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2005.03.19

モーソーモーソーとホリエモンは言う

 「ホリエモンは、LBOをモーソーモーソー」って言っているよと、周りの者から言われた。ほぉ、そうか。私は、金曜日から土曜日にかけてはブログだのニュースを基本的にお休みにする。TypePadにはオートアップロードの機能があるのでたるいネタをセットしておくこともある。が、予定エントリを落として、昨日のエントリの続きを書く。
 ちょっと複雑な心境ではあるな。踊らされていたじゃんと言われても、簡単に返す言葉はない。後出しじゃんけんをする気もない。筏声援隊と読まれていたフシもあるかもしれないが、そうでもない。ま、話を続けよう。
 毎度ながら、本人はなんと言っているか? ホリエモン自身がなんと言っているか。毎日新聞記事"ライブドア:堀江社長、フジ買収検討を「妄想」と否定"(参照)を引用する。


「妄想、妄想。妄想ですって。何回言わせるんですか。妄想ですよ。妄想ですから」と答え、レバレッジド・バイアウト(LBO)による資金調達やフジテレビ株の公開買い付け(TOB)をライブドアが検討しているとの一部報道を否定した。

 発言は18日の日本テレビの番組とのこと。この報道は間違いではないようだ。妄想の内容は、LBOだけではなく、TOBも含まれる。友軍朝日新聞もなんか言うはずだと見ると"ライブドア「フジ株TOB」の観測広まる 来週にも?"(参照)がある。

ライブドアは、経営権獲得を目指し、少額の自己資金で巨額買収が実現できるLBO(レバレッジド・バイアウト)方式での買収を検討しているが、市場で買い進めるとフジ株が高騰し買収額が膨らむため、市場外で大量の株を一定価格でまとめて買えるTOBの実施が有力視されている。

 ということで、なにげにLBOを引っ込め、火曜日以降のTOBの話に移している。ホリエモンの言葉から考えるとLBO騒動は情報操作臭い。
 話を少しトラックバックして、そもそもLBO話は情報操作だったか?
 そうかもしれないなとは思う。情報操作を見破るというほどの炯眼は私にはないが、臭い話は、それって誰のメリットか、と考えると構図が見えることが多い。今回のケースでは、この話をリークすれば誰がメリットを得るか。答えは、一部投資家とフジテレビ。そもそも増配も、株価をつり上げてLBO/TOBに耐えようとしての策だった。もっと急速に効かせる点でLBO話には効果はあった(短期的かもだが)。ちょっと後出しじゃんけん的に言うと、LBOを宣戦布告するバカはない。が、ホリエモンならやるかもという空気が逆手に取られたのはホリエモンの”人徳”だろう。
 とはいえ、昨日のエントリに書いたように、フジの構造はまさにLBO無防備に近い状態だったし、それを恐れてもいただろう。ホリエモン側にその策がなかったと考えるのも幼稚過ぎる。このあたりは、ライブドア・PJニュース"ライブドア、フジテレビ買収か?【埼玉県】"(参照)が絶妙な味を出している。

 以前、テレビでLBOのことを堀江社長が、金さえ貸してくれるところがあるならば、誰(だれ)だって買収できる手法ということを話していた。もしも、このLBOが実現すれば、フジテレビがほとんど確実に手に入るということになるだろう。「ライブドアに金を貸してくれるところが現れた」という時点で、経営手腕を買われたことにもなるのだろう。

 ライブドア・PJニュース"ライブドアはライブドアの大本営でもないというあたりが、ホリエモン”経営”の面白いところだが、ざっとみて、LBOの仕込みはもたついていただろうし、そのうだうだが”経営手腕を買われた”結果でもあるのだろう。
 LBO砲がライブドア側ではないとして、このままこの話がなし崩しになり、フジ側のプロテクトが堅くなったとすれば、そこに策士の影を感じないわけにもいかないだろうし、策士がいるならその思いに多少なり共感しないものでもない。あるいは、単にライブドア側の要人がずば抜けたアホタンであるのかもしれない(その可能性が否定できないのが面白い)。とはいえ、このエントリを書き出した私は私。私のブログは私のブログである、と、禅問答みたいだが、そのあたりのスタンスとして休みを中断して書く必要も感じた。誰も気にしなくても私は私。カモメはカモメ。
 まぁ、しかし、そんなことはどうでもよろし、大勢の流れはどうなる? つまり、ホリエモンはフジを乗っ取るのか?
 劉備・関羽が老いて張飛が爆走しても、諸葛孔明ありせば蜀攻めはきつかろうとも思うが、大局の構図が変わってるわけではない。貯め込み利益はそのまま。ホリエモンが人物ならこの戦いに勝つだろうし、傍から見ればどんなスラップスティックでも面白いなでもある。大局の構図が変わらなければ、昨日のエントリでも触れたように、この件については、別の次元の問題になるリスクは依然高い。そこまでは読み切れない。
 ブログ的にも気になるのは、こうした渦中にあるライブドア・PJニュース"新聞はインターネット・ユーザーの差別化を考え始めた【東京都】"(参照)だ。ちょっと爆走気味も味わいのうち。

