« 2005年5月22日 - 2005年5月28日 | トップページ | 2005年6月5日 - 2005年6月11日 »

2005.06.04

韓国とその外の世界の認識ギャップ

 昨日の朝、ぼんやりとラジオを聞いていると、現在ソウルで経済関連の学会に出席している評論家田中直毅が韓国経済の話をしていた。聞いてみると、面白いというのと違うかもしれないがそれなりに面白かった。オチはこうだ。韓国としては、米国が北朝鮮に軍事的な圧力をかけると、韓国の情勢が不安定に思われ、投資に支障を来すから困る、というのだ。なんだそれ?
 田中の話は、韓国経済はスランプの状態にある、というところから始まった。スランプになった理由の一つは、輸出主導型の経済なのに輸出の伸びが悪いということだ。特に、エレクトロニクス関連がよくない。
 もう一つの理由は、家計の消費の調整が始まったということだ。単純に言えば、れいのクレジットカードの問題が強く足をひっぱりだしているらしい。五月発表の消費者物価指数では四月はマイナスとなった。
 この話は昨年極東ブログ「韓国のクレジットカード破綻と日本の内需」(参照)でもふれたことなので、私としては納得しやすい。
 幸い、このクレジットと家計の逼迫の問題は先にもふれたように、昨年は、輸出が好調なのでそれほどクローズアップはされなかった。
 田中の話に戻る。こうしたスランプ状態にあって、韓国のエコノミストたちは、家計の冷え込みを補うために韓国政府が、金利を下げる、税を下げる、政府支出を増やすなど、景気刺激策をとらなくてはならないだろう、と見ているようだ。
 それでも韓国の今年の経済成長率(3.5%)は日本(2%)よりも高いのでそれほど重要な問題なのか、私にはよくわからない。より前向きな見方としては、日韓経済協会”調査部の視点:『最近の韓国経済の視点(2005年4月)”(参照)が参考にはなる。
 さて、田中の話はこの先でオチに向かう。中央日報が行なった韓国に投資している海外会社169社にアンケートが紹介された。それによると、もし北朝鮮への経済制裁が実施されると投資に影響があるかとする問いに、63%が投資はできないし引き上げも検討するとのこと。さらに、北朝鮮に対して軍事行動があればどうかとする問いでは、これが73%に上る。
 韓国としては、米国が北朝鮮に強行に出ることの経済のリスクが高く避けたいとみているようだ。
 このあたりで私は苦笑してしまう。それじゃ、北朝鮮が核開発をさらに進めるままでいいのかと思うのだが…、つまりこのあたりに、韓国と日米間に大きな認識ギャップがありそうだ。
 田中の話から離れる。韓国がどう考えても、米国は米国でさっさと話を進めている現状がある。すでに米空軍のF-117ステルス戦闘機の一部が韓国に配備された(参照)。
 この件で日本はどうすることもできない。朝鮮日報”「信頼できない韓国」を直視せよ”(参照)によると、先日、日本外務省の谷内正太郎事務次官が、韓国で「北朝鮮の核問題に関連し、米国と日本が情報を共有しているが、米国が韓国を信頼しないため、日本が得られる北朝鮮の核関連情報を韓国と共有することに躊躇している」と発言したが、この口の軽さにもあきれるが、お小姓たる日本の本音だろう。
 しかし同紙社説は、そうした日本の軽口が問題ではないと、きちんと問題の核心を見ている。


 とはいえ、北朝鮮の核問題が差し迫った時点で、韓国が核関連情報を依存するほかない国によって「韓国は信頼できない」、「韓国に情報を提供できない」といわれる状況に対しては、政府が緊急の処方箋でも設けなければならない。
 北朝鮮の核問題を解決するなら、否応無しに米日との協力は不可欠だ。そのためには、米日との協力体制が現在どういう状況に置かれているかをありのまま直視する姿勢が必要だ。

