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2005.05.07

手抜きうどんの作り方

 うどんの作り方というのはネットにも本にもあると思うし、これから紹介する手抜きうどんこと、簡単うどんの作り方もあるのかもしれない。それはそれとして、私のやりかたを、連休でもあり、ご紹介。慣れれば15分ほどでうどんができあがる。
 二人前で。
 うどん粉だが、これは私はパンに使う「はるゆたかブレンド」を流用している。うどんには国産の地粉がよいと言われているし、自分でも以前はそうしていたが、パン作りと別の粉を管理のするのがめんどくさい。地粉だと中力粉に相当するがパン用「はるゆたかブレンド」は強力粉。粉のうまみはあまりないけど、同じくパン用のカメリア粉でもいいとは思う。これを300g。量は計量すること。
 水は150cc。つまり、粉の半分。粉によって水量が違うかもしれないが、そうむずかしいことは言わない。これに塩を大さじ一杯弱入れて溶かす。自然塩(海塩)がいいだろう。たぶん、普通のうどんよりも塩分は少ないのではないかと思う。が、世の中のうどんは塩が多すぎる。


水回し
 粉をボールに入れ、塩水を入れて、箸でさささっと混ぜていく。いわゆる水回しってやつで、箸はちょっと広めに開いて持つ。コツがあるといえばある。やっていけばわかる。粉っぽい感じがなくなり、ぼろぼろっとした感じなればいい。ここで水が足りないと思って足すと失敗する。
 水回しができたらこれを手でぐっと固める。ちょっと力がいる。それほど力がいるというものでもない。最初はぼろっとしてまとまらない感じだが、しばらくするとまとまってくる。なんとなくまとまる程度でいい。

こねる1
 まとまったら、こねる。少し力がいるが、それほどでもない。パスタを作る要領で向こうに押しつぶすようにこねるとよい。実際つぶしていく。

こねる2
 円盤形につぶれたら二つ四つにたたんでまた、押しつぶすようにこねる。

レンジ弱30秒
 だいたい練ったら円盤状にしてビニール袋に入れ、電子レンジ弱で30秒。人肌程度の温度にする。それ以上に温度が上がれば失敗。やってみるとわかるが、これで水が粉に馴染んで柔らかくなる。取り出して、また少しこねる。適当なとところでもいちど電子レンジ弱で30秒。冬場とかだともう一回やってもいいかも。
 そのうち、うどん粉のかたまりの表面がつるっとした感じになる。すべっていうか。この感じになればいい。ちょっと言葉では説明しにくい。以上の練りが五分くらいなものか。最初は一生懸命練ってしまうかもしれないが、慣れれば、ささっとできるようになる。
 この先は、麺棒で伸ばして、打ち粉(同じ粉でよい)をして、包丁で切るというのが正攻法だが、私はパスタマシンを使う。「インペリア」がいいと思う。日本人の感覚のうどんとしては麺の幅は6.5mmかもしれないが、私は4mmとやや細めがいいかと思う。4mmの替え刃も買っておくのをお薦めしたい。

畳んでこねる
 パスタマシンはこねにも使える。太めに伸ばして重ねていくのだ。パスタマシンの使い方にはちょっとしたコツがあるが、これも慣れだ。よくこねていくとカット前の麺がすべすべとなる。カット時にちょっと打ち粉をするとカットの分離がいい。

カットする
 麺のもとになるのを適当なサイズに伸ばしたら、カットする。カットしたら打ち粉(同じ粉)をしておくといい。最初は、カットがうまく行かないかもしれないが、めげずに。慣れだし。コツはなんどもいうが、麺の表面がすべっていう、感じにすることだ。ベタはだめ、ざらざらはだめ。

できあがり
 これを多めの湯でゆであげる。だいたい五分くらいか。わからなかったらちょっと端っこ喰ってみるといい。
 ゆであげたら丹念に水洗いする。夏とかつけ麺だったら、このまま喰うといい。今日は私はつけ麺。つゆは「伊勢吟撰そうめんつゆ」がお薦め。うまいのだ、伊勢醤油がさ。かけうどんだったら、洗った麺でつゆが冷めないように麺を温めなおすこと。かけの場合のつゆはお好みで。というか、その話はまたなにかのおりにでも説明する。和食の味付けと同じだからだ。

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2005.05.06

An Englishman's home is his castle.