 毎日の記事は、ライブドアが時間外取引で買った株の内、テキサスのファンドが売った株について当局に適切な報告書類を出していなかったため、金融庁がこれを「問題視している」といった内容だったように記憶している。
 他紙が「ライブドア、LBOでフジ株の買収を検討」と書いていた中での記事だが、ライブドアにとってこれはもっとも重要な情報である。つまり、時間外取引の当該ファンドが売った分が無効になるかもしれないのである。これまで好意的な発言をしていた麻生総務大臣も、LBO報道に不快感を示したそうだ。当然だろう。

 この話の先も面白いのだが、そこまで引用するのは礼儀に反するようにも思うのでしない。
 さて、このエントリにオチはないなと思って物憂く最新ニュースを見たら、日経系で"ライブドアとフジテレビ、提携協議を開始――役員が初会合"(参照)があった。

ニッポン放送の経営権争奪戦を繰り広げているフジテレビジョンとライブドアは提携を巡る協議を始めたことが18日、明らかになった。

 そりゃ穏当でよかったと言いたいことだが、経営というのはそういうものでもない。ホリエモン騒動は、木戸銭もなく見られる極上のエンタテイメントのように思えるが、そういうわけにも行かなるのだろうなとは思う。

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2005.03.18

釣り堀衛門? いえいえ算盤弾いて末世

 またホリエモン。だって、次から次へと面白いんだもの。当ブログでは四度目。悪ノリっていう気もしないではないのだが、また大きく局面が変わり、気になることではあるので書いておこうと思う。話は、今度は、勝っていたのかホリエモン、である。でも、標題はもっとつまんない洒落にしておく。
 勝っていたのか、というのは、ニッポン放送分捕り戦じゃない。ま、それは勝ちでしょう。でも、フジサンケイグループ乗っ取り戦のほうは負けていたでしょ、と私は思っていた。
 ところが、ありゃま、別の話があるとは、当方も読めませんでした。当初は、ホリエモンが、フジサンケイグループのいびつな資本構造の弱点をついて、廉価にニッポン放送を買い取り、それを足場にフジサンケイグループを乗っ取ってやれ、というメチャセコイヤ、セコイヤーセコイヤーとちょこーっと思っていた。のだが、っていうか、現状でも、そういう話だったんじゃないのかと半分くらいは思っているのだが、いやいや、算盤弾くとそうでもなさげ。
 ちょっと回りくどいが、昨日昼頃から、「ライブドア 3000億円調達か?」みたいな話が飛び交っていて、おい、桁違うじゃん、800億でひーひーだぜ、と私は苦笑した。煙幕戦ガセ式神もここまでかと思った。が、なんだか雲行きが変わって、雨。木曜日、傘をサースデーが洒落でなくなりつつあり、ついに友軍朝日新聞が飛ばした。曰く、"ライブドア、フジテレビ買収狙い3000億円調達へ"(参照)。


 ライブドアがフジテレビジョン買収に向けて、レバレッジド・バイアウト(LBO)と呼ばれる手法を使って、3000億円の資金調達を検討していることが17日分かった。LBOは80年代に米国で発達した手法で、3000億円にものぼる調達が実現すると日本では過去最大級。ライブドアはこの資金で、フジ株の過半数の取得をめざす見通しだ。ニッポン放送の経営権取得にめどをつけ、次はフジサンケイグループの中核企業の掌握を狙う。

 さすがに他紙はたじろいで黙ってしまったけど、いずれにせよLBO爆弾がぶちかまされた。LBOの簡単な説明も同記事にある。

関係者によると、ライブドアは買収をめざすフジの資産を担保にして、複数の外資系金融機関などからなる融資団から、借り入れや債券・コマーシャルペーパー(CP)発行の形で資金を得る。

 酷い比喩だが、これから買い取るはずの財産を早々に質屋にぶち込んで金を借りるというわけだ。
 問題は、こんな話に誰が乗る?ということ。3000億円出しまっせという末世の香具師がどれだけいるかなのだが、まず、大筋としては、世界的に金余り状態なのでその気になれば無理でもないという状況はある。
 3000億円というのだから、それなりに、お品書きもないといけないね、ということで、毎日新聞"ライブドア:持ち株会社化を検討 経営権掌握後"(参照)が出てきた。

