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2005.01.08

緋寒桜とタンカン

 琉球新報の昨日7日の記事を見ていたら、すでに緋寒桜が咲いているという話があった。"本部でサクラ色づく 暖冬で見ごろは今月下旬"(参照)より。


【本部】日本一早い桜祭りで知られる本部町八重岳で、サクラの開花が始まっている。入り口から頂上にかけてのヒカンザクラ約4000本の並木が徐々に色づき始めた。

 老婆心ながら、「本部」は「もとぶ」と読む。沖縄本島北部の地名である。八重岳は標高453メートルの山で、東京西部の高尾山よりやや低い。
hana 新報の記事を読みながら、そういえば、新正月のころは沖縄では桜の季節でもあったなと、八年間の沖縄暮らしを思い出した。新報の記事によれば、今年は暖冬なので開花が遅れたそうだ。桜というのは、本土の染井吉野でもそうだが、春が近づくも、寒さがある日数続かないと開花しない。
 本部の桜祭りが始まるのは15日で今年はその頃でも、二、三分咲き程度との予想だ。見頃は一月下旬らしい。と、書くに、緋寒桜の開花期間は長い。また、染井吉野のように花吹雪で散るわけでもない。私が写した写真よりきれいなものがネットにあるだろうと探したら、奄美のものだが、"峠道の緋寒桜"(参照)が見事だった。解説もうまい。

「色が赤い、寒い時期に咲く」以外にも緋寒桜には特徴がある。それは、花がみな下を向いて咲いていること。そして散る時には花ごとポトリと落ちる。

 緋寒桜を私が最初に見たのは、もう十年も前になるのだが、当時南風原のプリマート(現マックスバリュー)前のバス停で(後に「かねひで」が並びにできたところ)、複雑な沖縄のバスの仕組みもわからず、さてどれに乗ったものかと呆然としていたことがあった。沖縄暮らしの日も浅いこともありなにかと戸惑うことが多かった。バス停のベンチに座って、空を見上げると、視界に梅の花があった。低木に紅梅が咲いていた。寒紅梅の季節かと実家の庭のそれを思い出した。が、梅の花ではない。枝振りがまるで違う。私は植物好きの少年であったから、花の仕組みをじっと見て、それが、紛いもなく桜であることがわかった。これが緋寒桜というものかと驚いた。ナイチャー(本土人)には遠目に紅梅に見えた。
 緋寒桜は沖縄だけのものではない。九州や四国にもある。南紀にもあるようだ。どのように伝搬したものか歴史がわからない。沖縄でも南部ではあまり見かけない。沖縄戦の影響もあるのかもしれない。本島北部、本部の緋寒桜は野生化したものだとはいえ、戦後は観賞用に手を入れているはずだ。
 緋寒桜は台湾南部にもあるらしいが、その季節に訪問したことがないので私は見たことがない。原産は事実上台湾と言ってよいのかもしれないのだが、よくわからない。台湾緋桜とも呼ばれるようだ。
 緋寒桜の呼称は、言葉としては「寒梅」や「寒紅梅」の連想から、「寒桜」がベースにありそうなものだが、実際には対比される「寒」がないからなのか、辞書などを見るに「緋桜」の呼称記載されており、こちらの呼称のほうが古そうだ。「緋桜」がベースなら「寒緋桜」と呼ばれそうなものだし、実際、沖縄では「かんぴざくら」という呼称も聞く。「緋寒桜(ひかんざくら)」だと「彼岸桜(ひがんざくら)」と誤解されるのを避けるとも言う。本当だろうか。
 ウチナーンチュ(沖縄の人)は緋寒桜が好きである。この季節の土日は北部への道は桜見で渋滞になる。ナイチャーの私としては、梅みたいな桜のどこがよいのかと思うのだが、まぁ、ウチナーンチュの心情の核のようなものは八年暮らしてもわからない。
 そういえば、以前、青山で仕事をしていたおり、残業で残る一連と墓地に桜でも見に行くかと繰り出したことがあった。同僚の女性が宮古の出身だったが、彼女は桜には関心がなさそうだったので訊いてみたところ、言下に「ヤマトのさくらはうすい」と答えた。沖縄で暮らしてみて、その感性は、多少わかるようにはなった。
 本部のこの季節といえば、緋寒桜に加えてタンカンの季節でもある。タンカンは柑橘類の一種で、これも元来は沖縄のものではないが、沖縄本島北部でよく栽培している(余談だが島バナナも沖縄の原産ではない)。この季節、花見客を目当てに路上でもタンカンを販売している。タンカンは、酸味もしっかしていて、甘みも強く、なにより香りがよい。オレンジ系の果物では一番美味しいのではないかとも思う。が、残念なことにあまり良質のタンカンにはお目にかかれない。
 今年のタンカンの出来はどうだろうかと沖縄タイムを見たら、よろしくないようだ。"タンカン不作農家落胆/台風・鳥害で6割減 風物詩のミカン狩りピンチ"(参照)とのこと。