 どちらかと言うとブラックジョークみたいだが、創作童話「博士(はくし)が100にんいるむら」(参照)ほど不正確でもなく、でも日本人にしてみると洒落にもならない話。ネタ的にはちょっと古い。先月米時間で二六日、ブッシュといっても弟、ブッシュ・フロリダ州知事が、フロリダでは市民が正当防衛で銃を行使してもよいとする新法に署名した。ロイターでは"米フロリダ州の新法、危機回避義務のない正当防衛認める"(参照)と普通の外信扱いだったが、エキサイト・ニュースでは、同じくロイターではあるものの、色ものの(((世界びっくりニュース)))"身の危険を感じたら相手を射殺してもOK フロリダ州の新法案"(参照)にしていた。日本のエキサイトは洒落だと思っているのだろう。
 従来なら、服部君事件(参照)のように、州によっては、不法侵入者と見なされる場合には、銃行使が認められていた。が、今回の立法では、結果的に、公共の場でごく主観的に脅威を感じた人が行使してもよい(正当防衛)とするもので、日本人の感覚からすると、冗談でしょ?的な印象を持つが、しかし、洒落ではない。
 共同”市民の武器使用を大幅緩和 米フロリダ州、新法に波紋”(参照)では今回の件について、次のように伝えていた。


 新法は、自宅や勤務先だけでなく公共の場所での武器使用も認める内容。警察関係者からは「酒に酔った野球観戦帰りの群衆に脅威を感じた場合など、不必要な発砲まで認められる危険がある」との指摘が出ており、新法は波紋を広げそうだ。
 法の制定を呼び掛けていた全米ライフル協会(NRA)は「新法は自宅を安全な“城”にするものだ」と強調し、他州でも制定を求める意向。

 記事はこれで終わるので、後段の“城”の意味が取りづらいか、あるいは日本人にもそのくらいは常識でしょということか、ちょっとネットを見回したのだが日本語のサイトには解説が見あたらなかった。
 ので、老婆心で補足すると、まず、自宅の居住者を守るために不審な侵入者を殺害してもよいというのを"The Castle Doctrine"という。が、英辞郎にも用語としては掲載されていなかった。で、ここでなぜ"城"が出てくるかというと、高校英語で誰も学んだと思うが、英語の諺である"An Englishman's home is his castle."または"A man's home is his castle."、つまり、「自分の家は自分の城」という諺に由来している。
 英語のサイトを見ると、辞書の孫引きとして"Re: An Englishman's (a man's) home is his castle"(参照)があり、これが英国コモンロー(不文律原則)との関連で指摘されている。

A MAN'S HOME IS HIS CASTLE - "This saying is as old as the basic concepts of English common law.," From the "Morris Dictionary of Word and Phrase Origins" by William and Mary Morris (HarperCollins, New York, 1977, 1988).
 
"You are the boss in your own house and nobody can tell you what to do there. No one can enter your home without your permission. The proverb has been traced back 'Stage of Popish Toys' (1581). In 1644, English jurist Sir Edward Coke (1552-1634) was quoted as saying: 'For a man's house is his castle, et domus sua cuique tutissimum refugium' ('One's home is the safest refuge for all'). First attested in the United States in 'Will and Doom' (1692). In England, the word 'Englishman' often replaces man." From "Random House Dictionary of Popular Proverbs and Sayings" by Gregory Y. Titelman (Random House, New York, 1996).

 今回のフロリダ州でのこの立法支持者による興味深い解説" The “Castle Doctrine”The right to defend against attack"(参照)でもこの点が強調されていた。

The “castle doctrine” is enshrined as a sacred right in English common law. It holds that, if you’re wrongfully threatened or attacked in your home or on your premises, you have already retreated to the wall and can stand your ground and meet force with force.

 日本人の感覚からすると呆れるし、そんなにフロリダって危険なの?とか思いがちだ。はてなQでもこんな質問が立っていた(参照)。

「身の危険を感じたら相手を射殺してもOK フロリダ州の新法案 | Excite エキサイト : ニュース」http://www.excite.co.jp/News/odd/00081112929445.htmlというニュースを読みました。ビックリしました。フロリダってそんなに危険なのでしょうか? 日本にいるとこの法律の必要性が分かりません。マイケル・ムーアの「ボウリング・フォー・コロンバイン」とかは見ましたけど。フロリダでこのような法律が必要とされている事情について、アメリカに詳しくない人でも分かりやすい、詳しいページがありましたらお願いします。

 しかし、そういう話のスジでもなく、英米法の法学的にもそう簡単な問題でもなさそうだ。
 なお、先の支持者サイトに次のようにあるように、米国社会では、この法案をSenate Bill 436 (SB436) / House Bill 249 (HB249)として参照している。

Two companion bills (Senate Bill 436 and House Bill 249) would allow Floridians to use deadly force to resist attacks in their homes or vehicles. Proponents say current case law is fuzzy, especially in the hands of liberal judges, when someone breaks into your house or car.