ライブドアは17日、メディア、IT(情報通信)、金融の3部門を傘下に置く持ち株会社制度への移行を検討していることを明らかにした。ニッポン放送の発行済み株式の過半数取得の可能性が高まったことから、堀江貴文社長が目指す「メディアとIT、金融の複合事業体」の実現に向け、グループ全体の再編を目指す。ライブドアを持ち株会社とし、3部門の経営を統括する。特にメディア部門に注力し、ニッポン放送が22.5%の株式を保有するフジテレビジョンとの連携を目指して、経営権取得も視野に同社株の買い増しを進める。

 この話も、ライブドア銀行関連で以前からホリエモンが言ってことだが、それでも、今回の当初のホリエモンの話と随分違うなぁ。
 というか、最初の話もそれは当面それだけの話、ということだったのかもしれない。いずれにせよ、今となっては、フジサンケイグループに突っ込めぇ的状況にはなった。
 この話乗りますか? まとまった金貸してくれぇと。乗る?
 乗らないでしょ、フツー。
 でもこれって、そういう話ではないのだな。ぼんやり思案していたら、菜根譚の章句がふっと浮かんだ。曰く「蠅の血に競うが如し」。
 そうだそうだ。要は、それって、儲かる話かね、ぶひひである。それだけだよ、蠅ぶんぶんぶん。
 そうして見ると、あれま、これって儲かる話なのだな。今朝のNHKのラジオで評論家の田中直毅も言っていたが、フジテレビって利益剰余金が2600億円くらいある。キャッシュでね。つまり、これだけ会社にプールされているわけだ。これが見えているのだから、2000億円くらい貸しましょうっていうのは楽勝の算盤なわけだ。
 朝日新聞の先の記事にあるように、フジテレビの時価総額は7000億円。すでにライブドアがその株式の22.5%を持っている。あと30%くらいならその額くらいで買えちゃう。ぶひぶひ。しかも、フジテレビの株保有は現在18.6%が外人なんで、儲けが出るならするっとホリエモンに売ってくれる。高く売れるのだから、外人、ベリーハッピー、あるね。
 どうするフジ? だが、どうしようもないんじゃないのか。
 フジ側としては、急遽五倍もの増配、しかも、年利益の半分を出すということで、フジテレビの株価をつり上げ、ホリエモンが買い取りづらくしている、ということなのだが、それでもそれだけの利益配分ができるほど貯めておいたのが運の尽きでした。遅すぎ。It's too late。
 ところで、先の田中直毅は、フジなんて人材だけが資産のようなもので、そういう会社を敵対的買収してどうよ、という議論をしたいらしかった。ぶはははである。私は思うのだが、フジの資産というのは、ようするに電波の分け前だ。公共のとか枕詞を付けているけど、ようするに少ないチャンネルを規制によって独占することで利益を上げていたわけだ。つまり、ここでも、利益剰余金の貯め込みと同じように、いわば利権で安逸な日々を送っていたのが裏目に出てしまったわけだ。
 大筋ではそういうことか。
 もちろん、窮鼠猫を噛むの例えもある。ホワイトナイトだかなんだかわけのわからない迫撃砲がどかんと一発禿げ頭になる可能性もある。あると言えばある。でも、もうそれって、経済とかマーケットとかの次元ではない。
 しっかし、フジサンケイグループが…という枠を外して、こんなことがあっていいのだろうか、というとよくわからない。なにも会社を買い取ることはイカーンということではない。経営を変えることで利益が見込めるなら、総じて社会のためにはなる。だが、今回のケースはどうもそういうことではないようだ。
 しいて言うなら、話が明後日に向くのだが、日本の会社は株主にもっと配当せーよ、ということだろう。

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2005.03.17

釜山港、そして津軽海峡春景色

 反日嫌韓が不必要に喧しいのだが政治的な裏でもあるのだろうか。ソープオペラ(メロドラマ)の親密さはどうでもいいが、普通の国と国とのつき合い程度にはならないものか。双方に困ったなと思う人も多いだろうが、そうした声はネットなどからはあまり聞こえない。不思議な感じがする。ライブドア関連のマスメディアの素っ頓興(誤字)もだが、先日の人権擁護法案反対コピペ運動のように、なんか情報の流通が変だ。

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 この日韓の反目でメリットでも得ている勢力があるのか、といえば……全然思い当たらないでもないが、と、つらつら考えながら、そういえば釜山港ってどうなっているのだろうかと、この数日気になっている。日本と距離的に近いということもあるが、歴史の視点からも日本にとってもっとも身近な韓国の港である。が、歴史の話は今日は書かない。
 釜山港はアジア有数のハブ港というだけでなく、日本海事広報協会の2002年のコンテナ取扱量の順位をみると世界第三位である(参照)。が、この資料はすでに古くて、現在は上海とシンセンに抜かれて5位。なので、挽回策に必死中。いずれにせよ、この10位以内のリストに日本の港は一つもない。15位以内にもない。19位に東京港がちょこっと顔を出す程度だ。その後、17位にちょいとアップ。港町横浜は見る影もない(28位)。名古屋は自動車産業の活性もあって24位。
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コンテナ取扱量
 日本の港の衰退は、こうした物流の最終地点が日本だからということなのか。そうした観点で見るなら、石狩湾新港のサイトに、2003年の話として、韓国、中国、東南アジアを結ぶ石狩湾新港への新定期コンテナ航路の話が興味深い(参照)。