 残念ながら、現実の韓国はそう進む気配はなさそうだ。
 昨今、日韓で珍妙な小競り合いが続く。こうした認識ギャップの向う側で韓国が日本や米国がどう見えているのかは、なかなか日本側には共感はできない。その分、さらに小競り合いが続くのだろう。が、どこかで引き返せない事態にならないよう、できるだけのことは日本もしなくてはならないようにも思えてきた。

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2005.06.03

北朝鮮での行方不明米兵(MIA)捜索停止

 先月三〇日は米国戦没将兵記念日(メモリアルデー)だったが、その五日前の二五日、米国防総省は、北朝鮮で行われてきた行方不明米兵(MIA: Missing In Action)の捜索活動を一時的に停止したと発表した。
 MIAは、戦争任務遂行中に行方不明になった兵のことで、朝鮮戦争(1950-53)で米兵8177人(他の参戦国兵18人)と時代を感じさせる。ちなみに、ベトナム戦争(1960-75)のMIAは2267人である。
 1996年から開始された北朝鮮でのMIA捜索活動も今年で十年目となる。カーターの置き土産と言っていいかもしれないが、正式には、1994年10月のジュネーブにおける米朝合意に基づくもの。
 行方不明とはいっても事実上戦死者を意味する。これまでの事業では、約220柱の遺骨を収集し、内約30柱の身元が確認されている。
 今回の米国防総省側のMIA捜索停止の理由は、北朝鮮が作り出した不確実な環境によって現地の米国人の安全が確保できなくなったとのことで、場合によってはこれらの米人が人質にされかねないということでもあるらしい。
 私が最初この報道を聞いたときの印象は、あまり成果が上がらないという見通しがあったかなというものだったが、この四月の時点では今年も従来通り継続されるはずだったこともあり、この印象は違うのだろう。
 ニュースなどでは、この件について、北朝鮮への外交的な圧力の一環として説明されることが多い。とりあえずはそういうことだろうし、これを受けて北朝鮮も反発している。中央日報”北「北朝鮮の米兵遺骨捜索団を解体」”(参照)によれば、北朝鮮軍板門店代表部スポークスマンは今月二日、「朝鮮人民軍は、米兵遺骨共同捜索作業のため組織された人民軍側の調査・捜索団を解体する」との談話を出しているとのこと。
 考えてみれば、この十年間、MIA捜索は北朝鮮にとってもおいしいビジネスではあったのだろう。過去の報道をさっと眺めてみると、米国は、作業員や施設提供といった名目で、この十年間に約二二億円の現金を北朝鮮に支払っている。これだけのキャッシュが動くなら、北朝鮮も国内組織が十分にあったことだろう、と、こうした文脈で、ふと思ったのだが、けっこう北朝鮮という国は遺骨の扱いが上手なのかもしれない。
 米国側も単なるMIA探索だけとも思えない。昨今の状況では、北朝鮮の核施設が集中する寧辺など内陸部へ直に立ち入る貴重な機会提供にもなっていた。なるほど、人質懸念というのもありなのかもしれない。
 関連していろいろ思うこともあるが、うまくまとまらない。また機会に考察を深めたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.06.02