 この法案が実施されるとフロリダはどうなるのか? エキサイトのニュースでは次のようなコメントで締めていた。

反対者は、この法律は人種差別的な殺人と議論の果ての殺人が増加する可能性が高まるとしている。民主党のアーブ・ソロスバーグ議員は「この法案で、銃の販売が促進され、フロリダ州はOK牧場になってしまうだろう」と嘆いた。

 実際にそうなるのだろうか。私は、率直なところ、こんな法律はまったく支持できないが、すでに立法してしまったのだから、結果を社会学的に慎重に見てはどうかと思う。なんとなくだが、私の印象では、典型的な事件発生よりも、警察のあり方も大きく変わるのではないかと思う。
 現状このフロリダの傾向はまだまだ主流にはなっていない。アリゾナ州の場合は、州議会レベルで、酒場に銃を持ち込んでもよいとする法案が成立したが、ジャネット・ナポリターノ(Janet Napolitano)知事(民主党・女性)の拒否権(Veto)によって廃案になった。話が少しそれがちだが、アリゾナ州の政治というのは、ある意味で非常に面白いもので、日本の政治にも参考になる点はあるかもしれない。ネットを見渡すと、やや古いが"女性躍進のアリゾナ州政府"(参照)が手際よくまとめていた。

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2005.05.05

日本の小児科医療についての雑感

 連休中なので軽いネタがいいと思うけど、少し重めのネタ。ただし、扱いはごく軽く。日本の小児医療のことだ。最初におことわりしておくと、こういうふうに文章にすると、どうしても医療批判になりがち。しかし、それで済むことではない。現場がそれこそ医師の献身で成り立っていることを私も知っている。
 ニュース的には、「こどもの日」ということでのネタなのだろうが、NHK”1~4歳の死亡率 日本は高い”(参照)から。小児医療の現状について国立保健医療科学院の田中哲郎部長のグループが実施した比較研究の発表が元になっている。


研究グループは、アメリカやドイツ、それにフランスなど先進14か国について、WHO・世界保健機関に報告されているデータを基に、死亡率や死亡原因などを比較しました。その結果、日本のゼロ歳児の死亡率は、人口10万人当たり340人余りで、スウェーデンの337人に次いで低かったということです。ところが1歳から4歳の幼児に限ると、10万人当たり33人で、アメリカの34.7人に次いで高く、犯罪などで死亡したケースを除くと、死亡率はアメリカを抜いて14か国中、最も高くなっていました。

 私の認識違いがあるかもしれないが、ゼロ歳児の死亡率は計算上は平均寿命に影響するはずで、この部分、つまり、出産の医療体制をしっかりすることがまさにその国が先進国であるかどうかを分ける。日本はこの部分で戦後大きな進展を遂げた。
 問題は、引用はしなかったが、この報道の後段では、日本の一~四歳の幼児医療体制を、いわゆる先進国レベルにすれば、毎年三百五十四名の子供の命が救えるとしている。
 このニュースはそれほど驚くべきことでもなく、厚労省側もある意味で熟知していることでもある。ジャーナリズム的にも小児科医療の体勢としてときおり問題となる。
 私がちょっと気になるのは、以前のエントリでも少し触れたことがあるが、小児科という医学の側面だ。その分野が進展してないのがよくないという単純な話ではないのだが、こうしたニュースに接するたびに大西鐘壽氏による、16版メルクマニュアルの後書き(1994年)を思い起こす。

 最後に本書の小児疾患と遺伝の訳者として率直な感想を述べたい。本書には現代小児科学の膨大で複雑かつ多岐にわたる領域について極めて高度な内容で、しかも今日的な課題が取り上げられている。改めて医療における小児科学の重要性を痛感さざるを得ない。米国の医科大学では各診療科の教授以下のスタッフの構成は内科が最も多く、次いで小児科が内科にほぼ匹敵する位置にあり、以下外科、精神科、産婦人科などと続き、本書の各診療科別のページ数の比率もそれに準じた形になっている。翻って我が国における小児科学の現状をみるに目を覆うばかりの貧弱な体勢である。小児科学の卒前教育に費やされるべき時間は最低300時間とWHOにより提唱されているが、現下の我が国では実に150時間前後に過ぎない。

 この文章が起こされて10年が経過したが現状の変化はなかったと思う。
 なんだかったネタ元を忘れたが、先日読んだ英文の記事だったと思うが、……米国の地域医療や小児科医療にもっと尽くしたと考えている若い医学生は多いが、その進学に借り入れた際の学資の返済を考慮して、どうしても高所得な医療現場を志向せざるを得ない、そこが改善できるシステムはないか……、というような話があった。
 日本の場合、医学生と限らず、十分な奨学金は得難い。まして、出世払いで貸与する民間ローンもないように思う。小児科医を志向する医学生にどかーんと基金を打ち立てられないものかと思うが、そのあたりから夢想の領域になるのだろう。