 JAとは別組織で、約百二十のかんきつ農家が集まる伊豆味みかん生産組合の饒平名知春組合長によると、同地域ではいずみ紅(大紅)の収穫が始まった昨年十一月ごろから鳥害が深刻化した。
 同地区のタンカンは、例年六百―七百トン生産しているが、今回は二百トン前後にとどまり、収益も五分の一に減る見通し。
 同組合長は「鳥害は年々増えており、今年は台風の影響で特にひどい」と落胆した様子。鳥害を防ぐためには畑に網をかける対策が必要だが、「一戸当たり約二千坪(六千六百平方メートル)の畑は覆えない。限界がある。お手上げの状態だ」とため息をつく。

 台風は天災だし、鳥害もその派生ではあるもだろうが、それにしても鳥害かと思う。コウモリは沖縄でよく見かけたが、カラスなんてあまり見なかったように思う。沖縄の自然はどうなっていくのだろうか。いずれにせよ、今年はタンカンを諦めよう。

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2005.01.07

雑談というか「汚い爆弾」のことというか

 話は多少錯綜する。というか雑談に近い。
 国際ニュースは現在、スマトラ沖地震津波に覆われているような形だが人的な被害を考えれば当然のことでもあるだろう。ただ、情報にはノイズともつかないのだが各種の要素が絡み合う。それもしかたのないことではあるのだが、その割に今回の津波被害の報道では、アチェ問題やマラッカ海峡問題なども関連しているのだろうに、そのあたりの考察はあまり見かけないように思う。
 またそれとも違うが興味深い指摘としてはニューズウィーク"The Twists Of Fate(日本版「意外に小さい経済損失」)"(参照)があった。


The imbalance between death and economic destruction is striking. In a new list of the 10 costliest earthquakes ever, reinsurer Munich Re puts the Sumatran tsunami at No. 8, based on a conservative early damage estimate of $10 billion, while the death toll has surpassed 140,000.

 死者は残念なことに今後も増えるのだが、それでも、同記事によれば40人の死者を出した新潟県中越地震の被害想定額が440億ドルであるのに対して、今回の津波被害は100億ドル程度。その倍に膨れたとしても、新潟県中越地震の被害想定額に及ばない。不謹慎な話ではあるし、"The Twists Of Fate"とは言いたくもないが、そういう側面の事実がある。
 津波以前の国際問題の話題の軸とも言えたイラク状勢やテロとの戦いについてだが、やはり津波報道にやや隠れたかに見える。
 イラク状勢については目前に迫る選挙が当然問題であり、それが可能か延期かという話題になりがちだ。治安が不安定なら可能ではないだろうというあたりの話がNHKからよく出てくるようだ。国連の意向なのだろうか。選挙の問題は治安というより、実施されればシーア派が優勢になることのイラク国内の政治権力のバランスだろう。だが、この問題の考察もあまり見かけないように思う。
 テロ戦については、第二期ブッシュJr政権を前にしてということか、さらにわかりづらくなっている。そうした中、テロ戦の文脈として、5日付BBCに"'Loose nukes' fear spurs US-Russia action"(参照)として、「汚い爆弾(dirty bomb)」のエッセイが掲載された。見出しがさえている。

Just days before Christmas, a secret flight took off from the Czech Republic heading for Russia.

 チェコから極秘の飛行機がロシアに向かったとのこと。そしてこう切り出す。

Until it touched down amid tight security, the details of the flight were kept highly classified for fear of terrorists intercepting the cargo - four specialised transport canisters containing 6kg of highly enriched uranium which could be used for nuclear weapons.

 ようは、ソ連下、冷戦時代の核兵器用の核物質の管理をロシアと米国がやっきになって行っているという話だ。

So far, as well as the 22 December Czech flight, there have also been deals with Serbia, Bulgaria, Romania, Libya and Uzbekistan to return materials from reactors back to either the US or Russia where the technology was developed.

