、根絶は難しく、その意味で、テロの恐怖からロンドンが自由になるのはそう簡単なことではない。そしてそのスジでいうなら、日本のテロの危険性とは社会怨嗟の関数でもあるのだろう。それは十年前に経験したようなタイプだろう。
 今回のロンドン・テロでは無実の男性(アラブ系か?)が射殺され、これがイスラム圏に報道され、反発を深めている。そこにシャルムエルシェイクの反米的なテロがスジ立てとしてイスラム圏に増幅される。まさにそれが問題でもある。
 シャルムエルシェイクのテロについてだが、このテロを単独で見るなら、明白に、二〇〇四年一〇月七日に発生し、四〇名近い死傷者を出した、シナイ半島のタバのテロに似ているということがわかるだろう。タバのテロについては、その後、エジプト政府がかなり強行に鎮圧に乗り出していることもあり、その後は鎮静しているかに見えたが、シナイ半島という土地柄が土地柄だけに完全なテロの鎮圧は難しいだろう。かつての戦争の兵器の残存も多いのではないかとも思う。
 シャルムエルシェイクのテロについての日本国内の報道について、ざっと見回した範囲なのだが、二十日の午前に同地で行われたライス米国務長官とムバラク・エジプト大統領と会談について言及しているものが少ない。それどころか、今朝の毎日新聞社説”テロ抑止 欧米とアラブ諸国の協力を”(参照)などは悪い冗談のような書き出しをする。

澄んだ水の底で大きなナポレオン・フィッシュがゆったりと泳ぐ、紅海沿岸の街シャルムエルシェイク(エジプト)。そんな平和な保養地で、ロンドンの同時テロに呼応するように大規模な爆弾テロが起きた。

 悪い冗談のような社説はさておき、これはどう見ても、ライスとムバラクを狙ったか、それができずに、手薄になった二三日を狙ったかと見るべきだろう。その意味で、こちらのテロはかなり明白に反米と、反ムバラクの意図が読みとれるはずだ。
 このテロの反米的な性格については、これまでいろいろ語られてきたのだが、むしろ問題は反ムバラクの側にあるだろう。
 重要なのは、エジプトの大統領選挙投票がようやく九月七日に決まった点だ。今回の大統領選挙についてはこのエントリではあまり立ち入らないが、従来は一候補者に対する信任という困った制度だったが、今回は対立候補が名目上は可能になる。しかし、それが実質的な意味をもつかというとまだ不明瞭な状態だ。それでも、さらにムバラク政権が継続されることを好まない勢力は各派にまたがっている。今回のシャルムエルシェイクのテロについては、かなりエジプト的な問題の背景もあると見ていいだろう。

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