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2005.03.12

親日家ブリュノ・ゴルニッシュ(Bruno Gollnisch)発言の波紋

 本題に入る前にちょっと脇道。
 週に一日はニュースだのブログだのから離れていようと思うが、さすがにホリエモン関連の裁判騒ぎは耳に入るし、当方としても、5日の時点で極東ブログ「ホリエモン・オペラ、間奏曲」(参照)で、「ただ個人の勝手なブログなので勝手に賭けに出ると、裁判所沙汰について言えば、ホリエモンの勝ちでしょう」と言った手前、ちょっと気にはなった。結果はご覧の通り。
 本題のほうは、といって、これもタッチーな話題なのでそれほど突っ込む気もないのだが、親日家に応えるのも日本人の人情ってもんじゃないかと思うので、簡単に触れておく。
 話は、フランスの国民戦線(FN)を支える重要人物ブリュノ・ゴルニッシュ(Bruno Gollnisch)が、教官を務めていた、リヨンにあるジャン・ムーラン大学から五年間の停職処分を受けたのだが、その理由は、ホロコーストに疑念を表明したことだった。
 ここが実にタッチーな話なので、事の次第を知る基本ニュース自体はAPではあるが、あえてユダヤ系のJeerusalem Post"French professor suspended for doubting Holocaust"(参照)から引用しよう。


A French university said Friday it decided to suspend a professor for five years after he made remarks that cast doubt on the Holocaust.

Bruno Gollnisch, who is also a top official in the far-right National Front party of Jean-Marie Le Pen, questioned whether the Nazis used gas chambers in the Holocaust and suggested that the number of Jews killed during World War II might have been exaggerated.


 記事にはFNの前にfar-rightという形容があることにも注意していただきたい。問題発言はこのニュースからは、ゴルニッシュが、ホロコーストのガス室を疑問視したことと、虐殺されたユダヤ人数が誇張されているのではないかと示唆した、と読める。
 さらに、今回の決定は、前年の出来事から続く話にも関連していた。

His comments, made at a news conference in October, sparked uproar among Jewish and anti-racism groups.

 ということで、昨年のこのニュースなのだが、朝日新聞などでも報道されていた。ネットでは、"ホロコースト自由議論求めた仏の日本研究者が大学停職処分の朝日新聞報道に決定的重要欠落部分"(参照)というページに関連情報が残っているが、このページについては当方は言及しない。
 ブログ(日記)では、はてなダイアリーfenestraeさんの"世に「なかった主義」の..."(参照)が興味深い。教官職を吹っ飛ばされるに至る問題発言は次のものらしい。

今やまともな歴史家でニュールンベルク裁判の結論を全面的に認めるものはいない。強制収容所があったことを私は疑問に付すものではないが、死者の数について歴史家が議論できてもいいはずだ。ガス室の存在についていえば、どういう判断をするかはそれぞれの歴史家の自由だ。

il n'y a plus un historien serieux qui adhere integralement aux conclusions du proces de Nuremberg. Je ne remets pas en cause l'existence des camps de concentration mais, sur le nombre de morts, les historiens pourraient en discuter. Quant a l'existence des chambres a gaz, il appartient aux historiens de se determiner.


 これに触れたコメントはかなり的確である。

とにかく「歴史修正主義 revisionnisme」、「なかった主義 negationnisme」 に対するフランスやドイツなどの常識とはこういうものだ。もし上のゴルニッシュ氏の発言を一読して「なるほどもっとも」と思う常識があるとしたら、その常識は今のフランスのものではない。こうした発言でも、公人としては極めて危険なものである。現にゴルニッシュ氏に対してはリヨン大学が停職措置を求めて教育省に報告書の提出を予定しており、法務大臣も訴追の意図を表明している。ただしあきらかにぎりぎりの挑発を狙ってなされたこの戦略的な発言がこの先どう法的に決着がつくかは定かではない。

 私自身は「挑発を狙って」については否定もしなければ同意しない。また、fenestraeさんがこの話から南京事件に言及していく文脈についても当方は基本的に触れないのだが、一点、気になることがある。

この事件が事実かどうかのかまびすしい議論の向こうに、日本人の中にたまたま2人だけ残虐な行動をした者がいたということの事実の確定にとどまらないもっと大きい問題として、当時の日本人が心性において大虐殺者だったというイメージが控えている。

 もしかすると、通州事件とその国内への影響についてご存じではないのかもしれないとは思う。つまり、その問題を議論するには、もう少し広範囲なレンジで日本の当時のメディアの状況を検証する必要があるかもしれない。が、それは非常に困難な作業を伴うだろう。
 話をゴルニッシュに戻す。現状はどうか。国内は当然だが英米圏ではやはりこの問題には極力触れまいとしているか、あるいはルペンの流れでおさえようとする印象は受ける。FN支持も少なからぬフランス国内でだが、この話題はメインのジャーナリズムでは避けられている印象もある。11日付けのフランス語のロイター"Gollnisch fait appel de son exclusion pour cinq ans de Lyon III"(参照)あたりがニュースとしては妥当なところだろうか。当方フランス語は読めないのでさっさと自動翻訳の手を借りる(参照)。現状、ゴルニッシュはこの対応を不服としている。

LYON (Reuters) - Bruno Gollnisch appeals to the national Council of the higher education and the search (Cneser) for his exclusion for five years of the university Jean-Mill Lyon III, where it taught.

"I make call of this illegal decision in front of Cneser, but without too much illusion, announced number 2 of the FN at the time of a press conference.


 この件ついて、れいのフリーペーパー20minutes"Bruno Gollnisch de juges en juges"(参照)が意外とクリアに述べているようにも思えた(参照)。
 話は余談めくが、ゴルニッシュの奥さんは日本人で二人には三人の子供がある。日本語も堪能であり、日本などアジアの政治についても専門分野だ。親日家でもあるらしい。FNと聞くと人種差別主義者かのような印象を持つ人もいるだろうが、あまりに短絡なイメージに過ぎないようだ。
 "ゴルニッシュさんと王党派と南北朝"(参照)というページの記事によると、ゴルニッシュは京都大学の卒業でもあるらしい。いろいろ逸話が面白いが、歴史好きの私には次の話などが興味深い。