住基ネットを巡る二つの裁判判決

 昨日の大手新聞各紙の主要なテーマは、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)からの離脱の権利を巡る、二つの異なる方向と見られる裁判結果についてだった。ひどく簡単に言えば、先月30日の金沢地裁では住基ネットの危険性を認め離脱の権利を示唆したの対して、31日の名古屋地裁ではその情報はプライバシーと言えるものではないとして原告の請求を棄却した。
 私はこの件について、昨日は、各紙社説を読み比べながら、どうでもいいやという思いと、なぜそんなにこのシステムにこだわる一群の人がいるのだろうかと、むしろ、そちらのほうを訝しく思った。さらに、社説によっては、住基ネットの保全性など関係ない話がごちゃごちゃと混じっているのも奇妙に思えた。
 今日になって、ぼんやりと少し再考してみたがそれほど考えはまとまらない。ただ、なにか心にひっかかる感じがするので、そのあたりをとりあえず書いてみたい。
 まず、情報システムとしての住基ネットの問題点については当面触れないことにする。それは当面の話題ではないからだし、技術の問題は技術で解決できるのが基本だからだ。次に、住基ネットが実現されればそれはとても有用だからという視点も捨象したい。有用性は国家のサービスの本質的な問題ではない。三点目に、住基ネットが住民の重要なプライバシーを扱っているかという点で言えば、そうではない。名古屋地裁判決のように、個別に扱われているのは、氏名、住所、生年月日、性別だけなので、これは例えば公共サービスを享受する際のプライバシーと言えるほどのものではない。
 ここまでで話をストップすれば、当然、名古屋地裁判決が妥当ということになるだろう。大手新聞紙の社説で言えば、ここまでの線が産経新聞社説”住基ネット訴訟 より合理的な名古屋判決”(参照)と、これにかなり近い線が読売新聞社説”[住基ネット]「離脱を認めるほどの危険はない」”(参照)だ。なお、毎日新聞社説”住基ネット裁判 なぜこうなってしまったのか”(参照)は論点も外れているし、技術的な側面でも頓珍漢なので読む価値はない。
 朝日新聞社説”住基ネット やはり個人の選択に”(参照)はその点、ここから一歩先の問題に踏み込んでいる。つまり、金沢地裁判決をよく読み取っている。


 住基ネットを使えば、全国の市区町村の窓口で簡単に「本人確認」をすることができて、どこでも住民票の写しを取れる。そうした便利さを認めたうえで、二つの裁判所の判断が分かれたのは、住基ネットで扱う氏名、住所、生年月日、性別の四つの情報と11けたの住民票コードをどう見るかだった。
 金沢地裁は住民票コードに着目し、その危うさを指摘した。行政機関には税金や年金、健康保険など様々な個人情報が集められている。住民票コードをマスターキーにして、別々に保管されている情報を結びつけると、「個人が行政機関の前で丸裸にされるような状態になる」と述べた。

 この問題を私から補足するとこうなるだろう。

(1)住民票コードが、IT用語、グローバル一意識別子(GUID:Global Unique Identifier)のように国民についての一意の識別子になる。
(2)これが各種のプライベート情報のマスターキーにされうる。
(3)国民に一意でかつマスタキーとなった識別子が国家によって保証される。

 金沢地裁が問題視したのは、(2)のマスターキーとしてのありかたそのものだろう。
 しかし、ある種のデータベースを作成するなら、そのようなマスタキーは必要になるし、特に設定しなくても、いくつかのカラム(列)の項目を連結してリレーションをかければ、事実上の、データベースに限定された、かなり一意に近いリレーションは可能だろう。少し、意図的に余談をするのだが、インターネットの世界ではすでにクッキーを使ってそのような巨大なデータベースが作られつつあるはずだ。
 そしてそのようなデータベースの作成ということを、国であれ企業であれ、法的なりに押し止めることはできないだろう。さらに、国家もこうした側面ではサービスでしかないのだから、こうしたデータベースを作成するな、とも言えないはずだ。
 私は間違っているのかもしれないが、問題は、(3)ではないだろうか。そのマスターキーを国家が保証してしまうかのように振る舞うことが問題ではないか。結果的にリレーションができるとしても、それが国家に統一的に、かつ個別のサービスから超越した形で直結されるのは問題だろう。
 とすれば、個別の住民サービスという限定された住基ネットはサービスの側から規定されるもので、全ての国民を一意に網羅する前提は不要だろう。
 考えてみると以上で行き詰まる。
 なるほど。考えてみると、昨日までの印象とは違って、自分が金沢地裁判決を支持しているという結果になった。さらに再考してみるが、そうなるものだなとちょっと不思議に思う。
 蛇足を少し。日本ではあまり話題にならないようだが英国ではブレア首相がやっきになって、主として不法就労者排除のために、生体識別情報を含めた国民IDカード法案を進めている(参照)。また、アジア各国でもそうした傾向はみられ、タイなどではその方向にあると聞く。現実問題として、こうした動向への国家側の要請は強く、日本もそうした流れのなかにあるだろう。以前にも少し触れたと思うが、日本の場合でも、英国のような意図があるのではないかとも思う。
 もう一点はまったくの蛇足だ。なにか忘れているなというのを書きながら思い出した。ダビデ王の大罪だ。といえば、つい文学的にはバテシバの事件を思い出すが、もっと神の怒りに触れたのは、民の数を数えようとしたことだ。なぜそれが罪だったのだろうか(モーゼも数えていたが罪ではない)。なぜだったのかなと考えてみたのだがわからない。民を数えようとする王は罪深いのだろうか。