このたび開設された新コンテナ航路は石狩湾新港/新潟/釜山/蔚山/光陽/上海/寧波/塩田/香港/ホーチミン/バンコク/レムチャバン/香港/塩田/寧波/上海/釜山/蔚山/苫小牧/室蘭/石狩湾新港のルートを5隻で運航し、当港には毎週木曜日に寄港します。当港の平成14年のコンテナ取扱量は、約26,000TEU(対前年比約14%増)で、平成9年の韓国・釜山港との定期コンテナ航路開設以来、着実に伸長しており、今回新たに韓国・中国・東南アジア航路が加わったことにより、さらに取扱量の増大が期待されます。
 また、これまでの韓国・釜山港に加え、上海や香港などでの積み替えが可能となったことにより物流ルートが多様化し、荷主企業の利便性がさらに向上します。

 同ページにあるその地図でそのルートをぼんやり見ていると、やはり日本への物流の最重要地点は釜山港のようにも思える。
 こうした物流の釜山港へのシフトは阪神大震災による神戸港への打撃の影響もあったらしい。震災前世界ランキングで4位くらいだったのが、最新データでは29位。余談だが、アテネでツヤのいい年寄りから自分は神戸のことはよく知っているぞとかよく話かけられた。昔は神戸港が栄えていたのだからね。
 釜山港が盛況なのは、当然釜山の地の利というものあるのだろうとは思っていたが、そうでもない話も聞く。曰く、日本国内メーカーが日本国内向けに作った製品の配送のために、いったん釜山港に運び、そこから日本の地方港に運んでいるというのだ。つまり、日本国内を陸路でトラック便を使うよりも安いらしい。実態がよくわからないが、それもありなんだろうなと思う。宅配のような急ぎでなければ、海路のほうが安くなる。それにしても、国内配送を迂回するために韓国の釜山港を使うのも、ちょっと奇妙な話ではある。
 いずれにせよ、釜山港側でも今のところは日本はいいお客さんではあるのだろうし、なにより中国と日本を結ぶ中継地としては、高雄よりも利便性の点でよいのかもしれない。逆にそれだけ日韓にメリットがあるなら、もっと反日感情などを抑えてもいいのではないかとも思うが、そのあたりの韓国の事情がわからない。地図をざっと見ると、釜山とソウルの距離の差というものなのかなとも思う。ソウルは北朝鮮に向き合っているが、釜山は日本に向き合っている。
 釜山のデメリットは? ニュースを見ると、先日の釜山には例年にない積雪が話題だったようだ。雪の弊害で各種社会サービスにも問題を起こしたようだ。とはいえ、そうした雪が潜在的な釜山港のデメリットではないだろう。むしろ、韓国お得意の労使紛争(これで釜山港の業務が停止したことがあるらしい)や、社会治安などが日本が側からするとリスクだろうか。
 あるいは…と思うのだが、釜山港の未来は、日本など意識せず、単に韓国が国際的なビジネスを展開する上でアジアや太平洋に開かれている良港ということかもしれない。日本がこのまま人口とともに経済も縮小化していけば、釜山港の対日的なメリットは相対的に低くなるだろう。
 というあたりで、ぼんやりと地図を見ていると、つい歴史に思いが向かう。「これって、不凍港じゃん」とふいに思う。これって不凍港だよな…この港が一番欲しい国って…と連想が進む。いやいやそれは連想じゃなくて、妄想なのだろうか。
 ……と書いたあとで、ちょっと調べ直した。ありゃりゃ。文章の全体をまとめ直すほうがいいのだが、手間が惜しいので、だらっと書き足す。
 「ありゃりゃ」は、釜山から津軽海峡を越えて北米に至るコンテナ輸送の日本海ルートのほうが、太平洋側をまわるよりも2日も早いのだね。ラジオでの話などで津軽海峡は今物流の重要地点だとか、なんどか聞いたが、そういうことか。っていうことは、釜山港というのは、日本国内へをマーケットにしているというより、明らかに津軽海峡を通過して北米ルートに乗ることが想定されている港なんじゃないか。っていうことは、津軽海峡がキモでしょ。
 ひびきなだのサイトにある物流の地図(参照)を見ると、目出度く釜山がシカトされているけど、こりゃどう見ても、米中交易の拠点は釜山と津軽海峡じゃないか。いや、この地図が実に含蓄が深いのだけど、釜山と高雄は、日本の太平洋側といわゆる裏日本との対応になっているわけだ。ネットなどを見ると、反韓親台みたいな意見が目につくけど、もしそうなら、こうした経済の根幹部分を考えないといけないのではないか。
 あるいは、別に反韓ということではないが、日本海側にもっと重要な物流の拠点を作り、さらにロシアを視野に入れたら日本の新しいビジョンが描けるかも。言うまでもないけど、石油の産出量はロシアがサウジアラビアを抜いているのだし、そうした輸送路も…重要でしょうね。