 こうした核物質管理はいわゆる東欧で現状進められているのだが、BBCの話では、テロリスト組織アルカイダの手に渡らないようにということになっている。
 この手の話はBBCのお得意とも言えるもので二年前、2003年にもこうした話題を振りまいていた。例えば、"アル・カーイダが「汚い爆弾」開発か 英BBC放送が報道"(読売新聞2003.2.1)ではこうだ。

英BBC放送は三十一日、国際テロ組織アル・カーイダが、爆発時に放射性物質を周囲にまき散らす「汚い爆弾」の開発を進めていたことを示す情報を英政府が入手していると報じた。

 この話は、英政府当局のリークらしく、アフガニスタンのアルカイダが「汚い爆弾」のマニュアルを持っていたとのことだ。
 当時の話の流れを追うと、前年2002年5月にシカゴ空港でホセ・パディヤ容疑者が「汚い爆弾」などによるテロを米国内で企てたとして逮捕された事件との関連ではあるのだろう。
 こうした話を思い出すのも、このところ、ホセ・パディヤ容疑者への援護の活動が米国取り上げられるようになってきているからでもある。例えばCNN"Attorneys for accused enemy combatant demand U.S. prove its case"(参照)などがある。彼は米国市民権を持つ米国人だが、パキスタンでアルカイダと接触し、その地でテロを計画して、米国に戻ったとされている。
 話が少しごちゃごちゃしてしまったので単純な疑問に戻すと、現在「汚い爆弾」の危機は迫っているのだろうか? そしてそれはテロ戦と関わりがあるのだろうか?
 「汚い爆弾」だが、これは潜在的な問題であって早急の問題ではないと見るべきなのかもしれない。それでもその潜在的な危機故に米国とロシアは強調しなければならなくなっている。そしてそれらの協調はテロリスト集団がそれぞれの思惑の仮想であるとしても、両政府に都合のよいものである。
 陰謀論に立ちたくはないが、ご都合によってテロリスト集団なるものが立ち現れたとき、それがどれほど仮想であるかは、逆に潜在的な脅威である「汚い爆弾」の関与によって推定できるかもしれない。

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2005.01.06

今年の日本はどうなる、もちろん冗談配合

 今年の日本はどうなるのかなと正月もあけて少し考えた。結論もないのだが、そのあたりのことをちょっとお笑いで書いておこう。
 今年はどういう年かといえば、端的に増税の年でしょう。もちろん、一気にどかんと来るわけでもないが、今年から増税に明確にシフトしたよということだ。目立つのは定率減税の廃止(段階的)だが、これとても極東ブログ「増税すると労働時間が減り生産力が落ちる」(参照)で触れたように平均的な世帯で年間三万円くらいの増税ではないだろうか。それ自体はたいしたことはないとは言えるのだろう。
 話を蒸し返すようだが、平均的な世帯というのは実はよくわからないものだ。現代でいうと年収500万円から700万円くらいだろうか。子供は小学生・高校生の二人といった感じだろうか。もちろんモデル世帯の設定はどっかにあったとは思うが、世間の風で考えみたい。
 そこでこうした平均的な世帯の妻なのだが、なにかしら小銭稼ぎのパートをしていると言っていいように思う。ので、考えるのだが、昨年に決まっていたことだが、今年から「配偶者特別控除の一部廃止」が家計に影響を与えるだろう。あれだ、従来、パートなどの給与収入が103万円未満の配偶者がいると、配偶者控除に合わせて配偶者特別控除も受けられていた。が、配偶者特別控除は廃止。配偶者特別控除が受けられるのは、給与収入が103万円を超え、141万円未満の配偶者がある者となる。
 簡単に言えば、奥さんがパートに出ればそれだけ、税金がかかるよということでもあり、また、普通のサラリーマンならなんとなく控除してもらえた38万円の枠がなくなったということだ。つまり、結果的に増税と言っていい。これが平均的な世帯に与える実際の増税額としてはどのくらいか、なのだが、だいたい五万円くらいのようだ。
 これに社会保険関係の細々とした値上げがあるので、総じて、来年は普通の世帯で年間十万程度の増税となると見てよいのではないか。年収に比せばたいした額でもないともなるが、これって、可処分所得だから、いわゆるお小遣いに直撃するわけで、夫婦それぞれで、月額でだいたい五千円ほどお小遣いが減るということになる。
 そう考えると、うっぷす!、痛いな、ということか。独自なエンタイメント世界のフロンティア雑誌「素敵な奥さん」などを見ると、節約主婦の家計でも、けっこう自動車の維持費や酒・タバコの出費があるようなので、そのあたりを含めると案外、旦那は月額で一万円小遣い減だろうか。しかし、現状でも旦那の小遣いは二万円程度なので、して考えるに、塗炭の苦しみ、というか、今年も「我が妻との闘争」(参照)は楽しめる展開となるのだろう。
 こうして世間の風でブレークダウンして見ていくと、ニューズウィーク日本語版"世界があきれた「ケチ大国」"(2004.12.29-2005.1.5)なんてくそ記事だとわかる。不景気に対してこう切り出す。


