[書評]失敗の中にノウハウあり(邱永漢)
絶版となったアマゾンの古書の価格を見ていると、昨今の古本屋というのは本の価値をよく知っているものだなと唖然とする。その背後にはブログなんかに出てくる気もない本の虫が五万といるのだろう。いや、ちょうど五万というくらいか。良い本は一万と売れない。十年かけて二千部も捌ける本が本当の本というものだろう…というような狂気に憑かれた出版の鬼というか編集の鬼がいて、こいつらもまだしばらく絶滅しそうにもない。てな余談でエントリを潰していくのもなんだが、「失敗の中にノウハウあり」(参照)の古書は二束三文で買える。こんな宝がずっしりつまっている本がハンバガーより安い。いや、そこに宝を見るのが難しいということかもしれない。
![]() 失敗の中にノウハウあり 金儲けの神様が 儲けそこなった話 |
「失敗の中にノウハウあり」はある意味で標題通りの話で、邱永漢の金儲け失敗談がテンコモリになっていて、それはよい意味で笑いをもたらすものだ。他人の失敗というのは滑稽なもので傍から嘲笑っているのは愉快なものだ。が、そうして傍観者は人生の本質を失っていく。
昨日ヒューザーの小嶋進のことを少し考えたあと、書架から本書をひっぱり出してみた。ある意味では似たような人生でもある。全然違うと言えばそうだし、時代も違う。しかし、カネが原因で生きるか死ぬかと追いつめられた経験は同じだろう。邱先生も五十を前に追いつめられた。
これで預かった保証金も返さなければならなくなるし、銀行から借りた建築費の返済もはたせなくなってしまう。ヨーロッパ旅行の楽しかった思い出はいっぺんに吹き飛んでしまい、生きた心地もしないままに羽田に戻った私は、妻の顔を見ると、「もうこのまま死んでしまいたい」と言った。すると、妻は私をにらみ返してきっぱりと言った。
「そのくらいのことが何ですか。お金には人間の生命を左右するだけの値打ちはありません」
娑婆を眺めてみると、カネには人を殺すチカラがあると私は思う。カネに命は代えられないというのはきれい事でしかないこともあるなとも思う。だから話は邱先生はよき伴侶をもったという愛の物語かもしれないし、そういうふうにアジア人は近代を生きてきたとも言えないでもない。ただ、なんというか人生にはそういうふうにカネと命をじっと見つめるときはあるのだろう。マタイ書(6:23)の句は意外に難しい。
だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、 あるいは、一方を親しんで他方をうとんじるからである。 あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
「富」は原語を当たればわかるがマモンであり擬人化されている。日本風に言うならここには二つの神がいて、イエスの神はマモンという神に嫉妬をするのである。嫉妬こそユダヤ・キリスト教の神の本質である。そして、福音書をよく読めば富が忌避されているのでもないリアリズムを知る。イエスは天に宝を積めというが、人の心はカネのあるところに寄り添うようにできているのだから、それなら天にでも積むがよかろうという一種のユーモアもある。もっとも強欲な商人こそが神に近いといったホラ話のような笑話もある…笑話なんだよ。セム・ハムの古代世界は性と欲の笑いに満ちているものだ。
邱永漢はクリスチャンではないが、福音書のイエスのユーモアはよくわかっていたようだ。その後、邱先生はまた富を回復した。が、こう思った。
しかし、不動産でお金を儲けてみると、こんなことがはたして事業といえるのだろうかと私は疑った。銀行からお金を借りてきて、土地を買い、ビルを建てれば、黙っていても財産はふえる。プランをたてる段階で失策さえしなければ、億の金が簡単に儲かってしまうのである。
一方で、大学を出て一生かかって仕事に励んでも家一軒建てるのに四苦八苦する。サラリーマ家業はお金にあまり縁がないとしても、自営商で喫茶店や町工場や床屋をやっている人でも朝から晩まで働きずくめに働いても、その日暮らしがやっとである。
もし私が他の事業をやめて、不動産投資に専念していたら、多分、私はいまの十倍も百倍も財産家になっていただろう。しかし、あまり簡単にお金が儲かりすぎるのもよしあしで、他人の苦労もわからなくなるし、人生を見くびることにもなりかねないと、別の自分が自分を批判するのである。
そして邱先生はその金儲けはやめて別のチャレンジと失敗の山を繰り返していった。死期を自分で決めていたようだがその後も生きて儲け物の人生のように活躍されている。
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