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2005.03.16

[書評]海のサムライたち(白石一郎)

 散人先生のブログの今日の出来事に「3/16 三浦按針が日本に漂着 (1600)……当時は外国人でも国家公務員になれた」(参照)とあり、そして、こう結ばれている。


結局彼は故国には帰れず日本で一生を送ります。しかし、景色がよくって気候が温暖な三浦半島に自分の領地をもらって、新鮮なお魚とアシタバと大根を食べて、彼は幸せだったんじゃないでしょうか。

 そうであったのかもしれない。人間の幸不幸というのは、外側からは見えないものである。ただ、三浦按針という人間にはその数奇な運命からいろいろ人に問いかけるものはあるだろうし、また日本人の歴史に問いかけるものも多い。
 後に三浦按針と名乗ることになったウイリアム・アダムス(William Adams)は、オランダ船リーフデ号で漂流し、慶長五(1600)年三月十六日(もちろん旧暦)、臼杵湾に辿り着いた。当初百十人の乗員が、二年の漂流で生き残ったのは二四人。日本の地を見て息絶えた者が三人。歩ける者は六人。アダムスはその一人だった。ちなみに、もう一人、似た運命を辿ることになるのがオランダ人ヤン・ヨーステン(Jan Joosten)。彼が居を構えていたことから八重洲の地名ができる(地下街にさらし首みたいな彫像がある)。
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海のサムライたち
文春文庫
 と、この話を含めて今日のエントリにはネタ元がある。昨年亡くなった白石一郎の「海のサムライたち」である。私は2001年のこの話の元になったNHKの人間講座をすべて見た。面白かった。後、NHKから「海のサムライたち」が出てそれから文庫本になったようだが、私が手元に持つテキストの標題は「サムライたちの海」である。写真なども興味深いのでNHK版もよいとは思う。書籍化にあたり鄭成功の話などが追加されているようでもある。
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海の
サムライたち
 臼杵領主太田一吉は長崎に使いを出し、イエズス会のロドリゲスを呼んだが、ロドリゲスは彼らを悪魔の申し子と罵った。当時の西欧世界と東洋の関係を考えれば当然のことではあっただろう。リーフデ号を含めた船団も当初はスペイン・ポルトガル船との海上戦闘が可能な装備を持っていた。日本はスペイン・ポルトガルの息がすでにかかっていた。
 が、この事態に日本人は驚いた。特段に関心を持ったのは家康であった。堺から迎えの船を仕立てた。英国人アダムスの身分は低いものだったが、12歳から造船に携わっていたこともあり、天文学や幾何学にも精通していた。リーフデ号でも航海長を務めていた。
 家康はアダムスが気に入った。家康が海外の知識に飢えていたということもあるだろうし、聡く海外の反目の状況を読んでいたのかもしれない。西洋の造船技術は当時の日本にとっては最大の情報でもあっただろう。「海のサムライたち」を書いた白石一郎は、その側面を強調する。が、私は、それ以上に家康という人間とアダムスには相通じ合うものがあったように思える。二人ともある種の頑固な武人気質でありながら激することのない実務家でもある。
 アダムスには英国に妻を残しており、多くの書簡を送った。返信はなかったのかもしれない。家康はアダムスを直臣とし厚遇し、馬込勘解由の娘を娶らせた。雪という名前であったようだ。家康は彼を三浦按針と名乗らせたが、この名前は、いわゆる近代人の名前ではなく、林屋正蔵のように襲名されるものであり、アダムスにはこの名を継いだ息子(ジョセフ)もいた。が、その系譜は今日わかっていない。
 慶長十四(1609)年、アダムスの故国英国の艦隊クローブ号が平戸に到着し、アダムスはその艦隊の若き司令官セーリスと会談するが、二人の関係は悪かった。アダムスはすでに見捨てられた人間でもあったのだろう。このときのアダムスは四九歳。羽織袴に髷を結っていたのではないか。
 散人先生は「新鮮なお魚とアシタバと大根を食べて、彼は幸せだったんじゃないでしょうか」と察しているが、この後、アダムスはジャンク船を買い入れ、タイなどの交易事業にも乗り出す。自力で帰還する金が欲しかったのかもしれないし、その金で英国の名誉を買いたかったのかもしれない。が、こうした事業はバックアップしてくれた家康の死ともに潰え、平戸で五六歳の生涯を終える。墓は平戸にある。戒名は「寿量満院現瑞居士」とのこと。

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2005.03.15

トヨタのサンクトペテルブルグ進出は結局どうなったのか?