 ゴルさんが言うには、「王党派は国民戦線に少しいるが、力はない。又、歴史は後戻りしない」と言う。「それに、かつぐべきブルボン王朝が分裂していて、南北朝と同じなんですよ」という。さすが京大出の人は違うと思った。「南北朝」なんて、今や日本人だって知らないよ。このことは「創」(6月号)に詳しく書いたけど…。ゴルさんによると、フランス革命でギロチンで殺された王様の〈嫡流〉はスペインに亡命した。そこでスペイン人になった。外国人になった王はフランス王になれないんだそうな。南朝は外国人になってしまって、ダメなんだ。でも、ブルボン王朝の〈傍流〉はフランスにいる。まァ、北朝ですわな。でも、「三種の神器」はない。(フランスにもあるのかな?)。まァ、王党派もこの人をかつぐしかない。そんなわけで、フランス版「南北朝」なんですな。

 EU憲法を巡るフランスの動向には今後も目が離せない状態だが、いずれにせよ、FNのこうした動向を含めて複眼的にワッチしていく必要はあるだろう。

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2005.03.11

てるりん追悼

 てるりん(照屋林助)が死んだ。七十五歳だった。うちなー風に見れば、かじまやー(参照)にはまだまだということで若すぎるということかもしれないが、長寿沖縄と言われてるわりにその実態は男性の壮年死が多い。八年も住んでみれば理由は自ずとわかる。てるりんも長く糖尿病に悩んだ。足の指も切っていた。
 てるりんに私が会ったのは十年ほど前、と書いて、特別のことでもない。うちなーんちゅの大半はてるりん本人に会ったことがある。目立つ。巨漢である。日常からして、歩くモダンアートのような出で立ちである。コザの若いフラーターでも、とっさに、本能的に、引く。あのばりばりのオーラーにはかなわない。
 メディアなんぞでは、てるりんは、ワタブーのイメージどおりににこにこしているが、普段は憮然としていることも多く、自分が弟子だと決めた芸人になんとか芸を継がせたくしかり散らしているふうでもあった。その眼の座り方に、私は林山を思った。
 てるりんが林山の不肖の息子であったかどうか私などが言えるものでもない。ただ、林賢にまで継がれるあの強烈な音楽的才能は、伝統芸の維持ではなく、常に破壊と創造をやまないものなのだろう。てるりんは三線に一本線を加えた。エレキ三線も作った。MIDIの打ち込みなんかもやってたようだ。息子のりんけんも、チェレンを作った。たしか、てるりんの兄はエンジニアで沖縄で最初にエレキを自作したのではなかったか。そういう血統でもある。フリッパトロニクスみたいな志向なのかな。
 ワタブーショーや戦後の舞天との活動については、よく語られるし、コピペみたいな逸話を書く意味もない。沖縄の大衆芸という枠で語られる。しかし、私は、彼の芸は、そのとんでもない音楽的才能と、やまととうちなーの近代史の微妙な内省から生まれたものだろうと思う。彼自身はチャンプラリズムと言うのだが、むしろ、それは今の日本が失ってしまった日本の伝統の本流に深く関わっているようだ、と書けば、あたかも大和の亜流であるかのように聞こえてしまうのだがそうではない。
 てるりんは大阪に生まれた。沖縄に移住するのは子供のころからだし、大阪での暮らしもうちなーんちゅに囲まれてその文化のなかにいたという意味で、うちなーんちゅであることに違いはない。が、やはり、だからこそ、あるズレのようなものがあったのではないか。藤木勇人が大正区でれいの一人芸をして笑いを取ったとき、オジーが笑うなと若者をたしなめたという笑えない笑い話があるが、うちなーんちゅであることは「美麗島まで」に描かれた与那原恵のファミリーヒストリーが暗示するように、うちなーの外側、やまとやアジアの全域に関わる微妙な問題がある。あえて言えば、今の沖縄本島の沖縄文化とは常に自己模倣によって作成されたある奇妙な創作物だ。こんな風景を思い出す。私が中城湾をぼんやり見ながら「きれいな海ですね」というと、うちなーんちゅの年配の一人はこう言った。「きれいになったのは復帰後だね」「そうなんですか」「昔は廃油ボールがぷかぷか浮いていた」。その言葉の奇妙な陰翳が忘れられない。やまと世が海をきれいにしたという単純な話ではない。

cover
平成ワタブーショー
沖縄チャンプラリズム
の神髄2
 やまととうちなーのその微妙なつながりというのをてるりんはさらっと笑いの芸にしていることがある。「沖縄よろず漫芸 平成ワタブーショー沖縄チャンプラリズムの神髄 2」に「すべて黒潮のお陰」という演目があるが、これがヨサコイ節がどう沖縄音階に変化するかというのを自在にマジカルに三線で解き明かしていく。これなど、中学生か高校生の学習過程で是非聞くべきだろう。黒潮がどう音楽につながっていくのか、もちろん実証的ではないが、そこに込められた感性のある連続のようなものが重要なのだ。西原淑子さんが食材を見て海の物か山の物かの二分しかせず、調理はなんでもかんでも炒めちゃうというのは、この黒潮系の文化でもある。
 ってな話はきりがない。というか、私の心のなかで沖縄もてるりんも全然消化できていないということだ。もう一ネタ書いて終わりにしたい。
cover
平成ワタブーショウ
 てるりんの芸能のもう一つの重要なことは、うちなーが米軍下にあった経験というものだ。てるりんがコザんちゅうということでその色は特に濃いが、その本質は戦後のGHQ下の内地にも関係している。その経験の、なんというのか、悲惨とか卑屈とかではなく、民衆はどのような圧制下でも笑って生きているというある奇妙な感覚でもある。民衆から乖離した思想が芸能に劣る局面である。なんど聞いても可笑しいのが、「沖縄漫談 平成ワタブーショウ」の「カミダーリユンタ」である。

うちの女中もさらウフソー
ソーメン買いに行かせたら
ソーメンの名前も忘れちゃって
小さなトゥーバイフォーないかいな


そのまた隣のお手伝い
これもしたたたかポンテカで
カマボコ買いに行かせたら
小さなコンセットないかいな

 腹がひきつるほど笑った。私が戦後の沖縄とはなんだろうと現地に暮らしながらまじめくさった戦後史を読みながら得た知識が、笑いを通して大衆の、あの時の生活の視点になっていく感じに変わった。
 てるりんは舞天と戦後命の祝いをしようと沖縄各地を回った。その時からの歌だろう「生き返り節」は絶唱である。

特配ぬ脂 鍋にすりなして
焼ちゅうるヒラヤチぬ
音の清らさよ
匂いの香ばさよ

 現代の沖縄では、「美ら」と書いて「ちゅら」と訓じ、あたかも沖縄の美を「ちゅら」に込めようとしている。たしかにそういう面もあるが、「ちゅら」とは「清ら」である。そして、「清ら」であるから中国語の「清」にも引かれる。この語感は、うまい食い物を連想させるのだ。「清香園」もそれである。うまいものが喰える(ひらやーちーが泣かせる)ことが「生き返えやびたんでえ」である。あとすることは、歌って子作りすることである。生きたものがよろこび子孫が増えることが死者への供養である。