| | コメント (13) | トラックバック (5)

2005.06.01

フィリピンの竪琴

 フィリピン南部のミンダナオ島に旧日本兵2人が生存していたという大騒ぎだが、真相がよくわからないまま、日本政府の現地調査が打ち切られた。結局、何だったのか? ガセ、ということに落ち着いたということなのだろうか。マスメディアとしてはどういう結論にしたのか。
 単純に批難するという意味ではないが、先月二十八日付読売新聞社説”元日本兵 戦後60年『奇跡の生還』ニュース”(参照)って、これはこのまま、「あれは、あんときの空気で書いたんだけどさ、忘れてよ」ってことなのか。


 戦後60年を経て、かつての戦地から、奇跡的な生還のニュースがもたらされた。
 フィリピン南部ミンダナオ島の山中で、元日本兵とみられる2人が見つかったという。マニラの日本大使館員が現地に入り、確認を急いでいる。
 旧陸軍中尉の山川吉雄さんと、伍長の中内続喜さんとみられている。ともに80歳を超える高齢だ。
 厚生労働省などによると、2人はミンダナオ島で作戦に従事中、終戦を迎えた。そのまま島にとどまり、反政府ゲリラの勢力下にある山岳地帯で生活していたという。戦後も2人は“戦場”にとどまっていたのだろうか。
 長年の労苦に、心から、ねぎらいの言葉を贈りたい。

 今読み返すと、奇妙な滑稽さがあるのだが、これがどうしてこんな形で社説になり、そして、落とし前というのとは違うが、どう今後のオチになるのだろうか。
 同日産経新聞社説”旧日本兵生存 故国が持つ引力のすごさ”(参照)も似たような感じだった。

 戦後六十年という膨大な時間の嵩(かさ)を挟んで、フィリピンのミンダナオ島で旧日本兵二人が生存していたという情報がもたらされた。二人は山岳地帯で終戦を迎えたため、引き揚げ船に間に合わなかったようだ。その後、山岳ゲリラに戦術指導をするなど、思いもよらぬ運命に翻弄(ほんろう)される人生を送った。
 昭和四十七年に米グアム島で見つかった横井庄一さんや、同四十九年フィリピン・ルバング島で見つかった小野田寛郎さんと状況は異なるだろうが、生存という天のはからいに喜びをともにしたいと思うと同時に、故国の土を踏むことのできなかった歳月の長さに心から同情の念を禁じ得ない。

 ここまでは読売新聞社説と同じ主張でレトリックの差でもあるだろうが、ここから次の締め言葉に向かってしまうのは、なんなんだろう。

 しかし、風俗や人情は六十年前とは様変わりしていても、人間の魂が帰還することを飢渇するところはその産土(うぶすな)だ。故国とは何という大きな引力を持つものであろうと思う。

