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2005.12.14

小田急高架化訴訟が例証する改正行政事件訴訟法の意味

 小田急高架化訴訟について、ネタとしては少し出遅れ気味ではあるし、深くつっこむ余裕もないのだが、日本社会の変化の目印としても重要なのでブログに記しておきたい。
 訴訟内容は、東京都世田谷区の小田急線高架化事業に反対する沿線住民四十人が、都の都市計画事業を国が認可したのは違法として処分取り消しを求めたもの。七日はその上告審が最高裁大法廷で開かれ、町田顕最高裁長官は「騒音や振動で、健康や生活環境に著しい被害を直接受けるおそれがある者は原告適格がある」として原告適格を認めた。今後裁判が進展する。
 重要なのは、高架事業云々ではなく、同裁判について一九九九年最高裁判例では、原告適格を「事業地の地権者」に限定し、沿線住民四十人の原告は高架化事業地の地権者ではないため原告適格を認めなかったのに、今回逆転したという点だ。最高裁大法廷が開かれたのは、判例を大きく変更するという司法の意思表示である。
 繰り返すが、高架事業の可否については、率直に言えば、裁判のルールに従って勝手にやってくれ、直接的な利害関係にない私にはどうでもいい。ただ、こうした訴訟が特定の地域住民のエゴの拡大になりはしないかという懸念を今回の判断は引き起こしたこともあり、八日産経新聞社説”小田急高架訴訟 重たい「原告適格」の判断”(参照)などはそのあたりを論点としてこう主張した。


 原告適格の範囲が拡大されたことで、住民への説明が不十分なまま工事を強行すれば、行政訴訟の続発のおそれがある。
 さらに場合によると、住民エゴがまかり通る結果にもなりかねない。行政の停滞などを招くことによって住民が不利益を被っては本末転倒だ。鉄道や道路建設などでは、付近住民への説明責任がより重要となるが、社会全体の公益も考えなくてはなるまい。

 これはお門違いな議論。社会全体の公益そのものを司法が判断するという時代になったのがまるでわかっていない。余談だが、この問題について、左派的な色の濃い朝日新聞と毎日新聞が社説では特に言及してなかったように記憶しているがなにか裏でもあるのだろうか。
 同日日経新聞社説”行政訴訟の門戸を広げた最高裁判決”(参照)は、正論といえば正論だが、やや斜め上を見ている。

 ただし原告適格を広げるだけで行政訴訟制度は本当に使いやすくはならない。裁判所には行政のチェック機能を果たす積極的な姿勢が要るし、行政側は従来の「門前払い判決を狙う」訴訟戦術を改めるべきだ。弁護士も国民の権利・利益を守るために訴訟制度を活用する法技術を磨く必要がある。改正訴訟法の付則は、施行状況の検討を政府に義務づけた。改正法に不十分な部分があれば、再改正もためらうべきではない。

 議論の急所をわかりやすく押さえていたのは同日読売新聞社説”[小田急高架判決]「行政訴訟の門戸を広げた最高裁」”(参照)である。

 行政訴訟の件数はドイツの250分の1程度だ。昨年の件数も約2700件で裁判で原告の主張が認められたのは約14%に過ぎず、却下や棄却は約61%だ。
 背景には、原告適格の門が狭かったことや、行政の裁量に対し、司法の判断が揺れたり、消極的だったことがある。


 訴訟の乱発は好ましくはないが、行政訴訟を活性化し、機能させることは必要だ。「身近な司法」を目指している司法改革の重要課題ともなっている。

 もうひとつ、読売は重要な点を記している。

 だが、原告適格について新たな規定を加えた改正行政事件訴訟法が4月に施行された。改正前は原告適格について、「法律上の利益を有する者」という規定しかなかった。
 改正法は、「この規定の文言のみによることなく、関係法令の目的や趣旨も考慮し被害の態様や程度をも勘案すべき」という規定を新たな指針として加えた。大法廷判決は、追加規定の適用の具体的な基準を初めて示したものだ。

 つまり、問題の根幹は、この四月に施行された改正行政事件訴訟法であり、「この規定の文言のみによることなく、関係法令の目的や趣旨も考慮し被害の態様や程度をも勘案すべき」が今回の裁判で明確になったということだ。
 引用が多く読みづらくなったが、これからの日本社会では、行政への訴訟に対して、「法律上の利益を有する者」の枠が広がった。これはもう引き返せない歴史の進展である。
 改正行政事件訴訟法については、さらに行政への司法側からの指示が可能になっていることや、在外日本人の投票権問題で見えつつある、権利確認の訴えなども関連している。
 少し言い過ぎのきらいはあるが、こうした司法を介した行政に対する市民側の運動はもう引き返せないという構造が日本社会にできた。なので、小田急高架のように個々の問題は個々に議論するべきだが、個々の問題から日本社会のあり方を問うパス(小径)はもうない。そのあたりで、小泉政権の強化に伴う従来型右派の迷走が深まっていくような印象も世間の空気から受ける。

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コメント

駄コメント、スレ違いで失礼します。
最高裁まで原告適格を広げて需要拡大に走るとは。
司法も半分民営化して刑事事件のみ国の機関として民事事件は民間に移管すれば賠償金で騒ぐことカンパ拡大の左巻き裁判が減り国費の無駄がなくなる。

投稿: tatu99 | 2005.12.15 09:19

はじめまして.いつも拝見しています.今回の話,私のような素人にも,ちょっと気になる話だったので.

最高裁裁判官の国民審査の重みが増すように感じたのですが,違うでしょうか.あ,もちろん,今までも十分重かったのだとは思いますけれども.

投稿: nasu758 | 2005.12.15 15:57

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