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2005.05.04

明日は韓国も「こどもの日」

 連休が続く。雑談である。この時期日本では黄金週間とか言われ由来もはっきりしている(参照)。海外に出る日本人も多いが他国にはこうした休日がないので海外の観光地は狙い目とも言えるし、観光地のほうでもオフシーズンに客が来て嬉しいものだろう。理由は知らないのだが、この時期、休日が多いのは日本だけかと思っていたが、中国もそうなった。あるいは、以前からそうなのかもしれないが。いずれにせよ、そういうことなので、華人もこの時期繰り出すということになる。
 韓国では明日五月五日が「こどもの日」である。と聞けば、日本人の感覚としてはそれって日本統治下の風習でしょと思うのだが、そこはそれ、あれとかこれとかと同じように別の起源をこさえているので、日本由来ではないということになって、ゆえに問題にもならない。じゃ、野暮なことは言うまいとも思うのだが、少し書いてみる。
 韓国の言い分としては、もともと五月五日というのは祝いの日なのだというのがある。節供だし。ただ、旧暦の地域で八年暮らした私なので、そりゃ違うでしょ、と思う。新暦で節供は祝わないか祝うとしても、その意識は残る。例えば、昨日から、那覇(なーふぁ)ではハーリーが始まっている(参照)。ハーリーというのは爬龍船競争である。ぺーロンなんかと同じ。日本人の感覚からするとふーん、ってなものだが、実は世界で二番目に参加人口の多いスポーツらしい。一番はなんだか知らないが。華人が行えばそりゃ一気に人口が膨れる。爬龍船競争の由来については、屈原などの話も書きたいところだがうざったいのでパス。ただ、いろいろ考証するとめんどくさいことがあるが、実際的には伝統社会では、これは、女子どもの節供で、男の子の祭というものではなかった。特に朝鮮ではそうした歴史・伝統を持っていた。
 中華圏の伝統文化は春節がそうであるように、そう単純に新暦には移動しない。那覇は新正月運動みたいなものと一緒にハーリーまで新暦に持ってきたが、こういうことができるのは、実に近代日本に特有なもので、伝統社会では異なる。特に、世界のことは海と私だけ、という海人(うみんちゅ:漁撈民)などは近代国家なんか糞。それを引いた糸満ではきちんと旧暦でハーレーを行う。ハーリーではないのだ。やってることは同じように見えても、そこに生きる宇宙の時間は異なるものだ。かーんかーんとハーレー鐘が鳴れば雨期は終わる。そういう人の生きる時空というものがある。
 な・の・で、朝鮮が、こどもの日だけ新暦に持ってくるというのは、私にしてみるとすごい疑わしい。一応、朝鮮の歴史としてみると、1923(大正一二)年に方定煥(バン・ジョンファン)らが起こした活動によって「こどもの日」に相当する記念日(オリニナル)が提唱されたとされる。が、1927(昭和二)年には早々に新暦五月五日になった。言うまでもないが、日本統治下の時代のことだ。
 方定煥が東洋大学で学んでいた時期はちょうど、日本でも大正デモクラシーの興隆期でもある。鈴木三重吉が「赤い鳥」を創刊したのも1918(大正七)年で、こうした日本の大衆文学的な動向が高まっていた。児童文学というジャンルも確立した。このたりは文学論としてとても興味深いのだが今日は立ち入らない。ただ、この児童文学の動向の中心的な人物といえるのが巌谷小波(参照)で、方定煥が「小波」と号したのも、巌谷小波にちなんでのことだろうと推測される。
 現代の韓国の「こどもの日」は、戦後1946年に制定されたものだ。韓国では、これに八日の「父母の日」、一五日の「師匠(先生)の日」が続く。現代韓国人としては、子どもの日もそうした一連の記念日として理解しているのだろう。
 と、書いたものの、なにも、現代韓国に対して、「こどもの日」は戦前の日本に由来すると声高に言いたいわけではない。ただ、方定煥の時代とその生き様はもう少し韓国で顧みられていいのではないかとは思う。「いや、そんなこと日本人に言われるスジはない、方定煥についてもきちんと研究され、韓国民はみなその歴史を知っている」ということであれば、それはそれで私の、結果的に良い誤解でもある。

追記(2005.5.7)
 メールマガジン”[JMM 321F] 「子どもの日」Younghee Ahn の韓国レポート”にこの問題が扱われていた。このエントリに対する反論でもなく、大筋では韓国側から主張どおりなのだが、この問題に関心を持つ人のための情報補足ということで、追記したい。
 エントリとの相違点で史的につめていくべき点は以下。


 偶然、日韓の「子どもの日」が5月5日と同じ日であるが、その由来はまったく違う。バン先生は、日本の植民地時代である1923年5月1日を「子どもの日」として提唱し、天道教の恒例行事となり1927年には5月の最初の日曜日となった。しかし、彼は1919年の万歳運動や様々な独立運動に参加する社会運動家だったため、1939年からは日本の弾圧により中断された。しかし、太平洋戦争が終わった1946年5月の最初の日曜日から再開された。ちょうどその日が5月5日だったため、その後は5月5日に決められた。1975年からは国民の祝日となって今に至る。