 今朝のNHKのラジオで、トヨタがサンクトペテルブルグで現地生産へ向けて始動したといった話が流れていて、えっ?とぶったまげて、慌てて報道の検証をしようとしたのだが、これがわからない。話題はトヨタなのだから国内ニュースなのでGoogleニューズやgooでなにかひっかかるかと思ったのだが、どうも混乱しているようにしか見えない。こうした場合は、現地側のニュースを探るといいと思って、Googleニューズをロシアに切り替えようとして、はたと気が付いた。ロシアがない。Yahoo! Russiaというのもないのだね。あれま。
 国内的には11日の産経新聞系"トヨタ、露工場計画を凍結 政府、大統領訪日に影響懸念"(参照)というニュースが流れていた。これは、標題どおり、凍結したよ、というわけである。


トヨタ自動車が検討していたロシアでの自動車製造工場の建設計画が、凍結されたことが十日、分かった。トヨタ側はすでにロシアにこうした方針を伝えている。トヨタのロシア工場建設については、プーチン大統領も歓迎、訪日の際には合意文書の署名式典も検討されていた。このため、今回の計画凍結について、ロシア側は失望感を隠しておらず、日本側も「経済面での大きな目玉がなくなり、大統領の年内訪日断念につながりかねない」(日露外交筋)と懸念している。

 政治マターになるのはしかたがないにしても、この産経の報道にはちょっと変な印象を受ける。率直に言うと、なんか産経が情報操作に出ているのではないかという懸念すら感じるのは、翌日付、ビジネスi"露への大型投資ご用心、日系企業乗っ取り画策?"(参照)の記事があったからだ。

ロシア政権がシベリアで成功を収めた日系木材加工企業に、税務面での攻撃を強化している事実が11日までに明らかになった。恣意(しい)的な追徴課税を課すことで倒産に追い込み、企業の乗っ取りを画策している可能性がある、とみられている。ロシアでは、日本たばこ産業(JT)の露子会社など有力日系企業への圧力が強まっており、大型投資などは今後、一層の警戒が必要となりそうだ。

 時期的に考えて、それってトヨタを視野に置いているでしょと読み進むのだが、それがトヨタのトの字もない。なんか、産経新聞ってこういうところ朝日新聞と実はそっくりなんだよなとかちょっと思う。
 11日同日の日経系"トヨタのロシア工場、サンクトペテルブルクで2007年稼働"(参照)では、ご覧のとおりイケイケで書かれている。

トヨタ自動車が新設を検討してきたロシア工場の概要がほぼ固まった。建設地はサンクトペテルブルク市で主力セダン「カムリ」を生産する。年産5万台を目標に2007年に稼働する。投資額は150億円程度になる見込み。トヨタは自動車需要が拡大しているロシアを有力市場と位置付けており、現地生産で本格的に開拓する。

 ロシアでは新興財閥への高級車のニーズが高いので、カムリあたりかという感じはわからないではないが、それにしても、この産経と日経のズレってどうよ。と思っていたところ、Responseというサイトに"【新聞ウォッチ】トヨタのロシア工場計画報道、日経と産経の信憑性"(参照)の記事があった。どうなってんのということだ。

概要を明らかにした日経、凍結を報じた産経、信憑性の是非を含めてこの先の続報を注目したい。

 というのが今朝のNHKラジオでびっくりした背景なのだが、さて。
 なにより、トヨタ側のアナウンスが気になるのだが時事"ロシアでの現地生産、引き続き検討=「凍結」報道を否定―トヨタ"(参照)によれば、一応同日中に凍結報道を否定している。

*トヨタ自動車 <7203> は11日、ロシアでの現地生産をめぐる報道に関し「市場動向を踏まえつつ、さまざまな角度から検討している」とのコメントを発表した。報道の一部は「検討を凍結した」としていたが、これを否定した形だ。ただ同社は「時期を含めた具体的な内容は決まっていない」と強調した。

 凍結は否定されたとなると、やってくれるじゃんか、産経新聞という感じではある。先の記事に至っては、ごりごりに政治マターでもあった。

 日本政府は、十一日にも行う町村信孝外相とラブロフ外相との電話会談で日本側の事情を説明すると同時に、ロシア側に大統領訪日に向けた考えを改めてただす構えだ。

 とはいえ、このネタはあながちガセとも思えないので、その電話会談はどうだったのか知りたいのだが、ようするに、その結末が今朝のNHKのラジオの話だったのか。
 産経が政治マターでやってくれたかなという感じだが、この報道はAFP側でも11日に"Toyota scraps plan for Russian plant: report"(参照)に反映している。

TOKYO : Toyota Motor Corp has suspended a plan to build its first auto factory in Russia due to a disagreement over the location of the plant, a Japanese daily said.