 04年は、それが逆転してもいいはずだった。消費拡大を期待する楽観論を後押しする根拠も山ほどあった。

 おう、山ほど聞いたろうじゃんか。

 05年3月期の企業利益は2期連続で過去最高となる見通しで、就業者数も確実に増加している。


 強気に生まれ変わった消費者が、今度こそ世界第2の経済大国をデフレの闇から救い出してくれるにちがいない。そう期待して楽観主義者たちは待ち続けた。
 だが、彼らはいまだに待ちぼうけを食らわされている。04年7~9月の個人消費は前期比で0.9%増(年率)。7月に内閣府が予測した2.6%を大幅に下回った。7~9月の実質GDP(国内総生産)の成長率が年率0.2%に留まったのも、消費の低迷が大きな要因だ。


 日本のケチな消費者は、世界経済にとっても困った存在だ。

 う、うるせー。
 とはいえ、外国はそう日本を見ているだろうし、今回の津波支援で日本がドイツとタメ張って不気味な見栄を切っているのも、支出の回転を回したいからではないかと邪推したくなるほどだが、さて、こうした外人の視点は正しいのか。われわれはケチか。月額小遣い一万円の身では鼻でせせら笑って終わりだが、ちょっと考えると、こうした外人視点は嘘だ。
 確かに企業利益は上がった。大規模製造業だと二倍ほどにもなっている。だが、それ比して売上げはほぼ横這い。業態によってはウハウハ(死語)しているところもあるだろうが、総じて見れば、売上げは増加してないのに企業利益が増加している…で、どこで利益を出しているかというと、あれでしょ、社員首切りというか、パート労働者とかにしているからだ。つまり、雇用リストラがテッテ的に進んだということ。
 雇用リストラはもう限界だからこれ以上は進まないという話もあるにはあるが、ま、最大の雇用リストラ対象である公的部門がマダマダだし、それにぶら下がっているところはもっと刈り込めるというか、実質、それが非都市部を襲いだしている。だいたい、日本の社会は経済活動において民間部門と公的部門が分離していないし、その融合というかは非都市部のほうが深刻だ。なので、いろいろ、マダマダ、社会変動があり、それは社会事件に反映してはくるだろう。
 話を先の増税に結びつければ、日本社会の労働者のかなりがパート的な労働者となり、そこでは実質的に賃金は低下していくし、そしてかつての大企業の年功序列の逆で、歳を取るにつれパート的な賃金は低下する。
 そうした労働者の社会を保護するには欧州並みに国家のセクターを巨大化するしかないのだが、欧州のような小国家のモデルが大国日本に当てはまるわけもないだろうし、国家の肥大はまず雇用調整を必要としているはずの公的部門の劣化を招くだろう。
 と、金子勝的なおちゃらけ話で図に乗るのはこのくらいにしても、全体の構図自体は、雇用リストラと消費の縮退ということで、今年はいちだんと世相が暗くなるのではないかなと思う。なにも、暗いニュースなんてことさらに暴き立てなくても、今年は、十分、日本は暗いのではないか。一連の増税が軌道に乗れば、今度は消費税が欧州並み目指して上がるだろうし。

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2005.01.05

ディエゴ・ガルシア(Diego Garcia)の津波

 スマトラ沖地震が発生し、その被害がスリランカからインド洋を越えてアフリカにまで及ぶと聞いたおり、私が気になったのはその中央に位置するディエゴ・ガルシア島(Diego Garcia)の被害状況だった。結果としては被害はほぼなかった。
 ディエゴ・ガルシアはスリランカの南西、インド洋中央部にある島で、英国領であったことから、ここに英国と米国海軍の基地が置かれている(参照)。
 この島は米英が中東に軍事作戦を展開する上で非常に重要な拠点ともなるのだが、軍事展開をするには補給面で弱点があるようだ。同じく珊瑚礁に載った沖縄本島のようには十分な石油施設がない。ディエゴ・ガルシアの場合は地下や臨海部に給油設備を作ることが難しいのだろう。自衛隊のインド洋沖での補給は、実質このディエゴ・ガルシアの運用に組み込まれている。今回自衛隊の起動がやや早かったのはここからの移動だったと思う。米国からの通知が先行した可能性はないのだろうか。
 ディエゴ・ガルシアのホームページ(参照)には、現在津波情報が申し訳程度に掲載されている(参照)。情報は、AP"Geography Protected U.S. Diego Garcia Base"(参照)のほうがやや詳しい。ディエゴ・ガルシアの津波被害について、私は当初環礁による効果かと思っていたが、むしろ海溝の影響らしい。


The atoll is in the Chagos Archipelago west of the Chagos Trench, a 400-mile-long underwater canyon that runs north and south and plunges to depths of more than 15,000 feet in some areas. The trench is one of the deepest regions of the Indian Ocean.