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2005.03.10

[書評]日本人とユダヤ人(イザヤ・ベンダサン/山本七平) Part 2

 実はPart 1(参照)を書いたあと、あまりいいウケでもなかったし、率直に言うと、「イザヤ・ベンダサンの正体は山本七平だ」というだけのコメントをいただくのも辟易としたので、この先書くのもやだなと思っていた。

cover
日本人とユダヤ人
 が、この数日、風邪で伏せっていながら、山本七平の「人生について」を読み返しながら、ああ、そうか、と思った。長いが引用する。彼が「私の中の日本軍」などを執筆するに至った経緯の話の流れだが。

 そのあと、南京の『百人斬り競争』ですか、あれを鈴木明さんが解明されましたでしょう。これは非常にいい資料を集めて書いたものなんですが、鈴木さんは軍隊経験がないので、せっかくのいい資料がちょっと使い切れていない感じだったんです。それで鈴木さんにこう助言してくれってたのんだんです、”これはこいうことじゃないか、軍人がこう言った場合は、こういう意味です”と……。彼ら独自の言い方がありますからね。そうしたら、それを書いてくれって言われましてね。とうとう十七回で七百枚にもなっちゃったんですよ。
 ただ、この問題については相当に積極的な気持ちもありました。というのは、これ、大変なことなんです。新聞記者がボーナスか名声欲しさに武勇伝などを創作する、これは架空の『伊藤律会見記』などの例もあるわけですが、この『百人斬り競争』の創作では、そんな創作をされたために、その記事を唯一の証拠にして、二人の人間が処刑されているんです--極悪の残虐犯人として。しかもその記者は、戦犯裁判で、創作だと証言せず、平然と二人を処刑させているんです。しかも戦後三十年「断乎たる事実」で押し通し、それがさらに『殺人ゲーム』として再登場すると、これにちょっとでも疑問を提示すれば、「残虐行為を容認する軍部の手先」といった罵詈ざんぼうでその発言は封じられ、組織的ないやがらせで沈黙させられてしまう。そういった手段ですべてを隠蔽しようとするのでは、この態度はナチスと変わらないですよ。このことは、いまはっきりさせておかねば、将来、どんなことになるかわからない、基本的人権も何もあったんもんじゃない、と感じたことは事実です。それだけやれば、私は別に、文筆業ではないですから、もうこれでやめたと、一旦やめたんです。

 いまでこそブログのコメントスクラムが問題視されるけど、少し前までは、右翼でもない人間がちょっとでも左翼的な発言に疑問を提示すると「罵詈ざんぼうでその発言は封じられ、組織的ないやがらせで沈黙させられてしまう」ということがあった。そうした慣性が、現代にまだ残っていてもしかたないのかもしれないが、やはりそれで過ごしてしまえば「基本的人権も何もあったんもんじゃない」という状況にはなるだろう。
 前振りが長くなったが、前回、私はこう書いた。

 と、書いていて存外に長くなってしまったので、一旦、ここで筆を置こう。この先、「日本人とユダヤ人」に隠されているもう一人のメンバーの推測と、「日本人とユダヤ人」の今日的な意味について書きたいと思っている。近日中に書かないと失念しそうだな。

 近日中に書かなかった理由は今書いた。今回は、その隠されていたかもしれないメンバーについて書こうと思う。そのメンバーというのを仮に「イザヤ・ベンダサン」としたい。仮である。彼は、1945年の3月10日、東京にいた。
 ちなみに、執筆者の一人と推定される山本七平はこの時期、フィリピンにいる。素直に考えれば、「イザヤ・ベンダサン」は山本七平ではありえない。しかし…と言う者もあるだろう、それはそもそも「イザヤ・ベンダサン」なる存在がフィクションだからだ、と。そうだろうか? 「イザヤ・ベンダサン」=山本七平だから、その話をファンタジーだと逆に考えているのではないか。
 次の証言を素直に読んだとき、普通、どういう印象を持つだろうか? もちろん検証資料がない現状では判断しようがない。私はこの箇所こそが「日本人とユダヤ人」を解く鍵であり、この本の隠されたモチーフが実はジェノサイドであることを示唆していると考える。

私は昭和16年に日本を去り、二十年の一月に再び日本へ来た。上陸地点は伊豆半島で、三月・五月の大空襲を東京都民と共に経験した。もっとも、神田のニコライ堂は、アメリカのギリシア正教徒の要請と、あの丸屋根が空中写真の測量の原点の一つともなっていたため、付近一帯は絶対に爆撃されないことになっていたので、大体この付近にいて主として一般民衆の戦争への態度を調べたわけだが、日本人の口の軽さ、言う必要のないことまでたのまれなくても言う態度は、あの大戦争の最中にも少しも変わらなかった。私より前に上陸していたベイカー氏(彼はその後もこういった職務に精励しすぎて、今では精神病院に引退しているから、もう本名を書いても差し支えあるまい)などは半ばあきれて、これは逆謀略ではないかと本気で考えていた。