 逆なんじゃないだろうか。逆というのは、故国を捨てた日本兵も少なからず居たということだろう。
 私はこのニュースの初報を知らなかった。ここんとこだらけてはいたのだが、金曜日はニュースを聞かないとしていたからだ。でも、耳には入ってくる。それほど関心は持たなかった。翌日の読売新聞と産経新聞にすぐに社説があり、私は毎朝大手各紙の社説を読むのを「趣味」としているので、報道よりもこの社説を先に目にした。違和感は、あった。
 「嘘でしょ」と伝え聞く小泉総理のようなリアクションはなかった。というのも、私自身インドネシアを旅行した際、あの人、実は日本兵だよ、という噂の人を見かけたことがある。そうした人が、多いとも言えないが、少なからずいるのだろうと思う。「ビルマの竪琴」である、といって、僧侶が遊楽の道具である竪琴なんか持っているわけもないのだが。
 事件の背景についての記事としては、東京新聞”フィリピン『生存情報』氾らんの背景”(参照)が面白かった。

 彼に案内してもらい、旧日本兵が住んでいたという家を訪れた。「ええ、確かに父は日本兵でした。あまり家族や他の人には言いませんでしたが」と、十二人兄妹の末娘(35)は言う。
 末娘によれば、父親は太平洋戦争終結後、帰国せず、フィリピン人女性と結婚。ガウデンシオ・A・アボルドというフィリピン風の名前を名乗るようになった。「戦争が終わったときなぜすぐ帰らなかったのかは、今となってはよく分からない。ただそのときは私たち兄妹の上の方はもう生まれていて、生活が大変だったから、帰りたくても帰れない状況だったと思う」

 そうした話は多い。
 好意的に考えると、読売・産経の社説執筆者は、そうした、故国に帰らない日本兵の話を知っていたのだろう。そしてそれがある種の感情的なものとしてしこりになっていたのではないか。それと、70年代の横井さん、小野田さんの再来のような期待もあったのではないか。いや、そうした再来への期待感というのが大手新聞の社説という言論に露出したとき、かなり珍妙なことになってしまった。
 おそらく今回の珍騒動はそれなりの沈黙の教訓だけを残してうやむやに終わるのだろう。しかし、故国に帰らなかった日本兵や、父を戦前の日本人に持つフィリピンの人やインドネシアの人々はいるだろうし、そうしたことが、今の日本に問いかけるものはあるはずだと思う。「極東ブログ: フィリピン日系人の調査」(参照)でも少し触れた。
 でも、マスメディア的には、そこまで話は広げないといった空気になるのだろうか。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2005.05.31

伝統社会的な人間は現代社会において心を病むものではないのか

 話は海外小ネタものなので他のブログが取り上げているか、すでに翻訳が出ているかわからないが、今日付のロイター”Trauma common feature of American Indian life”(参照)が興味深かった。
 標題を現代日本語で訳すと「ネイティブ・アメリカンの生活ではその多数にPTSD(心的外傷後ストレス障害)が見られる」となるだろうか。いや、それはちょっと悪い冗談だ。シンプルに訳せば「アメリカ・インディアンの生活の多数にトラウマ(心的外傷)が見られる」となるだろう。
 冒頭も簡単に意訳しておこう。


More than two-thirds of American Indians are exposed to some type of trauma during their lives, a higher rate than that seen in most other Americans, new research reports.

"American Indians live in adverse environments that place them at high risk for exposure to trauma and harmful health sequelae," write Dr. Spero M. Manson and colleagues in the American Journal of Public Health.
【意訳】
 最新の調査によれば、三分の二のネイティブ・アメリカンがその人生において数種類のトラウマ(心的外傷)の症状に置かれており、この比率は他のアメリカ人よりも高い。
 調査を行ったスピロ・マンソン博士らは、アメリカン・ジャーナル・オブ・パブリック・ヘルス誌で「ネイティブ・アメリカンは、トラウマや健康にとって危険な後遺症を示すリスクの高い逆境のなかで生活している」と記載している。