 この主張が史的に間違いであるとは思わない。ただ、1927年時点での扱いについて、ここでは、「天道教の恒例行事」としているのだが、当時の日本統治下での一般的な朝鮮の家庭でそれがどのような扱いになっていたが重要だろう。
 私の現時点の推測だが、大半は日本本土側と同じであったのではないかと思う。つまり、5月5日を端午の節句として祝っていたのだろうと。
 そう推測する補足は、海野厚・作詞、中山晋平・曲の童謡「背くらべ」である。この曲は、この曲は、1919(大正八)年雑誌「少女号」が初出で、1923(大正一二)年には童謡普及の貢献した鳩の笛社の童謡楽譜集「子供達の歌」第三集に掲載された。以降、この曲が日本人に馴染まれそこに描かれている風俗が存在し、そして朝鮮まで行き渡っていたと想像することは自然であると私は考える。


柱のきずはおととしの
五月五日の背くらべ
粽食べ食べ、兄さんが
はかってくれた背の丈
きのうくらべりゃ何のこと
やっと羽織の紐のたけ


柱に凭れりゃ、すぐ見える
遠いお山も背くらべ
雲の上まで顔だして
てんでに背伸(せのび)していても
雪の帽子をぬいでさえ
一はやっぱり富士の山


 1927(昭和二)年時点ではそうした、こどもを祝う風俗が朝鮮でも普及したのではないかと思う。
 これを「オリニナル」という新語で捕らえ直し、朝鮮の子供を重視した方定煥の志の高さは評価できるが、実際の風俗、実質的な「こどもの日」の普及という点では、むしろ後代の解釈しなおしではないかとも疑われる。
 いずれにせよ、日韓ともに、1946年以前は実質的には「こどもの日」であってもその名前どおりでもなかったという点も補足しておく。

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2005.05.03

日本の安保理常任理事国入り、行けるかも

 日本の安保理常任理事国入りだが、少し空気が変わってきたようだ。つまり、行けそうか、と。この問題は案外難しい側面があるので、書くのをためらうのだが、そこはブログ(ログというのは記録)。今の空気を感じておくべきだろう。
 基本的なところで鍵を握るのは米国と所謂第三世界の票だろう。米国としては本音のところで日本を強大にさせたくはない(事実上劣位で軍事的な属国にしておきたい)のだが、日本という課題が、中国や北朝鮮、そして韓国というトラブル君たちの影でかすれてきた。
 呑気な時代なら米議会が牛肉でも理由に日本を脅してもよかったのだろうが、中国と繊維の問題のほうがはるかに深刻。北朝鮮については、日本では呑気に短距離ミサイルに騒いでいるが、核実験秒読みあるいは核実験フェイク秒読みということもあり、MDがらみもあるのだろうが、米国にミサイルがリーチするかもいう風説に米国民は敏感になりつつある(情報操作もあるが)。韓国については、あはは、って笑い事ではないのだが、実態の部分で米国の関係の動きはありそうだ。
 あるいは、こうしたトラブル君たちの関連で、日本をよいしょしておくべきかという思いも米国はあるだろう。皮肉な話を抜きにして、これからの世界は、所謂第三世界支援のための国連という仕組みが重視されるわけで、実際のところ日本ではなんとなく勘違いされているが、安保理みたいな組織はそれほど意味はない。あるとすれば中国様の面子を守るということで、ロシアもこれ以上叩くと面子を言い出すということだろう。とすれば、こうした面子システムに水を注いで薄めておいてもいい。所謂第三世界援助みたいな大義を実質米国管轄下にしないと、環境問題のようにEUに政治的に出し抜かれる懸念もある(ゴードン・ブラウンとか、サルコジとか次世代が何やりだすかわからない)。
 日本としては当然、屈辱的な敵国条項をさっさと廃棄させるほうがいい。と、駄言ばかりで申し訳ない。というのも、ちょっとそうしたスジだけではないようにも思うが、よくわからない。
 話を戻して、その空気だが、128票必要な票中110票を固め、しかも中国も反日暴動で自滅してくれたおかげで、小泉首相は少しノリ気になっている。朝日新聞”安保理拡大、小泉首相が多数決決着も辞さない姿勢”(参照)はこの時事系を掲載している。


 小泉純一郎首相は2日夜(日本時間3日未明)、アムステルダム市内で、南西アジア・欧州4カ国歴訪を締めくくる記者会見を行った。首相は国連安保理常任理事国の拡大について「国によって意見、立場が違い、全会一致は困難だ。今まで十分に議論しており、9月の国連首脳会議までに結論を出すのが望ましい」と述べ、加盟国の多数決による決着も辞さない姿勢を強調した。

 この日本を含めた新参の票を削ろうと必死な勢力でなんとなくお茶、といった趣向のコーヒークラブだが、燃料が足りないのか、へたれ出してきている。スペイン・イタリア・韓国…て聞くだけで、へたれる向きもあるだろうが、まあがんばれ、と。
 こう言ってはなんだけど、面白いなぁと思ったのは、韓国中央日報”【噴水台】予定された敗北”(参照)だ。