Japan's top auto maker was planning to build the plant in Saint Petersburg, but Russian authorities demanded Toyota set up factories in various parts of the country in a bid to boost regional economies, the Sankei Shimbun said, quoting Japanese and Russian diplomatic sources.


 で、結論は?
 そこがよくわからない。問題も錯綜している。まず、具体的にトヨタのロシア進出はどうなっているのかが重要。次に、この政治マターはどう動いているのか。そして、この問題における産経のビヘイビアってどうよ?である。
 総じて言えば、日本側でロシアの足を引っ張るようなのは、やな感じぃ~である。

追記(2005.4.27)
 四月二六日付で、トヨタ自動車はサンクトペテルブルク市郊外に約四〇億ルーブル(一五〇億円)の投資により自動車工場の建設を発表。会社設立予定は六月。生産開始は〇七年から。

 ”トヨタ、ロシア・サンクトペテルブルクに新工場”(参照


トヨタ自動車は26日、ロシアのサンクトペテルブルク市に新たな自動車工場を建設することを決めロシア政府、同市と基本合意した。2007年末までに乗用車「カムリ」を年2万台規模で生産開始し、1―2年内に5万台に引き上げる。投資総額は約40億ルーブル(150億円)。ロシア市場の拡大に対応したもので、日本企業の現地生産は初めて。

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2005.03.14

日韓の友好は冷静に考えればありえないだろう

 日本語で読めることもあって、東亜日報、中央日報、朝鮮日報の三紙のサイトはざっと眺める。が、最近はしだいに嫌になりつつある。竹島問題といい扶桑社の教科書問題といい、そんなことが話題なのかという感じが私にはする。こうした話題に巻き込まれるのが楽しい人も双方いるのだろうが、私にはどうでもいいことだ。三紙が韓国民の声をそれほど反映しているわけでもないことは、韓国のフリーペーパーの動向などからも察せされるのだが、それにしても、こうした反日嫌韓的な騒ぎの根はそれなりに深いのだろう。どうしたらいいのかと多少は思うのだが、どうにもならないのではないか。そんなおり、日本版ニューズウィーク(3・16)に掲載されているピーター・タスカのコラム"日韓関係にひそむ危険な「純愛幻想」"が相変わらず秀逸だった。
 タスカはクリアにこう指摘する。


 では、日本が誠意をもって過去の過ちをわびれば、韓国、さらには中国との関係が改善するのか。そうした考え方は、因果関係を見誤っている。歴史が戦略的緊張を生み出すのではなく、現在の戦略的緊張が歴史問題を生み出すのだ。

 タスカは、その例証の事例をコラムでいくつか挙げるのだが、概ねそんなものだろう。タスカの例証には含まれていないが、双方に歴史の傷を持つトルコとギリシアだって、状況の戦略的認識によっては改善に向かうこともある。もっともこのまま改善されるのか歴史的に見ると疑問はあるが。
 もっとも、日本人は、タスカのようには発言はできない。私も、できない。言えば、口は災いの元というくらいになるのが関の山である。むしろ、日韓の現在の戦略的緊張を冷静に考えたほうがいいのだろう。
 タスカは日韓の修復されない根幹的な亀裂を二つ指摘している。一つは安全保障であり、もう一つは産業形態だ。後者は単純に言えば、ソニーとサムソンということなのだが、この問題についてのタスカの言及は正しいとも間違っているとも言いがたい微妙なものがある。日本人の多くは先日のソニーの経営陣交代に奇妙な物作りプロジェクトXの感慨を持っているが、そうした感性がずれていることはすでに書いた(参照)。サムソンについてはどうかというスペシフィックな考察が必要になるのだが、そこまでは今回は立ち入らない。ロジスティックスにおける釜山港の現状にも触れない。問題は前者の安全保障に絞る。

韓国はもはや北朝鮮を脅威とみなしていないし、日本の拉致問題に対する興味はゼロ。北に圧力をかけるどころか、核保有すら容認する覚悟をしている。これでは、たとえ6か国協議が再開されたところで、進展は見込めない。大局的に見れば、韓国の現政権は同盟関係の重点をアメリカから中国へ転換しつつある。

 もちろん、そうなのかという疑問の声もあるだろうし、私がいまだに古いタイプの人間だから思うのかもしれないが、この事態に胸張り裂けんばかりの韓国人も少なくはないだろうとも察する。しかし、冷静に見れば、そういうことなのではないのか。韓国はそういう国なのだ。そしてこの先に統一朝鮮が存在する。タスカは言及していないが、統一朝鮮とは、中国の現状の延長で考えるかぎり、親米的なものではありえない。中国が国家的な脅威となる存在を喉もとに許すわけもない。地政学的に、と言うのも恥ずかしいが、親中となるだろう。もちろん、当面は、北朝鮮の傀儡化だろうが。そうした見取り図のなかで、日本と韓国が連携していくという強い国策を打ち出せるほどのタマは日本にもいなければ韓国にもいないだろうし、それはおよそ幻想の部類だ。
 タスカは半島の核がどこに向くかと暗示しているが、言うまでもなく、親中的な国家に選択はない。というか半島の核の存在自体がそれを意味するわけだが、日本の現状を見るに、その悪夢の階梯は理解されているふうでもない。
 タスカは洒落なのかコラムを奇妙に締めている。