 症例を持つ比率はアメリカ人の二倍程度らしい。
 オリジナルの調査は同誌のWebページ”Social Epidemiology of Trauma Among 2 American Indian Reservation Populations”(参照)で読むことができる。
 調査では大きな二つのネイティブ・アメリカンのグループが対象となっている。興味深いと言ってはいけないのかもしれないのだが、言語、移民、貧困の問題といった点で異なるグループでも、植民地化という点での共通点があり、その派生として、同質のトラウマが見られたようでもある。トラウマの内容については十六種に分かれていて、典型的な項目にはすぎないのだろうが、洪水や火事などが私には気になった。
 アメリカ国内でネイティブ・アメリカンの置かれている状況については、最近の私の読書のなかでは、極東ブログ「 [書評]蘭に魅せられた男(スーザン オーリアン)」(参照)に触れられている話が興味深かった。米政府としても、土着のネイティブ・アメリカンの文化を配慮しているようすは伺える(それが同書ではねじれた問題を起こしている)が、それでも、現代文明とネイティブ・アメリカンの生活の軋轢は強く印象付けられた。
 以下は私の印象で、多分に間違っているのかもしれないとは思う。というか、「パパラギ」「リトル・トリー」といった偽書のように、とんちんかんなことを言っているのかもしれない。
 この調査について私は、ネイティブ・アメリカンの生き方というものが、根本的に米国の現代文明とうまく折り合いが付かないのではないかと思った。凡庸な意見でもあるのだが、私なども若い頃はアメリカナイズした文化のなかに置かれてなんとか適合しようとしたが、うまく行かなかったし、歳を取るにつれ、より日本的な文化のなかに心の安らぎを見いだすようになってきた。
 日本人はかなり上手に近代化した国民と言えるのかもしれないが、西欧的な現代化の世界のなかではうまく生活していくことはできないのではないかとすら思う。そして、そうした生きがたさというのは、とりあえずは個人の心の問題として浮かび上がるのだろうが、これもなんというか、もっと大枠としての文化の無意識の病のように思えてくる。
 話はさらにそれていくのだが、バルザックだったか、後年人生を振り返って思い起こすことは四つだったとか言っていた。いわく、結婚した、子供が生まれた、父が死んだ、母が死んだ、と。
 「自己実現」ということはよくわからないのだが、自分の才能なりを充分に開花して生きるということが個人の問題に還元されているように思う。しかし、人というものは、男女であり(結婚した)、親であり(子供がうまれた)、子であり(父が死んだ、母が死んだ)というある種のひな型のようなものを辿るようにはできている。それは、もちろん、現代の社会では、選択として現れる。
 しかし、こうしたひな型的な人の経験というものは、選択として現れるものというより、それを元に我々を存続せしめた要因であり、それを「大事にせよ」とする個人を越えた心理的な枠組みが伝統的な文化の心性に存在するだろう。
 伝統的な心性は現代社会では病みうるものだし、それが病むということ自体がその重要性の側の問題を提起しているようにも思う。

| | コメント (12) | トラックバック (3)

2005.05.30

EUが終わった

 EU憲法がフランスの国民投票で否決された。ようするにEU、つまり大欧州という未来が瓦解した。欧米の報道では予想通りということではそれほど衝撃的ではない。私も、今日の日が来ることは一年前に極東ブログ「大欧州がコケるに賭ける」(参照)と早々に賭けておいた。当時は、あなたはヨーロッパの現状を知らないね、と思われていたフシもあったが、また私が正しかったのだ。
 と、威張りたいわけではない。逆だ。その正しさが虚しいものだと思っている。最近の極東ブログ「EU(欧州連合)憲法お陀仏の引導を渡すのはフランスとなるか」(参照)でも同じ主張のままだが、トーンは変わってきていた。どっちかというと、ここでEU憲法が成立してもいいのではないかという思いに傾いてきたからだ。
 このブログを書き始めたころ、つまり、イラク開戦の是非が問われているころ、私はシラク大統領が大嫌いと言ってよかったが、このところ、シラク大統領の敗色が濃くなるにつれ、こういう男の生き様というかフランスの理念というのを通す政治家というのは肯定してもいいのではないかという同情心が沸いてきた。親日家だし、相撲好きだし、なにより、EU憲法成立にフランスの国民投票の必要もないにつっぱしってドツボるその立ち会いの様に、なんというか彼のフランスなるものへの疑い得ない愛のようなものがある。
 しかし、予想は予想だし、結果は結果だ。私は賭けと表現したが、なるべくしてこうなった。EUは壊れた。もちろん、経済統合がなくなるわけでもないし、今日のフィナンシャルタイムズ”France's No is not all bad”(参照)のように、プランBがないとしても、希望がないわけではない、絶望のスパゲティだって腹一杯になるものだ、といった論調もないわけではないが、凝った英国流アイロニーかもしれない。