 日本は、例えばスーダンの再建プロジェクトに予算の1/4にあたる1億ドルを、ODAとして出している。毎年、アフリカ開発会議を開き、AIDS(後天性免疫不全症候群)の退治事業、IT(情報技術)育成事業を支援している。ドイツも同様だ。ドイツ・日本は、それら国々に決議案への支持を要請し、「反対すれば支援も終わり」とのサインを送っている。
 名分もある。G4は、常任理事国を、さらに6カ国を増やし計24にしよう、との案を支持している。この案は、アジアに1カ国、アフリカに2カ国を新しく配分するものだ。アフリカの53カ国とアジアの最貧国は、自然にG4決議案に傾けるようになる。「実利と名分」が、このように調和するから、コーヒークラブが116カ国と集まったとしても、G4の決議案を防ぐには力不足なのだ。

 というわけで、韓国から、やばいかもという読みが出てきた。この先のお笑いはリンク先を読んでいただくとして、一言加えれば、韓国外交通商部はほんとにほんとにごくろうさ(ずんどこ節で)と、思う。いや、マジで。
 話はこれで終わりでいいのだが、私はどうもすっきりしないので、ちょっと書き足す。陰謀論というふうに誤解して欲しくないのだが。しかし、事は事だし。
 中央日報の引用に例としてスーダンが上がっていたが、これはけたたましく問題を捨象するとスーダンの石油が問題である。ということは、中国と仲良しでやっていくということである。ということは、ダルフール危機はなにげにうまくひっそり終わらしておくが吉かもという大人の解決である。
 中国としても、このあたりは、日本とうまくやっていきたいのが本音なので、この空気で押していけば、どっかで利を読んで、日本の安保理常任理事国入りにGOを出すかもしれない。このとき、日本の一部のメディアが、あれだ、1972年の時みたいに、日中友好♪みたいな気炎を上げるのだろうか…妄想…であってほしいものだ。

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2005.05.02

科学常識の雑談

 すでにあちこちブログで話題になっているが、昨日の読売新聞記事”科学常識このぐらいは――目安作り、文科省乗り出す”(参照)が自分にも面白かったので、その雑談を。
 話は、文部科学省が日本の大人には最低必要な科学常識の目安を作るとのことらしい。そのネタとしてどっかからシンプルなクイズを持ってきた。


 1999~2001年にかけて、世界17か国の学術機関などが連携して、18歳以上を対象に、「ごく初期の人類は恐竜と同時代に生きていた」など科学分野の11問について正誤を尋ねた。日本の正答率は54%で13位。1位スウェーデンの73%、5位アメリカの63%などに比べ「常識の無さ」が目立っている。

 とのこと。日本人にはとても難しそう、というか、デタラメ答えてるんじゃないかという正答率である。
 私もやってみた。マルバツ問題である。これだ。
〈1〉地球の中心部は非常に高温
 私の回答は○。そりゃ、そうでしょ。でも計ったことないな(計測できないはず)。どのくらいの温度と想定されているのだったか。そういえば、地球空洞説とか膨張説というのを聞いたことがあるがそれは今どうか。正解は○。
〈2〉すべての放射能は人工的に作られた
 私の回答は×。っていうか、なんだその命題。ありえねー。っていうか、ちょっとやな予感。ちなみに放射能は英語で"radioactivity"。で、ラジオはradiotelegraphyまたはradiotelephony の略なのだが、放射性のエネルギーっていう語源だったか。正解は×。
〈3〉我々が呼吸に使う酸素は植物から作られた
 私の回答は○。ちょっとためらう。そう断言していいのか。ちなみに、太古の地球の光合成の結果が現在の地球の酸素の大半ではあろうが…正解は○。ちなみに、藍藻って植物かとよとのツッコミも聞く。さて。
〈4〉赤ちゃんが男の子になるか女の子になるかを決めるのは父親の遺伝子
 私の回答は○。それりゃ、そうでしょ。XXとXYなんだからと。ただ、なんか答えていくのがやや苦痛になる。正解は○。
〈5〉レーザーは音波を集中することで得られる
 私の回答は×。ありえねー。正解は×。
〈6〉電子の大きさは原子よりも小さい
 私の回答は○。ためらいましたよ。量子力学のほんのはっしこでも勉強したことありますからね。しかし、この問題の流れからすれば、複雑な回答はないでしょ。正解は○。虚しい。
〈7〉抗生物質はバクテリア同様ウイルスも殺す
 私の回答は×。ウイルスを殺したら語義矛盾ですよ、ったく。と言いたいが、日本のお医者さんは風邪に抗生物質を出す。理由もあるらしい。私は知らない。正解は×。
〈8〉大陸は何万年もかけて移動しており、これからも移動するだろう
 私の回答は○。しかし、ウェーゲナー(Alfred Lothar Wegener)の大陸移動説って検証不能仮説ではなかったか。この手の話題がお好きなかたは「クラカトアの大噴火」もご参照あれ。正解は○。
〈9〉現在の人類は、原始的な動物種から進化した
 私の回答は×。人間種は原始的な動物種ではなく類人猿から進化した。ただ、最近の学説だと他の類人猿とは共通の祖ではなく、種の来歴は不明な点が多いらしい。正解は○。えええぇ!なぜ?
〈10〉ごく初期の人類は、恐竜と同時代に生きていた
 私の回答は×。ありえねー。正解は×。
〈11〉放射能に汚染された牛乳は沸騰させれば安全
 私の回答は×。そんなわけないじゃん。ちなみに他の毒性も過熱すれば消えるというものでもない。正解は×。
 以上。
 というわけで、私の正答は11問中10問ということなのだが、どうも納得がいきませんね。
 と考えてみたら、この問題って、いわゆる宗教的とか俗信に対抗するという枠組みでの「科学」ってことなんでしょう。進化論の問題も、単純に、神の創造説とかに対応した程度のものではないのか。
 この問題の出所というか英語なりの原典を探してみたが見つからなかった。なんとなく誤訳もあるんじゃないかという印象ある。
 それでも日本人の正答率が54%っていったいどうなってんだ?