 私は長い期間、なんどもこの本を繰り替えして読んだが、この箇所はいつも奇妙な陰翳を投げかけてくる。ニコライ堂によって古書街も守られたのかもしれない。湯島聖堂も。いや、こちらは4月13日の空襲で一部だが焼失した。いろいろ思いが巡る。
 これを素直に読めば「イザヤ・ベンダサン」は明確に諜報員だとわかる。が、それを指摘した評者を知らない(大森実は手短に言及していたが…)。
 しかも、ここで唐突にベイカー氏なる本名が出るのだが、それは、彼が「精神病院に引退」したからである……ということは、もう一人の諜報員「イザヤ・ベンダサン」は、本書が書かれた1970年の時点で本名を明かさない=引退していない=諜報活動中、を意味している。
 本書の続編にして物騒な本となった「日本教について」など、形式的には、彼の上司の系統の「高官」に宛てるレターにすらなっている。それどころか、この「日本人とユダヤ人」もその報告書の一環とされていたようでもある。諜報員「イザヤ・ベンダサン」を含めたのはどのような組織なのか。そういえば、小声で言うのだが、「日本教について」には田中角栄失墜の裏も暗示している。
 「イザヤ・ベンダサン」なる諜報員が戦時下の東京に極秘で送り込まれていたというのは、フィクションなのだろうか。ベイカー氏なる人物が追跡できればかなり明確になるのだが、そこまではわからない。私は、「イザヤ・ベンダサン」=山本七平という仮説は仮説として、もう一つ、「イザヤ・ベンダサン」をプロファイルする仮説が必要ではないかと思う。私の印象では、ある程度一貫性をもって「イザヤ・ベンダサン」なる人物のプロファイルが可能だ。それにフィクションが含まれないと考えるのは幼すぎるが、そうであってもプロファイル自体の意味が薄れるものでもない。
 この奇怪な歴史の逸話はフィクションかもしれないが、仮に、これが史実だと仮定してみたい。すると、ここからさらに奇妙な連想が派生する。誰が「イザヤ・ベンダサン」を伊豆から東京に運んだのか。誰が神田に居を世話したのか。そう、戦時下の日本側の誰が、連合国側の諜報員である彼を支援したのか?
 米国に内通できる可能性のある当時の日本側の団体と言えば、私は二つしか思いつかない。ミッショナリーかメイソンリーである。メイソンリーというとネットでは愉快な話題が多いが、「石の扉」などを参照されると理解が進むだろうが、明治維新などにも関連している可能性は強く、正史側でも重視すべき点は多い。
 ここで、私は、当然、山本七平のことを思い浮かべる。彼はこの本の共同執筆者でもあり、この話全体が彼のでっち上げかもしれないのだが、それでも、なんらかのそういう組織の活動を知っていてこうした話を創作したのかもしれない。フィクションではないと仮定した場合、彼山本はこの日本側の内通団体について当然ある想定を得ていたに違いない。彼はそのことについて完全に秘密を守り通した。妻にも語っていないようである。この頑ななありかたは、この引用箇所に続く、話と呼応しているように思えてならない。

「腹をわって話す」「竹を割ったような性格」こういった一面がない日本人は、ほとんどいないと言ってよい。従って相手に気をゆるしさえすれば、何もかも話してしまう。しかし、相手を信用しきるということと、何もかも話すということは別なのである。話したため相手に非常な迷惑をかけることはもちろんある。従って、相手を信用し切っているが故に秘密にしておくことがあっても少しも不思議ではないのだが、この論理は日本人には通じない。

 このつぶやきの記述の部分には山本七平の思いも含まれているのだろう。
 この逸話が事実だとしてもう少し話を進めてみたい。「イザヤ・ベンダサン」が1945年2月の東京に暮らしていたのは、彼の言葉を借りれば、「主として一般民衆の戦争への態度を調べた」ということであり、想定される戦後において、米国の日本統治あるいは大衆の情報制御の資料作成のためだろう。
 だが、この神戸の山本通り(「山本通り」は洒落ではない)で育ったユダヤ人とされる「イザヤ・ベンダサン」は米国政府のためだけにこんな命賭けの仕事をしたのだろうか。こうした問題は歴史と諜報員の心情という一般的な問題でもあるのだが、そこにはどうしても文学的な課題がある。
cover
Curtis LeMay
鬼畜ルメイ
 「イザヤ・ベンダサン」の1945年2月の東京に暮らしでは、明らかに、3月9日の深夜から3月10日にかけての東京大空襲が想定されていた。目前に数万人の無辜の民衆が虐殺されるの知りながら、人は平静に暮らしていけるものだろうか。鬼畜ルメイがなにをしでかすか、「イザヤ・ベンダサン」は知っていた。
 この3月10日の未明、「イザヤ・ベンダサン」は、聖橋あたりに立ち、10万人者人を焼き尽くす炎を遠く見ていたことだろう。逆に、ルメイの計画を知っていたから、ある宗教的な信念から自らもその近くにいたかったのではないか。
 東京大空襲。恐るべき戦争犯罪に留まらず、それは、日本人という民族を虐殺するジェノサイド(民族大量虐殺)の始まりでもあった。「イザヤ・ベンダサン」は日本人がジェノサイドされている様を遠く見ていたのだろう。
 妄想的想像と失笑を買うだろうが、これだけは言える。「日本人とユダヤ人」という書籍のテーマは、日本人のジェノサイド(民族大量虐殺)なのだと。それが起こりえること。それが日本人に向けられること、それが、この気の利いた日本人論に見える裏にあること。
 私は、現代の日本人は、この本を再読してほしいと思う。日本人がジェノサイド(民族大量虐殺)される危険性をまた日本人自らが撒き散らしている、あまりに愚かな現状があるのだから。
 彼は、1970年の時点で、こう語っている。

 「朝鮮戦争は、日本の資本家が(もけるため)たくらんだものである」と平気で言う進歩的日本人がいる。ああ何と無神経な人よ。そして世間知らずのお坊ちゃんよ。「日本人もそれを認めている」となったら一体どうなるのだ。その言葉が、あなたの子をアウシュビッツに送らないと誰が保証してくれよう。これに加えて絶対に忘れてはならないことがある。朝鮮人は口を開けば、日本人は朝鮮戦争で今日の繁栄をきずいたという。その言葉が事実であろうと、なかろうと、安易に聞き流してはいけない。

 日本人もまた、世界の他民族によって差別させられ危険な局面にも遭遇することがありうる。
 信頼できる者にも秘密を守るというのと類似の論理で、他国人といくら友好であっても、そこだけは口を割ってはいけないし、相手にもただしゃべらせるままにしておくだけではいけないという領域がある。
 そんなことは、多くの虐殺経験を持つ民族なら当たり前のことにように知っているのに日本人だけは、3月10日未明、一夜にして10万人の同胞が虐殺されても、いまだ知らないかのように見る。

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2005.03.09

マイクロダイエットって何?