"The depth of the Chagos Trench and grade to the shores does not allow for tsunamis to build before passing the atoll," the Navy said. "The result of the earthquake was seen as a tidal surge estimated at 6 feet."


 今回は津波被害が少なかったものの、洋上の孤島ともいえるディエゴ・ガルシアに軍事基地を置く以上、津波に対する警告システムが存在しないわけはない。このことは、台風銀座の在沖米軍が気象に敏感であることからも推測できる。では、それはどのように動いていたのか? はっきりとしたことはわからないものの、ある程度推測が付く段階になってきた。
 パキスタン紙なのでその点からの偏向はあるかと思うが、デイリータイムス"US had advance warning of tsunami: Canadian professor"(参照)はカナダ人マイケル・チョスダブスキー(Michel Chossudovsky)教授の見解を引いて、今回の津波を米軍が十分事前警鐘可能な時点で察知していたとする話を載せている。同記事では専門家とあるが、彼の専門分野は経済学なので、チョムスキー同様場違いな土俵で息巻いているだけと見てもいい。いずれ、他科学者からの裏付けや他のスジからの裏付けがないと愉快な与太話のネタになるのだが、いずれにせよ、この話でポイントとなるのはディエゴ・ガルシアだ。

Prof. Chossudovsky writes, “It is worth noting that the US Navy was fully aware of the deadly tidal wave, because the Navy was on the Pacific Warning Centre’s list of contacts. Moreover, America’s strategic Naval base on the island of Diego Garcia had also been notified. Although directly in the path of the tidal wave, the Diego Garcia military base reported ‘no damage’,” All that was needed was for someone to pick up the phone and call Sri Lanka, he adds. Charles McCreery, director of the Pacific Tsunami Warning Centre, said, “We don’t have contacts in our address book for anybody in that part of the world.” The fact is that only after the first waves hit Sri Lanka did workers at National Oceanic and Atmospheric Administration’s Pacific Tsunami Warning Centre and others in Hawaii start making phone calls to US diplomats in Madagascar and Mauritius in an attempt to head off further disaster. “We didn’t have a contact in place where you could just pick up the phone,” Dolores Clark, spokeswoman for the International Tsunami Information Centre in Hawaii has said. “We were starting from scratch.”

 この話をどの程度に受け止めるかだが、事実としてディエゴ・ガルシアでの気象システムは機能していたのだろう。また、ここからわかることだが、先のAP通信記事もホノルル発だったが、これらの情報はいったんハワイに集められるようだ。
 好意的に見るなら、ディエゴ・ガルシアの被害想定が弱かったことが、スリランカや東南アジア地域への情報が十分に行かなかった理由となるのかもしれない。それ以前に、ホノルルから米軍系の通報が出されても、今回の被災地域では通報が行き渡るシステムはなかったのかもしれない。
 津波関連ではないが、ディエゴ・ガルシアについては、いろいろ困惑する話がある。原住民の帰還問題については"ディエゴ・ガルシア"(参照)などで邦文で読める。また先日のサロン・コムではガーディアン記事"Indefinite and secretive"(参照)でこの島にガンタナモのような施設があるらしいことも報じられた。

The CIA is also reported to be holding about 30 senior al-Qaida officials in secret detention centers at Bagram Air Force Base near Kabul, Afghanistan; on Britain's Indian Ocean island, Diego Garcia; and on U.S. ships at sea. British officials have denied knowledge of such centers at Diego Garcia.

 ディエゴ・ガルシアは、サンダーバード基地を隠しているわけでもないのに、なにかと秘密が付きまとう島でもあり、日本も結果的に深く関与しているのが気にかかるところだ。

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2005.01.04

スマトラ島沖地震津波被害支援、その後の印象

 スマトラ島沖地震津波被害について、この間の、各種ニュースソースの読みも十分ではないし、自分の心のなかの整理もついていないのだが、それでもいろいろ思うことがあるので、ブログの即時性ということで書いておきたい。
 死者は15万人を越えそうだ。こうなってくると数字だけが浮いて被害についての感覚が麻痺してしまう。それでも、私の知る限り昨年の晩秋の時点でダルフール危機では12万人の死亡が推定され、その後の進展もないのと同程度だろうかと思う。ダルフール危機については、昨年半ばから日本でも関心が高まったわりに実際上の解決を向けての進展はない。日本に伝えられる政治ニュースとしては、スーダン南北問題やダルフール反乱軍の動向に関心が移っており、本来の危機の実質から関心が逸れつつあるように見える。ダルフール危機に目を向けろとブログでいきり立つのは意味がないだろうが、津波被害に比して世論の落差を思う。
 津波被害に世界の関心が集まるのは、その規模がすさまじいこともだが、欧州人が多いことも関係しているのではないか。スウェーデン人の被害者が特に目立つ。スウェーデンはバカンス大国とはいえ、また太陽を求める国民性があるとはいえ、千人を超える被害がでる可能性の指摘は、それだけこの地域への旅行者が多いことも示している。他に、イタリア人旅行者なども多いようだ。邦人被害は百人を越える可能性もありそうだ。
 嫌みにとらないで欲しいのだが、世界では昨年テロ警戒ということが言われていたが、反面では国際的な旅行者の実態はあまり変化がなかったのではないだろうか。自分がかつてぶらり旅をした経験でいうと、日本人や米人は意外と集団行動をする。が、欧州人はあまりそうしてない。それだけ旅慣れてもいるのだろうが、統制しづらい。
 国際支援のあり方については、その主導を巡ってすでに国際間の権力闘争の様相があるといった視点がまことしやかに語られ出している。例えば、3日付"スマトラ地震:支援巡り新たな火種 国連主導求める欧州"(参照)などはそうした相貌を伝えているかのようだ。