追記
 farmさんからコメントで教えていただPDF文書”Public Understanding of Science and Technology in Japan 'The influence of people's liking of science at school age on their understanding of science after grown-up”(参照・PDF)に英文の設問があった。
 私がずっこけた設問の「原始的な動物種」は英文で読むと"earlier species of animals"。なので、「それ以前の動物種」ということではないか。つまり、日常的には言えば、サルから進化した、と。この設問は誤訳という感じがする。
 あと、ビッグバン説や喫煙肺癌説などそれって科学かという印象はある。


In Japan, the following 15 items were asked for basic science concepts.

  1. The center of the earth is very hot. (True)
  2. All radioactivities are man-made. (False)
  3. The oxygen we breathe comes from plants. (True)
  4. It is the father's gene that decides whether the baby is a boy or a girl. (True)
  5. Lasers work by focusing sound waves. (False)
  6. Electrons are smaller than atoms. (True)
  7. Antibiotics kill viruses as well as bacteria. (False)
  8. The universe began with a huge explosion. (True)
  9. The continents have been moving for millions of years and will continue to move. (True)
  10. Human beings, as we know them today, have developed from earlier species of animals.(True)
  11. Cigarette smoking causes lung cancer. (True)
  12. The earliest humans lived at the same time as the dinosaurs. (False)
  13. Radioactive milk can be made safe by boiling it. (False)
  14. Which travels faster: light or sound? (Light)
  15. The earth's revolution (It takes one year for the earth to go around the sun.)


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2005.05.01

日本の排他的経済水域に関連して

 東シナ海の、日本と中国の排他的経済水域(EEZ)境界線付近で、中国が勝手に天然ガス田開発に着手している問題で、日本政府も対抗措置として、日本国内企業に試掘権を与える方針を決めた。これを受けた形で、28日石油開発大手帝国石油が試掘権の設定を九州経済産業局に申請した。とりあえず、そういうことなのだが、少し詳細を追ってみたら、なかなか奇妙な印象を受ける情報の連鎖があった。深く考察しているわけではないが、簡単にメモしておきたい。
 当の帝国石油だが、日本経済新聞に”帝国石油、九州経済産業局に東シナ海の試掘権設定願を提出”(参照)というプレスリリースが掲載さていた。


 帝国石油株式会社(本社:東京都渋谷区、社長:椙岡雅俊)は、4月28日、九州経済産業局に対して、当社の試掘権設定の出願42,000km2のうち、3エリア(約400km2)について、試掘権設定の願いを提出しました。(別紙参照)

 この別紙は同サイトではリンクもない。なので、調べたらすぐにわかった。”プレスリリース「(05/04/28) 東シナ海における試掘権設定の願いについて」:帝国石油”(参照)がそれだ。
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関連水域
  海域の地図が掲載されていて、なるほどEEZ境界線で日中が向き合うことなるのかと。と、それはいいのだが、その上にどかんとある日韓共同開発区域ってなんだ? 地図の詳細は「日韓大陸棚協定による大陸棚境界線及び共同開発区域」(参照)を見るとさらに唖然とする。
 韓国と関係なさそうに見える九州沖の水域がなぜ日韓共同開発区域なのか。というわけでちょっと調べてみたら、なるほど。解説は「JOGMEC 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構」にある”日韓大陸棚協定”(参照)が詳しい。区域は北部南部に分かれている。