 先日「はてな」にマイクロダイエットの質問(参照)があって、そういえば、巷でよく見かけるけど、マイクロダイエットってなんだろと思い、ちょっと調べてみたら面白かったので、そんなネタでも。
 その前に、誤解を避けるために最初に言っておくけど、マイクロダイエットの商売を妨害するつもりないし、それやっている人にどうのこうのと健康指導するわけではない。ただのネタ。
 ちょっと調べてみたいなと思った理由は二つ。一つは、私は米国のダイエットに比較的に詳しいのだけど(単純に米国文化ワッチの一環で個人的にはダイエットの必要はない)、知らないな。よってこれって日本発のダイエットの一つでしょ、となんとなく思っていた。ところが、先の質問の回答リンクからでもわかるけど、英国のダイエットらしい。それが二つめの理由でもあって、なぜ英国のダイエット?という疑問からだ。国内の広告的なWebの情報だとなんだか英国お墨付きというか英国の科学者が…というようなので、そんなに権威のあるものなのかというのも疑問に思った。
 英国で重視されているとか有名ならBBCに話題があるはずと思ってみると、あるにはあった。2001年の記事なのでネット・イヤーの感覚からすると古いのだけど参考にはなるのでは、というのがこれ"Web diet warning"(参照)だ。記事の話は、ダイエットについてネットを参考にしている人が増えているがどうでしょうかね、といったもの。そりゃ、そうでしょ。
 この記事であれれ?と思ったのは、ここに囲みのデータとしてちゃんとマイクロダイエットが記載されていることだ。データはどのダイエット情報サイトを見ているかということなのだが、面白い。


Diet site scores from Health Which?
Total Nutrition Technology (US) - 92%
Fitbay (US) - 75%
ediets (US) - 66%
Slimtone (UK) - 55%
Diet Watch (US) - 53%
Total Body Fitness (US) - 44%
Micro Diet (US) - 36%
Top Weight (US) - 36%
Diet and Weightloss (now closed) - 33%
Nourish Net (US) (now closed) - 25%

 リスト見てすぐに二つ思う。一つはマイクロダイエットはずば抜けて有名でもない。もう一つはUSってあるんだけど、つまり、米国。それってどうなってんの? 英国じゃないの?
 英国のGoogleで"Micro Diet"を検索すると、筆頭に出るのは、その名も"Microdiet"(参照)。ドメイン名もそのまんま。

"Microdiet" is a nutrient analysis software system designed specifically for use by professional dietitians to help them in their task of analysing the diets of patients with diet related diseases such as diabetes. The main buyers of the product are dietitians and nutrition experts in hospitals and health services, teachers of medical or dietetic groups at colleges and universities, food companies and freelance analysts.

 このサイトの情報を読むとわかるけど、マイクロソフト社にマイクロが付いているように、マイクロコンピューターで扱うダイエット用ソフトということらしい。いずれにせよ、この情報は日本国内のマイクロダイエットは明らかに関係ない。いくつか他サイトも見ても、そんな感じ。どうなってんの?
 Googleは"micro diet"と二語検索にしたらというのでそうすると、さっきのBBC記事になる。循環。しかもその関連からはまるで情報が掴めない。
 英国の限定を外してみると、二語検索で"Health Defence"(参照)が出る。これもずばりのドメイン名。で、このサイトなのだが、Dr. Paul Claytonなる英国人学者がいて政府とも関連しているので、これですかと思って読んだのだが、どうも日本国内のマイクロダイエットとは関係なさそう。ちなみにこちらのマイクロは、マイクロ・ニュートリエンツ、微量栄養素という意味らしい。
 どうも、政治問題や学問的な情報を扱うようにグローバルに見てもだめかと、国内系からいくつかキーを探してみた。開発者がDr. Jacqueline Stordyらしいあたりを手がかりに探して、ようやくこれですかというのが見つかった。これです。結局国内サイト"MicroDiet"(参照)。

It was developed according to the "Very Low Calorie Diet" by Dr. Jacqueline Stordy of the School of Biological Sciences, University of Surrey in England. While the ultra-low-calorie MicroDietR provides quick and efficient weight reduction, it remarkably contains all the essential nutrients the human body needs. Various medical tests have verified its safety, and Sunny Health has modified MicroDietR for the Japanese market. It has helped more than 1,100,000 users lose weight, and more than 300 medical institutions that treat obesity have taken advantage of it. Ten years after its release, MicroDietR still enjoys the largest share of the meal replacement market in Japan.

 唖然と言うとなんだけど、いくつか驚いたというのが実感。
 まず、Dr. Jacqueline Stordy はたしかに英国人のようだけど、英国でMicroDietとして利用されているのではなさげ。同時にこれって極めて日本向けにアレンジされたものらしい。
 それと明確に、"the meal replacement market"、つまり、食事代替市場とあること。サプリメント(補助)ではないということ。
 一番驚いたのは、"Very Low Calorie Diet"だったのか、ということ。これはVLCDと略されることもあるけど、医学的な用語と言ってもいい。訳語は、英辞郎など見てもわかるように、「超低カロリー食療法」だろう。
 つまり、カロリーを減らせば、痩せます。3+2の結果が3+8より小さいのは当たり前です的な世界だ。
 ということは、医学的にはVLCDとしてみるといいわけだ。で、VLCDの一般的な効果なのだが…という前に、この文脈ですでにダイエットではなく治療にカテゴリーを移しているのだが、一つの参考としては"ワークショップ 肥満症Q & A ワークショップ 肥満症Q & A"(参照・PDF)がある。少し長いけど引用する。

それから体重減少療法を行うと,どの程度の人が体重を維持できるかという,いわゆる減少体重維持率ですが,正直にいいましてこれは非常に悪いのです.かなり以前のことですが,入院治療でVLCD(very low calorie diet)療法を80名くらいの方に行い,約2年後にアンケート調査をしました.VLCD療法によって減らした体重量のうち,その50%くらいまで体重が戻った人,100%以上戻った人,というように区別して結果をみましたところ,体重の再増加が減少した体重の50%以下であった人は約25%しかいませんでした.この25%という数字は回答した人のなかの25%で,アンケートの回答率も50~60%でしたので,治療した人の8人に1人位の割合になります.減量できた体重を維持するのは難しい,おそらく1回体重を減らしても,その維持率は非常に悪いということです.これはわれわれがVLCD療法を入院してやらせることを,積極的にしなくなった理由の一つです.いくら入院して体重を減らしても,退院後の生活習慣が入院前と変わっていなければ戻ってしまうのではないかと思います.ただ患者さんがお医者さんにお任せして体重を減らしていただきましたということでは,肥満症の治療にはならないというふうに思っています.