There was never an instant Plan B on how to respond to the French decision. All 25 members have signed the treaty, and all are committed to debating and ratifying it by November 2006. Several more may say No, including the Netherlands where a referendum is to be held on Wednesday. But that is not a good reason to stop the process. Nine states have already said Yes, including two of the largest, Germany and Spain. Their views should not simply be dismissed because France has voted No. Nor should those of the countries yet to decide.

 ま、がんばってくれ。
 ちょっと余談に逸れるみたいだが、今回のフランスの否決は日本ではあまり報道されなかったようだがフランス国内での16日の休日返上大騒ぎなどという珍妙などたばが案外強く影響を与えていたようだ。あれがなければここまで大差で転けることもなかったかもしれない。
 この後だが、オランダも転ける。間違いなし。こちらの理由は、極東ブログ「テオ・ファン・ゴッホ映画監督暗殺事件余波」(参照)が関係している。そして、英国でも転ける。そして、いよいよブレア首相も終わりとなるだろう。時代が終わるのだ。
 話はEUの終わりというだけでは終わらない。先日の中国で奇妙な反日デモがあったが、中国当局側では日本にばかり目を向けていてEUの視線をややおろそかにしたきらいがあった。日米など軽視する覚悟でいたかもしれないが、中国の貿易比率を増しつつあるEU側でも、おかしいんでね?みたいな声があがってきたのには少し怯んだだろう。
 EUが理性的であり、ある政治・軍事的な統合性を持てば、中国の非理性的な運動へのバランスともなりうる可能性はあった。日本が国連で重要な位置を占めるに際して、米国の視点以外にEUはもう一つの視点を打ち出せる可能性はあるにはあった。
 しかし、もう世界はそうならない。終わったことだ。
 米国が衰退して世界は多極化を迎えるとか主張する人も世の中にはいるが、政治軍事面では、かなり、しばらく、そうなりえないのではないだろうか。
 基底にあるのは、経済のグローバル化は進むが、その反対の力も強くなるということだろう。EUの構想を実際的に否定した少なからぬ要因はフランスの失業者であっただろうし、ドイツの実は混迷の基盤にもそれがある。これらは、保護としての国民国家を志向するが、その力は、経済のグローバル化とせめぎ合う形になるだろう。
 そうした軋轢のなかで、具体的な国家がどういう関係と位置に置かれるのか。美しい夢が美しくても、そこから覚めて、新しい絵を描いていかなくてはならないだろう。

| | コメント (13) | トラックバック (4)

2005.05.29

NPTの終わり?