 パウエル国務長官は31日、ニューヨークで行ったアナン国連事務総長との共同記者会見で、中核グループも「国連の全般的な監督に従う」と解釈できる発言をしたが、前日まであいまいな言い方に終始していた。一方でブッシュ大統領は、津波被害に関する1日のラジオ演説で、米国が国際的な有志連合を主導すると強調した。
 各国別の支援や非政府組織(NGO)の活動を統括するのは本来、国連の役割だ。なぜ米国、日本、インド、オーストラリア、カナダ、オランダの「中核グループ」を構成し、主導するのか。
 米国にとって、今回の震災支援は、国際社会が納得する役割を果たし、イラク政策の失敗をばん回する好機だ。またアジア地域での米国の政治的、軍事的プレゼンスを維持するためにも支援の主導権を握る必要があると見られる。

 そうなのだろうか。私はこの記事に米国への悪意に近い印象を受ける。実際の動向についてよくわからないのだが、こうした政治的な読みを先行させるのは、政治的に言えば、いかがなものか、と思う。
 3日付けとは言え、毎日新聞記者の取材が古いのかもしれないが、同じく3日付け(英国時間)BBC"Earthquakes shake up governments"(参照)でも同じく、今回の津波と国際間の政治駆け引きを扱っているのだが、かなりトーンが違う。

This shift of view itself represents something of a turnaround from the initial judgment that US President George Bush - by stating that four countries, the US, Japan, India and Australia, would take the lead - was undermining the position of the United Nations.

 ここで"initial judgment"と触れているのは、1日のブッシュによる支援有志連合といったものだろうが、その後の経緯はそこからスジ立てできるものではない、というのが、国際政治を見ていくうえで重要になるのではないか。
 パウエルについても毎日の記事では、反米気分を誘うようなネガティブなトーンで書かれているが、BBC記事では逆に近い。

Mr Powell himself referred to the prospect of the United States being seen to reach out to the Muslim world. Indonesia after all is the most populous Muslim country.

Mr Powell is apparently aware of the opportunities both for US foreign policy and perhaps for himself to make a positive impact before he leaves office.


 つまり、国際協調を進めたいパウエルのよい花道となったと見たほうが正確だろう。
 米国と支援についての日本の国内報道をなんとなく見聞きして気になるのだが、この間の米軍の支援活動だ。私の好むVOAなどは大本営でもあるので連日そんな話題だったのだが、ごく単純に見れば、支援の初動として米軍は賞讃されるべきではないだろか。先のBBCでもそう簡単に触れている。

In the current disaster, some effects are already emerging.

The perception of the United States in the world has been changed for the better, with the rapid despatch of a US aircraft carrier to ferry help by helicopter to the survivors in Aceh.


 BBCは英国の報道機関であり、有志連合として親米だからというのは穿ちすぎだろう。個人的に気になるのは、この地域の米軍プレザンスの構造までわかって批判的な報道があればいいことだ。結果として見れば地域は違うのかもしれないが、Diego Garciaなどあまり報道されていなかったように思う(参照)。
 支援を受ける側の、特に、スリランカとアチェの状況だが、この地域は紛争地域ということで、これも一筋縄ではいかない。同じく先のBBCでは、そうは言っても早急に判断せず監視していこうではないか、という英国らしいトーンで書かれている。

The tsunami struck in two countries where there have been major rebellions against central government - Sri Lanka and Indonesia. It is too early to assess its effects, but there will be some.