 私のコメントは、やっかいなことに巻き込まれたくないので控えておくのだが、それでも、この話は治療としての一般的なVLCDであり、VLCDを応用した特定のダイエットではない。なので、後者にはリバウンドしない効果がある可能性については否定しない。それに以上については、「理由は聞くな。大人なら。」といった心情である。
cover
The LCP Solution
 話をわざとらに少しずらしてエントリのケツにしたいのだが、Dr. Jacqueline Stordy にはダイエットについて興味深い一般書「The Remarkable Nutritional Treatment for Adhd, Dyslexia, and Dyspraxia」(US版)があった(英国版)。LCPは、long chain polyunsaturated fatty acids(長鎖多価不飽和脂肪酸)の略で、日本人だとDHAとかで知られているあれだ。話は、ADHDなど脳機能に関連する問題は、DHAなどの脂肪酸をよく摂取するといいということらしい。この手の健康情報大杉の日本人にはそれほど驚くほどの内容でもないのだろうが、こうした面については、日本国内の日本脂質栄養学会の学者などからも同種の示唆が出されている。

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2005.03.08

ソニー経営陣刷新、ふーん

 ソニーの出井伸之会長兼CEO(最高経営責任者)と安藤国威社長が退任し、出井の代わりにハワード・ストリンガー副会長が、安藤の代わりに中鉢良治副社長が就任した。衆目の集まるニュースであった。が、私は、ふーんと思った。特段の感慨はない。むしろ、今朝の新聞社説を含め、このニュースを受けた国内の反応をネットなどで見て、違和感を感じた。
 出井たちの退任の理由は極めて簡単。業績が悪いから。他に何か? 今期もソニーの業績は下方修正となり、お得意の10%営業利益率も達成ができそうにない。株も下がる…困るよ、こんな経営、という以上に何か?
 何か言いたい人もいる。日本の新聞の社説とか。今朝の朝日新聞社説"ソニー――「理想工場」に戻れるか"(参照)。


 ソニーは03年に米国流の「委員会等設置会社」に移っている。商法の改正で導入された制度で、取締役の指名や監査といった事柄は委員会にゆだねられ、社外取締役が大きな発言力を持つ。

 毎日新聞社説"経営陣刷新 ソニーらしい進取性の復活を"(参照)も類似。

 また、ソニーは委員会等設置会社に移行し社長人事などを決める指名委員の過半数を社外取締役が占めている。このため今回の経営陣の刷新は社外取締役が主導したともとらえられている。

 それって、当たり前のコーポレート・ガバナンス(corporate governance)なんですけど。何か?
 今回の人事でCEOに外人が立ったことも話題になったようだが、出井が言ってたけど、ソニーという会社の社員の日本人の比率は三分の一くらいなのだから、外人がトップに立ってなにか不思議でもあるのか。
 国内での話題のもう一つの軸が、エレクトロニクスとか「物作り」とかなんだけど、はぁ?という感じ。先の朝日新聞社説の標題が"ソニー――「理想工場」に戻れるか"だったけど、朝日新聞って…(人権配慮的伏せ字)…なのか。

「真面目(まじめ)ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達(かったつ)ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」。59年前に書かれた設立趣意書だ。新経営陣が求められるのは、半世紀余にわたって培ったブランド力を支える物作りの伝統の復活だろう。

 ぶぶぶ、ぶぶ漬けいかがどすか? ぶぶ漬けを勧めないといけないのは毎日新聞社説も同じ。

 また、巨大なエンターテインメント部門を抱え情報商社的な役割を担っていることもマイナスに作用した面があるのではないだろうか。情報商社として著作権管理に厳密になり過ぎた結果、音楽のネット配信事業に出遅れアップルのiPod(アイポッド)の大ヒットを許してしまった。

 まいった。笑い飛ばすはずが頭痛がしてきそうだ。週刊新潮に連載の野口悠紀夫"21世紀のゴールドラッシュ(46)"のほうがなんぼかマシだと思うのだが。

 日本の企業の問題は、依然として「モノ作り」に執着していることだ。実際、日本でITというと、半導体生産やエレクトロニクス機器の生産などの、製造業を指すことが多い。
 いま求められているのは「ものの考え」を変えることだ。

 野口悠紀夫はネットでは批判者が多いみたいだが、このあたりは、当たりってことでいいんじゃないのか。と、もうちょっと言葉を足そうかと思ったけど、なんか無駄な気がしてきた。
 毎日新聞社説ではiPodのキーワードが出ているけど、社説書いた人、使ってる? 確かに音楽配信事業の側面の問題はあるけど、iTunesの開発とかも関係している。それと、iPodなんて、モノ自体の観点から見たら、たいしたことないんだよ。それがあの価値ではない。
 もちろん、ICF-SW7600GRを使っているややラジオマニアの私にしてみるとソニーさんにまともなラジオを作り続けてもらわなくちゃねとは思うけど、それだけがソニーへの期待ではない。
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RDR-HX70
 私事めくが、愛用してきたClip-onの再生の調子がいまいちなんでデフラグするかIDE HDDの交換でもするかと思ったけど、OS(てかファイルシステム)はわかんないし、IDE HDDの交換が簡単にはいきそうにない(ネジ大杉)。まいった。ソニーに連絡したら「最終的にHDD交換になると4万円ほどかかります」とのこと。IDE HDDが4万円のわけもなく人件費なのだろうが、いくら「もったいない主義」の私でもこりゃスゴ録を買うしかないと思って、RDR-HX70を買った。で、RDR-HX70だけど、性能はいいですよ。お薦めしますよ。でも、リモコン手にして泣いちゃいましたよ。ダサ過ぎ。筐体もダサイなぁ。操作インタフェースもClip-onより格段に退化してやんの。こんなの作ってちゃ、松下や東芝と横並びだよなというか、AppleだのSonyだのを買うのはあの美ですよ。操作のエレガンスと。福富太郎が必ずソニーの製品を買えといったアレがないんだよ。
 話を戻して。ソニーというのは、しかし、現実的に言って、そういうもの作りの企業というだけでもない。先日ラジオ深夜便でやっていたけど、スパイダーマンでソニーは800億円の売上げを上げていた(映画界ではトップ収益)。なるほど、ハロウィンでみんなスパイダーマンになっちゃうわけだ。
 ついでにその話にあったのだが、米国の映画産業というのの映画館での収益は全体の20%ほどらしい。じゃ、他はというと、DVDが40%、海外輸出で20%、残り20%がテレビ放映の権利とのこと。つまり、映画っていうのは、もう最初から、メディア製品なんだな。むしろ、映画館はそのプロモーション的な位置づけ。そして、今後はこの海外部分とDVDが増えていくわけで、ソニーもそのスジできちんと経営すれば成長が見込まれるわけだ。じゃ、そういう経営しましょう、と(PSPだって、そういうDVDみたいなメディアを売りまっせの流れにすればいいじゃん)。
 そーゆーことなんじゃないの。つまり、今回の退任劇って、ふーん、ってことでしょ。