 日本が周辺国のどこかと関係改善を望むなら、戦略上重要な同盟国になりそうな相手を選んだほうがいい。経済的利害をめぐって直接ぶつかり合うことがなく、中国の言いなりにならない国となれば、候補は一つしかない。

 そう、一つしかない。言うまでもない。ディプロマシーのプレーヤーなたらその選択に躊躇うものはない。だが、日本の空気はそうなっていない。なぜそうなっていないかについては、極東ブログではほのぼのとしか触れていない。この点も筆禍を避けたいがゆえのヘタレなのだが…。

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2005.03.13

ブッククロッシング(bookcrossing)

 先週の話になるが、英国の公共放送BBCがブッククロッシング(bookcrossing)の支援を始めた。ブッククロッシングは、書籍を共有物として社会のみんなで読み回すという試みだ。たとえば、駅のベンチに本を意図的に置いていく(あたかも置き忘れたかのように)。それを別の誰かが拾って読む。読んだらまたどこかに置いておく。別の人が拾って読む…。こうしてみんながその本を読む。これがブッククロッシング。本のほうにもそういう意図のラベル(あるいは電子タグ)を付けておく。インターネットなども連携して、拾った本の感想などを書き込む。国際的にはbookcrossing.com(参照)が有名だ。
 BBC主導のブッククロッシングの試みについては、インディペンデント"Bookcrossing scheme puts paperbacks into the 'wild'"(参照)が詳しい。ここに、英国のブッククロッシングで放流されている書籍の人気リストがあった。参考までに邦訳を主にアマゾンでリンク付けておく。


  1. The Da Vinci Code, by Dan Brown 719(参照参照
  2. The Lovely Bones, by Alice Sebold 707(参照
  3. Angels & Demons, by Dan Brown 626(参照参照
  4. A Painted House, by John Grisham 599(参照
  5. Divine Secrets of the Ya-Ya Sisterhood, by Rebecca Wells 542(参照
  6. The Firm, by John Grisham 529(参照
  7. The Pelican Brief, by John Grisham 529(参照
  8. A Time to Kill, by John Grisham 513(参照参照
  9. The Secret Life of Bees, by Sue Monk Kidd 487(参照
  10. Jurassic Park, by Michael Crichton 477(参照参照

 ブッククロッシングは、日本でも一部実施されているのだろうか。新聞などにも話題が取り上げられているようだが、まだそれほどの広がりはないようにも思う。というか、日本では、なにかとちょっと無理かなという感じもする。スタバとかが賛同してくれたら、ローカルに広がるかもしれない。BBCが推進しているからと言っても、同じ公共放送であるNHKにはそんなセンスなさそうだ。
 そういえば、私事だが、10年以上も前になるが、成田から”リムジン”に乗って東京に戻るとき座席に村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の文庫本があって、なにげなく読みふけった。へぇこの本って文庫があるんだという感じでつい読んでしまい、気が付くと新宿だった。ああいう感じっていうのは面白いなと思う。
 そういえば話のついでだが、沖縄暮らしでなにかとホテルのお世話にもなったのだが、ロビーに置いてある本とも奇妙な出会いみたいのが何度かあった。沖縄というところは出版が独自なこともあり、地域の本の状況がわかりづらい。意外と町村史なんかが面白い。そうしたものが意外なところで読めたりする。
 さて、社会風俗としてのブッククロッシングだが、考えてみると、公共と書籍というもののある本質的な意識も込められているようにも思えてくる。
 書籍というのは、当然、現在の世界の枠組みでは商品なのだが、歴史を俯瞰するに、つねに商品というものでもなかった。むしろ、歴史上では書籍はある種の公共物でもあり、権威でもあった。聖書など西洋の中世では実際には読まれはしなかった。
 書籍の歴史では、言うまでもなく印刷技術というのが大きなエポックになるのだが、そうした視点は、あまりに西洋的なものかもしれない。日本でも江戸は出版物に満ちていたのだから。
 それ以前の日本の歴史を見ても、大蔵経の書写の歴史などを知ると、いろいろと考えさせらるものがある。先日柳田聖山の話を聞きながら、日本の仏教や仏教学はけっこう朝鮮の寺刹の恩恵も多く受けているなと思った。
 前近代の書写というのも、広義のブッククロッシングなんだろうと思う。その意味で、ブッククロッシングというのはパブリッシングより根の深い本の読まれ方なのかもしれない。

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