 あと、余談めいた二点。
 あまり報道に触れないのだが、日本人やインド人は死体を火葬してしていくものだが、被害地域によっては文化・宗教的にそうもいかないようだ。このあたりの問題はあまり報道で取り上げられないようだが、伝染病などを考えるとなんとか対処のしようがないものかと思う。
 もう一点は、国際支援において、中国のポジションが見えない。中国は内政が複雑なのでこうした場合に緊急の行動が取りづらいのかもしれない。いずれ大国然とした物言いが好きな国だが、実際が伴わないという状況なのだろう。華人のネットワークも地域民救済に機能しているのかはニュースからは見えない。

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2005.01.03

花びら餅

 三が日は正月の内なのでそんな趣向の雑談。昨日近所の和菓子屋が開いたので初釜用にと花びら餅(花弁餅・葩餅)を買った。おりしも客があり、話のタネにとも思い、煎茶に添えて出す。初釜用にはまた買ってこなくてはな。
hanabiramochi 東京に戻って三度目の正月。なにが嬉しいかといって花びら餅のような和菓子が食べられることだ。長く暮らした沖縄にも、ちんすこうくらいしか知られていないが琉球菓子とでも呼べるよいものがある。が、やはりそこはナイチャーということなのか、私は和菓子が恋しい。
 花びら餅は、花びらに見立てた薄円形の餅(求肥が多い)に、白味噌餡とほの紅く染めた餡にさらに蜜漬けの牛蒡を挟み二つ折りにしたものだ。牛蒡は半円をはみ出る。紅が透くところが美しい。
 宮中の焼き餅が起源であるかのように言われている。そのせいか御焼餅(おやきかちん)とも呼ばれるようだ。明治以前の花びら餅については、エッセイストにしてお師匠さんとなった森下典子は有吉佐和子の「和宮様御留」に寄せてこう書いている(参照)。


 それは杉板の上にたくさん重ねられ、恭しく運ばれてきた。白い搗き立ての餅を薄く丸く引き伸ばしたものと、菱形の紅色の餅が、同じ数だけ並べてあり、その横に、白味噌の餡と、甘く煮た牛蒡が横に置いてあったという。


お付きの女官が、白い餅の上に、菱形の餅を一枚重ね、牛蒡と味噌餡ものせて二つに折り、フキに「おあがり」と、手渡してくれる。

 目に浮かぶようだ。関西は今でも丸餅だが、餅(ぺい)というのは丸いものである。中国茶好きなら餅茶を想像すればいいし、ウチナーンチュならコンペンのペンが餅(ペイ)が語源であると言われば納得するかもしれない。現代中国でも同じだ。
 明治以前の宮中で花びら餅に使う紅色の餅が菱形であるのは、雛祭りの菱餅と同じものであろう。牛蒡については、正月ついての易の関係だったはずと思ったが、詳細を忘れたので書棚の吉野裕子の著作をめくったがわからない。「カミナリさまはなぜヘソをねらうのか」だったと思ったのだが。さて、「午」「牛」「土気」いずれだったか。新年は木気。新春の若水は木気の親の水気。愚考するにわからない。こんなことではいけないなと神に諭されるがごときである。
 いずれにせよ明治以前の宮中では花びら餅とはこのようなものであったようだ。基本は正月神事である。
 これが明治になり、裏千家が宮中の許可を得たのか、初釜で使うようになり、そのおりに菓子職人が茶席用に甘味を加え今日のものにしたのだろう。それにしても、花びら餅は職人の技とセンスが問われるような菓子である。大抵の和菓子屋ではこの季節に店頭に置くのだが、まず見た目で私が納得できるものは少ない。次に食するに、餅の食感、味噌餡の塩加減、牛蒡の香りに満足できるものはほとんどない。と、なんだか偉そうだが、それでもよい菓子を作る和菓子職人はいる。
cover
日日是好日
「お茶」が教えてくれた
15のしあわせ
 そういえば、「典奴どすえ」の森下典子はお茶のお師匠さんになったようだ。さらりと書いているが「日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ」は面白かった。彼女も昨今の風潮では負け犬に分類されてしまうかもしれないが、茶が彼女を支えていた。酒井順子は和趣味に凝るのも負け犬のイヤ汁と自嘲するが、すべてがイヤ汁になるわけでもない。日本の文化にも、年を経て研鑽する人間にだけ開示する心地よきものがある。いや、魂の慰めがあると言うべきか。
 どうでもいいことだが、私の茶は我流である。利休の言うように、ただ立てて飲むばかり。だが、どうしたものか裏千家の味を好む。碗は朝鮮茶碗を好む。青磁、伊羅保、粉引を使うが、雨漏りの妙のある粉引が気に入っている。