以上の両協定締結の契機となったのは,韓国が日韓中間線を超えて南側の東シナ海の大陸棚及び沖縄舟状海盆の一部に鉱区を設定したことにある(1972年5月)。このため大陸棚の境界画定に関して両国間に紛争が生じたが,交渉の結果(南部協定にあるような)共同開発協定として妥協したものである。


このような曲折をたどったのには多くの原因があるが,大きなものは二つあり,一つは南部協定の共同開発区域が完全に日韓中間線以南の“日本側”大陸棚に設定されていること,他の一つは中国(当時未承認国)の自国大陸棚への侵犯とする激しい抗議であった。

 こんな区域を勝手に韓国が鉱区に設定して日本があわてふためき、とりあえず日本が譲って妥協したら中国からも文句が出たということのようだ。中国の言い分は「日韓大陸棚協定に対する中国外交部声明」(参照)にある。

中国政府は,大陸棚は大陸が自然に伸出したものであるという原則にもとづいて,東海大陸棚の画定は当然中国と関係諸国の話合いによって,きめられるべきであると考える。しかし,いま,日本政府と南朝鮮当局は中国にかくれて東海大陸棚にいわゆる日韓「共同開発区」を画定した。これは中国の主権を侵犯する行為である。中国政府はこれに絶対同意できない。もし日本政府と南朝鮮当局がこの区域で勝手に開発活動をおこなうなら,これによってひきおこされるすべての結果に全責任を負わなければならない。

 現在の日中間の問題もその延長にあるわけだ。
 関連した国会の記録がネットにある「第080回国会 外務委員会、公害対策並びに環境保全特別委員会連合審査会 第1号 昭和五十二年四月二十七日(水曜日)」(参照)が興味深い。

○加地委員 そうしますと、ただいま私が手に持っておりますところの「第三次海洋法会議」というパンフレットの五十一ページに書いてあることは間違っておるといいますか、もう古いということを意味されるのでございましょうか。
 続いてお尋ねいたします。
 最近、アメリカの海洋問題専門家であり、海洋法会議の出席者でもありますところのボルゲーゼ夫人という人の話によりますと「韓国の自然延長論の主張はもう古くなっている。二百海里経済水域の設置は世界的な趨勢であって、中間線を越えて大陸だなの延長を主張することなどは無意味である。大陸だなの自然延長論というのはあるが、それは他国の二百海里経済水域がそこに存在しない場合のことである。しかし、それに対しても反対論は強く、もしあえて主権的権利を主張して開発する場合は、国際管理にしないまでも、海洋国際機関に十分な賦課金を支払うべきだという主張が第三世界に多い。少なくとも、来年は二百海里経済水域を決定する国が大多数となろう。」このような談話を発表しておりますけれども、外務省はこの談話についてはどのようにお考えになりますか。簡単に……。
○井口説明員 ボルゲーゼ女史が一つの学説を持っておられることは事実でありますが、大勢は、二百海里以遠の自然の延長については収入を後進国に分与するということが大勢でありまして、ただ、分与するのが地域的な開発協力の機関か、あるいは今後創設される国際深海海底の機関であるかというようなことについてまだ意見が分かれておりますし、どの程度のパーセンテージを後進国に分けるかという点でも意見が対立しているわけでございますが、二百海里以遠については国際機関を通して後進国に分けるという方向は大体固まってきております。

 大陸棚云々は難しいかもしれないが、基本的にこの時代までは中韓を後進国として日本が譲るという形だったのだろう。
 関連して気になったのは、国際司法についての認識だ。

○中江政府委員 二つの点がございます。一つはなぜ国際司法裁判所に提訴することが途中で消えたかということで、これは、日本側は、おっしゃいますように国際司法裁判所で法律的に決着をつけようということを提案したわけでございますけれども、御承知のように、韓国は国際司法裁判所規程の当事国ではありません。そしてまた、韓国は国際司法裁判所の義務的管轄権というものを受諾しておりませんので、したがって、日本と韓国で提訴するためには、そのための特別合意書というものを改めてつくらないと、当然には国際司法裁判所の管轄の中に入らない。そのためには巨額な経費と相当の年月がかかりますので、そういう道を選ぶべきか、それとも資源を有効利用すべきかという判断が政治的に下されたのが一九七三年のことであったわけでございます。

 現状についてよくわからないのだが、韓国は依然国際司法裁判所の管轄外ということなのだろうか。なので、竹島でもあんな不埒なことを続けている、と。だとすると、これは、ようするに韓国という国の国際的な民度というか品位の問題なので、ある国家が当然あるべきステータスに登れば、国際的な視点にさらされることになり、かなりおそらく、その時点で竹島問題なども終了するのではないか。
 中国についても政府側としては、そうしたことはある程度わきまえているのようにも思える。とすると、その先の問題は、中国がそうした国際世界で政治的な成熟を遂げるだけの余裕があるのかということになる。
 直感的に言えば、なさそうな気がする。

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