 世界は今日フランスを注視しているだろう。たぶん予想通りの結果になるのだ。しかし、その話題は明日以降に回すとして、気が重いが、今回が初めてということでもないものの、合意文書など具体的な成果のないまま四週間の会期を終えた核拡散防止条約(NPT)再検討会議について少し触れておこう。
 率直に言って私は考えがまとまらない。どうすべきなのかがよくわからないからだ。そして、そうなってしまう最大の要因は、私がそれほど単純に米国を責めないからだ。ちょっとヤケな言い方をすれば、米国の核の傘の下にある日本という現実を考えれば、そうなるだろうとは思う。
 自分の頭の上を見ずに反米の旗を振るなら話は簡単だ。NPT会議の失敗は米国が核軍縮を推進しないからだと言えばいい。旧連合国である米露英仏中の五か国だけに核保有を認めるのということ自体が不平等だとか言ってみるのもオツかもしれない。まあ、日本の進歩派の思考はそんなところで止まっているのではないだろうか。
 いや、それよりも今回のNPT会議の報道で、なにかが日本のなかで思考停止になっているのではないかという印象を受けたのは、私の見落としかもしれないのだが、兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約が問題になったという報道はあったものの、それを日本が推進し根回ししてきたことへの言及が見られなかったことだ。カットオフ条約については、従来米国と中国の対立によって交渉入りすら空転していた。しかし、今回米国はこの交渉に入ることも認めていたのである。とすれば、そこで問題となったは中国じゃないのか。そうしたことがよく見えなかった。
 いや、そんなことはもうどうでもいいのかもしれない。すでに、インドとパキスタンはNPTの加盟もなく核保有が事実上世界に認められているのだ。今回のNPT会議では、中国とロシアは、それぞれインドとパキスタンを擁護していた。表面的にはインドとパキスタンはすでにきちんとそれなりに現在の世界のシステムに織り込まれているかにすら見える。そういう現実自体がなによりNPTの終わりを示していると言っていいだろう。
 加えて、今回のNPTでは事実上核を保有しているイスラエルをエジプトなどがやり玉にあげたが、米国としてもそのあたりの問題をまじめに議論する気などなかったのだろう。
 ということは、イランと北朝鮮の核問題というのも、もうNPTという枠組みで考えなくてもいいじゃないかという結果的な暗黙の合意ができたということでもあるのかもしれない。
 米国の知識人たちの考えは、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどを代表例とすれば、両紙とも、NPTの失敗は、米国の指導力不足ということにしていたが、そういう問題だったのだろうか。
 少し話がずれる。先週の日本版ニューズウィーク(2005.5.25)の国際版編集長ザカリアのコラム”核の放棄か、体制崩壊か”では、リードに「北朝鮮問題を解決するカギは米中の協調にあるがブッシュ政権の矛盾する政策がその障害になっている」として、北朝鮮問題について、核の放棄か体制崩壊かの択一を明確にせよとしていた。率直に言って、近年のザカリアのボケはここまで極まったかという印象をもった。彼はこう主張する。


 醜悪な独裁政権を支持する中国の政策はまちがっているし、金政権の非道徳性を非難するブッシュの主張は正しい。金政権は崩壊する運命にあり、アメリカが核計画についてどれだけ議論しても、その定めは変わらない。
 それでもブッシュ政権は、もっと建設的な外交を展開する必要がある。さもないと、世界は恐るべき事態を避けられなくなる。

 北朝鮮の体制崩壊を推進せよという主張なのだろうか。そして、それができなければ訪れる恐るべき事態とはなにか、と問うているのか。もちろん、こうした文脈で書かれればそれがなんであるかは想像は付くし、ザカリア同様そこを明示的に書きたくもない。
 だが、体制崩壊の選択はない。これはすでに明確にされている。では、核の放棄はどうなのか。
 うがった見方をすれば、インド、パキスタン同様、北朝鮮が核保有を宣言しても、翌日はそれはそういう世界が訪れるだけかもしれない。あるいは、現実的に見るなら、北朝鮮の危ういゲームは自らのドジで頓挫するだろうからほっとけということかもしれない。
 しかし、危険なディスプレイのゲームは続き、私たちはそれに麻痺していく。麻痺というのは、核を廃絶する希望をせせら笑うようになるのだ。
 少なくともNPTの枠組みはなくなってしまったのではないか。と、同時に、日本がこれまで推進してきた、世界の非核化への道が大きく挫折したということなのではないか。

| | コメント (10) | トラックバック (1)

« 2005年5月22日 - 2005年5月28日 | トップページ | 2005年6月5日 - 2005年6月11日 »