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2005.03.07

人権擁護法案反対が一部で盛り上がるのだが…

 一部で話題の人権擁護法案(参照)だが、これが私にはあまりピンと来ない。以前見たNHKの鮨屋職人のドラマで、弟子が「人権が…」と言うと親方が「ジンケンだかスフだか知らねーが」と答えていた。スフって知っている? ま、そのくらい当方もずれまくっているわけだが、ちょっと書く。
 こういう問題は最初に白黒つけておくべきなので、そうするのだが、私はこの法案にはウィーク(weak)に反対。どっちかって言うなら、反対。反対理由に特に特徴的な意見はない。この法案だと、原則が違っているし、実際には一部の差別利権が跋扈することになるだけでしょと思うくらいだ。
 で、なぜ、強く反対しないかというほうの話をする。
 理由の一つは、右派と見られる私が実は現行憲法の改定反対論者である(修正項なら賛成)のと同じで、こうした問題に関して、現在世界における人類の最高の普遍的な倫理意識(つまりは西洋世界の価値観)というものが近代国家やその社会の法の原則であるべきだ、と考えるからだ。この文脈で言うなら、「パリ原則」(参照)に則った形で日本も法制化を急ぐべきだと考えている。もっとも、パリ原則だと哲学者が必要なのだが、日本に哲学者なんているのかとも思うが…中島義道なんかどう?
 と、この点に関しては、国連がいくら日本の敵国条項をほったらかしにしているからといって、日本まで国連規約人権委員会の勧告(参照参照)を六年間もほったらかしていたのはいかがかと思っている(外務省的には常任理事国ハードルなんだろうが)。
 国連規約人権委員会の日本への勧告のキモは、入国管理局や刑務所など国家による人権侵害が問題だった。が、今回の法案は、ジンケンだかスフだかというくらい、そこが、ずごく、ずれている。今回の法案では、人権委員会は法務省外局に置かれるというのだ。いつまでやってんだよ、笑っていいとも。
 ちょっと長くて英語だが勧告ではこのあたりが強調されている。


10. More particularly, the Committee is concerned that there is no independent authority to which complaints of ill-treatment by the police and immigration officials can be addressed for investigation and redress. The Committee recommends that such an independent body or authority be set up by the State party without delay.

 入管ってどないなってんねん、と。

22. The Committee is deeply concerned that the guarantees contained in articles 9, 10 and 14 are not fully complied with in pre-trial detention in that pre-trial detention may continue for as long as 23 days under police control and is not promptly and effectively brought under judicial control; the suspect is not entitled to bail during the 23-day period; there are no rules regulating the time and length of interrogation; there is no State-appointed counsel to advise and assist the suspect in custody; there are serious restrictions on access to defence counsel under article 39(3) of the Code of Criminal Procedure; and the interrogation does not take place in the presence of the counsel engaged by the suspect. The Committee strongly recommends that the pre-trial detention system in Japan should be reformed with immediate effect to bring it in conformity with articles 9, 10 and 14 of the Covenant.

 このあたりは沖縄の米軍問題とも関連している。米国から見ると、日本って人権が考慮されない野蛮な国に見えている。
 こうした本筋の話題が、昨今の人権擁護法案に見えてこないのが、なんとも。というか、こうした問題をさっさと解決するためにこそ人権擁護法案があるべきなのではないか。
 私の反対がウィークである、もう一つの理由は、これはごく私的な感覚的なものだ。ムサシコジロウ的な「やな感じぃ~」がするのだ。
 こういう社会を変える可能性のある問題は、旧派と新派の対立があるものだ。この問題で言えば、これまで人権問題をほったらかしにしておいたことによるメリットを享受する派とそうではない派と、コントラヴァーシャル(controversial)であるべきだ。が、そうした光景が見えない。あれ、この風景違うじゃん、という感じである。風呂屋の湯船の上に掲げてある富士山を仰いだ田子の浦の絵の中にちょっこしウィンドサーフが描かれているくらい奇妙な感じがする。
 2ちゃんをちょっと覗いてみた。あまりよく見ていないのだが、なんか、まるで、またまた電車男話なみに純情に(あるいはコピペ司令部に従ってか)、人権擁護法案はんた~い、ばかりである。いや、そうでもないか「専門学校通ってる人に人権はないよな?」(参照)のような深い話題もあるし(こーゆー実態のほうが実は洒落にならないんだろうなと思うが)。
 2ちゃんなんてまだまだ特殊な社会というなら、その外側の社会に賛成の声があるのかと思うと、あまり、見かけない。主要新聞社説では産経新聞以外、声を揃えて、賛成の反対はハンタイなのだ、である。朝日や毎日も含めてだよ。それが2ちゃんと調和しているわけだよ。そんなのありか? しかも産経は黙ってる。なんか深い事情でもあるのか。面妖な。
 例えば、2月13日の毎日新聞社説"人権擁護法案 メディア規制の狙い変わらぬ"(参照)では、「メディア規制を内包する法案提出には断固反対する。」の理由がこれだよ。

 なぜいま人権擁護法案なのか、というのがそもそもの疑問だ。マスコミ界では、NHK特集番組をめぐり朝日新聞とNHKが提訴をちらつかせながら互いに非難と抗議を繰り返している。
 この問題では、自民党の安倍晋三幹事長代理と中川昭一経済産業相も関係し、朝日新聞の取材と報道のあり方を批判している。そうした中での法案の再提出は、国民の目に政府・与党がマスコミ側の混乱に乗じて法案成立を狙っていると映る。

 え? そういう読みってありか? それで産経が黙り? 悪い冗談でしょ。
 それにしても、ブログや掲示板を含めてネット社会が潰れてしまうよ~、という危機感まである。
 私は、この手の危機感に、どうにも拭えない違和感がある。
 その違和感の核心は、私は思うのだが、悪法が成立したら、そんなもの、シカトしてやればいいじゃん、ということ。
 もちろん、それをするには、それ相応の覚悟がいるし、ヘタレの私なんぞはこのブログをさっさと閉鎖して、もしかしたらMLにするかもしれない。
 いずれにせよ、自分のヘタレ度と世間の空気を鑑みるとしても、悪法なんかつぶしてやる努力をする。それにタマを張っている人がいたらできる範囲の支援をする。それでいいじゃんと思うのだが、だめ? だめですか。そうですか。