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2005.01.02

陳年茶のこと

 雑談。正月らしきことを仰々しくすることが好きではないが、それでも元旦は元旦か、と正月ボケを楽しむのだが、自室の棚の一箱に何が入っていたけと気になった。あれは二年前の引っ越しのときにも開梱してなかったか。
 開けてみた。奇妙なものがいろいろ入っていたのだが、驚いたのは沱茶が出てきたことだ。沱茶というのは饅頭型というかヌーブラ型に固めた中国茶だ。内側は窪みになっている。茶のツラを見るに、保存状態はよく、黴もない。
 これをどこで買ったものか記憶にない。香港、台湾、沖縄? そしてこれは何年物なのか? よくある雲南沱茶で、蚊取り線香入れのような円筒の箱に入っている。中華街とかでもよくみかけるもので、500円くらいで売っている安物だ。プーアル茶としては速成品の類で茶好きは見向きもしないだろう。貰い物だったのだろうか。まぁ、陳年茶はある程度飲み慣れたので、これも飲んでみたらわかるだろうと、削って、淹れてみる。二度ほど洗茶。待つこと四分ほど。
 飲む。癖がなく喉ごしがいい。この手の速成品にありがちな、尖った感じやえぐ味はなく、それでも十年以上は寝かした感じがする。陳年茶にありがちが茶酔いの感じもあり、甘露と形容したくなる陳年茶特有の不思議な甘みもある。悪くないよ、これ。こんなものでも寝せておくとそれなりの味になるもののか、と得をしたような気分になった。
 うかつだったのだが、箱をひっくり返したら日本の輸入元のラベルが貼ってあった。神戸で輸入されたもので、平成四年とある。平成四年? ところで今年は平成でいうと何年だっけ。平成一七年か。どうも平成以降元号はピンとこないのだが、それでもこの沱茶は十三年物というわけか。十三年前に買ったとも言えないにせよ、十年以上も前のものには違いない。なんだか記憶というものがいかに曖昧か嫌になる。
 プーアル(ポーレイ)茶など黒茶や陳年茶というのは、中国茶のなかでもそれなりにちょっと面倒な世界で、またいろいろウンチクも多いものだ。市場には速成品が多いため、そうではない物を目立たせるための修辞が多いのもしかたがないが、その手の話はさすがに中国人茶商の手の内に踊らされているようでウンザリしてくることが多い。と言いつつ、自分もそれに免れたものではなく、一時期はいろいろ集めたものだ。
 陳年茶はなるほど奥が深く、掘り出し物などの珍品もある。しかし、それなりに飲んでいけば、ワインと同じで、これに熱中していくのもある程度わかってくる、というか、わかってしまえば嵌ったも同然。大枚出して「これは外れか」というのも楽しみのうちとするしかない。私などこの分野にそれほど詳しいわけでもないし、大枚を叩く気力も現物もなしであるが、なんというか陳年茶というのは、茶の姿を見てわかるものではないのが蠱惑的だ。一目でダメだなとか偽物というか速成だなこりゃ、というのは慣れればわかる。わからないのは五十年物とかだ。いろいろな形状がある。枯葉かよというのが、おおっと驚くような茶であったりもする。
 数年前のことだが、台南の街を散歩していたら小さな茶商があり、茶筒も所狭しと並んでいるのでひやかしに入り、適当に注文していると、上段に偉そうなのがあった。五十年だか六十年ものらしい。茶商は大陸系とも見えない。台南人にありがちな呑気な気風だ。それほど熱心でもないが、あれは旨いよ、というようなことを言う。高額なので一両(30g程度)でも売るかと聞くと、売るというので買ってみた。ダメモトというやつだ。見るに、散茶だが縒ってあり、プーアル茶でもない。台北などでよく見る凍頂茶を年々火入れしたものに近い。そんなものかな。ところで帰宅して淹れてみて呆れた。今まで飲んだことのないタイプの茶だった。もちろん陳年茶であることはわかるし、十年といった気合いではないこともわかる。まいったな。もうちょっと買っておけばよかった。
 さて発掘された十三年ものの沱茶を飲み終え、なんとなく物足りないので、茶箱の秘蔵の陳年茶をあさるに檳榔香というのがある。以前飲んだときは、きつくて飲めなかったがあれから何年経つ?と思って淹れてみた。これも驚き、かなりまろやかになっているのだが、それよりもなるほど檳榔香という感じが以前よりもする。陳年茶にこの香りもありか。まったく呆れた世界だな。
 陳年茶とは、かく変なものだと思うが、元旦の夜に、酒も飲めない私がちびちと飲むにはよい。中国という国にはアンビバレンツな気持ちを持つことが多いが、老いていくことを称えるがごとき茶の世界というのは良いものだ。
 我が身が茶に大枚を叩ける運命にないのがわびしい。この境遇で同種の老の趣として残るは、鳥籠を持っての散歩くらいか。しかし、私など野に聞く鳥の声が美しく思える。畢竟、己は日本人か、かく新正月に思う。

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