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2005.03.06

「反国家分裂法案」を引っ込められなかった中国

 中国全国人民代表大会(全人代)が始まった。「全人代」というとなんだかいかにも中国という感じだが、英語ではcongressである。ちなみに「主席」はpresidentである。共和制の国という点では中国というのは米国と同じようなものかとふと思う。
 今回の全人代の話題は「反国家分裂法案」である。もちろん、中国内政的には経済が重要課題なのだろうが、国際的には、台湾への武力行使の法的根拠となる、人々の自治と平和と民主主義に畏怖を与える、この恐るべき悪法から目をそらすわけにいかない。
 中国だってそれがどんな意味を持つのかわからないほど馬鹿ではないし、米国なども明確に「ふざけんな」のメッセージを出していた。日本はヘタレである。せいぜい週刊文春に異例の陳水扁・呉淑珍のインタビューを載せて日本国民の台湾へのエールをそれとなく出すくらい。
 なのになぜこの糞法が出てきたのかというと、それが中国だし、中国人というものなのだ。歴史の面子に呪縛されて続けているのだ。中国四千年の歴史など噴飯ものの虚構に過ぎないのに、そうした言葉に呪縛され続ける国だ。そしていざとなれば、その言葉に殉じてしまうから手に負えない。ま、日本人だって奇妙な気概というか空気に推されれば国家愛に殉じてしまうものだし、大抵の国だの民族だの大まかに言えば同様。いずれにせよ重要なのは、中国というこの閉鎖された変な権力システムを外部は賢く制御しなければいけないのだが、その賢さだけではことがすまないよというのが英米的な発想なのだろう。結論めいたことを言うようだが、米国は、中国が米国に届く核搭載の原潜の保有を絶対に許さない、と決めている。とすれば、中国はあーだし、米国はこーだから、最悪のシナリオは避けられないし、日本もきちんと織り込まれてしまう。
 それにしても中国というのは愚かな国だなと、これは罵倒していうのではない。もっと国際的な空気を読めと言いたいだけだ。今朝の毎日新聞社説様ですら嘆いている(参照)。


平和な対話と交流を続けて、まず雰囲気を良くすることが重要だ。武器を突きつけて台湾の人心をつかめるはずはない。中国は台湾人の気持ちが眼中にない、としか思えない。

 そして、さらにこう言う。

台湾海峡の軍事バランスは着々と中国側に傾いている。台湾は08年にも中国が優勢に立つと見る。これに対して米国は日本円で2兆円に上る武器を台湾に供与する。台湾への武力威嚇は、軍備相互拡大のサイクルを加速させるだろう。中台双方にとって、平和的対話が最善にして唯一の道である。

 しかし、先に触れたようにそう行かないシナリオがあるわけだ。
 さて、一部中国政治家の日本代理店みたいな朝日新聞社説はなにを言っているのかというと、この問題をスルーで決め込むまでの厚顔でもなかった(参照)。

 今年の大会のもうひとつの焦点は「反国家分裂法」の採択だ。内容はまだ公表されていないが、台湾の独立は認めないという強い意思を示すための法律で、台湾を牽制(けんせい)する狙いである。
 だが、昨年末の台湾立法院選挙では急進的な独立志向にブレーキがかかり、今年の旧正月に中台双方からの直行便が飛んだばかりだ。中台対話の再開への道をふさぎかねない動きは心配だ。
 台湾問題は原則問題だということは分かる。だが、中国自身の多難な経済、社会を思えば、台湾海峡を緊張させることが利益となるはずはない。

 ちょっと読むと、中国に苦言を述べているように見える。違うのだ。これが実は中国の本音である。そのあたりは、VOA"Taiwan High on China Legislative Agenda "(参照)にあるKenneth Lieberthalの解説がわかりやすい。

Kenneth Lieberthal, a China scholar at the University of Michigan, says the anti-secession law reflects the concern of Chinese leaders. "They wanted to find something that made their threats to prevent Taiwan independence by force if necessary credible, without actually having to use force to demonstrate that," he said.

Mr. Lieberthal says Beijing decided to introduce the anti-secession law before Taiwan's legislative elections last December, which, as it turned out, gave the anti-independence camp more seats.

Mr. Lieberthal says Chinese leaders were pleased with the result, but thought it was too late to back off from the anti-secession law. "The Chinese are now saying this law will be very moderate in its language. But what's moderate in Beijing and what's considered moderate in Taiwan don't necessarily coincide, so they risk a substantial reaction that will raise tensions for some period of time."


 つまり、今回の反国家分裂法は昨年12月の台湾立法院選挙で民進党を恐れての対策だったのだが、これがハズレ。しかし、台湾が緩和したことを受け取るまでに結局時間が足りなかった。こんな馬鹿げた反国家分裂法を出せば逆に台湾を硬直化されることもわかっていたが、中国は小回りが効かなかったのである。
 それを念頭に朝日新聞の社説を読むとよくわかるのではないか。ついでだが、朝日新聞社説と人民網日本版"反国家分裂法制定は中華民族の根本利益に寄与"(参照)を比べて読むと笑える。

台湾島内には、この法律が両岸関係を損なうかもしれないと考える人がいる。この法律を見ずに両岸関係を損なうなどとどうして言えるのだろうか。何の根拠があるのか。逆に、この法律は両岸関係の発展を促し、両岸の平和統一を進め、国家主権と領土保全を守り、「台湾独立」分裂勢力による国家分裂に反対、抑制し、台湾海峡地域の平和と安定を守る法律である。中華民族の根本的利益にかなうものである。

 もってまわった中国的表現だが、これは武力行使はしねーです、ということだ。日本は米国に配慮してはいる。そのあたりを米国国務省側は受け止めているのか、れいの2プラス2をこっそり書き換えてやがる。共同"米「台湾懸念」を削除 中国に配慮、戦略目標で"(参照)を引用する。

日米両政府が2月19日の安全保障協議委員会(2プラス2)で合意した「共通戦略目標」で、台湾について当初案では「(日米)相互の安全保障上の懸念」と明記していたが、米国務省の強い意向で「懸念」の表現が削除されるなど大幅に書き換えられたことが5日、分かった。複数の米政府関係者が明らかにした。

 もちろん、国防総省はむっとしているようだ。ラムちゃんご機嫌ななめだっちゃ。
 それにしても今回の悪法を中国がきちんと引っ込めなかったことは将来に禍根を残す。というか、ただ小回りが効かなかったというより、江沢民派みたいな勢力がまだ強いのではないだろうか。時事のべた記事で、またですかそれの話だが"「抗日戦争」で民族精神育成を=中国"(参照)が、きもい。

4日の華僑向け通信社、中国新聞社電によると、中国教育省は小中学校の教育について、今年、「抗日戦争、反ファシスト戦争60周年」を迎えるのを機に、これらを重点に道徳教育を強化し、各地で「民族精神育成、発揚月間」の活動を進めるよう全国に指示した。

 勝手にしろである。所詮、中国内部の権力闘争なのだ。が、そうした文革みたいな変なヒステリーにあの国が陥ることがあることも歴史はあまりに淡々と教えてくれるのでぞっとするのだが。

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